『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー 作:こもれび
お小遣いの少ないあたし達高校生にとって、数少ない貴重な『会議室』の一つがここ、『サイゼリア』。500円で、ドリンクバーと軽食を食べることが出来るここは、放課後の貴重な女子会スポットでもあるわけで、友達のほとんどはこういった場所で、恋愛相談なんかをしているみたい。
だから今日はここに、あたし達もやってきた。って、まあ、普段から来てるんだけどね。
ドリンクバーで、抹茶オレをコップに注いで席に戻ると、優美子が声を掛けてきた。不機嫌そうに……
「で、ユイ?なんで、ここに雪ノ下さんがいるワケ?」
腕組みをした優美子は、あたしに声をかけながらも、視線は正面に姿勢を正して座るゆきのんに向けている。
ゆきのんは、そんなことは気にする様子も無く、手元に置いた小さな手帳に視線を落としている。
「えー?だって、あたし一人より、二人の方が絶対力になれるし。それに、ゆきのんも彼氏持ちだし!」
「彼氏……って、あんた達二人とも相手ヒキオじゃん?あーしは別にヒキオに告白するわけじゃないんだけど」
「あら、こちらは、どうしても……と頼まれたから来ているだけで、別段貴女の為に考え動く道理なんてないのだけれど……」
「まあまあ、二人とも。ここはせっかく集まったんだから、もっと楽しい話ししようよー。で、どうなの結衣、雪ノ下さん……ヒキタニくんのサイズは!平均より上?それとも下?ぬふふ……」
「はあッ!?」「へえっ!?「なっ!?」
目の前でニコニコ微笑みながら、姫菜がでっかい爆弾を投げてくる。そ、そんなの知らないし!……まだ……ね。
ゆきのんと優美子をチラリと見たら、二人とも耳まで真っ赤にして固まってるし。
3人で絶句していると、姫菜が驚いたような顔して声を上げた。
「え?ええ?ひょっとして、あなた達、ま、まだだったの!?というか、何?優美子もなの!?」
もうホント信じられないとでも言いたげな顔で、姫菜が口をぽかーんと開けてる。
「う、うっさいし……だ、だったら何?しょ、処女だったらいけないってわけ!?」
優美子は顔を真っ赤にしたまま姫菜に向かって怒鳴った。でも、それあたしからしても意外すぎだよ。いや、別に悪い意味じゃなくて、優美子っていつも自分から男子に声かけてるし、前にも付き合ってた彼居たって言ってたし……だから、もう経験しちゃってるもんだって思ってた。
優美子は肩を震わせながら、ますます顔を赤くして、姫菜に言った。
「そ、そういう姫菜はどうなん?し、し、したことあるっての?」
ええ~?ゆ、ゆみこ……そ、それ聞いちゃうの?それ聞いたら、多分もっとダメージ……
「うん、あるよ。私は中学の時かなー、相手大学生でー……」
きゃーーーー。だ、だめ、これは聞けないーーーーーーー
慌てて耳を塞いで俯いて、ひたすらホイミを唱えて気を紛らわしていたら、いつの間にか隣に座ってたゆきのんがあたしに寄りかかって倒れてきた。見ると、もう湯気が出そうなくらい真っ赤になって、埴輪みたいな表情になっちゃてるし……姫菜のとなりの優美子も、壁にもたれるようにして、魂抜けた顔になっちゃってた!
「……と、まあ、こんな具合でね、もう彼氏なんていらないなーってなっちゃって、でもでも、男の子ってやっぱり可愛いし、好きは好きだから、もうきのこ×きのこでね……」
なんか、姫菜の話し、まだ続いてた。
「あ、あたし、ドリンク貰ってくるね……あ、み、みんなのも持ってこようか!」
そう言って立ち上がると同時に、ゆきのんと優美子も席を立った。
「あ、あーしも行くし!」
「私もご一緒するわ」
「あ、じゃあ、姫菜の分貰ってきてあげるね、ちょっと荷物見ててね、ははは……」
そう言って、そそくさと3人で席を離れた。
ドリンクバーに3人で並んでそれぞれ飲みたいドリンクの機械の前に立つ。ふと、紅茶を淹れようとしているゆきのんが、そこにある道具の使い方に戸惑っているのを見て、あたしと優美子で助けてあげた。ゆきのんって、なんでも出来ちゃうけど、どっか普通が出来なかったりするんだよね。それが可愛かったりするんだけど。
「何かしら?由比ヶ浜さん……人の出来ないところを笑うのは失礼極まりないことよ」
「あ、違うよー。なんかさ、出来なくて頑張ってるゆきのんって、可愛いなって思って」
「なっ!?そ、そういう恥ずかしいことを、ひ、人前で言わないでくれるかしら?」
また、頬を染めたゆきのんが少し怒った感じでそう呟く。もうホントに可愛い!!
そんなあたし達を見て、優美子がポソリと言った。
「あんた達さあ……本当に仲良いんだね……なんか、あーし、妬けちゃうな」
「え?なに言ってるの優美子。あたし優美子も大好きだよ!だから、一緒だよ!うん!」
そのあたしの言葉に、優美子も頬を染めていた。それから、改めてあたし達に向き直って言った。
「え、えーと……今日はあーしの為に来てくれて、ほ、ホントにありがとう……こういう事って、自分で全部やんなきゃいけないって、解ってんだけど、な、なんか怖くてさ……う、上手くなんていかないの解ってるから尚更に怖くて……だから……ありがと……」
泣きそうに顔を歪ませながら、優美子はあたし達に向かって頭を下げた。
「ゆ、優美子ー。だいじょうぶだよ、きっと……優美子がこんなに真剣なんだから、解ってもらえるよ、きっとね」
「それは無責任な発言よ、由比ヶ浜さん」
「「え?」」
その突然のゆきのんの言葉に、あたしと優美子は思わず顔を上げた。そこには厳しい表情のゆきのんが真っすぐあたし達を見ていた。
「三浦さん。貴女がどれだけ彼を愛していようと、彼にまったくその気が無ければ、貴女の想いが届くことはないわ。それを分かっているのかしら」
その言葉に優美子は身体をぶるりと震わせた。そして、今度こそ堰を切ったようにその両頬に滴が流れた。
「わ、解ってる。そんなこと、最初から分かってるし……で、でも……し、しょうがないじゃない……す、好きに……好きになっちゃったんだから……」
優美子は泣きながら、でも真っすぐゆきのんを見てそう言った。
優美子は解ってるんだ。自分が振られてしまうことを……あたしはさっき、そんなことない、大丈夫なんて言ってしまった。ホントに酷い言葉……慰めにもなんにもなってない……
優美子の為……なんて言って、本当はあたしが怖くてあんな言いかたしちゃっただけ……友達とかって言っておいて、本当に酷い。
今回の事、優美子は先に進もうってきっと決めたんだ。それがどんな結果になろうとも、優美子はそれを受け入れるつもりなんだ。だから、今、こんなに頑張ってるんだ。
あたしはそれが痛いほどわかってしまった。ごめんね……本当にゴメンね、優美子……
ゆきのんが、泣いてる優美子に向かって、そっとハンカチを差し出していた。
「ほら……せっかくのお化粧が流れてしまっているわ。これから告白をしようとしているんだから、身だしなみを整えなさい」
「あ……う、うん……ちょ、ちょっと、直してくるし」
そう言って、優美子は化粧室に向かった。
それを見送りながら、ゆきのんが深いため息を一つ吐いた。
「なぜ、あんな自分本位な男を好きになってしまったのかしら……これじゃあ、三浦さんが可哀そうだわ」
「う、うん……隼人君は優美子のことどう思ってるのかなあ」
「さあ……それは本当に解らないのだけれど、あまり、楽観視は出来ないわね。彼は自分と他人の間に線を引いてしまうタイプだから……」
そう言いながら、ゆきのんは暗く沈んだ顔をしている。隼人君とゆきのんが昔馴染みなのは知っているけど、何かあったのかな……
「ゆきのんは隼人君と何かあったの?」
そのあたしの問いかけに、困ったように微笑んだゆきのんが答えた。
「むかしね……彼と私が幼馴染という理由で、私が苛められたことがあったのよ。彼はクラスの人気者だったし、女子達にも好きな子がたくさんいたわ。だから、幼馴染という理由だけで、彼と仲の良かった私は標的にされて……でも、その時彼はその苛めを静観していたわ。内心ではどう思っていたのか分からないのだけれど、私はそうされたことが凄く悲しかった。彼があの時のままだとは思わないのだけれど、果たして三浦さんを受け入れてくれるかどうか……」
「そっか……そんなことあったんだ……」
あんなにモテる隼人君がなんで、彼女を作らなかったのかは良く分からないけど、多分隼人君も過去になにか嫌な経験をしたのかもしれないな……でもそうなると、ますますこの告白難しくなっちゃうし……
うーん……どうしたらいいんだろう……こんな時、彼なら……
はっ!?だ、ダメダメ……頼ってばっかりじゃだめなんだし。
今回に関しては、全部あたし達だけでやんなきゃ!
あたし達にだって、できるんだぞ、ってところを見せるくらいじゃなきゃ!うんっ!がんばろ!
「お待たせ、あんた達待っててくれたんだ」
化粧室から戻ってきた優美子が、ドリンクバーの前で立って話していたあたし達のところに戻ってきた。
「あ、うん……でも、気にしないで、ゆきのんとちょっとお喋りしてただけだし。ね、席に戻ろう!」
あたしのその掛け声で、三人で席に向かった。
◇
「もう……みんな遅すぎだよー」
「ごめんごめん、姫菜……ってあれぇ?」
席に戻ろうと思って、姫菜のいるボックス席を眺めたら、さっきまであたし達が座ってたところに、誰か座ってた。それも二人も!
慌ててその席に駆け寄ってみたら、そこに居たのは……
「と、戸部っち!……と、は、隼人君!?」
「俺、隼人くんのつきそい」
「やあ、結衣……それに優美子、雪ノ下さんも……」
そこに居たのは、まさかの本人!わわわ……な、なんでー?
ゆきのんも驚いた顔してるし、優美子は、もう真っ青になって、佇んでた。
あたしはニコニコしながら座ってる姫菜の脇に座って、慌てて小声で耳打ちした。
「ちょ、ちょっと姫菜……な、なんで隼人君達がきてるの!?こ、告白は、この後、公園でとかって、言ってたじゃん」
「あ、それねー。後で呼び出してだと、やっぱり緊張しちゃうし、もうこれだけみんな知ってるんだからいいかなって、私が呼んだの」
「ふぇええええ!?」
「ちょっと姫菜、なんで、そんな重大なこと勝手にやっちゃったの!?まだ、なんの準備も出来てないのに……」
「こんなの準備なんかいらないよ。もう優美子の気持ちも決まってるし、ね!大丈夫だから」
「だ、大丈夫だからって……そんな……」
「ゆ、ゆい……いいよ……あ、あーし、もう決めたから……」
「ゆ、優美子……?」
戸部っちはそんなあたし達のやり取りを不思議そうに眺めてる。ゆきのんは黙ったまま、ただジッと優美子を見つめてた。隼人君は……なんでか、ゆきのんの方に視線を向けてる。
はわー……ど、どうなんの、これ?
スゥーっと息を吐いた優美子が、隼人君に向き直った。その目はさっきまでの怯えたものじゃなくて、いつもの強気なもの、もう覚悟を決めたってことなのかな……
「き、聞いて欲しい……あ、あーし……あーしさ……」
ポツリポツリとこぼす様に言葉を出す優美子を、隼人君はどこか冷めた目で見ていた。その目をあたしはよく覚えている。そう、あのディスティニーランドで泣いたいろはちゃんを見ていた目……
優美子……
胸が締め付けられるように痛い……苦しくて……悲しい……
好きな人に、好きだって思って貰えない、こんなのってないよ……
そ、そうだ……こんな時こそ『呪文』……みんな全員『ラリホー』で眠らせちゃえば、夢だったってことに出来る……って、こんなのダメだ……これじゃあ、優美子の『本気』を壊しちゃう。
じゃ、じゃあ、もうあたし達には何にも出来ないってことじゃん……
チラリとゆきのんを見たら、ゆっくり首を横に振っていた。ゆきのんもきっと同じように何か考えてたんだろうな……そっか……ここからは優美子一人の問題なんだね。だったら、あたし達はちゃんと見届けて上げよう。友達として……
もう一度深く息を吸い込んだ優美子が、真剣な眼差しのままでその言葉を言った。
「あーしは、あんたが……好き……」
一瞬、全ての音が消える。まるであたし達全員の時間が止まってしまったかのような感覚……
息を殺して、固唾を飲んで見守りながら、あたしは優美子の全てを見届けた。
「あ、あーしと付き合ってよ……お願い…………戸部」
「え?俺?そりゃ、モチのロンでショー!」
ウインクしながらサムズアップする戸部っちを見ながら、案外簡単に時間の流れが元に戻った。