詳細を知らない者たちにとっては一日だけ夜がやたら長い日があったというだけの異変。永夜異変が発生終結してから数日経ったある日。
「よっしゃーーー!!! さあ今日が運命の日よ! 式場の予約は済んだかしら? 役所への届け出は? 初夜のベッドをガタガタ揺らす準備はOK?」
「お前最悪だな。一歩もこの場から動かずに糸で惨たらしく分割するぞ? あとここに役所はない」
「ついでにその分割後の汚い肉片は私が丹念に燃やしてやる。この世から出ていけ」
「私のスペースでそんな悍ましい殺人事件起こさないでもらえる!? アトラクの頼みで貸してるだけでここは私のなんだからね?」
俺たちは今、紫に用意させたあの時に俺と紫が闘いを繰り広げたスキマ空間にいた。
メンバーは俺、紫に加えて永遠亭の四人。それに妹紅と慧音だ。あの異変の日から少し時間が空いたがそれは紫と慧音に輝夜の顔を慣れさせる時間があったからだ。二人はかなりの苦労をしたが慣れることができた。ブスには三日で慣れるとか嘘じゃん。それと俺が輝夜の顔に飽きないからこっちも嘘。まあ世の中正しいことばかりではないのは長生きしてれば嫌でも知れることだ。
「ごめんなさい。でもね? 喜びが抑えきれないの! 私を愛してくれる殿方が現れたのだから! ああ……! やったわ永琳。私やっぱりお姫様だった! 正直あんまり自信なかったけど! 白馬の王子様はいたの!! 連れてきたのは白い馬じゃなくてもんぺ履いた白いブサイクだけど!」
「あぁ!? ぶっ殺すぞ輝夜お前!! お前にだけは言われたくないんだよ!!」
「はいはい良かったわね輝夜。でも、良かったのかしらアトラク? 言ってはなんだけど私は気の遠くなるようなほどの年齢よ? こんな容姿のお婆ちゃんなんて勝っても結婚したいと思わないでしょう? 嫌なら無理しなくても良いのよ?」
永琳は弓に小手に矢筒とちゃっかりしっかりフル装備をしつつもそんなことを控えめに言う。彼女は頭で物を考えすぎる性質のようだ。だが、ちょうど良いのでここで俺の方も疑問を解消しておこう。
「それなら聞きたいことが。お耳を拝借。実は俺の年齢は発見されている同種や化石の年代や俺の記憶などからゴニョゴニョゴニョゴニョ歳だと想定されるんだが……そっちは?」
「え!? それってどうあがいても私よりも……わかったわ。輝夜! 妹紅! 皆! 本気で勝つわよ! 年上の素敵な旦那さまをゲットよ!!」
「永琳より上っていくつなの? 永琳って確か億いっ「輝夜黙りなさい」ハイ」
幻想郷最高齢が静かに決まったところで永琳が歓喜した。やはり女はどこでも誰でも年齢は気にようだ。そしてそれをばらそうとした輝夜が威圧され口を噤む。死ななくても怖い物は一つ二つくらいあるのだろう。
「まあ男の年齢なんてそんなに関係ないさ。男としての機能が期待できればそれでいいだろ?」
「それもそうね! 見た目も普通だし!」
輝夜が間断なく肯定した。
「妹紅……お前因縁の相手くらいは選んだ方が……」
「言うな慧音。輝夜お前って奴は……それでアトラク。ここはなんだ? はっきり言って趣味が悪いが」
「お気に入りの場所なのに……」
妹紅の一言で紫が凹む。確かに不気味だが俺が暴れられるのはここしかないのだ。あまりディスらないでほしい。竹林も考えたが既に荒らされてるしこれ以上荒らすのは忍びない。
「ちょっと試してみたいことがあってな。蓬莱人は俺に勝てるのかという実験だ」
「実験? じゃあ私はまた結婚できないの……!?」
輝夜がショックを受ける。既に勝てる気でいるようだ。彼女には現実という物を見せてやろう。
「いや。普通に勝てるならする。勝敗の判定は紫に任せている。じゃあまずルールを説明しよう。最初は妹紅、輝夜、永琳の三人だけで俺と闘ってくれ。参戦できそうなら慧音、鈴仙、てゐも参加して構わない。そっちがギブアップか戦闘不能なら紫が回収してくれる手はずになっている。勝利条件は俺を戦闘不能にするか原型を保てなくするかだ。タイムアップはない」
「普通に弾幕で闘うわけではないのか?」
「そうだ慧音。今から俺は元の姿に戻る。最強ではないがその手前くらいにまではなるから、蓬莱人にはちょうど良い難易度になるだろ。死なない以上はそっちはなんでもありで攻めてこい。こっちも生半可な攻撃では沈まない」
「つまり誤魔化しができないくらいの本気で来ると言うわけね。良いでしょう。後から本気じゃないなんて文句を言われても困るし、二人はどう?」
「私はなんでもいいわよ永琳。なにがあっても勝つだけよ!」
「同じく。お前の本気がどれほどだろうと焼き尽くすまでだ。こいつらは仲間としては最高だしな」
そんな意気込みの三人を紫は可哀そうなものを見るような目で見つめる。そうしていたら輝夜がまた唐突に閃いたらしい。
「そうだ! もし私たちがこの条件で勝ったならもう一つお願いを聞いてもらっても良い?」
「? とりあえず聞こう」
「蓬莱の薬飲んで」
これには妹紅と永琳も口を出す。それが意味することを二人はよくわかっているからだ。
「輝夜! お前!」
「落ち着きなさい妹紅。姫様それがどういう意味か分かって言っているのですよね?」
「当然よ永琳。私は自分の伴侶が死ぬなんて嫌よ。絶対に嫌。だから永遠に生きてもらうわ。一緒にね」
輝夜は悪びれもせずにそう言った。二人もどこかに同じような気持ちがあるのかそれを聞くとどこか気勢が削がれたようだった。
「……だがアトラクの気持ちはどうなる!? こちらの勝手な都合で不老不死にするのはいくらなんでもやりすぎだ!!」
「私は部外者だけど幻想郷の管理者として口を挟むわね。そこのところどうなのアトラク?」
「俺? 別にいいぞ」
「お前自分が何言ってるのかわかってるのか!?」
妹紅がそう叫ぶが、俺は逆に冷静に告げる。
「俺はそもそも妖怪だから肉体的な老いなどは無縁だし、生まれてこの方死んだことも無い。薬なんぞに頼らずとも元から死なないのならお前たちを安心させるためにそいつを飲んだところで問題はない」
「……貴方が良いのなら私は止めないわ」
永琳はそう言う。彼女自身も輝夜の言っていることは共感できることなのだろう。かくいう俺も抗いがたい寿命の差による死別という物には理解がある。多くの末期を陰日向に看取ってきた方だ。
「……お前のその自信はなんなんだよ全く……わかった! ならお前もせいぜい私たちと永遠に生きるがいいさ!!」
妹紅の腹も決まったらしい。だがもしかしたら。この提案を誰よりも喜びたかったのは彼女なのかもしれない。最も身近で人の死を恐れられるのは元人間である彼女に他ならないのだから。
「じゃあ決まりだな。紫、頼んだぞ」
「はぁい。ちゃんと手加減するのよアトラク。じゃあ待機の三人はこっちね」
「ああ。頑張れよ妹紅! 私も可能な限り参加するからな!」
「姫様。師匠。ご健闘を!」
「幸運を祈ってるよ!」
「最後に私から唯一の経験者としてアドバイスしてあげる。あのアトラクに勝つのははっきり言って
最後に脅すだけ脅して紫がスキマに消える。
俺は三人から離れた位置に立って、自分に掛けた封印を再確認し宣言する。
「よし! 三人とも思わぬ副賞もおまけしてやったんだ。楽しませてくれよ。自己封印はしたが実戦だと何が起きるかわからんからな! では……原型解放!」
難易度
ただただ
俺は巨大なアシダカグモの姿になり、三人に襲い掛かった!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(これが……アトラク=ナクァの本気か!)
目の前には巨大な化け蜘蛛が一体。先程の美丈夫の姿からは想像できないモノが居座っていた。
(高さは十メートルほど。全長はここからだとちょっとわからないけど軽く見ても高さの倍はあるわね……私たちが一口サイズか。それにしてもどうやって自重を支えているのかしら?)
私は目測でその体格の数字を導き出す。これまで対巨大生物戦なんてことはそうやったことがないため厳しい闘いになりそうとだけは予想できる。
「輝夜は前を頼むわね。私は後ろから。妹紅はしばらくはその間を位置取ってちょうだい。まずは見に徹しま……避けなさい二人とも!!」
そんな指示を出している合間にあの蜘蛛はこちらに向かって攻撃を仕掛けてきた。
凄まじい出力の一条の光線だ。あの夜の闘いの誰よりも強力で凶悪な赤黒いそれは、幸いにもこちら側に被害を出さずに過ぎ去り、この空間の彼方へと消えて行った。あれは一撃もらうだけで戦線離脱を余儀なくされそうだ。
「えーりん! 妹紅! ちょっとあれ見た!? 流石に私たちでもまともに食らうとまずいわよ!」
「わかってる。一度距離を開けましょう。弾幕勝負に持ち込むわよ。妹紅!」
「了解だ。あいつはそこまで弾幕は得意じゃないはずだからそっちの方が勝ち目もあると思う……あれを見ると絶対とは言えないが」
私たちは彼の全体像が見える程度まで後方に下がる。相手は不思議と追っては来ないが確実にこちらを捉えているのはわかった。
『聞こえるかしら三人とも。こちら八雲紫よ』
何もない空間に突然声が届く。ここは彼女のテリトリーらしいのでこういう芸当もできなくないのだろう。
「……何か用かしら? 思ったよりもこっちは苦労しているんだけれど」
『あら。どうして声が!? なんて驚かないなんてつまらないわね。それと彼をあまり舐めたら痛い目見るわよ? まあいいわ。もう一つ助言をあげる。いい? あの姿のアトラクは足元に張っている巣の上からは足を踏み出せないわ。だからあまり近づかないのは正解よ。ただ足場にできないだけで足を外に出すのは可能だから近づく時も気を付けなさい』
確かに見た感じ、蜘蛛の巣の上に巨体が乗っている。そしてそこから出る気配も無い。
「それはどうもありがとう。他にも何か良い情報はないかしら?」
『そうねぇ……今の彼は基本的に理性の無い動物と変わりないはずよ。派手に動いたり音を出すと反応をしてくるはず。だから休みたいときは空中で静かにじっとしていると良いみたい。貴女たちが攻勢に移る時は否が応でも撃ちあいになるでしょうね』
喋り声に混じってペラペラと紙をめくる音がしている気がする。攻略本でもあるのかしら。それなら今すぐ一部貰いたいところだけど。
「つまり大した攻略法はないのね……まあ休憩できるだけマシってとこかしら。私引きこもりだから体力無くて」
「お前は頼むから引きこもっておいてくれ。賢者様よ。あいつはスペルカード使えるのか?」
妹紅がそれを聞く。あの状態では宣言など無理だろうと私は思う。先程から声どころか鳴き声すらも上げずに佇んでいるのだから。
『無理でしょうね。あれはさっきも言ったように動物。人や妖怪のような知的生命体ではないわ。ただ反射と本能で獲物を殺すのがせいぜいのはずよ。スペルではないだけで弾幕もほとんどが貴女たちを殺すためのスペル以上に殺意のある物になるでしょうから気を付けなさい。じゃあ私は観戦に戻るわね? 頑張ってちょうだい。今回ばかりは無理だと思うからダメだと思ったら早めの降参も肝要よ』
そう言うだけ言ってから彼女は会話を終了した。彼女もあまり乗り気じゃなかったみたいだけど今なら納得だ。これはくじける。
「……どうする? 正直私も無理な気は薄々してるんだが、どうせ死なないんだしの精神でやるだけやってみるか?」
と妹紅。
「私は良いわよ。多少の苦労はいとわないわ。それほどの価値がその勝利にはあるんだからね」
輝夜も乗り気だ。当たり前か。彼女にとっては待ちに待った機会だ。天命が来た以上人事を尽くすざるを得ない。私だってこればかりは似たようなものだ。
「……仕方ないわね。命は投げ捨てるものではないのだけど、そういう事もできる以上はやってみましょうか」
私は久しぶりに頭を使わない泥臭い闘いをすることになったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「「「……………………」」」
チーン
三人が無言で倒れている。意識はないようだ。しかばねではない。
「すまん妹紅……あれは私では無理だ……」
「姫様! 師匠! お二人ともしっかりしてください! 傷は浅いですよ!!」
「……この世にこれほどの化け物がいたなんて……私自身も幸運な兎だったんだなぁ……」
結局、あの三人も死にこそしなかったがそれはもう意味の解らない量の弾幕でボコボコにされた挙句、復活するたびに甚振られるのを気力が尽きるまで何度も繰り返した。
「いやぁ……我ながら酷いことしたなぁ……」
「アトラク。あの状態の出来事を貴方覚えているの?」
「ああ。少しずつ制御できるようになっていた。実は俺側からも多少のコントロールしてたから何だかんだで一度も殺されなかっただろ? 回復の為あいつら自爆して死んだけど」
「言われてみればそうね。そのスペルカードよりもこっちの方が平和そうだわ」
「あれは実のところ本能まで解放してるからな。この調子で感覚を取り戻せれば新しいスペルカードとして調整版を作れるかな」
でも巨大化する敵って負けフラグっぽくない?どうだろ。それともそのくらいの
「できれば外では使わないでほしいけどね……以前のあれよりもマシなら考えてあげてもいいでしょう。あんまり美しい弾幕とは呼べないけれどそれもまた良い経験にはなるでしょうし」
「そうしてくれ。さて、今回は俺の勝ちだな。こっちが完全に制御できるようになったらチーム戦ってのも一考してよさそうだな。やっぱりあの姿で動けるとやっぱり満足感が違う」
弾幕がドバッーと出る爽快感が堪んないぜ!なお相手は死ぬ。
「そしたら本当に勝つのが難しくなりそうね。藤原妹紅のアドバンテージである火だって糸をそこまで使わないからそれほどでもないし」
「いや。やっぱりダメージはあれが一番入るよ」
単純に言うと虫だから。込み入った話だと五行思想で言う火の相克である水がとても弱く他の木金土だけやたら充実しているのでやたらよく燃える。草虫混合とか鋼虫混合くらい燃える。こうかはばつぐんだ!
そこまで効いてなさそうに見えたのは単純に耐えてるだけです。本当は炎属性弱点だけどさも神聖属性弱点ですよという演技をするみたいなものである。
「私も何か炎系統の攻撃手段を用意しようかしら?」
「爆発とかも結構効くからどうだ? 極端な高熱も痛いぞ」
「アドバイスなんて余裕ね。そんなに私と結婚したいならちゃんと見繕っておくわ」
戦闘時はついつい癖で誤魔化すが弱点は隠さない主義だ。ここでの闘いは命がけというわけでもないし。
「弱点をも超えてこそだろう。期待しておく。さて……では彼女たちはまとめて永遠亭にでも送っておいてくれるか? 俺はこのままちょっと出かけるから」
「あら、どちらまで?」
「ちょっと幻想郷の外の外まで……お土産は買ってくるよ」
原型で本能が改めて霧散し、制御が可能な今の内にやれることはやっておこうかね。
難易度デスレーベルなのはデカい虫が弾幕戦なんかしたから。当然だよなぁ