『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー 作:こもれび
「さっき仕事して帰る途中で、変な黒ずくめの連中に会ったんだよ」
そう言いながらポリィは、雪ノ下の淹れた紅茶を飲んで、びっくりした顔をしている。
「これ!美味しい」
「ふふ、ありがとう」
「で、ポリィ、その黒ずくめがなんだって?というかお前仕事してんのかよ?いったいなにやってんだ?」
「へへ……」
ポリィは立ち上がって俺の横を通って、背後の棚の方に歩いていく。で、少し行ってから振り返って言った。
「それで、お兄さん、財布はちゃんと持ってる?」
「ん?」
言われて、慌てて胸ポケットに入れていた、財布替わりの布の袋を確認するが、どこにもない。
「な、ない!?財布がないぞ!?」
「ええー!?」
雪ノ下と由比ヶ浜の二人も絶叫!そらそうだ。なにせ売り上げは全部俺が持ってたんだからな。
おいおいおい、ま、マジかよ。いくらなんでもこれは不味すぎる。無くしたなんてなったら、今日1日の苦労が完全に水の泡じゃねえか。
「ひ、ヒッキー、ほ、ホントにないの?」
「どこか別の場所にしまったとかは!?」
二人も慌てて俺の全身をまさぐってくる。お、おい、ズボンの前ポケットは止めろ!触ってる、触っちゃってるから!?それから、どさくさに紛れてアンも嬉しそうに抱きついてくるなっての!
そんなことより、や、やばい、金がないのは本気でヤバイ。
「う!うわわわあ?な、なに?お兄さん達こんなにお金持ちだったの?うっひゃあ!」
「「「え?」」」
見ると、ポリィの手には、小豆色の俺の
「は?なんでお前が持ってんだよ?え?ま、まさか……。す、スったのか?お前スリなのか?」
俺のその言葉に、袋の口を閉め直したポリィが、にやっと笑いながら、投げてかえしてきた。
「人聞き悪いなあ、スリじゃなくて
「もっと悪いだろうが!まったく……これだからファンタジーは……。で?そのシーフのお前がどんな目に逢ったって?」
「え?あ、うん。実はね……」
ポリィは居住まいをただして語り始めた。
ポリィの話はこうだ。
夕方の人混みの商店街で一仕事したポリィは、結構稼いだらしい(なにやってんだ!?)のだが、その帰り道に真っ黒いローブに身を包んだ怪しい集団とすれ違った。
その時ポリィは、持ち前の目聡さで一番先頭を行く背の高いローブの男が、懐にかなりの金を入れているのを見つけ、すかさずそれをスった。
ところが……
いつもであれば、気が付かれる前に逃げ果せるところを、何故かすぐに気づかれ、しかもその集団が一気に走り寄ってきたのだという。元々足には自信のあるポリィだが、相手も素早く、撒こうにも離れることが出来ない。おまけに、相手は走りながら何か呪文を唱えたらしく、足元に急に蔦が伸びてきて足を絡めとろうとしたり、横殴りの突風が吹いたりと、怖くなったポリィはその奪った財布を遠くへ投げて、自分は馴染みのある地下通路へと逃げ込んだのだと。
息も絶え絶えで、地下を進んだポリィは、突然足元に振動を感じて身を隠すとほぼ同時に、そこで不思議な光景を見る。
急に地面の暗がりが盛り上がったかと思うと、そこに血まみれの
最初はモンスターが産まれたかと怯えたホリーだったが、アンが苦しそうにしているのと、言葉で助けを求められたことでアンに駆け寄る……。そして、傷を塞ごうと布で押さえようとしたその時、突然背後から……
「下手に触れない方がいい。その傷は致命傷だ。助けたければエリクサーを持ってくることだ」
なんの気配もなしに、ポリィの真後ろに黒ずくめの女が佇みポリィ達に視線を送っていたそうだ。驚いたポリィをそのままに、彼女は腕を突き出して何かを呟くと、アンが白い光に包まれ、そしてアンは時を停めたように動かなくなり、静に瞼を閉じる。
「今しばらくはこれで持つだろう。急ぐがいい」
ポリィは、さっき同じような黒ずくめの集団に追われたばかりで内心では怯えていたのだが、その女性の言葉に嘘が無いように思い、急いで助けを求めに地上へ出た。そして……。
今日の大盛況のおかげか、そこかしこで俺達の噂を聞いていたポリィは真っ直ぐにダンジョン入口の俺達のもとへ向かったと云うことらしい。
ポリィの話すその『黒ずくめの女』は、多分さっきのダークエルフのことだろう。めちゃくちゃ美人だったけど、ホント誰なんだ?ダークエルフの有名どころって言ったら数人しかイメージ湧かないが、まさかね……。
「でも、本当に良かったよ。お兄さん達来てくれなかったら、きっとお姉ちゃん死んじゃってたし。でも、お姉ちゃんてなんで話せるんだろ?モンスターが話せるなんて聞いたことなかったよ?」
ポリィは不思議そうに首を傾げている。まあ、そりゃそうだわな。原作でもこの時点でこの秘密は主人公達でも知らないわけだしな。
「あー、ポリィ?それから、由比ヶ浜と雪ノ下もだが、アンがモンスターだってことは他言無用だ。あくまで人間の女子って扱いでいてくれ。このことは、まだこの世界全体での秘密でもあるんだ。もしバレれば、アンは全ての人間の敵意にさらされちまう。もしそうなったら、どうなるか……分かるよな?」
3人はごくりと唾を飲み込んで、静かに頷いた。
こいつらはこれで大丈夫だろう。
だが、対外的には一つ手を打っておいた方が良さそうだな。
「それで、アン?お前、今までのこと話せるか?覚えてるとこまででいいんだが」
「あ、うん。アン、オリコワレタからにげだしたの。キュウなジシンで。それで、イッパイニゲタの。ハシッてトンで、ヤスマナイでずっと……でも、コワイヒトタチイッパイおっかけてきて、クマさんとかウシさんとかにもおっかけられて……」
「クマ?ウシ?ダンジョンに動物もいるのかしら?」
雪ノ下が不思議そうな顔でポソリとつぶやく。
「あー、それ多分『バグベアー』と『ミノタウロス』だろう。ほら、俺達が18階層に出たとき、最初にバギとかイオでやっつけただろう?あれだよ」
「ミンナ、アンをいじめるの。だからニゲタの。ホントはトモダチもイッショにニゲタカッたけど、コワイヒトタチいっぱいで、アンしかニゲラレなかったの」
アンはまた目に涙を浮かべている。友達ってのは、ひょっとしたらさっきダンジョンから搬出してたあの木箱の中に居たのかもしれないな。でも、本当に感情豊かだな。もうほとんど人間じゃねえか。
アンは涙を羽で拭いつつ話を続けた。
「それでアン、イッパイニゲタけど、コワイヒトにまたツカマッタノ。コワクてイヤで、でも、ニゲラレナクてナイテタの。それでイッパイイッパイナイタら、キラレチャッタの。アトはよくワカンナイ」
うーん。
アンは別に嘘はついてないと思うけど、言葉が辿々しいせいで、いまいち状況がつかめない。
地震で檻が壊れたからってのは多分そうなんだろうな。ん?地震って、まさかあれか?神龍がダンジョンに突入したときの振動なんじゃねえか?あれ相当揺れてたし、落盤とかもあったしな。だとすると、丸1日以上逃げ回ってたってことになるのか……。
そんで友達をおいて一人で逃げて、でも追い詰められたのか……その冒険者の連中に。んで、捕まって泣きわめいたら切られて……でも、それでどうやって逃げ出したんだ?普通に考えれば、その時点でジ・エンドのバッドエンディングだ。でもアンは助かってる。
誰かがアンを助けたとしか思えない。だとすれば、あのダークエルフしか思いつかないが、いかんせん情報が少なすぎる。
第一、ダンジョンでもないところの床からモンスターが生えてくるなんて、原作にだってそんな話はなかったぞ。だとすれば、原作にも書かれていない何かの神秘があるのかだな。
俺が頭を掻いて唸っていると、雪ノ下が「どうかしたの?」と聞いてきた。
「ああ、多分なんだが、さっきバベルを出る前に木の箱をダンジョンから搬出してた連中が居たろう?あれ、多分中身モンスターだ。それも、アンと同じような自意識のあるな」
「え?」
驚いているみんなに状況を説明してやる。
このオラリオでモンスターのダンジョンからの連れ出しは当然ご法度だが、非合法で他のダンジョンの拾得物に隠してモンスターを販売している連中がいる。
この世の中に『
原作でその販売先の一つとして出てきた『エルリア貴族』の名前を、さっき作業をしていたファミリアの一人が話していたことも含めて、どうやってアンが逃げられたのかは別としても、十中八九あの連中がモンスターの密売をしているであろうことを教えた。
衝撃的な話で暫く場は静まり返っていたが、由比ヶ浜が唐突に口を開いた。
「ねえヒッキー」
「なんだよ。どうした?」
「えっとね、アンちゃんのその友達……あたし達で助けられないかな?」
急に由比ヶ浜がとんでもない、原作ブレイク発言を宣った。
「お、お前なあ、それはちょっとまずいってこと、お前も知ってるだろうが、昨日ちゃんと話したろ?このあとの展開」
「ウィーネちゃん達のことでしょ?でもさ、放ってなんておけないよ。だって知っちゃったんだもん。あたしはこの子達が酷い目に遇うなんて絶対ヤだよ」
「やだよったってな……」
由比ヶ浜は潤んだ瞳で俺を覗き込んでくる。そんな目されてもな、こればっかは、『じゃあ、いっちょやっか!』ってとーちゃんみたいに返事は出来ねえ。
これは、この世界の神でさえ知らない常識の根幹を覆す話しと繋がってきちまう。
この世界で唯一モンスターを産み出し続けるダンジョンの最大の問題。
『自我を持ったモンスター【
この世界では、本来、モンスターは本能の赴くままに人に襲い掛かるだけのダンジョンの暴力装置だと思われてきた。
それが、あろうことか自我を持ち、人語を操り、コミュニケーションをとることが出来る存在が生まれ始めた。
まあ、ドラクエだったら、ホイミンとかベビーサタンとか、結構みんな喋ってるし、魔王ともコミュニケーションとれちゃうけどな、こっちの世界は違う。
この事を知っているのは、神ウラノスとその側近、それと神ガネーシャ(どこまで知ってるかはいまのところ不明)、そして、【
原作で語られていない存在もあるのかもしれないが、この問題にベル君達主人公組が関わるのはもう少し後だ。そう、ベル君が試練を乗り越えて、もっと力をつけてから。
だから、今、件のファミリアと事を荒立てるのは好ましくない。ただでなくとも、ベル君はこれから在らぬ因縁を吹っ掛けられて、【アポロン・ファミリア】とヘイトにまみれた『
さて、どうしたもんかな……
俺は、ずっとニコニコしているアンを見つつ、雪ノ下に聞いた。
「どう思う?」
「そうね……」
顎に手を当てた雪ノ下もアンに視線を向けている。そして言った。
「この先、いつかは関わらなければならない問題なのでしょう?だったら、それが今でもいいのではないかしら?私たちがここに居る以上、貴方の言う原作とはもう違ってしまっているのだし、それに……」
雪ノ下は俺を見上げながら続ける。
「それに、貴方はもう決めてるって顔をしているわ。そんな顔で聞かれても、反対なんてできるわけないじゃない」
苦笑を浮かべてそう言われて、顔に手を当てる。
「顔に出てたか?」
大きく頷く二人に思わず苦笑い。ま、そうなるわな。
「よし、なら、作戦を一部変更するぞ。だが、俺達の正体は絶対明かすわけにはいかない。謎の集団がアンのお仲間を救いだす。これで行くぞ。それとアンの安全の確保だ。とりあえずここも危ないかもしれない。お前ら、忙しくなるぞ」
「うん!」「ええ!」
妙なテンションで盛り上がっている俺達3人を、ポリィとアンが不思議そうに眺めていた。
× × ×
「主神様よ、またちょいと働いてくださいよ」
暗い……ダンジョンよりも更に暗い、まるで天然の牢獄のようなその狭い鍾乳洞の奥に、その黒衣の男は寝そべっていた。
神と呼ばれたその男は、声をかけた自身の眷族に煩わしげに視線を送る。
「また、お前かよ。いったい自分の主神をなんだと思ってんだ。俺に頼らずに、てめえでがんばりやがれ」
そう言われたゴーグルの男は、思わず肩を竦める。正直、このやる気のない自分の神は、ちょっとやそっとのことじゃ自分から動こうとはしない。だが、今日はきちんと餌が用意されている。男は遠慮なくそのカードを切った。
「へへ……実はですね、『デックアールブ』の女を見つけたんでさ」
「な、なんだって!?」
その黒衣の神は、さっきまでの緩みきった顔とは正反対に目を爛々と輝かせ、驚きを隠そうともしなかった。
「み、み、見間違いじゃねーのか?デックアールブは俺達が降臨するより前に滅んでるはずだろうが」
「それなんですがね?褐色の肌に金の瞳、あれは伝説に出てくる『ハイ・デックアールブ』じゃねえんですかい?確か、死なないって聞いたような気がしましたがね」
神は、その表情を恍惚としたものに変えていく。神にとって下界での楽しみは様々ではあるが、この神に関して言えばそんな他の神が欲している楽しみにはまったく興味を持っていない。
彼が欲する至福の悦び、それは……
「へへへ……なるほどな……こりゃあ、愉しみ甲斐がありそうだな。おい、で、そいつを捕まえたんだろうな」
ゴーグルの男は目を細めて、主に答える。
「だから、そいつを捕まえる為にも、主神様に頑張って貰いたいんですよ」
男は神に言った。
「俺達の獲物をかっさらった、3人組の正体を調べてきてくれませんかね。『デカルチャーズ』ってやつらを。そいつらが、あのデックアールブに繋がってますぜ」
「くひっ……だったらてめえらは、さっさと準備しておけ。そいつらをひんむいてたっぷりと悪夢を見せてやれ」
神はスッと立ち上がると、足取りも軽やかに洞穴からその姿を消した。
「くくっ」
神が去ったそこで、男は卑しい笑みを浮かべる。そしてその男の回りの足元から複数の黒ずくめの人影が突然現れる。そして、その中の一人が懐から大量の金貨の入った袋と赤い宝石を、ゴーグルの男に手渡した。
「へへっ、あんがとな。こんなことで良いなら、いくらでも俺は手を貸すぜ。あんなバカでも神は神だからな」
そう言って軽口を叩いたゴーグルの男に。もっとも背の高いローブの男が地の底から湧き上がるような声で囁いた。
「命が惜しいのならば、それ以上神を蔑まないことだ。貴様は我々の言う通りに、あの者達の正体を探り、その後その『宝玉』を神イケロスへ渡せばそれで良い。それからな……」
黒ずくめの男達は一斉にその黒いフードを取った。
「いま少し、自分の立場を弁えることだな……『ニンゲン』」
そこには、輝く銀髪に金色の瞳、そして闇を思い起こさせる褐色の肌の美麗な亜人が、男を冷たく見下ろしていた。