『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー 作:こもれび
(1)勇者と僧侶と魔法使いの華麗なる学校生活
「さてと……行くかー」
もう3月になるというのに、早朝はやっぱり寒いな……俺は最近になって買ったジョギング用の緑のジャージの上下を着こんで、シューズを履いて玄関を出た。
このシューズ、ちょっと有名なメーカーの最新モデルなんだが、バイトもしてない高校生の俺にはなかなかの高級品だった。だが、やるとなったらまず形から……そこは出し惜しみせず奮発して購入、それからほぼ毎日、俺はこうして毎朝走っている訳だ。
あの世界から帰ってきて、早2週間。と言っても、行ってきたのは精神だけだったようで、この体は以前のまま……だが、いくら精神だけとはいえ、あちらの世界で身体を強化しまくり、数か月とはいえ、徒歩で世界をまわり、ほぼ観戦していただけではあるが、ボスと呼ばれる多くのモンスターと戦って来たせいか、その身体を動かす感覚の精神と、身体のギャップが酷いと言ったらなかった。
手に力は入らないは、脚は重くて鈍くしか動かないは、俺の身体ってこんなに貧弱だったのか?とつくづく思い知らされてしまった。
そりゃあ、いくらレベリングで上げたとはいえ、向こうの世界では史上最強クラスの身体を手に入れていたわけだから、この所謂レベル1桁程度の貧弱な身体では、ギャップがあって当たり前なわけだ。
とまあ、こんなわけで、この貧弱な身体を鍛えるために、この飽きっぽい俺が毎日毎日こうしてランニングやら、筋トレやらをしているという訳だ。人間一度手に入れてしまった感覚って、なかなか手放せないもんなんだな……一流のスポーツ選手が、まだ全然凄い実力だろうに、『力の限界です』って泣きながら引退表明する気分がなんとなくわかる。俺は、突然に怪力を失ってしまったが、日々のトレーニングをしていても、肉体は徐々に衰えるわけだし、感覚も鋭敏な物からどこか鈍重な物に変わってきてしまうのだろう……その少しづつの変化も、トップアスリートにとっては苦しい感覚なんだろうなと思う。出来ていたのに、出来ないはずないのに……っていうその感覚に苦しめられるのは、やっぱきついんだろうなあ……
「やっはろーヒッキー」
「お、おお……おはよう……」
突然ピンクのジャージを着た由比ヶ浜が俺に並んできた。色々と考えていたら、どうやら由比ヶ浜の家のそばまで来てしまっていたようだ。俺に並んで走るこいつは、ニコニコと照れてる……っていうか、ちょっと近い!
「あら、貴方達、あさからそんなにぴったりとくっついて……ズルいわ」
車のいない交差点を二人で渡った先で、今度は雪ノ下が合流してきた。雪ノ下は、ランニング用の黒のボディースーツに薄青色のスカート姿。雪ノ下も走りながら俺にすり寄ってきた。
「あ!ゆきのん、やっはろー」
「おはよう、結衣さん、八幡」
「おう、おはよう、雪ノ下……」
「あら?私の事は雪乃と呼んで欲しいと言ったハズなのだけれど」
「そうだよヒッキー、ちゃんと名前で呼ぼうって決めたじゃん!3人で!」
「あ、それな……でもな、だって恥ずかしいじゃねえか……そもそもお前からして、未だにヒッキーって言ってるし、俺の名前それじゃねえからな」
「う、うう……ひ、は、はちま……んん~……ダメだ!やっぱ、恥ずかしいし」
「いやまあ、そんな真っ赤になるんなら、無理すんなよ」
「貴方はもう少し無理して欲しいのだけれど……せっかく恋人になったというのに、これでは以前と何も変わらないわ……もっとこう……い、い、いちゃいちゃしたいの……ごにょごにょ……」
「雪ノ下……お前な、強気に言いたいなら、後半でこっぱずかしいこと言うんじゃねえよ……だああ!もうしかたねえな……結衣!」
「ひゃんっ!」
「雪乃!」
「はふんっ!」
「ったく……これでいいか?」
チラリと二人を見ると、走りながら由比ヶ浜は、えへへとだらしなく顔をにやけさせて、雪ノ下は真っ赤な顔になって震えてた。そのまま二人とも俺に身体を摺り寄せてきた。なんなんだよ……本当にもう……これじゃあ、走れねえよ。
俺はとりあえず、そうやってされるがままで二人と並んで走った。
俺は……いや、俺達は、こうやってほぼ毎日走っている。二人が走るのも、俺と同様の理由だ。この世界に戻ってから、いかに自分たちに体力がないかという事を痛感してしまったが為に、あまりに動かない自分たちの身体に3人とももどかしさを感じているのだ。
で、俺達は江戸川の土手に立っている。対岸はもう東京。
最初のうちは海岸沿いの遊歩道を走って折り返していたのだが、3人で走るようになってからは人の目も気になってしまい、そのまま江戸川を目指して走るようになった。まあ、ここまでの距離はすでに25㎞。結構なペースでハーフマラソン以上の距離を走ってはいるのだが、そこはそれ、気持ちが先に立って身体を動かしているから、精神的な辛さがないままに、力が出せてる。二人も同じようで、俺と同じペースで走って、確かに息切れはしているが、それでもギブアップするほどでもない。
それに、たったの2週間ではあるが、当初の感覚からすれば、かなり体が動くようになってきたのは間違いなかった。
「はあ、はあ、はあ、はーーー……今日もいっぱい走ったねー。あたし汗びっしょりだよー」
「はあ、はあ、そうね、でも、本当に気持ちがいいわ……以前はジョギングをしたいなんて夢にも思わなかったのに」
「そりゃ、お前、あれだ。体を使い慣れてなかったってことだろ。俺達だってあっちの世界じゃ、砂浜で荷物抱えて全力疾走したり、回転する床のある塔を上ったり降りたり、色々やったからな。あの感覚に慣れちまうと、本当にこの身体が重く感じるよ」
「そうだねー。でもヒッキー、まだ全然余裕そうなんだけど」
「そりゃ、お前たちに合わせて走ってるからな、でも今はこれでも十分だろ。寝る前にも同じくらい走ってるし、筋トレも毎日やってるからな。朝はこれ位にしておかないと、本当に体が動かなくなっちまうよ」
「あきれるわね……まさかそんなにトレーニングしていたなんて……いったいどういう心境の変化なのかしらね?勇者様」
雪ノ下がニヤニヤと俺を覗き見る。その隣で由比ヶ浜も照れながら俺に視線を送っていた。こいつら、分かってて言ってやがるな……
「べ、べつに、そんなこともういいだろう……ほれ、そろそろ帰らねえと遅刻しちまうぞ」
「ああっ!もうこんな時間……どうしようヒッキー、これじゃ、お風呂入る時間ないよ」
腕時計を見ながら由比ヶ浜がそう叫んで俺を見る……おいおい……その飼い犬みたいな目やめろっての。
「ったくしょーがねーな。俺が送ってやるよ。ほら、俺に掴まれ」
「やたっ……じゃあ、ゆきのん、また学校でね」
喜んだ由比ヶ浜が、汗で濡れた体をそのままに、俺の胸に抱き付いて来た。おわっ……いきなりそんなに密着するなって……い、いかん……由比ヶ浜の蒸れた好いにほいがぁー。
「ちょっと待ってくれるかしら」
抱き合った俺達に雪ノ下が声を掛けてきた。
「二人に、お願いがあるのだけれど……その、実は今日……姉さんが家にいないのよ……だから……その……」
頬を朱に染めながらもじもじと話す雪ノ下。言いたいことは何となく分かるが、それを今すぐ、俺が返事出来るわけねーだろうが。
「うん!お泊り会だね!あたし行くよ、ね、ヒッキー」
あ、言っちゃう奴がここにいたか……
まあ、別にこいつらと一緒に泊まるなんて初めてでもない。向こうの世界じゃ、野宿もした仲だしな。だが、あの時と今じゃあ、状況が色々違い過ぎる。こいつひょっとして……
「別にいいけど……あのな、雪ノ下、それ……ただ泊まるだけ……か?」
俺のその問いかけに雪ノ下は真っ赤になって視線を逸らす。って、うっわ……マジかー……
「え?え?」
そんなやり取りを見ていた由比ヶ浜が俺と雪ノ下を交互に眺めつつ、暫くしてから、ボヒュンッって音がなったかのように、一瞬で真っ赤になった。それから抱き付いていた俺からちょっと身体を離すと、俺の袖をちょんと摘まんで俯いてしまう。
こいつは、本気で分かってなかったのか……でもまあ、行くって言っちまったしな……
ここは、ビシッと俺が言うべきか……やっぱり……
「じゃ、じゃあ、今晩行く……その、さ、さ、3人で泊まる……か……」
俺のその言葉に、二人はコクコクと頷いた。
それを見て、俺も深く深呼吸をする。よし!言った!後は覚悟を決めるだけか……それが一番の問題なんだけどな……俺にとっては……
でもまああれだ、恋人になったという事は、そういうのも当然あるわけだが……いや、待てよ!?このままだと俺、最初は3人でってことに……
「じゃあ、そういうことで……また後で会いましょう……『ルーラ』」
顔を真っ赤にした雪ノ下が、言うや否や、ルーラを唱えて上空へ飛び立ってしまった。
残された俺は、とりあえず由比ヶ浜を見る。全身汗だくで、ジャージも濡らしている由比ヶ浜は、少し呆けた表情で俺を見つめていた。なに期待してんだよ、ったく……
俺はそんな由比ヶ浜の肩を抱くと、そのまま呪文を唱えた。
「ルーラ」
◇
雪ノ下と由比ヶ浜という二人の彼女が出来た俺は、学校での立場も様変わりしていた。
あの帰還した翌日、登校した俺は、教室でも気軽に由比ヶ浜に話しかけていた。それは俺達にとってはなんてことはない昨日の続き……とーちゃんと一緒に天空のゼニス城への長大な迷宮を幾日もかけて旅をした俺達にとっては、普通の行為でしかなかった。ただ、そう、それがあまりにも当たり前だったからこそ、それ以前の自分の立ち位置をすっかり忘れてしまっていたのだ。
俺はクラスに話す相手のいない、存在感のない、ただのボッチ。そうなるように俺も努めていたというのに、あろうことか、久々に登校した学校で、俺はそれをすっかり忘れて、由比ヶ浜と普通に会話してしまってた。理由はどうあれ、俺は由比ヶ浜と付き合ってるわけで、話すこと自体に問題はないはずだが、もともとの俺達の関係からすれば異常でしかない。
由比ヶ浜はトップカースト葉山グループのメンバーで、クラスに関わらず男子の人気が高い。かたや俺は、文化祭で色々やらかし、学校中を敵にまわしたヒール……クラスじゃ会話もなく、ボッチを貫いて来たから、相手にもされずに事なきを得ていただけで、そんな俺達二人が、いきなり仲好さ気にしかもいちゃいちゃと、そう多分まわりにはそう見られている位の感じで一緒に居れば、自然こうなるわけだ。
最初にいちゃもんをつけてきたのは、戦士三浦だった。あ?こっちの世界じゃ女王様か。まあいい、三浦は、俺の机までやってきて、由比ヶ浜に『ヒキオとなんか話してないで、こっち来なし』って、手を引っ張っていた。
それで、漸く俺も気がついた。
嫌われものの俺と仲良くすれば、自然とみんなと敵対することになる。そうならないように、以前の俺は、こいつらから距離を取っていたというのに…
だが、三浦!流石おかんだ!由比ヶ浜がそうならないように、ごく自然に先回りして俺から引き離そうとしてくれてる。マジグッジョブ。今回ばかりは、トップカーストの『場を読む』スキルに本当に感謝。
だが。
「ちょっと優美子!それ酷いよ!あたしがヒッキーと話して何が悪いの!?なんでそんなこと優美子に言われなきゃいけないの!?」
なぜか、激オコな由比ヶ浜が突然三浦に大声で食ってかかった。
って、お前な……せっかく三浦がお前の為に頑張ってるのに、なんで、当のお前がそれを壊しちゃうんだよ!ほら、見ろよ、お前にいきなりそんなこと言われちゃったから、三浦のやつ、涙目になっちまったじゃないか!
まあまあと、由比ヶ浜を宥めようとした俺だったが、逆に由比ヶ浜にじろりと睨まれてしまった。おおう……なに?俺の為に怒ってんだよね?
半泣きの三浦に、なかなか怒りがおさまらない由比ヶ浜が、まだ怒鳴り付けていたが、ここで真打ち登場。『まあまあ、二人とも』って、声を掛けながらやってきたのは、THEみんな友達の葉山。
いつものように、薄っぺらい言葉を重ねて、場の修復にかかったが、それでも由比ヶ浜は、収まらない。ついにコイツ……あれを言ってしまった……
「みんな、酷すぎるよ。自分の好きな人が悪く言われて平気なの?あたしはそんなのヤダ。ヒッキーを悪く言う人は、恋人のアタシとゆきのんが絶対許さない!…………あ」
『あ』、じゃねえよ、『あ』じゃ………
言って、顔を真っ赤にして俯く由比ヶ浜。三浦は三浦で、さっきまでの泣き顔から、頬を染めた乙女チックな表情に変わって、ぼうっと由比ヶ浜を見つめてる。隣の葉山はなぜか、真っ青な顔で、笑顔を凍りつかせていた。だか、それよりなにより、今の俺が周り中からびんびん感じてるこれは、まさしく初めて一角うさぎと相対したときに感じたそれ……
そう……つまり、『殺気』
この瞬間、割とマジで、全校男子が俺の敵にまわった。
「うう……ヒッキーごめんね」
真っ赤な顔をして上目遣いで俺を見る由比ヶ浜は、かなり後悔をしているようだが、後の祭。
明るくて可愛い由比ヶ浜が全校生徒に人気があるのはさっき述べた通りだが、同じように、頭脳明晰、容姿端麗で、国際教養学科において高嶺の花と称される雪ノ下もまた、男子生徒に非常に人気が高い。文化祭でもその二人がボーカルとしてステージを飾るなどしたこともあり、お近づきになりたがっている男子生徒が多数いるらしいことを、俺は二人から聞いていた。
この由比ヶ浜の発言は、まさにその男どもの邪な野望を打ち砕く強烈な一言であり、かつ、その憎悪の矛先をある一点に収束させるに十分な威力があった。
その日、俺は『ただのボッチ』から、『ムカつくリア充ボッチ』に昇格した。って、いや、もはやボッチというより、単なるイジメの対象になっただけなんじゃねえか?
とりあえず、『全男子の敵』として、テンプレは一通り食らった。
靴を捨てられ、机に落書きされ、椅子に画びょうが置かれ、教科書とノートには呪いの言葉が……
まあ、中学時代に逆戻りしたと思えば、なんてことはないことばかりだが、流石に、自転車のワイヤーを全部切断されたことに関してはやり過ぎだったので、先生には相談したが……はっきりいって器物破損どころか、殺人未遂。後一歩で警察介入って感じだったのだが、その状況にビビった生徒が名乗り出たので、弁償してもらってそれは終わり。まあ、ルーラを使える俺にとっては自転車がないからと言ってそんなに不便ではないのだが、それでもやり過ぎはやり過ぎだった。
そんなことが色々あったが、俺はそれを由比ヶ浜と雪ノ下の二人には伝えなかった。無用な心配をさせたくなかったってのが理由だったが、後でバレて二人にはかなり怒られたのだが、それはまた別の話し。それに、そんな嫌がらせも2、3日で終息したし。
まずクラスで、葉山や三浦が俺と由比ヶ浜によく話しかけてくるようになった。もともと三浦の奴も由比ヶ浜を心配してたというだけの事だったし、こいつら元からかなり仲が良いしな。由比ヶ浜が教室で俺にべったりしている以上、必然的に三浦も俺の側に来ちゃうわけだ。俺からすればかなり鬱陶しい。どっか他所行ってくんねーかな。
というか、葉山!お前、別にそこまで三浦にくっついてくる理由ないだろうが……ときおりチラチラ俺を見ながら、何か言いたげな眼差し送ってくんじゃねーよ。だいたい、雪ノ下のこと聞きたいなら、はっきりそう聞けば良いじゃねーか。
もっとも、オメーに話す事なんか何もねーよって追い返す気まんまんだけどな……お、今の八幡的にポイント高い!
他にもクラスでよく話しかけてくれるようになったのが、戸塚と川、川なんとかさんだ。
戸塚はもともと俺に気を使ってくれてたけど、今じゃ休み時間のたびに俺と由比ヶ浜のところに話に来るようになった。『本当に八幡ってすごいよ』っていつも褒めてくれるんだが、俺はそんな言葉より、戸塚の笑顔をいつまでも見ていたい。
って考えてると、いつも由比ヶ浜に抓られるんだが、こいつ何?ラーの鏡でも持ってるのか?
川なんとかさんは、どうも俺がいない間に、俺の荷物に悪戯しようとしていた連中をまとめて折檻したらしい。当然その現場を俺は見てはいないのだが、遊び人ではない海老名さんがこっそりと俺に耳打ちして教えてくれた。彼女はその制裁の役を葉山にやらせて、俺と葉山の友情のBLに持って行きたかったらしいが、それ、本人に言ったらだめでしょうよ。
俺はなるべく事を荒立てたくなかった。俺に向かっている敵意が由比ヶ浜達に向くのが嫌だったからだ。そのことも含めて、でも助けてくれた、川なんとかさんにはお礼を言ったのだが、真っ赤な顔をして、『あんた意外と男らしいんだな』と男らしく腕を組んで返された。
そんな周りのサポートも効果があったと思うが、何よりも、俺への嫌がらせを一気に終息に持って行ったのは、コイツのこの一言だった。
「陰でコソコソ蠢く卑怯者を、私は絶対に許さないわ。八幡に言いたいことが言えないなら、私に堂々と言いなさい」
いや……お前に言う時点で、もう堂々とはしていないと思うが……
ボッチとして悪化した俺の状況を知った雪ノ下が、俺達のクラスに怒鳴りこんで来たわけだ。獲物を射殺すような冷たい視線を、うちのクラス全員に向けて放つ雪ノ下の姿に、流石に全員黙り込んでしまっていた。良く見たら、わずかに指をぴくぴくと動かしているし、もっと良く見たら、雪ノ下の足元に、真っ白い霜柱が!!なに?お前ここでマヒャドでもぶっぱなすつもりかよ!それ、ダメな奴だから!
流石にこれはまずいと慌てる俺達に、何も現状を理解していない一人の野郎が更に雪ノ下をヒートアップさせる一言を吐いた。
「雪ノ下さんて、本当に趣味悪いのな。そもそも由比ヶ浜さんと二人でそいつと付き合うって、頭おかしいんじゃないの?」
それに同調しようとする男どもが何人か、声を出そうとするのを見た俺は、雪ノ下の手を掴んで、その前に立った。雪ノ下は顔を真っ赤にして、言ったそいつを睨んでいたので、俺は背中にこいつを隠した。掴んだ手は震えているし、多分放って置いたら、何か呪文でも唱えちまいそうな勢いだったし。
雪ノ下の前に立った俺はクラスの連中を見ながら言った。それは信じられないくらいすんなりと言葉になった。
「わりいが、俺は雪ノ下と由比ヶ浜の二人ともが好きなんだ。だから、俺達の邪魔をしないでくれよ」
不思議と怖いとも、恥ずかしいとも思わなかった。
ちょっと前までの俺なら、キョドりまくって噛みまくって、一言も話せなかったかもしれない。だが、今の俺はちょっと変わった。二人を必ず守ろうと心に誓っているのだ。たとえ、それが戦闘から守るという事でなくても、二人が傷つくというのなら、俺が盾になってやろうと強く思っている。由比ヶ浜と雪ノ下の二人は、いつの間にか俺の背中に身体を寄せてきていた。
クラス中の連中は、そのほとんどが言葉を失っていた。中には呆れたような顔で、離れていくいもの、小馬鹿にして囁き始める者もいたが、何人か、特に女子が俺達にゆっくり歩み寄ってきて、『頑張ってね』とか『かっこいい』とか声を掛ける。まあ、でも、その掛けてくれた女子達が誰なのか、俺には全く分からないけど……
この一件以来、嫌がらせもほぼなくなったという訳だ。
◇
とまあ、こんな具合で、一悶着も二悶着も在ったわけだが、今は比較的落ち着いてきている。相変わらず俺に話しかけてくる奴は限られてはいるが、もめ事らしいもめ事もここ最近は起こっていない。所謂平和って奴だ。期末試験も終わったし、気も緩んでいた。
そんな時に、今朝の雪ノ下のアレだ。
放課後、俺は一人で思いにふけっていた。
や、やばい……どうしよう……土器がむれむれで……じゃなくて、胸がドキドキだな……
でもな、いったいどうしたら良いんだ?こんな時、いったい何を準備すりゃいいんだよ。まあ、あれか?あれだよな?とりあえず、あのコンビニ入口そばの、絆創膏みたいな箱の奴は買わなきゃ不味いよな。うん、必須だ。朝出がけに見たぐーぐるさんにも『あれ大事』って書いてあったし……というか、ぐーぐるさん、あれ関係で調べると、トップページにあはーん、うふーんな画像いっぱい出すの止めてくれませんかね。もうあれだけで、頭の中で、アイツらがあれで、あんな感じで、ああなっちゃって……
「ねえ、ヒッキー」
「うわっほうう!!」
「ど、どうしたの……?」
「い、いや……いきなり声かけられたんでびっくりしただけだ」
突然、背後からポンと手を置きながら、声を掛けられた。振り返ったそこには頬を赤らめた由比ヶ浜が俺を見つめている。
や、やばい。……色々考え過ぎて、もうまともに顔見れなくなっちまった。妄想力がすでにオーバーヒートだ。お、俺、本当に大丈夫なのか?
「で、な、なんのようなんだ?」
「あ、うん……ゆきのんがね、先に用意したいから、今日は部活お休みにしようって……それで、あたしも一緒に先に行くことになったから、ヒッキー、後で一人で来てくれるかな」
「あ、お、おお……分かった」
「じゃ、じゃあ、また後でね」
由比ヶ浜はそう言うと、軽く手を挙げて帰って行った。
用意って、いったい何なんだよ。そもそもあれって、何か用意するものなのか?布団?枕?そんなのはまあ普通だわな……じゃあ、普通じゃ無い物って言ったら……ま、まさか、あれか?いや、それはない……はずだ。いくら何でも、あの雪ノ下がそんなものを持ってるなんてことは……いや、違う。今朝のあの感じだと、アイツ、結構前から、準備していたような感じだった。雪ノ下さんがいなくなるのを待っていたかのような感じだ。となると……あれどころか、まさか、あんなのやこんなのとかも!!いかん、どうしよう、俺じゃあ使い方もマナーもわかんねえよ……
ダメダメダメダメダメだああ!
考えるの禁止!もう、考えるほどに、頭がパニックになるうううう。そうだ、落ち着け俺。そんなに妄想爆発させても、そんなのはなんの役にも立たない!
もう、腹を決めて、アイツらの床に……いや、所に行けば良いだけだ!よし、頑張れ八幡!男を見せろ!
すうっと、息を吐いて俺は立ちあが……
ごんっ!「痛ッ!」
触ってもいないのに、机がちょっと持ち上がった。