『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー 作:こもれび
「みんな、頭を守って、テーブルの下にもぐるんだ!」
立っていられない程の激しい揺れに、先生は冷静にみんなに指示を出している。俺は咄嗟に両脇に居た二人を抱き、覆いかぶさるようにしてしゃがんだ。
ガシャガシャッと、激しい音を立てて、重ねてあった机や椅子が崩れ落ちる。
その長い揺れが収まるのを、俺達はただじっと待った。
揺れは、ひたすらに突き上げるような激しいものだったが、突然一際大きく飛び上がるほどの衝撃が来たかと思うと、それを最後に収まって行った。
こんな揺れは人生初めての経験だ。震度はいったいいくつ何だろうか……重ねてあった机は全て崩れ落ち、天井や壁も一部が剥がれ落ちている。足元には、落下して砕けた蛍光灯や窓ガラスの破片が散乱していた。
「だいじょうぶか?」
「え、ええ……私は大丈夫……ありがとう八幡」
「あ、あたしも大丈夫だよ……それにしてもすごい地震だったね。ま、まだ、脚が震えてるよ」
二人の無事を確認した俺は入口へと視線を向けた。だが、そこにはすでに平塚先生が向かっていて、ドアを開けようと力をいれているところだった。
「くっ……あ、開かない、では、仕方ない……」
「え?」
言うが早いか、先生は突然凄まじい力で扉を蹴った。
引き戸はその瞬間にひしゃげ、勢いよく跳ね飛ぶ。
やっぱすげーな、この人……だが、その開いたドアの先で見たものに俺達は絶句した。
引き戸を開放したその先……そこには、本来あるはずの廊下は無くて、一面の緑のジャングルが広がっていた。
「な、なんだこれは……」
言葉を失った先生は、ドアのところで外を見ながら立ち尽くす。
俺は、嫌な予感を覚えつつも、その先生の脇をすり抜けて、部室の外に出た。ここは小高い丘のような場所らしく、目の前の密林を遠くまで見渡せる。俺はまず振り返って、部室を外から眺めて見たら、見事に、部室だけをくりぬいたように、地面の上に四角い部屋が置かれていた。
そしてもう一度、振り返ると、遠くの方で、爆発のような光がいくつも輝いているのが見える。そして、それに遅れて、反響したような音も伝わってきた。
ふと、見渡す先の視界が妙に狭いのを感じて上を見上げると、そこには岩の天井が……それから、俺達の周囲を囲むようにひたすらに岩の壁が続いている。つまりここは……
「ダンジョンの中のジャングルか……」
「え?」
いつの間にか俺の脇に雪ノ下達が出てきて、俺に並んだ。
「ここって、もしかして、またあの世界なの?」
由比ヶ浜が不安そうに俺に呟く。だが、俺には良く分からない。こんなフィールド、少なくともドラクエⅢの中には無かったはずだ。
「わからんが、またどっか別の世界に来ちまったのは間違いなさそうだな……まったく、今度は部室ごとかよ。どこの漂流教室だよ」
「なにがどうなってるの?お兄ちゃん……」
並んで立つ俺達3人の後ろに、小町と一色が不安そうに寄ってきていた。先生も、顎に手を当てて何か思案している。俺はとりあえず、3人に向かって話した。
「あーあのなあ、多分これ異世界に来ちまったんだよ。で、多分、あのジャングルの中とかにモンスターがうじゃうじゃ居るわけだ。だから、まあ、戦わなくちゃいけなさそーだな」
「はああああ!?」
俺の言葉に、小町と一色が同時に声を上げる。だが、まあ、仕方ねーじゃん。多分そうなんだから。
「ねえ、ヒッキー……あそこに、『だいまじん』みたいなのが居るよ!ほら、あそこ!」
「どれどれ……」
確かに由比ヶ浜が指さす先に、さっき俺が見た爆発の光みたいなものの側に、白煙でよく見えないが、だいまじんっぽいデカいのが見える。つまり、あそこで戦ってるわけか……
って、あああああ!なんか、解っちゃったかも!?
唐突に思い出したのは、この前読んだあるラノベのワンシーン。確か、あのデカいのをみんなで倒すことが出来なかったけど、主人公が最後にチートスキルでやっつける!って話だったな。でも、なんだ?今度はゲームじゃなくて、ラノベなのかよ!どうなってんのこの異世界転生!色々怒られちゃうんじゃないの!?
そんなことを考えていたら、足元のジャングルの方から、人の悲鳴みたいなのがたくさん聞こえてきた。
「た、たすけてくれーー」
「うわああああああー」
茂みの中から、ぼろぼろになった冒険者風の男たちが次々と飛び出してくる。そして、俺達のいる丘を必死の形相で上ってきた。
その後ろからは、熊くらいの大きさはあるだろうか、茶色いネズミのようなモンスターが、集団で迫ってきていた。
先生は、逃げてくるその男たちの手を引っ張り上げて助けている。小町も一色も腰を抜かしてしまって、動けないでいた。と、なれば、アイツらを足止めするしかないか。正直、筋トレ程度しかしていない、この身体では心もとないが、仕方ない。もし原作があれなのだとしたら、無理をすることはないわけだ。あそこに居る『英雄』がきっと全部を終わらせてくれる。だから……
「雪ノ下、、由比ヶ浜、下がっててくれ、俺がこいつらを足止めする。今は、詳しく言えないが、もう少し我慢すればみんな助かるから……って、おい!」
雪ノ下と由比ヶ浜は、俺のすぐ隣に並んで立った。そして言った。
「いつもあたし達をまもってくれてありがと!だから、今度は、あたし達もヒッキーを守ってあげる」
「そうね……いつも貴方に迷惑をかけてばかりじゃ、彼女としてもどうかと思うし……今は、みんなを助けるのが優先でしょ」
二人は、そう微笑みながら話す。度胸に関しては、俺と一緒だもんな。
「お前らな……よし!なら、いいか、今の俺達じゃ攻撃呪文をどれだけ使えるか解らない。だから、今はとにかく足止めだけで良い。とにかく力をセーブするんだ」
俺のその言葉に二人は頷いた。そして、俺達は右手を、迫りくるモンスターに向けて伸ばす。
「お、お兄ちゃん?な、なにやってるの?」
その小町の言葉に答える間はもうなかった。俺達は広がって迫るモンスターに目がけて、呪文を唱えた。
「バギ!」「ギラ!」「イオ!」
俺達の身体から魔法力がそれぞれの右手に収束され、その指先から神秘が解放される。
使ったのは、最低ランクの攻撃呪文。もとから倒すことが目的ではない。相手の力が解らない以上、まずは小手調べの意味も含めての足止めの一撃。もしまったく効かず、こいつらに襲い掛かってくるようであれば、その時は全魔法力を込めて、まとめてギガデインで殲滅してやる。あの怪物染みたスカルゴンでさえ一撃で屠った最強呪文だ。動物のようなこのモンスターならば、多分かけらも残さずに焼き尽くせるだろう。
だが、それは杞憂だった。
由比ヶ浜が放ったつむじ風の刃は、そのネズミ型のモンスターをいとも簡単に切り裂いて、一瞬で黒い煙に昇華させた。あ!これ、エフェクトの奴だ!死んでも血が出ないやつだ!
俺のギラは、広範囲で噴き上げさせたその火柱が、モンスターを次々と飲み込み焼き消した。
雪ノ下のイオは、無数の黒い球体をフィールドのあちらこちらに顕現させ、それの圧縮と共に大爆発!その爆風に巻き込まれたモンスターたちが、あちらこちらで四散していた。
俺達3人は、お互い顔を見合わせた。そして思った。
”ここのモンスター弱すぎる”……と。
遠巻きに見ていた、逃げてきた冒険者たちが、歓声と共に、俺達に声をかける。
「す、すげー……なんだ今の魔法……あんな強烈な範囲魔法、見たことねーよ」
「ホントに助かった……アンタたち、ありがとう」
「いったい、どこのファミリアだよ。この恩は絶対に返すからな」
冒険者たちに囲まれて、やいのやいの言われているのを必死にかわし、俺達は、小町達のところへ。
3人は、呆然とした顔で俺達を見ている。そして、代表するように、先生が呟いた。
「く、くそう……お前たちばかりずるいじゃないか……私にも、やり方をおしえてくれ……ギラっ!ギラ!くっ……」
「い、いや、あの先生、すぐには無理ですって……」
「お、お兄ちゃん達、魔法つかえるの?」
驚愕の表情で呟くその小町の言葉に俺は頭を掻いた。一言じゃ、うまく説明できねえしな……そう、考えてた俺に、由比ヶ浜がまた声をかけてきた。
「ねえ、ヒッキー、さっきのだいまじん、やっつけたみたいだよ」
「そうか、どれどれ?あ、小町、ちょっと説明に時間が要るんだ。少し待っていてくれるか?後でちゃんと話すから」
そう言ってから、視線を戻すと、ちょうど心臓部の巨大なクリスタルが弾け飛ぶところだった。
これで俺の中でストーリーがちゃんと繋がった。ここは、間違いなくあの世界だ!はあ、でも、なんでまた異世界に来ちゃうんだよ!?今回呼んだのは誰だ?誰なんだ?
不意に、誰かが俺の背中に抱き付いて来た。
振り返ると、そこには震えながら俺にしがみついて涙を流す一色の姿。
「怖かった……怖かったですぅ……」
「おい、一色……もう大丈夫だから……ちょっと、離れろって……」
また嫌味を言われるんじゃないかと、慌てて、雪ノ下達を見回した俺だが、二人とも、仕方ないとでも言うように、穏やかな表情で、俺達を見ていた。
ま、とりあえずはこれでもう安全の筈だ。でも、困ったなあ……今回は雪ノ下と、由比ヶ浜の他に、一色、先生、小町までいる。しかも、今回の肉体は生身だ。死んだら多分終わりなんだろうなあ……ザオリクとザオラルが効けば良いけど、生き返ってみたらリビングデッドだったとか、そんなのはマジ勘弁。
こんな状況で、またあっちの世界に帰ることを考えなくちゃならないとは……はあ、どうしたもんか……
でも、あれだ。小町も頑張って進学も決まった。俺達も向こうの世界で恋人としてやっていけるようになった。一色と先生は、良く分からんが、とにかく新しい一歩を踏み出すんなら、こんな世界ではなく、やっぱり現実の世界じゃなきゃダメだ!
俺はもう一度、みんなを見る。みんなは、一様に不安気な眼差しを俺に送っている。そんなみんなに、『なんとか帰る方法を探そう』と言いかけた、その時……
凄まじい振動が再び俺達を襲った。
見上げると、上空の天井が音を立てて崩れ始めている。大量の岩や瓦礫が俺達の頭上から降り注いでいる。
「バギマ」
由比ヶ浜が上空へ向けて呪文を放ち、俺達を囲むようにつむじ風を巻き起こして、落下してくる大量の瓦礫を周囲に跳ね飛ばす。
俺達と、逃げてきていた冒険者たちは、その被害から逃れようと、このダンジョンの壁に向かって走った。壁沿いのくぼみに逃げ込んだ俺達は、暫く様子を見る。落下を続けた瓦礫はもうほとんど落ちて来なくなった。
だが、次の瞬間……先ほどの瓦礫とは違う何か……巨大なそれが雨粒のように、何十、何百も、天井から落下してきた。
それを見ていた一緒に逃げてきていた冒険者の一人が呻くように呟いた。
「ば、バカな……なんで、階層主が……『ゴライアス』があんなにたくさん……」
腰を抜かして震えるその男の言葉に、俺は正直頭が痛くなった。
やっぱり、イレギュラーが起こるんだな。でも、これじゃあ、この階層に居る連中皆殺しだろう。こんなんじゃ、ラノベと違う展開になっちゃうじゃねーか。
そう考えながら、でも、俺はどうにかこいつら全員を守らなきゃいけないと、頭をフル回転させて考えた。でも、状況は、俺の考えがまとまるのを待ってはくれない。
そこかしこの密林の中から、巨大なそのモンスターが次々とその身体を持ち上げていた。って、おいおい、これじゃあ、進撃〇巨人じゃねーか……
俺達のすぐそばにも、数体の巨人が……
俺は、近くで腰を抜かしている冒険者から、大き目の盾を奪って、それを雪ノ下に突き出した。
「頼む、雪ノ下」
コクリと頷いた雪ノ下が、呪文を繰り返し、詠唱する。
「スカラ、スカラ、スカラ……」
魔法によって、黄金色の輝きを纏ったその大きな盾は、通常の攻撃では傷一つつけることは出来ないだろう……はたして、これで、あのモンスターの攻撃をしのげるかどうか……
俺は、改めてみんなを振り返った。小町と一色は穴の奥で震えながら抱き合っている。先生は、けがをした冒険者の手当てをしながら俺を振り返る。
俺はみんなに言った。
「あー、とりあえず、俺……ドラクエの勇者の呪文使えるから、やれるだけやってみるわ」
それだけ言って、盾を持って外に出ると、由比ヶ浜と、雪ノ下も付いて来た。
「お前らもここに隠れてろよ。そんで、この辺の化物が居なくなったら、一緒にいる冒険者に聞いて、上の階に逃げる道を目指せ。その入り口は塞がってると思うが、イオナズンでもかませば開くだろう」
その俺の言葉に、二人は首をふる。
「いやよ、貴方一人でなんて行かせないわ。だって、まだ……私達は貴方に可愛がってもらっていないもの……」
「は!?お、おまえ、何言ってんだ、こんな時に……」
「そ、そうだよヒッキー……ヒッキーあの時先に寝ちゃったじゃん。あたしもゆきのんも、すごくガッカリしちゃったんだよ」
「い、いや、だって、あのな?、先に眠ったのお前らの方だろうが……あ、あの時、俺がどんなに苦しかったか……じゃ、じゃあ、何か?お前ら、あの時、寝たふりしてたってのか?」
突然、目の前に迫った3体の巨人が、俺達に向かってその大きな口を開いた、そして俺達に向けて強烈な衝撃波を吐こうとする。
「ええい、鬱陶しい!イオラ!」
俺は咄嗟に、その3体の頭の辺りに向けて呪文を放った。上空で、激しい爆発が起こり、その3体は頭部を吹き飛ばされて、呻くように仰け反っている。
「お前らが寝たふりしないで、もうちょっと、俺にき、き、キスでもしてくれてれば、俺だって、あんなに苦しまなく済んだんだよ」
「だ、だって……は、恥ずかしいし……で、でも、ヒッキーもシたかったみたいだったし、あたしも、あたしなりに、胸とか、脚とか一生懸命こすり付けてたんだよ……なのに、全然ヒッキー反応してくんないんだもん」
仰け反っていた巨人の頭部はすでに復元されている。その巨人は、怒りに身を任せるかのように、その大きな拳をで俺達を殴りつけようとした。と、その時、雪ノ下が右手を突き出して詠唱。
「メラミ!わ、私だって、その、あ、あなたがほ、ほ、欲しくて、その……少し、少しだけだけど、て、手で……その……」
「バシルーラ!ええ!?ゆきのんズルい!な、なに?ゆきのんそんなことしてたの!?わーん、あたし一生懸命我慢してたのにぃ!」
「ライデイン!っ!?ま、マジか……お、お前、そ、そんなことしてたのか!?そ、そうだったのか……だったら、あれも当たり前じゃねーか」
「ザキ!え?あれってなーに?何かあったの?ヒッキー?」
「ヒャダイン!そうね……それは私も気になるわね、私がした行為によって、貴方の身体にどんな変化があったのか……非常に気になるところね」
「ベギラマ!くっ……お、おまえ、わ、解ってて言ってるだろう……俺があれを見た時、どんだけ絶望したか……」
「ザラキ!だから、ヒッキー、あれってなーに?って聞いてるでしょ!ねえ、教えてよー」
3人で、手を突き出しながら話している俺達の周りには、累々と巨人の屍が折り重なる。だが、その骸の上を乗り越えてなお、大多数のゴライアスが俺達に向かって来ているのが見えた。だが、そんなことはもうどうでも良い……
こいつら、純真無垢な俺の純情を弄びやがって……だったら、どうしろってんだよ!俺だって、やりたくてやりたくてやりたくてやりたいのを我慢してたんだぞー!
『ガアアアアッ!』
『ゴアアアアッ!』
俺達の直上で、巨人たちが咆哮を上げていた!!
「だあああっ!!お前らうっさいんだよー!!ギガデインッ!!」
「バギクロスッ!!」「イオナズンッ!!」
3人でほぼ同時に最大攻撃呪文を放った。
俺たちの前方に迫っていた数十体の巨人が、凄まじい突風に吹き飛ばされながら切り刻まれ、その巨体ごと空間を抉るかのような高密度の収束とその反動による爆発……そして、その全てを焼き尽くす神秘の稲妻によって、そこにある全ての物は、消滅した。
後に残ったのは、抉られ、傷ついた巨大な砂塵のクレーター。
すべてを消失したその空間には、静寂が漂っていた。そして、一テンポ遅れて、凄まじい歓声が背後から上がった!
「え?」
俺達は慌てて振り返る。そこには、さっきまでとは比べ物にならない程の数の冒険者たちの姿が……
どうも、この巨人の大群から逃げまくっていた人たちの様だ。よく見ると、ボロボロになって傷ついている、このラノベの主人公や、その主人公に寄り添う、巨乳ツインテールの例のひもの人!あ、あれ、神様なんだっけか……なんか、そんな感じで、なんとなく知識として知っている連中がちらほら見えた。
そんな、人の波の中から、明らかにエルフと解る、緑色の戦闘服を着た少女が歩み寄って来る。コイツも原作にいたな、確か……
そのエルフは、雪ノ下の前に立つと、ちょっと小首をかしげて呟いた。
「失礼だが、どこかでお会いしましたか?なぜか、初めて会った気がしないのですが」
「え、ええ……そう言われればそんな気もするのだけれど、私達はまだここに来たばかりなので……多分人違いなのでは?」
「そうですか……まあいいでしょう」
そのエルフは、改めて俺達3人に向き直る。そして言った。
「ご助力頂き、感謝する。我々だけではどうすることも出来なかった。ここに居る者全員を代表して礼を言わせて頂く。本当にありがとう。だが、まだ多数のゴライアスが残っている。出来ることなら、もう少し、全員がここを脱出するまでの間、力を貸して頂けないだろうか」
「は、はあ……」
エルフにそう言われて、俺達は顔を見合わせた。
なんか、いつの間にか、主要戦力に組み込まれちゃってた!!
冷や汗をかきながら、エルフに向き直ったその時、遠くの方からなにか、ゴンゴンという音が聞こえ、次第にその音が近づいてきた。どこから聞こえるのか、気になって、辺りをきょろきょろ見まわすのだが、見えるのは、遠くでのたうっている巨人の姿のみ。でも、そっちからはこの音の元のようなものは何も見えない。音はどんどん大きくなる。次第に、大きくなる音に伴って、空間全体も激しく振動を始めた……
そして………
『ドゴオオオオオオオオオオオン!!』
周囲をつんざく破壊音を伴って、天井を突き破って現れ出でたそれ……上空の白煙の中から現れたその巨体は、全身に濃緑色の強靭な鱗を巡らし、その体躯をまるで大河の如く躍らせた赤色の瞳を持つその神秘の正体は……
「し、しんりゅ……う?」
そう、神龍!あの世界で俺達が最後に戦い、俺達を現世に返してくれた神!その神龍が、なぜかここに居る。って、このラノベ、あの世界となんにも関係ないよね?
そして、神龍はあろうことか、俺達を目がけて真っすぐ降下してきた。
「うわあああああああああ……」
「もうだめだああああああ」
「おしまいだああああああ」
そこかしこで悲鳴が上がる。ま、そりゃそうだわな。神龍の大きさからしたら、ゴライアスなんて、赤ん坊位のサイズだ。ま、神龍と俺達をサイズで比べたら、人間とダンゴムシ位の差があるわけだが……
隣にたっているエルフも、真っ青になって震えていた。その目には絶望の色が滲んでいる。
一応、神龍は神様だからな、モンスターみたいにいきなり襲い掛かっては来ないだろうから、とりあえず、慌てるこの連中に教えてやった方が良いのかな?
なんて、思っていたのだが、そんな事を考えている俺に、遠くから声がかけられた。俺はその声に……その懐かしい声に急いで顔をあげた。雪ノ下も、由比ヶ浜も同様だ。
「おーーーーーい!はちまーーーん!元気だったかーーーー!」
その声の主は上空にいた。そう、神龍の頭の上に!なんて罰当たりな!神龍は俺達のすぐそばまで来ると、その動きを止めた。そして、その頭の上から、一人の男が飛び降りてきた。
いつもの朱色のぬののふくを身に纏ったその男は……着地と同時にすぐに俺のそばに歩み寄ってきた。そして、にこやかに微笑んだまま、俺を抱き上げた」
「と、とーちゃん……だから、や、やめろって……」
「恥ずかしがるなって……オラは、オメーに会いたかったぞー!」
スリスリと俺に頬ずりをするとーちゃんは嬉しそうに微笑むと、今度は隣に立っている雪ノ下と由比ヶ浜を見る。そして、言った。
「んで、おめえたち、もう結婚したのかあ?」
「ばっ!!す、するわけねーだろ……まだ未成年だぞ俺達は!?」
言われて二人は真っ赤になって俯いてしまう。それを見ていたとーちゃんが頭を掻きながら言った。
「あ、わりいわりい……うちのはちまんが、あの後、あっちの世界のこの子達ふたりと結婚しちまったんで、てっきりオメーらもしたもんだとばっかり思っちまってな……なはは」
「すわっ!?なに!?あっちの世界の俺達は、もう結婚しちまったってのか!?」
「ああ!そんで、毎晩毎晩いちゃいちゃ煩いもんだから、オラはずっとしんりゅうんとこで、稽古つけてもらってたってわけだ!なあしんりゅう!」
神龍……表情よく分かんねえけど、多分イヤというほど戦ったんだろうな……っていうかなにそれ!?毎晩いちゃいちゃ!?なにやってんだ、あっちのはちまん……く、くそっ!!なんか滅茶苦茶羨ましい!!
『勇者オルテガよ……願いは叶えた……ではさら……』
「あー、しんりゅう?1年経ったらまた帰りてえから、迎えにきてくれよ。じゃあ、元気でなー」
『……………』
神龍はホントに、本当に、微妙な変化だが、眉間に皺をよせていた。とーちゃんなに神様をタクシー代わりに使ってんだよ。ああ、やっぱり嫌だったんだな。
そのまま何も言わずに、眩い光とその姿を変えて、直上に自分で作った大穴を通って、帰って行った。
ああ!しまった!今すぐ帰りたいって、神龍に頼めば良かった!くっ……
とーちゃんは神龍を見送った後、俺達を振り返って拳を握った。
「うしっ……しんりゅうに聞いたんだけど、この世界ってつえ―奴がたくさんいるんだってなあ。オラ楽しみにしてたんだ」
それ、単に神龍に厄介払いされただけなんじゃないの?
「いや、あのなとーちゃん、俺達も今この世界にきたばっかなんだよ。だから、まだ良く分かんねえし……って、まさか呼んだのとーちゃんか!?」
とーちゃんはにんまりと笑うと、
「いや、だってよー。うちのはちまんときたら、オラが誘っても全然ついて来ねーし、つえ―奴と戦う冒険っつったら、やっぱオメー達だろ!なあ、八幡!」
いや、それ全然俺呼んでいい理由じゃねーし。それにこの人全然人の都合考えてねーな。
「そんでな、この世界って、誰か神様居ねーとまずいって聞いたもんだから、この人連れてきた。ほい、ルビス様」
「はあ!?」
とーちゃんが背中に手をまわすと、そこにしがみついていた小さな女の子をひき剥がして、俺達の前に降ろした。真っ白いだぶだぶのローブを引きずるその少女は、真っ青になって俺達を見上げていた。
「る、ルビス様!?」
俺達が会ったことがあるルビス様は、確か背も高くて、スラッとした大人の女性のはずだ。でもなんだ、このちびっこは……
「は、八幡君、この前はごめんね。それから、今回もごめんね……本当にごめんね……ぐすん……」
おおう……なにこの可愛い小動物……これがこの人の人間状態なのか……はあ、でもこの人も被害者っぽいな……しんりゅうと一緒で……
そんなやり取りを周りの連中は呆然と眺めていた。一番近くにいたこの強そうなエルフでさえ、怯えたり、焦ったりを繰りかえしていた。まあ、当事者の俺達でさえ、はっきり言ってついていけてない。
とーちゃんは相変わらず強引だし、言ってる事、意味わかんねーし。
まあ、でもあれだな……せっかく来たんだから、ちょっと暴れて貰おうかな……
俺は、とーちゃんに言った。
「あのなあ、とーちゃん。とりあえず俺達今、絶対絶命なんだ。だから、悪いけど、あそこにいるモンスター全部やっつけてくれねえかな」
「そんな事かー。うーーっし、なら、いっちょ、やっかあ!」
そう言って腕まくりをしたとーちゃんが、このフロアのモンスターを全部倒すのに、5分も掛からなかったことは、言うまでもない。
◇
こうして俺達は、またもや異世界トリップを果たすことになってしまった。まあ、原因は全部とーちゃんなんだが……
この世界にトリップしたその日のうちに、俺達はこの世界の地上に出た。ダンジョンの上にそびえる巨大な塔を囲むように街が作られているのは、原作のラノベの通りだ。俺達は全員異邦人である為、冒険者登録も、住民としての登録もしてもらえない筈だったのだが、今回多数の人命を救ったという功績で、特別に郊外の廃屋に住まわせてもらうことになり、ルビス様のファミリアとして、冒険者登録もしてもらうことになった。
ルビス様、小っちゃいけど、実は超有名人(?)だった。というか、この世界の神様は全員ルビス様よりも神格が下なのだと言う。そんなことを、例の紐の神様が言っていた。だから、まあ、そのルビス様より上位の神龍が作ってしまったダンジョンの大穴の件も、当然不問。まあ、酷い話だ。
それと、あの原作とは違う展開をした。階層主大量発生に関しても、今のところ調査中とのことで、例の人が裏で糸を引いてはいるんだろうが、これ、もはや原作から大きく話ずれちゃってるから、確証はなし。
それにしても、これはないな。主人公が必死に勝利して、やったぜ、うぇーい!な展開を、見事に俺達がぶっ壊してしまった。この時点で、俺達が史上最強と認定されている訳で、とくにとーちゃんなんかは、まだ冒険者登録もしてないってのに、勝手にダンジョン潜って、修行しちゃってるし……巷じゃ、『ワンパンマン』なんて呼ばれてるし……別にハゲマントじゃないけど。まあね、本気の神龍を、単独でフルボッコしちゃう人だからね。この世界の神様がどれくらい強いのか解らないけど、とーちゃんとはやりあいたくないだろーな。
それと、平塚先生なんだが、とーちゃん見て目を輝かせちゃって、『必ず界〇拳おしえてもらうんだ!』とか言って、一緒にダンジョンに入っちゃうし……あの先生、いったいどこ目指してんだか……
結局のところ、俺達が戻る方法をルビス様も含めてみんなで相談したんだが、やはりと言うか、この精霊様、召還はできるけど、返すことは出来ないらしい。このポンコツさんめとは、決して言わない。相手幼女だし。
で、結局どうするかと言うと、神龍はあっちの世界に戻っちゃったから会いに行けないので、とにかくこの世界の一番の神秘の力を求めて、それを使って帰ろうという事になった。つまりどういうことかというと……
『ダンジョンを攻略する』
まあ、このダンジョンは、神様たちの暇つぶしで作られたものらしいのだが、正直あまりにもその暇つぶしに情熱を掛け過ぎてしまい、ほとんどの神秘をダンジョンの最奥に封じてしまったとのこと。
もっとも、大魔王も、破壊神も、地獄の帝王もいないわけだから、正直この世界は平和すぎて神様達も力の使い方を間違えてしまったんだろうな。まあ、いろいろ文句は言いたいが仕方ない。俺達はこのダンジョンを攻略することになった。
それと、ルビス様は俺達の召還に際し、向こうの世界の時間をほぼ止めた状態にしてくれているとのこと。だから、この前帰還した時のように、あの地震の直後に帰ることになるわけだ。
そうと決まれば、一刻も早く帰還しなくては……帰ったは良いが、10年とか経ってたら、向こうにもどって27歳の高校生とか、ほんと、もう無理すぎる。先生なんて、今アラサーなのに、帰った瞬間、アラフォーにランクアップとか、そのこと本当にわかってんのかな?あの人。
「比企谷せんぱーい、じゃあ、そろそろお店開けますよー?小町ちゃーん、最初のお客さん入れちゃってー」
「はいはーい!いろは先輩了解でーす。では、どーぞー。いらっしゃいませー」
開店と同時に、たくさんの町の人達が店内に入って来た。そんなお客さん達を相手に、エプロン姿の一色と小町がせっせと働いている。
俺達が譲って貰ったその廃屋は、もともとバーかなんかだったようで、客席がそのまま残っていた。店の奥も結構な広さがあり、部屋数も宿屋なみ。正直最初はお化け屋敷の様でみんな怖がっていたのだが、俺達に助けられた冒険者たちが総出で、この建物のリフォームを買って出てくれた。
おかげで、あっという間にこの建物は新築のレストランのような外観に変わり、せっかくだからと、店の入口そばに、ルビス様の教会も設置。まあ、この世界にルビス教がある訳ではないし、別段ルビス様も布教しようと考えていないため、自分で神父みたいなことをしている。とりあえず、この教会のサービスは、『どくのちりょうをする』『のろいをとく』『いきかえらせる』の三つ。神様自らやってるから、文句はないが、本当に生き返らせていいのかね……うーん。
そして、その新居。やっぱりその元々お店だったスペースがそのままなのは勿体ないという事で、この世界では珍しい、喫茶店を開くことにした。
一応、この世界にもコーヒー豆があった。だから、それをローストして、挽いて、淹れてみたら、これがまあ何とも美味かったわけだ。
この店の名物は、この自家製焙煎珈琲と、雪ノ下の特製紅茶。それと、小町の小料理と、一色のケーキ。
正直、千葉のその辺の喫茶店とほとんど品ぞろえが変わらない。
この店に行列が出来るまで、それほど時間は掛からなかった。
ちなみに店名は、『喫茶ぬるま湯』……なんでこの名前にしたのかは、正直良く分かっていないのだが、なんとなく将来、こんな店の店長をやっている気がした。とかなんとか……
そして、俺達は……
「じゃあ、小町、一色、店を頼むな!俺達ダンジョンに行ってくるからな」
「はーい!まーかされよー。お兄ちゃん、お姉ちゃん達、行ってらっしゃーい」
「あ!せんぱーい……ちょっと待ってください」
一色がとてとてと走り寄ってきて俺に抱き付く。そして上目遣いで言った。
「気をつけて、くださいね。私、帰ってくるの待ってますから」
「お、おお……わかった……よ」
そう言って、一色の頭を軽く撫でた後で、俺と雪ノ下と由比ヶ浜の3人は店を出発した。
そう、俺達は冒険者になった。すでに中層の階層主も瞬殺出来るだけの魔法力を持っている俺達は、必然的にダンジョン攻略組となったわけだ。今じゃ、一人前に防具を身に着けて、レイピアまで装備している。雪ノ下と、由比ヶ浜も同様。以前のような、法衣やマントではなく、動きやすい軽装の鎧と、護身用の盾とナイフを持っている。もう僧侶や魔法使いには見えない。まあ、これがこの世界の一般的な装備ってわけだな。
素手で戦うとーちゃんや先生は、今どの辺にいるのか、全く見当がつかない。ひたすら戦いまくっているんだとは思うが、まあ、どっかで合流しておきたいな。正直、いくら強いったって、所詮俺達は高校生。剣だって、向こうの世界で神龍と戦うまでに我流で覚えただけの無茶苦茶なものだ。やっぱり、バトルはとーちゃんが居てくれた方が心強い。
なんとなく、平塚先生が、めっちゃ強くなっていそうで怖いのだが……
「ねえ、ヒッキー……昨日いろはちゃんに告白されたんだって?」
「ああ……なんだ、知ってたのか」
由比ヶ浜に急にそう言われて、思わずドキリとする。別にやましいことなんて何もないし、こいつらを裏切るようなこともしていないが、その当の彼女本人から言われると、やっぱり気まずい物がある。
「ええ……当然知っているわ。だって、貴方に告白する前に、私達事前に教えてもらっていたのだもの」
「はあ?一色がお前たちに言ったのか?訳わからん」
「うーん……でも、あたしなんとなく分かるなー。だって、もし先にゆきのんとヒッキーが付き合ってて、あたしがヒッキーを好きで告白しようと思ったら、絶対先にゆきのんに言っちゃうもん」
「そうね、もし私がその立場だとしても、まずは由比ヶ浜さんに言うわね」
「だったらなんだってんだ。俺に浮気しろとでも言いたいのかよ、お前らは」
「ううん、そうじゃなくて、ヒッキーを好きだって気持ちが良く分かるって言いたかったの。でも、ヒッキーだって、いろはちゃんの気持ち、前から分かってたんでしょう?」
「いや、まったくわからん。あいつに葉山への練習だからって、デートさせられたり、買い物つき合わされたり、告白みたいなことされたり、色々あったが、全部練習だと思ってた」
「はあ、まったく呆れるわね。そんなことを貴方に相談する時点で、貴方に対しての特別な感情があるってことじゃない。流石に、これについては引いてしまうわね」
「いやいやいや……まてまてまて、お前ら。なんか、俺が悪いみたいに言ってるけど、俺なんにもしてないからね。お前ら裏切っても居ないし、なんでそんなに責められちゃうの?俺」
「ま、まあね……あたしは、ヒッキーにあたし達だけを見ていて欲しいって思ってるけどさ……でも、いろはちゃん、ちょっと出遅れちゃってるし、そういうの考えちゃうと、なんか悪いなーって」
「だから、待てって!その悪いとか、申し訳ないとか、関係ないだろ。俺は、お前ら二人と付き合ってんだ。余計なこと考えてんじゃねーよ。そもそも浮気すんなって言ったのお前らじゃねーか」
「わ、私達だけを好きでいてくれるのを、信じていないわけじゃないわ……でも、毎晩、その、私達だけ、貴方に色々してもらって、なんだか……ごにょごにょ」
「だああ!ゆ、雪ノ下……往来でな、何言おうとしてんだー。もうなんにも言うな。俺の彼女はお前ら二人だけ。もうそれで良いだろうが……ほれ、さっさと行くぞ!」
「ああっ!待ってよヒッキー」
そう、こんな感じで、俺達は恋人関係も進めているわけだ。ちなみに詳しく述べはしないが、毎晩俺達3人は一緒に寝ている。以上!
それと、俺達は冒険者としてのステータスも、スキルもすでに手に入れている。だが、それは一般には公開できない。なぜなら、俺達の精神は、あの世界でレベル60を超えてしまっていた。いくら肉体が貧弱とはいえ、その魂のつよさの所為で、とんでもない数値が出てしまい、急きょ神様連合から非公開判定を食らってしまったわけだ。だから、一般的にはちょっと強い冒険者って認識で通っている。
尚、二つ名も俺達はすでに貰っている。
雪ノ下は『ブリザードゴッデス』
ちょっと中二臭いが、まさしく雪ノ下。雪ノ下のマヒャドを見た奴は、必ず、この二つ名を叫んで腰を抜かしてた。
由比ヶ浜は『癒しの乙女』
まあ、ベホマとか、ベホマラー使えるしな……毎回ゲームとかで思うんだが、乙女とか、姫とかって二つ名つけて、歳とったら、どうすんだかな。『純潔の乙女』とかっていうお婆ちゃんとか、ちょっと無理!
そして俺……
まあ、俺は良いだろ、別に……
俺達は塔に入り、そしてダンジョンの入口へ向かう。その俺達を見ながら、周りに居る冒険者がぼそりぼそりと、何かを囁き始める。まあ、いつもの事だ。いつもの事なんだが……
「おい……あれが・・・・・・か!?」
「す、すげえオーラだ……さすがリ・・・・チだな」
「連れてる女性陣もすげー美人だな……流石リ・充・ッチ」
「あ、おい、見ろよ!今日も来たぜ、かっこいいな……俺もあんな風になりたいなあ……」
「『リア充ボッチ』みたいに」
「だああああ!もうその名前で呼ぶなってんだよ!まだ、捻くれ者、とか、自己中とか、比企谷菌とかの方がましだああ!もう言わないでええ」
こうやって、走ってダンジョンに入るのはいつもの事だ。それにしてもあいつら、何の悪意も躊躇いもなく、人の事『リア充ボッチ』って呼びやがる。まだそれに定冠詞の『氏ね』がついてないだけマシか……ほんともう、勘弁して……
そんな俺を二人はいつも支えてくれる。
俺達はあの世界に必ず帰る。そのためなら、こんな程度の嫌がらせ、いくらでも耐えてやろうじゃないか。
「さーて、じゃあ、行くか!」
「うん!」
「ええ!」
そして、俺達は帰還を夢見て、冒険を続けるのであった。
了