幻想郷の秋の終わり。冬目前と言えるまで寒くなってきたとある日。多くの妖怪、妖精、人間、神の元に一通の招待状が各々の棲家に届いた。
今回はその一例として彼女らの様子を覗いてみよう。
「えーりん。お手紙」
かつて起きた花の異変の時に暴れていた彼女。メディスン・メランコリーは数々の戦闘を経て紆余曲折の末、因幡てゐと取引をして鈴蘭畑を一部貸し出す代わりに、永遠亭に通い自身の毒の扱いを学ぶために八意永琳に師事していた。
「あら、メディスンありがとう。また宴会? 紅魔館で? 少し前にやらなかったかしら。それに今はあの吸血鬼もロケットに乗っていていないはずだけど……まあでも暇だし行ってもいいかもしれないわね」
「いいわよね~。永琳たちは外に出れて。私はまたお留守番ですよ~だ」
「いや、いいんですか!? 月の件もまだあるのにそんなに呑気で。……あの姫様。私こっちに残りましょうか?」
「あーいいのよ。行ってきなさい。でもお土産は忘れずによろしく~」
輝夜は毛ほども興味が無いとばかりに寝転がりそっぽを向く。実際に興味も無い。
「そうよ優曇華。どうせもうやることはやったんだし何をしていても一緒。それなら適当に楽しく結果を待っていればいいの。それに貴方も紅魔館の門番にはたまに修行相手をしてもらってるんでしょう? 薬のお得意様でもあるんだし挨拶しておきなさい。姫には本人の言う通りにお土産を包んでもらえばいいんだし……あら?」
「どうしたの師匠? というか私にも招待状見せて見せて!」
永遠亭に送られた一通の招待状を代表して見ていた永琳が文の最後に何かを見つけて声を上げる。それは感嘆の色を孕んでいた。彼女には珍しいことだ。
「ん~なになに~? えっ! なんで!?」
てゐもそれを横から見ると永琳に続けて声を出して驚いた。これはどうにも彼女たちが驚くべきことが書いてあったようだ。
「なんでしょうかね……見てみましょう姫様!」
「そうね。私はどうせ行けないけど~」
そう言いつつも輝夜も起き上がって鈴仙と共に興味津々で目を走らせる。そこに記されている文字を読み上げる。
「差出人 紅魔館のニューリーダー(臨時)アトラク=ナクァ――ってアトラク様ぁ!?」
「本当になんでこの名前が? あの人ここ最近幻想郷にいなかったはずだしこの前のロケットお披露目パーティーにも来てませんでしたよね師匠?」
「そうね優曇華。この前の時はそもそも幻想郷にいなかったらしいおかげで輝夜もあんまり催しに興味なさげだったんだけど……」
ちらりと永琳は輝夜の方に目を向けると。
「今回は絶対行くわよ! 主催者ってことは絶対いるんだから絶対行く! 別にもう誰かゲロこじらせて死んでもいいわ! 所詮妖怪が犠牲になるだけよ! 私はアトラク様成分が不足しているんだから!」
(こうなるわよねぇ……)
(なりますよそれは。それで、どうするんですか師匠? 全力で止めますか? 微力ながらお力添えしますけど)
(流石に姫様をここから解放するわけにも行かないからねー。今回は私も本気で止めるよ?)
師弟たちはアイコンタクトで意思疎通を行う。
(はぁ……アトラクももう少しどうにか気を利かせてくれれば良かったんだけど。お食事がある催しだと輝夜の顔を隠しっぱなしと言う訳にもいかないし……ああ。そういえばこのハロウィンって確か……なるほどそういうことね! これなら!」
「うわ! 急になんですか師匠!? 何か名案でも……?」
「止めても無駄よ永琳! 私はたとえ貴女たちを倒してでも紅魔館へ行くわ! 今の私は阿修羅すら凌駕する存在だ!」
そうやって荒ぶる鷹のポーズで闘気を高める輝夜に対して永琳は告げた。
「ええ。行きましょう輝夜。ただし条件があるわ……それは……」
どうしても紅魔館の宴会に行きたい輝夜に対し、月の賢者、八意永琳が言い渡す外出の条件とは……
「「「それは?」」」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そしてレミリアたちが旅立っておよそ十二日後。紅魔館では宴会の日になった。夕刻の紅魔館では門は開放され、庭はみんなでかぼちゃをくり抜いて作ったジャック・オ・ランタンの装飾に加え、魔法で灯したかがり火や蝋燭に月の光で夜にも関わらず庭園は非常に明るくなっていた。
開始はもうしばらく後の予定だが、既に多くの招待客が紅魔館へと足を運んでいた。これは思ってたよりも参加を選んだ側が多かったようだ。やはり彼女らは宴会が好きであると言えよう。
「これなら予定を繰り上げてもう少ししたら開始の挨拶をして本格的に始めても良さそうだな。妖精屋台の準備も大体できているんだろう?」
「はい! ですけど……やっぱり緊張しますねアトラク様。上手く行くかな……」
思いの外、人が集まってきてしまい橙は不安なようだ。さらに今回は彼女の知り合いが軒並み不参加と来ている。彼女らは全員月との対決に動員されているのだ。
「大丈夫だ橙。自信を持て。ここまで十分上手くできていると俺が保証する。進行の大筋は以前の成功したお披露目パーティーとやらを踏襲している。お天道様も今更こんな時間に気分を変えることも無い。なら後は酒を切らさず屋台の美味い飯をたらふく食わせてやれば間違いないだろう。厄介な酔っぱらいが暴走しても俺がいるしな」
「……はい! そうですね。見ててください藍様ー!」
橙が空に向かって吠える。
恐らく、もう彼女らのやることは終わっているとは思うが紫たちは姿を見せない。今回の月に関しての話はどうにも色んな意図があったらしいのだが俺は記録を見ただけなので経過に関してはよくわからない。一日で済む異変ならまだしもこういう長めでいくつかの思惑が絡む話は特に。だからこそ俺は大人しくしている。呼ばれたら加勢するが呼ばれなければ控えておくだけだ。一応パチュリーの計算だと今日にはレミリアは月に着いているはずなので紫の仕事も頃合いだと思ったのだが違ったらしい。
「さて。焦らしても良いが客に文句を言われる前に初めてしまおうか。暴れられるのはやはり面倒だ。口に何か詰め込めば口喧嘩もできまい」
「わかりました! ではパチュリーさんにお願いしてきます。挨拶はどうかよろしくお願いします」
橙はパチュリーに拡声の魔法をお願いしに行った。知られた以上はその能力を使わせてもらう。橙は今回は指示の為に裏方に徹する。表に出ずにあれこれやるのは八雲紫の基本だ。彼女にもそれを経験してもらおう。正直ただの宴会なので失敗してもいいし。
「……まだまだ親離れは難しいのかねぇ」
まあまだ親に甘えてもいいだろう。彼女は未熟だ。教えを乞うて甘やかされて叱られて存分に愛されるといい。
そう思っていると合図が来る。妖精たちの準備も整っている。それでは最後に俺もリーダーっぽいことをしよう。早ければ今日か明日にでもレミリアが帰って来るのでこれが正真正銘ラストだろう。
「長らくお待たせした。それではこれより! 紅魔館主催ハロウィンパーティーの開催をここにアトラク=ナクァが宣言する! 乾杯!!」
「「「かんぱーい!!!」」」
妖だけの宴が吸血鬼の館で始まった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宴会は盛況だった。そこでは妖怪が思い思いに時を過ごす。
「うっひょーただ酒だー!! 飲むぞ飲むぞー!!」
鬼がその欲望のままに振る舞われる酒をひたすら飲みまくったり。
「これも! これも! これも! どこを見ても今まで見たことない珍しい品ばかり! 味も中々! これは食レポが忙しくなりそうです! 次号の文々。新聞は飯テロ回というヤツですね! あ、すいませーんこちらのお料理一皿くださーい! あー写真撮るので盛り付けは綺麗にお願いしますね。量も盛ってもいいですよー」
天狗が目新しい料理に舌鼓を撃ちながらもマスコミとしてしっかりと取材をしていたり。
「神奈子さまに諏訪子さま? 洋食はこの機会に食いだめしておいてください。この前みたいに「あの時のパーティのお料理作って」と言われても私にはできませんからね? ここではキ○ーピー三分クッキングはないんですからね」
「「はーい」」
外界出身の神様たちの家庭の事情がちらちら垣間見えたり。
「わーすごいね影狼ちゃん蛮奇ちゃん! 見たことないごちそうがいっぱいだよぉ!」
そう言うのは人魚わかさぎ姫。紅魔館近くの霧の湖在住の人魚だ。仮装も人魚。服の上から貝殻のブラを付けていてさらに倍。連れの赤蛮奇が車椅子のようなものに乗ったそんな彼女を押している。ちなみに赤蛮奇の方はいつもの首の部分を隠した赤い服を着ている。仮装は趣味ではないようだ。
「あーそうだね……姫ー」
「影狼よく似合ってるよ。その狼女の仮装……毛とか特に……ふふっ!」
「笑ったわね! というかこれもう仮装って言うかそのまんまだし! 満月の日の私だし! だから来たくなかったのよー!」
テンションが低いかと思えば一転キレ気味にそう言うのは今泉影狼。狼女。彼女の能力は満月の夜に狼に変身する程度の能力なので満月の今夜はとっても毛深かった。
「じゃあ帰る? 噂の男の妖怪の人あっちにいるみたいだけど? 招待状が来たってことは私たちでも会いに行っていいはずだよ?」
「私は人里で見たことあるし、姫も湖の側でちょくちょく見てるらしいから後はあんただけなんだけど」
「うぅぅ……見てみたいけど私今めっちゃ毛深いし……あーでもやっぱり見たいぃぃぃ~! そしてあわよくば交……」
「あーあー。これだからけだものは! 影狼が悩んでる間に私たちは何か食べようか。私が取って来るけど姫は何が良い?」
「お魚! 海の奴ね!」
「お、おう。人魚の仮装した人魚が魚食べるのはどうかと思うけど……じゃあちょっと行ってくるわね」
地元の妖怪も楽しく参加していたり。
「ルナ! スター! ここでたっぷりお給金稼いでおくわよ! 一番好評だった屋台にはぼーなすっていうのがニューリーダーから出るみたいだから張り切って声出して行くわよ!」
「「了解!」」
「いらっしゃいませー!! どうぞ私たちの屋台も見てってくださーい!!」
屋台を出す側の妖精も頑張っていた。
「ねぇ阿求? 私たちここにいていいのかな?」
「大丈夫よ小鈴。慧音先生もいるし他にも何人か私たちの顔見知りもいるでしょう? それに今日は紅魔館の人たちも味方だし何よりアトラクさんがいるんだからここが一番安全。それに妖怪と言っても意外と人間に興味ないものよ。ここには美味しいご飯とお酒があるもの」
そんな二人は人間だったが仮装してこの場に来ていた。ハロウィンの本流であるお化けに混じるための仮装だ。オーソドックスなカボチャ頭と布を被ったお化けコスだった。阿求は以前のお披露目パーティーにも来ていたので小鈴と比べると随分落ち着いている。
「こんな子供だましの仮装したって意味あるの? そもそもこんな妖怪私見たことないんだけど?」
「…………大丈夫ここには人間に友好的な人もいっぱいいるから大丈夫。きっと多分。小鈴。私たちはもう諦めてこの宴を満喫して帰るしかないの!」
「うわぁぁぁーーー! ごちそういっぱい食べてやるぅー!」
紛れ込んだ人間も気をしっかり持ちながら楽しんでいた?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「トリックオアトリート! アトラクあたいにもお菓子ちょうだい!」
「はいよー。綿菓子作るから待っててな」
ニューリーダーはその頃庭の一角で綿菓子製造機の一部と化していた。ハロウィンと言えば子供に
ただそれはそれとしてお菓子を配りたいので一部の子供にはトリックオアトリートの意味を教えさせてこうしてお菓子を配っていた。お菓子が綿菓子なのはなんか製作過程が糸っぽいしお祭りだからという安直な理由だった。余談だが綿菓子の発祥はアメリカだ。
「綿菓子はアメリカで生まれました。日本の発明品じゃありません。我が国のオリジナルです。しばし遅れを取りましたが、今や巻き返しの時です」
「何言ってるのアトラク? 早くちょーだい?」
「これは失礼。ほいできた。次は誰だー?」
「ルーミアなのだー。トリックオアトリート!」
「そーなのかーっと。お前もかぼちゃ被ってるのか人気だなかぼちゃ」
ここにいるルーミアも先程のチルノも中身をくり抜いたかぼちゃを被っていた。仮装をして来なかった客用に紅魔館で配っている物だがやたら人気があるようだった。珍しいのが良いのか被るだけなので手軽で好まれるのかそれともそのデザインか。答えは彼にはわからなかった。
彼が装置を作動させると持ち手となる棒に白い糸が絡みついていく。するとどんどん溶けた砂糖でできた糸は集まり綿となる。流石に糸使いを自称するだけあって形も見映えの良い丸っこさとなった。
「はいよ。トリート。今日は楽しんで行ってくれ」
「ありがとー。フランと遊んで来ても良い?」
「いいぞ。働いてるのは妖精だけで紅魔館の住人自体は特にやることないからな。一緒に回っておいで。今日は全品無料だから好きなだけ食べて良いぞ。でも後からちょっとした催しもするから少しはお腹空けといてくれよ?」
「そーなのかー。じゃあフラン探しに行ってくるのだー。お菓子ありがとー」
ルーミアはふらふらと片手に綿菓子を持って行ってしまった。
「とりあえず一通り配ったかな。お土産用に袋詰めでもいくつか拵えるか」
人も捌けたのでしばらくまた作ったら会場を回るかと思いながら装置を動かしていると彼の元に人が来た。
「随分とご無沙汰だったなアトラク」
「お前は……もこたん!?」
彼の元を訪れたのは藤原妹紅だった。彼女もまた性分なのか仮装はしていなかった。彼女は相変わらずもんぺのポケットに手を突っ込んでガラが悪そうに立っていた。そしてその顔は赤かった。
「誰がもこたんだ。長い間お前はどこをほっつき歩いてたんだ? たまーに店に戻ってきていたようだがまたすぐに出掛けて……なんだ? 外に女でも作ったのか? お前はさぞモテるだろうからなぁ」
どうにも彼女は酔っている上に虫の居所が悪いようだった。それは機嫌が悪いという意味でもあり、
「なんだその嫌疑は。外には俺の好みの強い奴はいないから私用だよ。それに前から冬とかにはよくいなかったろ? あれと一緒だって」
「本当か? でもお前が山で外から来た新しい女共と一緒に生活してたのは私は知ってるんだぞ」
妹紅の白い髪が微妙に口に引っ掛かっていて首を斜めに傾けていてどこか凄みがある。なんというか丑三つ時に頭に蝋燭をつけて藁人形に五寸釘をごっすんしていそうな邪悪なオーラを醸し出している。ハロウィンはそういう呪い日和な日では無い。
「いや、それはあれだよ。必要経費というか……アフターサービスというか……コラテラルダメージというか」
男の方も何故かどこかしどろもどろで弁解する。彼と彼女の間にはそこまで誠実にしなければいけない間柄は無い。お互いにフリーなのだから。
「あぁ!? 何言ってるかわかんないんだよ! 日ノ本言葉話せよう!」
「はいダウトー! お前フジワラヴォルケイノするじゃんか! 本当は横文字わかるんだろ!? というかそんなめんどくさい絡み方してくるな! 俺の知っているお前はもっとサバサバ系女子だったはずだ!」
「うるさい! お前が私を置いてほっつき歩いてるのが悪いんだー!」
「はぁぁ!? そもそもなんでお前が俺の行動に難癖つけてくるんだよ! そういうのやりたいなら俺に勝ってみせろ!」
「上等だ!! 表に出ろやアトラクぅ!!」
あわや遂に今宵最初の一戦が勃発か!?と思われたのだが。
ダダダダダダ!
「ふんっ!」
「「うわらばぁっ!?」」
突進してきた何者かによってアトラクと妹紅は轢かれ宙高くに撥ね飛ばされる……そして当然重力に引かれた落下により二人は頭から地面の石畳に激突した。
「ぐえー!」
「あだっ!」
「喧嘩両成敗だ。二人とも」
二人を轢き飛ばした猛牛の名は上白沢慧音。人里で教師をしている半獣だった。今日は満月なので彼女も角が生えて髪の色が緑がかったハクタク状態になっているため仮装はしていない。即興で何か被るには角が邪魔なのだ。
「ぐぬぬ。不意打ちとか卑怯な……それでも教師か」
「慧音……お前……そこは轢くのはアトラクだけにするべきだろ……勝利のチャンスだっただろ」
「うるさい。宴会中に喧嘩なんかしてどうする。小さい子や人間も紛れているんだぞ。お前も知ってるだろう。特にアトラクは今日は主催者なんだから特にしっかりしなければダメだろう。それに妹紅! いくら久しぶりにアトラクに会えたからと言ってもそんな接し方があるか! そんなんじゃ本当に結婚してからも束縛がキツくて逃げられるぞ! だいたいだな……」
二人は地面に横たわりながら慧音に説教を受ける。どうにも長くなりそうな気配が滲む。彼女の説教もまた閻魔様のように長いのだ。
ガシャンガシャンガシャン!
「ん? なんだ? 萃香のアホが何かぶっ壊してるのか? それにしては少し音が重いような……」
けたたましい音がこちらに近づいてくるのをアトラクは最初に感知した。
ガシャン!ガシャン!ガシャン!
「なんだうるさいぞ! 今は説教ちゅ……う……」
「どうしたんだ慧……音……え?」
二人もその音に気付いた時には、三人の前には謎の西洋の
「え。なにこいつ? 仮装? そんな全身を隠すようなのって……もしかしてお前まさか蓬莱さゴフッ!!」
その全身鎧は喋っている妹紅を無言で蹴り飛ばした。そして鎧は周囲を確認してから兜のフェイスガードを開きその正体を現した。
「あ、ごめーん。地面に汚くて醜いゴミが転がってると思ったら妹紅だったわ。つい蹴っちゃた。ああ! こんばんは! アトラク様! それに慧音」
「あ、うん。いらっしゃい」
それは蓬莱山輝夜だった。彼女は当然のように妹紅をディスった後で残る二人に挨拶をした。
「てめぇ輝夜ぁ! お前絶対確認してからやっただろ! それに醜いのはお前なんだよこのブス!」
「はんっ! そんなゴミみたいなもんぺ姿で転がってるのが悪いのよ! 私やアトラク様や慧音のように仮装してれば間違わなかったのに!」
「私は仮装してないんだけどなぁ……」
妹紅と輝夜はいつも通りに喧嘩をし始めそうな雰囲気だった。この二人が争うのは妹紅とアトラクが争うよりもマズイ。戦巧者であるアトラクと比べるとそもそも闘うまで行くことが少ない輝夜では全力を出すと戦闘の規模が段違いなのだ。あいつ平気で天井とか投げつけてくるんすよ。つまり……あの二人が闘うと紅魔館は爆発炎上する!コウマカン・イン・フレイム。
「流石にここで争われたら色々台無しだからな……! レミリアが家なき子レミィになってしまう」
アトラクは二人に一瞬で糸を巻き付けてそのまま霧の湖の方へと投擲するモーションへと入る。
「上等だ! お前からはっ倒してやる!」
「あんたじゃ無理よ! 私が会場の灯りに加えてやるわ! その辺で燻ってなさい!」
「ふんっ!」
「「ァッ」」
二人は空気が漏れるような音だけを残して紅魔館の庭園から消えた。
ひゅ~~~ボチャン……バッシャーン!
それからしばらくして何かが水に落ちる音が宴の喧騒に混じって聞こえたような気がした。
「あの二人ならこんくらいじゃ死なないだろう。湖で頭を冷やすと良い」
「私からするとお前が妹紅と一緒に頭を冷やした方が良いと思ったんだが……いや。もういいか。先に突っかかったのは妹紅だ。あいつがいなくなればひとまず収まる」
慧音はもう少し何か言おうかと思ったがそもそも原因は妹紅だ。彼がいない間に彼女の愚痴に付き合っていて慧音もいい加減うんざりしていたのもあったし、結局会える今日になっても間が空きすぎてどう声を掛けたらいいかわからなくなり深酒して、やつあたり気味になった結果がこれだ。それになにより。
(女の嫉妬は見苦しいぞ妹紅)
この世界では女の嫉妬は見苦しいものだったらしい。
「こんばんは二人とも。あら? さっき飛んで行った鎧ってもしかしなくてもウチの姫だった?」
先程あの門外不出のかぐや姫がここにいたのだから当然のようにその臣下である彼女達三人もここに来ていた。
「やっぱり姫様は鎧を着て顔を隠していても出禁だったんだね鈴仙……」
「ああ、おいたわしや姫様。せめて姫様の分もごちそう持って帰りますね。というか私も帰りたい」
永琳は普通に普通のナース服を来て……弟子二人はミイラのように包帯でぐるぐる巻きにされていた。それも胸と股だけ隠した低防御。もう冬目前なのに。
「怪我してるのか仮装なのか……お前たちがしたらどっちかわからないんですけど?」
「包帯剥いてみたらわかるわよ。それしか身につけさせてないから」
「「勘弁してください~」」
「うわぁ……」
この兎の子かわいそう。この扱いには慧音もドン引きである。
「ほら、門のところで美鈴か小悪魔がマントとかそういうの配ってるからもらってこいよ。寒いだろ」
「そ、そうだな。医者が風邪なんか引いたら笑えないだろう。行かせてやろう永琳」
「そう? しょうがないわね。行くわよ二人とも。ついでにあっちまで行って姫も回収しておきましょう。別に出禁になったってことじゃないんでしょう?」
「ああ。あいつまた妹紅と仲良く喧嘩しようとしたから一旦湖で冷やしてる。今から俺もフィナーレの準備で構えなくなるから好きに楽しんでくれ」
「はーい。それじゃあちょっと行ってくるわね。慧音も一緒に妹紅拾いに行く?」
「……そうだな。私も同行しよう。それじゃあアトラク。またあとで」
「いってらっしゃい」
四人を見送ってからアトラクも動き出した。この男。最後なので派手に自分の演目で締めようと画策していたのだ。
(この日のために本物のコーベビーフをまるごと取り寄せたし大間のマグロも買い付けた。派手に解体ショーをしてからバーベキューと洒落込もうか)
この蜘蛛、実は人間界から幻想郷に移るまでは長い事アメリカで過ごしていた。新大陸という夢に惹かれて海に出て、ゴールドラッシュでは身体能力を活かして金を掘り、WW2では最新の銃器を使いたいからと従軍しなぜか前線ではなく参謀本部にいたり、現代ではネットワークを網のなんたらと勘違いして蜘蛛だしいけるっしょ!と思って軽い気持ちで起業したら能力で上手く行った男。それから隠蔽工作の為に職を転々としても当然社員パーティーはアメリカンにバーベキュー。野菜など食べず、酒もそこそこに肉ばかり食べていた。
もしも彼がアメリカでなく日本にいたなら幻想郷のことにもそう間を置かずに気が付いていただろう。妖忌が運よくアメリカに来ていなければそのまま人類が滅びるまで人間に混じっていたかもしれない。
(酒池肉林のパーティーを始めようじゃないか!)
アトラクは中央壇上に再び登り、注目を集める。
適当に参加者からの声に答えつつ、永琳たちが戻ってくるのを上から確認したので本番だ。
「それでは本日のラストイベント! この『ドォォォォォン!!!』な、なんぞや?!」
宴の最後を飾るべく立った彼らの前に、それは落ちてきた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それを見た観衆たちもざわめく。
「うわあああ! お酒がー!」
「妖精が巻き込まれてピチュりましたー!」
「怪我人はいませんかー!?」
「きゃあああ……ってあれ? あれこの前のロケット?」
「なんで? ロケットなんで?」
「落ち着け! とりあえずみんなその違法建築ロケットから離れろぉ! 爆発するかもしれない! それと怪我人がいたら避難させるんだ! おいパチュリーあれで間違いないんだな!?」
「ええ。あれは間違いなくレミィたちが乗って行ったロケットよ」
俺は取り急ぎ指示を出しつつ、パチュリーと対応を相談する。
「ということは中にはあいつらが?」
「どうかしら。搭乗員が全員居るならもっとまともに着地すると思うのだけど……それにあれほどの損壊じゃあ……」
「おいおい。中身がエイリアンとかプレデターってのは勘弁してほしいんだがな。今宴会中だから全力でやれないだろ。仕方ない。俺が行く。お前に後のことは任せるぞ」
「……わかったわ。十分に気を付けなさいよ」
パチュリーを下がらせつつロケットににじり寄る。ロケットとは言ってもほとんど残骸と言って良い状態だった。大気圏突入にでも失敗したのだろうか?それにしては焦げ目があまり無いように思う。
(できれば今日は平穏に済ませたいんだから、頼むから変なのは入っていないでくれよ)
そう思いながらロケットの前に立った。するとロケットの残骸の中から人影がでてきた。
「だー! 負けた負けた! 月旅行には高い代金だったぜ」
「そうね。あら? 旦那様! 貴方の咲夜がただいま戻りました!」
「zzz」
「ああ。うんおかえり……?」
「うわ!? なんだこれ! 宴会やってるじゃんか! 魔理沙さまご一行のおかえりなさいパーティーでもやってたのか?」
墜落して半壊したロケットの中からは魔理沙と咲夜。それに抱えられたレミリアの三人が出てきた。多少の外傷は見られるが皆元気そうだ。魔理沙などはもう宴会に反応している。お前らのせいでその宴会の場は混沌としているんだけどな。
状況を確認したパチュリーがこちらに――本人的には――急いで近づいて来た。でもが足遅いので他人から見れば相変わらずゆったりだ。
「おかえり咲夜。それでこれはどういうこと? 運転の仕方ってものがあるでしょう? それに霊夢が見当たらないようだけど中で頭でも打って転がっているの?」
「ああ。それは私から説明するよ。実は……」
手早く近くから食べ物をかっぱらってきた魔理沙曰く。
月に行ってしばらくその辺で遊んでいたら綿月依姫と言う月の住人が来てそれと闘い、全員が負けたそうだ。それで霊夢だけはなんやかんや理由があって残されて後は先程のロケットに詰められて飛ばされてきたらしい。おわり。
おのれ綿月……!パーティー会場をおじゃんにした恨み覚えておくからな!
「どうするアトラク? 時間あるけど宴会続ける? 妖精が何名か一回休みになってるけどまだ継続は可能よ。緊急時用の動きも決めてあるのだし」
「あー。橙と相談して決めるか……とりあえず客は好きにさせておいてくれ。どうせこういうの慣れてる。ただ怪我人はこちらでも治療を。場合によっては客室も解放してくれ」
「了解」
俺は周囲を見回しながら橙の元へと歩く。
「被害が大きいのは落下点付近だけだな。はぁ……橙落ち込んでないと良いけど。まーた紫の月への恨みが溜まるんだろうなぁ……俺も人のこと言えないけど」
いくら計画が成功しても可愛い式の頑張りに水を差されたんだ。月の奴らも間が悪いことをした。霧の湖にでも落としてくれれば良かったのに。
そんな妄想を巡らせていると早々に橙は見つかった。なぜか植え込みの隣で座っている。落ち込んでいるのだろうか?これはメンタルケアが必要かなと思いながら近づく。すると――
「……はい。はい! ちょっと残念だったけど楽しかったです! また次があったら大成功させます! その時は藍さまも一緒ですよ!」
「ん?」
橙は誰かと話しているようだったので足を止める。辺りに人はいないが、よく見ると植え込みの中に小さなスキマが開いている。推測するまでも無くあれは藍か。すると向こうもやることをやったようだ。しばらくは監視があるので公には動けないのだろうがこうやってこそっと話しているらしい。
彼女の邪魔をするのは悪いので指示はこちらが受け持とう。
俺としては……もうお開きにしてもいいだろう。それなりに阿鼻叫喚の空気ができて宴会の熱気も冷めてしまったようだし、なにより本命である人里でも洋食とか食べれる環境作りの目論見は大方成功を見た。宴会を続ける必要はそれほどない。
「はぁ……買った牛とマグロどうしようかな?」
出し損ねたので一人で焼いて食べてしまおうか。保存も可能だがやけ食いしたい気分もなくはない。
『それなら幽々子に振る舞ってあげて。あの子、そっちの宴会に行けなくて大層ご立腹だったから』
……随分と友達思いな天の声が耳に届いたので今回はその声に従おうと決めた。
月は既に満ちていた形から欠けはじめている。俺は一人、来月のクリスマスシーズンの宴会に向けて頭の中の計算機を叩きだしていた。
次も三日後くらい