東方 あべこべな世界で戦う    作:ダリエ

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日常回。でも闘う。


8 人里に最も近い天狗と人里の中の蜘蛛

 徐々に過ごしやすい気温になり、木々も俄かに紅く色づいてきた時分。

 そんなある日に幻想郷の空に走る一つの黒い影。

 

「よーし。今日もしっかり特ダネ見つけますよー!」

 

 名は射命丸文。鴉天狗。伝統の幻想ブン屋。里に最も近い天狗。能力は風を操る程度の能力。

 備考としては幻想郷最速を誇るため一撃で仕留める必要あり……くらいか。

 

 そんなことを霧の湖のほとりの木陰に吊るしたハンモックに寝そべりながら俺は考える。

 考えていると天狗がこっちに来た。

 

「あやや! 貴方はもしや噂の新顔さーーーぐえええぇぇぇ!? なんですかこれーーー!?」

 

 そのまま俺が用意した網に直撃、結果くっついた。

 

「虫除けの網だ。幻想郷は自然が豊かなせいかこの時期でも羽虫が多くてな。それにしても随分でかいのが獲れた。今夜は焼き鳥か。やったぜ」

「清く正しい射命丸を食べないでくださいー!!」

「騒がしいぞ鴉。ちびっ子たちが起きたらどうする。今外してやるからじっとしてろ」

 

 絡まった糸を手早く回収する。そしてもう一度網を張りなおす。

 

「まったくこの鳥目め。こっちから出られるから用がないなら出ていけ」

「はい、失礼します……いや!? 用事ならあります! 貴方! 最近人里で店を始めた男性ですよね!?」

「少しボリュームを下げろ。全く……しかしこんだけ騒いでも起きないのかこいつらは」

 

 俺は近くの影が濃い所に用意した特大ハンモックを見る。

 そこには美鈴、フラン、ルーミア、チルノ、大妖精が雑魚寝している。美鈴の胸や太ももにみんな頭を置いているせいで少し美鈴は苦しそうだ。

 

「これはまた中々壮観ですね。とりあえず一枚」

 

 パシャリ。

 天狗は持っているカメラで写真を撮る。

 

「で、俺に用事か。まあだいたいわかっている。俺の記事が書きたいんだろ? そういうのを聞きつけて一番に来るのはお前だからな。むしろ遅いくらいだ」

「おお! それは話が早くて助かります。実は何度か貴方のお店に伺ったのですがいつも閉店していらしたので難儀していたのですよ。今日はどうしてこちらに?」

「俺は見ての通り休暇だ。ここでのんびり読書してたらこれらが集まってきたのでハンモックを作ってやったらご覧の通りだ」

 

 俺の周りには本が積み重ねてある。用意していた物はだいたい見てしまったが寝ている奴らを放っておくこともできないので二週目に突入していた。

 

「一人ちびっ子じゃない人もいますけどいいんですか? メイドさんに怒られる前に起こしてあげるのが温情では?」

「……まあここから門は見えるし何か怪しいのが入ろうとしたら今日くらいは代わりに俺が止めるさ」

 

 糸の射程距離も伸びたし。遠距離戦の練習にもなる。

 

「はぁ……それにしても私相手に加え、このメンツを揃えておいてその余裕。貴方はやはり妖怪なので?」

 

 そんなことを聞いてくる。まあ人を食い物にするのも混じっているし正しい推理だ。

 

「そうだな。手っ取り早く君に俺を広めてもらおう。俺はアトラク=ナクァと名乗っている男だ。この前幻想郷に来た妖怪……みたいなものだ。職業はご存じ人里にある服屋の店主をしている。基本的に糸を使う物なら小物から大物まで何でもござれだ。よかったら君もどうぞ」

「これはご丁寧にどうも。私の事はご存じなようですが一応こちらも自己紹介を。私はマスコミをやっております妖怪の山の天狗の射命丸文と申します。気軽に文ちゃんと呼んでくれていいですよ? 私の発行している文々。新聞ともども以後お見知りおきを。購読や新聞に載せる広告なんかも随時受け付けているので是非どうぞ! というか良かったらお願いします……お試しで新聞一か月分無料でお届けしますので!」

「そんなケチなことはせん。金はある程度溜まってきたから次号から店にでも配達してくれ。広告は……それほど働きたいわけでもないから悪いが断らせてもらう」

「いえいえ! 十分ですよ! ありがとうございます! いやー言ってみるものですね。本当に噂通り誰に対しても物怖じせず、それでいて分け隔てない対応! なんだか嬉しくなりますね。久しぶりに男の人と話しましたよー」

 

 人里に一番近い天狗でもか。

 この世界では男限定ではあるが妖怪と人間の溝は深いようだ。

 ちなみに俺の店は結構男も来る。サイズとか測られる都合もあり、いろいろ同性の方が気楽だかららしい。

 

「ああ、ちなみに言っておくがあんまりつまらない記事ばっかり書いているとお前の新聞は読まずに廃品回収に出すからな。その辺りは一切容赦しないぞ」

「恐れを知らないというかむしろ私はあなたが恐ろしいですね……しかしそれは記者としての手腕が期待されているということと受け取っておきます!」

「ああ。まあそれも無くはない。がんばってくれよ文ちゃん」

「あ、呼んでくれるんですね。これはますますやる気が湧いてきました! がんばりますよー!」

 

 鴉が元気になった。実際娯楽が少ないのは確かなので頑張ってほしい。

 

「それでええっと……名前は横文字みたいなのでナカさ「アトラクでいい」これはありがとうございますアトラクさん。記事づくりのためにいくつか質問よろしいですか?」

 

 俺は首肯で答える。

 

「ではまず手始めに。どうして幻想郷に?」

「ここは人外が多いだろう。俺も似たようなものだ。だったらここにいる方が自然だろ? それとここならやりたいこともできる」

「なるほど。次に行きます。では特に気にした様子もなく私と会話したり彼女と一緒に居るみたいですが、それは気にしてないのですか? 実は我慢していたりなんて……?」

 

 意外に疑り深いなこの鴉は。

 

「ああ。それか。答えはイエスだ。俺にとって君たち妖怪変化の容姿は不快なものじゃない。そんなに信じがたいか」

「……ええそうですね。私もこれまで様々な種族の方と会ってきた自信がありますが、妖怪であることとこの見た目なので特に人間には性別問わず辛辣にされてきた経験も多いですからね。そちらに慣れてしまったのでアトラクさんの態度は夢とか幻想と言われた方がしっくりきます」

「そこまでか……安心しろ。俺はそこそこ優しい。それに女妖怪とも結婚する気だってあるぞ」

 

 俺の言葉に文は止まる。完全に停止している。動くまで暇だな。湖から水でも汲んでくるか。

 

「ええー「うるさいぞ」ふごー!!!」

 

 しばらくしてようやく動き出した文は案の定騒ぎ出したので用意していた糸で巻く。

 多少静かになった頃合いを見計らって外してやる。

 

「アイエエエ!? ナンデ? ケッコンナンデ!?」

「なんでか。俺は闘いが好きでな。ここでもあまり率先して暴れようと言うやつは少ないので相手のやる気が出るような景品として一応用意しているだけだ。他の景品もちゃんと用意しているからそちらでも可」

「そんな! 自分をもっと大切にしてください!」

 

 あちらの世界で新聞より安い女とか陰口叩かれている奴に言われるとは思わなかった。実際はそんなことはしてないらしいが。風説の流布って怖いね。

 

「安売りはしていない。俺と本気でやり合って勝てるような奴には相応な報酬だと思うぞ。それに結婚した後も頻繁に相手をしてもらうつもりだ。決して安くはない」

「安いですよ! まともに婚活するよりよほど簡単じゃないですか! それならこの射命丸も挑ませてもらいます! そして私が勝ちます! 良いですよね!? ではスペルカードルールで勝負です!」

「今はそこまで戦闘衝動も昂ってはいないが、挑まれた試合を断るほどつまらない男ではないつもりだ。やろうか!」

 

 空へと飛翔する。

 

 既に紅魔館の連中とは一通り弾幕戦で戦ったのでこちらも勝手知ったる状態だ。

 前の世界から温めてはいたスペルカードも微調整を終えているので自信もある。それにこちらには旧神の力というとっておきもある。

 

 正直なところ鳥はどうにも天敵なのでちょっと苦手だが、それを超えてこそ勝利のカタルシスが得られるものだろう。

 

「それではいざ……」

「勝負!」

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 相手は何をやってくるかわからない。

 

 蜘蛛なので糸や毒にまつわるスペル……こちらの行動を阻害してくるような物が予想できる。そして相手はおそらくこちらの手の内をいくらか理解していると思った方が良いだろう。

 ただ私の速さは確実に勝っていることだけは確かだ。

 

「先手必勝です! 岐符『サルタクロス』!」

「足場を固めるのは戦の基本だ。陣巣『スパイダス・ウェブ』」

 

 私は攻撃を選んだ。

 一方彼は、弾幕ではなくエネルギー状の蜘蛛の巣を自らの周囲に展開した。

 

 陣巣……それが意味する通り彼の周りに展開され、まさしく陣であり巣となっている。

 防御系のスペルだろうか?なんらかの結界かもしれない。先程蜘蛛の巣に掛かった経験から少なくとも近づくのは下策だと私は判断し、離れて弾幕を放つ。

 

「よっと」

 

 彼は拵えた巣の上を軽やかに移動し、私の弾幕を危なげなく躱す。

 

「移動補助のスペルカード!」

「天狗の速さにはこうでもしないと勝てないからな。今度はこちらが攻める! 散糸『バルーニングショット』」

 

 あちらは陣と比べるとだいぶん小さな白い蜘蛛の巣型の弾を大量に放つ。弾としてはかなりの大きさだがその動きはふわふわと綿毛のようなもので、速度はあまりにも遅い。

 

「そんなノロマな弾が当たるとでも思っているのですか!?」

 

 私は自慢の速さで即座に射線から離脱する。しかし、その弾幕は速度を上げて私の方へ迫ってきた。

 

「そいつは風の影響を強く受けるようになっている。あんまり速く動くとお前の起こした風でそっちに引き寄せられるぞ」

「それは良い事を聞きました! そちらにお返ししますね!」

 

 私は扇で風を起こし私と反対方向に弾を流す。狙った通り弾はあらぬ方向へ飛んで行った。

 

「巣立ち失敗だな。じゃあ今度はシンプルに。スペルカード醒杖『蜘蛛足』」

 

 上部に蜘蛛をかたどった緑色を基調とした杖が出現し彼の手に握られる。

 そして頭上に掲げられた杖が伸びて、その杖の蜘蛛から八本の足が飛び出し、足の一つ一つが弾幕を生み出し始め、カラフルな凄まじい密度の弾幕となる。

 

「弾幕薄いなんて言わせないこの技。避けきれるか?」

「避けてみせますとも! 天狗は伊達ではありません!」

 

 その物量は圧巻ではあるもののそれ以外は本当に単純で全て同じ速度の弾が適当にばらまかれているだけ。前の彼のスペルカードの傾向がトリッキーだっただけにむしろ簡単だった。

 

「蜘蛛の子を散らすイメージで無秩序な感じの弾幕だったんだがどうも振るわないな……みんな躱すし」

「アトラクさんのスペルカードはちょっと見ただけですが、全体的に嫌らしさに溢れている感じなので至極まっとうなそれは休憩みたいなものですね」

「なるほど。じゃあもっと嫌らしいのを行ってみようか。遊戯『スパイダソリティア』。さあ楽しもうか」

「おっと。貴方だけに攻めさせはしません。発動! 『無双風神』! あれ?」 

 

 私はスペルカードを発動しようとしたが不発した。

 気を取り直してもう一度宣言する。

 

「『無双風神』! あやややや?! なんで使えないんですかぁー!?」 

 

 何故か発動しない。

 そして向こうではアトラクさんが悪い笑みを浮かべながら弾幕を撃っている。

 間違いなくあの人の仕業だ。私はなんとか躱しながらも自身のスペルカードを確認する。

 

「ああーーー!? 私のスペルに蜘蛛の巣張ってるぅぅぅーーー!!!」

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 ようやく気づいたか。だがもう遅い。こっちが先にこれを使った以上、俺のターンは始まってしまっている。

 

「当然だろう? 俺は今スパイダソリティアをやっているんだぞ? つまりこれは蜘蛛の一人遊びだ。誰にも邪魔させない」

「インチキじゃないですかそれ!? 正々堂々勝負してください!」

「スペルカードルールには則っているとも。回避不能の弾幕ではなく、美しさを意識した弾幕をするんだろう? 宣言も終えた。さあ一方的に殴られる痛さと怖さを味わうがいい!」

「このイケメン不快害虫ー!!!」

 

 黙れ美少女害鳥。

 

 結局、その後俺はずっと俺のターン!と言った具合で弾幕を構築してスペルカードの効力が切れる前に文を落としきって勝利した。

 

 

「はぁー。私の薔薇色の新婚生活が……」

「残念だったな。またの挑戦を待っている。お、起きたか美鈴」

 

 勝負を終えて地上に降りてきたらちょうど美鈴が起き上がってきた。

 

「おはようございますー。素晴らしい寝心地でした。これお幾らですか? 是非普段から使いたいのですが……」

「ん? ハンモックは商品としては取り扱ってないが……好評なら試しにやってみてもいいな。商品としての物は今はないから俺が使ってたのを持って帰っていいぞ。アイデア料代わりに進呈する。ついでに少し補強しよう」

「やったー。ありがとうございます!」

 

 俺はハンモックを木から枝ごと外し、作業を始める。

 

「美鈴さんいいですねー。私にも今度試させてくださいよ」

「おや文さん、これはどうも。来ていらしたんですね。構いませんよ。あの寝心地は暑い時期こそ最高ですから早めをお勧めします。これからのお昼が楽しみです」

「またそんな風にサボってたら咲夜さんに怒られますよー?」

 

 二人は仲良く会話している。

 まあ美鈴は赤いのもあって紅魔館の郵便受けみたいなもんだし、新聞配達と仲が良いのはさもありなんと言ったところかと一人納得する。

 

「そういえばさっきまで何をやっていたのですか?」

「実は弾幕ごっこを少々……負けてしまいましたが」

「アトラクさんと闘ったんですか!? どうでした?」

「いやーなんとも嫌らしい戦い方でした。美鈴さんもその感じだとやったのですか?」

「はい。私の場合、弾幕は元々得意じゃないのでコテンパンにされてしまいました。なので次回からは格闘戦で挑もうかと」

「ほほー、美鈴さんも狙ってるんですねー。これは取材しないとダメですかねー」

 

 ニヤニヤと意地の悪い顔で煽る。

 美鈴も顔を赤くしながら抵抗する。

 

「もう! からかわないでくださいよー! そういう文さんだって闘ったってことは興味あるんでしょう!」

「それはそうですけれども他人の話となると首を突っ込みたくなるのがジャーナリストの性というものなのですよ。さあさあ教えてください! 大丈夫です! 名前は隠しますし写真には目線入れますから! 見出しは某門番に来た早すぎる春!? っていうのはどうでしょう?」

「いや!? 門番って私くらいしかいなくないですか!? 本当にやめてくださいね! 後生ですから」

 

 作業が終わったので戻ると二人はまだ会話が尽きないようだった。

 

「楽しそうに話しているところ悪いが終わった。これは美鈴に。その辺の枝を加工してどこにでも置けるようしたから好きに使うと良い。こっちは文。シンプルに布だけを織ったものだから自分で引っかけてもらう必要があるがその分幅広く使えるし軽くて運びやすい」

「おお! ありがとうございます! 早速今夜から使わせていただきます!」

「私にも頂けるとはありがとうございます。なんとお礼をしたものか」

「それなら一つ頼みがある…………」

 

 俺は念のために口約束をしておくことにした。

 

「なるほど。承りました。代わりのネタはもらっているので私としても不都合はありません。それでは早速試して記事にしようと思いますので私はこれにて失礼させていただきますね」

「ああ。俺も商品開発の為に資料でも集めるとするか。悪いが美鈴、後のことは任せる。このデカいのはお前の好きにしてくれ」

「了解しました! ではお二人ともまたの機会に」

 

 俺たちはそうやって解散した。

 

 後日、幻想郷で空前のハンモックブームが起きたためにとある蜘蛛が過労死しそうになったそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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