あの夜の楽しい戦い。そして紅い霧の異変が治められてから、一月ほど経とうとしていた。
結局、俺は地下でフランドールを倒した後は特に霧を止めさせることもしなかったので、後日巫女と魔女っ娘に紅魔館の愉快な仲間たちは鎮圧されたらしい。
歴史の大筋は変わらなかったようだ。
最後の一瞬。あの刹那で俺は蜘蛛の身体の力を取り戻し、なんとか勝利を拾うことができた。
だが正確に言うと、あの蜘蛛の力は元々俺が持っていたものよりも明らかにパワーアップしているような気がしてならない。突如現れた蜘蛛の身体は人間と比べても劣らないサイズに巨大化していたが昔はもっと小さく頼りなかった覚えがある。
ただ昔の事なのでちょっと記憶が怪しい。どうだったかな?
そしてなんだかんだ言ってたが、やっぱり蜘蛛の力が使えるようになったら快適だった。前言は撤回だ。
この調子で本来の力を取り戻していきたいものである。
糸も毒もあれから少し調べたが確実に強くなっているのを感じた。身体的な能力もまた同じだ。今ならばきっと鬼と腕相撲しても勝負はわからないだろう。
思い返すとこの体の特徴はあれに似ている気がする。
あちらの世界に存在するクトゥルフ神話。
その中の一つの作品に登場する神性アトラク=ナクァ。発音に関しては諸説あるがそういう存在がいる。奇しくも同じ蜘蛛だ。
しかし同じ蜘蛛とはいえ俺ははっきり言って関係ない。太古の時代から生きるこの身ではあるがあれは創作神話でしかないはずだ。
考えられるとすれば、世界移動の時に途中で実際に旧神が存在する世界に足を踏み入れ、魅入られたかもしれないくらいだ。
アトラク=ナクァはクトゥルフの神性の中でははっきり言って善玉な方である。
彼の作業の邪魔さえしなければ手を出して来ないし。作業もまた遅々として進まないもののようだ。つまりさわらぬ神に祟りなし。
ただ、その作業が終われば世界は終焉を迎えると言う厄ネタも持っている辺りは実にクトゥルフ系のシロモノらしい。
さらに言えば彼は蜘蛛のモチーフにしては珍しい男性のようなのだ。
蜘蛛と言えば有名どころはどいつもこいつも女で俺も肩身が狭い思いをしていたし、戦闘の邪魔をされることを嫌う気持ちはよくわかることから結構シンパシーは感じていた。
ただまあ蜘蛛は雌の方が強いので前者に関しては仕方なくもある。人間というのは強い方が好きな物だ。
少なくとも現状は影響のほとんどがメリットのようなので俺はこの力をありがたく使わせてもらうことにする。
ちなみに余談だが、調べたところここにはクトゥルフの神話……というより作家群が存在しないようである。俺もまたここにはいない者であるのでそういうところが噛み合ったのかもしれない。
そのため力を貸してもらっている恩返しのため俺は『アトラク=ナクァ』と名乗ることにした。せめてこの神性だけでも名を広めようと思う。俺自身名前が無くて不便だったのでちょうど良い。
「ナカさーん。言われていた通り肥料変えたら土が良くなったよーありがとねー」
「ナカさーん。ナカさんが編んでくれたハンカチ評判だよ。また発注してもいいかな?」
「ナカさーん。ちょっと気になる人がいるんだけど相談に乗ってくれます?」
ナカさーん。ナカさーん。ナカさーん。
…………どうにも昔の日本人が基本のここの人間には発音が難しいようである。まあそういう読みも可能なので許容する。
俺はかつての様に人里に居を構え、商売を始めた。
糸を使うのは得意なため、とりあえず針仕事のようなものをしている。布を織ったり、衣服を作成して小金を稼いでいる。気分が向いたら営業して仕事をしながらもときたま外界で得た知識を披露する気楽な仕事だ。
仕事をしないときは調べものをしたり、外で獣狩りをしたり、修行したりしている。あとはこっそり幻想郷から出たりもしている。
これは戦闘以外で役に立っている恩恵の一つだ。世界の狭間で世界の間を繋ぐ存在であるアトラク=ナクァの恩恵か俺は非常に簡単に結界を超えられる。おかげで肉や魚を獲りたいときは気軽に外出する日々だ。
ちなみにこの仕事、俺はかなりのスピードで品物を製作できるのだが、値段は原価、人件費、土地代などを加味しても余裕でぶっちぎれるほど高値で売れる。
どうもこの世界では男の手作業で作った品はバカみたいな付加価値が付くようだ。それが女心をくすぐる衣服ならさらに倍ドン!と驚くほど稼げる。
売れ残ったものもネット通販だったり古着屋に売りに出せばそこそこ儲かる。何せ糸だけはタダだ。染料が高いので依頼が無い限り白ばかりなのが弱点だが。
さあ、これが俺の能力『お金に困らない程度の能力』だ。
正確に言うとちょっと違うが結果的にお金には困らない。正直こんなのよりもなにか戦闘系の能力が欲しかった。蜘蛛とかもう関係ないだろうこれ。どっから湧いてきたんだ本当に。
これで向こうでも大概どこでも成功してきた。
少なくとも貨幣経済で回る人間界だと無敵に近い。金は天下の回り物なのだ。
起業すればうまく行くし、適当に歩いてれば金や貴重品を拾う。
なんならそれを着服しても足が付かないし、しっかり届ければ思いもしない礼が貰える。ただし戦いはできない模様。
なんとも難儀な能力だ。
ただちゃんと勉強しないと企業は大きくできないのでしっかり勉強はした。あくまで困らないであり、大金持ちになるには努力もいるのだ。逆に言うと努力すればこちらに都合の良い流れが勝手にできるのでそれに乗ればいい。
「すいません……ちょっと通してください……アトラクさん! 今いいですか?」
「阿求か。構わんがどうした? 急ぎの用か」
「ウチに貴方のメイドを名乗る頭のおかしい人が来たんですけどどうにかしてくれませんか……」
「だいたいわかった。すぐに行く。悪いが今日は店じまいだ! 帰ってくれ。それと注文のハンカチ。とりあえず100ほど納品しておく。これだけあれば足りるだろう」
俺は阿求と店じまいをしてそそくさと稗田家に向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それでどうしてここに?」
「妻が夫の所に来るのはいけませんか?」
「ダメとは言わんがお前は妻じゃないだろう。そんなに配偶者の欄を埋めたいなら俺に勝って見せろ」
「では早速勝負……と言いたいところですが、この前巫女と弾幕ごっこをして己の至らなさを痛感したばかりなのでしばらく修行してからにしますわ。それまではどうかおとなしくしておいてくださいね?」
「それは殊勝な心掛けだ。よろしい。フランドールには満足させてもらったからしばらくは俺の欲求も満ちているだろうし、それまでは大人しくしているつもりだ」
「それでもう一つの要件がこちらになります。こちらをどうぞ」
咲夜はそう言って二つの便箋を渡してくる。
仕草でどうぞご覧になってと促してきたので開封し、中の手紙を見る。
一つはレミリア・スカーレットから。上手いが気取った字で色んな内容がとっ散らかって書かれてあるので割愛するとそろそろ遊びに来ない?という旨の招待状。
もう一つはフランドール・スカーレットから。こちらは字こそ少々拙いがシンプルに内容はあの時の謝罪とよければ遊びに来てほしいという内容。
つまりどっちも来いということか。
「これを持って来たと言う事はフランドールは落ち着いたのか?」
「はい。お嬢様が曰く。貴方の毒が良いように効いたとのことで、まさしく薬にも毒にもなるとおっしゃっていました」
「それは結構。それなら明日の夜にでも伺おう。土産は期待すると良い」
「かしこまりました。それでは失礼します」
咲夜はそのまままっすぐ紅魔館に帰って行った。あいつこのためだけに来たのか?
するとそれまで見物に徹していた阿求が声を掛けてきた。
「アトラクさん。大丈夫なんですか? あそこの吸血鬼に手傷を負わされたって言ってませんでしたか?」
「あれは俺の望みだったからな。戦闘での傷は必要経費だ。それにもうあそこの住人に手傷を負わされることはそうないだろう。俺としては悲しいことだが彼女らにとっては幸せなことだ……」
あの狂気の発露を覚醒した蜘蛛神の力で退けた。
俺はただ何となく、おそらくは本能で彼女に噛みつき無意識に毒を流した。
目が覚めたフランドールは起きた時には人が変わったようにおとなしくなっており、それからは狂気がさっぱり無くなったらしい。
そのため彼女はあの地下室からいつでも出れるようになり、従者たち、そして姉のレミリアとの時間を取り戻しているそうだ。
俺の為だけに常識を教えないと言うのも気分が悪い。
なので彼女には普通に物事を教えるように言っておいた。かなりの強敵で惜しい存在ではあったがこれでいいのだ。能力はそのままなのでそこは自分で何とかしてほしい。
巫女や魔女とも知り合いになったようだし、彼女のこれからは安泰だろう。
かくして紅魔館に住む狂気の悪魔はいなくなり、あの館には平和が訪れたのだった。
第一部 紅魔館闘争 完
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
とある神社
「おーい霊夢ー! 遊びに来たぜー!」
「聞こえてるわよバカ魔理沙。またウチの茶菓子狙ってきたんでしょ。まったく」
「へへ悪いな。っと。今日はそれだけじゃないんだよ。聴いたかあの噂?」
「あの噂って? どの噂かよくわかんないわね。ここには噂をねつ造する輩だっているじゃないの。天狗とか」
「あぁーまあ確かに! でもこの噂はどうにも噂じゃないらしいんだなこれが。聞きたいか?」
「むしろあんたが話したくてうずうずしてるじゃない。さっさと言いなさい」
「つれないな霊夢はそんなんだから一人身なんだぜ?」
「殴られたいの?」
「ああゴメン私が悪かったって。それで噂ってのは最近人里にできた店のことなんだよ」
「店? 特売あったりする?」
「特売どころか高級店だ。どれもこれもめっちゃ高いらしい
「あっふーん。私には関係ないわね。帰っていいわよ」
「まあ待て。話はこれからだ。そこの品物が高い理由はな」
「ぼったくり?」
「いや、普通にデザイン良し。耐久性よし。さらに解れたりしたら繕ってくれるとサービスよし、サイズも微調整してくれて礼服はこれ一つでオッケーらしい」
「あらそれはちょっと良いわね。結果的に長持ちするなら一つくらいはと思わなくもない」
「だろ? しかもそれを男がやってるらしい」
「……一気に胡散臭くなったわね。どうせ裏では誰か別人がやってるオチでしょ?」
「いやそれがどうも違うらしい。店はその男一人で回してるみたいだし。何より店開けてるときはいつも人に見えるところで作業してるって話だ。何回か覗きにいったけどいつも閉まってて私は見たことないけど」
「ふぅーん。でも私はいいかな。巫女服は霖之助さんに仕立てて貰ってるし」
「おいおい、そろそろ香霖を開放してやれよ。あいつだっていい年だぜ」
「それを言うならあんただってそうでしょうが。それに私たちが目を向けておかないとまた変なのが付きまとうでしょ」
「まあそうなんだけどなぁ。はあ、その噂の男が香霖と仲良くなってくれたら私らの心労も少しは減るんだろうけど……」
「まあお世話になってることだし頑張りましょ……そういえば紅魔館の連中も確か男がどうとか言ってたわね」
「ああ。パチュリーたちはよくわかってないみたいだったけど、フランはお兄様とか言ってたぞ」
「咲夜も旦那様とか言ってたわね。それにレミリアも未来のスカーレットのためにここで勝つとか……急に現れた男ねえ」
「異変か!?」
「もし異変でも悪さしてないなら放っておきなさい。人里のファッションに異変が起きたところで私たちには解決できないし」
「私たちいつも一目で何者かわかる服装だしな……」
「そうよ。はぁー今日もお茶がおいしい……」
「あっ! ずるいぜ霊夢! 私にもくれよー!」
「はいはい。全くしょうがないわねー」
幻想郷の夏は過ぎていく。
主人公「何かやべえのもらってるけど力だけだしいっか」(はじける旧神パワー SAN値チェック失敗 発狂する人々)
まあレミィみたいに混ざってないのを直接見ない限りはへーきへーき
でも深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだって言うからさとり様は気を付けて、どうぞ