『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー   作:こもれび

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(6)閑話 どたぷーん聖女、由比ヶ浜結衣!①

「えへへ……えへへへ……」

 

 鏡台の前に座る湯上がりのあたしは、そこに写るぷるんとした自分の唇を、ちょんちょんと指でつつきながら、バスタオルを巻いたままで、クリームを塗るのも中途半端に、もう本当に堪らなくてにやけ続けていた。

 

 今日、あたしは”ファーストキス”をした。

 

 あたしの初めて……まだ唇に残る、初めてのあの感触に全身の痺れが止まらない。でも、別に『キアリク』を唱えようなんて思わない。だって、このゾクゾクした感じが本当に気持ちいいんだもん。

 目の前で彼とゆきのんが、偶然にだけどキスしちゃってるのを見たあたしは、咄嗟に彼に唇を押し当てた。だって、ゆきのんだけなんて、本当にズルいと思っちゃったんだもん。

 彼の真っ赤になって驚いた顔が忘れられない。

 まあ、本当はもっとムードたっぷりで、二人で抱き合いながら……わわわ……か、考えるだけで、顔が火照っちゃう……うう……でも、そう、もっとじっくりとしたかったなあ……とも正直思うけど、あたしもゆきのんもほぼ同時に大好きな人とキス出来たことは、本当に嬉しかった。しかも、彼は、あたし達二人を好きだって言ってくれた。もう……もう……ホント堪んない。

 うん、普通なら、こんな二股男サイテーってなるよね。でも、あたし達3人は、もうそんな小さなことには振り回されたりしない。だって、彼は本気であたしたちを想ってくれてるんだもん。それに、あたしはゆきのんが好き、彼と同じくらいに……だから、あたしはこの関係を絶対守りたいんだ……ううん、ちがう、絶対守るの!そう、決めたんだ!

 あたしは、もう一度鏡台に目を向ける。その鏡の右上には、クリスマスの時に3人で撮った素敵な思い出の写真が貼ってある。

 あたしは、少し伸びをして、その写真の彼に顔を近づける。ハラリとバスタオルが落ちてしまったけど、そんなことは気にしないで……あたしは……その場に彼が居ると想いながら、一糸纏わぬその姿のまま、写真の彼の唇に、自分の唇を当てた。

 

 あたしの名前は由比ヶ浜結衣。総武高校に通ってる、所謂普通の女子高生……だったの……ほんのお昼くらいまでは……

 でも、今はもう普通じゃないかな。だってあたしは……

 

”魔法がつかえるんだもん”

 

 

 

 

 あの世界での数か月の出来事は、あたしにとってはこれ以上ないくらい、超幸せな時間だった。だって、ずっと大好きな彼と一緒に居られたんだもん。それに、ただ一緒だったってだけじゃないし。一緒に旅をして、一緒にごはん食べて、一緒に寝て……そりゃあ、モンスターと戦ったりしたのは本当に怖かったけど、いつも彼はあたしたちの前に立って守ってくれたし、いろんな事を教えてくれた。そう、なにより嬉しかったのは、毎日いつでも、彼と好きなだけお話が出来たこと……あたしが声をかければ、すぐに振り向いてくれるし、あたしが呼べばすぐに駆け寄ってきてくれた。そんなこと、それまでの普通の高校生の時のあたし達には絶対出来なかった。だから、怖いとか、辛いとかより、幸せが先にきちゃう。こんなこと考えるのは良くない事なのかもしんないけど、あたしは本当に嬉しかったんだ。だから……

 

 こんなこと言うのは本当に許せない!いくらその相手が優美子でも!

 

「ちょっと優美子!それ酷いよ!あたしがヒッキーと話して何が悪いの!?なんでそんなこと優美子に言われなきゃいけないの!?」

 

 あたしの目の前には、ちょっと狼狽えた優美子が、視線を泳がせながら、あたしを見ている。あたしが怒っているその訳。それはさっき、優美子があたしに言ったその一言が原因。

 

『ヒキオとなんか話してないで、こっち来なし』

 

 そう言われて、手を引っ張られて、あたしは一気に頭に血が上ってしまった。こんな風に怒ったのは初めてかもしれない。だって、今日は彼から話しかけてくれたんだよ?こんなこと今までならありえなかった。

 彼は何時だって、あたしには近づかなかった。あたしがどんなに話そうと思っても『俺と居るとお前も嫌われるから』とか、そんなことあたしにはどうでも良かったのに、それでもその気持ちは嬉しかったけどさ……でも、だから、こうして普通に話せる今が凄く幸せだったのに……

 あたしは、思うままに優美子に怒鳴ってしまった。途中から隼人君も近づいて来て何か言ってたみたいだったけど、なにも聞こえなかった。それに、言いながら、あたし自身もなに言ってるのか分かんなくなって来ちゃって、でも、やっぱり許せなくて、声を出し続けた。それで……

 

「みんな、酷すぎるよ。自分の好きな人が悪く言われて平気なの?あたしはそんなのヤダ。ヒッキーを悪く言う人は、恋人のアタシとゆきのんが絶対許さない!…………あ」

 

 言ってから、そういえば、あたし達が彼と付き合い始めたこと、誰にも伝えて無かったことを思い出した。チラリと彼を見たら、呆れたような顔であたしを見てるし、優美子も隼人君も呆然としてた。

 こういうの『血祭り』?っていうのかな?みんな絶句してて聞けないんだけど……

 

 でも、彼には悪いんだけど、この時からあたしたちは正式に、公認の彼氏彼女関係になったというわけで、それがとっても嬉しくもあったわけで……えへへ……!

 

 

 

 

「ゆ、由比ヶ浜さん……あ、あの……か、彼氏できたって、ほ、本当ですか?」

 

「う、うん……本当だよ……」

 

「そ、そうですか……」

 

 みんなに付き合ってることを暴露してしまったそのすぐ後から、こんな風な事を尋ねられることが多くなった。

その男子に声を掛けられて、あたしは中庭の端の渡り廊下のところで話てそのままポツンと立ち尽くしていた。お昼休みの今は、近くでキャッチボールをしてる男子もいた。

 今までは、彼の事をずっと好きではあったけど、恥ずかしくてみんなにそんな話もしなかったし、いつも優美子や姫菜達と遊んでいたから、告白みたいな事をされることも殆どなかった。

 それが、ここに来ていきなりたくさんの男子に声を掛けられるようになってしまって、結構戸惑ってしまってる。ひとりひとり、なるべく丁寧に話してるけど、正直彼のところに飛んで行きたい。うう……こんな時どこ行っちゃたんだろう……

 あたしですらこんな感じなんだから、きっとゆきのんはもっと大変なんだろうな……

 

「はあ……」

 

 渡り廊下で、そんなことを考えながら、思わずため息をついてしまった。そんなあたしの側に、二人の友達が歩み寄ってきた。

 

「はろはろ~結衣~!むふふ……随分と大変そうだねー」

 

 口元を押さえて、楽しそうにそう言ってくるのは、もちろん姫菜。いつもいろんなネタを振って、みんなを楽しませてくれる彼女だけど、今ばっかりは相槌も打てない。出来たら放っておいて欲しいなあ……

 そして、その姫奈の後ろには、視線を落として俯いている優美子が……あの時怒鳴りつけちゃってから、なんか気まずくてちゃんとまだ話せてない。というか、謝ってもいない……うう……ホント気まずいよう~……

 そんなことを思っていたら、姫菜が話しかけてきた。

 

「えーとね、優美子が結衣に謝りたいんだって……だからさ、ほら……優美子」

 

「う、うん……」

 

 優美子がオズオズと言った。

 

「あ、あの……ゆ、結衣……さ、さっきはあーしが……悪かったし……ほんと、ご、ゴメン……」

 

「え?ゆ、優美子……そんな、謝るのはあたしの方だよ。だって、いっぱいいっぱい酷い事言っちゃったし……あたしこそ本当にゴメンね」

 

 まさかいきなりあの優美子が謝って来るなんて思いもしなくて、あたしもかなりテンパっちゃったけど、なんとか謝れたみたい。優美子もなんだか照れたような顔してちょっと笑ってるし……

 その顔を見て、あたしはホッと胸をなで下ろした。

 

「はいはーい、じゃあ、これで結衣も優美子も仲直りねー。良かった良かったー」

 

 あたしたちの手を掴んだ姫菜にそう言われて、3人で笑い合った。

 うん、本当に良かったー。あたし、優美子も姫奈も嫌いじゃないもん。彼やゆきのんとは違うかもだけど、やっぱり大事な友達。仲直り出来で本当に嬉しい。

 暫くして、姫菜がポツリとつぶやいた。

 

「それにしても、結衣ってば、やっぱりヒキタニ君の事好きだったんだねー。なになに?このおっきな奴で誘惑しちゃったとか?ほれほれ~」

 

 あたしの後ろにまわった姫菜が、後ろからあたしの胸を揉んでくる。ちょ、ちょおおっと……!

 

「ど、どこ触ってんの!?誘惑なんてしてないし!?」

 

 た、多分だけど……

 

「それより何?や、やっぱりってなんだし……し、知ってたの?ひ、姫菜」

 

「知ってるもなにも、あーしだって分かってたし……あれだけ毎日毎日ヒキオの事、ずっと見てれば、誰だって分かるし」

 

「う、うう~……」

 

 何も言えないあたしを二人は、ニヤニヤと上から見下ろしてくる。もうホント、恥ずかしいから止めてよ。

 

「だからさ、結衣。あーし……これからは結衣を応援することにしたから……雪ノ下さんと3人で付き合うってのはちょっと分かんないんだけど、結衣がそうしたいなら、あーしと姫菜はいくらでも手伝うし……なんなら、ヒキオのことぶっ飛ばしてやってでも言う事効かせるし」

 

「あはははは……」

 

 優美子本当にやっちゃいそうだな……で、多分彼の事だから、ちゃんとぶっ飛ばされてあげそう……

 優美子は拳を握ってそこまで言ってから、ちょっと頬を赤らめて俯きながら話し始めた。

 

「そ、それでね……ゆ、ゆい……さっき姫菜にも頼んだんだけどさ……その……二人ともあ、あーしのことも手伝ってくんないかなーって……えーと?なんだし……その、あ、あーしもさ……す、す、好きな人?っていうの?そんなのい、い、いるしさ……その……」

 

 もうしどろもどろになっちゃってて、何言ってるのか良く分からなくなっちゃったけど、真っ赤になってオズオズと話す優美子が本当に可愛くて、このまま抱きしめたくなっちゃった。

 姫菜を見たら、困ったような顔して笑ってる。でも、その後コクリと頷いたのを見て、あたしは優美子に言った。

 

「うん!あたし手伝うよ!優美子の告白!絶対成功させようね!」

 

「こっ!こ、こくは……く……う、うん……そう、そうなんだし……その、あ、ありがと……」

 

 そう言って頬を真っ赤に染めた優美子は俯いて黙ってしまった。

 優美子が好きな相手って言ったら、多分隼人君の事なんだろうけど、もしそうならこれは大変だ。だって、隼人君は絶対に今の関係を崩したくないと思ってるし……それに、そんな隼人君が修学旅行の時に彼に頼んだこともあるし……姫菜も今はなんのわだかまりもなく一緒に居られるけど、正直あの話しを告白された時はあたしも怒りが収まらなくてどうにかなっちゃいそうだったし……

 

 姫菜は戸部っちから告白されるのを防いで欲しいって彼に頼んでた。あたし達奉仕部は戸部っちから告白を手伝って欲しいって言われていて、それを一人で無かったことにして解決したのが彼だった。

 彼はあたしにもゆきのんにもそのことを言わないまま、戸部っちの告白のその時突然に、戸部っちの告白を遮って、姫菜に告白した。当然姫菜はその告白を断って、『誰とも付き合う気はないよ』って言って、その言葉で戸部っちも『振られないでよかったわ~』なんて言ってたけど、目の前でそれを見てしまったあたしとゆきのんは、苦しくて苦しくて、そのショックからなかなか立ち直れなかった。

 あの日……あたしは……悲しくて苦しくて、ずっと泣いてしまったんだ。

 

 この話の真相は、あの世界にいる間にヒッキーも話してくれたけど、それよりも少し前……ちょうどバレンタインのイベントを皆でやった後に、姫菜が話してくれた。姫菜は自分勝手な思いであたし達を苦しめてしまったことを謝ってくれた。でも、そのことを知らなかったとしても、あたしやゆきのんが彼の事を嫌いになることなんてもうなかった。なぜって……もう、あたし達はお互いがお互いを必要としている関係になっていたから……

 

 でも、そう……姫菜や、彼は別に問題ない。問題なのは当のその、告白相手の隼人君自身。

 隼人君はかっこいいと思うし、頭も良いし、女子の人気も高い。

 でも、いろんな娘が告白したけど、今まで誰とも付き合ってないし……いろはちゃんも可哀そうだったけど、振られてしまった。

 バレンタインの時だって、チョコは全く受け取っていなかったし……あのイベントをやらなければ、きっと優美子のチョコだって食べなかったかもしんない。

 

 そこまで徹底しているからこそ、いままで優美子だって告白とか出来なかったんだし……

 姫菜じゃないけど、やっぱり関係が壊れるのは怖い。奉仕部だっていろんなことがあって、バラバラになっちゃいそうなこともいっぱいあったけど、彼が何時だってあたし達を一番に考えてくれてたから、今のあたし達があるわけで……もし、関係が壊れてたらって考えると、本当に怖いし。

 

 だから、優美子が怖がってるのも分かる。もし一歩踏み込んで、それでだめだったら……なんて……考えるまでもないし……だったらどうすればいいのかな……

 

 絶対なんてことは絶対ないし……でも、優美子の告白は絶対成功させてあげたいし……うあああん……ど、どうすればああああ……

 

「ど、どしたの?結衣?」

 

 頭を抱えて思わずしゃがみ込んでしまったら、姫菜が心配そうに声を掛けてきた。はっ……!?あ、あたしてば、なにやってんだろ……こ、これじゃ、まるで彼だよ!!

 

「ご、ゴメン、なんかさ、色々考えてたら、頭ぼーっとしちゃって……チゲ熱かな?あはは……」

 

「それを言うなら、知恵熱でしょ?それじゃあ、韓国料理だよ」

 

「あ。そ、そか……あはは」

 

 と、その時、あたしは、目の前にあり得ない光景を見てしまった。あたしの視線の先、姫菜の優美子の丁度真後ろの、中庭の隅の校舎の壁沿いに、隼人君と……ゆ、ゆ、ゆきのんが向かい合って立っていた。その距離が凄く近くて、一瞬思い浮かべたのは……

 

”浮気!?”

 

 ま、まさか…… 

 

「結衣?今度はどうしたの?なに?後ろになんかあんの?」

 

「わわわ……だ、ダメ……」

 

 振り返ろうとする、優美子をあたしは止めようとして、咄嗟に呪文を呟いてしまった。

 

「ま、マヌーサ!」

 

 詠唱したその瞬間、二人は後ろを振り向いたまま、固まってしまった。

 この呪文は、相手に幻覚を見せる魔法……あっちの世界だと、モンスターが幻覚に向かって攻撃してくれるから、その間にあたし達が逃げたり出来て、結構使った魔法なんだけど、これってよく考えたら、ドラッ〇……

 あたしは慌てて二人の前にまわってその顔を見る。すると、何故か優美子はイラッとしたような顔つきになり、姫菜の方は、顔を真っ赤にして、恍惚の表情に……って、一体何見てんの?二人とも!?

 

「あ、れ?おい!戸部ぇ!なんであんたがあーしの後ろに立ってるわけ?ああん!?」

 

「はれえ?いったい何時からうちの学校パラダイスになったのぉ。もうみんなダメだよ、学校でそんなことしちゃ!ほらほら、ヒキタニ君も戸塚君もふんどしはちゃんとつけなくちゃ♡」

 

 ゆ、優美子は多分、戸部っちを見てるっぽいけど、姫菜!いったい何を見てるの!?ちょ、ちょっと、よだれ垂らしながらうっとりしないでぇ!

 

 そんな二人を見た後に、もう一度さっきの校舎の壁の辺りを見ると……

 

 

 

 そこにはもう、隼人君とゆきのんの姿は無かった……

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