「大分上達しましたねアトラクさん!」
「ああ。何と言っても先生が良いからな。腕前も上がるものだ」
「いえいえ! アトラクさんの筋が良いんですよ」
今は二月。来月には早ければ春が来る。そうしたら彼ともお別れだ。
「俺もこれで一端の剣士かな?」
「最初と比べたらまるで達人ですね」
「これは手厳しい。剣の道も先が長そうだ。はははは!」
「うふふ」
私も釣られて笑う。ああ。楽しい。幽々子さまがいて。アトラクさんがいて。そして時たま紫様たちが顔を出し、私自身も様々な時間が充実している。別れの時間がずっと来なければ、春なんて来なければ……そう思わずにはいられなかった。
「…………」
そんな私では白玉楼の中からこちらを窺う誰かがいるなんて気付かなかった。
私はそのまま話を続ける。
「アトラクさん。そういえばこっそりと何か鍛練をなさっている様子。一体何をしているのですか?」
「やはり隠せんか。どれ、用意しよう」
彼はそう言って、自らの手と手を合わせて白い繊維を編み出す。
それを乱雑に混ぜ合わせ、それはすぐに太い一本の束となり、彼は庭に立てられている剣の打ち込み用の木に乗せて取りつけた。
「これは巻き藁ですか?」
「そうなる。と言っても斬るのは難しいぞ? 何せ俺謹製だ」
「試してみても?」
「どうぞ」
私は納刀した剣。白楼剣に手を当てる。構え、居合で斬る。しかし、刃は束の中ほどで止まる。
「どうして?」
「まあ最初はそうだよな。ほれ見てな……
彼が抜身の刀で私と同じ軌道で一閃。すると綺麗に二つに分かれたそれを浮いている間に何度も斬って、そして途中で私と同じように半ばで止まった。
「あらら。やっぱり下手だねどうも……剣じゃなくて拳ならバラバラなんだが」
「これは……?」
「この斬った面を見てくれ」
私は促されて、目を凝らしてよくその断面を見る。
すると全て白い糸だが、微妙に差異がわかる。真っ白だったり、透明感があったり、別の色が混ざっていたり、濃淡が違ったり。
「この糸は俺の糸の複数の性質を持つ物を編みこんだ物だ。ただ力があれば斬れるところ。技術がいるところ。逆に力を入れては斬れないところ。根本的に斬るのが難しいところ。それが組み合っている。剣の技量があれば確かに多くの糸を斬れるが、剣だけでは絶てない物も少なからずある。これはそれを判断し、なおかつ空中で中身を把握してそれを続ける修行だ。まあ俺は製作者だからどうしても全部わかるから、その上で剣で斬る事を重視してるんだが……狙い通りにいかんよなぁ。素振りと型稽古でも増やすかな?」
「判断力、動体視力、そして何より技量を磨く稽古ですか……向上心があって良いですね! 教えてる者として鼻が高いです!」
こんなことを言ってしまったが、私もこの稽古をしたい。これは楽しそうだ。私の場合は剣はできる。だから瞬間的な観察と判断の修行が主になる。欲しい。
「いくつか作るからやってみるか? 最初は簡単なのにしてやるよ」
「良いんですか!? 是非お願いします!」
「じゃあこさえるからそれまではさっきのでも見てどれがどんな性質を持つか調べてみな。俺からはもうヒントは出さない。処分方法は火を点ければ簡単だ」
彼はそう言って、早速束を作り始めたので私は先程の束を調べる。
それぞれ触ったり、嗅いだりしてみるがどうにもわからない。せいぜいネバネバしてるとかしてないとかだ。あとは見た目の違いはだいたい把握したが進捗はあまりよろしくない。
そんな時にアトラクさんが実際に斬ってみてはと言ったのでやってみた。
すると、結論から言ってわかった。実際にこうして剣で触れてみるとわかる。どれが簡単に斬れて、どれが少し癖があって、どれが斬れるが切れ味を落として、そしてどれが斬れないか。よくわかった。
「とりあえずもう少し斬ってみましょう」
私は彼に止められるまで、ひたすら束を斬りつづけた。原型を留めないくらいに分割してしまった。夢中になってしまい恥ずかしい。
私を止めた時の、まるで子供の悪戯に苦笑するような彼の顔は……いつかの祖父に似ていた気がした。
その夜。また祖父の夢を見た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さて……貴方たち。修行は順調かしら?」
そんなある日。もうすぐ春が訪れ始めるだろう日が近づいてきた時に私たちは幽々子さまに集められた。幽々子さまは扇子で口元を隠しているが笑顔は隠せていない。
「はい! 幽々子さま。おかげさまで」
「ああ。全力で戦うには流石に頼りないが、とはいえ十分使い手を名乗れるくらいにはなってきた。剣士の視点も体得できたんじゃないかな?」
「そう。それは結構。さて、そんな貴方たちに一つお願いがあるのだけど、いいかしら?」
「はぁ……最近はある程度修行も落ち着きましたし、溜まっていた家事も終わっているので余裕はありますが……一体何を?」
「ええ。少し気が早いのだけれど、アトラクももう少しでここから発つでしょう? だからね、ここ冥界に春を集めて早めの花見をしようかなと思うのよ。ほら、あそこ。ウチには立派な西行妖って桜があるからどこよりも豪華な花見になるわ」
「しかし幽々子さま。あの桜は咲いたことがないのでは?」
「心配いらないわ妖夢。実はちょっと本を漁ってたらおもしろいものを見つけたの。ほらこれに書いてあったのよ。何者かが西行妖に封印されているって。だから私たちで満開にして起こしてあげてみない?」
私はそれを聞いて嫌な予感がした。根拠は無いがやらせてはいけない。止めなくてはいけない。そんな気がする。
「そういうの普通は俺に黙ってやるもんじゃないのか? おもしろそうだし付き合うけどさぁ」
「ありがとう。妖夢も良いわよね?」
私は答えが出せなかった。断る理由がないのだ。私には女の勘と言ってのけるほど女としての自信が無い。
「はぁ。仕方ないわね。妖夢、こっちに来なさい」
「はい」
近くまで行くとギュッと幽々子さまに抱きしめられた。柔らかい。私にはこの柔らかさはない。顔はともかくこれくらいのモノがあれば少しは……私も。
「ねえ妖夢。あなたもっとアトラクと一緒にいたいんでしょ?」
「それは……そうですけど」
「彼の帰る期限は幻想郷……というよりも人里の冬が終わるまでよ。だから春を集めてしまえば顕界は冬が続くわ。あんまり長くやりすぎるとまずいけど、四月の終わりくらいまではなんとか誤魔化せるでしょう。巫女は腰が重いしね」
どうやら幽々子さまには私の感情など全てお見通しだったようだ。
永遠に続く春など無いが、それでも先延ばしはできる。私は根拠のない不安は忘れ、従者として幽々子さまの考えに従うことにした。
「さて! じゃあ二人とも。早速お願いね! じゃあがんばりましょう。えいえいおー」
こうして私たちの春集めは始まったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さて、ではどう集めましょうか? 二手に分かれますか?」
「効率はそっちの方が良いだろうけど……せっかくだし駄弁りながらやるか。結構な長丁場になる予感がする。それに最近は修行と家事仕事ばかりで外に出てもいなかったしな」
「そうですね。これも休暇だと思ってのんびりやりましょうか」
私は純粋に嬉しかった。一緒にいられる時間が増えたうえ、春集めでも一緒にいられる。これだけでも成果と言えた。
「さて……話すと言ってはなんだが、なんの話をしようか?」
「それなら私から質問してもいいですか? 聞きたいことがいっぱいあるんです」
それから私たちは毎日春集めへと向かった先でいろんなことを話した。
彼がどこで生まれて、今までどんな風に生きてきたのか。好きな食べ物は。好きな季節は。好きな色は。好きな本は。
それから思い切って女性の好みなんかも聞いたりした。当然のように末永く戦える女性と返ってきたので安心した。これでお淑やかな女性とか美人とか返ってきたら私の心は春集めどころじゃなかった。
聞きたいことは多々あったが、やはり彼が饒舌になるのは決まって戦いに関してのことだった。それを語る時の顔は実に楽しそうで、私はそれを見たくてついついその話ばかり振ってしまった。私は自分の興味よりも彼の喜びを優先したのだった。
しかし、彼も時たま自分が喋り過ぎていると自覚するのか、こちらへの指南のようなことをしてくれた。それが何より私を見てくれている証の様に思えて一番嬉しかった。
「剣士を問わず、戦うものというのは知識が無ければならない。剣を極めれば全てを斬れる……という訳ではないだろう? 極めるのが前提として難しいが、だから知識でそれを補う」
「そうですね。おじい様が言っていました『雨を斬れる様になるには三十年は掛かる。空気を斬れる様になるには五十年は掛かる。時を斬れる様になるには二百年は掛かる』私も全てが斬れるとは思いませんが時を斬る域まで改めて精進したいと思います」
「そうそう……えっ? 時って斬れるの? 剣士すごいな、うわぁがんばろう…………まあそれはさておき知識の話だ。例えば対人。最小の一撃で殺すなら君はどこを斬る? 妖夢」
「最小が何かにもよりますね。手数なら首、心臓、頭の人体急所ですね。仕損じても致命的です。切り口の小ささなら突きで同じく急所、手間の問題なら太い血管も加わります。勝手に流血して野垂れ死ぬでしょう」
「だいたい満足行く答えだ。では次、心臓を狙う場合はどうする? 何か工夫はするか? 当然剣士としてだ」
「胸には骨があるのでそれを避けます。骨のスキマを縫って、上から突き入れたりします。肉の脂を避けたいのでできるだけ薄いところを最短で」
「ああ。それができるのは人体を理解しているからに他ならない。まあ人体くらいは剣を極めればどこでも真っ二つだが。話を戻してそれは万事に通じる。知識には理解が欠かせない。実際に身に付かないと使えない」
「それがあの糸束ですか?」
「そうだ。あれは君にとっての未知の敵だ。知識というヒントこそ出したが、しっかり自分で調べて理解しただろう? どこが自分に斬れて、どこは自分には斬れないか。未知に勝つには勝ち方を調べねばならない。しかしそれには調べる時間がいる。しかし既知の物は知っていれば即座に正しく対処ができる。俺もかつては戦えない相手すら丹念に調べ上げたものだ。そしてその知識は活かすことができはじめた」
彼の強さは私も知る所だ。そんな彼も力だけで戦うことはしないという。私は強者の所以を見た気がした。思えば紫様もそういう下準備を欠かさずにしそうな性格だ。幽々子さまも彼女が負けたことを見たことがないそうだ。
「さて、話を続ける。物を理解するのに簡単な方法は実際に作る。または壊すことだ。一度徹底的に壊すこと。妖夢が糸束にやったことがそっち。作る方は……そうだな妖夢は庭師だろう。木を育て、そして剪定する。それはまさしく破壊と創造の一面だ。木を実際に作ったわけではないだろうが、それによって誰よりも理解をしているはずだ。あとは料理とかもレシピ見てるだけだとわからないことも一度作れば意外に理解できるだろ?」
「はい。わかります。庭の木に関しては幽々子さま以上だと自負してもいます」
「よろしい。まあほとんどの場合腕の未熟さを知識で補う訳だが。つまりはお勉強しましょうねってことか。説教臭かったな」
「いいえ。身に沁みるお話でした。ありがとうございます。しかし私は創作の経験はほとんどないので……」
「あー料理と植木くらいか……ああ! 一つあるんじゃないか? ある意味妖夢が作ったと言えなくもないモノ」
「? なんですか?」
「西行寺幽々子。食育なんて考え方もあるし、それを言ったら俺も少し噛んでるけどな」
「それは……流石に恐れ多いですね。それに幽々子さまと闘うことはないかと」
「そうだな。ふははは。悪かった忘れてくれ。ああ。思い出した『彼を知り己を知れば百戦殆うからず』って諺だ。こう言えば早かったな。すまん」
しかし私はその日からなんとなく。漠然とした感覚ではあるが幽々子さまに剣を向ける日が来るような気がしていた。
そして私はその日の夜思い出した。あの約束を。