東方 あべこべな世界で戦う    作:ダリエ

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42 儚月抄 綿月姉妹討伐RTA

「おいしー! 月のお酒で地上の穢れた美食を堪能するのサイコー!」

 

 そう言って彼女は大きくカットされ、ウェルダンに焼かれたステーキを口に運ぶ。幽々子は非常に上機嫌に地上産の美食を堪能し、月から盗み出した酒を勝利の美酒として飲み、大層笑う。

 

 あの宴会の夜から一月後。幻想郷には冬が訪れ、月に残っていた霊夢に同じく月に潜伏していた幽々子と妖夢の二人も月から地上に帰還し、いつもの日常が帰ってきたのだった。そしてこれにて一件落着として宴会が始まった。

 

「飲み過ぎないでね幽々子? そのお酒そんなにいっぱいは無いんだから。今日は人数が少ないと言ってもほぼ全員酒飲みなのよ?」

「紫様……それに皆様も主が申し訳ありません。何卒お許しください。私は一杯で十分ですから」

 

 紫が幽々子をたしなめ、妖夢が周りの者に謝罪する。

 

 今ここには、あの月の事を知る者がほとんど集まっていた。

 

 この俺、紅魔館の元ニューリーダーアトラク=ナクァ。幻想郷の賢者八雲紫にその式八雲藍。白玉楼の亡霊姫西行寺幽々子。その従者の半霊魂魄妖夢。紅魔館の主レミリア・スカーレットとメイド十六夜咲夜。永遠亭の姫蓬莱山輝夜と月の賢者八意永琳。そして月へと行った博麗の巫女博麗霊夢と普通の魔法使い霧雨魔理沙。

 

 総勢11名が紅魔館に作られた海プールに集まりなんちゃってビーチバーベキューを楽しんでいた。

 

「このレバー焼けたけど誰かいるか? レミリアは?」

「私はもっと生に近い方が好きだから咲夜食べておきなさい。貴女焼いてばかりでしょう? この私が食べさせてあげるわ」

「ああ! そんなお嬢様私なんかにはもったいない……はむっ。んむんく。大変おいしゅうございました」

「アトラク様! アトラク様! 私が食べさせてあげる! 何が良い!?」

 

 それを見た輝夜が真似をしようとこちらに来る。俺はちょいちょい摘まんでいるので問題は無いが断る理由は無いのだ。

 

「じゃあそこの牛タンを。ネギ載せて塩だれで」

「わかりました!」

 

 バーベキューと言ったものの途中から半分ほど焼肉になっていた。わざわざ串を刺すのがめんどくさい。作る側が俺と咲夜と藍と妖夢しかいないのだ。過半数割ってる。それならば勝手に自分で焼いてもらう焼肉スタイルに変わるのは道理だ。そもそもどんだけの肉があると思っているのだ。牛がまるっと一頭だぞ。誰だバーベキューとか言った奴は。

 

 そんな風に楽しく肉を焼いている組に混じっている輝夜(調理はしない)を見ながら時折微笑んでいるが、月の酒を飲む永琳の表情は総じて微妙だ。それが不味いわけではない。

 

「はぁ……まさか出し抜かれるなんてね。私も平和ボケしていたのかしら?」

「私が上手だったと認めなさい。いくつか賭けはあったけど月の民(あいつら)が殺生をしないというのは当たっていたもの。そこが合っていれば後はどうにかなるわ」

「それはそうよ。穢れを忌避している者が自分から殺生をして穢れを産む訳がないじゃない」

 

 紫は月の動向を読んでいた。いくつか焦る状況はあったらしいが最後まで読み切って勝った。それが結果だ。そしてその結果は俺が知っている物と同じ物がだった。

 

「いざとなればアトラクに泣きつけばいいだけだし。今回は心に余裕を持てていたことも大きいわね。千年前とは違うのよ」

「最終的に人任せなのはどうかと思うけどそうね。それなら月の住民は対抗する間もなく根絶やしにできるわ。彼が月に立ってその原型を表せば月はテラフォーミング(穢れで満た)される。その数億年もの弱肉強食の生き方で濃縮された命の終着点の一つとでも言うべき穢れはまっさらな小さな月を地上にするには十分でしょう」

「大禍津日神よりも強いって滅茶苦茶過ぎない? 修行してまで神卸ろしを会得した私が馬鹿みたいじゃない」

「むくれないの霊夢。まあ神様よりも化け物の方が強いなんておとぎ話にはよくあることよ。それに穢れなんて物。普通に生きているだけで溜まるのだから神様より普通の生き物の方が溜めこんでそうじゃない?」

「んー納得行くような。納得行かないような……」

「まあ本人はそこまでする気がないでしょうけどね」

 

 ないんですわ。月にはまだビッグイベントが残っているからな。それまでは月の都は生かしておく必要がある。その後は消滅さえしなければどうでもいい。強いて言えば月の管理をする者がいるのは都合が良いから残す方が良いかなと言うくらいだ。俺くらいになれば今更月の光も重要じゃない。

 

「でもよ紫。やっぱり負けたままっていうのは嫌じゃないか? 月の連中のぎゃふんと言うとこ、私は見てみたいぜ」

「だからってアトラクさんを危ない目に合わせるのってどうなのよ? いや、話の限りだとやっぱり勝つ感じみたいだけど」

 

 月であっけなく負けたらしい魔理沙と霊夢はそう議論するが俺は闘いたい。けど今はちょっと調子が悪い。別に負けるとは言わないが今は楽しめないからだ。それでも勝算はある。ただ相手がとびっきり酷い目に合ってしまうから再戦が怪しい。

 

「それじゃあ多数決を執りましょう。この硬貨を配るからそれぞれ誰が置いたかわからないように表か裏で置きましょう。表が賛成。裏が反対。多い方が私たちの意見になるわ。アトラクはどうせ聞くまでも無く闘いたいんでしょ?」

「わかってるなら聞かないでくれ。肉を焼くのに忙しい」

「私が手伝いますよアトラクさん! 元は幽々子さまが食べるせいですし!」

「いや幽々子のはもうそれぞれの部位をデカいステーキにして別に焼いてるからいいんだ。単純に忙しいのは量があるからだ。牛一匹は買いすぎた。マグロもあるのに。咲夜。余ったらもう置いて行っても良いか?」

「構いませんよ。端材でも工夫すれば美味しくお料理できますから」

「あー! 咲夜の奴! ここぞとばかりに料理上手アピールしてるぜぁぁぁ?! フォークが! フォークがぁぁ!」

 

 咲夜をおちょくろうとした魔理沙にフォークがいつの間にか刺さっている。やはり時間停止能力は強い。輝夜も持っているが結局あれは能動的にはどうにもできず、糸の結界で守勢に入るしかないからだ。幸い止まった時間の中では火は燃え広がらないので対抗策になっているが。もしそれが無かったら俺は問答無用の時間停止ファックをされているだろう。コワイ!

 

「馬鹿ね魔理沙。人の恋路を邪魔すると馬に蹴られるのよ? それにしてもあの咲夜がねぇ……なんか意外」

「あら。私はこれでも情熱的な女なのよ? 恋も仕事も全力よ」

「仕事はともかく恋というよりも欲だろ……ああ馬鹿! ナイフは洒落にならないって!」

 

 霊夢と魔理沙と咲夜がそれぞれ言っているが……俺からしても前の世界の咲夜を知っているので意外という気持ちの方が共感できたりする。クール系だったし。

 

「あーはいはい。このままだとまた好き勝手話し始めるでしょうからさっさとやるわよ! はいこれを使いなさい」

 

 紫が俺以外の全員に硬貨を配る。

 

「はい。じゃあこの箱にいれてちょうだい。私が開票するから」

「ねえ紫。このお金貰ったらダメかしら?」

「お前この前たっぷりお賽銭貰っただろ? もう使ったのかよ?」

「じゃあこの小銭が霊夢の今回の手当ね」

「ちょっと!?」

 

 そんな寸劇を繰り広げながらも他の奴らは嬉々として投票していく。

 

「幽々子さまはどちらにしました?」

「ふふ内緒! あ、妖夢おかわり」

「はいはい……お待ちください」

 

「私は言うまでも無いわ。そうでしょ咲夜?」

「はい。お嬢様。私も同じ気持ちですわ」

 

「私も言うまでもないぜ!」

「うーん……私はちょっと迷うけど……決めたわ」

 

「永琳は?」

「流石に弟子に彼をけしかけようとは思わないけど……意味はなさそうね」

 

「では最後に私も。これで全部です紫様」

「それじゃあ開票と行きますか。数が偶数だけど……まあ当然ね」

 

 運命のコインは表が八枚。裏が二枚となり、これにより綿月姉妹がまたぎゃふんと言わされるのが決定したのだった。

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「姉様。八意様は今日はどういった用で私たちをお呼びになったのですか?」

「細かいことはいいじゃないの依姫。八意様に会えるのだから」

 

 二人はある日、レイセンを経由して八意永琳に地上の永遠亭まで来るように呼ばれたので豊姫の『海と山を繋ぐ能力』を駆使して永遠亭に二人で訪れていた。この二人は前の月の闘いから何度も師である八意永琳の元へ遊びに来ることがあったが、向こうから呼ばれるのはこれが初めてだった。

 

「一体なんでしょうかね? わざわざ武器も持って来るようになんて……もしかして八意様の身に何か!?」

「それはありえないわ。地上の者に八意様をどうにかする力なんてあるわけないじゃない。この前の幻想郷の賢者もあの侵略者たちも大したことは無かったわ。それにここには蓬莱山輝夜(あの姫)もいるのよ? まともに闘いにすらならないでしょうね」

「それはまあ確かに……」

 

 二人は師である八意永琳を崇拝している。それは彼女が脱走者として地上に逃れ千年経っても変わらなかった。それに師の力と頭脳を信頼している。戦力面で見ればさらに輝夜の存在もある。事情は知っているが輝夜はある意味で師を奪った存在でもあるので二人にとってはやはり少し思うところがある人物だが。

 

「いっそのこと二人でここに逃げちゃいましょうか? 蓬莱の薬を飲めば八意様と一緒に、文字通り地上だろうと永遠に過ごせるわよ?」

「いけませんよお姉様。我々が月の使者を辞めれば八意様へ追手がかかる可能性もあるんですから。それを何とかしない限りはありえません……それに八意様や鈴仙はともかく輝夜様と一緒に暮らすにはちょっと心の準備が……」

「あー」

 

 この二人、既に蓬莱の薬を飲んで不老不死になることについては問題にしていない。

 

 そもそも月人は超長寿であるし、二人もまたその容姿から月であまり良い扱いはされていない上に、普段から八意永琳を庇うような言動を繰り返しているので評価もかなり悪い。今回もそういう積もり積もった風評のせいで依姫の方はあわや月の都での事件の犯人にされかけたほどだ。事実、これが今回の事件の一因でもあった。

 

「せめてここではそんなこと忘れて、女だけでのんびりとした時間を過ごしましょう。姉様の好きな桃もちゃんと採ってきましたよ」

「さすが依姫ちゃん! 自慢の妹!」

 

 それほどでもと依姫がはにかみ笑う。

 

 しかし残念ながらこれから始まるのはそんな生易しい時間ではなく、彼女達に取って辛い時間だった。

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 私と姉様は何度か来たことのある八意様の今の住まいである永遠亭の廊下を歩いていた。

 

 壁にはいつもは見ない案内の紙が貼っており、それが私たちを導く。しかしそれももう終わりだ。紙にはゴールと書かれ、その横には襖があった。

 

「ここみたいですね。行きましょう姉様」

「ええ。失礼します。豊姫及び依姫。お呼びと会って参上しました」

 

 姉様が襖を開ける。

 

「! 依姫!」

「はい!」

 

 そこには不思議な空間が広がっていた。私は姉様と共に後ろに飛び退くがそこも既に謎の空間となり、襖は無くなっていた。私は腰に佩いていた剣を抜き、周囲を警戒する。この身に神様はいつでも降ろせるように集中する。

 

「いるのでしょう八雲紫!? これはどういうことかしら!」

 

 姉様は下手人に心当たりがあるようだ。八雲紫……どうやら地上の賢者のようだ。少し前に彼女には秘蔵の古酒を盗まれ苦汁を飲まされたがちょうど良い。ここであの時の仕返しをさせて存分にもらおう。

 

 それに八意様の家でこのような狼藉をしたこともしっかり問い詰めねばならない。

 

「いやねぇ喧嘩っぱやくて。貴女どういう教育をしたのかしら? 後学の為に是非お聞かせ願いたいわぁ~」

「嫌味ったらしい女ね……落ち着きなさい二人とも。まずは私の話を聞きなさい」

「「八意様!?」」

 

 そこには八意様と八雲紫が並んで立っていた。これはどういうことだろうか。なぜこの二人が?

 いや、よく見れば他にも見知った顔がいる。輝夜様を始め、私としばらく月で過ごした霊夢。それにあの時霊夢と一緒に月に来た吸血鬼とメイドに魔法使い。後は知らない顔の男が輝夜様とメイドにまとわりつかれている…………男!?

 

「姉様! あの輝夜様が男と一緒にいます!」

「ちょっと依姫! 今それどころじゃ……ウソ!? 本当だわ!? あの輝夜様が!?」

「あんたたち失礼ね! 私だって男の人と一緒にいることくらいあるわよ!!」←ウソ

 

 馬鹿な!あの輝夜様だぞ!うっかり顔を見た者があやうく死にかけたという話に枚挙に暇がないあの!

 月で容姿に優れない者でも輝夜様よりマシと思う事でその心を幾度も幾人も救ってきたあの人に男がいるなんて……ダメだ……心が耐え切れない。涙が出てくる。

 

「ううぅ……姉様……」

「はっ! ダメよ依姫! 見ちゃダメ! あの男の人はきっと目を潰されているのよ! そうじゃないと姫を見てもう死んでいるはずだもの! それにもしかしたら人形かもしれないわ!」

「誰の目が潰されているって?」

 

 ダメだ!しゃべった!あれは生きている人間だ。いくら穢れが無いと言っても生物として異性と付き合えないなんて私たちは生きている意味があるんだろうか。こうなったら私も月の使者を辞めてこっちで婚活を始めようかしら。輝夜様でさえ男ができるなら私なら百人は余裕のはず。

 

「はいはい。一旦落ち着きなさい。豊姫。そして依姫。今日貴女達を呼んだのはこの人と闘ってほしいからなの。私は反対したしなんなら未だに反対だけど……こっちがね」

 

「あの時はよくもやってくれたわね。今度はこっちがやらせてもらうわ。覚悟する事ね!」

 

 あの吸血鬼が三下のようなセリフを吐き、それに他の者が続く。

 

「私らが賛成したんだぜ! アトラクー! 私たちの恨み晴らしてくれー!」

「旦那様に私の仇を取ってもらう……妻としてこれほどの喜びはありませんわ」

「私もアトラク様の雄姿が見たかったから賛成したわ! あと正妻面してるんじゃないわよこの駄メイド! 大体貴女私と能力被ってるのにこいつらに負けるとかやる気ないんじゃないの!?」

「あ、申し訳ないですけどちょっとこっちに顔向けないで貰える? 貴女の顔は見てると気分が悪くなるの」

「やめなさいな二人とも。ということでそこの霊夢と永琳以外が賛成したから対戦成立ってわけ。当然私も賛成よ。それじゃあアトラクお願いするわ」

「はいよ紫」

 

 卑怯な!まともな人間が男に剣を向けられるわけがないじゃないか!これだから妖怪は汚い!

 

「そちらの殿方が? 言っておくけど私たちはそれぞれそこの四人と貴女たち二人を単独で倒してるのよ。たった一人の男に負ける訳がないじゃない? 頭大丈夫?」

 

 お姉様がそう言う。だが、その通りだ。いくら今の私でもやる気になれば男一人制圧するのは容易い事。私に勝ちたいなら八意様か輝夜様を出さなければ話にならない。

 

「ふ~ん。舐められてるわよアトラク?」

「仰る通りとは思うよ。一応聞いておくがお前ら、二人と俺がまともに闘うのと、向こうが最速で倒されるのどっちが見たい?」

 

 彼は私たちの言葉をまるで意に介さずに男が観衆と化した元侵略者たちに尋ねる。

 

「おうやっちまえ!」

「土下座よ! そっちの豊姫をふん縛って土下座をさせるのよ!」

「「(旦那・アトラク)様が傷つけられるのは我慢ならないので最速で!」」

「ころせー! アトラクー! そいつらをぎったんぎったんにころせー! 私の怒りをぶつけるのよー!」

「あ、レミリア気合入ってるな。多少は遊びたかったんだが……まあ調子も万全じゃないし、じゃあぱぱっと片付けるかね」

 

(なんて奴らでしょう! 声を荒げて、男の人をみっともなく戦力として頼るとは地上の者には女の誇りという物はないのか!?)

 

 私は内心で嚇怒した。あの薄汚い地上人を懲らしめねばとならぬと決意する。ただ同時にやはりどこにでもまともな人物が少数はいるようで、霊夢や八意様がそうだった。

 

「アトラクさん。あんまり酷い事はしないでね?」

「私からもお願いね。あの子たちも仕事で月を守っているだけで本当ならこちらと同類なの。それに私の教え子だし」

「あ~。まあできるだけ」

「「え?」」

 

 男は四人にははっきりと答えたが八意様と霊夢にはどうにも曖昧な答えを返した。

 

 え?私たち何かされるの?少し不安になってきたのですが。

 

「依姫! 男が私たちに敵う訳がないわ! 何かする前にすぐにこのフェムトファイバーで縛って終わりよ! 男の人を縛るのって一度やってみたかったの! ……ってあら?」

「姉様!?」

「残念。俺の方が糸使いとして上手だったようだな」

 

 お姉様がフェムトファイバーであの男性を縛ろうと動いたがいつの間にかお姉様が何かで縛られていた。彼の言葉を信じるなら糸で。

 

 だけれど私が見ていた限りでは、彼はその場から一歩も動いてはいない。つまり……

 

「時間停止能力?!」

「違う違う。そんなもんは持ってないよ。まあとりあえず……よっと」

「扇子が!」

 

 彼はそう言ってお姉様の扇子を引き寄せる。何も見えなかったがあれも糸?

 

「紫が言ってた厄介な扇子はこれだな。五火神焔扇みたいな物らしいな。どちらが強いか興味はあるがこれは壊しておこう」

 

 彼が扇子を壊そうと目論む。しかしそれは力技で壊せるものじゃない。月の兵器は頑強だ。それを壊すには大量の穢れでも当てなければ不可能だ。

 

「あむ!」

「?!」

 

 彼は指を一本噛んで血を出して、自らの血を扇子に擦り付けた。そしてそれが終わると扇子をお姉様に投げ返す。

 

「これでいいかな? 返すよ。もし糸から抜け出せたら相手してやるから寝てな」

「くっ! 依姫ちゃん! ごめんなさい! 何とか抜け出すからしばらく任せるわ!」

「はい!」

 

 私は威勢よく返事をしたが内心は迷っている。

 

 私の力はさしづめ神霊の依代となる程度の能力。お姉様より戦闘に向いている代わりに神様の力を振るうので手加減なんかは正直苦手だ。彼を傷つけるのは正直後ろの輝夜様が怖いので避けたい。つまりあんまり危険なことはできない。だが相手は降参してくれそうもない。これは困った。

 

「なあ依姫ちゃんよ。悪い事は言わない。降参するんだ。今なら怖い思いをせずに済む。あいつらは何か言って来るだろうがそっちの方がよほど良い」

「なっ!? 私がそんな脅しに屈するとでも思っているのですか!」

 

 正直言うと後から八意様や輝夜様に何をされるかと思うと怖い。それを考えたら降参したくもある。それでも闘う前から負けを認めるなど。それも相手が男性だからという理由で!そんな物は私の女としての矜持が許さない。それにあの外道たちの思い通りになるのも癪だった。

 

 だから私のとるべき行動は一つしか無かった。

 

「そこまで言うほどの手段があるならば来なさい! 八百万の神の力がある限り、私は絶対に負けたりしない!」

 

 自信はあった。弾幕なら光であろうとも切り裂けるし、接近戦ならこっちが有利。私が彼の切り札を完璧に攻略する事で彼も実力差を認め、諦めて降参し、強くてかっこいい私に惚れてしまうだろう。そう考えていた。

 

「それなら遠慮なく行かせてもらう。お前が神様を受け入れられる体質だったことを恨むがいい。行くぞ。アトラク=ナクァ強制憑依」

 

 私は失敗した。

 

 

 

 

 

 




進捗微妙なんで儚月抄終わったらまたしばらく投稿お休みです

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