東方 あべこべな世界で戦う    作:ダリエ

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三章 永夜異変
22 プロローグ 秋の長い夜来たる


 side 禁呪の詠唱チーム

 

 

「はぁ……」

 

 思わず溜息が出る。この夜の短い時間の間だけでももう何度もやっていることを自覚している。

 本当なら今頃は私も人里で新しく仲間に入れてもらえた団体で、初めての食事会に参加して男の妖怪と楽しい時間を送っていたはずなのに……だのに今はさもしく女だけで空を飛んでいる。異変に気づいてしまった以上は仕方のないことだけど。

 

 それもこれも私の横を箒に乗って飛んでいる、このビジュアルだけは誰よりも魔女っぽい女が月に何が起きているかわからないような鈍感だからだ。

 

「ああ、月が綺麗だな」

 

 今も呑気にそんなことをほざいている。せめてそういうのは男になってから言ってほしい。もしくはあの人とでも変わってほしい。後生だから。

 

「……はぁ……あんたにはそう見えるのよね魔理沙。こっちとしては別に綺麗でもないから最悪よ! さっさと異変を鎮められればいいんだけど……」

「あぁ? なんだよ。溜息ばっかだと幸せが逃げるぜアリス。それになんかずっと機嫌悪いよなー。もしかしてあの日か? 私の予備使うか?」

「ぶん殴るわよグーで! ……良いのよ。幸せはもう逃げ去った後よ」

「? よくわからないけど殴られるのは勘弁だぜ。さて、じゃあこれ以上アリスお嬢様のご機嫌が悪化する前にさっさと異変ってのを解決するか。霊夢の奴にも負けてられないしな!」

 

 魔理沙はなんとも楽しそうに箒の速度を上げる。私も嘆息しながらそれに合わせる。あまり本気を出すのは好ましくないし、性にも合わないが今回は別だ。なんといっても早めの終業は大歓迎なのだから。

 

「しっかし月をねぇ……こんな芸当ができるのは……誰だ? やっぱり紫か?」

「さあね。可能ではあるでしょうし候補には上がりうるけど……やるような理由が思い浮かばないから別人かもしれないわ。今まで大人しくしていただけの妖怪かもしれないし、もしくは新顔かもしれない。とりあえずはどこに行くの魔理沙?」

「そうだな……手当たり次第に喧嘩でも吹っかけるか! 何か知っている奴もいるだろうし」

「……その理屈で私にもこの間勝負吹っかけて来たのね……まあ仕方ないか。じっとしててもどうにもならないし。その手でいきましょう」

 

 二人並んで夜空を駆ける。当てども無くただただ駆ける。しかし、幸運か不運かはわからないがそれほど時を待たずに第一妖怪と出会う。

 それは虫だった。正確には蛍だ。月夜にはこの上なく似合うが月をどうこうと言う話にはいまいち関係はなさそうだ。蛍なんてあくまで添え物か、もしくは月という大きな灯に魅せられて出てきたに過ぎないでしょうし。

 

「月の見える夜は楽しまないとダメだよ」

 

 緑色した虫が語りかけてきたが今は時間だけが惜しい。消えてもらうとしましょう。

 

「問答無用よ。やっちゃいましょ魔理沙」

「おうともよ」

「えっ? ちょっ……」

 

 ピチューン!

 

 私たちはウォーミングアップなんて生ぬるい事すらせずに、目の前を飛んでいた蛍を景気よくすっ飛ばした。今の私たちには蛍狩りの時間すら惜しいのだ。

 

「よし次! 行くわよ魔理沙」

「やっておいてなんだけど……あいつの話聞かなくて良かったのかな……?」

「どうせ目的とは違うわよ。先を急ぎましょ」

 

 それからも……

 

「ちょ、ちょっと待って~」

 

 里の人間がよく使っている街道付近で野生の夜雀と遭遇するなんてこともあったが。

 

「魔理沙。やっておしまいなさい」

「イエスマム! 悪く思うなよ! いきなりマスタースパーク!!」

「まぶしーーー!」

 

 ピチューン!

 

 夜雀を開幕ワンパンKOしたりした。

 

「あっちは人里ね。あそこは流石に関係ないでしょう。次に行くわよ。そうね……でもどこに行きましょうか?」

 

 ここに来てあてが無くなった。魔法の森から人里方面へと飛んできたがどうしようか。

 霊夢がいるから神社の方は間違いなく違うだろうし。紅魔館も太陽はともかく月をどうこうしようなんて考えないだろう。冥界もそれほど関係なさそうだし、お山の妖怪たちも……というより妖怪が月に何かするというのはどうにも考えづらいような……

 

「ああ、そうだな……魔理沙さまの勘があっちが怪しいと言ってる気がするぜ!」

 

 魔理沙が少し考えてから指を指し示した方角。あちらは確か……

 

「あっちは迷いの竹林ね……確かに何者であろうとあそこなら隠れることにはうってつけだけど。もしも外れの時は怖いわね。私たちは迷子になるだけよ?」

「なあにその時はその時だ!」

「他に行くところもないし仕方ないか……わかったわ」

 

 私たちは迷いの竹林の方角へと飛んだ。

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 side 夢幻の紅魔チーム

 

「咲夜……貴女は気づいていないでしょうけどどうやら異変が起きたみたいだわ」

「それは僥倖です……早速私が解決して参りますわ。吉報をお待ちください」

 

 咲夜が颯爽と部屋から出て行こうとするのを私はあくまで落ち着いて留める。

 

「待ちなさい咲夜。今宵は私も出るわ。きっと貴女一人では異変が解決したかすらわからないだろうから。着いてきなさい」

「なんと……! かしこまりました。それではすぐに支度を済ませます!」

 

 今度こそ咲夜が慌てて退出した。あの宴会の時のように一人で出歩いても良かったが今回は趣向を変えてみようかと思う。何よりもその理由は……

 

 

 それは今より数日前に遡る。あれは私が夜にパチェと二人でお茶を楽しんでいた時のことだ。

 

「……最近。咲夜からの尊敬が感じられなくなってきている気がするの。何より前より構ってくれないと言うか」

「むきゅう……それは……まあ……そうでしょう。弾幕絡みの闘いではレミィも咲夜に安定して勝てないじゃないの。最近はあの子も家事もこなしつつ修行に精を出しているわ。結構なことじゃない。咲夜の子供が出来てその子も貴女に仕えてくれるというならそれが一番よ。累代飼育ってやつね」

「咲夜が私よりも強くなるのは私としても嬉しいのよパチェ。でもね? 主には外聞というものがあるの。従者よりも主が弱いなんて知れたらこの紅魔館全体の株が下がるのよ?」

「……貴女そもそもそんなに圧倒的トップってわけでもないじゃない。昔から美鈴とは格闘戦なら大目に見て五分だし、遠距離なら私とどっこい。弾幕は咲夜が頭一つ突出気味で、総合的にはフランとほぼ同スペック。しかもフランとは能力の分で攻撃力の面で大差がついてるのよ。レミィは……器用貧乏なのよ」

 

 このインドア女言ってはならないことを言いやがった。

 

「よくも言ってくれたわねパチェ……! いくら親友でも言って良い事と言ってはいけない事ってあるのよ? あと器用万能と言いなさい」

「はいはい。さらに外まで目を向けると戦闘力ではほぼ全てをアトラクに超えられていて、精神。知識。経験。おまけに外見でもトリプルスコアくらいついてるわね。甲斐性でもあちらが上よ。ここでも外でも人望あるみたいだし、さしずめ器用全能ね……いっそのこと紅魔館を差し出して主を変わってもらえば? そうすれば紅魔館の株は爆上がりよ? 貴女はただの住人になるけど」

「ああああーーーー!!!!」

 

 この!この!紫モヤシぃぃぃ!!!

 お前!お前さっき言って良い事と悪い事の話したよな?私したよな!?なんでそんなこと言えるんだ!!お前には人の心ってものが無いのか!?お前の血は何色だぁぁぁーーー!!!

 

「咲夜も最近はあっちに懐いているみたいだし本当に寿退職されるわよ? 私はこぁがいるから良いとして。貴女は料理できるの? 美鈴はきっと中華しか作れないわよ? 貴女辛い物苦手でしょ? フランは美鈴と一緒によく食べているみたいだから中華も食べられるだろうけど貴女は無理よ。生の食材でもかじるか血をすするしかないわ。でも血を吸うのも下手よね? こぼすし。その片付けは? フランがそれを見てレミィをどう思うかしら。あの子正直言って貴女より美鈴に懐いてそのせいで咲夜を上に見ているからもう貴女はフランの姉くらいしか居場所がないわよ? それも失ってしまうけど良いのかしら……」

 

 え。知らなかったそんなこと……でも確かに咲夜はこのまま成長すれば十分あのアトラクに弾幕で限定するなら勝ちうる見込みがある。あいつ弾幕なら本当に若干、本当の本当に若干だけど霊夢より弱いし。前の時にも寿退職とか言っていたのも覚えている。そうなったら本当にパチェの言う通りだ。美鈴の激辛中華地獄三昧が始まる……そんなことになったら絶対にお腹を壊す。そして私のカリスマなお尻が真っ赤にヴォルケイノしてしまう。

 

「言っておくけどこぁは貸さないわよ。そうならないために貴女にできることは咲夜に貴女の価値を見せつけるしかないわ。アトラクにも十分匹敵する使え甲斐のある主だと言うことをさっさと見せつけてやりなさい。そうしたらせめて住み込みは無理でも通いくらいは続けてくれると思うわよ?」

「それよ!!!」 

 

 私としては咲夜の幸せは賛成だ。そこは揺るがない。しかしそれで私の生活が危ういのはいささか困る。

 

 だから折衷案を採用しよう。咲夜にはせめて通いで来てくれる程度の信頼を維持する。これが私の方針となった。

 

「準備が整いましたお嬢様。さあ参りましょう。出遅れたら霊夢や魔理沙や妖夢が異変を解決しかねませんから……お嬢様?」

 

 回想をしているとどうやら咲夜が戻ってきたようだ。こちらの顔を伺っている。私は彼女に思いのたけをぶつける。

 

「ねえ咲夜……貴女がアトラクと結婚しても私たちは一緒よ? ここに住むのが難しいってのはわかるけど貴女の顔が毎日見れないのは寂しいわ……だから通いでも良いから来てほしいの……これってワガママかしら?」

「お、お嬢様……! いいえこの咲夜お嬢様にお仕えすることを生涯の役目と決めております。住み込みでも通いでも何でも働かせていただく所存ですわ!」

「咲夜ーーー!!!」「お嬢様ーーー!!!」

 

 私たちは熱く激しく抱き合う。ああ、そうだ。最初から心配なんてなかった。私たちは血よりも濃い絆で繋がった家族なのだ。そんな物は杞憂だったのだ!

 

「あっ……ですが申し訳ないですけど、安全のためにせめて産休だけは頂きたく思います妊娠中の数か月ほど」

 

 …………私は咲夜がいる間に料理でも習おうと今日の月に誓った。

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 side 幽冥の住人チーム

 

 魔法使いと吸血鬼の主従が異変解決に発ってからしばらく時間が経過した頃。冥界の白玉楼では二人の少女が今まさに発とうとしていた。

 

「それでは幽々子さま」

「ええ。この異変はかなりの規模よ。まさかこの幻想郷において月をどうこうできる者がいるだなんて。月は私たちのような霊や妖怪たちにとって大切な物。このまま放ってはおけないわ」

 

 一人はこの白玉楼の主。西行寺幽々子。扇子を片手に優雅に佇んでいる。彼女はその持ち前の聡明さでこの異変の重大性に気付いていた。

 そしてもう一人は白玉楼の剣術指南役にして庭師を務める魂魄妖夢。西行寺幽々子の従者である。彼女は二振りの剣をその身に佩いて、西行寺幽々子の前に跪き命が下るのを静かに待つ。

 

「さて。これで私たちも二度目の異変解決ね。出るわよ妖夢。今は紫が月の……いいえ、夜の方の境界の方を弄って明けないようにしているみたいだけどどう転ぶかわからないわ。アトラクも動いてないみたいだし私たちでやりましょう」

「了解いたしました幽々子さま。この白楼剣と楼観剣に賭けて異変の元凶を斬ってみせます!」

「私も行くわよ? おそらくだけど紫も巫女を連れて出てくるだろうからどこかで落ち合うでしょう……それまでは頼りにしているわよ? 何といったって貴女は私を倒したんだからね」

 

 幽々子は妖夢に柔らかく微笑む。ただの刀に申し訳程度に霊を傷つけることができるように術式を組んだだけだったのであの時の傷はとっくに消えている。それでも彼女はなんとなくその傷跡を指でなぞった。

 

「はい! 幽々子さまの御身は私が守ります!」

 

 妖夢は生来の生真面目さを隠さずに一切の油断も慢心もなく答える。きっと闘いになれば結果でそれを示すだろう。しかし幽々子はそれでも少々不安を覚えていた。

 

 西行寺幽々子。彼女は異変の本質をある程度理解していた一人であった。それは千年の時を生きて()()を見てきたからだ。

 

(月……か。まさかね。アトラクも動かないってことはそこまで私たちに危険はないだろうけど……一応私だけでも気を付けておきましょう)

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 side 幻想の結界チーム

 

 

「ほら霊夢! 布団敷くのは後よ! 異変よ異変! 解決しに行くわよ!! 博麗の巫女が異変を前にそんなのでどうするのよ!?」

「もううっさいから……わかった。あと五分寝たら起きるわよ」

「寝るなって言ってんのよ!! 今起きてるんだからそのまま行くわよ! ほらシャキッとしなさい!」

「アンタは私の母親か……わかった! ちゃんと行くから引っ張らないでよ! もう……」

 

 私は霊夢を叩き起こす。この無駄に生活リズムが安定している巫女のせいで異変解決に出遅れた。

 

「魔理沙はアリスともう元凶の近くまで行ってるみたいよ! レミリアもあのメイドと里へ向かってその情報を得ているわ。幽々子たちもそれを察して竹林へ向かってる! ほら私たちも急ぐわよ!!」

「そんなに大挙して向かってるなら私たちは行かなくてもいいでしょ? 全く……」

「霊夢、貴女は人間だから何も感じないんでしょうけど月をご覧なさい? 少し欠けているでしょう? あれが今回の異変よ。月が狂えばそれに影響され、ここ幻想郷の妖怪たちも狂ってしまうわ。そうなってはいくら貴女でも手が足りない。解決するなら今夜だけなのよ」

 

 実際のところはわからない。未来を知る彼がわざわざ今日イベントを組んだ以上はそれほど危険ではないはずだがそれにしてはこれは大仰に過ぎる。もしかして未来と違うのではという懸念もあるが、やはり彼は大して動じていないようだ。

 

「ほら! 竹林までスキマを開くわ! 今回はこれで直行するわよ!」

「へーい」

 

 霊夢は気の無い返事で私に応える。この子が強いのは知っているがやはり不安だ。

 

「ああ……また一緒に解決してくれないかしらアトラク……」


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