『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー 作:こもれび
「義輝殿……愛菜は貴方を諦めたのです。どうかその気持ちを察してお引きくださいませ」
「う……う……」
目の前に立ちはだかった羽門さんにそう告げられ、材木座君はただ冷や汗を垂らして呻くだけだった。
でも、引き下がろうとはしなかった。
だらだらと脂汗をかいていはいるみたいだけど、まっすぐに羽門さんを見たままで相対している。
そんな様子の材木座君に、羽門さんは静かに言った。
「お引きくださらぬと……そう申されるというわけでございますな。では私めもしっかりと勤めを果たさせていただかねばなりませぬな」
羽門さんはずずいと材木座君へと近づいた。そこへ割り込んだのはヒッキーだった。
「おいあんた。今の愛菜さんの兄貴の話を聞いていなかったのかよ。彼は愛菜さんの恋愛のことも容認したんだぞ? だったら後は当人たちの問題じゃないのか?」
そう言いつつ手を拡げるヒッキーだけど、明らかに羽門さんの迫力に気圧されていた。
だから、あたしも駆け寄ってヒッキーにならんだ。
「お、お願いします!! 愛菜さんも材木座君も真剣なんです。だ、だから認めてあげてください」
そう力いっぱい宣言することしか今のあたしにはできなかった。
あたしとヒッキーを見て、一瞬足を止めた羽門さん。
だけど、彼は鋭い眼光を向けてたままで言った。
「邪魔をしないでいただこう。これは当家と樺太家の問題。門外漢のあなた方に口を挟まれる謂れはない!!」
そう睨まれて怯んでしまったあたしとヒッキーを押しのけるように、羽門さんは材木座君へと向かった。
「おいあんた、話を聞けって……」
「ふんっ!!」
「おあっ!?」
その時、ヒッキーが見事に一回転。そのまま仰向けに床に転がった。
え? え?
いったい何が起こったのと思った時にはもう彼は歩み出していた。
「少々柔道の心得がございましてな。無用に手荒な真似はしたくはない」
そう言いつつ歩む彼の前に、今度は隼人くんと彩ちゃんの姿が。手を広げて羽門さんを通せんぼしようとした。
「やれやれ、聞き分けの御仁たちだ。私は今、思いのほか気が立っておりますからな、痛い想いをして頂くことになるやもしれませんよ」
「の、望むところですよ。材木座君の頑張りどころなんだ。ここで引くわけにはいかないですよ」
「そ、そうだよ……葉山君の言う通りだ。材木座君はまだ自分の想いを彼女に告げていないんだ! だったら、ぼく達が手伝ってあげなきゃだよ」
「葉山氏、戸塚氏……」
材木座君の大きな身体が微かに震えた。
そして目の前に立つ二人をじっと見つめていた。
「ふんっ!! ここにきて友情ごっこですか? 関係のないあなた方四人でしたが、きっちり排除させていただきますよ」
そう宣言した直後、凄まじい速度で隼人くんの身体が宙を舞う。
あ、これは知ってる。一本背負いだ。
音もなく宙を回転した彼は滑らかに床へと転がされてしまった。
「ああ……は、はやまくん……」
「さあ、残るはあなた御一人ですな」
床に転がった隼人君を見て震えている彩ちゃんに、羽門さんが鋭い眼光を向ける。
そしてその姿が消えて、彩ちゃんの身体が掴まれるか……と思ったその時だった。
「戸塚どのー!!」
「むっ!」
掛け声とともに突進してきた材木座君が、羽門さんに飛びついて、その両腕をがっしと掴んだ。
お互いの手と手で組み合ってしまった材木座君と羽門さん。
二人はぐぐぐっと力を込めつつお互い押し合う形になった。
「むうっ!! 力比べならば対抗できるとそう思われたかっ! 甘いっ!!」
羽門さんは両腕を組んだままその姿勢を落として材木座君の足を蹴り上げた。
瞬間、重心が傾いて倒れてしまうかと思ったその時、材木座君は蹴り上げられた方の足を強引に自分の真下に踏み込んだ。
ずしんと、大きな音とともに、地面が振動する。
そのまま一気に腰を下ろした材木座君が今度は体勢が後方に下がってしまった羽門さんを一気に押し返した。
「ぬううおおおあああああああっ!!」
「ぐっ!!」
後方に足を伸ばしてそれに耐える羽門さん。
でも、材木座君の気迫はそれに勝っていた。
そしてそのままの勢いで宣言した。
「我は……我は諦めぬ!! かならず、愛菜たんと添い遂げる!! ぬぐぅおおおおおおっ!!」
「材木座さん……し、四郎!!」
気迫のこもった材木座君の叫びに愛菜さんががばりと顔を上げた。
そして駆け寄ろうとした時、材木座君の気迫はピークに達した。
猛烈な勢いで踏ん張る羽門さんを押し始めた材木座君。彼のその気迫がその勢いを加速させた。必死に耐える羽門さんは、苦悶の表情のままで叫んだ。
「くうっ、つ、強い!! だが……負けぬっ!!」
突然羽門さんが材木座君の頭目がけて自分の額を叩きつけようとした。
でも、両腕で上から押さえ込む形になっている材木座君には当然丸見えで、彼は直前でその頭突きを回避……その頭を胸で受け力いっぱい押し始めた。
「うおおおおっ!!」
材木座君が雄たけびを上げて、態勢を崩した羽門さんを押し飛ばす。
その時だった。
「私の勝ちですな……」
押し飛ばされつつ微笑みながらそう呟いた羽門さん。
どうしてそんなに余裕なのか……それはその後、すぐに分かった。
彼を押し飛ばした直後の材木座君へと視線をむけてみれば、彼の着ていたYシャツの前ボタンが全て外れていた。
外れていてそして、その下に着ていた『Tシャツ』の『柄』がばっちりと露わに!!
それを見て、あたしも驚愕。
だって、なぜって……
なんでこんな時に、『けも〇レTシャツ』着てるのっ!!
そこにあったのは、ジャパリ〇んを頬張ろうとしているサ〇バルちゃんのイラスト。
争っている中でほとんど脱げてしまったスーツの下の白いワイシャツ……
そのボタンが全て外れて、ただでなくとも大きい彼のお腹によってそのシャツが完全に捲れあがって、いまやサ〇バルちゃんが完全に正面に顔を出してしまっていた。『すごーい!』
そもそもあたしはこのTシャツのことを知っていた。
だって、彼はリビングで執筆するとき、このシャツ一枚でノートパソコンを叩いていたんだもの。
その柄可愛いねって言ったら、散々けもの〇レンズの話をレクチャーされてしまって、夢の中にまで出てきてしまったくらいだし。
寝る前にヒッキーと二人であのアニメを観るようになってしまったということはここだけの話。
まさかとは思ったけど、本当にアレを着てきてしまうなんて。
なんでフォーマルな場所に着てきちゃうのよ!! TPOちょっとは考えようよ。
羽門さんは押し出される間際、自分の頭を材木座君の胸に押し付ける形にして片手を解き、そのボタンを全て外してしまったということのよう。
「何あのシャツ」
「なんて恥ずかしい姿なんだ」
「醜い男だ」
「最低だな」
周囲の人たちが明らかに嫌悪を露わにそんなことを話し始めた。
ざわついたそんな中、材木座君は自分のシャツを見て真っ青になってしまっていた。
あれはなんとなくわかる。
自分が好きだと思っているものは、大抵人も好んでくれていると信じてしまうもので、それを真っ向から非難されたり否定されたりするのは心底辛い物だということを、あたしは教育課程でしっかりと学んだ。
否定するのではなく容認する中で心を育てていく。
今の日本の教育はそのような感じだし。
完全に材木座君の落ち度が原因なのだけれど、彼は今完全に消沈してしまっていた。
「負けた……」
ぽつりと、彼がそう言った時だった。
「四郎……いいえ、義輝さん」
いつの間にか材木座君の前に愛菜さんが立っていた。
そしてずいとその身体を彼へと近づけた。
材木座君は慌てて自分のシャツを掴んでそのイラストを隠そうとした。
でも、愛菜さんはその両手をそっと掴んで、そのまま拡げさせた。
それからにこりと微笑んだ。
「あたしも……けも〇レ大好きですよ」
「愛菜たんっ!!」
一気に顔を真っ赤にした材木座君。
彼は愛菜さんと手をつないだままで、じっとみつめあう。
そして大きく深呼吸をしてから彼女へと静かに言った。
「あ、愛菜たん……聞いて欲しいことがあるでござる」
「はい……どうぞ、遠慮なくおっしゃってください」
頬を赤らめて材木座君を見上げる愛菜さん。
彼女を見つつ、材木座君は大きく大きく息を吸って、その顔を真っ赤にして、言った!
「あ、愛菜たん! 好きだーーッ!!」
「はいっ!! 私も大好きです!!」
そして、彼女は材木座君に抱き着いた。
彼はその瞬間上を向いて固まってしまう。
彼女を抱きしめることもないままにただただ、時を止めてしまっていた。
それを見ていたお兄さんはにこにこと微笑み、立ち上がりかけていた羽門さんはやれやれと首を横に振っていた。
そこは良いのだけれど……
招待客の皆さんの反応を、あたしは見るのがこわかった。