『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー   作:こもれび

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(14)「ベル……クラ……ネル………………コロ……ス……」

 『焔蜂亭(ひばちてい)』はバベルから南の商店街のあるメインストリートから少し入った路地にあった。

 冒険者にはかなり人気があるらしく、まだ外は明るいというのに、顔を赤らめた連中が景気よく発泡酒(エール)で乾杯していた。

 なんでも、真っ赤で濃厚な甘さの蜂蜜酒が評判の様で、その味の虜になっちまった連中が、連日足しげく通ってるらしい。

 という情報を、ここに来るまでの道すがらアスフィさんに教えて貰った訳なんだが、当の彼女はというと、ますます機嫌が悪くなっている。

 なにせ、出掛けにヘルメス様が、とんでもなく頬を緩ませて、嬉しそうにバイバイしてたし……

 あれ、間違いなく夜の街直行だな、あの人。まったく、なにやってんだか。

 

「いらっしゃいませ~ご注文は何になさいますか?」

 

 壁際の円卓に5人で座った俺たちのところに、小人(パルゥム)の給仕の女の子が注文を取りにやってきた。

 すかさず、アスフィさんが、

 

「あー、エールを4つと……ええと、ハーピィって何を飲むんですか?」

 

「えーと、なんでも食べてるけど、ソフトドリンクでいいんじゃないか?でもエールって酒だろ?俺たちまだ未成年だから、酒はやめてくださいよ」

 

「はあ?あなた達いくつなんですか?エールくらいいいでしょ?ちょっと付き合って下さいよ。私今、むしゃくしゃしてて飲みたいから。はい、決定。エール4つと、こっちの子にはジュースをお願いします」

 

 勝手にホイホイと決められて、俺たちの前にはキンキンに冷えた大きなジョッキに入ったアワアワのエール。

 これ、間違いなくビールだよな。

 

「ほらほら、さっさと飲むの!はい、かんぱーい」

 

 ごちんっとジョッキを4人でかち合わせると、アスフィさんは一気にそれを煽った。

 俺とロリーとコンダはお互い顔を見合わせてから、ちびりと一口……

 

「「「にっが~」」」

 

 なんだこれ?こんなのをみんな旨い旨い言って飲んでるのか?どこがどう旨いんだよ。

 慌てて3人で水を飲んで口を濯ぐ。

 それを見るアスフィさんの目はしっかりと座っていた。

 

「本当に飲めないんだ。はあ、随分子供なんですね」

 

 唇についた泡を舌でペロリと舐めとったアスフィさんは呆れ顔だ。

 余計なお世話だよ。お酒は二十歳になってからって知らないのかよ。まあ、知らねえわな。

 一人、アンだけはオレンジ色のジュースを美味しそうにに飲んでいた。

 

「それで、貴方達は何者なの?やっぱり私なんかには教えたくないってわけ?」

 

 アスフィさんの眉間の皺がすごい。なんか葉っぱのマークの眼鏡の司令みたいだ、超怖い。いい加減我慢も限界みたいだな。

 

「いや、まあ、そういうわけじゃなくてだな、あんまり目立ちたくないんだよ、俺たちは」

 

「はあ?あれだけ色々やらかしておいて、なに言って……」

 

「だからな、それだよ。ゴライアスをあんだけ倒して、魔法を使いまくれる異世界人なんて、絶対悪目立ちするじゃねえか」

「ちょっとヒッキー?」「は、八幡、言ってしまっていいの?」

 

 二人が慌てて俺に詰め寄る。

 

「いいんだよこの人は。そのうち俺からお願いに行こうと思ってたんだから。それにこの人もあの時18階層に居たし、言わば被害者の一人だよ」

 

「え?そうなの?」

 

 そんな俺達のやりとりを彼女はおどろいた顔で見ていた。

 

「ちょ、ちょっと貴方達……そんなに簡単に白状していいんですか?」

 

「大丈夫ですよアスフィさん。別に割り食ってるのはあんただけじゃないってことですよ。俺たちだって好き好んでここにいるわけじゃないし。まあ、あんた達の協力がもらえるかどうか分かんなかったから、さっきはしらばっくれただけだし」

 

 そう頭を掻きながら話していたところに、不意に声がかけられた。

 

「ひひっ……なるほどなぁ、デカルチャーズの正体は異世界人って奴だったかぁ。それで、ウチの連中も分からねえで慌ててたってわけだなぁ」

 

「誰だ!え?あなたは……」

 

 慌てて立ち上がったアスフィさんが絶句してしまった。そこに居たのは。黒いコートに黒いズボンのヒョロリとしたやせ形の美男子。といっても、その形相は卑しく歪んでいる。

 あれぇ?この人確かあの神様じゃねえか?

 

「い、イケロス様?」

 

 そのアスフィさんの声で、コンダ達も困惑した顔になった。まさか噂のヒとさらいならぬ、モンスターさらいの親玉が出てきちゃうとは思ってなかったしな。

 

「なんだ?ヘルメスんとこの万能者(ペルセウス)も一緒なのか?ひひ……お前ら、まあ、そんなおっかない顔すんじゃねえよ。俺はちょいと話したくて来ただけだよ」

 

 そう言いながら、アンに視線を移した神イケロスは、卑しい笑みを浮かべて肩を竦める。

 アンは怖いのだろう、震えながら俺の背中に抱きついてきていた。

 神イケロスは俺の隣に椅子を持ってきてそこに座って話しかけてくる。

 

「俺は別にお前らの正体なんか興味ねえけど、ディックスのやつがどうしても調べてこいなんて抜かしやがるからよ、まあ、勘弁してくれや。それでな……」

 

 呆然としているアスフィさんや、怯えるアンやコンダ達にお構いなしに捲し立ててきやがる。

 

「俺が知りたいのは一つだけだ。おい、デックアールブの女がどこにいるのか教えろや」

 

「はあ?」

 

 質問の意味がまったく理解できない。デックアールブってなんだっけ?そもそもこの神が、眷族の仕事を手伝っているのは知っているが、こうもあからさまに聞いて来るってどういう寸法なんだ?

 

「そ、そんなの知らねえよ」

 

「本当に知らねえのか?よお、俺の目を見やがれ」

 

「だ、ダメです!ワレラさん」

 

 アスフィさんの声が聞こえたが、時すでに遅し、両頬を捕まれた俺はじいっとその男神の深淵の瞳に覗かれることになった。

 全身をゾワリと不快感が襲う。気持ち悪いったらありゃしないが、暫くしたら、神イケロスはぱっと手を放した。

 

「けっ……なんだ、本当に知らねえみてえだな。がっかりだよ。じゃあまあいいや、そういうことで。ひひっ……」

 

 そして、スッと立ち上がると、黒衣の神は何事も無かったかのようにスタスタと店から出ていった。

 

「な、なんなんだよ。あの神は……何しにきたんだ?」

 

「わ、ワレラさん!だ、大丈夫なんですか?」

 

「は?なにが?」

 

 冷や汗をかいて心配そうな視線を送っているアスフィさんが言った。

 

「神イケロスは精神支配の術の使い手ですよ。彼に心を覗かれるだけで廃人になる者もいるって話ですよ」

 

「え?マジで?」

 

 俺は慌てて体を動かしてみるが、べつに意識はちゃんとしてそうなんだが。どうなんだろう……?実は外から見たらなんか違うのか?

 

「なあ、俺、なんかおかしくなってないか?」

 

 ロリーとコンダの二人に聞いてみると、二人して顔を見合わせてから言った。

 

「じゃあさ、『結衣、俺の子を産んでくれ』って言ってみて」

 

「私には『毎朝俺に旨い味噌汁つくってくれ』と言ってみてくれないかしら」

 

「あー、結衣俺の子を産んで……って、重い、重いよ、いきなりそれかよ!それに雪ノ下も、お前ら、それまんまプロポーズじゃねえか!な、なに言わせようとしてんだ?二人とも!それ今全然関係ねえじゃねえか」

 

「だってー、全然ヒッキーかまってくんないんだもん」

 

「私たちだって、貴方に甘えたくもなるわ」

 

「「ねー」」って、二人で申し合わせたように首かしげてるし……ぐうっ……それちょっと可愛いじゃねーか。

 

「こほんっ…………その茶番いつまで続くのかしら?」

 

「お、おう、す、すまん」

 

 アスフィさんに睨まれてしまった。ま、そりゃそうだな。

 俺は椅子に座る彼女に向き直って言った。

 

「とりあえずなんとも無さそうだ。それにしてもあの神様はなにしたかったんだ?大体デックアールブってなんだよ」

 

 俺の問いかけに雪ノ下が、

 

「確か、北欧神話の『闇のエルフ』のことではなかったかしら?」

 

「え?それって『ダークエルフ』のことか?」

 

「どうかしら?一緒かどうかは私にはよく分からないのだけれど」

 

「『デックアールブ』は遥か太古に滅んだ闇の精霊の使徒ときいたことがありますが……伝説に出てくる種族なので確かなことはわかりませんね。それに、どうして神イケロスがその種族を探すのかも……」

 

 アスフィさんも顎に手を当てて思案しながら答える。そして、少し間をおいてから続けた。

 

「ただ、彼の【ファミリア】が限りなくクロだと云うことは分かりました。アンさんのことを知っていたにしてもわざわざ探りを入れてくるくらいですから、油断は出来ませんよ。これは私からヘルメス様へ報告します。それにしても私も一緒にいるところを見られたのは失敗でした」

 

 アスフィさんはそう言って肩をすくめる。

 まあ、そうは言っても仕方ないだろう。見られちまったもんは……。

 

 でも、ずいぶんと早いな……

 

 アンのことを公開したのはついさっきだ。まだ数時間も経ってない。それでもう直接探りに来れるもんなのか?

 なんか嫌な感じがするな。よく分かんねえけど。

 

「まあ、見られちまったもんは仕方ないでしょう。とりあえずアンタに俺たちのことを説明するよ。俺たちの目的もな」

 

 そう言って、俺は全員の本名の自己紹介と、ここまでやってきた経緯を全部アスフィさんに話した。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

「つまり、あなた方は神ルビスの世界を救った勇者で、その後、今度はこの世界に飛ばされてきたということですか?」

 

 アスフィさんは今日何度目だろうか……仰天して目を見開いてしまっている。

 

「まあ、実際に大魔王とかを倒したのはとーちゃんなんだけどな。俺たちはただ元の世界に帰りたい一心で、あの手この手でモンスターと戦ってきただけだし。でもまあ、そのおかげもあって、こうやって色んな魔法を使えるようになったってわけだ。でも、信じられなくても仕方ない話しだとは自覚してますけどね」

 

 俺はほぼつつみ隠さずに話したわけだが、やはりというか、アスフィさん自体の思考が追い付いていないようだ。

 ただ、この世界の成り立ちに関しては話さなかった。というのも、この世界の神々は、人類に【迷宮(ダンジョン)】の成り立ちを教えてはいない。

 まさか全宇宙最悪の神々の遺骸が深奥に安置されていて、その強大な神気によってモンスターが生産され続けている……とは流石に言えなかったのかもしれない。

 自らでは抗えない存在と対峙せざるを得ないと知れば、人は必ず絶望してしまうだろうしな。

 だから、俺は、帰還の為のアイテムを持っているとされる黒竜を討伐しようと考えていることに留めて話しをしたわけだ。別に俺が詳細を語らなくても、必要な時が来れば、ヘルメス様が言うだろうしな。

 アスフィさんは大きくため息をついて話した。

 

「とても信じられる話ではありません。でも、少し納得もできました。あなた方が異世界の勇者だと云うなら、あの超越した力も少しは理解できます。ですが、ベル・クラネルにどうしてそこまで拘るのか。彼は確かに素晴らしい素質を持っているでしょうが、あなた方の足元にも及ばないと思いますが」

 

「俺たちそんなに強くないですよ?身体は生身だし……これもまあ勘なんですけどね。彼は相当強くなると思うんです。俺たちが帰るためにも協力してもらいたいだけですよ」

 

 無理矢理に……といった具合ではあるが、アスフィさんは俺たちの話を飲み込んでくれた。

 

「わかりました。でしたら、私も共に見届けさせて貰います」

 

 そのアスフィさんの言葉で、大体の事情説明は終わった。最後に俺はこの話をヘルメス様以外に他言しないように念をして。

 そして、話し疲れて、水を飲んでのどを潤していると……

 

「あ、ヒッキー?ベル君たち来たよ」

 

 そう言われて、入り口を見やると、ベル君とヴェルフとリリの3人が店内に入ってきた。そして、それを凝視する一団の姿も。小人(パルゥム)の冒険者もいるから、あれが多分アポロンファミリアの一団だろう。そして、他の席に目を向けると、原作で見た狼人(ウェアウルフ)の冒険者も一人で酒を飲んでいた。

 

 俺たちは静かに事の成り行きを見守った。

 

 原作では、ベル君達が楽しそうに飲んでいたところに、件のファミリアの冒険者が因縁を吹っかけて、乱闘騒ぎになる。そこにヒュアキントスが現れて、圧倒的なレベル差で、ベル君がぼこぼこにのされたところを、【ロキ・ファミリア】の狼人の冒険者……ベートの一声で場が収まることになるわけだが……

 俺たちは今回、そのベートの役ところに便乗して、デカルチャーズとして場を収めて、ベル君一行に恩を着せようともくろんでいる。

 え?ずるいって?

 当たり前じゃねえか。使えるもんは何だって使うんだよ!

 ベートが矢面に立ってくれれば、俺たちの被害も減るし、こっちは助けてやったんだぞって言えればそれでいいわけだしな。

 

 そして、俺たちはその時を今か今かと待っていたわけだが……

 

『あなた……その子を助けてくれたのね……もうすぐここは地獄になるわ……死にたくなければ早く逃げなさい』

 

「え?なんだって?」

 

 不意に耳元で声がして振り返るが、だれもいない。

 

「どうかしたの?」

 

 俺と目の合った雪ノ下が不思議そうな顔になっている。

 

「いや……今、女の声が聞こえたんだが?お前は聞こえなかったか?」

 

「いいえ、なにも聞こえなかったわ」

 

「そうか……?」

 

 空耳か?随分はっきり聞こえたが……

 周囲は賑やかなままだ。ベル君たちはちょうど、アポロンファミリアの連中となにか言い合いを始めるところだった。

 俺は急に不安になって、酒場の入口へ目を向けると……、

 

 そこには頭まですっぽりとフードを被った黒ずくめの集団が。あいつらは何者だ?と思ったその時……

 

 ガタァッ!!

 

 大きな音とともに、ベル君達の乱闘が始まった。

 

「始まったね……ヒッキー……って!あれ!!」

 

 由比ヶ浜が入口の方を見て驚きの声を上げた。

 

「ア″ア″ア″ア″ア″ア″ア″ア″ア″ア″ッ!!」

 

 そこには黒装束の集団に替わって、自身の波状剣(フランベルジュ)を振り上げた美形の偉丈夫が目を血走らせ、雄たけびを上げていた。

 

「だ、団長?は、早いよ、なにをやって……」

 

 ベル君達と取っ組み合っていた一人の小人(パルゥム)が入り口で猛るその男の形相に絶句する。

 

「あ、あれは……まさか……ヒュアキントスなのか?」

 

 アスフィさんの言葉が終わるその前に、ヒュアキントスと呼ばれた怪物は苛烈な速度で既に動いていた。彼は視線も向けずに力任せに、その手の得物を近くの冒険者に向けて叩きつける。

 凄まじい炸裂音とともに、冒険者の腕を切断したその剣は、粉塵を巻き上げつつ床を破壊し陥没させた。

 

「ぎぃやあああああ……う、腕がっ……腕がぁあああっ!!」

 

 ヒュアキントスは自身が切った相手には一瞥もくれずに正面に向かって歩み始める。

 

「ベル……クラ……ネル………………コロ……ス……」

 

 鈍い光を放つ波状剣を揺らしながら、正気を失ったその眼光は、床に尻餅をついたベル君をしっかりと見据えていた。

 

 

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