「決めたわ!」
八雲紫がマヨヒガの家のふすまを勢いよく開けて、ドタバタと居間に入ってくる。そして高らかに叫ぶ。
「アトラク! 藍! 橙! ってあなたたち何してるの!?」
「少し遅めのクリスマスパーティー」
俺はそう答える。
ちゃぶ台にはローストチキンや七面鳥、フライドチキンが満載され、他にも摘まみやすい食べ物が雑多に揃えられている。飲み物もまたジュースにアルコール各種、ミネラルウォーター、子供用シャンパンなど多種多様に揃えている。
「ああ。安心しろ。ケーキはちゃんと大き目のホールを一つ冷やしてあるから、後で切ってみんなで食べよう。俺が頑張って時間を遅れさせてるからまだ美味しいぞ?」
「楽しみですね紫さま!」
「ええ、それなら安心ね橙! そうじゃないわよ!? なんで私を除け者にして三人でパーティーしてるのよ!!」
「仕方ないだろう。蹴っても起きなかったお前が悪い」
「すいません紫様。流石に一週間ほど起こし続けてみたのに起きられなかったので冬眠したのかとばかり……」
「いっそ死んだかと思ったぞ。まあいい。起きたなら食うが良い。ほれ。どのチキンが食べたい?」
「……わかった。わかったわよ! こうなったら食べるわよ! 藍、そこのお酒を瓶ごと頂戴。アトラクはローストチキンを。皿と手に持つための紙を忘れないでね。ああ、橙はそのまま食べてなさい」
紫はそのまま食事を摂りだした。なんだかんだピリピリしていても腹が満たされれば丸くなるだろう。
その後しっかりケーキまで食べてやっと紫は満足した。
「はぁ……おいしかった……さてお腹もいっぱいになったし一休み……」
「させるものか。さて、何を決めたのかさっさと吐け」
「いけない。そうだったわね。今回の異変への私たちの対応を決めたわ」
紫は態度を改め、凛とした賢者相応の雰囲気を身にまとう。自然と家の中の空気も変わり、みな背筋が伸びる。
「聞こうか」
「ええ。まず今回の異変について確認するわ。異変の内容は来年の五月まで幻想郷中の春を冥界の白玉楼の西行寺幽々子と魂魄妖夢の主従が集め、幻想郷で春まで冬が続くこと……相違ないわね?」
「ああ」
「でもこれはあくまで副産物でしかなく、我々として注視するべきは集めた春で幽々子が西行妖を咲かせようとしていること。及びそれに伴い人間の西行寺幽々子が復活のち死亡し、亡霊の西行寺幽々子諸共消滅することよ」
西行妖の復活の阻止。これがこちらの最大の目的だ。
「最悪、私たちが力づくで止めてもいい。だけど一つ問題があるわ。それは博麗の巫女。霊夢たちの存在よ。本来ならあの子たちが解決するはずの異変なのでしょうけど知ってしまった以上は放っておけないし、ここは貴方の世界とはやはり違う世界。同じ様に行くという保証はどこにもないわ」
「気休めだが……紅霧異変は俺の知るそれと結果的にほぼ同じ終わりを迎えた。俺も介入したが異変は特に何も変わらなかったと言って良い」
「ええ。わかっているわ。だから私はその案に乗っかろうと思うのよ」
「どういうことか聞いても?」
「まず今回私たちは二つのことを行うわ。一つはやはり西行妖の復活阻止。こちらは絶対にやる。そして二つ目は異変の再現……霊夢たちに異変を解決してもらうわ」
それはつまり。
「それは結局何もしないと言う事ですか? 紫様?」
「いいえ。違うわ藍」
「……もしかして西行妖に細工するのか?」
「ええそうよ。春が集まっても決して咲かない様に封印を重ねるわ。元々咲かせるのが難しい代物だから封印に気付くのは難しいでしょう……冬に冬が終わらないことに気付くのがわからないようにね」
「意趣返しか。まあ確かに一度も咲いてないなら良い加減ってのもわからんだろうな。そして春自体は集まるから幻想郷では冬が続き、巫女は動かざるをえない……結構うまく行きそうだな」
「なるほど! それならば確かに! 流石はお二方。それなら我々はどうするので?」
紫は藍の返答を聞いて溜息を吐きだし、答えた。
「本当ならもう少し自分で考えてほしいとこだけど……藍、今回はあなたは私の封印する作業の補助よ」
「はっ!」
「そして橙、あなたはこのマヨヒガで修業を続けなさい。アトラクの話だと貴女は今回の異変で霊夢か魔理沙または両方と闘うことになっているらしいわ。今後の為にもあの子たちがどれほどの物か知っておきなさい」
「わかりました!」
「そしてアトラク……」
「おう」
遂に俺の番か。こうして人から命令を受ける立場になるのは珍しいからちょっとワクワクする。
「貴方……剣の腕はどれほどかしら?」
「剣? それなら一応自傷しない程度にはいじれるが……といっても元が蜘蛛だから糸と肉体を使った方が強いぞ」
「構わないわ。少なくとも人間には負けないでしょ? それなら上手いよりかはいいわ。寧ろ好都合ね」
「そりゃあまあな。肉体の出力が段違いだからってこともあるが」
剣。ということは俺の担当は……
「察しがよくて助かるわ。そういうところがあるとモテるわよ。そう。貴方には魂魄妖夢を担当してもらうわ。その為に必要な物は見繕ってあげる。さあ好きな物を受け取りなさい!」
「ほう……これは見事な……!」
紫がスキマを開いた。そしてその中にはどれも見事な名剣、業物の類が揃っていた。
「クリスマスプレゼント……と言うことにしておきましょうか。好きな物を好きなだけ持っていきなさい。貴方は八本足だから八本くらいは使えるでしょう?」
「足はあっても指がないから掴めないんだよなぁ。おかげで人間体になって初めて十まで数えられたよ……よし! この二本を貰う。剣技自体が大したもんじゃないからな、相応の剣士が来るまで寝てた方が剣も幸せだろう」
俺は特に耐久性の高そうな二振りの日本刀を手に取った。長刀と短刀。ちょうど楼観剣と白楼剣の組み合わせと同じだ。
「完全に妖夢に合わせていくのね」
「相手と仲良くなるには趣味を合わせることが肝要……ってな。任せるがいい。これでも幻想郷において真っ当に人付き合いをさせれば右に出る者はいないだろう。人界ウン千年以上の滞在経験は伊達じゃない」
「ええ。頼もしいわ。それにあの子はおじい様である妖忌に懐いていたから年上の男が好みのはずよ」
「あまり年寄り扱いするでない紫。ワシはまだまだ現役じゃ。そんなことを言っておるとお主にはお年玉はナシじゃな」
「あらまぁジジ臭い。それと謝るからお年玉はちょうだいね。冗談はさておきお願いよ。さあこれから計画の詳細な内容を説明するわよ……! 名付けて面従腹背の策!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
暦の上で新年を迎えた。
幻想郷の人里でもその時ばかりはみな出かけて新年を満喫していたことだろう。お年玉をあげ損ねたな。これが終わったら春にでもあげるか。ちなみに八雲家にはあげた。それぞれ十円。現在の貨幣価値に換算するとそのまま万倍で十万円。しかし小成金の俺からすると大した額じゃない。
そして俺たちはと言うと、今回のトラブルメーカー白玉楼に一同でやってきていた。
「幽々子ー。新年の挨拶に来たわよー」
「あらあら。紫が寝てないなんて……今年は違う何かがありそうね!」
「ええ、あるわよ。紹介するわ。こちら私の旦那さま」
「違う。初めまして西行寺幽々子殿。俺は去年の夏頃に幻想郷に来た蜘蛛の妖怪アトラク=ナクァと名乗る者だ。今は八雲紫に世話になっている。今後よろしく頼む」
「……ダメじゃない紫! どこから誘拐してきたの!? しかも洗脳までして……」
「何もしてないわよ。彼は色々変わり者でね。この幻想郷を知ってもらいたくて連れ歩いてるのよ。もちろん本人が出ていきたいって言うなら解放するわ。束縛してるわけじゃないから解放ってのも変ね」
「まあそれなら……よろしくねアトラクさん。知っての通り私は西行寺幽々子よ。幽々子って呼んでね素敵な人。紫に何かされたら私が助けて差し上げるから遠慮なく言って」
「ああ。よろしくお願いする」
「さて。そういうことなら……妖夢ー! お客人が来たわー! 食事を四人分追加して貰えるー!? 「幽々子さまー!?」あっ、食べて行くわよね」
「ええ。そうしましょう。藍、橙加勢してあげなさい」
「はっ! 行くぞ橙」「はい藍さま!」
紫が二人を送り出す。しかし相手は最強の大食いゴーストだ。これでは足りないだろう。
「俺も手伝おう。ここで有能だってことを見せておくとする」
「え? 貴方って料理できるの?」
「実はできる。と言っても捌くのができて一応火が使えて、冷やせて、あとは干物くらいだ。ある程度人間アピールができればそれで足りたから凝ったものは作れない」
「ああ。なるほどね。男の料理ってそういうものらしいわね。ちょっと楽しみだわ。私は例の件を話しておくからしっかりやりなさい」
「是非楽しんでくれ。そして頼む。では幽々子殿。失礼します」
「はい。悪いけどお願いするわね。私も男の人のお料理楽しみにしています」
俺は二人から離れ、先行していた藍たちと厨房へ向かった。ここは初めてなのでそのまま藍についていきこの白玉楼の厨房まで着く。中からは包丁の音や火が燃える音が聞こえている。
さて何を作ってやろうか。そう思い進む。
そして……暖簾をくぐり抜けるとそこは戦場であった。
「あああああああっ!!!」
叫びながら大根をひたすら斬り続けている銀髪の娘……魂魄妖夢がいた。それはいっそ狂気の沙汰にも見えるだろう。というか見えた。
「おい! しっかりしろ魂魄妖夢! 加勢に来たぞ!」
藍がそう言って妖夢はようやくこちらに気付く。その顔は疲労の色が濃く見えていたが俺たちを確認すると少し赤みが増し、いくばくか生気が戻ったように見えた。
「助かります! 藍さんはあっちの鍋を! 橙さんは野菜の皮むきを! そちらの男性は……って誰ですか!?」
「そんなのは今はどうでもいいことだって君が一番わかっているはずだ。俺もちょっとは料理ができる。さあ俺は何をすれば良い? おにぎりか? 寿司か? それともチャーハンか? 丼ものもいけるぞ」
「お米だけですか!? ああ! でもお米がちょうど炊けてる! ではお寿司を! そこにお魚があるので好きに使ってください! お酢はその辺にあります!」
「アトラク! 稲荷も! 稲荷も作ってくれ!」
「了解!」
まずは米を酢飯にする。寿司酢をぶちまけ混ぜ込み、冷ます。
その後はひたすら魚を捌き、にぎりサイズに。ついでに油揚げも煮ておく。
さらに海苔を発見。なぜ幻想郷には海がないのにこれがあるのかは知らないがあるものは使う。
桶から上の方にある比較的冷めた酢飯をしゃもじで取り出し海苔の上によそう。後は適当な長さの具材をチョイスして、巻いてからいい塩梅の大きさにカット。
その後も次々に寿司を握る。しかし徐々に俺のスペースが完成品で埋まっていく。
「妖夢ちゃん! できたやつはどうする!? 持っていくか!?」
「いえ! まだ幽々子さまが満足する量になっていません! 調理を続行してください!! そちらの皿は半霊が!」
そう言ったら外から半霊がやってきて器用に皿を乗せて出て行った。心なしか元気がないが大丈夫だろうか?
「妖夢! なんか今日はいつもより忙しくないか!?」
藍が叫ぶ。確かにこの量を毎日一人で用意するのは正気の沙汰じゃない。はっきり言って過労死する。
「幽々子さまは!! こういう冬の慶事の日は『めでたいけど寒くてお腹空いちゃうからからお腹いっぱいたべるわよ~』とか言って! いつもよりたくさん食べるんです! この前のくりすますという外界の記念日も! 昨日の大晦日も!」
「ああ。紫様が寝ておられる冬にそんなことが……」
「しかも普段ならいくらか人手もあるのですが今日は正月だから休暇で誰もいません!!」
妖夢ちゃん……あわれな……せめてここにいる間は優しくしてあげようと改めて決めた。向こうでもなんか苦労してそうな印象だったが実際見ると辛さがわかる。これはひどい。
それから数時間。四人で発狂しそうになりつつも料理を作り終える。全員グロッキーだ。
「はぁはぁ……大丈夫か橙? アトラク……稲荷は……稲荷は残ってるか……?」
「ああ…………途中から嫌な予感がしてたから残しておいた。食えるなら食え。橙も魚の寿司を残しておいたから、食べられるか?」
「うぅ……すいませんアトラクさま、お腹が空いてるのにこれ以上食べものを見たくないです……らんしゃま~」
「皆さん……ありがとうございました。今年はいつもより大分早く終わりました。これなら初日の出も拝めそうです……申し訳ありません幽々子さまのために……」
初日の出って朝に出るものだが……来たのは深夜だぞ?
げに恐ろしきは西行寺幽々子……俺もう大食漢名乗るのやめよう……やめた。
そんな料理人四人は死に体で居間へと向かう。居間に着くとそこにはお腹を膨らませた幽々子とあいまいな表情を浮かべて沈黙している紫がいた。
「……今戻った……」
「ええ……その……お疲れ様……あと……ごめんなさい」
「いいよ……いいんだ……」
次々に運ばれてくる料理がすぐに消えるのを見つつ、戻らない式たちを一人で待ち続けた彼女の心労もまた酌量するべきものだ。
「あら~おかえりなさい妖夢。今日は早かったわね。ああ、それとアトラクさん。今日のご飯ものは貴方でしょう? 大きくて食べごたえがあったわよ~。ここにいる間はまた作ってもらえる?」
「……ああ。俺もここにいる間は妖夢と一緒に厨房に入るから期待しててくれ……」
俺は笑って言った。努めて笑っているつもりだが正直笑えているかわからなかった。それほど疲れた。寝たい。初日の出?知るかそんなもん。
「あの幽々子さま……? お話が見えないのですが。それにこちらの男性は?」
幽々子は手を叩いて嬉しそうな笑顔で妖夢に向けて言う。
「そうそう! 紹介するわ。こちらは紫の所でお世話になっているらしい蜘蛛の妖怪のアトラク=ナクァという方よ。なんでも殿方にしては珍しく武に興味があるらしくてねぇ。妖忌のことを知って剣の師事を頼みに来たのらしいけど、どこにいるかわからないじゃない? だから貴女に代わりを務めてほしいの。やってもらえる?」
「おじい様の……しかし、私はまだまだ未熟ですよ? それに幽々子さまの方が……」
「ダメよ妖夢。そんなことを言っちゃ。貴女はこの白玉楼の誉れある剣術指南役よ。貴方の他に適任はいないわ。それに……他人に教えを与えることは自分の為にもなる。やりなさい妖夢」
「妖夢ちゃん。気負わなくていい。俺は妖怪としての力だけで振るうしか能のない素人だから初歩から学ぶしかない。そこまで難しいことは言わない。どうか俺に剣を教えてはくれないか?」
「う……で、ですがおじい様に教えを乞いに来たのなら女の私では不満でしょう! それに私はあまり一緒に居て気分の良い女ではないですし……」
「ああ、それは大丈夫よ妖夢。この私が保証するわ。アトラクは風変わりを突き詰めてるから。ほら。こんな事しても怒らない。くんくん。ちょっと汗臭いわね。くんくん」
紫が俺に抱きついてくる。ちょっとお酒臭いのが不満だ。他はグッド。あと嗅ぐな。
「な! いくら賢者といえども破廉恥です!!」
「羨ましいわね~私も……えい! すんすん。本当、がんばってくれたのね~匂いでわかるもの。嬉しいわ~」
「幽々子さま!? うらや、おやめください!!」
反対から幽々子が抱きついてくる。こちらもほんの少しお酒の香りが漂う。そしてこいつはグレートな感触だ。そして嗅ぐな。
俺はもうこのサンドイッチだけでお腹いっぱいだ。寝よう。でも風呂は入ろう。
「あ、そのアトラク様……?」
「ん? なんだ? 妖夢ちゃん」
「その。嫌じゃないのですか? 言ってはなんですがお二人は大層醜悪なお方ですよ……? ひぃ! すみません!!」
紫と幽々子がすごい形相で妖夢を睨んでいる。美人なので凄みがある。それ以上言ったらお前を食ってやるとでも言いたげな顔だ。これは美人を醜悪と呼ぶ価値観でも怖いだろう。むしろそっちの方が怖いのかもしれない。
「ほーれ。おーよしよし。どうどう」
わしゃわしゃわしゃわしゃ
「なっ! あのお二人をまるで動物でも手懐けるかのように……」
「わんわん…………はっ!? こほん。ま、まあこんな感じで? 彼は容姿とか性別なんて細かい事は気にしないから安心して教えなさい……ちょっと幽々子! 早く帰ってきなさい! そんな動物みたいなことやるんじゃありません」
宥めるのをやめると幽々子も帰って来る。
「失礼……とにかく! 彼はしばらくの間こちらで過ごします! 決定! というわけでよろしくお願いね。アトラクさん」
「ああ。世話になる幽々子殿。それと妖夢ちゃん」
「あっ……はい。よろしくお願いしますアトラク様」
「もう! 二人とも! 一緒に生活するんだからそんな堅苦しい呼び方じゃダメよ!」
「なら、幽々子。妖夢。これからよろしく」
「え……ええとよろしくお願いしますアトラクさん」
「よろしい! じゃあこれから……いつまで滞在なさるのかしら? 紫」
「彼は人里で店を構えているからそうね……雪が止んで春になる頃かしら? それと私たちも様子を見にちょくちょく来るからよろしくね。早速今日は泊まっていくわ。藍と橙のお布団用意してもらえるかしら?」
そう言われて二人が寝ていたことに気が付く。まあ仕方ない。八雲一家はどんなに長くても二時間かそこらしか調理しない。女三人の小食だし、俺は何人分か食べるが最悪塩でも振れば腐ってなければ生だろうが肉を食える。手間は掛からない。
グルメな大食いはやはり手ごわかった。
かくして俺は白玉楼に居座ることになったのだった。