私が衣玖とともに天界に蔓延る噂の真相を確かめに行ってからはや三か月。
つまりあの男の元で過ごして三か月経ったということだ。
最初こそ身内以外の男と一緒に過ごすということで若干浮ついていた私だったが、彼の元で暮らしている内にその気持ちは少しずつだが薄れていった。
ただその日々は思い出すと過酷な物だったことは否定できないだろう。
例えば初日だけでも――
「じゃあ早速起きろ天子。今からすぐに修行開始だ。まずは楽しい事からやろうか。とりあえずどっちかが気を失うまで組手だ。はいよーいドン!」
「は!? ちょっと! いきなりそれはおかしいでしょ!? ってうわあああほんとに来たあああ!!!」
膝枕に寝る私を叩き起こして、そのまま私が倒れるまで本当に殴りかかるのをやめなかったり――
「もっと楽なのにしなさい! 少なくともあれは最初にやらせるものじゃないのよ!!」
「えー。じゃあつまらないのにするか。うーんと……よし! では緋想の剣を最大出力で開放したままで素振りな。しっかり手を頭の上まで持ってくるんだぞ? まずは一時間くらいが限界だろう。よーいドン」
「無理に決まってるでしょうが!! 頭湧いてるんじゃないの!? は? 鞭なんて取り出したって無駄よ! この私にそんなの効くわけ……って痛たぁ!? この鞭痛った! わかった! 鞭打ちはやめて! やるから! ちゃんとやりますから!」
なんかよくわからないけどやたら痛い鞭打ちで強制素振りをさせたり――
「おお天子よ! よく頑張ったな偉いぞ! おーよーしよしよし」
「ぜぇーぜぇー……」
私も私で、それを気合だけで一時間と二分持たせて褒められたり――
男の大きな手で頭を撫でられ、少々乱暴でもその手櫛で梳かれるのは非常に心地いいものだった。
だが、それはそれとして修行しんどい。休ませてほしい。私は無言でそう願ったのだが――
「では食事にしよう。食うってのは大事だ。他を取り込むと言う事だからな、その分強くもなる。俺も基本的に強くなるには闘って狩りをして食って寝ての繰り返しで強くなったから保証しよう! というわけで今日の食事は何が良い? おすすめは肉だ。牛豚鶏に馬羊という外でのメジャー寄りに加えてウサギや雉、猪と鹿なんて言うジビエ系の幻想郷でよく食べられるもの。珍しいワニやクジラなんかもあるぞ。当然海の幸なんかもたっぷりと揃えている。んー、こういうのは空間収納の利便性よな」
奴は無駄に雄弁に語りだした。そんなことはどうでもいい。私が何か食べれるほど元気なように見えるのだろうか。それとも地上の奴らはそうなのだろうか。
「ぜぇーぜぇー……」
「さっきからやけに静かだと思ったら喋ることすらままならないのか……なら仕方ない。やはり肉を焼いてやろう。天人は生臭が食べられないなんてことはないんだろう? それならたんぱく質も摂るが良い。桃ばっか食ってるからそんな甘ったるい匂いがするんだぞ。桃娘でも目指してるのか? やめとけやめとけ。あんなの糖尿病と何が違うんだかわかったもんじゃない。人間のよくわからんところだ。匂いじゃ腹は膨らまない」
疲れて桃も喉を通らない状態の私の前であいつは何かの獣の肉を焼きながらそんなつまらないことを言ったりした。
ちなみに肉は食べれた。どちらかと言うと気合で食ってやったという方が近い。
目の前で美味しそうに実況と解説と入れながら食事を頬張るさまを見せられ我慢できようか、いやできない。そしてそのメニューはとっても美味しかった。地上のご飯ってすごい。私はそう思った。やっぱり桃ばっか食べてるやつはダメだ。でも私はデザートにその辺に生えてる桃をもいで食べた。
そして食事の後にはまたたっぷりと修行させられて、日が沈んでくるとやっとその日の分の修行と言う名分の拷問が終わった。
「お、もうこんな時間か。それでは今日はここまで。続きは明日しよう。それでは食事の支度をするぞ。夕食は一緒に作ってみようか。こういうのもまたある意味で修行なのだ」
(やっぱり止めだ。ご飯食べ終わったらすぐにおうちに帰ろう。そして二度とここに近づいてなるものか……!)
最後の食事だとばかりに私は存分に食い溜めしていた。動けるギリギリまでお腹にご飯を詰め込んで、隙を見て逃げ出す機を探っていたのだが、そこに衣玖が数時間ぶりに現れたのだ。
「ただいま戻りましたー。あら、総領娘様もお目覚めみたいですね」
「おかえり。ああそうそう天子。ちなみにお前の親とその上司にはそこの衣玖が既にお泊りをすると報告してくれているはずだから安心するがいい。後顧の憂いはないぞ?」
こいつは何でもない様にそんなことを言い捨てた。私は逃げ場を失った。
(クソ! せめて食事の美味しさと修行の厳しさがもう少しつり合い取れないかなぁ! そしたらそこまでこの環境も悪くないんだけどなぁ!)
「何勝手なことしてくれてんのよ!? というか衣玖はどうしてコイツなんかの言う事ほいほい聞いてるの!? 貴女私の部下みたいなもんでしょ!?」
「違いますよ。どっちかと言うと名居様かご両親の部下で私はただのお目付け役です。あと貴女の部下になるくらいなら仕事辞めます」
「そこまで!? じゃあ何! 名居家を裏切ったの!?」
「いいえ。優先順位の問題です。私はなによりも愛に生きることに決めたのです! その為に総領娘様は修行頑張ってくださいね! 安心してください。私もアトラクさんと一緒に泊まり込みでサポートしますので!」
ん?今何を言ったこの龍魚は。人の男に色目使ってるんじゃないとか、せめて二人きりの環境を邪魔するんじゃないとか、そういうのが頭の中で渦巻く。
「というわけで大体の日付的に三か月くらいだが、存分にこの強化合宿を三人で楽しもうじゃないか!」
「いやだぁー! 私は桃食べて歌ったり踊ったりして優雅に天人らしく過ごすんだー!」
最終手段。天人の健脚で走って逃げようとしたが見えない糸にひっかかり私は頭から転んだ。こいつ許さん。
「はいだめー。天人らしくなんてそんな自堕落な生き方は俺が許しません。俺は来るものは拒まないが去る者は決して逃がさない主義だ。そして来ないものは誘いだして引っ張ってくるので逃げても再度連れ戻す。逃げ出したかったら俺を倒していくがいい。それが修行の終わりにもなるだろう。できたら婿入りでもなんでもしてやろう。できればな」
最後の言葉にたっぷりと皮肉を込めた声色であいつは挑発してくる。
「無理! だってあんた滅茶苦茶強いじゃない! 衣玖! 天界の危機なんだから天帝様呼んできなさいよ! 役目でしょ!」
天女なんだから!
「無駄だ。ここの天帝が誰かは知らんがおそらく本気でやれば俺の方が強い。どうにかしたいならお前が強くなれ」
「らしいですよ。まあどちらでもいいですけど。ですので頑張ってくださいね総領娘様。あ、名居様も比那名居のご両親もしばらく帰ってこないで良いと仰っていましたよ。日ごろの行いのおかげで好きなだけ外泊できますね」
「うわぁーーー!!!」
――そんなこともあったけれど……この三か月が楽しかったということは認めないでもない。
その辺で桃食べたり歌ったり桃食べたり踊ったり歌ったり桃食べたりするよりも充実した時間だったことは既に疑いようがないことだ。
しかし、本当に桃食べてばかりだなと我ながら思う。
でもなんだかんだ言っても一日一回は桃食べないと落ち着かない私もいたりする。
それはさておき、そんな私も今ではこの日々が名残惜しくなっているがこの力を早いところ試したいとも思っている。間違いなく私は強くなった。
具体的に言うと師匠の次には強いだろう。地上の争いの作法も教えてもらったからもはや地上の者どもなどお話にならないはずだ。やつらには可哀想だが新しい私の為に試されてもらうとする。まずは緋想の剣の力を実践しようかなー。楽しみだなー。
というわけで。
「師匠! 今までお世話になりました! 私頑張ります! だからお別れのハグしましょう!」
「なんだ天子。長いこと黙っていたかと思ったら急に気持ち悪いなぁ。大体そんなキャラじゃないだろ。『最後にはお前もぶっ倒してやるから首洗って待ってろ!』とか言うキャラだろ」
「ひどい! ここは弟子と師匠の心温まる触れあいするべきところのはずなのに!」
確かに最後は挑戦するつもりだけども。聡明な私は今やっても勝てないのはしっかり分かっているのだ。まあ百年もあればなにかしらの競争では追いつけると思うけどね。
そんなことを考えていたら私たちが勝手に生活の拠点を築いている場所から私と師匠がいるこちらの修行場に衣玖がやってきた。
ちなみに衣玖は宣言通りにたっぷり三か月この修行に参加しきった。流石に素晴らしき天人である私と同じ修行内容は課されなかったようだけど、それなりにえげつない内容だったみたいだ。
たまに衣玖自身の身体からほんのり焦げ臭い匂いがしていたことと、それと同じ頻度で雷が落ちたような轟音がしてたからきっとビリビリ系だと思う。
「総領娘様、何をそんなに騒いでるんですか? もうご飯できてますから早く来てください。今日は暑いからぶっかけうどんですよ。お好みで薬味をかけてください。それとデザートは貴女の好きな桃のモッツァレラを用意しましたからね」
「本当!? やったぁ! 衣玖ありがとう!」
「良かったな天子。そしてご苦労衣玖、いただこう」
「ふふ、どういたしまして。では二人とも召し上がれ」
「「いただきます」」
この過酷な修行を共に潜り抜けた私と衣玖の間には仕事だけの付き合いとは言えない確かな友情が芽生えていた。私の師匠の一番の座はもちろん譲らないが最終的には側室の座は用意してあげようと思う。私ってば寛大ね。
ただそう思うがそれもまた急ぐことはない。まずは地上の連中で遊ぼう。そうして確実に強くなる。
幸い私のような天人には時間だけはある。仙人である師匠もまた同じだ。時間は私たちにとって敵ではない。
だから今食べている桃モッツァレラを楽しむ。これはとても美味しいのだ。それでいい。
その感想を語ろうと思えばいくらでも語れるのだが、残念だがそんな場合でもない。時間は敵ではないが今やることがあるのも確かだった。
「はっ! そうじゃないですよ師匠! もう三か月経ちました! 私もそろそろ地上で力試ししてみてもいいかと思うんですよ!」
「ちゅるちゅる。ん~もうそんな時期か? お前からそれを言い出すという事は本当に早く行きたくてうずうずしているみたいだな。ならばよし。地上に降りてその心の赴くまま遊んでくるがいい。遊び相手は緋想の剣があるなら間違わないだろうよ」
師匠はうどんをすするのは止めなかったが私にそうアドバイスをしてくれた。流石に私としてもただの人間とかには手を出すつもりはないけど。
「はい! じゃあいってきまーす!」
私は地上へと向かう最初の一歩を踏み出した……!
「でも使った皿は片付けて行け。お前今日の皿洗い当番だろ」
「はい……」
と思っただけで私は師匠の糸に引きずられてあえなく食卓に引き戻された。う~ん、やっぱり敵わない。
三人で食べる食事はやはり楽しく、そして美味しかった。願わくばまたこうして食事をしたいと柄にもなく思った私だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それじゃあ気を取りなおして……いってきます!」
しっかりと自分の仕事である皿洗いをこなさせてから俺たちは天子を見送ることになった。
「ああいってらっしゃい。俺はしばらくここに残るから一段落したらちょくちょく戻ってこい」
「あ……師匠こっちにいるんですね」
「まあな。後一つ言いつけておこうか。全ての相手との最初の一戦目は手加減しておけ。なんなら全部負けてもいいから」
「よくわかんないけどわかりました! それでは!」
そう言うと天子はしめ縄が巻き付けられた要石に飛び乗り、足元に広がる雲海を突き破って地上へと降りて行った。
これでしばらくは地上と有頂天辺りを行ったり来たりすることだろう。
さて、次はもう一人にも指示を出しておくとする。
「それでは衣玖。地震の兆候が見えたらお前も幻想郷でお仕事をしてくれ」
「はい。私の方はそれだけでいいのですか?」
「ああ。喧嘩を売られたら買ってやってくれ。そっちは本気を出して良いからとにかく地震を伝えることを優先で。それと天子と会った時は手合せしてみてもいいかもしれんな。あいつは遊びだから手を抜くだろう」
「総領娘様とも……あの方あれで滅茶苦茶強いんですよね。流石に天人なだけあります。でも仰せの通りにがんばってみましょうかね……ですが、それまでしばらく時間がありますよね?」
「そうだな。あの子も緋想の剣の扱いが随分と上手くなったがそれでも今日明日なんて訳にはいかんだろう」
今回の異変は気質を集めることで発生する気質自身である緋色の霧。
そしてその漏れ出た気質によって夏ではありえない天候も含めた天気の発現。
そして天子の本命である集めた気質を利用した地震の発生とそれによる博麗神社の破壊。
その後にも比那名居由来の要石を再建した神社に仕込んで我が物にするつもりだったそうだ。こちらは紫に邪魔されるらしいが。
そういうことなので一部の勘のいい奴はすぐにでも変化に気付いて天界に殴りこんできそうなものだが肝心の
俺も少しは修繕費のカンパをする予定である。
話が少し逸れたが、衣玖の出番は最初の客がここに来るまではないことになる。
誰が最初に気づき、天界へと辿り着くだろうか。
紫がダメなら次に勘が良いのは幽々子辺りか?
他にもレミリアや萃香にパチュリー、アリスも勘が良さそうだが、同時に萃香以外はみんな結構引きこもり気質もあるもんだからどうにもわからん。
「それでは約束通りに私にも婚姻のチャンスをくださるのですよねアトラクさん?」
そんなことを考えていると目の前の衣玖が本題に入ってきた。
前に出ない彼女にしては珍しく主張してきたな。自分から来るか。
いや、思えばわりと結構自己主張してきていた気もする。
修行中、いわゆる家庭的アピールが多かった。まあ俺にはそんなアピールとかいらないんだけど。
「ああ。俺に勝てるならば俺の身体も財布も思うままだ。お前は存分に腹を膨らませると良い……ただし全て勝てるならばの話だけどな。未だ俺はこの世界で不敗。勝つために闘って勝ってきた。今回もそのつもりだぞ」
「構いませんとも。最上の至宝を手に入れるための道はいつだって険しい物です。それに追われる恋よりも追う恋の方が成就した時の喜びは
「それは楽しみだ。じゃあ天子には悪いが、異変最初の闘いは俺たちで始めるとしよう」
衣玖の身体から緋色の霧が溢れてくる。これが緋想の剣の力だ。そのまま辺りに霧が充満する。
すると、周囲は急に風が激しく吹き荒れ始める。この風速だと勝負もまた同じように荒れそうだ。
「嵐……台風の気質か? これは中々おもしろい異変みたいだな。実に良い! 天子にはこの調子で俺の元までおもしろい気質の持ち主を集めてきてもらおうか!」
「そういう魂胆でしたか……総領娘様をも利用されたと?」
衣玖は少し俺を咎めるように睨んで詰問してくる。
「利用と言うと耳触りが悪いな。あくまで起きるはずだった出来事を楽しむためにちょっと動いただけだとも。天子を鍛えたのだってあっさりとやられないようにという親切心あってのことだぞ?」
「ですがあの方が強くなって一番嬉しいのは貴方ではないのですか? 私にもですが熱心に、情熱的な指導をしていましたよね?」
「もちろん……いや情熱的かはちょっと自信ないけど。まあそれは天子に限った話でもない。他の者も。当然衣玖だって強くなってくれたら嬉しいさ」
「……それはつまり私に気があると考えてよろしいのでしょうか?」
衣玖はさっきと変わって期待と熱を込めた目でこちらを見つめる。
自分に勝てば結婚するといい、強くなるのが嬉しいというのは彼女から見てもそういうことになるだろう。
「そうだ。前も言ったように俺にとっての美人はお前たちだからな」
「それは最高ですね。ですが総領娘様が強くなるのも嬉しいと言う事は……」
「気が多い男なんだ。嫌いかな?」
「…………そうですね。でも好きになった人がたまたまそういう人だっただけですから。諦めましょう。それくらいの減点で見逃せる物件ではないってこと自分だってわかってるのでしょう? 酷い人です」
風は更に強さを増す。周囲の木々も激しく揺れて、力強くたわわに実った天界の桃すらもいくつかが地面へと落ちてしまう。
ここで闘うのは最後にしておこう。今度からは有頂天でも別の場所でやらないと被害が出てしまう、と俺は密かに決心した。
一方、衣玖は被害など気にしないようでそのまま戦闘態勢で吠えた。
「ですのでここで勝たせていただきます! 台風は今日から天女の嫁入りと呼ばれ末永く語り継がれることでしょう!」
「来い! 俺が欲しいと言うのなら台風を追い風にしてみせろ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
舞台は雲の上から地上の幻想郷に移る。
最初の闘いが密かに起きてからいくつかの日数が経った。
天子は当初の目的通りに多くの気質を集めて緋色の雲を作りだし、何人かの到達者を歓迎して、遂に今日この瞬間に博麗神社にて地震を発生させるに至ったのだった。
「えっ!? なにっ!? 地震!? ぎゃー!!!」
そしてボロっちかった博麗神社はそこに住まう者ごとあっさりと倒壊した。
それはもうあっさりと。耐震偽装建築ばりにだ。
「れ、霊夢ー!!? 霊夢が生き埋めになったー!! 誰かー!!」
遊びに来ていた魔理沙となんやかんや駆け付けた近くをうろついていた妖怪たちによって博麗霊夢は瓦礫の中から掘り出されて救出された。
当然ながら衣服はボロボロで、頭にも神社に長年かけて積もりに積もった埃などのゴミで汚れているが霊夢本人はピンピンしていた。流石は妖怪顔負けの博麗の巫女である。化け物なのは顔だけではないらしい。
「し……死ぬかと思った……まさか妖怪との闘いの中じゃなくて自然災害で死にかけるとは思わなかったわ……しかも自宅でなんて!!」
「私もお前の葬式なんて勘弁だぜ! しかもこんな情けない死に方はごめんだ! 絶対に葬式の途中で笑っちゃうだろ!」
魔理沙が大変失礼なことを言ったが霊夢はそれに反応して怒る余裕すらないのかこれをスルーした。
「でも良かったわね霊夢。魔理沙と私たちが来なかったらあなた今頃仏様よ? 巫女から仏様って二階級特進みたいな感じなのかしら?」
「それは多分違うと思うわよ咲夜……それより大丈夫なの霊夢? 怪我があればちゃんと治してあげるからよく診せてちょうだい。貴女はなんだかんだ言っても普通の人間なんだから骨折だけでも大事だからね。ほら痛いところはない?」
咲夜はすっとぼけたことを言って図らずも場を和ませた。そんないつもの二人とは別にアリスは霊夢へと魔法と一般的な応急手当を併用して霊夢の治療を行った。
「ありがとうアリス。でも心配し過ぎよ。体は平気だから。それと咲夜。私のところは一応神道なんだけど……いいえ、そんなことより今回は助かったわ魔理沙。それにみんなも。まさかこんなことになるなんて……」
流石の巫女も今回の事件は大いに堪えたようである。意気消沈といった様子だ。
普段もっと強力な妖怪を相手にしている巫女があっさりと災害で死にかけるというのはなんとも酷い話である。
そんな彼女に咲夜はあっさりと告げた。
「あら? 貴女もしかして気づいてないの? これは異変よ。私は紅い霧で気づいてから調べたら空の上でなにやら動いている奴がいたわ。そいつは倒せたんだけどその後に上から出てきた旦那様にはやられちゃった。私の曇天みたいな天気じゃ闘いにはあんまり使えないわね。普通に過ごすには涼しくてちょうどいいんだけど」
「いや……え? この地震異変だったの? マジ?」
「多分そうでしょう。こんな局地的な揺れなんてないわよ。なんなら行ってみるといいんじゃない?」
咲夜はあっけらかんと言った。
彼女としては異変の背後に彼の姿を確認した以上は自分たちに一定の安全が確保されているのと同義だった。
むしろ安全が確保されているのにこの様の霊夢が謎だ。未来を知る彼が事態をほっといたのに死にかけるとか、咲夜にはちょっとよくわからなかった。
そしてそれを聞いた霊夢は。
「……ちょっと神社お願いするわ。咲夜。アリス。その雲の上にいるっていう奴の頭かち割ってくるから」
「いってらっしゃい」
「あっ! 待ってくれよ! 私も行くってば~!」
霊夢が鬼のような形相でお祓い棒を手にして妖怪の山へと向かい、魔理沙も後を追って飛んで行った。
「とりあえず……お茶でも飲んで待つ? 家財道具がないとあの子も困るでしょうからひとまず人形を使って掘り出そうと思うんだけど」
「そうね。夜までには二人も帰って来るでしょうし、たまには紅茶じゃなくて緑茶も頂こうかしら」
「霊夢!? 博麗神社が、ああ遅かった……! アリスに咲夜! 霊夢は!? 無事なの!?」
アリスと咲夜が一応霊夢の言うことを聞きいれて神社で留守役をこなすことに決まった時。紫にしては珍しくはっきりと焦りの表情でスキマから飛び出してくる。
「しっかり巻き込まれたけどさっそく元気にお礼参りに向かったわよ。それにしてもどうしたのよ紫。貴女にしてはちょっとらしくないわね? あ、お茶いる? 今から発掘するからいつ飲めるかわからないけど」
「というか貴女賢者とか言われているんだから裏で何かやってたんじゃないのですか? まあ、ここはオンボロだからいっそのこと潰して新しく建て直したい気持ちはわかりますけど」
「お茶は結構。咲夜の言葉には若干の共感もあるけれどそこは置いておくわ。そう。霊夢は無事だったのね。それなら良いわ。ありがとね」
そう言って紫はスキマですぐに帰って行った。
残された二人はきょとんとした表情で彼女が消えた空間を見つめたが特にその後何か起こることも無く、忙しない女だと思うもすぐに博麗神社跡の発掘作業に入ったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、地震で倒壊した博麗神社が再建される日まで月日は流れた。
月日と言ってもこの幻想郷でも人里では家屋の建築には相応の時間を要するがそこに妖怪の手が加わると極端に短縮されるので短い物だ。並の妖怪すら人間を超える筋力を持つのが普通で、中には重機相当の馬力を発揮する者もいるのだから当然だが。
一例をあげれば、守矢神社などは事前に更地にしておいた地面を諏訪子が平らに均し、神奈子が柱を建てたら後はアトラクを含む山の妖怪たちが手早くもしっかりと家を組み上げていき、二日と掛からずに家自体は完成した。
今回もまた霊夢と懇意にしている妖怪が手伝いに集まり、あっさりと完成に至った。
なおそれまでの間霊夢は魔理沙の家で居候していた。魔法の森と言う僻地であるのにその生活水準が普段よりも上だったらしいと言うのはここだけの話だ。
はてさて、そんな日の賢者はと言うと――
(今回の異変が霊夢の死因じゃない……と断定していいみたいね)
あの日から
(アトラクがあの
強い相手と闘う機会を逃がすような彼ではないと紫は認識している。
しかるに
実際ここ数日の間、紫はかなり気を張って霊夢の観察を行っていた。
(……やっぱり駄目ね。霊夢にだけ注意を向けている訳にはいかない。おかげで随分とあの腐れ天人には好き勝手されてしまった。だからいい加減に答え合わせをしましょう。でもその前にあの天人を……)
八雲紫は表だって動くことを決意した。
それは本来辿るはずだった未来をも動かすことになる。それは彼女もわかっていた。それでも決めたのだ。彼女をその手で守ると。
「まずは私の神社に好き勝手してくれた天人に……この美しき大地から去ってもらわなきゃねぇ?」
しかし変革を決めた者の最初の一歩は。やはりとある世界と同じようにある天人と争うことだった。