白紙の冒険書   作:水代

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空白の①

「あ?」

 

 声を出す。

 声を出してみて、初めて違和感を持つ。

 

 あれ? ここどこだ? ていうか、なんでここにいるんだ、というか―――。

 

 疑問が一つ浮かべば、芋づる式に次の疑問、さらに次の疑問が湧き出てくる。

 

 オレだれだっけ?

 

 記憶を辿れど何も出てこない。

 何も思い出せない、何故ここにいるのいか、自分は一体何者なのか。

 何も思い出せないまま、思考し。

 

「……ま、いっか」

 

 あっさりとそう呟いた。

 

 

 * * *

 

 

 改めて周囲を観察してみる。

 白い石壁、白い石の床、白い天井。

 言ってみればそこは通路だった。横幅二、三メートルほどだろうか。それなりに広い。

 通路に短い間隔で置かれた松明のお陰で煌々と明るい。

 けれど不思議と松明からは熱というものを感じなかった。

 視線を彷徨わせ、通路の両端を見やる。

 後方のほうはどうやら途中で松明が途切れ途切れになっているのか薄暗くなっていて一番奥は見えない。

 逆に前方は松明とは違う明りが見える。陽光らしきそれはどうやら外へと繋がっているらしい。

 

 どちらに進むべきか、と考え。

 

 奥へと進むことにした。

 この場所の出口へと向かうことにした。

 

 

 * * *

 

 

 奥へと進む。

 左右の壁に取り付けられた熱の無い松明はそれでも煌々と光を放っているが、けれどその間隔も奥へと進むほどに長くなっていく。

 その間隔が五メートル、六メートルから七メートル、八メートルと伸びていき。

 

 二十メートルも伸びれば闇の中を松明を明りにに進んでいくような有様となっていた。

 ただ同時に、少なくとも迷う心配は無いだろうという予測もあった。

 

 何故なら。

 

 空間に念じるような意識を向ければ、ふわり、と視界の中に半透明の立体図が表示される。

 それがこの場所の地図なのだとなんとなく理解すると同時に、今自分が歩いてきた道のりが自分の居場所となるマーカー付きで表示されていた。

 まだ歩いていない場所は何も表示されないようだったが、これがあれば詳細な位置把握というものができる。

 これがあれば迷わない、そんな確信が自身の背をどんどんと押していく。

 

 ここが何で。

 

 どうしてここにいるのか。

 

 自分は一体誰なのか。

 

 何一つとして分からないけれど。

 それでも歩く。どうせそれしかすることなど無いのだから。

 

 

 * * *

 

 

 通路の最奥と思わしき場所にたどり着く。

 とは言え、石の扉があり、扉は閉まっていたが。

 

「ふむ?」

 

 声を出してみて、石の扉に触れる。ざらざらとした石の感触と共に、僅かな凹凸があるのが感じられるが正直松明が後方二十メートル近くにあるのが最後であり、暗すぎて良く見えないというのが本音だ。

 石の四隅のほうをなぞれば窪みがあり、それが扉だと分かるのだが、取っ手らしきところも無く、かと言って押せばいいのかと考えたがどうやらそういう類の物でも無く。

 軽く数百キロ……下手すれば一トン以上はあるだろうこの扉をどうやって開けばいいのか考える。

 

 もう一度押してみる……ダメだ、びくともしない。

 引いてみる……ダメだ、引くところが無い。

 スライドさせてみる……ダメだ、重すぎる。

 

 ざらざらとした石の表面で擦れた指が僅かに痛む。

 少しだけ顔をしかめて、僅かに考えて。

 

 もう少しじっくりと扉を調べる。

 元来た道を引き返した。

 

 

 

 * * *

 

 

 元来た道を引き返す。

 暗い場所から松明が一、二メートル間隔で並ぶ明るいところまで戻ってきたことで少しだけほっとする。

 やはり見えないというのは自分で思っていた以上のストレスを感じさせられたのだろう。

 一本道故他に見るべきところも無く、仕方なくそのまま通路から出る。

 出口までたどり着けばそこから見えたのは。

 

「……森?」

 

 緑生い茂る深い森だった。

 少なくとも、見渡す限り木と草しか見えない。

 一歩、足を踏み出し森の土を踏む。

 さくり、と柔らかい感触。

 同時に自分が靴を履いているという事実を今になってようやく認識する。

 

 そうして一つ気になれば他も気になってくる。

 

 服装……上はオーソドックスな白のシャツ。下は黒のパンツだ。白いシューズは埃っぽい通路を歩いてきたせいか、少し灰色に染まっている。

 アクセサリー……首に何かつけていた。

 荷物……の類も無い。ズボンのポケットを弄っても何も出てこない。つまり手ぶらだった。

 

 首につけたそれ……鎖を外してみれば、先端にロケットがついていた。

 開閉ボタンを押せば、ぱかり、と蓋が開き。

 

「……何だこれ?」

 

 十字架にバッテンを足したような、そんな形の彫刻が埋め込まれていた。

 見覚えの無い彫刻だ。いや、そもそもそれ以外の記憶すらも無いのだから本当に見覚えが無いのかすらも分からないのだが。

 

 自分は一体何者なのだろう、という疑問は沸くが、それを後回しにする。

 

「…………」

 

 どうせいつか分かることだし、もし分からなくもそれはそれで困らない。

 ただ自分が自分である、という事実だけあればそれで良い。

 今となってはそんなこと問題ではなく、今差し迫った問題は。

 

「お腹空いたな」

 

 ぐう、と音を鳴らす腹を抑え、視線を彷徨わせる。

 

 森で何か食べれる物を探す。

 人里を求めて森から出る。

 

 * * *

 

 

 当たり前だが持ち物は無い以上、何か食べれる物を探す必要がある。

 幸いここは森だ。食べ物の一つや二つ転がっているだろう……自分に食べれるかどうかは別として。

 さく、さくと腐葉土を踏み荒らしながら森の中を進んでいく。

 広い森だった。時計も無いため体感だが、一時間くらいは歩いた気がする。

 

「……ふう」

 

 疲れて、樹木の一本に寄り掛かる。

 くたくたになった脚を軽く揉みほぐしながら、空腹感の強まった腹を空いた手で押さえる。

 

「喉乾いた」

 

 散々森を歩いたせいか、喉が渇く。

 当然ながら水は無い。

 だが森ならばどこかに水源もあるんじゃないかと期待している。

 

 とは言え、それがいつになれば見つかるか、というのは未知数であり。

 

 とにかく闇雲に歩いて探す。

 凡その検討をつけて探す。

 

 

 * * *

 

 

 すでに一時間近く探してみて一向に見つからないのだ。

 これだけ広大な森を闇雲に探し回っても先にこちらが力尽きるだろう。

 となればある程度だけでも目安、検討をつけて探すべきか。

 

 森の中で見つかる食べ物と考えれば、大雑把には三つ。

 木の実、キノコ類、あとは動物。

 ここで狙うは木の実だ。動物はそもそも捕まえられないだろうし、捕まえても捌く道具も無い。キノコ類は生で食べれば確実に腹を壊す。

 となれば狙うは木の実、探すのは当然それが成る木。

 

 木の実……というとクルミなどを連想しそうだが、なんだったらリンゴのような果実だって立派な木の実だ。

 基本的に植物は葉を茂らせ、花をつけ、実をつけ、花が枯れ、実が落ち、葉が落ちる。

 となればある程度探すべきものも見えてくる。

 

 花のついた木だ。今が季節的にどうなのかも分からないが、花のついた木ならば実がなっている可能性もある。

 

 そして木が実を実らせるには虫が必要で、種を運ぶためには鳥や動物が必要になる。

 そういった類の痕跡も探せばただ闇雲に探すより可能性はぐっと高くなるだろう。

 そうと決めれば早速動きだす。

 幸い回復力は高いらしい、重かった足もすっかり動くようになっている。

 

 そうして再び森の中を歩き始め。

 

 死体を見つけた。

 無事木の実を見つけた。

 

 

 * * *

 

 

「…………」

 

 僅かに顔を顰める。

 惨状……と呼ぶには余りにも時間の経過したそれは、端的に言うなれば。

 

 白骨死体、と呼ぶのだろう。

 

 森の木の根元にもたれかかるように、骨だけになった人だったものが転がっていた。

 幸い、というべきなのかそれに対する嫌悪感は無い。

 最早それは人でなく、人であっただけのただの物である、と言った感覚だった。

 故にその傍に転がっているずたぼろになった袋のほうが大事なのであり。

 破れた、というよりは引き裂かれたと言った印象の強い袋だったが、それはさておきそこから転がり出ている物に目をやる。

 

 何かの薬品だろうか、瓶詰されたそれはすでに割れてしまい、中身もほとんど残っていない。さらに年月の経過のせいですでに中身が変質してしまっていた。

 さらに食料が入ってただろう袋は獣か何かが漁ったのか、持ち上げれば食い散らかしてそのままさってしまったらしい干乾びた食い残しだけが零れ落ちた。

 ロープも腐食して簡単に千切れてしまい、とてもではないが使えそうにも無い。

 腰に装着していただろうナイフもすっかり錆びてしまっていて、軽く木に叩きつければいとも簡単に刃が折れた。

 地面に転がった木製のケースには真っ二つに割れたような石と板状に割られた石が出てきた。取り合えず他に比べれば何かに使えると思い拾っておく。

 

 そうして。

 

「……これは」

 

 最後に地面に刺さっていた剣を見ある。

 こちらも年月の経過でボロボロだ、刃に錆びが浮いている。

 だがこちらは質量もあって、まだ使えるのは使えるだろう。

 自衛手段くらいにはなりそうだった。

 折角なのでもらっておく。

 

 それと同時に。

 

 がさりと草むらが音を立てて揺れた。

 

 視線を向ける。

 もう一度がさり、と草むらが音を立て。

 

 ぬ、とそれは現れる。

 

「ギギ?」

 

 それは自分と比べれ随分と小柄だった。

 せいぜい百あるかないか、と言った上背。

 そしてその全身は緑色の肌をしており、なるほど草むらにいると保護色になるのかもしれないと思う。

 黄色い目には黒目というものが無く、その口には小さいながらも牙が生えていた。

 

「ゲギャ、ゲギャギャ」

 

 ソレが自身を見て、嗤う。

 その手に持った鋭く尖った木の枝を振りかぶり。

 

「ゲギャァァ!」

 

 飛び掛かってくるその姿に呼吸が止まった。

 

 

 剣を握り、化け物に立ち向かう。

 化け物から逃げ出す。

 

 

 * * *

 

 

 咄嗟に体が動いた。

 記憶は無くとも、体が覚えているということだろうか。

 

 手に持った剣を握り、飛び掛かる化け物に向かって突き出す。

 

 錆びた剣にそこまでの切れ味は求められないことは分かっている。

 だが自ら飛び跳ねてくる怪物にそのまま尖った先端を突き出せば。

 

「グギャアアアアアアアアアアアアア」

 

 飛び掛かって来た化け物がそのまま剣に突き刺さり、悲鳴を上げる。

 とは言え浅い。やはり錆びた剣にそこまでの切れ味は求めてはならないということか。

 刃の突き刺さった腹部から血を流し、痛そうに腹を抑える化け物は明確に弱っていて。

 とん、と一歩、足が前に出た。

 ほとんど無意識的にその剣を真横に構え。

 ぶん、と振ればその刃が化け物の首へと刺さる。

 ごきり、とその体躯に見合った脆い骨をあっさりと圧し折って化け物の体を地にバウンドさせた。

 

「ふう……ふう……」

 

 止まった呼吸が再び動き出す。

 何度となく荒い息を吐き出せば、やがて頭に思考能力が戻ってきて。

 

「……なんだ今の」

 

 ほぼ無意識に体が動いて戦っていた。

 一体何なのだろうこの状況は。

 というかこの化け物は何だ。

 

 そんな疑問を抱きつつ。

 

 

 ぴろりーん

 

 

 音が鳴った。

 

 

 * * *

 

 

 レベルアップしました。レベル1→レベル2

 

 

 脳裏に過った文字の意味を理解できず、思わず首を傾げる。

 だが直後、全身に僅かながらだが力が漲っていくのを感じる。

 それは微々たる差だったかもしれないが、確かに感覚として自身の中に残る。

 

「何だったんだ?」

 

 首を傾げるが答えは出ない。

 そうして今しがた自分が倒した化け物の姿を見やり。

 

 ごろり、とその手に持っていたのだろう赤い果実が転がって来た。

 

「…………」

 

 てくてくと歩き足元のそれを拾う。

 地面を転がったせいか、それとも化け物が持っていたせいか、どこか汚れているようにも見えるそれは、けれどどう見たってリンゴそのもので。

 

 ぐう、と腹が鳴る。

 

 

 我慢の限界だ、リンゴを食べる

 こんな汚らしい物食べられない。

 

 

 * * *

 

 

 リンゴを投げ捨てた。

 食べるという選択肢も考えたが、どう見たって衛生的には見えないあの化け物が持っていたものなど食べたら絶対に腹を下すという極めて夢の無い現実的思考に寄るものであった。

 ぽい、とリンゴを草むらへと放り投げる。

 勿体ないが、今ここにあるということはこの森のどこかにあるということ。

 それにまだ食べていないということは、持って帰る途中だったのだろう。

 この化け物の拠点がどこかは知らないがわざわざ遠くにリンゴ一個取りに行くというのもおかしな話だし、そう考えれば恐らくここからそう遠く無い場所にあったのだろうと予想できる。

 

 そうして投げたリンゴが草むらへと突き刺さり。

 

「「「グゲゲギャッ」」」

 

 草むらから聞こえた悲鳴染みた声に、一瞬視線を向け。

 

 

 聞こえた声の主たちを迎え撃つ。

 余計なリスクは避け、逃げ出す。

 

 

 




他の作品が煮詰まったから頭からっぽにして書いてみた。
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