それから数日後。あの夜の異変のせいでお流れになった宴会をやり直すこととなった。場所は変わらず俺の店兼住居。
なお今日のところは萃香が博麗神社に行っているみたいなので不在だ。そもそもあいつはメンバーじゃないし。そして不在を狙ったわけではないと宣誓しておく。
「さて……では改めて。人里人外部の定例食事会を始める! 皆は場所と飲食物の用意をしてくれたアトラクに拍手を!」
「どうも。いっぱいお食べなさい」
慧音にそう言われて、拍手されたので礼を返す。最近は俺は外でも収入を得ているので貧乏神だって怖くない。そういう変わり種の勝負も面白そうだ。普通に憑りつかれるならともかく、こと勝負となれば負ける気はしない。
「では今回の席の主役もである新入部員たちを紹介する。まずは多々良小傘」
「私は置き傘妖怪の多々良小傘だよ~。よろしくね! わちきは鍛冶屋でもあるから金物の作製はお任せ! 新品の鋳造から壊れ物の修理まで何でもやるよ~!」
「よろしく。今度俺もちょっとした仕事を頼むよ。それとあの日は阿求と人里をありがとうな」
「私からも。小傘さんのおかげで無事に凌げました。ありがとうございます」
「へっへっへっ~。なんだか照れちゃうね……でもみんなのお役に立てて嬉しいよ!」
小傘はあどけなくニコニコと、それでいて嬉しそうに笑う。元より人の使う物として生まれた彼女は、妖怪になった今でも人とあることを望む。何よりも人の役に立つことを願い、行動する彼女は人と妖怪の間に立てるであろう希少な存在だ。
「私からもよろしく。寺子屋の子たちも適度に驚かせてほしい。では次はアリス」
「わ、私ね……! ご紹介に預かりましたアリス・マーガトロイドです……今は魔法の森で色々な研究をやっています! それとたまに人里に来て人形劇を……ええと、今日からよろしくお願いします! あとそこの二人はあの日の夜のことは忘れてください」
アリス・マーガトロイドは控えめな態度で名乗りを上げた。あの日夜……あれはちょっと忘れられそうにないのだが。
妹紅はそんなことに頓着せずに返事する。
「気にするなよ。お前も輝夜をぶちのめそうとした同志さ」
「いや……多分気にしているのはそっちじゃないと思うのだが。まあ仕方ないさ。あれは私も初見は耐えられなかったんだ、アリス。お前だけじゃないよ」
「慧音先生……でも私醜態を見られたんですよ!? しかもその後頭に……」
アリスはあの日の惨劇を思い出して顔を青くする。これはまずそうなので早めに話題を切り上げよう。
「ああ、もうやめとけ。それ以上の会話はもう汚くなるだけだからな。大丈夫だ。俺は気にしない。気にしてないから」
「そうだな。はい! 終わり。アリスの劇は子供たちも喜んでくれるから堂々と自信を持って来てくれ。次は鈴仙」
慧音も俺の考えに同調したのか終わらせる方向に進めてくれ、強引に切り上げた。よくやった。
そうして立ち上がったのは永遠亭の兎だった。
「鈴仙・優曇華院・イナバです! 名前は鈴仙でもウドンゲでも好きなように呼んでください。イナバでもいいですけどてゐと被るのであんまりおすすめはしません。今は主に里で薬売りとして置き薬の販売をやっています! 妖怪にも効く薬もあるので御用の際はお気軽に。それと永遠亭では姫様のペット兼八意永琳様に薬作りを習っています。鋭意修行中です。それと荒事もこなせます! それではみなさんよろしくお願いします!」
彼女は元気よく頭を下げた。どことなく地上の人妖を下に見てそうなイメージだったが、永琳にでも躾けられたのかもしれない。
「永遠亭のお薬はとっても評判が良いんですよ? アトラクさんという優秀な服屋さんに加えて薬屋さんまでいらっしゃって、我々人里としても嬉しい限りです」
「ああ。里の子供たちも効き目がしっかりあるのが流石にわかるようで、体調が悪くなったら嫌がらずに飲んでくれる。寺子屋にも薬を置いてるから助かっているよ。安いしな」
「ふふん! 師匠は薬だけじゃなくて医者としても優秀なので御用の際は是非お越しください! 永遠亭にはこちらの妹紅さんが案内兼護衛してくださるので!」
あの夜以来、妹紅は輝夜との確執が解消されて永遠亭は藤原妹紅と上白沢慧音の二人と公私ともに手を組んだ。ただ今でも二人は時たま派手に闘っているので仲良しになるには時間が必要だろう。
「あいつと仲良しになれる気はやはりあんまりしないな……まあ鈴仙ちゃんの言う通りだ。竹林の案内人は永遠亭への案内人も兼ねることになった。共々よろしく」
「うまくやれているようでなによりだ。よろしくな鈴仙。おうどんもあるぞ。人参の方がいいか? 齧るか?」
月とは言ってもウサギなのでよかれと思って人参を用意した。食べるかな?
「い、いえ結構です……恐縮です。人参は今度てゐにでもあげてください。本当なら姫様が来たがっていたんですけど……」
「鈴仙ちゃん。馬鹿を言わないでくれ。あいつが来たら永琳が何人いても足りない。アトラクがいても飯も不味くなる」
妹紅が心底嫌そうに言う。そして妹紅。人をおかずみたいに言うんじゃない。
「同感だ。流石にあれはちょっとな……私はだいぶ強引に慣れさせられたが」
「ええ。できればもう一生見たくないわ……あの霊夢ですら一切の抵抗ができずにのた打ち回った挙句胃の中身を吐きまくったのよ?」
一度でも彼女を見た者はそう言う。
実際に彼女がここまで出るには素顔では無理だろう。妖怪の総じてあまり評価の宜しくない顔に慣れてる連中でさえあの惨状だったのだ。特に博麗の巫女すら一蹴したのは驚いた。普通に彼女なら輝夜の顔も気にせずに倒してしまうから杞憂かなと思っていたからだ。結果的には行って良かったけど。
「霊夢さんまで……そんなに凄いんですか……縁起のために見たいような……見たくないような」
「わちきちょっと見てみたいかも……」
「やめとけ。私はそれで一回死んだ」
「私も身内としておすすめしないです」
「今はその話は置いておこう。さあそろそろ乾杯と行こうじゃないか!」
これ以上はまた汚い話になりかねないので止める。どうやら輝夜の美しさはこの世界では語り合えないらしい。独占できる喜びもなくはないが少々複雑だ。
「そうだな。では新たな仲間と異変解決を祝して! 乾杯!」
「「「「「「乾杯!」」」」」」
俺は変わらずノンアルドリンク。他はどいつも酒。幻想郷の人外は大体がうわばみだ。本物の蟒蛇はいるのか知らない。あっちはいたらしい。俺は料理酒くらいしか使ったことはないし、なんならそれはまだ買ってから使い切ってすらいない。この宴会ではそれと同じ大きさの酒瓶がすぐに空いていく。魔境。
そして当然そんな量を飲みまくっていると……酔う。当然である。
「師匠も姫様も酷いんですよー!? いつもいつも私をいびり倒してー! 慰めてくださいよー!」
「ほーれうどんちゃんよしよし。おうどんお食べ」
「食べさせてください~」
「はいはいあーん」
「ずるずる。ついでにアトラクさんの人参食べさせてください」
「ほれ全部持ってけ」
下ネタなのか普通に食べたいのか判断つかないので人参全部まとめて口にねじ込んだり。
「あ、あの! あのね! 私……第一印象から決めてました! 結婚を前提に親へ挨拶に行ってください!」
「それは俺に勝ってからね。今度都合の良い日に掛かってきなさい。というかアリスの親って誰? 何マーガトロイドさん?」
告白を断って闘いの予定を入れたり。
「う~頭が……流石に飲み過ぎた」
「むふふふ……さでずむ」
「阿求はもう横になって寝てろ。そして何言ってんだこの傘は。布団敷いとくからな。吐くならこの桶に吐いてくれ」
自分のペースを見失った者が潰されたり。
「…………」←慧音
「お布団もう一丁ー」
物言わぬ酔いつぶれを介抱したりした。
そんな風に一人ずつ倒れて行った飲み会で最後に残ったのは俺と妹紅だった。
「珍しいな。お前は死なないのを良いことに基本無茶飲みするのに生きてるのか」
「私にも静かに飲みたい日もある……特に近頃は忙しない日が続いたからな。今日はやっと落ち着ける時間なんだよ」
会話が止まり、部屋に静寂が訪れる。今日の月はいつもと変わらない。誰かの寝息と二人で器を静かに傾ける音だけが辺りを包み込み、部屋を照らす火が静かに、時にぱちりと揺らめく。
「アトラク……こうして面と向かって言うのは何だが照れるが……ありがとう」
「礼を言われる心当たりが多くてわかりづらいな」
妹紅の殊勝な態度を煙に巻いて恍けて一蹴する。
「むぅ……お前は本当に……わかっていてやっているんだろうところがなお悪い。わかった……私も女だ。ちゃんと言おう。輝夜との決着をつけさせてくれてありがとう」
妹紅は顔を赤らめて、その理由が感情のせいか酒精のせいかはともかく、礼をした。
「そうか。確かにお前は俺の知る限り、あちらではこの異変ではあまり関係がなかった。だが、やはりこの異変は妹紅が終わらせるべき物だったんだろう。夜は俺たち妖怪にとっては嬉しい物だ。しかし明けない夜はあってはならない。そうでなければ人も獣も虫もいなくなるからだ。地上が冷えて地球の氷河期が来てしまう。それは困る。お前の人生にも長い夜が来ていたが、それももう終わりだ。これからはこの星のように日で照らされていく。
永夜は明けた。この幻想郷の短い永夜も妹紅の千年もの永夜も。
その身を温めるために燃やし続けた不死の火の煙はあの日、月まで届いた。
「また臭いことをぬけぬけと……でも、うん。やっぱりありがとう。私はこれからこの暖かい人々の中で生きていく。貴方と一緒にね……愛しているわよアトラク」
彼女は男のような口調ではなく、女の優しげなそれで告げた。
「ああ。だがそれは……」
「勝ってから……だろう? 私は勝つさ。慧音や、忌々しいが輝夜と一緒にな! 一人で生きるのには退屈していたんだ! だからお前たちには私と生きてもらう! 無論、末永くだ!」
ああ。それでいい。それでこそだ。
「俺が認めただけはある。俺がちょっぴり手加減してやりたくなるくらいだ……」
「お前が手加減? 冗談だろ? 待っていろよ。ちゃんと私たちがお前を倒してやるから……お前の願いは私が叶えてやる。誓おう」
彼女はそう言って杯を突き出す。俺もまたそれに合わせる。
「「乾杯」」
二人でそれぞれの中身を飲み干す。
この約束は……きっと叶うそんな気がした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うーーーん」
「どうしたんだよ霊夢。そんなにむつかしい顔しちゃってさ。考えごとは似合わないぜ?」
「いやね。この前の異変あったじゃない?」
「……ああ。あれか。あの夜はお互い酷い目にあったな……」
「やめて。思い出させないで……あの時のことあんた覚えてる?」
「あんまり覚えていたくはないけど輝夜のやつの顔は覚えてるぜ」
「私も……じゃなくて! あの日の異変って確か永琳を倒して輝夜が出てきた時にはこっち側はみんなやられたはずよね?」
「そう言えばそうだな。顔見せただけでノックアウトとは。永琳の言うこと聞いて私だけでも家に帰るべきだったな……」
「あんたにゃ無理よ。あの異変。世間では私たちが解決して夜を明かしたみたいになってるけど、本当は誰が解決したのかしらってふと思ったわけよ」
「ああ! そういうことか。アリスに聞いたんだけど人里とか竹林にいる藤原妹紅が倒したらしいぞ。知ってるだろ? あいつアリスを助けにあの夜こっちに来てたらしいぜ?」
「うーん。どうもそれだけじゃあない気がするのよねー」
「というと?」
「二人いた気がするのよね。あの夜、私なんとかギリギリまで意識を保ってたのよ。そこで誰かが紫と話していたのが聞こえたはずなの。あれは妹紅や輝夜、永琳じゃなかったはずよ」
「着いてきそうなのは慧音くらいだけどあいつは一晩中人里にいたらしいし……鈴仙やてゐでもないよな。そういえば萃香があの日は人里に行ってたんじゃなかったか? 面白半分で妹紅に付き添ったとかどうだ?」
「いいえ。どれも違う気がする。うーん……」
「気のせいじゃないのか?」
「いや、気のせいじゃないはずよ。紫に聞いたらはぐらかされたもの。あそこには事実誰かいたはずなの」
「ふむ……藍や橙でもないよな?」
「ええ。むしろ女じゃないような……」
「はぁ? 香霖でもいたって言うのかよ?」
「霖之助さんでもないわね。むしろ輝夜なんか見たらこの世にもいないわよ。あの人この前もピンピンしてたじゃない!」
「まあな。私たちのおかげだぜ?」
「はいはい……でもそうだったら該当しそうなのは霖之助さんくらいしかいないわよねぇ。まがりなりにも異変に近づけるような男なんて」
「そうだな~。まあ気にしすぎだろ。寒くなってきたし茶でも入れてくれ。あったかいやつな!」
「…………はぁ。うっすいやつを煎れてあげる。五案煎じくらいのお茶」
「茶葉くらい買えよな」
「うるさい! ぐつぐつに煮えた白湯飲ませるわよ!」
二人は人里にもう一人男妖怪がいることなど記憶の彼方に忘れ去っていた。
それは同時にある意味でその男が幻想郷に馴染みきったことを意味するだろう。
邂逅の時は近づきつつある。