あの後、場所を外へ、博麗神社近くの上空へと移し、俺は神奈子と魔理沙の二人相手に向かい合っていた。
「私はともかくなんで神奈子もなんだ? お前たちあのよくわかんない男の仲間じゃないのかよ? それにここは出るのは霊夢じゃないのか?」
「そんなのこっちが知りたいわよ。私だってあいつと闘うつもりはあったけどアンタとじゃなくて諏訪子と早苗と一緒のつもりだったし……」
神奈子はそう言いつつもやめる気は更々ないようでしっかりと御柱を周囲に停滞させている。
「良いの神奈子? 貴女は見事にアトラクがこの子たちと闘うためのダシにされたのよ。ここで仕返ししておくのも悪くないんじゃない? それに欲しいんでしょ?」
紫がそう神奈子をそそのかす。彼女こっそりとこちらに手を振る。これは前の詫びということだろうか。そういうお詫びは歓迎だ。
「……そう言われたらそうね。あいつからすれば元から起こる事態だったんでしょうけど私から見たらあいつの手のひらの上。恩もあるから相殺ってことで見逃してもいいんだけど……まあここで倒しておいてしっかりと格付けをしつつ神としての箔をつけておくのも悪くは無いわ。行くわよ魔理沙」
「仕切るなよ神奈子。ついこの前私らが勝ったことをもう忘れたのか? 年寄りはこれだから困るぜ」
「たった一度弾幕で負けただけじゃない。でも今回はその分貴女に期待してるわよ」
あの二人は意外に気が合っているようだ。まあこの二人は人付き合いが特段苦手なタイプでもないし、当然か。
一方、闘う当人である俺たち以外はというか博麗霊夢はこのマッチに乗り気じゃないらしい。
「いいの紫? 男相手にあいつら闘わせるなんてマズイんじゃない? なにかあったらどうするつもり?」
「大丈夫よ霊夢。あいつ。アトラクは自分から闘いを求めてるんだから何かあっても自己責任。それにあの二人が強いと言ってもアトラクの方も強いのよ」
そうそう。自己責任だからやらせておいてくれ。でも死んだら遺産で墓だけ建てて。ゾンビになってコンティニューし続けるから。
「そりゃ神様なんだからあの秋姉妹くらいにはできるでしょうけど……でもあいつら意外とそこそこ強かったのよね。そんなにできるのかしら?」
「え? 神様ってなんのこと? 彼は妖怪でしょ?」
紫が逆に聞く。そういえば言ってない。
「なんか最近神様になったらしいわよ」
「……神様ってなろうと思ってなれるものなの?」
すまん報告してなかった。でも特に人にも妖怪にも影響ないしなあ。
「そんなの知らないわよ。どうなのよ諏訪子。あんた神様なんだからなんか知らないの?」
「うーん……まあモノによってはなれるね。どっかの国の武将とかは後から祀られたでしょ? アトラクは元々が蜘蛛の妖怪みたいだから信仰を得られることができれば蜘蛛の神様になら十分なりうるとは思うよ。だけど軍神や戦神ならともかく蜘蛛の神様になったと言ってもそこまで強くなるなんてことはないはずだし……それにどこでそんな信仰を手に入れたのかもわからないんだよね」
「……しょっちゅう長い事外界に出ていたから信仰は外で稼いできたんでしょうね。元々かなり実力があるから前提条件も簡単にクリアできるはず」
(だけど一つわからないわね。神になっても強くなることがないということは、それはアトラクにとっては神になるメリットがないということに等しいはず。なら何か別に目的があるの? それともさらに先の何かの異変に対する前準備? 彼のことは信用しているけれど少し気になるわね。でも今は調べようにもちょっと時間も無いし……)
紫め、急に黙り込んで……あれは何か考えているな。だがそれは意味のないことだ。こちらの目論見はもう終わっている。なんならここで見せてやる。その成果を……!
「あっちは話し込んでいるみたいだしさっさと始めるか? こっちは準備できているからそちらから掛かってきていいぞ」
「あら。いい度胸ね。私も神として女として新米の男神に負けるのは沽券に関わるの。全力で行かせてもらうよ。行くわよ魔理沙。ちゃんと付いてきなさいよ!」
「わかってるっての。そっちこそ魔理沙さまの速さに目を回すんじゃないぜ! さあ行くぞ色男!」
「「「勝負!」」」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
最初に動いたのはやはり魔理沙と神奈子だった。というよりもアトラク=ナクァが動かなかった。お互いの組の立ち位置に距離があるために、二人はそれぞれアトラクに対して射線を合わせて星の弾幕と御柱による先制攻撃に出た。
「では……使える物は使わせてもらう」
対するアトラクは自身に向けられた御柱と星屑の弾幕を足場にして蹴飛ばし、飛び跳ね、走り抜け、凄まじい速度で魔理沙へ向けて接近する。
「はやっ!? ええと、何かスペル……うわぁー! しかもこっち来たー!?」
「先手はこちらだ。アトラクキック! とぉ!」
そのままの速度で魔理沙に向けて容赦なく飛びかかり、蹴りを放つ。
「よっ、とぉぉぉぉぉーーー?!」
魔理沙は咄嗟に乗っている箒を盾にして直撃を免れるも、箒はミシリと嫌な音を出してその威力を伝え、殺しきれなかった衝撃で魔理沙ごと後方に蹴り飛ばされる。どうやら足をバネにした打撃というよりも魔理沙を地面に見立てた跳躍じみた蹴りを繰り出していたらしい。
魔理沙へのダメージはそこまで心配はなさそうだがこれにより戦線からは離脱した。
「魔理沙!? ああもう、結局口だけか! これだから人間は!」
「よし、次! はっ!」
魔理沙の方を一瞥した神奈子はアトラクを単身迎撃に掛かる。
「神奈子! お前にはこいつをくれてやる!」
アトラクは先ほどのキックの運動エネルギーを使って空中で一回転してから態勢を整える。さらに彼の指には既に糸が既に付いており、糸の先には先程彼が駆け抜けた弾幕が付いていた。
「な!? そんなことできるの!?」
「できた! さあ戻ってこい!」
糸を全力で引けばその力で星はその進行するベクトルを変える。ご丁寧に神奈子が操れる御柱はそこには無く魔理沙の放った星だけが神奈子に牙をむいた。
「ええい! 神をなめるな!」
神奈子は反転し、射出しなかった御柱を物理的な壁にしつつ自身で放つ弾で迎撃、後は最低限の回避行動で対処する。
(まだ実戦回数も少ないのにやる……軍神は伊達じゃない……か)
「よそ見をしている余裕があるのか!? 八坂神奈子!」
「ちっ! ……なんてね。御柱はこういうこともできるのさ!」
弾幕の迎撃の為にアトラクに背を向けることになった神奈子へ彼は容赦なく妖力の弾幕で攻め立てる。
しかし神奈子は攻撃を食らいつつも、御柱を補充してそれを全て自身の向きとは逆方向に即座に発射した。
「うおっ!? だが!」
一本目は完全に躱す。二本目は調子に乗って
「おかわりよ!」
その隙に神奈子は最初に射出していた御柱を呼び戻し射出。御柱は直線では無く一度周囲を高速で飛翔してからそれぞれ別々にアトラクに突っ込んできた。さらに神奈子は正面を向き直し、同時に弾幕の展開も再開した。
「こなくそっ!」
今度は一本目を糸を束ねて衝撃を吸収しつつ完全に止める。そして自分諸共に回転をして御柱をバットに見立てて叩き付ける。二本目三本目の御柱を破壊し、糸を切り離して神奈子に向かって投げ返す。それを弾幕にも対処しつつやってみせた。
「ちぃっっ!」
神奈子は投げられた最初の御柱を躱し、アトラクも四本目を掠りつつ回避する。
「さあ凌いだぞ! 単純な撃ちあいなら俺は負けん!」
「どうかしら!?」
二人はそれぞれ強力かつ美しい弾幕を容赦なく描く。
「これが弾幕ごっこか~自分でやるのと見るのじゃ結構違うもんだねぇ~」
諏訪子は感心した。感動したと言っても良い。彼女は霊夢の第一次襲撃の時には出かけていて早苗の練習以外だとまともな弾幕ごっこは初めて目にしたのだ。
「そう。弾幕ごっこは美しさを競う物。あれだけのことを男であるアトラクができるのだから男だ女だなんてつまらないことでしょう? ここでは外の常識は通用しないのよ……いや彼が例外なだけか。ごめんなさい。やっぱり今のなしで」
「でも本当凄いわよ。ここまでできるのはあんたたち妖怪でも少ないでしょ?」
「そうねぇ。あそこの二人に私と
「使えない賢者ね」
「なによぉー! 貴女だって夜はぐっすりでしょ!」
「私は灯りが勿体ないから寝てるのよ!」
「貧乏巫女!」「寝坊助!」
二人が言い争っている中で諏訪子は闘いを眺める。
(うるさいなぁあの二人……でもだんだんわかってきた)
諏訪子は弾幕という遊びを理解してきた。だから彼女は神奈子を思う。
(神奈子はアトラクよりも弱い。どうするのさ。このままじゃ負けちゃうよ?)
食らいついているが劣勢なのは神奈子だった。一日の長もあれば情報量の差まである。神奈子よりもアトラクは神奈子の弾幕を知っている。例えこの闘いの最中成長できたとしてもその先も彼には既知だ。
(諏訪子め。どうせ心の中ではわかったような口聞いてるんでしょうね。それにしてもこんな強いとかどうなってるのよ! 実は女なんじゃないの!? ……いや無いわね。私だって女なんだからわかるわよ。あれが男じゃなかったらこの世に男はいないわ)
神奈子は彼の男の部分を過ごした生活の中で既に知っていた。なんとも心臓に悪い日々だったと回顧する。ムラっとしていざヤろうと思って襖を閉めていても足音や物音に警戒し、安心してまともにヤれない日々。これなら早苗の様に鍵付きの扉にしておくんだったと神奈子は何度後悔したか。
(でも勝てばそんな悩みとはおさらばよ! 新しく二人の愛の巣でも建てればいいだけ! 家のカギはトリプルロックで指紋と声帯認証も付けてやるわ! その為にまず……!)
神奈子は勝負に出た。
「……戻ってきなさい」
アトラクとの射撃戦中にぼそりと呟く。
「ん? 何か言った……おっと!」
神奈子の後ろから御柱が接近してくる。先程投げ返したものだ。神奈子は当然躱し、視認できていたのでアトラクも躱す。
「残念だったな小細工はおしまい……そこっ!」
アトラクから見て斜め後方に御柱があった。視界には入っていないが察知して動く前に破壊する。崩れ墜ちて行く御柱を見るに先程の物とは違う。あれには御柱同士が打ちあった傷が無い。
(となるとさっきのリユースか。後ろに行ったので壊してないのが三つあったな)
脳内で即座に状況を理解した彼だったが。神奈子はその思考に劣らぬ速攻を仕掛けた。
三つの御柱が別方向からアトラクに迫る。
(一本は放置。二本は始末する!)
地面と平行に飛んでくる物だけ弾幕にも気を付けてから躱し、上下から襲い来る御柱には糸をつけ、腕力と体捌きで誘導、衝突させ、ビームを撃って完全に破壊する。ただ丁寧なそれは同時に明確な隙だった。
「食らえ!」
神奈子が弾を放つ。大きな弾だ。数でダメなら大きさでと出たのだろう。だが……
「当たらなければどうとでも……! な!?」
さらにアトラクは掠りながら躱した。しかし、その弾の後ろには見えない様に御柱が控えていた。あの見逃した最後の一本だ。ご丁寧に神奈子自身が保持し直している。確実に標的に当たるように。
「終わりよ!」
最後の御柱はアトラクのどてっぱらを確かに捉えた。
「ぐおぉぉぉ!!」
「ああ!? アトラクに神奈子の
「黙ってな諏訪子! さあチマチマやられた仕返しさ! ざまあみろこの野郎結婚しろ!」
外野が茶々を入れてくるも神奈子は攻撃をクリーンヒットさせることに成功した。
(デカい一撃だがすぐに抜け出せ…………なんだっ!?)
「何の光!? あっぶないわねっ!」
バシュゥゥゥン!!! ジュッ!
さらに追い打ちに神奈子がいるのとは逆方向。それもかなり遠方から太い光が一条、戦場に向かって伸びる。
御柱に轢かれて飛んでいる最中のアトラクはそのまま逃げ切れずに御柱と共に光に消え、光の射線上にいた神奈子も急いで緊急退避した。
この光の正体はもちろん。
「へへへ! どうだ! 魔理沙さま必殺のファイナルスパークだぜ! 出し惜しみは無しだ! 弾幕はパワーだぜ!!」
霧雨魔理沙だった。彼女の身なりはボロボロであり、どうやら蹴り飛ばされた後で付近の森の木々に引っかかったようである。そこから脱出した後でスペルカードでの味方諸共狙った長距離射撃を戦場に繰り出したらしい。
「私にも当たるところだったんだけど?」
「なあに。こっちはチームなんだ。終わった時にどっちか立っていればいいだろ!」
「まあ当たらなかったから今回は良いけど。それに良いタイミングだったわ。あいつ抜け出しそうだったから」
二人は勝利ムードだ。魔理沙は明るい笑顔で、神奈子も喜びを隠そうとしつつも隠しきれていない満足気な顔で。お互いを讃え合う。
「ねえ紫? あのバカ魔理沙の攻撃であの人死んでないわよね? どこにも見当たらないんだけど? というかジュッ!って聞こえたんだけど。アンタが強いって言ったんだから大丈夫よね? もしそうなってもあの人の知り合いが復讐に来たりしないわよね?」
「だだだ大丈夫よ。闘いの中で散った以上は多分きっとみんなわかってくれるわ……来るとしても紅魔館と幽々子たちと永遠亭と人里その他諸々よ」
「散ったとかいうんじゃないわよ! 今すぐ探すわよ!! 急いで救命措置をすれば助かるわ!」
「うわあああアトラクお願い生きてて!!! 未亡人は嫌よ!!!」
上空では呑気に勝利の余韻に浸る二人とは裏腹に幻想郷の管理者側は事案の収束に必死だ。
闘った結果負けて、それで怪我するのは個人の意思ということで何とで言い訳がつくが死んでいたらもうマズイ。故人は言葉を話さないから復讐者を止めてくれない。それでは幻想郷で悍ましい戦争が繰り広げかねない。はっきり言って輝夜が外に出るだけでもおしまいだ。
(流石のアトラクでも無防備な状態であんなの貰ったら……あ~あ、早苗も悲しむなぁ。神奈子が下手人なんて言えないし。私も探すの手伝ってなんとか蘇生を……んん?)
諏訪子の耳に先程までしなかったはずの微かな音が届いていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「へへ。さぁーて勝ったことだし今日はあいつに飯でも奢ってもらおうかな。賽銭であれだけ使えるならかなりのお金持ちだろうしな」
「ふふ。これで私も勝ち組ね。さあ魔理沙。花婿の顔でも見に行きましょうか」
「ああ忘れてたっ……って何言ってんだお前? 花婿? もしかして頭にさっきの当たってたのか? それなら悪かったぜ。ごめんな? 良い医者を紹介するぜ」
「ん? ああ! アンタ知らないのかい? 会ったことないって言ってたし仕方ないか。まあ知らなくてもいいか。勝ったんだし。喜びなよ魔理沙。あの男に勝てたらね……」
霧雨魔理沙は知らなかった。自分が闘っていた男が幻想郷でどう生きていて、どういう報酬を対戦相手に提示していて、どう思われていて、誰と仲が良いか。
もしも巫女と賢者の考え通りに彼が死んでいた場合、彼女は確実に死が決まっただろう。死んでからも大変だ。閻魔様も渡し守も冥界の管理者もぞっこんなので。
だが彼女は何よりもあることを知らなかった。
それは蜘蛛がやたら強く、とにかくしぶとく、それで意外と底意地が悪い事だ。
「お! なになに? 何かいいことあるのか……なんだなんか変な音がするような……? それにこれ弾幕か? お前のじゃないよな神奈子? さっきまでなかったし」
「音? ってなんだいこれは!? それに私のじゃない!」
辺りには確かに魔理沙の言う通りになにか耳慣れない音が小さく鳴り響いているし、光る玉まで浮いている。神奈子も警戒しながら耳を済ませる。
「確かに……風切り音のようななにかが……っ!?」
ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!! バンッ!
玉が割れて光の弾が拡散する。これが反攻の始まりだった。
「うわっと! おい神奈子!? なんだよこれ?!」
「ちぃ! 警戒しな魔理沙! あいつはまだやるつもりみたいだ!」
「おいおい嘘だろ!? 私のファイナルスパークをまともに受けて闘えるなんて蓬莱人くらいのもんだぜ?!」
神奈子が周囲を見て警戒する。少なくとも目視では姿が見えない。怪しい音と玉は未だに続いているから間違いなくアトラク=ナクァの仕業だ。神奈子は新しく御柱のストックを用意する。
「さっきの意趣返しってところかしら。魔理沙。気を付けなさい。きっと遠距離から狙って来るわ。なんとしても先に見つけないと最悪このままやられるわよ」
「わかってるよ! でもさっきから探ってるのに見つからないんだよ!」
二人は玉から離れて周囲を警戒している。それでも見つからない。あの怪しい気配すら感じない。まさか自然と一体にでもなったというのか。二人は鋭い音と弾ける玉に焦りを感じながらも男を探す。
ヒュンヒュンヒュンヒュン
あの音だけが空に響き続ける。
そして猛攻が始まった。
「うわぁぁぁ!!」
「クッ! 御柱が!!」
二人が周囲の空気を叩きつけるような音を確認した瞬間。最初に玉が全て弾けた。一瞬で全てがだ。
次に神奈子の周囲の御柱が一斉に粉々にされた。さらに畳み掛けるように魔理沙の装飾品であるウィッチハットや神奈子のしめ縄が弾き飛ばされ千切れ飛ぶ。
そして遠方で。
「牽制の鞭打ちは十分か、怖がらせすぎたかな……では技を借りるぞ。『マスタースパーク』!」
先程と同じように光が、今度は二人を襲う。
ただし。その光は魔理沙のそれとは違い光の魔力で白く眩い光で輝くでもなく、妖気の光を放つモノだった。変わらないのはその凶悪な威力くらいだ。
「ファイナルスパーク!? どうして!?」
「そんな考察は後にしろ! 先に躱せ!」
神奈子は魔理沙の襟首を引っ掴んでそのまま二人で退避する。
「流石に慣れない技での不意打ちじゃ片が付かんか。まあそれでは面白くないよな?」
「姿を現したか!」
どこからともなく彼は一瞬でその姿を二人の目の前に現した。
その姿は先程とはまるで異なる。衣服は自身の技能で修繕したのか、紫の物と比較的近い形の男用の道士服へ着替えられており、緒戦に受けたはずの損傷は身体衣服共に見られない。道士服には太極図や八卦が縫われており、中華系の意匠が散りばめられていることが見て取れる。
髪の毛も心なしか漆黒というよりも黒が薄れて黒褐色に近づき、目の色も紅が薄れているように見える。
「まったく……ピンピンしてるじゃない。しくじったわね魔理沙」
「いやいや。おかしいぜ。私の切り札直撃して平然としている方がおかしい。お前なんなんだよ? 神様だってありえないぜ」
その頃、少し離れた彼女らも魔理沙らと同じ心境だった。
「ねえ。なんであの人は生きてるの紫。いや生きてるのは心から嬉しいんだけどあんな風に無傷ですけど? みたいな顔してるのはとってもわからないんだけど?」
「私にだってわからないこともあるわよ。というか流石にあそこまでしぶといと逆にドン引きだわ」
「ああ~。今確かにそんな感じの気持ちだね」
男が仲良くしてくれるのはとても嬉しい。男で女に怖気づかないのは嬉しい。闘ってる女に引かないのも嬉しい。一緒に闘えるくらい強いのもまあ嬉しい。自分よりも男が強いのは時と場合によっては嬉しい。男が自分よりもぶっちぎって理解を超えて強いのは……ちょっと考えた後で答えたい。今の彼女らの心はこんな結論を出し始めていた。
ただ賢者は抜け目なく彼の考察も行っていた。
(それに前に見た姿とは違ってどこか清浄な気配すら感じるわ。あの姿は一体何? いいえ。もしかしてこれこそが神へとなった真相……!?)
「この俺か? さっきも言っただろう? と言いたいが実は一つ言ってなかった。俺はただの蜘蛛として生まれ、妖怪となり、人に化け、最近神へと至ったと言ったが……元はと言えばこの力こそが本領だ。今の俺が一番全盛期当時の能力値に近いと言える」
「…………」
「早く言ったらどうなんだぜ?」
「そうせかすな。慌てる女は貰いが少ないぞ? 俺は妖怪は妖怪でも妖怪でありつつ同時に仙人にも至った。即ち妖怪仙人だ。さて、仙人であるからして……こういうこともできる」
仙人はその手を魔理沙たちの方へと向ける。すると彼の手の前に八卦が浮かび上がり発光し始める。八卦は魔理沙の持つミニ八卦炉よりも巨大であった。
この動作を知っている二人は即座に行動に移す。
「逃げるぞ!」
「わかっている!」
「これが俺の『マスタースパーク』だ!」
二人は左右に別れて破壊の閃光を避ける。これならばどちらか片方は生き残れる。そして相手に攻撃が可能だ。二人は十分な連携が取れていた。
「甘いぞ。確かこれは『ダブルスパーク』と言うんだったかな?」
空いていたもう片手でも八卦を展開。マスタースパークを放ち始める。こうなっては二人とも全力で動いて逃げるしかない。
「涼しい顔でふざけたことしやがって! 人の技をポンポン盗むんじゃないぜ!」
「俺が真似しているのは幽香の技だ。まあこれはお前が名付けた技らしいからその文句も受け入れるが」
完全に逃げ切られたと見てアトラクはマスタースパークの放出をやめる。
「やはりシンプルで使いやすいな。弾幕はパワー。至言だと認めようじゃあないか。それにこういう派手なのは撃つだけで結構気持ちが良い」
「お、意外にわかるじゃないか。そこがわかってるなら使っても良いぜ。私のマスパ。使用料は応相談だ」
「それはどうも。料金プランはお得な割引パックで頼む。もしくはマスパ放題プラン」
二人がそんなやり取りをしていると神奈子が魔理沙に合流した。
「おい魔理沙! 言ってる場合か! どうする? このままではマズイぞ。あいつは間違いなくさっきよりも強い……」
通常のアトラク=ナクァですら手こずった神奈子は強くなって復活した現状に気圧されていた。数的有利などは何の慰めにもなっていなかった。
「わかってるよ。私に考えがある……おいアトラク! ちょっと作戦タイムくれよ!」
「おいやる気あるのか魔理沙! そんなの貰える訳」
「いいぞ」
「…………あるみたいだな」
「じゃあ言うぞ。耳かせ。いいか? 私がアイツに対して後のことを一切考えない本当に最後のマスパを撃つ。あいつにも口八丁でなんとかマスパを撃たせるから私が拮抗させている間にお前が倒してくれ。もしかしたら所詮パチモノで普通に私の本家マスパで倒せるかもしれないけど今回ばかりは自信が無いからな」
マスタースパークと言ってはいるが明らかに威力がファイナルスパーク相当だと魔理沙は察していた。故にこの作戦だ。あれでマスタースパークではなくファイナルスパークを真似されたら結果は魔理沙にもわからない。
「結局またあれ? わかった。お前を信じるわよ魔理沙。危険な役割を任せることになるけど」
「いいさ。どうしてもって言うなら今度美味い酒でもくれ。お前のところで飲んだのは珍しくて美味いのが多かったからな。よしやるぞ!」
二人は会議を終了し強敵に向かい合う。そして作戦を実行する。
「おい仙人様! お前に魔理沙さまが薫陶を与えてやるぜ。お互いに最強のマスタースパークで勝負しろ!」
「……いいだろう。乗った」
アトラクは構える。両腕を前に出した。あの構えはおそらく先程のダブルスパークだと魔理沙は判断した。
(あれならなんとかなる! となればやっぱり先制あるのみだぜ!)
「後は任せたぜ神奈子! 行くぞ! 魔砲「ファイナルマスタースパーク」!!!」
魔理沙は不意打ち気味に先制して行動する。
「行けぇ! 神奈子!」
「任せろ魔理沙! ウェディングロードは私の手で切り開く!」
神奈子が移動し始める。予想される衝突の余波を避けるため神奈子は気持ち大振りに迂回した。魔理沙はその為大目に時間を作らなければならなかったが。
「それでは俺の最強のマスタースパークを撃ってみようか」
アトラク=ナクァは両腕を前に突きだし、さらにさっきまで無かったお馴染みの八本の蜘蛛の足も前へと向ける。前へと向けたその手足の前に等しく八卦が浮かび上がる。
「あっ」
紫がその先を演算して声を出す。
「「えっ」」
紫の声で驚いた霊夢と諏訪子が声を上げる。
「マズイ!!」
察した神奈子が叫ぶ。
「へ?」
自身の出している光で相手が良く見えない魔理沙が一人。
「名付けて……『十倍マスタースパーク』だ!」
彼の十の手足の前の十の八卦から放たれた光は。魔理沙ごと辺りを光に包んだ。