『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー 作:こもれび
「【ランクアップ】おめでとう、ヴェルフ!」
「これで晴れて
「ああ……ありがとうな」
今日、僕たちはLv.2になって『鍛治』の発展アビリティを習得したヴェルフの祝賀会を開いている。
あの中層の強行軍と18階層での死闘を潜り抜けたことで、ヴェルフはLv.2に到達した。これで、ヴェルフも晴れて【HΦαιστοs】の名を武具へ刻むことが出来る。なんでもと云うわけにはいかないかもだけど、きっと、ヴェルフの作品は飛ぶように売れるようになるんだろう。それだけブランド名は大きい。
ヴェルフは、『これでサヨナラなんて言わないぞ』って言ってくれたし、これでまた、リリとヴェルフと一緒にパーティが組める。
僕はそれがなにより嬉しかった。
「それにしてもベル様~?最近妙にヘスティア様とベタベタしてませんか?さっきだって、出掛けにほっぺにチューしてましたし、あれじゃ新婚さんじゃないですか。リリは、それはとっても不潔なことだと思います」
急にリリが頬を膨らませてジト目を送ってくる。
「おお!なんだなんだ?ベルもついに神の餌食になっちまったか?」
「ち、ちがうよ。か、神様がただ勘違いしてるだけで……た、確かに嬉しいけど、畏れ多いというか、なんというか……これも全部、は、八幡さん達のせいなんだよ」
慌ててつい八幡さんの名前だしちゃったけど、大丈夫だよね?聞いてなんかいないよね?
僕の話に、リリとヴェルフも顔を見合わせる。
「確かにあの人たちはデタラメ過ぎだ。あの
そう言ったヴェルフの脇には、さらしに巻かれた八幡さんの『雷神の剣』が立て掛けられてる。
「ヴェルフ様、こんなところまで剣を持ってきたんですか?」
「当たり前だろ。こんな宝剣をどこにも置いておけるもんか。『魔剣』で『
「その割りにはオルテガ様簡単に放り投げてましたけどね」
「あのオーガみたいになっちまった女といい、本当にあの連中何者なんだよ。なあ、ベルは何か聞いてないのか?」
「え?」
話が逸れたのは良いけど、やっぱり僕に視線が集まってきちゃってる。
一応、八幡さんと神様に『異世界人』ってことは聞いたけど、それは言わないでって言われてるし。でも、二人に秘密を作ってるのは嫌だし……
ご、ごめんなさい!神様!八幡さんっ!
僕は二人に知ってることを全部話した。当然だけど、二人とも口をあんぐり開けてしまってる。でも、仕方ないよね。
確かに僕は最初のゴライアスに止めを刺すことができた。でも、それはヴェルフやリリやたくさんの援護があったからこそ……
でも、そんな僕なんかとは違う。
一人……全くの独力でゴライアスを翻弄し、仲間を庇うために巨大な怪物を迎え撃ったリューさん。
そして
その英雄譚のワンシーンにも迫るその偉勲に今更ながら畏怖を覚える。
関係者に箝口令が敷かれ、結局あの異変はなんだったのか分からず仕舞いではあるけど、18階層の『リヴィラの街』も再興に動き出しているみたいだし、神様がダンジョンに潜るという禁忌を犯した僕たちのファミリアも、軽い罰を受けただけで終わることが出来たから、あまり文句は言えない。
それから僕たちは、この数日の冒険を思い返すように語りあった。
命がけの18階層までの退避行も、階層主との死闘も、あれだけ辛い経験ではあったはずなのに、思い出になってしまうとこうも愉快になれるのかと、自分でも驚いてる。ヴェルフもこれだからダンジョンは止められないって騒いでるし、僕も楽しくなってつい声を出して笑ってしまった。『ベル様の評価もかなり上がってますよ』なんてリリも言ってくれる。
でも、そんなリリが少し元気が無いような気がして、声をかけようとしたその時……
「__何だ何だ、どこぞの『兎』が一丁前に有名になったなんて聞こえてくるぞ!」
聞こえよがしに大声がして、隣のテーブルを覗くと、
__嘘……
__インチキ……
__臆病者……
それにヴェルフやリリの悪口まで……
でも、それに関わるなと、ヴェルフが止めてくる。リリも毅然として背を伸ばしていた。
僕もそれで冷静になれて、ようやく心が落ち着いたと思ったその時……
「威厳も尊厳もない女神が率いる【ファミリア】なんてたかが知れているだろうな!きっと主神が落ちこぼれだから、眷族も腰抜けなんだ!!」
頭に一気に血が上る。そして、たち上がってその言葉を取り消すように吠えた。
自分のことはいい。僕はまだまだだ。全然ダメだ。そんなことは知ってる、分かってる。でも、ヴェルフやリリや、そして神様を冒涜されるなんてとても許せない!
そんな僕を見つつ、更に言葉を重ねてくるその小人族に僕は耐えきれなくなって掴みかか……
「ぶひっ!?」
突然横から伸びた足が、その小人族の顔面にめり込んで、そのまま蹴り飛ばした。
「足が滑った」
呆然とする僕の隣で、ニヤリと笑ったヴェルフがふてぶてしくそう告げた。
「てめえ!?」
「やりやがったな!!」
その
「ああもうっ、これだから冒険者は!」
殴られながら、そんなリリの非難めいた声を聞く。聞きながらも慣れない喧嘩をしていた僕らにその雄叫びが届いた。
「ア″ア″ア″ア″ア″ア″ア″ア″ア″ア″ッ!!」
酒場の入り口には
「だ、団長?は、早いよ、なにをやって……」
さっきヴェルフが蹴りとばした
団長って?あれは誰なんだ?
周囲の野次馬も呆然とした顔でその光景を眺めていた。
男はゆっくりとこちらへと歩みながら、不意に近くに腰を下ろしていた冒険者に向けてその波状剣を振るう。
光と変わったその凄まじい剣跡は、その冒険者の腕ごと、床までをも切りさく。そして遅れて甲高い破壊音が辺りに響き渡った。
ぼとりと床に落ちた自分の腕を眺めつつ、その冒険者は絶叫した。
店にいる全員が押し黙っているなか、その男は僕を見据えて呟いた。
「ベル……クラ……ネル………………コロ……ス……」
「え?」
次の瞬間、その男は全身の筋肉を躍動させて、僕に向かって躍りかかってきた。
× × ×
「ベル!避けろ!」
そのヴェルフの声が聞こえるよりも早く、体を跳躍させていた。でも、その一撃はまるで僕を追尾するかのように途中で軌道を変え、そのまま背中を一凪ぎに切り裂く。
「ぐあっ!」
焼きごてを押し当てられたかのように、背中が焼けるように熱くなる。それでも、なんとか態勢を建て直そうと足を踏ん張ったその時、腹を途轍もない衝撃が襲い、そのまま天井近くまで蹴りあげられた。
「ベルさまぁ!」
悲鳴のようなリリの声が聞こえ、宙を舞いながらその泣きそうな瞳を見る。
ダメだ……
リリ……
早く逃げるんだ……
まるでコマ送りのようなその視界の中で、僕は必死にリリに声をかける。でも、肝心の声が出ていない。
その隣には、戻した足を軸にしながら体ごとリリに視線を向ける男の姿が……
そして次の瞬間、リリに向かってその凶刃が振るわれてしまった。
刃は軌道を違えずに、真っ直ぐにリリの首を狙う。
その時……
「リリすけぇ!」
すでに飛び出していたヴェルフがリリに抱きつきながら、跳びこんだ。
すんでのところで刃をかわした、ヴェルフとリリはそのままの勢いで椅子を弾きながら床を転がっていた。
「シネ……」
床に落下した瞬間、僕の目には真っ直ぐ降り下ろされてくる波状剣と、その一撃を繰り出す碧眼で長身の美青年が写っていた。
避けなきゃ……
そう思考出来ているのに、体が動いてくれない。
「団長!こ、殺しちゃダメだ!」
近くでそんな声が聞こえるが、次の瞬間それは悲鳴にかわる。
軌道を変えた刃が回りにいた冒険者をまとめて切り裂いていた。
「ぎゃあああああああああああ!」
「だ、団長!?な、なにを……ひ、ひいっ!」
切られた冒険者が血を吹き出したのを見て、今まで固まってしまっていた客たちが慌てて入り口へ向かって駆け出すのが見えた。
僕はなんとかたち上がって、神様のナイフを構えたところへ、ヴェルフの声が喧騒に紛れて耳に届く。
「おい、ベル!そいつは【アポロン・ファミリア】のLv.3のヒュアキントスだ!今のお前じゃ歯が立たねえ……に、逃げろー」
れ、Lv.3?
「うわああああああ!?な、なんなんだお前らは!?」
背後……店の出入り口の方からそんな声が聞こえて、ちらりと振りかえる。店から外へ逃げようとしていた客たちは、そこに待ち構えていた異様な集団に囲まれてしまっている。
そこには武器を構えた無数の冒険者の姿が……ただ、普通ではなかった。その目は光を失い、まるで獣が獲物を狙うがごとく、逃げ出す客たちに獰猛な視線を送っていた。
そして、
その集団が一斉に客たちに飛びかかる。
「ぎゃああああああああああああ!」
木霊する絶叫に、どうしようもないまま、視線をまた前に戻した時、そこには既に波状の刃が迫ってきていた。
背中の痛みをこらえつつ後ろへ飛んで回避しようとしたところに、今度は僕を追い越したヒュアキントスのかかとが頭上から降り注ぐ。あり得ない速度で後頭部を叩きつけられ、そのまま床に打ちつけられたところに、再び刃が強襲、それを転がりながら回避するも、鋭い突きの連撃に完全に避けることもできずに、ついに左肩を貫かれてしまった。
「ぐはあっ!!」
激痛に悶える僕を見下ろしつつ、ヒュアキントスはその得物を無造作に引き抜き、今度は、それをを逆手で持ち直した。
僕はその圧倒的な力と殺意の前で、体の震えが止まらない。
ミノタウロスやゴライアスと対峙したときとも全く違う……
死がどうとか、悔しいとか、そんな勘弁なものではない、純粋な恐怖。
勝てない。
いや、逃げられない。
全身を打ちすえられ、切られ、刺され、僕は絶望の縁にいた。
「シネ」
僕を死へと誘うその声を聞きながら、再びモーションの遅くなったその降りおろされる刃の切っ先を、ただ呆然と見つめることしか出来なかった。
ギイイッン!!
「なに殺気に当てられてんだよ。この兎野郎が」
甲高い金属音の後、そこにはシルバーのブーツで波状剣を受け止めた、いつかの
そして……
僕はそこで意識を手放して、深い闇に堕ちていった。