『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー   作:こもれび

128 / 184
(8)異世界で商売をするときは下調べが重要だと思います

 魔石エレベータを降りた俺たちは、広い通路を抜けて、中央ホールへ向かった。一応、身を隠さなきゃならないもんだから、3人ともマスクをした上で、目深にフードを被っている。

 その見た目は、世紀末の広野を往く南斗水鳥拳の使い手のような感じだが、まあ、ここから地下に降りればそこはもうダンジョン入り口。結構いろんな趣の装備をしている冒険者が多いから、俺達の白ずくめもそんなに違和感がない。

 

 朝のホールはまだ人も少ないが、原作だと確か、もう少し日が上った頃が一番多く冒険者が集まるはずだ。

 このオラリオでもっとも数の多い冒険者はレベル1。主に上層で狩りを行う彼らは、往復の時間も短いため、昼間に数時間程度ダンジョンに潜り、早めに切り上げて出てくる。だから今の様に早い時間に集まるのは、主に日帰りで中層を探索するレベル2以上の冒険者が多い。だからか、見てくれも結構良くて、まさに戦士って感じの装備を纏った連中が悠々と歩いていた。

 

 そんな連中を見つつ、俺は目的の人物を探す。彼女は存外簡単に見つかった。何故なら、原作の通りの姿だったからだ。

 

 ほっそりと尖った耳に澄んだエメラルドの瞳。セミロングのブラウンの髪で、ギルドの黒のスーツとパンツに身を包んでいるその美人のハーフエルフは、大ホールの入り口に立っていた。

 俺たちは、彼女にむかって真っ直ぐ歩く。途中で、俺達の存在に気がついた彼女は、こちらに向かって訝しげな表情になりつつも、毅然と背を伸ばして立っていた。

 まあね、警戒されて当たり前だよね。こっちは顔を隠してるんだから。

 

「ええと、あなた方が、神ウラノス紹介の聖職者の方ですね。私はギルドのスタッフで、エイナ・チュールと申します。こちらで、治療事業をなさりたいと伺っておりますが、間違いありませんか?」

 

 きっちりとした対応で、端的に必要事項を話す彼女からは、出来る女って感じがびんびん伝わってくる。ウラノスって、昨日ルビス様も言ってたけど、ギルドを管理してる神様だったな。そっち経由で話しを通したのか。

 それにしても本当に美人だな。絶世の美女と言うよりは、可愛いお姉さんって感じではある……。

 確かこの人もベルくんラブなんだよな。流石ラノベ主人公、片っ端からだな。

 彼女の問いかけに頷くと、彼女は言葉を続けた。

 

「では、ギルドのテナントをお貸し致しますので、こちらに必要事項をご記入ください」

 

 そう言われて、バインダーに挟まれた契約書のような物を渡されたのだが、なんて書いてあるのか全く読めない。どうしようか悩んでいたら、俺の後ろにいた雪ノ下が彼女に話しかけた。

 

「私達は、文字を書けないのですけど。聞かれた事には御答えするので代筆をお願いできないかしら?」

 

「あ、はい、かまいませんよ。でも、この最後の欄には直筆の署名が必要なので、そこだけは、何か書いてくださいね」

 

 にこりと微笑んだ彼女は、俺たちにいろいろ質問をしてきた。名前、職業、性別、出身地。

 分からない所は適当にごまかして、原作に出てきたことで答えた。

 で、最後に俺が書名。『ワレラ』。

 

 え、普通に偽名で、しかも片仮名で書きましたがなにか?

 その書面を受け取ったエイナ嬢が一言。

 

「結構です。ではご案内いたしますね」

 

 え?いいんだ。

 

 俺たちは彼女について2階へと上る。

 そこには学生食堂を思わせる簡素なテーブルとイスがたくさん並べられた食堂と、駅のキオスクのような雑貨屋が。

 なんか、学校の購買みたいだな。

 エイナさんはその脇の、少し開けた休憩場所のような所に俺たちを案内した。そこにはイスがいくつかと、奥に水桶や竈のようなものが置いてある。どうやら、もともとは何かのお店だった模様。

 俺たちを振り返った彼女が言った。

 

「では、ワレラさん達には、この場所をお貸しいたします。賃料は1日3,000ヴァリスとなりますので、必ずギルドへ納めてくださいね」

 

「あ、ども。助かりました」

 

 にこりと微笑まれたので、俺たちはフードをとってお礼を言ったのだが……

 

「え?え?」

 

 小声で呟きつつ絶句するエイナさん。顔真っ赤なんだが……後ろにベルくんでもいるのか?っていないな。

 

「ほら、ワレラ、時間ないんでしょ?さっさと支度する!」

 

「では、ワレラ、私は飲み物の用意をするから、貴方も早くしなさい」

 

「お、おお……」

 

 赤い顔でぽーっとなっているエイナさんを置き去りにして、凄い勢いで二人に背中を押された俺は、そこで回復屋の準備を開始した。

 

 

 ×   ×   ×

 

 

 で、この大盛況ぶりというわけだ。

 ここまで客が増えたのは、ひとえに、このさっき急遽用意した看板と、由比ヶ浜、雪ノ下の二人のおかげだろう。なにせこの見た目だ。野郎冒険者の心を鷲掴みにしちまってるしな。おかげで、俺の方にはおっかないセクハラ女ばっか集まっちまった。ぐぬぬっ。

 

 それで、この看板だ。

 

 この世界の文字を書けない俺達は、となりの食堂に行って、そこで働いてたドワーフの叔父さんに、廃材の木の板をもらって、ついでにそこに治療の価格を描いてもらった。物価がどんなもんか分からなかった俺たちだが、確か一番安いポーションが500ヴァリスくらいだった記憶があったから、低回復(ホイミ)を500ヴァリス、中回復(べホイミ)を3,000ヴァリス、完全回復(ベホマ)を10,000ヴァリスにして、その他、毒の治療や呪い、マヒ解除なんかも適当に書いてもらって、それを看板にした。

 このドワーフの伯父さん、結構いい人で気さくなんだが、ずっと由比ヶ浜の胸を見続けてるのは、まあ、男だしな、そこは我慢してやることにした。非常に不愉快なんですけど!

 

 で、この料金なんだが、どうも相当に安かったらしい。

 

 俺たちのつかうホイミは、この世界のポーションで云うところの『中位回復薬』に相当するようだ。患者に聞いてみたら、回復の度合いが半端なく良いらしい。しかも施術直後に傷口が塞がって消えていくのは相当高価なポーションになるらしく、こんな500ヴァリスで買える程度のポーションでは不可能なのだと。

 ちなみに、完全回復となると、道具で云うと『エリクサー』になるようで、買えば500,000ヴァリスなんだそうだ。

 こりゃ、完全に価格設定を間違えた。

 

 が、まあ言っても始まらない。とにかく事前告知もなしに急に始めて、初日でこの盛況っぷりだ。文句はない。

 

 客層が最悪なのは仕方ないがな……。

 

「ふー、ふー、も、もうダメぇ、ヒッキ……ワレラ助けて」

 

「お、おい、あと3人だから、もうちょっとだけ頑張れ」

 

 朝からひたすら呪文を使いまくって、もう、俺も由比ヶ浜もフラフラだ。

 もう日暮れも間近なんだが、冒険者はまだまだやってくる。だが、いい加減限界だ。大分前に、雪ノ下に頼んで、列の整理をしてもらったから、本日の患者はあともう少し。

 そして、俺と由比ヶ浜はほぼ同時に今日の治療を終了した。

 

「うあぁ、も、もう限界だぁ」

 

「あ、あたしもだよ。も、もうダメ……」

 

 二人して、奥に敷いておいたゴザにバタンと寝転んで悶える。こんなに呪文使いまくったのは始めてだ。はっきり言って死にそう。もうね、よく魔力切れ(マインドダウン)起こさなかったもんだよ。隣で尻を出して突っ伏してる由比ヶ浜も何かやりきった感の表情で、にへらと笑ってやがる。なに?お前、感じちゃってンの?実はマゾなの?ダクネスたんだったの?

 それにしても、俺こんなにMP多かったっけか?ドラクエの世界から帰ってから、『つよさ』のコマンドは見れなくなっちまったから正確には分からんが、帰還前でもMPは200くらいしかなかったはずだ。ベホマはせいぜい30回くらい使える計算だったか。

 だが、今日はどうだ。調子にのってたってのもあるが、軽く50人以上にベホマをつかってる。それだけじゃなく、ホイミもべホイミもかなり使った。それなのに、確かに辛いがまだ意識を保っていられてる。

 俺の魔力量が増えたのか、それとも、消費魔力が減ったのか……。それとも……。

 

「お疲れさま、二人とも。ふふ……なかなか良い格好ね」

 

「ぶー、ゆきのん、ひっどい」

 

「しかたねえよ。仕事はきついもんだ。はあ、マジで社畜にはなりたくねえ」

 

 これ、マジでブラック企業並みなんじゃねえか?休憩ないし、残業代とか関係ないし、客にセクハラされるし……。ちょっと法律相談事務所に行ってこようかな。

 

「で、雪ノ下。今日の売り上げはいくらだったんだ?少なくとも家賃の3,000ヴァリス以上は稼げてるだろうが……」

 

「えーと、もう少し待って……そうね、締めて『1,285,500』ヴァリスね」

 

「はあっ?ま、まじか?」

 

「うわあ!すごいね!120万円以上稼いじゃったの?」

 

「いや、多分日本円に換算すると、100ヴァリス=200円位だと思うから、軽く250万円位稼いだってとこじゃないか?」

 

「ええ!?そんなに?えとえと、250万円って、何回カラオケ行けるのかな」

 

「お前な……その発想自体がすでに悲しいことになってるぞ」

 

「じゃあ、そういうヒッキーなら250万円でなにするの?」

 

「俺なら即貯金だな。贅沢は敵だ!」

 

「ぶー……それじゃあ、つまんないし。ちょっとくらい使おうよー。そうだ!デートしよ!ヒッキー!」

 

「はっ?」

 

「だって、はじめて3人で稼いだお金だよ。記念にさ、デートしよ!3人で!ねえ、いいでしょ?ゆきのん!ヒッキー?」

 

 その急な由比ヶ浜の言葉に戸惑っていると、隣の雪ノ下が……。

 

「そ、そうね。まあ、少しくらいなら良いのではないかしら?わ、私も、悪いアイディアでは、ないと思うのだけど……」

 

「雪ノ下、何、真っ赤になって言ってんだよ」

 

「やたっ!ほら、ヒッキー、これで2対1だよ!ねえ、おねがい」

 

 二人して、上目使いで俺に迫ってくる。も、もう、そんな目で見られたら、断れるわけねえじゃねえか。

 

「わ、わかったよ。行こう!デートに」

 

「やったぁ!「ただし!」」

 

「先ずは目の前の問題に対処してからだ。イベントに乗り遅れると、俺も展開よめなくなっちまうからな」

 

「だいじょうぶ、ちゃんと我慢できるよ。ね、ゆきのん!」

 

「楽しみは後にとっておく方が、感動も大きいものね。期待しているわ、八幡」

 

 ぐうっ!地味に二人してプレッシャーかけて来やがる。

 でもま、確かに初めて稼いだってのは間違いないしな。ん?これって、『初めての共同作業、ケーキ入刀でーす』みたいじゃねえか?な、なんだ?そう考えてみたら、モヤモヤが増幅したぞ!うわっ、なに一人で結婚式想像しちゃってんだ?まじキモいぞ、俺。

 

「どうしたの?ヒッキー。そろそろ行こ」

 

「お、おう。じゃあ、行くか……。まずはギルドだな。今日の賃料納めねえとな」

 

 そう言って立ち上がろうとすると……。

 

「あ、あの……」

 

「ん?」

 

 荷物を纏めて、帰り支度を始めた俺たちに、誰かが声を掛けてきた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。