風が吹けば葉が揺れ、木々が騒めくのもまた道理だろう。
まるでそれは先ほどの化け物が常に自分を追いかけてきているようにも思えるのは、ひとえに恐怖心から来る錯覚なのかもしれない。
手にした剣は錆びついていて頼り無いが、けれど無いよりは随分とマシだと言える。
森の中を走り、時に隠れ。
空腹と疲労で足を止める。
荒い息を吐き出しながら、大きな樹木の太い根を椅子代わりに座る。
「どうする?」
誰もいない虚空に投げかけた言葉は、けれど自らの内側へと返って来る。
どうする?
そのシンプルな問いかけの意味は幾重にもあるが、まず考えるべきはこれからのこと。
先ほどの化け物があとどれだけいるのか分からないが、敵意を持って襲ってくる相手がいるという条件がついた以上これまで通り探索続行、とは簡単には言えない状況になっている。
だが同時に出口も分からない森の中にいるのだ、森から出るとも簡単には言えない。
化け物に注意しつつ探索を続行する。
危険を回避するために森の出口を探す。
* * *
そもそも先ほどの化け物……その見た目からして仮称をゴブリンとしておこう。
ゴブリンは森の外にいないのだろうか?
森の外を目指すというのは外が安全であるという前提の上に成り立っていることであるが、外の状況が分からない以上それを確かめようも無い。
ともすれば森の外にはゴブリン以上の化け物が溢れている可能性もあるのだ、とすればまだ一対一ならば勝ち目のあるゴブリンのほうがマシではないだろうか。
とは言え空腹を感じ始めてから体感で二時間近く経つ。
体力の限界もあるが、気力だって削れてきている。
何も食べることができていな以上、休んだってどれだけ回復するかもたかが知れたもので。
「とは言え、だ」
先ほどのゴブリンが持っていたリンゴらしきものを見ればこの森に食べれそうな果実があることは確実となったわけで。
「どうする、かな?」
逃げ出してきたものの、方角は凡そ分かる、多分先ほどゴブリンを倒した場所までなら戻ることもできる。
そこからゴブリンの来た方向を探せば恐らくリンゴも見つかるだろうと思う。
だが同時に逃げてきた原因である複数のゴブリンたちもいるだろう。それらに見つからないようにリンゴを探すというのは中々骨の折れる話だ。
とは言え他の場所を探して見つけることのできる確率、というのも中々厳しい。特にすでに限界が近い以上、長期の探索は無理だ。
先ほどとは違う二択。
先ほどの場所に戻り、その先を探索する。
先ほどの場所以外を探す。
* * *
ゴブリンを相手取った場合を考える。
一対一ならほぼ確実に勝てる自信がある。
何も覚えちゃいないが、体の動かし方は何となく分かる。
その感覚が一対一は確実に勝てると教えてくれる。
だが同時に群れていた場合は無理だ。
二対一ですでに半々、三対一なら確実に負ける。
それが
とは言え、それは正面から相手取った場合、であり、奇襲、囮、罠、使えるものはなんでも使えと言うならば三体相手でも行ける……かもしれない。
逆に言えば、相手に先手を取られれば二対一でも負けるし、一対一でも危ないかもしれない。
先ほどはリンゴを投げて気づけたから良かったが、ゴブリンの体色は森林の深緑と非常に酷似しており、草木の中に潜まれたらまるで違和感が無い。
もしかすると先ほどのやつらも自分が油断する瞬間を狙っていたのかもしれないが、投げたリンゴが偶然にもやつらに当たって気づけたのが幸いだった。少なくとも周囲をぱっと見渡した時、自分はそこにゴブリンたちがいると気づけなかった。
草が生い茂っているところには注意が必要かもしれないと考えつつ、先ほどの場所まで戻ってくる。
見覚えのある白骨死体があるから間違い無いだろう、と考えつつ。
「……死体が無い?」
骨のほうではない、先ほど倒したゴブリンの死体が綺麗さっぱり消えてなくなっている。
仲間が持って行ったのだろうか、とも思ったが流れていた血すらも消えてしまっている。
ゴブリンの持っていた尖った枝だけがそこに落ちていて、死体だけが煙のように消えていた。
そんな事実に数秒思考をするが、同時に今それは重要ではないと考え。
周囲に視線を張り巡らせる。
見える範囲に敵の姿は見当たらない。
だが見えないだけかもしれない、草の影に潜んでいるのがやつらだ、油断はならない。
「ふっ」
剣を振りかぶり、草むらに向かって薙ぐ。
錆びた剣でも勢いをつければ斬れはしなくとも、千切れはする。
幾分か背の低くなった草むらを見るがそこにはゴブリンの姿はない。
潜んでいるならその場所ごと薙げば良いと考えてやってみたが、これ余計にエネルギーを消耗してしまうんじゃないだろうかと思う。
とは言え放置して奇襲されたら嫌だし、と再び剣を薙ぎ。
「「ギェェェェア」」
草むらに隠れていたゴブリンが二匹、悲鳴を上げて転がり出てくる。
どうやら肩のあたりを叩きつけられて骨が折れたらしく、地面に這いつくばって片腕で起き上がろうとするがうまく力が入らない様子だった。
一瞬も迷うことなく、剣を振りおろし一匹ずつ頭を砕いていく。
錆びてしまってまともに斬れなくとも剣のような鉄塊で叩きつけられれば一メートルほどのゴブリンからすれば十二分に致命傷になり得る。
後頭部を強打され即座に動かなくなったゴブリンたちを見下ろし。
ぴろりーん
再び音が鳴った。
レベルアップしました。レベル2→レベル3
脳裏にそんな文章が浮かび上がる。
「倒したから、か?」
敵を倒せばレベルが上がる、レベルが上がれば少しずつ強くなる。
どうやらそういう随分と分かりやすいシステムがあるらしい。
レベル1単位では誤差レベルの違いだが、とは言え目覚めた時よりもほんの少し感覚に違いがあることが分かる。何となく自分が強くなった、という実感があった。
今ならゴブリン二匹でも真正面から行ける気がする……三匹は無理だが。
そうして数秒、ゴブリンの姿を見ていると。
ぼん、と一瞬でその死体が全て黒い煙のようになって虚空へと消えた。
「……何?」
不可解な現象だった。だが同時にそんなものかと納得する。
最初に倒したゴブリンも見ていなかっただけでそうやって消えたのだろう。
とは言えこのやり方は中々に有効なことは分かった。
そうして同じ調子で森の中を進んでいく。
どうやら基本的にゴブリンは二、三匹で草むらに潜み隠れ、奇襲するのが行動パターンらしく、時折一匹だけ彷徨っている、最初に出会ったような
レベルアップしました。レベル3→レベル4
一体こいつらは潜んで何を狩っているのか、と思えばどうやら動物などが普通にいるらしい、ゴブリンが殺したと思われる全身穴だらけで血を流した猪がいた。
レベルアップしました。レベル4→レベル5
これから巣にでも持ち帰ろうとしていたのかもしれないが猪に夢中でこちらに気づいていなかったので後ろからばっさりやらせてもらった。
レベルアップしました。レベル5→レベル6
猪もいただこう、と思ったのだが全身の毛皮から虫が大量に逃げ出していくその姿を見て吐き出しそうになって止めた、というか全力で逃げた。
ついでに道中ではぐれゴブリンと何度か出会ったので瞬殺しておいた。
レベルアップしました。レベル6→レベル7
脳裏に浮き上がるシステムメッセージでレベルが上がったことを確認しながら随分と違う物だと感じる。
もうすでにゴブリン三匹と真正面からやり合っても勝てるほどに強くなっている自覚がある。
何より瞬発力と筋力が段違いだ、この錆びた剣で無理矢理にゴブリンの首を跳ねることできるほどに。
とは言え恐らくゴブリンというのはそう強い敵ではないのだろう、基本的に自然界において個体の強さと数は反比例する。
森のあちらこちらに少数ながら群れを作っているゴブリンは繁殖力は高いが群れなければ猪を狩ることもできないほどに弱い、ということなのだと予想する。
それはさておき。
「あった」
視線の先、木の上には赤い実がなっていた。
ようやく見つけた、リンゴ(仮)の木である。
とは言え少しばかり高い……普通のリンゴとは違うのだろう、六、七メートルはある大きな木の上のほうに赤い実がぽつぽつと成っている。
さすがにこの高さは剣を伸ばしても届きそうにない。
木を登って実を取る。
地上から何か投げて実を落とす。
* * *
木でも登ろうと考えたが、ふと思い出す。
そう、ゴブリンだ、ゴブリンはあの赤い実を持っていた。
つまりどうにかしてあの実をもぎ取ったのだ、少なくとも手に取った時自然に落ちてくるほど腐った様子も無かった。
自分よりも幾分も低いあの上背で取れるとは思えない。
さらに言うなら木の枝しか持っていなかった上にあの細腕で石を投げてリンゴにぶつけるなんてできるようにも見えない。
つまり、木に登った可能性が高い。
ゴブリンは木に登れる。
その可能性を考えると……。
「ふっ」
手に持った剣を木の上のほうに全力で投げる。
レベルアップの恩恵で上昇した身体能力をフルに活用し投げた剣は凄まじい速度で飛んでいき。
「ギャァ」
生い茂った葉の中へと消えていた途端に短く悲鳴が上がり上からぼとり、とゴブリンが落ちてくる。
「やっぱいた……」
隠れ潜み、奇襲するなら真上など死角も良いところだ。さらに言うなら小柄で木の上でも平然と動けそうなあちらと違い、木の上で移動が制限された状態であれを相手にするなど面倒極まり無い自体に陥るところだった。
ゴブリンが落ち、地面に叩きつけらると同時に黒い煙となって消える。
直後に剣が落ちてきて地面に突き刺さり、それを追うように赤い果実が一つ落ちてくる。
「ラッキー」
どうやら上手く当たってくれたらしい。少し刃で傷つき錆びも付着しているが、まあこの部分だけ捨てればいいだろうと早速果実を齧り。
しゃく、と噛み千切った果実を口の中で咀嚼し、飲み込む。
「……美味い」
味は普通のリンゴの味だ、大きさも同じくらいだし、もうリンゴで良いだろう。
そう、普通のリンゴの味、ただそれだけのはずなのに、目覚めてから初めて食べる物の味に、空腹も相まってえも言われぬ味わいだった。
あっという間に一つ食べ終わり、視線を上に向ける……木に成ったリンゴはまだまだ残っていた。
リンゴ丸々一つ腹に溜まったのだから、空腹感は多少収まっているが、それでもまだ足りないと腹が訴えかけている。
再び剣を握り、投げる。
数度投げてみたが、どうやらもうゴブリンは居ないらしい、
まあ大きいとは言え、木の上などそう多く隠れ潜めるような場所でも無いので当然と言えば当然かもしれないが。
投げた剣と共に落ちてきたリンゴを一つ二つと食べ、ようやく腹の虫も収まった頃。
ドドドドドドドド、と地響きが足元を揺らした。
「なんだ……?」
何か不味い予感がした。
咄嗟、目の前の木へと飛びつき、そのままするすると登って行く。
レベルアップした今の腕力ならば余裕で木の上までたどり着き。
その直後。
ズドォォォォォン
一本隣の木が
「……は?」
一瞬、現実に理解が追いつかず、間の抜けた声が漏れて。
ブモォォォォォォォォォ!!
木がいきなり跳ねたのはつまり、あの猪にぶつかったからであり、周囲三メートルはありそうな太い樹木が根本から圧し折れ、五メートル近い木が宙を舞ったその光景が、あの猪の突進がどれほどの威力かを物語っていた。
猪が去って行ったのを確認し、木からするすると降りる。
視線を向ければ、まるで雪道をラッセル車が走って行ったかのような
間違いなく、今の自分が受ければ一瞬でミンチだ。
「…………」
剣を握る手に力が籠る。
森から出るためにも準備がいる。
どこから出れるのか、外の様子はどうなっているのか、そして森から出るまでどこで暮らすのか。
森は広大だ、今日明日急いで簡単に出口が見つかるとは思えないが、あんな化け物猪が徘徊しているとなるとゆっくりともしていられない。
さて、どうしようか?
あの化け物猪を倒し、ゆっくりと出口を探す。
一刻も早く森から脱出する。
【人物】
名前:???? 年齢:18くらい(外見) レベル7
【装備】
E:さびたつるぎ
E:ぬののふく
E:うんどうぐつ
E:なぞのくびかざり
【技能】
■■■■:自らで■■した■■を自らが■■することで■■を■■する力。