『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー   作:こもれび

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(9)閑話 メダパニスト、雪ノ下雪乃②

 三浦さんの告白を手伝うことになり、そのことを彼に知られる訳にもいかない私たちは、何処か学校外で話し合うこととなった。

 ファミリーレストランという飲食店にはあまり馴染みがないのだけれど、由比ヶ浜さん達はよく利用しているようで、今回はそのお店に.....

 店内は明るくて、賑やかで、総武高校生や、他の学校の生徒もチラホラ見えていた。その奥のテーブル席に、三浦さんと海老名さんの二人が待っていた。

 最初こそ敵意むき出しの三浦さんではあったものの、この後、告白までを考えているせいか、どことなくいつもよりも元気がない。そんな彼女の為に、私も私なりに彼へのアプローチの仕方を考えてきていた。

 その考えをまとめた内容を確認しようと、メモをした手帳に手を伸ばす。

 

 男性とは総じて女性からの積極的なセックスアピールには弱いもの。であるから、ここは最も手早く目的を達成するためにも、三浦さんに色香を振り撒いてもらって、そのまま彼を押し倒す。

 私にはそのやり方はよく分からないのだけど、これだけ派手な三浦さんならこの手が有効だと思うのだけど……

 これについての効果の証明を私はすでに持っている、ソースは私と由比ヶ浜さん。奉仕部の部室で、ことあるごとに私達の胸やふとももをチラチラと横目に見ていた、腐った目の彼の視線に、以前までは恐怖すら感じていたくらい。ま、まあ、今は心地よくもあるのだけれど……

 だからここは美人の三浦さんに頑張ってもらって、もう一歩踏み込んだアピールに出てもらう。

 

 ただ、ひとつ気ががりなのは、葉山くん自体の性癖。

 以前は普通だと思っていたのだけれど、これだけたくさんの女子に声を掛けられて断り続けているということは、もしかしたら、興味の対象が『女性』ではなく『男性』という可能性も捨てきれない。

 そうなると、どんなに美人の三浦さんであっても難しいわけで、そうなると三浦さんに男になってもらう訳にもいかないし、そんな性転換魔法を私も知らないし、ひょっとして、彼ならそんな知識あるのかも……

 

「ちょとお……なんで雪ノ下さんがここに居るわけ?」

 

 真剣に考えていた私に水を差すように、声を荒げた三浦さんに、正直少しイラっとした。

 

 

 

 

 結論から言えば、三浦さんの告白は見事に成功した。ファミリーレストランのテーブル席で、友人に囲まれた中という、ムードも何もない状況ではあったのだけど、三浦さんの必死の告白を、『彼』は一も二もなく受諾した。

 

 ただし、その場に居合わせた私たちの思考は完全に停止。なぜらなば、その三浦さんの思い人の『彼』が、私達の想像の人物と違っていたから……

 チラリと横目に由比ヶ浜さんを見たら、にこやかに口を半開きにして、何かを言おうとしたまま、冷や汗を書いて硬直していた。

 座席に座って、正面を見ていた海老名さんも、微笑んだ表情のまま、さっきからピクリとも動いていない。

 戸部君の隣に座る葉山君は……

 

 真剣な表情で何かを話しかけようとした雰囲気のまま、凍り付いてしまったかのように真っ青になって完全にフリーズ……私、冷気系の呪文唱えていないのだけれど……

 

 そう、どうやら私達は全員、重大な勘違いをしていたらしい。

 

 三浦さんの思い人……それは、葉山君……では、なくて、その隣に座る、『戸部』君だった。

 

 三浦さんは、笑顔で視線を向ける戸部君を見て、ぱあーっと明るい表情をした後、すぐに不安気な表情に戻った。そして言う。

 

「と、戸部……で、でも……あーし……あんたのこと、気安いからって、いつも邪険にしてたし、それに、あんた、ほ、ホントは姫菜のこと……」

 

 そこまで言って、言葉が続かなくなった三浦さんは俯いてしまう。そんな三浦さんに向かって、戸部君が話しかけた。

 

「あー、それもうない、それないわあ。そんなん気にすることないっしょー。俺も優美子のこと嫌いじゃないじゃん?ていうかー、むしろ好き?超好き?みたいな―?もう最高に嬉し過ぎまくリングでショー!」

 

「ほ、ホントにあ、あーしでいいの?ホントにホント?」

 

「もう!ばっち、ウェルカムんでしょー!」

 

 その言葉に、三浦さんは頬を染めて、嬉しそうに俯いた。

 戸部君の言葉はなかなかに難解で理解が追い付かないのだけれど、とりあえず、全てokをしたようね……

 

「ちょ、ちょっと、ゆきのん、姫菜……こっち!こっちきて!」

 

 幸せそうな雰囲気を醸し出しているその二人の脇で、由比ヶ浜さんが私の手を引っ張る。そして、私と海老名さんの二人を連れて、店の入り口そばの柱の陰までやってきて、話し始めた。

 

「ど、どういうこと!?てっきり隼人君に告白するって思ってたのに……ひ、姫菜はこのこと知ってたの!?」

 

 その焦った感じの由比ヶ浜さんの言葉に、海老名さんも困った顔で答える。

 

「いやあ、私もびっくりだよー。私だって優美子から『告白したいから手伝って』って言われただけだし、てっきり隼人くんだと思ってたから、今日もここに呼んだんだよ?まさか、と、戸部っちだったとわねー」

 

 思わず口元を押さえてくすくすと笑いだした海老名さんを、由比ヶ浜さんも呆然とした目で眺めている。

 

「とりあえず、状況を整理しましょうか」

 

 私のその言葉に二人も頷く。

 

「まず、三浦さんの告白は、相手の戸部君が了承したのだから、これで成功という事ね。それにしても、私も三浦さんは葉山君を好きだと思っていたのだけれど、いつから戸部君を想うようになったのかしら?」

 

「そーいえばねー。最近優美子ってば、モールのケーキ屋さんに良く通ってたみたいで……そこに戸部っちも……」

 

「そ、そこって、戸部っちの先輩のケーキ屋さんのことじゃない!?前にクリスマスの時にバイトしてた」

 

「そうそう、戸部っち、またその店でバイト始めたみたいでさ、優美子もそこで戸部っちと会ってたみたいだね」

 

「そう……なら、今までに二人が関係を進めていてもおかしくないわけね……ふう……でも、本当に人騒がせな話ね」

 

「ホントだよー。だったら、優美子も最初に言ってくれれば良いのに―!」

 

「なあ、君たち……俺も、こっちの仲間にいれてくれないかな……」

 

 そう言って、頭を掻きながら、現れたのは、葉山君だった。

 

「あっちで、戸部と優美子が二人の世界作っちゃっててさ……居辛くて」

 

 ふう……多分、さっきまでは自分が告白されると、思っていたんでしょうし……それがこの展開なら、居辛さも倍増のはずね。それに、あの告白の瞬間まで三浦さんに断りの言葉を言おうとしていた様子だし、これについては同情してしまうわ……それにしても、こんな葉山君を見る日が来るなんて……

 

「ふふふ……」

 

「な、なにかな?雪ノ下さん……」

 

 あまりの意外な展開に思わず笑ってしまった私に、葉山君が首を傾げながら声をかけてくる。

 

「い、いえ……いつもモテモテの貴方が、こんな風に打ちひしがれてしまっているなんて……ちょっと、意外で……ふふ」

 

「ちょっと、ゆきのん!それは失礼だよ。わ、笑うなんて……ぷっ……くくく……」

 

「あら……そういう貴女だって笑ってるじゃない……人の事言えないわよ……ふふ……」

 

「ほらほら二人とも、おかしいのは解るけど、隼人君も困ってるし、その辺にして……ぷくくくくぷくぷくぷくぷくくぷく……」

 

 そんな様子の私達女子3人の様子に、葉山君は苦笑いを浮かべ続けていた。

 ホント、ちょっと、我慢できない……

 いつもクールに格好をつけているこの葉山君のこんな姿を見る日が来るなんて……

 これは、なにか慰めのひとつでも言ってあげましょうか……

 

「葉山君……今は二人を素直に祝福してあげましょう。今日は私達が話を聞いてあげるから、先に帰りましょう」

 

 一度三浦さんと、戸部君のいるテーブルに戻り、用があるから先に帰ると伝えて、私達は店を出た。

 帰り際に二人を見ると、三浦さんはすっかり安心したのか、口元を緩ませて蕩けきった顔になっていた。戸部君は戸部君で、赤い顔で嬉しそうにしている。私は、由比ヶ浜さんと二人で彼に告白した時の事を思い出していた。恋が成就した時の底なしの幸福感を、今彼らも味わっているのだろう……この世の中に、こんなに幸せな事はないと思う。だって、私がそうだったのだから。だから、この気持ちを守りたいからこそ、みんな真剣に恋をするんだろう。これが青春という事なのかもしれない。私は、その時、そんな甘酸っぱいことを考えていた。

 

 

 

 

「でもさ。ホントにびっくりしたよ!優美子ってば、隼人君の事好きだってばかり思ってたし……あ、ご、ごめん」

 

 私と由比ヶ浜さん、それと葉山君と海老名さんの4人で歩いていて、不意に由比ヶ浜さんがそう言ってしまった。本当にこの子は迂闊すぎるわ。葉山君を見ると、案の定、困ったような表情を浮かべている。

 

「い、いや……いいんだ……俺は……俺は戸部も優美子もいい友達だって思ってるし……それにしても、結衣だけじゃなく、戸部と優美子まで彼女彼氏持ちになるなんてな」

 

 言いながら彼は頭を掻いた。何か、諦めにも似た達観したような表情を浮かべている。でも、そんな葉山君を見ながら、隣を歩く海老名さんが、追い打ちのような一言を放った。

 

「え?優美子たちだけじゃないよ?なんか、大和君も大岡君も、女子バスケ部の子と付き合うことになったってさっき言ってたよ」

 

「え?」

 

「えええ!みんな彼女できちゃったの!?」

 

 それを聞いた葉山君が、ますます青い顔になり、由比ヶ浜さんも驚きの声を上げている。海老名さんはその後も言葉を続けた。

 

「あ、えーと、それとね……私これから、朝まで同人サークルのコスプレ撮影会行かなきゃならないから、先に帰るね。ごめんね、隼人くん、結衣、雪ノ下さん、じゃあねー……ふふん~♪きのこのこのこ、げんきのこ~♪」

 

 そう言って、彼女は手を上げて踵を返して去っていった。

 

 残されたのは、私たち二人と、呆然として項垂れている葉山くんのみ……

 さっきは思わず笑ってしまったけど、さすがにここまで来ると、面白いと感じることもできないわね.......辺りを見回すと、ちょうど小さな公園があった。もうすっかり陽も落ちているため、遊んでいる子供もいない。私は由比ヶ浜さんに目配せをすると、彼女もそれを悟ってくれたのか、困ったような表情で頷いてれた。それを見て、私は彼に声をかけた。

 

「さあ、葉山くん、ちょっとそこに座って休みましょうか」

 

 そう言って促すと、彼はのろのろと、公園に入り、外灯そばのベンチに腰をかけて頭を抱えた。

 流石にこれは情けなさすぎるわね。

 

「その姿は憐れというより、もはや悲惨ね。さっきは、三浦さんを振ろうとしていたようなのに、なぜそんなに落ち込んでいるのかしら?ただ、あなたの友人たちが、恋愛という青春を謳歌しているだけのことなのだから素直に祝福してあげればいいのでは?それとも貴方も急に恋人が欲しくなってしまったのかしら?」

 

「ち、ちょっと、ゆきのん……もうちょっと気を使ってあげようよ。は、隼人くん、あんま気にしない方がいいよ……ね?」

 

「そうではないわ、由比ヶ浜さん。彼はもう少し周りに目を向けるべきなのよ。自分の思いに周囲を巻き込んでしまっている分、比企谷くんよりも質が悪いのだから」

 

「ゆ、ゆきのん……」

 

 不安そうな由比ヶ浜さんの横で、私のその言葉に葉山くんはちらりと、顔を上げた。

 

「もう、なんとでも言ってくれ……俺は、もう少し今の交遊関係を続けていたかっただけだ。でも、みんなはそうじゃなかった。それだけのことだよ」

 

「呆れた......そんな自分本意な台詞、彼だって吐いたりしないわ。いえ、それはちがうわね。彼には継続できるほどの友人が皆無だったわね」

 

「ゆきのん、地味にヒッキーディスってるし!」

 

「まあ、そんなことはどうでもいいとして……」

 

「どうでもいいんだ!?」

 

「さてと、葉山くんはこの先何を望むのかしら?ことと次第によっては、奉仕部として迷える子羊である貴方の手助けしてあげてもいいのだけれど」

 

「そ、そうだよ!隼人くん!あたしたちで力になれることならなんでもするよ!うん!」

 

 由比ヶ浜さんの言う『なんでも』の所にはかなり抵抗感があるのだけれど、葉山くんが何かの手助けを必要としているのなら、助けてあげたいとも正直思っている。

 力のない視線で私を見つめる葉山くんは、少し表情を和らげて声をだした。

 

「ありがとう……そう言ってもらえるだけでかなり救われるよ。でも、おれ自身が解決しなくちゃならない問題もあるし、それが出来ないとちょっと、前に進めなさそうなんだ。だから……」

 

「もし、そこに問題があるのだとしたら、その解決を手助け出来ると思うのだけど」

 

 私のその言葉に、葉山くんは目を見開いていた。そして……

 

「ほ、本当に、助けてもらっていいのかい?この俺を……」

 

「なぜ貴方が、そこまで彼のように卑屈になっているのかは分からないのだけれど、こちらは手伝うと言っているのだから、もっと素直になるべきではないかしら?」

 

 私の言葉に、葉山くんがごくりと唾を飲み込んだのがわかった。

 

「じゃ、じゃあ、言うよ。俺は実はある女の子のことをずっと.......」

 

「ごめんなさい、それはやっぱり無理」

 

「ゆきのん、酷いっ!?」

 

「ま、まだ、何も言ってはいないんだけどな」

 

「いえ、その文脈からすれば、貴方は小学校の時からずっと私を好きで、でも、私を虐めから救えなかったことを後悔し続けていたせいで、普通に私と接することもできなかったばかりか、今まで恋愛も何も出来なかったから、私のこの提案に乗っかる形で、勢いで私に告白してしまおうと……そういうことではないかしら?おあいにく様ね、私にはもう彼という存在もいて、貴方が何を言おうともそれに靡くことは絶対にあり得ないわ。それとも、貴方は人の彼女じゃないと興奮しない特殊な性癖でもお持ちなのかしら?」

 

「な、なんか、君の目には俺が変質者に映っているみたいだな.......まあ、その、最後のくだりは共感できなくもないが」

 

「は、隼人くん、やっぱり変態だ!?」

 

「ち、違うよ.......その、なんだ、まあ、君が……君たちが本気で比企谷を好きだってことがよくわかったよ。これだけでも、なんだか、すっきりできた」

 

「そう?なら良かったのだけど。貴方はかなり彼のことを意識しているようだけれど、それは無意味なことよ。貴方は彼とは違う。彼のように否定され続けてきてもいないし、不器用でもない。貴方は望めばなんでも手にいれることができるのに、単にそうしなかっただけ……だから、彼と自分を比べて卑屈になるのはもうお止めなさい。どんなに努力しても、彼の卑しさに敵うことなんて不可能なのだから」

 

「ヒッキーって、そこまでなんだ!?」

 

「そうだな.......俺はアイツに負けるのが嫌だっただけだ。アイツは何も持っていないと思っていたのに、全てを手にいれている。本人にその自覚はないのかもだけどね。でも、だからこそ羨ましい。俺には……そんなあいつが……」

 

「無いものねだりをしても始まらないのではなくて?あなたももっと周りを見れば、貴方を必要としている存在がきっとたくさんあると思うのだけど」

 

「ああ、俺もそう思う。ありがとう、雪ノ下さん、それにゆい……がはまさんも」

 

 葉山くんはそう言って、少しホッとしたような視線を私たちに向けた。彼の中でも何かが吹っ切れたのかもしれない……私にはそんな風に見えた。

 そして、彼は頭を掻きながら言った。

 

「でも、身に覚えがないんだが、女子たちの間で俺のこと、『なんかゾンビみたいで気持ちわるい』って噂が流れてるみたいでね……暫く、俺に声をかけてくれる女子もいないかもしれないな、ははは」

 

「うっ……」

 

 そ、それについては私にも責任がありそうね。だからと言って何もできないし、する気もないのだけれど……

 でも、こんな軽口を叩けるくらいには回復したようね。彼の道行きの手助け。今回の奉仕部としての手伝いはこれでもう大丈夫そうね。

 

「話を聞いてくれてありがとう。なんだか随分とすっきりしたよ。さあて、俺も一つ”恋”でもしてみようかな」

 

 そう言って、勢いよく伸びをしながら立ち上がろうとした葉山くんの腕が、私のスカートに引っ掛かって.......スカートの前が一気に捲れ上がった。

 

「わわ……ゆきのん!前!前!」

 

「雪乃ちゃん.......そ、そんな過激な.......ヒモ……」

 

「め、メダパニ!」

 

 私の呪文の詠唱と共に、そこに茶髪イケメンのゾンビが再び誕生した。

 

 

 

 

 

 も、もう.......

 

 か、彼に、最初に見せたかったのに.......

 

 

 

 危うくマヒャドを唱えてしまうところだったのは、ここだけの話。

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