東方 あべこべな世界で戦う    作:ダリエ

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13 白玉楼の変わった日常

「それでは……これから剣の指南を始めます」

「よろしくお願いします」

 

 場所は白玉楼の庭。

 

 年末の祝日が終わって使用人が戻り今年最初の奉公を始め、さらにアトラクさんが来てから私も家事以外の時間が出来始めたのでしっかりと剪定された木々が立ち並んでいて我ながら気持ちが良い。

 少し離れた所には幽々子さまが縁側で茶を啜ってこちらを見物している。監視……監督だろうか。どちらにしてもここで情けないところはお見せできない。

 

 そしてそれは目の前に立つ彼にもだ。一時とはいえ私が師となる以上はしっかりしなければ。私は静かに気合を入れなおす。

 

「……さて! ではまずは貴方の実力を測ります! 剣を抜きなさい!」

「ではいざ参る……」

 

 そう言って彼は二振りの剣を抜く。

 その所作ははっきり言って手馴れていないことが一目でよくわかる。しかし彼が抜いた剣はどちらとも業物だとこれも一目でわかる。

 

「その剣……一体どこで? かなりの逸品に見えますが。銘はなんと?」

「貰い物だ。多分無銘だろう。一応名付けはしている。長いのが平蜘蛛。短いのが付藻茄子」

「蜘蛛繋がりですか。ですが……それは確か茶器では?」

「蜘蛛はカフェインに弱くてね。俺からしたらその辺の武器よりよほど真剣に命を脅かすに足る。茶の入った茶器は……な」

 

 彼はその二刀を構える。

 

「っ!?」

 

 一瞬。彼におじい様がダブって見える。

 

 ああ。そうか。髪や眼や顔。背の高さ。纏う気配。性格。種族。様々なことが違う。同じことと言えばせいぜい性別。それと幽々子さまがさん付けしていたということは私より年上だと言うこと。

 おじい様と幽々子さまのどちらが上かは知らないし、聞く勇気もないから知ることはないだろう。

 

 しかし剣を構え、まがりなりにも戦闘態勢に入った今ならわかる。

 目の前に立つ男はきっと私よりも強い。剣だと私が強いと思いたいが。果たして剣を捨ててこちらを攻めてきたら……答えはおそらく。

 

「剣で戦ったことは?」

「一度だけある。でも途中で捨てて殴り倒した。そっちの方が早かったから。その後はてんでだ」

「でしょうね。剣を交える前にこうして向かい合うだけでわかります……何故これほど強いのに剣を習おうと?」

「俺は闘いが好きでね。戦闘に役立ちそうなことは学ぶ主義なんだ。せっかくだしここで剣士の視点を理解しておく」

「なるほど。と言ってもあまり考えを理解できませんが……本当に変わったお人ですね」

「こっちに来てからよく言われるよ。あともう一つあった。理由」

「なんですか?」

 

 彼は記憶を回顧しているのか、なんだか嬉しそうに言葉を選んでから言った。

 

「昔……と言ってもそれほど前でもないけど。前に剣士にあったんだ。実に綺麗な剣捌きだった。思えばあれで火をつけられてしまったのかもしれないな。俺も」

「綺麗な剣ですか。それは羨ましいです」

 

 彼の喜ぶ様を見て思う。私の剣は、果たして彼を魅入らせることができるのだろうか。やはり私には自信はない。

 

「おっとすまない。それではやろうか」

「どうぞ。どこからでも掛かってきてください」

 

 直後、彼はこちらに踏み込み、右手で持つ長刀で即座に切りかかってくる。それを私は左手の白楼剣で受ける。

 

 ……重い。やはり膂力が人間離れしている。

 白楼剣は折れないがしくじるとこちらの腕が折れかねない。

 

 即座に力での抵抗をやめて刀身での受け流しに切り替え、さらに右手の楼観剣でこちらから切り返す。

 流石に男とはいえ戦闘を好む妖怪。凄まじく反応が良い。体も五感についてきている。彼はあっさりと短剣でこちらの攻撃を受け止める。力押ししてもびくともしない。

 

 まず力では勝てないだろう。

 

「やっぱり剣士は身のこなしがスマートだな。かっこいい」

「そういう貴方は化け物ですね。力が強い」

「もっと他の褒め方があるだろう!?」

 

 私は距離を取り、一回納刀する。そして居合の構えを取り……斬る!

 私のもっとも速い技。抜刀術。これなら妖怪の目でも捉えられまい。

 

「くぅっ!!」

「なっ!?」

 

 剣同士が勢いよく衝突し鉄のぶつかる重い音が白玉楼に響く。

 相手も苦しそうだが……止められた。二刀ともしっかり反応させている。

 

「……流石に速い。これが居合か。場合によっては……」

「防がれましたか……しかしまだ!」

 

 私は戦える!そう続けたかったがそうはならなかった。 

 

「そこまで。妖夢? だいたいわかったでしょう。それにもしも今のが当たっていたらどうなっていたか……」

 

 そこで私は自分が何をしたか理解した。ああ。私はなんてことを。

 

「ごめんなさい!!!」

「いいや。気にしなくてもいい。俺としてはああいう一撃を打ち込まれるのが気分が乗って楽しい」

「しかし……」

「はぁ……仕方ない。ちょっと見せてやる」

 

 そう言って彼は剣を鞘に戻し、服の上をはだけ出した!?

 

「何をなさっているのですか!?」

「あら~!」

「まあ見てろ。それ」

 

 彼はそう言って力を込めるとサッと背中から黒い突起が一、二、全部で八本出現した。それは蜘蛛の足だった。体も装甲のような黒に覆われた。

 

「ん? また少し変わったな。まあむしろ好都合だ。妖夢。さっきのまた一本やってくれ」

「そんなことできません! それにせめて剣を抜いてください!!」

「そっちの方が危ないわ! 言っただろ? 素手の方が強いって。お前もわかっているはずだ」

 

 わかってはいる。それでも私はまだなんとか説得しようとした。しかし、気が付いたら目の前には彼はいなかった。

 

「妖夢。後ろよ」

「え? な!? なんで!?」

 

 後ろには彼が立っていた。四本の剣を持って。

 

「一体いつの間に!? 白楼剣と楼観剣まで!?」

「ついさっき。さあ俺の速さはわかったろう? 返してあげるから撃ってこい」

 

 彼はゆっくりと私に剣を返す。確かにあんな芸当ができるのなら私では傷つけられないかもしれない。

 

「わかりました! さらに上の技をお見せします。どうなっても知りませんからね!」

「ああ。どうにかできたら結婚だってしてやろう。君なら俺が死んでても問題ないだろうから、そのまま殺す気でおいで」

「私はそんなことで……目が曇る女ではありません! 行きますよ!」

 

 目は曇ってないが心は乱された。息を吸って、吐く。吸って吐く。心を落ち着ける。目にモノをみせねばなるまい。

 

「……ふっ!!!」

 

 私は息を吐いたのと同時に彼に白楼剣で斬りかかる。先程より速い。今のこの瞬間なら天狗すら捉えられない。そう思っていた。

 

「これが真剣白刃取り……というやつだな?」

「嘘……」

 

 幽々子さまが呟く。違う嘘じゃない。私は剣を振り抜いたが途中で確かに止められたのを知覚した。蜘蛛はこちらを絡め取ったのだ。

 

「私の負けです……貴方は……何故そこまで強いのに……もっと先を目指せるのですか?」

「俺は確かに強いがまだまだ上があると思っている。高みを目指すことをやめるつもりはない。それは君だってそうだろう」

 

 そうだ。最近は忙しくてないがしろにしていた。私はまだまだ剣の道の途中にいるに過ぎない。それなのに弟子なんて取れる道理はないのだ。

 

 やっぱり断ろう。私はそう言いだそうとした。しかし止められた。

 

「待ちなさい妖夢。あなたの気持ちもわからなくないわ。それに今となっては私も頼りすぎたという負い目もあるわ。だからこそ、その言葉は飲み込みなさい。あなたにもできることはあるの」

「幽々子さま……」

「アトラク。貴方ちょっと剣を一本でいいから持ちなさい。一番良いと思う持ち方でね」

「こう?」

「!?」

 

 私は驚いた。彼は剣を持った。柄の端部を片手だけで。

 

「なんでそんな持ち方を……?」

「え? 両手だとみんなここと上の部分持つだろ? ならできるだけ長く使えるこっちを片手の時に持つべきでは?」

 

 私はぷっつんと来た。それはもうぷっつんと。

 

「違いますよ! 刀はもっと中心から上のこの辺りまで! 確かに貴方くらいの力なら基本大丈夫でしょうけど、いざという時にすっぽ抜けますよ!? ああ! こうして見ると色々おかしい! どうしてこんなのであれほど強いんですか!?」

「虎は何故強いと思う? もともと」

「ええいそんなことは聞いてません! 私に教わると言うのならちゃんと聞きなさい! いいですか!? 手はこう! 足はこう! 顔の角度はこう! 手はもっとぞうきんを絞るように!」

「なあ幽々子。妖夢ってもしかして剣道警察?」

「貴方が何を言ってるかわからないけど言いたいことの意味は痛いほどわかるわ。この子まじめなのよ……クソが付くほどね」

「ああ……」

「ちょっと!? 聞いてるんですか!? 徹底的に基礎を指導しますからね! 覚悟してください! わかりましたか!?」

 

 その後のことはあまり覚えてない。

 でも後日見た彼の構えを見て私はなんとも言えない満足感を感じたのだった。

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 剣の鍛練の時間以外の彼はおよそ完璧だった。

 

 料理も日に日に上達……いやこれは慣れだろう。とにかく私と彼で厨房に入り、幽々子さまのお食事を準備しているのだが彼はある程度がっつり食べれる主食を大量生産しお腹を。少し趣向を凝らし、手間を掛けた品で舌を満足させる方法を取り出した。匙加減も絶妙だ。

 

「ここもまた戦場。そう思えば上達もする」

 

 彼がなぜここを戦場なんて言うのかはわからないが助っ人が心強いのは大歓迎だった。

 

 そして針仕事。蜘蛛の妖怪ゆえか繕うということがとても上手い。聞けば人里で店を構えているのだから当然だろう。幽々子さまだけでなく私にも彼は小物や服に寝具まで縫ってくれた。絵柄も桜と半霊があしらわれて可愛いので大切にしたい。

 

 他にも力仕事。掃除。肉体労働を中心に実に熱心に働いた。

 

 私は彼にどうしてそんなに完璧なのかと聞いた。彼はこう答えた。

 

「別に完璧じゃないさ。ただできないことはやってない。できることを迅速にやっているだけだ。とりあえずそれで困ったら得意なことだけやってればいい。それでもダメならやるべきことだけ、さらにそれでもダメなら諦めて苦手でやりたくないこともやる」

 

 そう言われてから彼の行動を見ると意味がわかった。

 確かに一部の行動を明確に避けていた。特にわかりやすかったのは火の回りにはあまり近づかなかったり、火を使う料理をあまり作らないことが私はよく見かけることができた。しかし頼まれたら避けてることもちゃんとやっていた。

 

「……使えるのは使えるんだがやっぱり火はねぇ。俺は虫だから……鳥もちょっと……」

 

 でも鳥は食べ物としては好きらしい。天敵を食っているという事実が素晴らしい快感らしい。これは人間以外の生物から成った妖怪特有の精神らしく、よくわからなかった。

 

「はぁ~」

 

 私は一人お風呂で体を癒す。

 最近はなんだか充実している。料理もアトラクさんに対抗して最近は新作をいくつか勉強していて幽々子さまにも好評だ。

 剣の修行も彼を見ては自分を見直す日々だ。やはり幽々子さまが言った通り。人に教えることは自分の成長に繋がった。もしかしたらあの方にも同じ経験があったのかもしれない。

 

 そして何より時間ができた。雑事は手分けしてやっている。そして彼は自分の得意分野を率先してやるため私のやることは減った。私は今まで全て一人でやっていたため苦手な物はなく、彼がやることが偏ったところで困ることはない。丸々減っただけだ。

 

「楽ができるわ~。もうずっといてくれないかしら、そしたら」

 

 昔、おじい様がいたときみたいに、私と幽々子さまと彼で三人で楽しく暮らせるのに。

 

「いや。ダメね……アトラクさんにも彼の暮らしがあるのだからワガママを言ってはいけないわ」

 

 思えばおじい様もアトラクさんも、私たちの容姿を気にしないでいてくれるからこその居心地の良さがある。おじい様とは家族だったからこそ優しかったのだと大人になった今ならわかる。

 でも彼は違う。彼は誰に対してもそれができる。だから私たちだけで独占なんて考えちゃいけない。それは傲慢だ。

 

「でもでも……彼に勝てるなら」

 

 希望はある。

 

 彼自身言っていたし、最近頻繁に訪れるようになった八雲紫。その式の八雲藍。さらにその式の橙。彼女たちも揃って言っていた。彼に何かの勝負で勝てれば彼は自身との婚姻を認めると。

 しかしそれがどれほど難しいかはもう理解している。まず弾幕ごっこ。これはかなり良い。何と言ったって男性相手でも気兼ねなく戦えるし、スペルカードが前もって決めた弾幕を作るので大事な所で手心が食わられることはない。彼自身強いがルールの上での平等さがあくまでそれを常識の範疇に押し込めてくれる。弾幕は平等だ。

 

「でも私があの紫様と弾幕で同等とはとても思えないし……」

 

 彼は八雲紫と分けた。途中、彼が使ったスペルカードは封印指定を両者の合意でなされたので無効試合となったそうだが、それまでほぼ互角の戦いを繰り広げたらしい。そんなのを聞いたら弾幕での勝負などできるはずがない。

 

「自分の得意なことだけ……ならば私には剣しか……」

 

 技量という意味なら私は格上だ。自信もある。あくまで相対的にであり、絶対的にはおじい様が未だ君臨している。さらに最近の上達振りを見るに、ただ剣を使っただけの戦いなら彼は手堅い。その肉体的優位を以ってこちらの疲労を待ち、隙を見せたら食い掛かる。実に蜘蛛らしい、どっしり巣に構えたような待ちの狩りだ。彼は本来巣を作る種ではないらしいが蜘蛛のイメージとしてはそっちだ。

 

 そしてなによりも彼は私の弟子のような物だ。教え子に対して師がその道の技で挑んで、勝って、結婚など流石に面の皮が厚すぎる。子供ができた時に馴れ初めを聞かれたらそんな情けない話はできない。

 

「私ったら……子供だなんて……」

 

 恥ずかしくて湯に沈む。お湯で血の巡りが良くなっているので今は顔が真っ赤だろう。

 

「私も……彼に……」

 

 勝てるのかしら。その言葉は泡となって湯船に消えた。

 

 その晩。私はおじい様がいた頃の夢を見た。

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