『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー   作:こもれび

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(7)閑話 メダパニスト、雪ノ下雪乃①

『国際教養科』

 

 この総武高校にあって、このクラスはエリートと称される生徒が集まっており、ほとんどの生徒はそれをまるで自分プライドだとでも言うように、クラスのメンバーだけで集まり、日々過ごしている。そんな中、私は……

 いつも一人だった。

 このクラスの中で、話を出来る生徒がいなかったかと言えば、そうでもない。クラスの中でも私の成績はトップクラスであり、そんな私に勉強を教えて欲しいと、一時期は砂糖に群がる蟻のように、たくさんのクラスメートが私の席にあつまってきていた。

 でも、そんなその場しのぎの手助けに何の意味があるというのか……

 そしてそうやって集まった人々は、私に強い口調で諭されるだけで、離れて行ってしまう。そう、誰しも人は否定されることに恐怖を抱くもの。それは、例え高い偏差値を携えたこのクラスの人間でさえ、変わることはない。

 次第に、私に近づくクラスメートはいなくなっていった。

 

 私の名前は雪ノ下雪乃。私を仰ぎ見るものからすれば不可侵な存在でしかなく、このクラスにおいても私はまさに異端。群れることでしかその存在意義を見いだせない烏合の衆に迎合する気はさらさらない私にとって、距離を取ろうとするクラスメートの在り方は返って好ましくも思っている。 

 

 ある、人物をを除いてはなのだけど……

 

「あら……雪ノ下さん……クラスにいるなんて珍しいわね。いったい何をしてらっしゃるのかしら?」

 

 机でペンを走らせている私の脇に、一人の女生徒が近づいてくる。長い黒髪を左右に結い上げて、それを赤いリボンで留めている、その彼女は、このクラスで唯一……と言っていいのかしら、特に試験の時などで、私に対抗意識を持って挑んでくる野心的な女性。そんなところは嫌いではないのだけれど。

 

「別に……ただの忘備録……と言ったところかしら?」

 

「忘備録……?ふーん……ところで雪ノ下さん、素敵な彼氏が出来たようね……もう、大分噂になっているわよ」

 

 彼女はそう言って、私に見下したような視線を送ってきている。

 彼氏……そう……もう彼とのことが知れ渡ってしまっているのね。

 彼が自分から言うはずはないから、噂の出処は由比ヶ浜さんかしら……もう、あの子は……

 

 私の脇に立つ彼女も、きっと彼の人となりを知っているのだろう。あくまで噂の範ちゅうで、ということになると思うのだけど、きっと、あの腐った目の卑しくて低能で孤独な男と付き合うことになったという事をだしにして、この子も優越感に浸りながら私を見下したいのだろう……本当に……

 

「くだらないわね……」

 

「なっ!?」

 

 私の言葉に一蹴された彼女が呻くように呟いて仰け反っている。私はそれに追い打ちを掛けるように言葉を紡いだ。

 

「彼の悪いうわさが出回っていることは勿論知っています。その原因を作ったのは彼自身でもあるし、そのことについては彼を叱らなければとも思っているのだけど、そんな噂をネタに私を脅そうと考えるなんて、貴女はそんなにお暇なのかしら?そもそも、貴女に私の愛する人を侮辱して良い権利などない筈なのだけど」

 

「………」

 

 彼女は真っ赤な顔になって、その後は何も話せなくなった。それは当然のこと。人は真実の前には服従せざるを得ない生き物。私が今彼女に語ったことは、全て嘘偽りのない私自身の心の言葉であって、彼女にそれを否定したり、侮辱したりなど普通なら出来る筈はない。普通なら……

 でも、彼女の傷ついたプライドは、更なる言葉を発させた。

 

「あ、あんたねえ……あ、『愛する』とか、いったい何言ってんの?ば、ばっかじゃないの!?」

 

 頬を真っ赤に染めた彼女は、とにかく悪態をついた。でも、それになんの効果も無いことを彼女自身は分かっていたのだろう。そこまで言って、今度は私の書いていたそれに視線を向けて、今度はそれについて言及してきた。

 

「なっ!?ま、魔法?あ、あんた、忘備録って……い、いったい、なに書いてんのよ!あ、あ、頭おかしいんじゃないの!?」

 

 そこまで言っても彼女はまだ、私の書きかけのそのノートを読み続けていた。

  

 私が書いていた『忘備録』……所謂それは『魔導書(グリモワール)』と言っても良いのかもしれない。

 あの世界で、魔法使いとして彼と旅をした私は、彼の助けもあって、数々の神秘の技を会得することとなった。でもそれは、自らの修練によって体得したものではなく、あくまで、知識を脳内に上書きされただけのもの。いづれにしても、私がその神秘を行使できる存在であることに変わりはないのだけど、私はその正体を解明したいと思っていた。

 私の使う魔法には科学的な要素との類似点が多々ある。魔法とはその行使の為に、解析と分解と構築を行うことであり、その一連の作業を『術』と言い、その術の行使を命じる言葉を『呪文』と言う。

 科学とは、その一連の動きを機械的に操作することであり、魔法とは、その効果まで流れを精神の力に依存して行う.....同じ『火を点ける』という行為であっても、そこに至る過程はまるで違う訳だから、私はその解明されていない精神の力の能動性を調べたくなった。

 その一歩として、まずは『魔法の行使』までの流れを文章で書き纏めていたのが、この『忘備録』である。

 まあ、一般の人が見て理解できるのかは、甚だ疑問ではあるのだけど……

 

 そんな私達に声がかけられる。

 

「ゆ、雪ノ下さん……お、お客さん来てますよ」

 

 赤い顔をした一人の女子生徒が私に声を掛けてきた。言われて教室の入り口に顔を向けると、そこにはあまり会いたくない男性が立っていた。

 クラスにいる多くの女生徒は、その入り口に立つ彼を見ながら、「かっこいい」「素敵」などと、囁き合っている。

 まったく……いったい、私に何の用があると言うのかしら……

 

 私は立ち上がりながら、その忘備録を読み続ける彼女に言った。

 

「貴女……もし、それに興味がおありなら、差し上げるわ……それじゃあね、遠坂さん」

 

 

 

 

 

 

「こんなところに呼び出して本当にすまない」

 

 葉山君に呼び出された私は、中庭隅の校舎の壁までやってきていた。ここに来るまでの間、彼と並んで歩くだけで多くの生徒に、羨望や憧れの視線を受けつつ、何かを囁かれていたことが非常に不快だった。

 目の前で頭を掻きながら、謝る葉山君に、私は別に何の用もないのだけど、何の話があるというのか……

 

 だまって睨んでいた私に葉山君は、ずいっと近づいて話を切り出した。その表情は少し緊張しているようにも見える。

 

「単刀直入に言う。比企谷と付き合ってるっていうのは本当なのか?」

 

 壁沿いに立つ私に密着しそうなくらい近づきながら、彼は小声だが怒気をはらんだ声でそう言った。

 

「ええ……その通りよ……でも、だからと言って、そのことがあなたと何の関係があるというのかしら?私が彼と付き合おうと、どうしようと、貴方には何の関係も無いことだと思うのだけれど……」

 

「いや、関係ならあるさ。俺は今まで誰とも付き合ったりしなかった。それは俺の所為で傷つけてしまった君への償いだ。君を差し置いて、俺だけが恋人を作るなんて、そんな酷い事俺は出来なかった」

 

「言っている意味がまったく解らないわね。私が付き合う事と、貴方が恋人を作らない事と、いったい何の関係があるのかしら?もし、あの小学校の時の私が遭ったイジメのことでそんな無駄な努力をしているのだとしたら、それは無用のことよ……だって、今の私はそんなこと、何も引きずってなどいないもの。それに、私はもう彼という存在もできたし、貴方もなんの気兼ねもなく恋人をつくればいいのではないかしら?」

 

 私の言葉に葉山君は苦虫を噛み潰したような、なんとも不快な表情をした。

 

「で、でも、なんで比企谷なんだ!あいつは結衣とも付き合ってるんだぞ!二人でアイツと付き合うなんて、普通じゃないだろう」

 

 語気を強めてそう話しを続ける葉山君に、私はだんだんイライラしてきていたけど、それをグッと堪えて言った。

 

「彼を侮辱する気なら、私は貴方を絶対許さない。話はもうないはずよ。では、失礼するわね」

 

「ま、待ってくれ!」

 

 咄嗟に私の腕を掴もうとした葉山君を見て、私は横に飛びのいた。彼は私のその俊敏な動きに一瞬目を見開いていていたが、動きを止めた後、さらに私を捕まえようと手を伸ばしてきた。

 そんな彼を見て、私は呪文を唱えた。

 

「メダパニ!」

 

 詠唱と共に、彼の目から光が消える。

 そして、フラフラとまるでゾンビのように身体を揺すりながら、良く聞き取れなかったけど、何かをブツブツと呟きながら、テニスコートの方へ歩いて行った。そんな彼に話しかけようとした女子生徒たちが、近づいてから少し怯えたような表情で立ち竦んでいるのが見えた。

 

「ふう……ちょっとやり過ぎてしまったかしら……」

 

 メダパニ……精神支配系の魔法であるこの呪文は、行使された者の意識を忽ちのうちに破壊する。精神異常を起こすと言っても良いかもしれないが、戦闘中などでは錯乱の上同士討ちを起こしたりと、非常に危険極まりない呪文である。でも、今は別にそんな危機的状況でもないし……でも何かあると不味いから、これもかけておきましょう。これだけ動きが遅ければ、まちがって襲われてもすぐに逃げられるでしょう。

 それに、呪文の効果はそんなに長続きはしないし…… 

 

「ボミオス!」

 

 錯乱の上、動きが遅くなった葉山君は本当にフラフラとしたまま、校舎の陰に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

「あー!ゆきのん居た~。はあ、良かったあ、ずっと探してたんだよ!」

 

「あら、何かあったの?由比ヶ浜さん」

 

「『あったの?』じゃないし!ゆきのんさっき、隼人君となんか話してたでしょー!しかも仲良さそうに!」

 

「由比ヶ浜さん……私でも怒ることはあるのよ。彼と確かに話してはいたけど、『仲が良さそうに』というところは心外もいいところだわ」

 

「え!?じゃ、じゃあ……浮気じゃなかったんだ……って、い、痛い!痛いよ!ゆきのん」

 

 由比ヶ浜さんの言葉に、私は思わず頭をチョップしてしまった。まあ、手刀なんだけど、チョップの方が響きが可愛い気がしないでもなくて。

 

「はあ、それで、私と葉山君が話していて、何か問題でも?」

 

 その私の問いかけに、由比ヶ浜さんは目を爛々と輝かせながら事情を話した。

 

 

 

 

 

「ふう……なるほど……つまり、貴女は、『三浦さん』が『葉山君』へ告白する手助けを買って出たという訳ね」

 

「うんうん!」

 

「はあ……まったく貴女という子は……あの修学旅行の件で懲りなかったのかしら。人の色恋に手を出して、結果として私達が苦しむことになったというのに……」

 

「で、でも……優美子も今回は本気も本気!もうマジすぎてマジっちゃってるから、あたしもなんか手伝ってあげたくてさ……ね?ゆきのん~おねがーい」

 

「何がどう混ざっているのか、全く見当がつかないのだけれど、でも、こればかりは気が乗らないわね」

 

「あー、ゆきのん……やっぱり自信ないんだー。そうだよねー、いくらゆきのんでも出来ない事は出来ないもんねー」

 

「受けましょう!その挑戦!」

 

「やった!ゆきのん、大好き―!」

 

 

 

 というやり取りの末、私達は三浦さんの告白の手伝いを請け負う事になった。でも、私はどうして受けてしまったのかしら?

 まあ、葉山君へは、さっきのやり過ぎてしまったお仕置きの罪悪感もあることだし、罪滅ぼしという事で三浦さんの手伝いをすることにしましょうか。

 この依頼を受けるに当たって、私は二つの事を由比ヶ浜さんに承諾させた。

 

 一つは、『この件はあくまで私達二人で対処する』という事。

 もし彼を巻き込むことになれば、彼がいったいどんな手を使ってくるか解らないし、その結果で再び彼が酷く傷つくことにもなりかねないことが予想出来たから。

 

 もう一つは、『今回の依頼に関してはその結果に絶対拘らないこと』。

 修学旅行の時のように、全てを丸く収めるのではなく、あくまで三浦さんの手伝いをするにとどめる。つまり、成功しても、失敗しても、その責任を負うようなことは絶対にしない。

 

 由比ヶ浜さんも、これには納得してくれた。おかげで後顧の憂いなく依頼に臨めるようになった。

 

「ゆきのん!二人でがんばろうね!」

 

 

 

 

 

 

 

『遠坂邸』

 

 

 

「まったく……なにが『魔導書』よ……こっちはこれから『召還』しなくちゃならないってのに……えーと、なになに?……ふんふん………へーーーー………ほーーーーーー……ふむふむ……えーと、じゃあ、『ヒャド!』……あ……できた……」

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