東風谷早苗。年は現役高校生のそれ。身長は博麗霊夢や藤原妹紅よりも少し大きいくらい。この年代の少女として普通の高さ。幻想郷の少女は若干背が低めなので相対的には大きいと言えなくもない。しかしその胸は現代で栄養ある食事を取っていた為か間違いなく豊満であった。
そしてなにより幻想入りした彼女はあの男が思ったよりもまともだった。はっきり言うと実に常識的だったのだ。
彼女の生活を追ってみよう。
まず朝。現代よりも幻想郷の生活リズムは早い。日の出とともに人々は起き出し日の入りと共に仕事を終えると言った具合だ。彼女の住む場所は妖怪の山なので里の者よりもさらにほんの少し朝が早い次第だ。
東風谷早苗は守矢神社に新たに建てられた居住用の新築の木造家屋に設けられた私室にて寝起きしている。
テレビやパソコン、オーディオ機器など一般的な高校生ならば所持していても不思議じゃない程度の電化製品すら見当たらないがないが、その部屋には姿見や洋服箪笥、各種小物の存在があり、それで十分に女子の部屋だと主張できていた。一番存在を主張しているのはやはり本棚だろう。大き目のその棚はマンガやライトなノベルなどで溢れかえっている。彼女の偏った知識の源泉だった。
「ふぁあ~あ……やっぱりちょっと慣れません」
そんな弱音を吐きながらも彼女は部屋を出て、顔を洗ったり歯を磨いたり髪を整えたりして身だしなみに気合を入れてから台所に立つ。この守矢神社では基本的に調理面では彼女が腕を振るっていた。献立は基本的に和食で白米と味噌汁。そこに二柱が漬けた野菜などのお漬物と何か手頃な魚なり肉料理を少々。それが彼女らの朝食となる。加えて時期によっては果物も食卓を彩る。これはほとんどが山の妖怪からの寄進の品だ。
余談だが別の場所にある神社も里の人間から食べ物などの生活必需品という形で寄進を受けている。その為彼女のおこづかいはお賽銭と異変解決報酬に掛かっているのだ。
ここでは米は炊飯器で炊いている。当然幻想郷にはそんな物は存在しなかった。あれば白玉楼は苦労しない。これは普通に料理ができる程度の現代女子の彼女でも流石に竈は使いこなせなかったゆえの物だ。現代人である以上は責めることはできないだろう。神奈子がアトラク=ナクァに頼んで用意させ、こちらでも使えるようにセッティングしてもらった逸品だ。ちなみに炊飯器自体は最新型だった。パンとかも作れる。
もうしばらくしたら宴会も賄えるくらいの大きさがある業務用炊飯器も届くらしい。そんなものが必要なのかは早苗は懐疑的だったが貰える物はありがたくいただくらしい。ちなみに正解は必要である、だ。この幻想郷の宴会頻度を舐めてはいけない。暇さえあれば宴会をしている。その為この家に併設してある酒蔵も広い。
早苗は昨日前もって準備しておいた米がタイマーでもうすぐ炊き上がるのを確認した。
「やっぱり文明の利器は素晴らしいですね!」
失って初めて気づくありがたさを彼女は噛みしめていた。
それからは味噌汁の用意をして、漬けていたお漬物でいい感じに漬かっている物を人数分取り出して小皿に載せ、冷蔵庫からなまぐさを取り出す。今日はお魚らしい。それをコンロで焼く。
冷蔵庫もかくのごとくだ。これは最初からかなり大きい。それこそ早苗が複数人納まるくらいの大きさがある。チルノくらいなら飼えるだろう。電力はどうなっているのだ。
少なくとも食事の面では彼女は現代と変わらない恩恵を得ていた。それを見に河童が良く来るのが不利益と言えば不利益だろう。なお彼女らは全員信者になった。させられたとは明言しない。
「うん! 今日も良い感じにできました! 早く皆さんを起こしますか」
一番先に客間として使われている部屋へと赴く。この家はまだ新しいのでそもそも決まった部屋割りは無かったが二柱がそれなりに大きくて見晴らしが良い部屋を客間に定めた。おもてなしの精神らしい。
そして今現在、その客間には早苗、神奈子、諏訪子以外のもう一人の人物が逗留していた。
「アトラクさ~ん? 朝ですよ~?」
早苗はいつも真っ先に男の部屋へと訪ねる。寝ている無防備な男の部屋にだ。事案である。だがここに法はない。ああ無情。しかし毎朝のこの瞬間が早苗の全ての行動に大きなモチベーションを与えていた。小声で起きていないかの確認をする。返事は無い。珍しくまだ起きてはいないらしい。
「起きないとチューしちゃいますよチュー」
忍び足で近づく。言動とは合わず表情は真剣そのものだ。そこには一世一代の覚悟すら感じられる。しかしその覚悟は当然のように無駄になる。
「えへへ。起きてないなら遠慮なく。むちゅ~……っうひぃー!?」
唇を突き出す彼女の目の前に大きな蜘蛛が落ちてきた。早苗は思わずのけぞって悲鳴を上げる。当然己の傍で大声を出されればあの戦闘マシーンが起きないはずもない。
「む? おはよう。そしてまた性懲りも無く朝駆けに来たのか早苗。俺が対策していないわけがないだろう。今回は俺が寝ていた上、運よく糸のトラップも引っかからなかったようだがこちらの眷属に阻まれたようだな」
「うぅ~あとちょっとだったのに~! それとどちらかというと朝這いです。朝駆けするのは合戦の時です。もしくは年始のバーゲン」
「そう……」
早苗はそう冷静にツッコミを入れながらも地団太を踏む。
今までも似たようなことをしていたが全て失敗に終わっている。
部屋には糸の結界、家中には配下の蜘蛛が忍びGの台頭とついでに早苗の狼藉に備え、そもそもの感知力がとても高い。この男が抜け目がなさすぎるのだ。絶対寝込み襲わせないマン。寝ているときが無防備など嘘である。どうしろと。
「フフフ。案外真正面から来た方が早いかもしれないぞ? 今の実力では土台無理な話だろうがそこは強くなって解決してほしい。さて、とりあえず飯だな。一日の源は朝食だ。お前もいっぱい食べて強くなってくれ。俺は先に行って準備してるから早く二人も呼んで来ておくれ」
「はぁ~い……」
そうしてついでに二柱を起こしてから守矢神社の一日は始まる。
食後に少しの雑談を終えてからはその日の予定を話す。
この日は一日幻想郷を回って信仰を集めることとなった。普段なら午後は修行するのだが今日はお休みというわけだ。修行の方は早苗も最近では自由に飛べるようになったので既に弾幕ごっこなどの戦いの実践に移っていた。
守矢神社は山に限定するならば既に多くの信仰を集めていた。特に天狗と河童という山の大勢力が早いうちから信仰し始めたのが大きかった。おかげで神奈子と諏訪子は早々に神力を取り戻し、明確な神威を見せる事で新入りの神に懐疑的な層を納得させ、さらなる信仰を得られるようになっていた。
今日は遂に三人は山から出て人里へと向かう。彼女らにとっては初めての人里だ。
「紫からも許可は貰っている。俺も一度自宅を見ておきたいからちょうど良かったよ。とりあえず知り合いの有力者を紹介するからまずは彼女に色々聞くと良い。それとここの貨幣も渡しておく。せっかくだから好きな物を買いなさい。あまり無駄遣いはするなと言いたいけど今回は本当に好きにしていい。早苗は特に現代とは文化が色々違うから良い勉強になるだろう。値切りとか。困ったら俺の名前を出せばよくしてくれると思う」
男は過保護だった。三人に明らかに小遣いには過剰な金を渡し、ガイドに稗田阿求を付けた。別にそこに他意はなく、阿求が彼にとって信用が置けてかつ頼みやすく、お互いが早めにパイプを繋げておいた方が良いとの判断だ。この世界では女は適当に放りだしておけばいいのに。
しかし里の権力者である稗田家。里の圧倒的カリスマである男アトラク=ナクァ。そして自称神が二人と巫女っぽい少女が集まっているのを見て、彼女らに無礼ができる里人はいなかった。
見た目が悪いがそんなことは既に問題ではない。陰口などたたくと祟りが怖いし、里のカリスマがそういう物をあまり好まないという噂もある。ゆえに困らせる不快にさせるなんて選択肢はありえない。なにより幻想郷の全てにとって神は実在の存在だ。本人が神と言えば実際に神であるケースの方がはるかに多い。お客様神様だったなんてネタでもなんでもない。
三人はアトラクの背中を見送り、里を歩きだした。のんびり買い食いしたり、里の店にある現代からすると古い品々を見て思い思いの感想を口にしたり、時に購入する。
「そういえばアトラクさんはこちらでは何をやってらっしゃるんですか阿求さん?」
早苗は阿求に問う。元々早苗たちが思っていたことだが彼は少々金満家に過ぎる。あっさり家一つ建てさせたり、必要物資を幻想郷、外界問わずに仕入れたりと明らかに資本力も資金力もおかしい。彼女らが幻想郷の常識を知れば知るほどにそれが確かなものになる。この人里で大体の物価を確認したことでそれは確信へと至った。
「アトラクさんは呉服屋をされていますよ。でも今は生地の卸売りが主になっていますね。前は難しかったんですけど里の金物屋さんがアトラクさんの布地にも通る業物の針を量産できたので商店だったり個人だったりで自由に作れるようになりましたからね」
「あいつそんなことができたのか。意外だね」
「そうですか? アラクネの神話もありますし、むしろ蜘蛛なら自然ですよ?」
「早苗は詳しいねぇ~」
「今は様々なことに手を出しているみたいですよ。例えば私や里の皆さんの足を見てみてください」
三人は言われた通りに視線を下げる。多くの人が和服に革製のブーツを履いていた。ちなみに今の季節は夏だ。はっきり言って足が大変なことになるだろう。普通の人間ならなおのことだ。神である二柱は理解が及んでいなかったが早苗は驚愕した。
「そういえばあいつもブーツ履いてたわね。洋服だからそこまで気にならなかったけど和服でもそこまで違和感ない気もする」
「え!? 大丈夫なんですか?」
「それが大丈夫なんです。ええと……あそこにあります」
阿求が近くに展示してある見本を使って説明する。外は革、中には全面布が張ってあるだけのなんの変哲もないブーツだ。
「これは中にアトラクさんが新開発した湿度や温度の調整や衝撃を吸収する糸が仕込まれていて足には優しく、それでいて安全に守ってくれる優れモノなんですよ。ブーツなのは靴屋さんと革物屋さんとの提携だからだそうです。今後も色々とやって楽してマージン取って楽に稼ぐそうですよ」
「あの人やり手ですね……かっこよくて優しくて強くてお金稼げるとか男性の基準がおかしくなって私死にそうです」
「わかります。実は最初はアトラクさんがただのブーツを履いて里を歩いていただけで一次ブームが来ましたからね。機能性なしでそれでした。そしたら何か思いついたのか「和服+ブーツは大正浪漫! ビジネスチャンスだ! 乗るしかないこのビッグウェーブに!」とか叫んで関係各所を回って気が付いたらこうなりました。機能性が付いてきた今ではみんな一足は持っていますよ。実際これで足の怪我が目に見えて減りましたし、外の作業に従事している人は口をそろえて足の痛みが無くなったって言うんですから」
「あの人もしかして結構変な人では?」
二柱は完全に変な女のお前が言うのかという目で見ているが早苗は気づかなかった。
ちなみにこのブーツも一部の人物には超強化した代物が配られ、少女たちの間でキックが攻撃の選択肢になるほどになっていた。少女たちのオシャレパワーと戦闘力を上げる男アトラク=ナクァは日々頑張っていた。
「ウフフ。そりゃあ変な人ですよ。私みたいな女を可愛いと言うんですから」
阿求は笑う。実のところ他にもおかしいところがたくさんあるが阿求は戦闘対象ではなかったので彼女にしてみればそれくらいしかない。八雲紫などに語らせれば軽く数倍は字数が増えるが。
「……フフ。そうですね! 話を聞いてたら私も一つ欲しくなっちゃいました! どこで買えますか?」
「それならアトラクさんのお店まで行きましょう。実はアトラクさんのお店ではふりふりが付いた可愛い靴下が買えるって噂なんですよ。今なら絶対にお店にいますし行って真偽を確かめましょう!」
少女らしくレア物に目が無いのか四人は連れたって彼の店へと急ぐ。そして四人がアトラク=ナクァの自宅兼店舗に行くと……そこでは鬼と殴り合っている男がいた。
「アトラクぅ!! お前がずっといなかったせいで神社のお酒飲み過ぎて怒られちゃっただろう! こうなったらお前の家の酒飲みつくして最後にはお前から出る濁り酒も下の口で飲み干してやる! うりゃあ!」
「踏込みが甘い! 白昼堂々何をほざくか! お前酔ってるな! いや何時も酔ってるわ。とりあえず言ったからには勝負だ! 食らえ人妖平等パンチ!」
「うっげー! おろろろろ」
「あっ! お前! 汚いだろ! 鬼が吐くほど飲んでるんじゃない!」
そう言ってから速やかにゲロの後始末をし始める彼を見て一行は静かに去った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから少し日が進み秋めいてきた別のある日の午後。前述の通りに昼が終わった後、特別な用がないならば神社にてアトラク=ナクァら多数の監督の下で早苗は訓練を行う。
最近行っている戦闘訓練では主に近所の妖怪。すなわち守矢神社の信者でもある山の妖怪たちがそれに付き合っている。メンバーはアトラクが特に見どころのある力を持つ者を選りすぐっていた。つまるところスパルタだ。
「早苗さん! 私の速さで目を回さないでくださいね!」
「スピードタイプということですね! それなら私でもできる攻略法はいくつかありますよ! マンガで見ました!」
射命丸文が目にもとまらぬ速さで縦横無尽に天を舞う。早苗はそれを落とすべく弾を撃つ。それを保護者達が眺め、それぞれ意見を交える。
「文とやり合えるくらいに育ってきたか。思ってたよりも良い具合になっているな。よしよし」
「ねぇアトラク。あの天狗ってどれくらい強いのさ? 流石に神奈子やアトラクよりは下だろうけど」
「そうだな。今まで勝てるまでやらせた
「幻想郷全体ではどうなんだい?」
「少なくとも実力が天狗クラスくらいあるならよほどの大物じゃない限り十分まともな闘いができると思うぞ? 天狗はわりと幅広いが文は強い方だから」
アトラクと諏訪子と話を続ける。射命丸文は実際に強い。というよりも天狗という種が相応の力を持っている。それを十把一絡げに扱い、打倒できる鬼たちやこの男が規格外なのだ。天狗が空を飛べる有利などはここでは無いに等しい。人間だって飛ぶのだから。
「やってるわね。これ秋の実りのお裾わけよ。人里でお礼に貰った作物だけど」
「どうもアトラクさん。それに他の神や妖怪に人も。秋楽しんでくれてる?」
そんな話をしていると二人の下に人が訪ねてきた。
「秋穣子に静葉か。いらっしゃい。俺は楽しんでるよ。天高く馬肥ゆる秋って虫もそこそこ元気でな。早苗が素揚げしてくれたり、佃煮作り置きしといてくれてグルメに過ごせてる」
「……それはちょっと私たちの管轄外だから知らないけど、楽しんでくれてるようで何よりだわ。早苗ちゃんは今忙しそうだからお土産は諏訪子に渡しておくわね」
「ありがとね。助かるよ。幻想郷の山の恵みは二人がいるからその辺に成っているだけのやつも美味しいけどやっぱちゃんと人の手で作られた方が味も良いからね~」
諏訪子が秋姉妹から渡されたお土産を大事に抱える。ここでは甘味が少ないので秋の味覚は価値が高いのだ。上物であればそれはもう。
「こちらこそよ諏訪子。私たちの社をここに置かせてもらっているおかげで信仰の力が増して来ていて調子がいいの。これなら憎い冬も多少はマシに過ごせそうだわ」
「そうそう。これがギブ&テイクってやつなんでしょうアトラクさん?」
「ああ。そして俺は秋の味覚のお裾わけのおこぼれと強くなった秋姉妹の両方を味わえて最高。みんな幸せだ」
「アハハ。悪いやつだな~アトラクは」
秋姉妹。幻想郷の秋を司る八百万の神。それぞれ静葉が紅葉。穣子が豊穣を司る。二人は社などを持たない野生の神と言える存在でその強さ自体は一般妖怪と遜色ない。だが神は神なので信仰の力さえ得られれば手軽に力を得ることができた。
その為強者を増やしたいアトラク=ナクァが守矢神社側に提携を推奨し、お互いに利益として守矢神社は秋の恵み、秋姉妹は信仰を手に入れた。他にも秋姉妹は早苗の為の訓練にも力を貸してくれている。
巫女役を早苗がそのままやってくれているのでその分の対価でもあるし、力の試し打ちでもある。
「それにしても早苗かなり強くなったわね。少なくとも前の木端野良神だった頃の私たちより断然強いわよ?」
「私たちの権能が戦闘向きじゃないのもあるけどあれは才能ね。人間というよりもそれこそ神に近いわ。このままだと博麗の巫女に近いんじゃない?」
東風谷早苗の戦い方はまだ粗削りで洗練されていない。なのに既に天狗と渡り合えている。更に育てばもっと強くなる。そう。あの巫女くらいに。
「へへ。当然だよ! 早苗は由緒正しい洩矢の血筋だからね。あの子の血には神が宿ってるのさ」
「なんと! それは俺も初耳だな。神社の名前から関連あると思ったがまさかお前の血筋だったのか。ということはやはりお前の子孫か?」
「いんや。屈辱だけど私は万年処女だよ。あくまで早苗は傍系さ。私の姉妹神に人と交わったのがいてその中で私のところに来た子に神職を任せたのさ。表向きの神が神奈子に変わってもそのまま変わらずね。でも早苗くらいの血の濃さでここまでやるなら私とアトラクでこさえる子はさぞ傑物だろうねぇ。どうだい? 興味はないかい?」
「あるけどそれはお前が俺を倒してからの話だ。先に親がそれくらいしてくれないとな」
「あらら。それなら私も頑張らないとね。じゃあ神奈子の所にでも行って一緒に修行するかな~」
ここにいない神奈子の方も早苗の様に修行をしている。ただ彼女は元が強力な神。戦でミジャクジを征した武神とも言える強者。彼女にとっては勘を取り戻す作業に他ならなかった。
そんな八坂神奈子は湖のほとりであぐらを組んで一人瞑想している。彼女の近くで空が裂けた。
「…………八雲紫か。アトラクならここにはいないぞ? 求愛しに来たなら神社まで行っておいで。邪魔はしないよ」
「知っているわ。御機嫌よう八坂神奈子。今日は貴女に会いに来たの。それにしても随分と見違えたわね。信仰を得たと言ってもここまでとは思わなかったわ……」
「フフ。私も驚いているよ。まさか今の時代にここまで力を取り戻せるとは思ってもみなかった。元の予定だとせいぜいが延命の為の移住だったんだけどね。これなら私の方も自力で色々とできそうよ」
神奈子は力を確かめる如く拳を握る。彼女は己の内に今も湧き上がる力を確かに感じていた。全盛期とまでは行かないが不足は感じない。本当に隠居だけで終わらせるには惜しい力。
「この間人里の方でも信仰を得るために色々やったからね。後はそこまで急に私らが強くなることはそう無いさ。安心しなよ」
「でもそうは無いという以上、少しはあるのでしょう?」
八雲紫がスキマに腰掛け訪ねる。相変わらず何を考えているかわからない奴だと神奈子は思った。
「ああ。簡単だ。氏子を増やせばいい。私たちで幻想郷を発展させてやればいいんだ。生活が楽になれば子を成す者も増える。人間は特にそういう傾向があるわよね?」
「…………」
八雲紫は語らない。ただ黙ってそれを聞く。
「妖怪に関しても同じだが難しい。でもここにはアトラクがいる。貴重な男妖怪だ。しかも生殖活動に嫌悪感がないと来た。あいつを使えば私への信仰もさらに集まるし妖怪も増やせる。私の跡継ぎだって……奴にお熱なあんたは私を止めるかい?」
神奈子は八雲紫を露骨に挑発する。目の前のこいつも山の妖怪の様にあの男に惚れているのを知っていた。というよりも彼と会ったならばそれ以前によほど良き出会いが無ければ簡単に靡くだろう。あれはそれほどの傑物だ。出会いがなく希望もない
「いいえ。止めるまでも無いわ。貴女ではアトラク=ナクァは倒せないし、それに」
だが八雲紫はその挑発をあっさりと受け流した。
「それに?」
「そんな影響が大きなことをしようものならそれを異変と認識した
「博麗の巫女なら百歩譲ってわからなくもないがあの男が私を倒すってかい? 流石に無理だよ。確かに前の私よりは強かったようだけど今なら私の方が強い。奴も所詮男。戦わない側の男だ。私に勝てる道理はない」
弾幕では霊夢。弾幕含めた様々な戦闘においてアトラク=ナクァが君臨している。
彼女は知らないだろうが彼には今よりもさらに上がある。異界の神がその姿を見ただけで力を捧げる存在。思い上がった神くらいは容易くねじ伏せられる男だ。神奈子はアトラクを所詮男と言う理由で下に見ている。自分よりも強いという可能性を見ていない。それはこの世界では至極真っ当な思考である。男の利点は多少の筋力の優位と肉体の安定性。人外ならば他の分野で容易く凌駕出来る程度のものだ。
だが、彼は元はこの世界の存在ではない。男が闘いの主流である世界から降臨してきた存在だ。それに彼女には本気の欠片すら見せてもいない。情報が不足し、こちらの世界の男への認識という先入観に嵌っている今の神奈子では勝てないと紫は断じた。
(まあわざわざ言わなくて良いでしょう。アトラクがわざわざこの世界に呼んできた以上は元よりこちら側に来るはずだった存在。きっといつか遠からず異変を起こす。それに確かに強いけど私も含めて倒せそうな宛はあるわね。あの二人のどっちかに負けても懲りないようなら考えましょう)
八雲紫はそう考える。その考えに計算違いは無い。
事実、彼の世界の歴史では守矢神社は霊夢と魔理沙に見事に負けた。多少はあちらの時間軸の本人たちより強いが弾幕では霊夢が負けることは無い。
八雲紫はいずれ来たる異変の時を確信し、神奈子と別れた。