「あー楽しかったー!」
そう一人喝采をあげるのは非常に小柄な少女。あるいは幼女とも言えるだろう。彼女の名は伊吹萃香。忘れられた者たちの楽園たる幻想郷においてすらも忘れ去られるほど珍しい存在である鬼の妖怪。しかも彼女はその中でも非常に高名な大江山の鬼。外界ではかつて酒呑童子と呼ばれたこともあるビッグネームだ。当然、日本の妖怪が多いこの幻想郷においても、やはり圧倒的な力の持ち主の一人であり、今回の異変で大暴れした黒幕でもある。
「いやー紫にその友達! 珍しい吸血鬼! それらの部下! 博麗の巫女も良かったしやたら多い魔法使いもそれぞれ違って面白かった!」
此度の闘いを回想し、一人月下で陽気に笑う。自身の持つ瓢箪……伊吹瓢から酒を流し込めばその気分もさらに良くなる。
鬼を忘れていたことには彼女も怒りたくはあったが、しっかりと身を以って思い出させた以上はそれで良い。終わりよければ全てよし。酒がうまけりゃなお良い。
夜とは言え暖かい時期だしこのまま酔いつぶれるまで飲んでみるか~と萃香が瓢箪を傾けるペースを速めようとしたその時。スキマを開いて彼女は現れた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
相変わらずけったいな見た目のスキマからそれを上回る醜さと胡散臭さを身に纏った、真新しげな道士服を着た女がまた私の前に現れた。思えば、ここ最近の宴だけでこれまで合わなかった時間を埋めるように顔を合わせたものだ。
「まあ待ちなさいよ。ねぇ萃香。一人で飲んでいてもつまらないでしょう?」
「あ~? 紫ぃ~? なんだい? あんたが私に付き合ってくれるって言うわけ? あんたじゃちょっと物足りないけどまあ一人よりはいいかな」
打ち上げだ。実のところさっきまで最後に霊夢が私に勝って異変解決の宴会をやっていたから打ち上げはやったと言えばやったのだけども。二次会と言うやつだ。
そんなわけで私は紫と飲もうかな。という気分になったので酒を勧めた。
しかし彼女はどうも飲みに来たわけでは無いらしかった。
「結構よ。まずは話を聞きなさい。貴女もずいぶん楽しんだみたいだけどあと一つくらいついでに楽しんでもいいんじゃないかと私は提案したいの。どう?」
「闘って、お酒飲んで、あと何しろって言うのさ? お宝でもあるのかよ?」
「はずれ。正解は男よ。貴女も好きでしょ? 良い男。しかも私たちのこと怖がらないし毛嫌いもしない上玉よ。おまけに闘うのが大好き」
「あっはははは!!!」
私は爆笑した。だってそうでしょ。
「紫! あんたに良い男が用意できる訳ないだろ!? しかも私にそんなに都合の良い男を! 鏡でも見てくるんだね! それとも誘拐して洗脳でもしたのかな? それなら私が退治してやろうか紫!!」
「そう思われても仕方ないってわかるけどやっぱり癪に障るわね……さぁ! 出てきなさい都合の良い男! もうコテンパンにやっつけてあげて頂戴!」
そう言って紫はスキマをさらに開くと……確かに男が落ちてきた。黒髪赤目の美丈夫だ。肉体的にも明らかに引き締まっている鍛えられたそれ。これはもしかしたら紫に謝らないといけないかな?
私は酔いが少し抜けた頭でなんとなくそう思った。
「どうも都合の良い男です」
「どうかしら萃香? これでわかったかしら?」
「脅迫した?」
「してない! ちょっと言ってあげなさい!」
「されてない。脅迫ってやつは強い奴が弱い奴にやることだ。俺の方がこいつよりも強いんだから土台無理な話さ」
男は冗談めかした所作で振る舞う。言っていることが滅茶苦茶だ。ただの人間の男が紫より強いなどと言うのだから。私よりもよほど酔っているのではないだろうか。
「息を吐くように上を取るのやめてもらえる? あながち否定もできないというか半ば事実だけれど……萃香! あなたのこの異変最後の相手は彼よ!」
「はぁ? 男がこの私に勝てるわけないじゃん。ちょっと小突いただけで殺しちゃうよ? 命がもったいないからやめときなって」
確かに良い男。体も少しは……いやしっかり筋肉が付いているようだし、さらに今では何か得体のしれないモノも感じる。そうか。妖怪だ。ただそれだけじゃない。この感じは陰陽師か坊主の類か?何か強い人間の力も感じるがそっちはわからない。今回の中で同類はいないような力。
「アレ……? もしかして本当に強い? ってか人間じゃないの? へぇー純粋な妖怪の男なんてまだいたんだ」
「気づける辺りは流石だな。わかったらやろうぜ? 流石に長引くだろうし夜が明けてはいけないだろ?」
結局、紫の提案通りに私はこいつと闘う事になった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ゴメン紫!! 超楽しい!! 連れてきてありがとう!!」
「ハッハッハ!! そうだろう!! 俺も楽しい!!」
「貴方達が元気そうで良かったわ……」
紫が少し遠くから観戦しつつもげんなりと相槌を打つ。
俺はこの夜の博麗神社にて伊吹萃香と闘っていた。既に二時間は経っただろうか。勝負内容はただただ殴り合いをエンドレス。
こちらが殴るとそれを伊吹萃香が受け。向こうが殴るとそれを俺が受ける。本当にシンプルにその応酬の繰り返し。誰が見てもそこに退屈を感じかねない芸のない殴り合い。しかし当人としてはこれが何とも小気味いい。
「すごいねェ! 私も全力じゃないとは言え、手加減してるとも言い切れないくらいの威力は出てるんだよ? アンタ本当にどんな体してるんだい? 男の身体は夢と希望でできてるの!?」
「夢と希望が詰まってるのはお前には無い女のパーツさ! 男は筋肉が詰まっているくらいだ!」
「あぁっ!! 酷い奴だなぁ! 私だって地味に気にしてるんだぞ! それにあんなのただの脂肪の塊だよ! さぁ! さらにちょっと強くするぞ! 大丈夫! 寝たら私が持って帰ってやるさ!」
「ああ! もっと来い! 俺をおねんねさせたらボーナスステージだ!」
そのままさらに打撃の撃ちあいはその間隔が速まっていく。拳はまるで肉でできた人体ではないような轟音を奏でながら相手の身体へとぶつかる。その接触音もまた、肉のぶつかり合いではなありえない異音だ。
「あっはぁっ!! これ最っ高っ!! 絶対こんなの男女の交わりよりも気持ちいいじゃん!」
「なんだ? 子供みたいなわりに意外と経験でもあるのか?」
「無い!!!」
彼女はほんのり顔を赤らめながら笑顔で宣言する。同時に力強く拳を振るう。
「よっ! そうか。俺も……だ!!」
彼女の怪力を受け止め、言葉と同時にお返しにぶん殴る。
「くぅ~いいねぇ……!!! やる気の出る返答だ!!! アンタみたいなのがいるなら宴会なんてまどろっこしい事なんかせずにさっさと最初からそっちに行けば良かった!!」
「そうは賢者が卸さない。俺は人里の棲家にほとんど籠ってたからな。それにちゃんと手順は踏んでもらう! あとお前が済ますべきことは……俺を倒すだけだ! そうすれば結婚なりなんなりしてやる!!」
「いいねぇ……!! わかりやすくて実に良い! アンタは鬼の花婿としても私の花婿としても百点満点だ! 絶対に物にしてやるからな!!」
「「うぉぉぉぉぉ!!!」」
再び言葉少なに殴り合う。一切の能力を使わずの純粋な殴り合い。これが冷たい風と相まって非常に気持ちのいい時間を作り上げている。いっそ殴打の痛みの中に爽快感すらある闘争。このさっぱりとした心地のよさはやはり鬼が一番だ。頭をからっぽにできる。ここに策などいらない。
しかし、その逢瀬を唯一時間だけは許さなかった。
「はーい。そこまでよ二人とも」
紫の言葉で俺は止まる。すると萃香も合わせて止まり、すぐに紫に食って掛かった。
「おい紫!! いくらお前でもこの闘いの邪魔は許さないぞ!! 醜い女の嫉妬はよすんだな!」
「違うわよ! いちいち人の容姿を貶さないでくれる!? そこの男はこれから人里でお仕事よ。ほら、もう朝日が顔を出しているわ」
「……そうなの?」
首をかしげて萃香はこちらに問う。本当にこう見ると角付きの幼女でしかないから不思議だ。
「そうなの。これでも俺は店の主人だ。日の出とともに起きだし、気分次第で店を開け、日が暮れる前には早々と店じまいをする。規則正しい生活を送っている」
「彼、こう見えて細かい針仕事の出来栄えには定評があるわ。まあ貴女には上物の服なんていらないでしょうけどね」
紫は萃香を小馬鹿にしたように嘲笑する。仲が良いのか悪いのか。これは喧嘩するほど仲が良い類なのだろう。まあ親しき仲にも礼儀ありだ。彼女も紫の煽りに少しカチンと来たらしい。
「アンタだって十分こっちをいつも小馬鹿にしてるじゃないさ。さっきのはおあいこだよ。それにしても針仕事ねェ。そんなこまい仕事よりも用心棒の方がよほど似合ってるよ。鬼と互角にやりあったって喧伝すれば妖怪の山からお呼びがかかるんじゃない?」
「確かに人気は出そうだがそれは過剰に過ぎる。それにお前と毎日闘うのもそれはそれでしんどい。絶対に面白半分で襲ってくるだろ? ストレスで天狗が禿げ散らかしかねない」
鬼と呼ばれるような力のある存在は、大なり小なり適当な理由で周りの者に迷惑をこうむるようなことをする。しかも悪気なく。勝てない奴には迷惑この上ないだろう。
「ありゃ!? これから毎日やろうと思ってたのに。アンタだって好きだろ?」
「好きだがあんまり闘いに慣れ過ぎるのもこっちとしては問題なんだ。何ごとも適度に調整しておくに限る」
「そういうことだから萃香。貴女はちゃんと自重しなさい。これは賢者としての命令です」
「うへぇ……紫がそういうならマジだよね。わかった。じゃあ年一くらい?」
「七夕じゃないんだ。もう少し短くていいぞ。今回のくらいなら二月に一度くらい。ある程度本気でやるなら確かに年一じゃないとまずいかもだが……」
完璧な本気は出せないが旧神モードまでなら相手が本気でもちょっと地形が変わる程度で済ませられるだろう。地図は年に一回くらい書き換えてもいいんじゃないかということにしてもらいたい。
「おおぅ……そりゃあいいねぇ! 日々の楽しみが増えるってもんだ。じゃあ私はこの博麗神社で大体いつもくだを巻いていると思うから是非とも遊びに来ておくれよ」
「俺は安定しないが、人里にいる時が多いから闘いをせず、人間たちに迷惑をかけないと誓えるなら店まで遊びに来ていいぞ。話し相手くらいならするし飯も酒も俺の金使って好きに飲み食いしてもいい」
「ねぇ……やばいよ紫……私ダメにされちゃう……」
伊吹萃香が恍惚とした表情で身もだえする。紫はそんな萃香に呆れ顔で指摘する。
「貴女元からダメダメじゃない。妖怪としても女としても」
「お前……紫本当にお前……でもお酒に付き合ってくれるわけじゃないんでしょ? 宴会に顔を見せないってのはそういうことだ。それに誘ったのに来なかった誰かの話を何人かから聞いてるし。その内の一人なんだろ?」
「ああ。俺も飲めない事はないが……そうだな……お前、いや何人か俺に勝てたら付き合おう。酒宴ができるくらいまとまった人数がな」
「おおー! おい紫! 童貞は私がもらうからダメだけど私が勝ったらお前もすぐに勝てよ!」
「はぁ? 何言っているのかしらこの酒飲み鹿女は。最初に勝つのは私よ。酔っぱらいは布団の中で夢でも見てなさい」
「おうコラ紫お前コラ。こっちが下手に出ていりゃちょっと調子に乗っているんじゃないかい? 私は今すぐアンタと闘ったっていいんだよ!? どうせ暇なんだろうがこの紫ババア!!!」
「はぁ!? 言ったわねこのアル中妖怪が!!! どちらが格上かきっちりわからせてやろうじゃないの!!!」
萃香と紫が互いにヒートアップしてきた。俺のことははもう眼中になさそうなので仕事の為に帰ることにする。
「お疲れ様でした~」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
後日談。二人は起きてきた不機嫌な博麗の巫女に派手にケンカしているのが見つかって大目玉を食らったらしい。流石に博麗の巫女は妖怪に対してはクソ強いようだ。後日談終わり。
まあそんなわけで。この幻想郷に鬼が帰ってきた。お酒と闘いと男が好きな強い鬼。彼女の復帰によりこれからの幻想郷の日常がまた一段と賑やかになるだろう。ただ妖怪の山の彼女たちの胃が偲ばれるが。
「はーい。こんにちわ! 貴方の文ちゃんが新鮮な文々。新聞をお届けにきましたよー! 今日はなんと世にも恐ろしいパワハラ妖怪である鬼の特集……ギャーーー!!! 萃香さまーーー!!! なんでアトラクさんのお店にーーー!!!」
「あん? うるさい天狗だね。ああちょうど良い。自分たちのことを誰よりも上等な妖怪とか思っている鳥頭なアンタたちなら私のシゴキにも付いて来れるだろ? さあ、アトラクを倒せるやつを増やすための修行だー!!」
「お、お助けーーー!!!」
「ついでとして適当に河童でも引っ張って来るか~。紫や宴会で見どころがあったのも含めて草野球チームできるくらいいれば十分でしょ。じゃあちょっと行ってくるから期待して待ってておくれ!」
実際に賑やかになった。ただただ妖怪の山の住人のお身体が心配だ。
「まあもうじきに優秀なお医者様がいらっしゃるはずだから……それまで頑張ってくれ……南無三」
秋が近づく。