4 門番と従者
時刻は夜。さてさてやってきました紅魔館。吸血鬼が住まう悪魔の屋敷。レジデントイービルの洋館。
人里を離れ、この辺りにはかつて聞いた話の通りに紅い霧が満ち満ちている。
途中の道では妖精などが漂っていたもののあまりちびっ子を苛めるのも気が引けるので、さっさと振り切り目的地へと到着したのだった。機会があれば遊ぼうか。
屋敷の方を見るとその門前には夜だと言うのに門番が一人で立っている。ここは基本的に主が起きている夜には門番業務をしていないという話を聞いていたが、主は既に何某かの来訪者が来ることを予見しているのだろう。抜け目のない事だ。
まあいい。門番の彼女は十分に俺の最初の相手にふさわしいだろう。これから始まる楽しみに笑みが抑えられなかった。
紅美鈴。紅魔館の門番。華人小娘。気を使う程度の能力を持っている。俺としては前の世界で戦えた数少ない強者なのでそれほど新しさはない。
妖怪の身だが意外にも技巧派で武術に加え、気功法、戦術としての駆け引きとまるで人のような戦い方をする妖怪でかなり楽しめた。メイドに彼女とのファイトマネーをぼられたのは楽しい思い出……としておこう。
彼女とは……そうだな、やはりあちらの土俵である格闘戦に洒落込むとしよう。自分から弾幕は苦手と言っていたことはしっかり覚えている。
そういえば土俵なんて言葉はこの世界にちゃんと残っているのだろうか。こちらの世界のことはやっぱりどこかでしっかり調べておかねばな。
だが、まずは何よりもこの渇きを癒すことが先決だ。
無論、負ける気はさらさらないが念のために考慮すると仮に彼女を結婚相手として見ても、なんというか御しやすそうでいい感じだろう。今回は異変解決の体で来ているので彼女もこちらを相手せざるをえないだろうからそれは置いておくが。
俺としては人間界に長居しすぎたため、まかり間違っても負けるつもりこそ無いが、あんまり小さい子と結婚なんてことは避けたい。世間体もあるし。だいたい見た目が彼女くらいに成熟した容姿がグッドだ。
さて、ただ考えたところでは何も始まらない。そろそろ行くか。彼女とは弾幕ごっこなどせず近接戦をすることに決めて近づいた。
「…………何奴!!」
気を使う程度の能力。それによってこちらの気配にでも気付いたか。温厚な彼女が若干殺気立っている様なのはもう既に何日か警戒っしっぱなしだったからだろうか?
まあそれも今夜で終わりだ。
「こんばんは紅美鈴。今日の良き日の出会いを祝って、俺と殴り合おうじゃないか」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
お嬢様は言っていた。きっとそろそろこの霧を鎮めに誰かがやってくると。
だから私も注意はしていた。誰が来ても追い返すために戦う覚悟は終わっていた。あれから数日間は昼寝もせずにしっかりと四六時中門番をやっていた。頑張っている私を誰か褒めてほしい。せめてご褒美が欲しいなんて思っていた。
だが、男が挑んでくることはそもそも私は想定していなかった。これは果たして褒美になりえるのだろうか?
そんな益体も無いことを考えていたら男は躊躇なくこちらをその腕で殴りかかってきた!
「クッ!?」
「流石だ! なんだかんだ色々変わっているみたいだが俺にとって一番大事なところが変わっていないなら! それはモーマンタイってことだよなあ!」
速い……!
私は卑怯な不意打ちすらも今は警戒していたのに、視認している相手からの一撃に出遅れかけた。
しかもこの男はかなりの手練れだと防御に使った腕が鈍い痛みで教えてくれている。おそらくまだまだ本領を隠していることも今の一撃で理解した。戦闘狂の類のような昂り方だがこれは異変を解決しにきた何某かという認識でいいのだろうか?ただ相手とみて襲い掛かってきただけか?答えは出ない。
ただ私は自身の思考が冷えていくのを感じる。
さて、この状況はどうするべきかとそのまま覚めた頭で考えだす。
「よし! 次はそちらが打ってこい!」
私は混乱していた。
そもそもの話、ただただ男が現れたことにさえ理解が追い付かなかったのだ。戦いになったのでとりあえず戦闘モードに入ったが、じゃあそのまま戦うか?と聞かれてもそうはならないとなるのが普通だろう。
だって男の人との接し方なんて全く知らないんですもん!紅魔館は女しかいない職場だし!そもそも僻地!男の人なんて幻想郷に来てから初めてみましたもん!仕方ないじゃないですかぁ!
え?このまま戦闘続行する感じで良いんですか?
いやいや、根本的な話。根源的な常識として女が男に暴力を振るうってのはダメなことですよね!?流石の幻想郷もそこまで許容してくれるほど器は広くないでしょう!?
もしそんなことしたとバレたら幻想郷住民総出で紅魔館が襲われるかもしれない。それは流石にちょっと分が悪い。ウチの主のお嬢様は強いけど日中と雨の日は世界が敵みたいな物だ。少し不利に過ぎる。
とりあえず男を見る。もしかしたら暗いのと紅い霧で見間違えてて本当は女だったりしないかなーなんて期待を込める。
相手は好戦的な笑みを浮かべて構えている。宣言通りにこちらからの攻撃をただ待っている。それだけなのに整った顔立ちと良好な体格のため凄まじいまでの迫力がある。
ついでにかなりの露出度を誇る服を着ている。そこから発達した筋肉が盛り上がり脂肪が少ない鍛えられた体がよくわかる。戦いの中で鍛えられたしなやかで無駄のない獣のような体だ。控えめに言ってエッチすぎる。もうちょっと衣装が乱れれば乳首も見えるかもしれない。私としてはやはりチャイナ服とか来て欲しい。着てくれないかなあ。
私はゴクリと生唾を飲み込む。
ダメだ。もうどう見ても男だ。というか気を察知した時に無意識に男であることに気付いてた。気づいてしまっていた。
どうするべきだ?私はどうするのが正しいのか?咲夜さんは私に何も言ってはくれない。
今までは良かった。何も考えずに知らない人が来たら追い返すだけの簡単なお仕事だったしそうであるとも思っていた。シエスタもできた。
しかし今はどうだ。私には非常に重要な選択が求められている。もし私がここで選択を誤ったらお嬢様たちに多大なご迷惑を掛ける可能性が濃厚だ。いっそみんな仲良く墓の下だ。お嬢様はそこからでも復活できそうだが私は無理だ。咲夜さんも気合で蘇りそうだが私は死ぬ。
ああ。助けて咲夜さん……。そうだ!咲夜さんだ!この際もうここは放棄して咲夜さんに全部丸投げしてしまおう!
一度頭の中でそう思い立つともうこれしかないと思えてきた。
ゆえに……私は両足に今までにないほどの力を込めて全力で逃げ出した!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あれー?」
相手の攻めを悠長に待っていると彼女はこちらに背を向けて疾走した。一体どんな攻撃をしてくるのか。そんな期待をしていたら美鈴は勢いそのまま門を飛び越え屋敷に駆け込んだ。
つまりはまさかの撤退。逃げられたって訳である。初戦であるし彼女との戦いは慣れ親しんだものであるためけっこう気合を入れていたのに、それをあっさり無下にされた。期待していたのでこれには肩すかし感も非常に大きい。
「……やっぱりキチンと景品を用意しないとダメかぁ。あー俺ももう帰ろうかなぁ……赤巫女かモノクロ魔女がなんとかするでしょ」
かくいう俺は思いの外精神的ダメージを食らった。ある意味で俺に対してもっとも効果のある択だ。またぞろ逃げられたら立ち直れないかもしれない。つれぇわ。
やはりこの世界の女は男と真っ当に闘うのはメンタルが持たないのだろうか。それならもう常にそういう風潮を超えるだけの景品を提示する前口上で行かなきゃダメだろうか。
「……一応、一応もう一回やろう。大分今ので萎えたがまたいつ再発するかわからん。それでダメだったらこの館を憂さ晴らしに爆破して阿求の家ででも怠けよう。そうしよう」
俺は紅魔館に入るべく歩み始めた。いつ見ても赤い館が今日はさらに赤い。
「お邪魔しまーす」
そのまま中に入るが誰もいない。
ちなみに地味に中にまで入るのは初めてだったりする。中には霧がないため視界も良好だ。屋敷の外観と比べたら内装は流石に真っ赤と言うほどでもなく多少は目に優しかった。生活する以上当然っちゃ当然だが。
「とりあえず……上に行くか」
地下は図書館くらいしかないらしいし、大した奴はいないだろう。それに大物は高いところか奥にいると相場が決まっている物だ。
俺は内部を普通に歩いて進み、そして階段があればそれを上り、上へ、奥へと堂々と進む。それを繰り返す。そして時々立ち止まり人の気配を探る。
……感なし。
本当にちゃんと人がいるのだろうか。あまりの赤さに嫌気がさして引っ越しでもしたのではないかなんて考えたくなる。
「……お。何か見つけた」
ある程度進んでから振動を感じた。それなりに強い揺れ。ちょうど何かが倒れたような感じの強さか。これは下からだ。
せっかく結構奥まで進んだのに戻ることに若干辟易しないでもないが、やはりそこに戦闘があることが期待できる方が足は進み、そちらに向かって行くといきなりナイフが目の前にあったので掴む。
紅魔館どころか幻想郷においてすらこんなことするのは一人しかいない。
「流石にいきなりが過ぎるのでは?」
「……驚いた。本当に男性の方とは美鈴には悪い事をしたわね。ちゃんと労ってあげないと」
いつの間にか通路の向こうにメイド服を着た少女が立っていた。まあ下手人は彼女だろう。
「十六夜咲夜。紅魔館のメイド。完全で瀟洒なメイド。時間を操る程度の能力を持つ人間。肩書とか変わってはないよな?」
「あら、どなたかと思ったら私のファンかしら? 私も中々有名になったみたいね。お嬢様には悪いけど寿退職も近いわね」
「残念だがファン……という訳では無いな。楽しそうな相手はだいたい調べがついてるだけだ。早速で悪いが勝負だ。俺は異変を解決しにきた者だと言えばどうすれば良いかわかるだろ?」
「そういうことならお相手します……ただ一つ言っておくならお嬢様の邪魔をするなら殿方だろうとこの十六夜、容赦はしません。もし早々に降参していただけるならば、お客様としてこの私の全霊を以っておもてなしいたしますが?」
おお。今度はちゃんと戦えそうだ。しかしやはり可能ならば戦いを避けようという思いも透けている。
「やはり男とやるのはあまり乗り気じゃないか?」
「『やる』の意味が戦いということならまあそうね」
「おませさんめ。いや。実際、十代後半とか言っているみたいだが、実際よく見るとお前は力を使いすぎて自分の歳が正確にわかってないんだろう? 暦の上で言うなら……そうだな前半から中ほどと言ったところか。実年齢で」
ナイフが飛んでくる。キャッチ。
「そこまでよ……本当に何故そこまで知っているのかは知りませんが、実際、貴方は少し危険かもしれません。それにいくら殿方と言えど女の歳を探るのは感心しないわね。お嬢様が気づかれる前に捕えさせてもらいます。お覚悟を」
「やる気になってくれたようで嬉しいよ。美鈴に逃げられてどうにもテンション下がってたんだ。よし! サービスしよう! これはちょっと前にこちらで勝手に決めたことだが、俺と闘って勝った者には景品をあげようという話になっている。君には俺の持っている人間向けの秘薬を副賞としていくつか付けてあげよう」
正真正銘。普通の人間が求めるだろうモノが手に入る薬。万病の治癒から若返りに不老なんてこともできる。人間界ではまともに俺に対抗できる相手がほとんどいなかったので秘宝の類はほとんど俺の手中にあったので色々なものを持っている。俺には使い道も無かったので在庫もたっぷりだ。
「景品? その言い分だと元からそのお薬以外にもあるみたいですね? お薬はここの常備薬にくらいはなるけど……あとはあまり欲しいものはないわね」
「ああ。景品は俺に勝った者には俺と結婚できる権利が与えられる…………正直声に出して言ってみると馬鹿みたいに自信過剰で恥ずかしいなこれ」
本当に恥ずかしい。
チラリと十六夜咲夜を伺う。向こうから声を掛けてきた。
「それは勝った者なら誰でも良いと? この場合の勝つと言うのは貴方を殺す。という訳ではないのよね?」
乗ってきたっぽい。あーやっぱりこれ効くのか。俺勝てない勝負を挑む結婚詐欺師として訴えられないかな。
「そうだ。まあ流石に性別は女性ではあって欲しいが。容姿とか種族とか年齢とかは制限しない。詳しいルールは決めてないけど例えば弾幕ごっこならその勝利条件に準じるし、殴り合いならKOするとか気絶させる。ちゃんと審判できる者に判定してもらうとかかな」
「なら戦闘なら? 最悪相手を殺すような何でもありのバトルなら?」
「んー。妖怪とかならどちらかが立てないくらいになるまでやりたいな。人間なら……まあ心臓とか首とか人間が死ぬくらいの損傷を与えられるだろう状況まで持ち込むとそっちの勝ちくらいで。首に剣を寸止めとかな。当然、俺の方は手加減するから人間もある程度安心だ。それでもやはり弾幕戦がおすすめだ。お互いね」
「わかりました」
そう言った瞬間。彼女が視界から消えた。
俺は後ろを振り向いて言う。飛んでくるはずだった空中のナイフは全て動かず停止している。
「まさか人間がガチバトルを選んでくるとは思わなかったよ。人の話を聞きたまえ。それに俺は危険とか言ってなかったか?」
「それとこれとは別ですね。手に入るなら危険はスリルに早変わり。それにしても貴方……ただの人間じゃないとは思ってたけど妖怪だったのね! しかも人の屋敷に蜘蛛の巣なんて……掃除さぼっていると思われてしまうじゃないですか」
彼女とナイフは俺があらかじめ張っておいた粘度の高い糸に絡め捕られていた。苦し紛れに持っていたナイフを投げるがそもそもナイフくらいは容易く防げる。体を拘束されている彼女はこれ以上攻撃できない。
「意外に余裕だな。せめてライター……ここだとマッチ辺りか。何か火を起こす道具と油でも持っているんだったな。人力で千切れるようなものじゃないよ。時間止めてる間に試してるだろうけどナイフでも切れなかっただろ?」
「くっ……」
「動けないようなら俺の勝ちだ。残念だったな。また再挑戦してくるのを待ってるぜ」
魔法で火を起こし糸を焼き切っておく。
戦いこそ起きたがほぼ何もせずに終わってしまった。やはり人間とは弾幕ごっこで戦わねばまともな戦いにはならんようだ。
「魔法まで使うのですね、貴方は」
「ああ。魔法どころか仙術も使えるぞ。戦いに使えそうなことはいっぱい学んだ。ここの主よりかよほど長生きしてるもんでね」
「あの糸……貴方は蜘蛛の妖怪ですね。シルクではないでしょう? ネバネバだったし」
「その通り、蜘蛛だよ。おっと、俺は土蜘蛛とか牛鬼みたいな半端蜘蛛じゃない。正真正銘純度百パーセント蜘蛛だった。ただ色々詰め込み過ぎてもう最近は本来の姿には戻れなくなっている」
今となってはまともに使いこなせる蜘蛛らしさなんて糸と毒くらいなもんだ。眼も二つに慣れすぎたし、足も八つも要らない。
「上が人で下が蜘蛛にでもなれたらかなり強かったんだろうが、仕方ないさ。それに
両手を広げて言った。全ての感覚が人間になりつつある蜘蛛は……はたして人外と名乗っていいのだろうか。