『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー 作:こもれび
一応の方針を決めた俺達は、夜陰に紛れてバベルへと戻った。当然だが、レムオルで姿を消して。
え?だって誰が見てるか分かんないし、俺たち自分の気配を消したり、追跡者の動向を察知したりなんてスキルは当然持ってないし。だって、普通の高校生だし。
と、言ってみたい今日この頃ではあるが、まあ、魔法を使えるってことで、それにすがっているというわけだ。
で、ハーピィのアンを連れて帰った訳だが、シーツをマントの様に羽織ったアンを見て、なぜか一色が猛烈に不機嫌になった。まあね、アンが俺になついちゃって、由比ヶ浜達を押し退けて俺に抱きついちゃってるわけだしな。こんなイチャイチャ見せられて気分良い奴いるわけないわな。
と、まあ、それは置いておくとして、ルビス様達にことの次第を説明して、必要なことを頼んで、色々と準備をしてから俺達は眠った。4人で。だって、アンが俺から離れないんだもの。で、当然の様に由比ヶ浜と雪ノ下も布団に入ってきちゃうし。はっきり言って色々あれがあれで、なかなか眠れなかったわけだが……。
結局今日も俺は思春期男子の苦しみを味わうことになった。いや、ちょっと、ちょっとだけ触ってみたりなんかしちゃったんだけどな……さりげなく……気付かれないように……
だ、だって、こんな直近に柔らかそうで良い匂いの男子垂涎の神秘が二つ(あと人外一つもだが)も俺に身体を預けて添い寝してるんだぞ。ち、ちょっとくらい触ったっていいじゃねーか(開き直り)。寝息に混ざって聞こえる、ふたりの艶かしい吐息に身悶えしつつ、でもそこまでしか出来なかった。
仕方ねえじゃん、俺の脇でアンがゴロゴロ言いながら寝てるし、となりの部屋には、一色も小町もルビス様もいるし、俺にはそこでイタせるほど、チョコボ○ル○井さん並の度胸と精力はねえっての。
はあっ、俺、これからずっとこの調子なのかね?なんで、毎朝起きていきなり自分にベホマかけなきゃなんねーんだよ。でもまあ、二人が妙に上目使いで俺を見てることに関しては気にしないでおくことにした。
そしていよいよ今日の夜にはイベントだ。
が、まだ時間もあるし、ちょっとやって置きたいこともあったもんで、俺達は再び回復屋を開いている。
「ねえヒッキ……ワレラ?なんか昨日よりも患者さん増えてない?それに、昨日きた人もいっぱいいるし」
「そうだな……評判良いのはありがたいが、これじゃああっという間にMP切れるな。今日は夜のこともあるから早目に切り上げるぞ」
「うん、分かった」
患者は昨日と同様に
「ハイ、ドーゾー、ハイ、ドーゾー」
真っ白いダブダブのシーツをマントにして、翼を布の下に隠したままのアンが、お盆に載せた紅茶を冒険者達のもとへ運んでる。翼を隠さなきゃならないから仕方がないんだが、随分持ちにくそうだ。それに、アンは朝からずっと休みなしに働いてる。
ちなみにアンは正体を隠すマスクをつけていない。角もそのままにしてある。まあ、角は一見、大きめの髪留めの様にしか見えないため、驚かれる心配はないのだが、まあ、俺はわざとこうさせている。
フラフラとしながらも、お日様のような笑顔で紅茶の入った陶器のカップを渡して歩くアンに、男の冒険者たちはすでにメロメロだ。
「ねえ、ワレラ?なんでアンちゃんあのままなの?あれじゃあ、ちょっとマントが捲れたら、足とか羽とか見えちゃうよ?」
ロリーが心配そうにそう呟くのに、俺は小声で返した。
「いいんだよ。わざと見つかるように、ああやって歩き回らせてるんだから」
「ええ!?だって、そんなことしたら、アンちゃんが……」
「いいから黙って見てろって」
不安そうなロリーにそう言って、俺はアンを見る。すると、デレっとしている冒険者の一人が急にアンの腕を掴もうと手を伸ばしてきたところだった。
「きゃっ」
「な!?なんだ!?」
小声で叫んだアンの脇で、その冒険者が捲れたマントから現れた白い大きな翼と、その足の鉤爪を見て驚愕の声を上げる。
「な、なんだ?ば、ばけもの……モンスターなのか!?」
その言葉に、アンは一気に青褪めてその場で震えだす。近くにいた冒険者達も一様に不安気な表情に変わり、アンから後ずさって呆然としていた。
良い頃合いだな。あんまのんびりしてると、気の短い奴が剣で切りつけてくるかもしれねえ。
俺は、すっと、立ち上がってアンの前に立った。
「お、おい。あんた……どういうつもりだ?モンスターなんか連れ歩きやがって」
「そ、そうだ、聖者だかなんだか知らねえが、モンスターを連れていったい何する気だ?」
「お、おい、みんな……や、やっちまおうぜ」
段々と周囲の連中が騒がしくなってくるのに伴って、俺の後ろのアンの震えが強くなってくるのが分かった。
どうしようもねえな、この脳筋どもが。ちょっとだけ、脅してやるか……
俺は右手をつき出して、出力を最小に絞って『メラ』を放出する。
俺の右手の人差し指の先から上方に向けて灼熱の焔が立ち上った。
その強烈な熱に晒された冒険者達は、怯えた様子で後ずさる。うん、その判断は正しいと思うよ。だって、完全回復を操る相手だもの。どんな恐ろしい魔法持ってるか、そりゃ怖いわな。これで、引かないのは本当の実力者か、ただのバカだが、幸いここにはそういう奴はいなかった。
「あー、さっきから黙って聞いてたんすけど、ばけものとか、モンスターとか、人の妹捕まえて何言ってくれちゃってんですか?ちょっと、流石に俺だって切れますよ」
冒険者の一人が呻くように呟いた。
「い、妹だと?そんなわけあるか、モンスターと兄妹なんて……その体はどう見たって、ハーピィじゃねえか」
その言葉に、アンだけでなく、ロリーとコンダも心配そうな顔になる。
よし、なら、ここからが俺のターンだ。
「ああ、そうだな。この見た目はハーピィだよな。だって、俺が死にかけのアンにハーピィの体を繋げたんだから」
「「「「「はあぁっ?」」」」」
その場にいる殆どの冒険者が、口をポカーンと開けている。俺はすかさず続きを話した。
「俺たちには神聖魔法がある。あんたらも知っての通り、殆どの傷は簡単に治せるし、完全回復なら切断した腕だって生えてくる。だけどな、それでも治せない、どうしようもないことがある。アンの夫となる者はさらにおぞましきものを見るだろう」
俺は周囲の連中が聞き入ってるのを確認してから、話始めた。
「俺達は旅の途中で、アンとはぐれちまった。そう、べオル山地って言ったか。もうずいぶん前のことだ。どしゃ降りの雨で、1メドル前も見えなかった。大量の水気を含んじまった荷物が重くてな……なんとか雨をしのげそうな場所を探して崖を急いで降りてたんだ。その時……」
俺は一呼吸置く。
「一番後ろを歩いていたアンが、流れる土砂に脚を取られて崖底に落ちたんだ」
ひいっと、近くにいたおっさんが悲鳴をあげる。まあ、今は何も言うまい。
「俺は全ての荷物を放って、アンの落ちていった先を目指して走った。雨は弱まらないし、元々崖だ。ちょっとやそっとじゃ降りられやしない。俺は焦った。無我夢中でアンを探した。だけどな……見つからねえんだ。落ちたと思った崖下は、岩が剣山みたいに突き立っているし、上からは絶え間なく岩が落ちてくる。唯でなくても見えねえってのに探すのもままならねぇ……そんな時、聞こえてきたんだよ。甲高いハーピィの鳴き声がな……」
俺の周りは静まり返っていた。列に並んでいた冒険者だけでなく、食堂で食事をしていた連中や、キッチンのドワーフの叔父さんまで手を止めていた。
ちょ、ちょっと、こんだけ注目されると流石にびびっちゃうんだが……、どどどどうしよう……ま、まあ、素顔隠してるし、後ちょっとだし、ええい!頑張る!俺!
「で、でだな、そのハーピィの奇声を頼りに俺は走ったんだ。岩に当たるのもお構いなしに真っ直ぐにな。そんで向かった先で、俺は遂に見つけたんだよ……」
静まり返ったその場に、ごくりと唾を呑み込む音がはっきり聞こえた。俺は渾身の力を込めて、必死の形相を装って言った。
「そこで見たのは何十羽ものハーピィと、そのハーピィが嬉しそうに啄んで……ぐちゃぐちゃのバラバラになっちまった、変わり果てたアンだったんだ!」
ドーーーーーーン!と指を突きだすと、みんな一斉に仰け反った。素晴らしい反応だ。俺、心の隙間埋めるセールスマンも出来るかもしれないな。
「俺は、怒りに任せて、ハーピィを皆殺しにしてアンに駆け寄った。アンは腕も足も既に無く、内蔵も食い散らかされて、片方の目もくり貫かれていた。でも、まだ生きていたんだ。だから、俺は、魔法を使った。何度も使った。でも、アンは身体を失い過ぎてしまっていた。もう元に戻せる状態じゃなかったんだ。だから、俺は、迷わず使ったんだよ、身体を融合させる禁呪を。アンの命を繋ぎとめる為に。だが、その場に使える肉体はハーピーしかなかった。つまりな、そういうことなんだよ。アンは俺の妹だ。家族だ。もし、それでもアンを殺そうとする奴がいるんなら、そんときは俺が相手してやる。この身に代えても必ずアンを守るがな!」
そこまで言い切ってから、俺はアンを抱き寄せた。アンは困ったような顔で俺を見上げてきている。まあ、ワケわかってないってことなんだろうが、ここが肝心だ。頼むから余計なこと言うなよ。
そう思い静かにしていると、黙っている冒険者の中から、かなり大柄でガタイの良い頑丈そうな冒険者が3人近づいてきた。3人とも、血管が切れるんじゃないかってくらい、青筋を立てて、俺にむかってメンチを切っている。
アイエェェェェェェエ?ナンデ?ハチマンナンデ?やっぱ嘘ついちゃダメだった?やっべ……どうしよ……いやマジで……
3人は足早に俺に近づいてくると、俺を見下ろしながらドスの効いた声で同時に言い放った。
「「「アンさんを、俺にください!」」」
「はあ?」
俺達一同唖然。
「き、キサマ、なに抜け駆けしてるんだ!?アンさんは俺が必ず幸せにしてみせる」
「レベル2風情が、しゃしゃり出るんじゃねえよ。アンちゃん、君がどんなに傷ついてたとしても、そんなの俺は気にしないからね」
「てめえら、っざけんな!アンさんは俺の嫁だ。ぶっ殺すぞ」
あー……いいやつらだなあ……。
もうちょいアホじゃ無ければ最高なんだけどな。
3人はいきなり取っ組み合い。俺は巻き込まれないように、アンを抱いたまま横に逃げた。
でも、その後もその場に居合わせた連中が次々にアンに近付いてきて、色々励ましの声をかけ始めた。冒険者ってアホばっかりだが、結構気持ちいい連中なんだな。アンも一生懸命に片言で返事をしているが、なんでこんなに皆が急に優しくなったか、全然わかって無いようだ。
だが、それでいい。
俺の仕掛けは見事に上手くいったようだ。
みんなに囲まれているアンを置いて、俺は一旦ロリー達のところに戻ると、何故かロリーが号泣している。っておい!
「うう……アンちゃんそんな酷い目に遇ってたんだねぇ。でも良かったぁ。ヒッキーが助けてあげられて」
「お、おい、言っておくけど、あれ全部作り話だからな」
「え?……あ!」
そこで漸く気が付いたようで、ロリーは顔を真っ赤にして慌てはじめた。
「し、知ってたし!わ、わわわ……わざとだし」
「大丈夫よ、ゆい……ロリー。私も一瞬本当のことかと思ってしまったもの。それだけ八幡の演技が心に響くものだったということよ。それにしても、相変わらずすごい搦め手を使ってくるわね。失敗したらって怖くはならないの?」
コンダにそう言われて、俺も返す。
「こういうのはな、隠そうとするから余計に悪くなっちまうんだよ。知らないことほど怖いものはないしな。だから、みんなに見せちまえばいいんだ。ただ、全部本当のことを言う必要はない。連中が納得できて、実際にあり得そうな理由があればそれでいいんだよ。嘘に違いはないんだけどな。『受け入れ難い真実』より、『受け入れたい嘘』を選んで貰うようにしたわけさ。今はまだ、これでいい」
そう、今本当のことを言う必要はない。
要は言葉を話すハーピィ(みたいな娘)を受け入れる気持ちの余裕を作ってやればいいだけだ。
アンは本気で人を傷つけようなんて思っちゃいない。身体がハーピィってだけで、上半身は人、それも見目麗しい美少女だ。だからこそ今回はこの方法で上手くいきやすかった。そういう意味じゃ、人に近い姿形を持ったアンはラッキーだった。
冒険者の連中には、可愛くて甲斐甲斐しく頑張ってる健気なアンの姿を見せる。別に演技はしていない。本当に疲れるほど、アンを働かせただけだ。だからこそ、連中はアンに好印象を持った。
そして、そんな愛らしいアンの一世一代のピンチ。
正体がバレる。
そう、この時はじめてその場に居合わせた全員が混乱する。人間だと思っていた少女がモンスターかもしれないという不安の境地。ここで、全員が常識と良心の板挟みになって悩みはじめる。
原作でもそうだったが、普通この場合、この世界の人々にとって一番重要なのは世間一般の常識だ。
『モンスターと人は相容れない存在』
『モンスターは人を食らう悪しき存在』
だからこそ原作でウィーネは迫害に遭った。ならば、この瞬間に誰もが持っている良心に訴えかけてしまえば良い。
問題なのは、アンがモンスターかどうかということだ。だったら、人間だと言い張ればいい。実際問題モンスターなのだが、目の前のモンスターっぽい娘が、いや違う、人間なんだよと、その理由をきちんと貰えれば、後は勝手にみんなが受け入れはじめるという寸法だ。
例えそれが、禁呪をつかう聖者とかいう、怪しさ満点の存在の後ろ楯だったとしても、この少女を受け入れたいという気持ちが勝れば、そんな不可解な理由も納得材料になってしまうわけだ。
まあ、でも、嘘は嘘だ。別にだからって何も後ろめたい思いはない。後でバレるかも……と言うより、後でバラすことにはなるだろうしな。
今の段階ではこれで十分だ。ウィーネや他の
もうすっかり冒険者の連中と打ち解けたアンを見ながら、紅茶を飲み干した俺はロリーの手を引いて、再び治療台にむかったのだか……
「ちょっとあなた達、あの時の異世界人でしょう?」
ふいに小声でそう言われ、慌てて振り向くと、目をつり上げて此方を睨んでいる、クリアブルーのふわりとした髪の知的な眼鏡美人と、冷や汗を垂らした、羽帽子の優男の二人が立っていた。