幻想郷に訪れた長い冬は終わった。
そしてその後に訪れた、短くも見事で盛大な春も桜の花びらと共に散っていった。
木々の葉は既に深い緑に色づき、外気も暑さを感じるようになってきたものの……未だに花見を言い訳にした宴会だけは終わっていなかった。
人間、妖怪、幽霊とか亡霊の類、付喪神とか妖精とか……それはまあ様々な種類の顔ぶれが博麗神社に集まっている。
なおそこに男はいない。そもそも参加してくれるような奇特な男は皆無と言って良い上に、参加してくれそうな変わり者である奇しくも両名とも店の店主である幻想郷の男妖怪たちは、それぞれの棲家で少女たちの為に内助の功に励んでいる。それはもう大きな背中を丸めて手元でチクチクと。
その為宴会場には色気と言えるものが一切無く、なんとも姦しいだけの宴会となっている。もし蜘蛛がこの光景を見たら「こういうのが女子校の雰囲気なんだろうなぁ」と言っているような光景だ。
わかりやすく言うと大体の者の服がめくれていずれも下着やドロワーズを曝け出し、それ以外はもはや服を脱ぎ散らかして最悪で裸族と化している。ここだけ文化レベルが著しく低下していた。
ちなみに半妖の方の店主ならこれを見るや「地獄絵図。または百鬼夜行。世にも醜悪な光景であることは間違いない」と言っただろう。
「おい霊夢! お前もっと酒も飲めよぉ。飯ばかり食べてないでさぁ。ほら魔理沙さまが酌してやるよ」
「霊夢は今のうちに食い溜めしておくらしいからお酒は私が貰ってあげるわ魔理沙。フフ、どう? ウチの咲夜の料理は。おいしいでしょう」
「んぐんぐ……やるじゃないの。今度から神社に来るときはお弁当作って持ってきなさいよ」
「いくら賽銭が無いからって人からたかるなよ霊夢……あっ! 避けろ霊夢!」
パシャリ!
「良い写真をいただきました! 他の人はもう絵面が汚くなりすぎてどうにも没でして……この一枚で何か記事でも書きましょうかね」
「やめてやれよ! 霊夢だって好きで極貧生活送ってるわけじゃないんだぜ!?」
「むしろ悲惨な生活を見せて寄付でも募った方がいいのじゃなくて?」
「……まあそういう方向で書いてもいいですけど。良くも悪くも反響ありそうですし?」
しかし少女たちとしては楽しい。普通の人間の視線を気にせずにすむ無礼講。
妖怪にとって唯一の恐怖と言える巫女すら今は仲間。赤信号みんなで渡れば怖くない。それが警察や消防と一緒ならなおのこと。彼女らの乱痴気騒ぎは仕方のないことだろう。
しかし、それがあまりにも続くと流石におかしいと思う者も出始める。それが今回は彼女たちであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
紅魔館 昼
「このままではいけないわ。宴会もたまには……なんて思っていたらこんなにも続くなんて……これではいつのまにか私はお婆ちゃんになってしまう……というわけでパチュリーさま。私は少し外へと行ってまいります。ですのでお嬢様方のことはどうかお願いします。ご飯は作り置きしておいたので温めて食べてくださいね」
「わかったわ。でも私たちだけだと限界もあるからあんまり長々と出ちゃダメよ。そうね……次の宴会前には戻ってきなさい」
「かしこまりました。では失礼します」
それから私は最初に博麗神社へ。その後は魔法の森。白玉楼と心当たりの場所を巡り、闘いを繰り広げたがその誰もが犯人ではなかった。
心当たりが全て外れだったことにどうにも意気消沈し、一人愚痴る。
「また宴会かしら……はぁ……お酒の席は嗜まれないというか禁酒……断酒なさっている旦那様は遠慮されていらっしゃらないのよねぇ……なんだか憂鬱だわ」
勝手に旦那様呼ばわりしている男妖怪。アトラク=ナクァという蜘蛛の妖怪は酒を飲まないので宴会には来ない。一度直接誘ってみたがあっさり袖にされた。咲夜とっても悲しい。
「どうせなら食事会にでもしてくれればいいのに。それなら喜んで来てくれるでしょうに。あの方好みのお肉中心の」
それならば来るだろう。きっと来るだろう。間違いなく……来る!
彼は動物性たんぱく質が大好きなのだ。それとおいしい水でもあれば大体満足してもらえる。
「……かと言って他の女が旦那様にまとわりついているのを見るのも不愉快ね。宴会が戦場になりかねないわ」
そして最後に立っているのは間違いなくあの男だろう。何故か。そういうところがある。むしろそういうところしかない。困った人だ。でも好き。
仕方ないので一度紅魔館に帰ってから宴会に行く支度を整えましょうか。
私はそう思い帰宅した。すると、紅魔館には闘いの痕跡のようなものが残っていた。何かあったのだろうか。私は尋ねた。
「人間のような幽霊のような剣士と白玉がやってきて闘った」
そう言われた私は、そいつが向かったという博麗神社に向けて飛んだ。
犯人はおそらくあいつだろう。先程私もリベンジした亡霊。西行寺幽々子の部下。確か魂魄妖夢とかいう奴だ。同じ従者で刃物使い。それに私が負けた相手に勝った者。白玉楼にいなかったので不思議だったがそういうことか。
「ですが雪辱は果たしたわ。どちらが強いかはこれでわからない……私はこんなところで止まっている暇はないの!」
博麗神社に着く。するとそこには石畳に無様に転がっている紅白の巫女の姿と、それに勝ったように見える魂魄妖夢の姿があった。
「もう! どいつもこいつも何なのよ! 弾幕アクションじゃなく弾幕ごっこで闘いなさいっての! それとあと何か異変起こしときなさい! そしたら全員まとめてブッ倒してやるわ!!」
「やはり博麗の巫女でもない……吸血鬼の言い分なら紅魔館にいなかったメイドもおそらく違う。それではもしかして……確認してみないとわからないわね」
そんなことを言いながら、あいつは負け犬の遠吠えを体現する霊夢を放ってそのままどこかに行こうとしていることに私は気付いた。
おっと。ウカウカしているとあの白玉が逃げてしまう。私は気持ち急いで声を掛ける。
「待ちなさい。やってくれたわね半人半霊。まさか一人でウチの三人に勝つなんてやるじゃない。どこかへ行く前に最後に私と闘ってもらおうかしら?」
「敵討ち? でも今は貴女に構っている暇はないの。黒幕を探すのに忙しいんです」
「あら奇遇。私がそっちをやってあげるから貴女はここで私に倒されなさい!」
「仕方ないですね。十六夜咲夜。時間を操る能力者! 今の私が時間を斬れるか貴女で試させてもらいます!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
勝負は思いの外互角な物になっているのだった。
ナイフを投げる私が遠距離を。剣を持つ妖夢が近距離を。それぞれ得意距離へとどうやって引き込むかの駆け引きが軸となる闘いになった。
ただの剣士くらいなら時間を止めればどうとでもなるのでこちらが有利だと思っていたが、いかんせん相手も上手い。おまけにあの白玉もぶつかってくるのでうっとおしい。おそらく私と総合力が互角なのだろう。なんともやり甲斐のある闘いになっているのが自分でもわかる。楽しいのだ。闘いが。
「貴女やるわね。あの白玉楼の亡霊よりも強いんじゃない?」
「まさかとんでもない! とはいえこの戦い方なら私も幽々子さまに勝てるので間違ってもいません……せいっ!」
刀が一閃。
こちらはナイフで防ぐが刃が少し斬られて欠ける。どうやら相手の剣の方が出来がよいらしい。
「くっ! 貴女、刃物は人に向けたらいけないって教わらなかったの?」
「刃を向ける相手を間違うなとは教えられましたが……幸いなことにまだ私は間違ったことはありません! そちらこそナイフを投げるなと言われなかったのですか? 食器ですよ! 行儀がなっていません!」
「いいのよ。あなたは半分幽霊なんだから。銀のナイフは食器だけど半分武器みたいな物よ。半分幽霊にはお似合いでしょう」
時を止め、ナイフを相手を囲むような形になるように無数に投げる。出し惜しみはしない。
しかし、ほとんどをその立ち回りと剣術の組み合わせで落とされる。いくつか命中するも服には刺さらない。……ただの衣服に刺さらない?体ではなく?繊維にすら?
「貴女、一体何着てるのよ? その服ちょっと硬すぎるんじゃない?」
「ふふ! 当然です! 人里の高名な職人が
「人里の……それって!?」
「さて。これは丁重にお返ししますね!」
妖夢は自信満々でそう言いきってからナイフを投げ返す。私はそれをそのまま体で受ける。全く刺さらず、大して痛みも無い。こんな芸当ができるような衣服はこの幻想郷でもそうないだろう。
「な! まさか貴女も!?」
相手も私と同じ考えに行きついたらしい。
「どういう事かは……いや。意外と理解できるわね。旦那様はそちらにも首を突っ込んだということでしょう。前の時も闘いを見ておられたようですし」
「なるほど貴女のお住まいは紅魔館でしたか。つまりは紅霧異変の元凶ですか。それは確かに理解できます。ではそちらもあの方に勝つつもりで?」
「当然でしょう。さて。それならちょっと厳しいですね。今の私ではそれは貫けないわ。ああ……どうしましょう本当に困った人ですね」
「こちらも激しく動く彼の糸までは未だに斬れません……なるほどもしかして……」
「きっとそういうことでしょうね」
私と彼女は理解する。彼の真意を。
「「お互いに同じ物を着せてから闘わせて、それを破壊する力量を身につけさせる」」
なるほどこれは良い手だ。
勝手にその辺で私たちが闘うのならば、同時にその中で彼に対しても有効手が取れるようにさせるという考えか。彼の強さの一部を幻想郷と言う環境のスタンダードそのものにして対策を広めさせる。そうすればいずれは彼の目論見通りに多くの者が自分に届きうるだろうという策謀か。
それに異変の時はそのまま私たちにとって身を守る良質な防具と化す。これを着た相手が異変の大元なら最悪火でも点ければいいと対処も楽だ。その場合は同じ物を着ている自分たちも危ないけれど。
しかしこの今の状況では……
「これは……」
「埒があかないわね……」
お互いに武器をしまう。倒したいなら顔を狙えば良いが今回は別に殺すつもりはない。お互いに元凶じゃないのは理解しているのだ。服を燃やす覚悟までして闘うつもりもない。今は決着は置いておこう。
「全く。あの方には勝てません。
「同感ね。どちらかと言うとマフィアか闇の武器商人みたいなやり口だけど。貴女。妖夢は今回は違うのよね? 黒幕に心当たりは?」
「ええ。咲夜。多分あの方のことです……紫様! 見ているのでしょう!?」
妖夢が声を上げる。すると虚空から空間を裂いて金髪の女が現れる。知らない人物だ。いや、お嬢様が言っていた賢者の名前が不思議と思い浮かぶ……たしか八雲紫だったか。なるほど彼女がそうか。聞いたとおりになんとなく胡散臭く感じる、悪い意味で目に毒な妖怪だ。良い意味で目に毒なのは旦那様です。もっとお姿をお見せになって。
「全く私も同感だわ妖夢。アトラクったらそういう手を使うなんて。これは私も動くのを知ってプレゼントしたんだろうし……男の人からの初めての贈り物なのにね。ああそうそう。これ前の服と比べてなんだかデザイン違うのだけど似合うかしら?」
怪しくて胡散臭い女。八雲紫とかいうのは服を楽しげに見せびらかす。意匠としては美鈴の服。中国のものに類似している気がする。紫の前掛けに白いインナー。これはなんと言ったかしら。
「道士服ですか。お似合いですよ。その振る舞いの感じだと紫様は今回の異変の黒幕ではないと?」
「ええ。でもまたまた真相は知っているわ。だから黒幕に会わせてあげる。ちょうど良いから二人でやってみなさい。あの子の単純な力なら、アトラクのそれと近いからきっと為になるわよ」
八雲紫はそう言って……夜の闇夜に一人の鬼を現出させた。
主人公「争え……もっと争え……!」(縫いながら)