『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー   作:こもれび

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(2)一線を越える夜

 少し遅れてきてくれという伝言だったから、俺は雪ノ下の家の側の書店に入って、時間を潰すことにした。ここには以前も来たことがある。結構、ラノベの取り扱いが多くて、俺好みの店だ。

 

「おお!新刊出てた。これ、この前のアニメ化最高だったな……」

 

 白髪の男の子と黒髪の女の子の表紙の本を手に取って眺めていると……

 

「なにブツブツ独り言言ってるんですか?気持ち悪いですよ。せーんぱい」

 

 見ると、そこには亜麻色のショートヘアーの見知った顔。

 

「なんだ、一色か……なんでお前がこんなとこに居るんだよ。家反対方向だろうが」

 

「なんでじゃないですよー。それを言ったら、先輩だってこっちじゃないじゃないですかー。一人でこんな本のコーナーに居たら、キモオタに見られちゃいますから、私が一緒にいてあげますよー」

 

 きゃるんっと微笑んだ一色が俺を見上げる。

 

「だから、あざといんだよ、お前は……って言うか、さりげなくラノベディスってんじゃねえよ」

 

「なんですとー、私はあざとくないですぞー。せっかくこんなに可愛い後輩が隣にいてあげるんですから、素直に喜んでくださいよー」

 

 なにが良いんだか、一色の奴は俺から離れようともしない。

 こいつだけは本当に何考えてるか分からん。葉山にアプローチしたり、俺にデートの練習させたり……でも、こいつも言ってたな……本物が欲しいって……

 一色がなんでそんなもんを欲しがるのかも、俺には分からん。俺と同じ境遇ってことはあり得ないしな。こいつのこと、ジャグラーばりに男子を手玉に取ってきたらしいと思ったこともあったが、今のコイツはそんな風には全く見えない。ひょっとしたら、コイツはコイツで何か悩んでることでもあるんだろうか……

 そんな事を考えていたら、不意に一色が俺の腕に抱き付いてきた。

 

「ちょ、おま、何すんだよ」

 

「いーじゃないですかー。先輩聞きましたよ。今度は結衣先輩と雪ノ下先輩の二人と付き合うってことにしたみたいですねー。今度は何の依頼なんですか?それなら私も手伝ってあげますよー?」

 

 一色は俺の腕に頬摺りしながら、そう言った。こいつ……なんか勘違いしてやがるな……

 依頼?

 俺達がカップルのフリしなきゃならない依頼ってどんなだよ。そんなめんどくさい設定の依頼考えるだけで頭いてーし、そんな依頼なら、既存のカップルにでも頼めばいいだろ。

 

「あのなー、一色……別に依頼だなんだで付き合ってんじゃねえよ。その、なんだ……まあ、色々あってだな……」

 

 この後、その二人とあれやこれや何てこと言えるわけもねえし、さて、どう言えばいいのか……

 だが、その俺の言葉に一色はパッと手を放して、後ろに飛んだ。そして、後ろに身体を向けた後に、再び振り返って俺を見る。

 

「なーんだ、やっと本気になったってことなんですね。もう、せんぱいのくせに生意気ですねー。じゃあ、私、もう行きますねー」

 

「お、おい……」

 

 言うや否や、一色はクルリと向きを変えて、小走りに駆け出した。

 一色は平積みの本にぶつかりながら、どことなくフラフラとした感じで、駈けていく。

 俺はその姿に不安を覚えて、手に持った本を置いて、すぐに追いかけた。

 一色はやっぱり前をちゃんと見ていない。勢いを弱めないまま、歩道へそのまま飛び出そうとしていた。

 

「一色ー!」

 

 俺はそう声を掛けた。なぜなら、一色の走り出るその先に、スマホを見ながら走る自転車が見えたからだ。だが、一色は、勢いを弱めない。

 

 俺は……

 

「ひゃあっ……!」

 

「あ、すんませーん」

 

 すんませんじゃねえよ、このバカヤローが!スマホ見運転は、自転車でも違反なんだよ!自転車に乗ったその兄ちゃんは、ぺこりと俺に頭を下げて、そのまま走り去る。

 俺はとりあえず脳内で悪態付きまくった。あくまで脳内で!え?直接怒鳴ればいいじゃないかって?

 んなこと出来るわけねーじゃん、俺に。

 

「ちょ、ちょっと、先輩……降ろしてくださいよー」

 

「あ、おお、すまん」

 

 俺の胸の辺りで見上げてくるその顔に、そう言われて、俺は抱えていたそいつを地面に下した。

 咄嗟ではあったが、走っている一色を両手で抱き上げた訳だ。所謂お姫様抱っこ……なんだが、脚動いてるし、後ろから組み付くその姿勢はジャーマンスープレックスで……危うく股間に手を差し込んじまうとこだったのを、無理やり上に持ち上げて抱きかかえたってわけだ。

 もっとも、一色の奴は軽かったから出来たわけだが、あっちの世界で由比ヶ浜を抱きかかえた時は、こんなに簡単に持ち上がらなかった……なんてことは口が裂けても言えない。いやマジで。

 

 地面に下した一色は、真っ赤な顔をして怒ったような顔で視線を逸らしてる。

 そりゃまあ、怒るわな……いきなり俺みたいなのに抱きかかえられたら、気持ち悪いだろうしな……

 

「あの、ありがとうございました」

 

 一色は不貞腐れた顔のまま、そう俺に言った。

 

「いったいどうしたってんだ。急に走り出したかと思ったら、飛び出しやがって……お前は何考えてんだ」

 

「別に……なにも……いつも道りですよ……」

 

「そうか……なら、いいんだが、あのな一色、いつも俺がいるわけじゃねーんだから、自分でも気をつけろよ」

 

 俺の言葉に、一色は目を丸くして見上げてきた。そして、一歩近づいて俺の袖を摘まんだ。

 

「あの、せんぱい……ひとつだけ聞いて良いですか?」

 

「ああ、いいけど……」

 

 一色はまっすぐに俺の目を見ている。その目はどことなく潤んでいるようにも見えた。

 

「先輩は、どうしてそんなに優しいんですか?」

 

「は?……いや、別に俺、やさしくなんかねーし」

 

「違いますよ……そうじゃないですよ……先輩が優しくない、人でなしなんてことはとっくに知ってますよ」

 

 おおう……な、なに?酷い言われよう何だが……

 一色は俺の袖を引っ張って、店の脇の路地に俺を連れて行った。そして、続きを言う。

 

「先輩は優しいです。それから酷いです。なんでですか?なんで二人と付き合うんですか?なんでちゃんと選んであげないんですか?雪ノ下先輩だって、結衣先輩だって……私だけを見て欲しいって思っているのに、自分を一番大事にしてほしいって思っているのに、それなのになんで先輩は選ばないんですか……そんなの酷いです。最低です。そんなの本当の優しさじゃないです。どんなに優しくされたって、どんなに気を使われたって、そんな優しさ、偽物じゃないですかー。それじゃあ……そんなんじゃあ……本当に好きになんてなれないじゃないですかあ」

 

 俺の制服の襟を握りしめながら、一色は変わらない笑顔のままそう話し続けた。でも……その両頬には、とめどなく溢れる涙の筋。嗚咽するでもなく、取り乱すでもなく、ただ涙を流しながら俺に話し続ける一色を、俺は見つめ続けた。

 こいつ…………

 一色は本物が欲しいと言った。俺と同じものを欲しいと……

 俺は思い違いをしていたのかもしれない。

 いつも飄々として本心を出さない一色いろは……たくさんの男子に人気もあって、コミュニケーションスキルだって高い。自分の思いに素直で、欲しい物はなんでも手に入れている。俺は一色のことをそういう風に見ていた。でも……

 今目の前にいる一色は、そうじゃない。探している。欲しがっている。必死になって求めている。ひたすらにドライに振る舞い続ける普段の彼女とは対照的に……一色は、一色にとっての本物の形を求めている。

 そして、その答えを俺に求めている。俺にはそう感じた。

 なら、だったら、俺の答えを言わなきゃならないだろう……この可愛い後輩の為にも……

 俺は制服のポケットからハンカチを出して一色に渡す。

 突然差し出されたそのハンカチに戸惑いながらも、一色はそれを受け取って、涙を拭った。それを見てから、俺は話した。

 

「俺はな、どちらも選べなかったんじゃない。二人を選んだんだ」

 

 それを聞いた一色はまた怒ったような顔で俺に迫った。

 

「な、なんですか、それはー。そんなの最低……」

 

「いいから、最後まで聞けよ。俺は今まで人を本当に好きになったことが無かった。そりゃ、以前は優しくしてくれた女の子に嬉しくなって告白したこともあったが、それは好きになったからじゃないんだ。二人を好きになった今だからはっきり言える、あれは勘違いだったって」

 

「…………」

 

 一色は黙って俺の話を聞いている。俺は、その顔を見ながら、話を続けた。

 

「人を好きになるってことがどんなことなのかは、俺は未だに良く分からない。でも、一つだけはっきり言えることがあるんだ。俺はそいつを決して失いたくないって強い想い……俺の中ではそれがあいつらだったんだよ。雪ノ下がじゃない、由比ヶ浜がじゃない、二人ともが俺にとっての守りたい存在なんだ。だからそのどちらかを選ぶなんてしない。自分で決めたんだ。俺は二人を選んだんだ」

 

 かなり恥ずかしいセリフを言ってしまった。普通なら爆笑もんだ。でも、涙を流しながら俺に切々と訴えている一色には、こうやって応えるしかなかった。改めて考えた俺の本心。

 二人を選ぶ。

 これがどれだけ可笑しな発想かは、この一夫一婦制の日本の制度から見ても、異常だ。

 それでも……

 俺は二人と居たかった。

 そう決めたのだ。誰に何と言われようと、妨害されようとも、俺はその自分の気持ちに素直になろうと……

 

 一色は、ほぅーっと一つため息をついて、俺を見上げて再び話した。その目にはもう涙は消えている。

 

「ほーーーーんとに先輩は先輩ですねー。なんですか?その言い訳……そんなの普通の人が聞いても、意味わかんないだけですよ」

 

「うっ……そ、そうか……」

 

「まったく……二人を同時に好きになるなんて、そんなのおかしいです。普通じゃないです。まちがってます。頭おかしいです」

 

「う、うぐう」

 

 自分で分かっているだけに、面と向かって言われるとかなりダメージが大きいな。

 

「でも……」

 

 一瞬一色は本当に優しい微笑みを浮かべた。

 

「先輩らしくて……素敵です」

 

 にこりと微笑みながら呟いたその言葉は、ほとんど聞き取れなかった。でも、一色は俺の言葉に満足してくれたという事だけは分かった。

 一色は掴んでいた俺の制服から手を放すと、俺から少し後ずさる。今度はさっきのように逃げ出すような雰囲気は全くなかった。そして、俺を見たまま立ち止まると俺に話しかけた。

 

「先輩!先輩にとっての好きな人って、失いたくない人ってことですよね!だったら、さっき私を助けに来てくれたんですから、私も一緒ですよね」

 

「は?お、おい……」

 

 少し離れたところで、あはははと笑っている一色……その表情は嬉しそうで、そしてどこか晴れやかだ。

 

「冗談ですよー……ほらほら、こんなところで浮気してたら、雪ノ下先輩に怒られちゃいますよ。それじゃあ、今度こそ、私行きますからねー」

 

 一色は首だけを傾げてこちらをチラリと見る。そして……

 

「さよならです。比企谷せーんぱい!」

 

 

 

 

 

 

「はい……」

 

「あー。比企谷だけど、もう大丈夫か?」

 

「ええ、待っていたわ……今扉を開けるわね」

 

 雪ノ下のマンションの入り口で、インターホン越しに会話をすると、目の前の大きなガラスの自動ドアが開いた。俺はポケットに手を入れて、それの存在を確かめると、ゴクリと唾を飲みこんだ。

 心臓の鼓動がうるさくて、正直フラフラする。このドックンドックンって音、三半規管にも何かダメージ与えてんじゃないのか?もうさっきから、真っすぐ歩けないし、心音の所為で音もろくに聞こえないし、正直倒れそう……いや、今倒れちゃだめだ。もうちょっと頑張れば、めくるめく快感の世界が……って、いやそうじゃないだろう……

 は、は、初めてってのは、もっと何か神聖な何かの筈だ……あいつらも……ん?あいつらも初めてだよな……初めてだと思う……初めてだといいなあ……ってそれも違う。

 そんなことは関係ない。今の俺にとって大事な二人と、大事な契約を結ぶ……ふう、そう、契約……これは契約だ。こう考えれば、少し落ち着くな。これなら、玄関を開けていきなり二人が裸で出てきても……って、ダメじゃん!そんなのいきなりだったら、契約がどうのとか、ハンコががどうの、母印がボインでゆいがはまあーーー……

 

 っあーーーーーーーーーーーーー!!

 

「はあ、はあ、はあ…………………ベホマ」

 

 と、とりあえず回復……まだ、なんにもしてないのに何故かもう瀕死なんだが……

 これは、キツイ……

 壁にもたれて苦しんでいる俺の脇を、結構金持ちそうな住人たちが何人も素通りしていく。まあ、声を掛けられても何にも答えられないから、放って置いてもらえて助かるんだが……

 這う這うの体でなんとかエレベーターに乗り、雪ノ下の部屋の階のボタンを押し、呼吸を整える。そしてもう一度、ポケットにいれてある、さっきコンビニで買ってきた四角い箱を触って確認。色々あったが、そんなのをゆっくり選ぶ度胸なんて俺にはない。だが、見た瞬間に、こういうのはやっぱり安いのはダメだろうって思い、一番高い奴をチョイス。それを手で包むようにしてレジに行き、店員のおねーちゃんの定型の受け答えに安心しつつ、買って急いでポケットに忍ばせたわけだ……

 

 それにしてもさっき一色と話していた時は、やばかった。泣いてるアイツにハンカチを渡そうとポケットに手を入れたら、手に触れたのはまさかのこれ!危うく、アイツの目の前に差し出しちゃうとこだった……

 そんな事したら、必死の想いで胸の内を晒してくれたアイツがいったいどう反応していたか……はあー、死にたい。

 

 エレベーターを降りて、真っすぐに部屋へ向かう。

 そして、部屋の前でインターホンを押して、ドアが開くのを待った。

 色々、悶々としてしまったが、ここまで来たらもう後戻りはできない。どんなことが待っているのか分からないが、後はなるようにしかならない……ええいままよ…男は度胸!

 

「どうぞ……」

 

 雪ノ下にそう言われて、開いた玄関から中に入ると……

 そこには、雪ノ下と由比ヶ浜の二人が立っていた。パジャマ姿で!

 

「やっはろーヒッキー……」

 

「こんばんわ、八幡」

 

「お、おお……?お前らなんでパジャマなんだよ」

 

 由比ヶ浜は、ピンク地に白い水玉柄のもこもこした上下のパジャマ、雪ノ下は、光沢のある青のパジャマ姿で立っていた。

 はあ……裸じゃなかったかあ……

 って、べ、べ、べ、別にがっかりなんてしてないし……

 

「あら?今日は一緒に泊まろうと言ったはずよ……わたしと結衣さんはさっきお風呂に一緒に入ってしまったし、別に出かけるわけでも無いのだから、おかしくはないと思うのだけれど」

 

「そうだよヒッキー……ヒッキーも早くパジャマに着替えちゃってよー」

 

 な、なんだこれ?あれ?

 なんか想像してたのと対応が大分違う。これって、あれじゃないか?ハリウッド映画とかで見たことあるが、パジャマパーティーとかのノリじゃないか?ひょっとして、俺の只の勘違い……

 

 ……かと思っていたら、急に二人が俺に抱き付いてきた。

 うはあっ……

「な、なんなんだよ、急に……」

 

「だって、学校ではこんなこと出来ないでしょう。ずっと我慢しているのよ」

 

「うん、あたしもヒッキーにくっつきたかったんだー。はあー幸せ」

 

「お、おい、お前ら……ほら、俺まだ風呂も入ってないし……お前ら汚れるから……」

 

 そう言って二人をひき剥がすと、残念そうな顔をしている二人を置いて、リビングへ入った。そこには、3人分の料理が用意されている。

 

「ちょうど、ご飯も炊けたところだし、食事にしましょう」

 

 雪ノ下のそのことばで俺達は食事を取ることにした。

 それにしても、こいつらなんでこんなに平気な顔してんだ?これから、イタすんだよな?女ってこういう時も平気なのか?

 はっ!?二人いるから、気が楽ってことなのか!?

 向こうは二人、こっちは一人。どう考えても俺が不利だ。とてもじゃないが、対等じゃない。

 そうか、だから、あんなに余裕しゃくしゃくなんだな……くそう……なんか悔しい……

 でも、そうか……こいつらが余裕でいてくれて、逆に助かったかもしれない。正直俺に、二人をリードする術なんて持ち合わせていない。まあ、以前、一部にアストロンかけたらどうなるかなーなんて考えたりもしたが、それ出来るか、怖くて試したことないし、そもそも、何からすりゃいいのか全く分からん。

 

 食事中もモヤモヤが全く収まらず、食べ終わったらすぐに、二人に追い出されて風呂に入ることに……

 やっぱり雪ノ下って金持ちなんだなー……

 俺の家と比べても、段違いに広くて綺麗な風呂に驚きつつ、置いてある石鹸に手を伸ばし、よせばいいのにまたもや妄想……

 

 

 

 この石鹸……あいつらも使ったんだよな……

 

 

 

 ぐはあっ……もうだめだ……生殺しも良いとこだー……

 一人で身もだえながら、俺は身体を急いで洗う。もう、風呂にはいって、あー、いい湯だなあ……なんてリラックスは当然無理!前後不覚になりながらも、何とか風呂を脱出した。

 

 ガラガラ……

 

「あ、八幡……た、タオル……ここに置いたから……」

 

 そう言って雪ノ下が脱衣所から出て行った。

 

 はうあっ!み、見られてしまったああ!!

 もうダメだ!限界だ!これ以上はもう無理!

 とうちゃん、かあちゃん、八幡は今日、大人になります!

 

 寝巻に着替えて、気合を入れて、勢いよく脱衣所の扉を開けたその時……

 

「結衣さん、今よ!」

 

 目の前に二人が立っていてなぜか、俺に手を突き出してる……ってことは……

 雪ノ下の言葉に、由比ヶ浜が呪文を唱える。

 

「ラリ「マホトーン!」ホー……あ、あれ?」

 

 一瞬早く、俺がマホトーンを唱えたことで、由比ヶ浜の呪文は封じ込まれて無効。

 というか、なんだ……?なんで俺を眠らせようとしてんだよ。

 じろりと二人を睨むと、何故か苦笑いしたまま、二人は後ずさる。

 

「お、お前ら……なに企んでやがる……」

 

「あははははは……ひ、ヒッキー、ねえ、ちょっと顔怖いんだけど……ねえ、ちょっと待って……」

 

「雪ノ下……お前だろう……いったいどういうつもりなんだよ」

 

「い、いえ、だって多分、あなた嫌がるだろうと思ったから……」

 

 そう言って、冷や汗をかきながら、顔を横に向けてる。その先には、開いたドアが……その中には、ベッドの様な物と……ん?あれはなんだ?

 何か、寝室には似つかわしくないものが見えた俺は、慌てて制止しようとする二人を押しのけて、その部屋に入った。

 

「な、な、なんじゃこりゃあ……」

 

 そこには……

 

 まずベッド。ちょっと普通の俺が使っているベッドよりは大き目で、所謂クイーンサイズって奴か……でも、まあこれは分かる。問題なのは、その枕元に置いてある黒い数々。

 

 集音器!

 マイクスタンド!

 録音用機材!

 

 おかしい……これは明らかにおかしすぎる。まず、ベッドわきにどう見ても音響関係者が使うだろう、いろんなボリュームのつまみのある機械が置いてある。そしてそこから伸びる長いマイクスタンドの先には、野球のバットほどはあろうかという、大きな集音マイクが取り付けられている。

 一瞬頭に浮かんだのは『自撮りプレイ』……ぐはあッ……妄想レベルが高すぎてイメージできねえ……というか、もしそれならカメラみたいなもんもあって良さそうだが、ここにはそれらしいものはない。という事は、音声だけを拾いたいのか……

 なんだこれ?

 

 チラリと二人を見ると、居心地悪そうに、目を逸らしている。俺は二人のところまで歩いて行ってその肩に手を置いて、言った。

 

「さあて、説明してもらおうか……二人とも」

 

 俺のその言葉に二人は顔を赤らめながらポショポショと話し出した。

 

「えーとね、ヒッキー……あたしたち、ヒッキーの寝言を録音したかったんだよ」

 

「はあ?寝言~?はっ……!?」

 

 そういや、向こうの世界で初めて宿屋に泊まった時、こいつらなんかそんな様な事言ってたな。でも、なんだ?なんで今そんなこと気にするんだ?

 

「八幡は寝ているから、分からないと思うのだけど、貴方毎晩向こうの世界で寝言を言っていたのよ。だから、その……それをどうしてもまた、聞きたくて……ごにょごにょ」

 

「はあ?寝言を聞きたい?意味わかんねえんだけど、お前ら、それどういう意味だよ!?しかもなんでそれを録音しようとしてんだよ。それ、俺の著作権侵害してないか?っていうか、俺はいったい何を言ったんだよ」

 

 俺のその言葉に二人は一気に赤面。なんか湯気が出そうなくらい力を込めて俯いてるし……

 俺……いったい何口走ってんだよ……コエーよ……っていうかコエー。

 

 真っ赤になった二人だったが、二人して手を繋ぐとゆっくり俺の側によって来た。そして、俺とも手を繋いで、そのままベッドの上に座る。そして由比ヶ浜が最初に言った。

 

「ゆ。ゆ、ゆ、由比ヶ浜、愛してる……って」

 

「はああ!?」

 

 由比ヶ浜はそれっきり俯いて動けなくなる。そして今度は雪ノ下……

 

「雪ノ下……お前を離したくない……って、そう言って抱きしめてくれていたのよ貴方は」

 

「はあああああ!?ま、マジか……お、俺、本当にそんな(こっぱずかしい)事言ったのか!?」

 

 二人は俺の言葉にコクリと頷いた。

 うわああ……マジか……俺って、そんな寝言言っちゃう痛い奴だったのかあ……はあ、ショックだ。ショックすぎる。前から痛い奴だって十分自覚してはいたが、まさかここまでの痛者だったとはあぁぁ!はあ、死にたい~!!死にたいよぉ!!

 頭を抱えた俺はその場に倒れた……

 

 …………

 

「が、よく考えたら、なんで、それをお前らが録音しようとしてんだー!あれか!あれなのか!?それを使って俺を脅迫しようとかっていうあれなのか?俺、脅しても何にもでねーぞ……っていうか、お願いします。マジ止めてください。ホントもうアレだから。中学の時ハブられたのはもう傷癒えたけど、今から俺の恥ずかしいセリフ大公開時代とか、ホントもう生きていけないから、やめてください、ごめんなさい」

 

 何か最後は一色のようになっちまったが、もうなりふり構ってらんねえ。もう許してくれるんなら、土下座でも何でもするから……

 

「ちょ、ヒッキー、あたしたちそんなことしないよー。そうじゃないから、大丈夫だから」

 

「そ、そうよ……そうではなくて……ただ……嬉しかったから……」

 

「え?」

 

 雪ノ下のその言葉に、俺は顔を上げた。そこには恥ずかしそうにする雪ノ下と由比ヶ浜……二人して視線を合わせた後、二人は俺に言った。

 

「寝言なのは分かっていたのだけれど、あんな風に好きだって言われれば私だって堪らなくなるわ……だから、その……もっとその言葉を聞きたくて……」

 

 それで、録音しようとしてたのか……

 

「そ、そうだよ……ヒッキー……だって、私ヒッキーのこと大好きだけど、前は好きって恥ずかしくて言えなかったし……でも、寝てる時のヒッキーって、凄く優しい顔しててさ……それで、私の事好きだって言ってくれるんだもん……もうあたしも堪んないよ……でも、やっぱりこうやってコソコソするのはずるいよね。本当にごめんね、ヒッキー」

 

 二人はそう言って、恐る恐る俺に視線を向ける。これじゃあ、怯えたハムスターだよ。全く……

 俺は二人の側によって、二人を一緒に抱きしめた。そして言った。

 

「録音は禁止だ」

 

 その俺の言葉に、二人はがっくりと肩を落とす。

 

「だから、その……これからは、俺が直接……言ってやるよ……その、なんだ……たまには……だけどな」

 

「ヒッキー!」「八幡!」

 

 俺の言葉に、飛び上がった二人が俺に伸し掛かってきた。

 うおっ!なんだってんだ急に…

 っていうかやばい!ここ、ベッドの上。こいつらすでにパジャマ。しかも完全に抱き付かれて密着状態……

 二人の顔を見ると、なんだか目をトロンとさせて俺を見つめてる。

 伸し掛かった二人は足や手を俺の身体に這わせてるし、な、な、なんかこれだけで、超気持ちよくなって来ちゃってるんだがーーーーー!!

 こ、こ、これはついにーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 ガチャッ!

 

 

 

 

 急に開いた扉の前には……

 

 

 

 

 ”魔王”が立っていた。

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