『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー   作:こもれび

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当然ですが八結です。
でもあれあれあれ? 何か違いますぞ? www


やはり俺の青春ラブコメ『も』まちがっている。

 この世の中はなんと生きにくい環境であろうか。絶え間ない自己の肯定と否定の繰り返しの中で、人との距離感を掴むことの難しさに苦しみ続けなければならないことは、何にも換えがたい苦痛である。

 端的に言おう。

 異姓などと謂うものは己を惑わすただの障害物でしかない。

 やつらは頼んでもいないのに心のうちにその触手を伸ばし、知らず知らずの内に心を掌握し、冷静な判断力を削ぐ。

 そしてそれに気づかないのをいいことに己を罠に嵌めそして破滅へと導くのだ。

 恋愛や青春などという甘美な響きの幻惑に囚われることのなんと愚かなことよ。

 どんなにそれに執着する者がいようとも、人はそんな紛い物に惑わされることなどあり得はしないのだ。

 断言しよう。

 一目惚れなどあり得ない。芽生えた感情その全ては悪である。

 恋愛を貴ぶ無知蒙昧なる者達よ、砕け散れ!

 

 国語教師の平塚静は額に青筋を立てながら、俺の作文を大声で読み上げた。

 こうして聞くと、俺の文章もまだまだだなと思い知らされる。

 なるべく自分の頭を良く見せようと、小難しい語彙を羅列して見たものの、思ったよりも心に響かないものだな。まあ、売れない作家が自分をよく見せようと小手先の技に手を伸ばす気持ちがなんとなくわかった。

 さて、俺はこの適当な文章で呼び出されたのか?

 いやとうぜん違うね、知っていましたとも。

 平塚先生は読み終わると、額に手を当てて大きなため息を吐いた。

 

「なあ、比企谷。私が授業で出した課題はなんだったかな?」

 

「……はあ、『高校生活に期待すること』というテーマの作文でしたが……」

 

「そうだな。それでなぜ君は新興宗教の立ち上げ演説を書き上げたのだ? 教祖なのか? バカなのか?」

 

 平塚先生はため息を吐くと悩まし気に髪を書き上げた。その仕草に堪らなくどきりとしてしまう。

 この人めっちゃエロいが一体全体なぜここまで俺に一対一で指導しようとしているんだ?

 

 ま、まさか……俺に惚れて……

 

「真面目に聞け!」

 

 思いっきり頭を紙束ではたかれた。うむ、一目惚れはないとさっき言ったな? いや読まれたな。本人に。

 

「比企谷……この舐めた作文はいったいなんだ? 一応言い訳は聞いてやる」

 

 先生がギロリと睨んできた。なまじ美人なだけにこういう視線は異様なまでに力があって圧倒されてしまう。

 ってか、マジ怖い。

 

「ひ、ひや、俺はちゃんと高校生活を考えてますよ? 近頃の高校生はらいたいこんな感じじゃないでしゅか! だいたいあってますよ!」

 

 噛みまくった。人と話すだけでも緊張物なのに、年上の美人が相手となればなおさらだ。

 

「君は高校生活になんの希望も見出してはいないのか? 普通こういう時は自分の理想を書くものだろう?」

 

「だったらそう前置きしてくださいよ。そしたらその通りに書きますよ。明らかに出題ミスであってですね」

 

「小僧、屁理屈こねるな」

 

「小僧って……。いや確かに先生から見たらおれは小僧ですけど……」

 

 風が吹いた。あれ? 窓開いていたっけ?

 とか、思っていたら、ほっぺが急に熱くなった。

 

「次は当てるぞ」

 

 目がマジだ。

 いや、その剛拳、すでに当たっていますからね! 何神拳なんですか!

 

「すいませんでした。書き直します」

 

 これはもう謝るしかない。

 言葉だけでは不十分かと思い、ついでに頭も下げる。

 と、これで解放されるなんて甘い考えは持ち合わせてはいなかったが、次の先生の言葉に俺は慌てて顔を上げることになった。

 

「比企谷、罰として部活に入りたまえ」

 

「はあ?」

 

 がばりと顔を上げたその先で、パイプ椅子にその長い足を組んだ格好でマルボロを吸っている先生の姿が。めっちゃ様になっているが、吸っていいのかよ、この部屋で。

 

「今だけここは喫煙室だ」

 

 聞いてもいないのに射殺す目で俺を睨むし。別に誰にも言わないっすよ。身に危険が及ぶまでは。

 ふぅっと煙を吐き出した先生は至極真面目な顔でこちらを見据えた。

 

「君は友達とかはいるか?」

 

「……びょ、平等を重んじるのが俺のモットーなので、特に特定の親しい人間は作らないことにしてるんですよ、俺は!」

 

「つまり、いないということだな?」

 

「わ、分かり易く言えば……」

 

 俺がそう答えると、平塚先生はやる気に満ち溢れた顔になる。

 

「そうか! やはりいないか! うんうん、そうだろうそうだろう。君が生まれる前からそんな気がしていたんだ」

 

 どんだけ前から予測してんのよ。やめてよ。

 先生はまたチラリと俺を覗き見る。

 

「それで……彼女とか、いるのか?」

 

 とかってなんだよ。

 

「『今』はいないですけど」

 

 当然未来への希望を込めて今のアクセントに重きをおいた。

 

「そうか……」

 

 先生をなんとはなしに見て見れば、どこか嬉しそうにしているようにも見える。いったいなんなのさっきから。

 どうせボッチの俺なんだからこうなっていて当たり前でしょうに、なんでこんなに突っ込んでくるの? 可愛がりなの? 同情なの? 金はいらないから愛をくれ。いや金もあればあったにこしたことないけど。

 それよりも部活に入れっていったいなんなんだよ。

 先生は何事か思案をした後で煙をふうっと吐き出した。

 

「君に奉仕活動を命じる。異論は認めない!」

 

「奉仕……???」

 

 ニヤリと笑った先生が煙草を携帯灰皿でぐりぐりと消しながら立ち上がってそう言い放った。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

「奉仕……部?」

 

「そうだ、ここが今から君が入部する部活だ」

 

 一見なんの変哲もないその教室のプレートには『奉仕部』と書かれている。その引戸に手をかけた先生が俺を振り返って、妖しく微笑んでいた。

 

「そういえば君はさっき、ひとめぼれはないと言い切っていたな。作文で」

 

 作文に書いた文章を言ったといっていいのか、甚だ疑問ではあるが、確かに言ったな、うん言った。先生が。

 

「その通りっすよ。あるわけない」

 

「そうかそうか……ま、そんなに気負わなくてもいいとだけ言っておこうか」

 

 なにを笑ってんだこの人は。そもそもこの部活はなんなんだよ。奉仕? って、そもそも何を奉仕しちゃうんだよ。もうエロいことしか思いつかないんだが。まさか中であんなことやこんなことが……

 いかがわしいピンク色が頭に立ち上り始めたそのとき、先生ががらがらっとその戸を開いた。

 

「平塚先生……ノックを……あっ!」

 

「あ、あーーー、あーーーー! な、なんでヒッキーがここにいるの!」

 

 あ? え? あい?

 

 戸を開けたあとつかつかと中へと入っていく先生。

 と、それに俺も付いて中へ入るしかないわけだが……

 そこには二人の生徒が居た。

 先生はおもむろに彼女達にむかって声を掛けた。

 

「あー、とりあえず紹介しておこうか。もう知っているかと思うが、ここにいる腐った目の男が新入部員の『比企谷弾生(ひきがやだんじょう)』だ」

 

 なんて紹介をするのこの人は。ただ、まあ別に間違っちゃいないからな。

 

「え、えと、ひきゃ、比企谷弾生です」

 

 うおっ……か、噛みまくった。すぐに返事は……ない。死にたい。

 とりあえず頭を下げて挨拶らしきことをした俺が室内にこそこそっと視線を向けてみれば、驚いた顔で俺を見る黒髪ロングヘアーの真面目そうな雰囲気の女生徒と、くりっとした大きな瞳を見開いた茶髪ポニーテールの一見ギャルっぽい女生徒の二人の顔。こころなしか二人とも上気した感じになってしまっていた。

 

 俺はそのどちらのことも知っていた。

 というより、この二人にだけは会いたくなかった。

 時間が止まってしまったかのようなそこに、唐突に空気を読まない直球がすぐとなりの女教師から放たれた。

 

「ふむ、二人とも固まってしまったか、仕方ないな。では私が代わりに紹介しよう。こちらのいかにも文学少女といった感じの生徒が『雪之宮雪穂(ゆきのみやゆきほ)』、そしてこちらの活発そうな生徒が『弓ヶ浜弓美(ゆみがはまゆみ)』だ。二人とも奉仕部に所属しているわけだが、さて」

 

 先生は腕を組んで室内の中央をぐるぐるまわりだした。あんたはボス犬か?

 

「奉仕部について説明しよう……かと思ったが面倒なのでやめだ。それはあとで二人にでも聞いてくれ」

 

 なんだそれは? このひとやる気あんのかな。

 面倒ごとを全部丸投げしやがった。

 

「ではここからが本題だ、比企谷。君は先ほど『一目ぼれはあり得ない』といったが、そんなことはないぞ……なにしろここに……「「あーあーあーわーわーわー」」らな! ん?」

 

 急に駆け寄った二人が先生の前であーあーわーわー言い始めた。

 それを先生がやはりニヤリと口角を上げて見ているし。何をしようとしてんだ、このひとは。

 二人は息を切らせながら俺にちらりちらりと視線を送ってきているし……なんだよ、これめっちゃ緊張する。

 とにかくだ。俺はこの二人のことを知っている。

 知っていてなお、知らない振りをしようと心に決めた相手でもあった。それなのになんでここにいるんだよ。

 うん、やっぱりここは大人しくフェードアウトが懸命だね。

 

「あ、お、俺やっぱり入るの止めます……」

「やめないで!」「一緒に部活やろう!」

「へ? あ、はい」

 

 なんで止めちゃうんだよ? 人がせっかく静かに去ろうとしてるのに。思わず返事しちゃったじゃないか。反射的に。

 何を言えばいいのか分からなくなった俺と、やっぱり無言の女子二人。

 そんな間で再び平塚先生が声を出した。わざとらしく咳ばらいをしてから。

 

「えー、まあ、気まずいのは分かる。君たちは何しろ運命的な出会いをしてしまったのだからな。ということで私が思い出させてあげよう」

 

「は? なんでそれを先生が知ってんすか? それちょっとプライバシー……」

 

「ちっちっち……生徒指導の一環です」

 

 長い人差し指を目の前にもってきてわざとらしくそう言う先生。なんか可愛いけど、それ明らかな越権行為だからね。

 そんな俺の思いはどうでもいいのか、話を続けられてしまった。

 

「2か月前の入学式の朝、比企谷、君は早朝に家を出て自転車で学校へ向かったね?」

 

「はい」

 

 そうあの日、新しい生活のスタートに胸を躍らせた俺は、暗黒の中学時代を全て消去し新たな思い出高校デビューを飾るべく一番乗りを目指して家を出たのだ。

 先生は続ける。

 

「そして、学校近くの国道の交差点に差し掛かったそこで、突然歩道から犬が飛び出してきたのを見つけた」

 

「はい」

 

 その瞬間、弓ヶ浜がびくんと跳ねた。

 そう、あの時飼い主のリードが切れて突然に犬が飛び出してきたんだ。路上を走る俺の目の前に。

 

「その時、不幸にもその犬の駆けだした先に、黒塗りの大きな車が差し掛かった。そうだね?」

 

「はい」

 

 今度は雪之宮がびくりとはねた。

 黒塗りの大きな車は結構なスピードが出ていた。

 そうあのままでは犬は間違いなく轢かれてしまう。俺にはそう見えたのだ。

 

「比企谷……君はその瞬間、咄嗟にある行動をとった。それは……」

 

「その時俺は自転車から降りて飛び出したんですよ。その犬を救いに」

 

 それを言った瞬間、一番興奮したのが平塚先生だった。ヒーローだ! ヒーローがいる! 君が、来たーーーー! とか悶えているんだが。どこに来たってんだよ。オールマイトか!?

 先生はその後を急いで続けようとしたのか、はあはあ言いながら声を出した。

 

「でも君は力及ばず、その迫る黒い車に轢かれ……」

 

「……てませんよ俺は。その車、追突防止システムが付いてて俺にぶつかる1mくらい手前で勝手に止まりましたし。なあ、雪之宮」

 

「え、ええ……」

 

「…………」

 

 なぜか赤い顔で返事をする雪之宮の隣で平塚先生が微妙な顔になっている。

 しかし、気を取り直したのか、先生が今度は弓ヶ浜の方を見て話し始めた。

 

「で、ではこれだ、比企谷。君は自転車から飛び降りると同時に格好良くアクロバティックにその仔犬……」

 

「……じゃありませんでしたよ、ゴールデンレトリバーの成犬でした。正直必死に体当たりしましたがびくともしませんでしたよ。というかでかすぎてクッション変わりになって俺はケガひとつしませんでした。なあ? 弓ヶ浜?」

 

「う、うん」

 

「…………」

 

 今度も弓ヶ浜は赤い顔。そのまま少し申し訳なさそうにうつむいて返事をした。と、それだけならまだしも何故か先生がめちゃくちゃ不機嫌な顔になっているんだが!? なんで?

 腕組みをした先生が再び部屋の真ん中をぐるぐる歩きまわりだす。

 そしてしばらくそんな異常行動をとった先生が唐突にカッと目を見開いた。

 

「納得いかん」

 

 いやいや、なにが!?

 先生は何が不満なのか、急に声を張り上げた。

 

「いいか? 古来より危機的状況を乗り越えた男女は例に漏れずつり橋効果で結ばれるものと相場が決まっているんだ。乗っ取られた戦艦のコックとか、停まらなくなったバスに居合わせた爆弾処理班、爆発するナカトミビルのジョン・マクレーンしかり」

 

 グッと拳を握る先生の挙げた例が男らしすぎる件! てかマクレーン言っちゃったよこの人。

 

「は、はあ」

 

「それがどうだ!」

 

「ひぇ」

 

 いきなりビシィッと俺を指した先生が眉間に皺を寄せて睨んでくるし。

 

「この男は助けるどころか余計に問題の種を振り撒いただけではないか! 犬に押し返され逆に助けられたようだし、こんな男のいったいどこがい……むがもが」

 

 急にまた二人が先生の口を塞いだ。

 まあね、先生の言う通りですよ。

 あの時はもう助けたいって思いで頭のなかがいっぱいでそれ以外のことが考えられなかったしな。

 目に写っていたのは大きな黒い車とぶつかりそうな犬の姿だけ。

 あれで押し飛ばして助けられたり、身代わりで車にぶつかったりしたらもっと格好良かったのかもだけど、結果は変わりはしない。  

 助けに飛び込んで犬に弾かれて、車が安全に停まったという事実があるだけ……。壊れたのは道路を滑って電柱に激突した俺の自転車たけだ。

 しかもその時の犬の飼い主こそいま目の前にいるポニーテールの弓ヶ浜であり、その黒塗りの車の後ろの座席に乗っていた女性こそ、そこにいる雪之宮だった。

 俺はあの時、あの恥態の一部始終を二人に見られてしまった。

 

 くそっ! マジで格好悪すぎるじゃねえか。

 

 華麗な高校デビューをするつもりがふたを開けて見れば、一目に可愛いと思える二人の美少女と出逢えたまでは良かったかもしれないが、要らぬ余計な恥を振り撒いて話しにもならなかった上に、あまりの恥ずかしさに、壊れた自転車を押して逃げるように学校に向かったわけだ。

 俺は初日からこれ以上ないくらいの黒歴史を再び製造してしまった。

 ああ、俺はわかっていたんだよ。

 あんな恥を晒したら次はどうなるかってこと。

 散々体験した。中学で散々……

 

 俺は中学の暗黒時代に思いを馳せた。

 

 人は他人を受け入れたり等はしない生き物だ。大事なのはそれが面白いか自分に都合がいいか、それだけのことだ。理解できないものスベテヲ排除し、利すると思えた物をとりこんでいく。

 力有るものは人を支配し、力ないものは支配されながら身を守る。そんなスクールカーストの中で、底辺を生きねばならない俺のような存在はどうするべきか……

 答えはひとつ。『関わらない』ことだ。

 無邪気が許されないことだと知ったあの時から、自分に人に勝る資質がないと知ったあの時から俺は自分のパーソナルスペースの確保に邁進してきた。

 関わらないことで俺は自分を守り続けた。

 恥を晒して、バカにされて、人に否定されないために。

 でも……そんな俺でもやっぱり憧れていたんだ。

 友達がいて、恋人がいて、そんな日常があったらな……と。

 だからあの時間違えた。

 俺に優しかった女子に告白した。彼女のことを好きだと思ってしまったから。当然断られたけど、気持ちは伝えられたのだからそれでいいと思っていた。

 でも……

 現実はやっぱり残酷だった。

 彼女に告白した翌日、誰にも言っていなかった筈なのにクラス中全ての人の知るところになっていた。

 

『ヒキオのくせにバカじゃねえの』

『自分のつら見てからにしろよ』

『気持ち悪いんだよ』

『ゆかり、マジでかわいそう』

『私ならもう生きていけないよ』

 

 聞こえてくる声が心に刺さる、刺さる、刺さる。

 もう顔を上げられなかった。

 もうこれまでだ。

 人は信じるには値しない。

 頼れるのは自分だけ。自分だけは決して自分を裏切らない。だから俺は決めたのだ。もう二度と心を晒さないと…… 

 

 だからこそ、『素』で行動し、その姿を見られてしまったこの二人からは距離を取りたかったのだ。

 もう二度と物笑いの種になんかなりたくなかったから。 そう思っていたというのになぜここで再会しないといけないんだよ。

 

 視線を二人へと戻すと、やはりプイと目を剃らされた。

 

 こいつらやっぱり俺をネタにしてたんだ。そうだ、そうに違いない。

 

 もうこれまでだ。ここにはいられない。

 先生の前だからとあんな風に俺を止めたとのだろうが、やはり俺には耐えられない。

 ええい、もういいや! このままダッシュでとんずらしよう。もうどうせ悪評が立つのも時間の問題だ。逃げ出すくらいもうどうでもいいだろう!

 

 意を決した俺が開いたままの入り口へ向かって走りだそうとしたその時。

 

「待ちたまえ」

 

「ぐえ」

 

 いきなり背中に背負ったかばんを誰かに掴まれて逃走を阻止された。

 振り返るまでもないが平塚先生だ。何で片手で男子高校生を押さえ込めるんだよ。

 これで逃げ道を塞がれた。さあてもうどうしようもない。後は死刑執行を待つばかりか。

 

「せ、先生、ちょっと……」

 

 ふいに弓ヶ浜が先生の袖を引いて窓辺まで雪之宮もつれだって歩いて行った。そこでなにやらこしょこしょ話しているが。

 暫くしたら、先生が頷くと同時に二人の背中をバシンとはたく。それ女子に対してやる行為じゃないよね、明らかに。

 そんなことを思っていたら、二人がとことこと俺の前まで歩み寄ってきた。そして何やら手をモジモジさせながら俺を見上げてくる。

 これはあれだ。あきらかに俺を警戒している感じだ。先生に俺への嫌がらせがわからないように、この場を納めるつもりなんだな。当然分かっている。当たり前。

 

「あ、あの……」

 

「いや、言わなくていい」

 

「ええっ?」

 

 おずおずと弓ヶ浜が何か言おうとしているのを俺は手で制した。ここでの俺の最適解はただ一つ。『先制攻撃』もとい『先制言い訳』だ。

 とにかく結論を言われる前にさっさと煙に巻かなくては。 

 俺がもう放っておいてほしいという思いを二人に理解させる必要がある。例えおれをこれから物笑いの種にしようとかんがえていたとしても。

 

「言いたいことは分かってる、知ってる。だから、俺から先に言わせてくれ」

 

 言った途端に弓ヶ浜が大きく仰け反った。

 

「え……えええっ!? ほ、ホントに?」

 

「ああ、わかってる」

 

 先生がいるこの状況で余計なことを言うなということだろう?

 弓ヶ浜は雪之宮と顔を見合わせてから二人で俺に顔を向ける。こうなればもう言うまでのことだ。

 あの時のおれはどうかしていいたんだ。犬を車から助けようなんてな……それに二人の視線も怖くて一刻も早く逃げ出したかったし。

 

「悪かった……その……、俺あんな気持ちになるの初めてだったから……お、お前ら二人に対して……」

 

 あの自損事故の時、呆気にとられた二人の反応は俺にとっても初めて体感したものだったし、正義感丸出しで突っ込むなんて恥ずかしい事を本来の俺がやるわけがないのだからな。

 

「ふぇえ……!?」

 

 真っ赤になって二人は声を上げていた。

 中学までのひとりぼっち生活なら或いはこんな事態でも自分で自分を守れたかもしれなかったが……

 

「俺もどうしていいかわからないんだ。一人だけだったなら気にもしなかったことだけどこうなってしまうとな……」

 

 二人がぱくぱくと口を動かして、震える声で話し始めるし。

 

「あ、あたしたちも今はそこまでのことは思ってなくて、ただ仲良くしたいなとか、一緒に……とか……その……解決方とか今は思いつかないんだけど」「そ、そうね、そこまでの考えは至らなかったけれど、でももしそうでもあなたがそう思ってくれることを私は嬉しく思うわ」

 

 なんでこいつらはモジモジしまくっているんだ? とにかく、今までみたいにいつまでも一人だけの学校生活を送りたいってわけではないのだ。黒歴史はなんとしてでも封印しなくては。だからこいつらになんとか理解してもらわなくてはならない。そして約束してもらわなくてはならない。この先俺がいじめられない平和な生活を送るためにも。

 

「だから……頼む! これを俺達3人だけの秘密にしてくれ!」

 

 がばっと頭を下げた。もはや恥も外聞も関係ない。ここには当事者の俺達と平塚先生の4人しかいない。もしすでに俺の悪評が流れていたとしても、この二人がこの先落ち着いてくれさえすればなにも問題はなくなるはずだ……

 と、思いながら顔を上げると。 

 

「ええええっ!? ひ、秘密って、ど、どうしようゆきぽん?」

「そ、そうね、これは悩みどころだわ」 

「あ、あたしは別にいいよ? ゆきぽんがいいなら」

「わ、私も……それでも……むしろ嬉しいかも……」

 

 ん? こいつらは何の話をしているんだ? なんで俺を貶めるかどうかの話でこんな反応してんだか。でも、とりあえずは承服してくれるということなのだろうな……

 しばらく二人でもじもじした後、口を開いたのはやはり弓ヶ浜だった。

 

「あ、あの……ちょっと順番を飛び越えたみたいになっちゃったけど、ほ、本当はここまでの話になるなんて思ってなかったんだけど、あの……あのね、あたし……『本気』だから」

「私もよ。私も『本気』なの。そ、その……選ぶのは後でいいから……だから」

 

 『本気』と書いてマジと読む。『弱虫』と書いてチンピラだっけ? 少なくとも堅気の話じゃないな。

 つまり『選ぶ』って、本気で潰されたくなければ服従の選択をしろと暗に迫っているってことなのか? そ、それは流石に質が悪すぎるだろう。だが待てよ、そうだとしたなら俺も本気で自分の失態を隠蔽しないといけないわけだな。だとすれば、このまま立ち去るのは最悪の悪手……

 となれば……

 

 顔を上げると正面の二人は目を瞑っていた。そして何かを言おうとしていたから先制する意味も込めて声を出した。

 

「「「この部活に入って(入れて)ください! あ、あれ?」」」

 

 なぜか三人同時に同じようなことを口走っていた。

 そして顔を見合わせて不思議そうな顔で見合わせることになる。

 そのまま暫く考えてみてから俺はとりあえず事なきを得たのか? という結論に達した。

 二人を見やれば、二人もホッと安堵したような顔になっているし。

 と、とりあえずはこれでいいか。これで二人に対しての情報のコントロールも出来るし、俺も変な噂が広まっているかどうかの収集に時間が当てられるし。そしてなにより、初めてこの二人に会った時から感じていたこのモヤモヤの正体を調べることも可能か……

 それを思った時、なんとなく心臓の鼓動が速くなるのを感じてはいたのだが、その理由を考察する前に、ずっと黙って冷ややかな視線を向けてきていた美人の言葉に遮られた。

 

「うむ、修正不可能な程にねじくれ曲がった状態で見事に話がまとまってしまったようだな。流石は『比企谷』の血と言えばいいか、うーむ」

 

 先生は暫く腕を組んで思案をしてから徐にポンと手を打った。

 

「よし、ではこれからすぐに家庭訪問だ!」

 

「「「は?」」」

 

 

   ×   ×   ×

 

 

「で、なんでここに平塚先生がいきなり現れるんすか? しかもここ自宅じゃありませんよ」

 

「いいじゃないか。私と君の仲だ。固いことは抜きにしていつもの旨いブラックを頼むよ」

 

「ま、いいですけどね。今はうちの子がお世話になっているようですし」

 

 視線をカウンターの方へと向けて見れば、そこでは椅子に座る平塚先生と、その正面でがーりがーりとミルを挽いているエプロン姿の俺よりも眼の濁った男の姿。がーりといってもがーっりっしゅなんとかの事では決してない。

 正直あの立ち居姿は、俺から見てもほれぼれするくらいカッコいい。

 

「ねえ! ヒッキーヒッキー! ねえねえ、見て見て! 弾ちゃんが、弾ちゃんが女の子連れてきたよ! しかも二人も!」

 

「ヒッキー言うな、お前もヒッキーだろうが」

 

「あ……そだね、そうだ、そうだった、あはは。そんなことよりさ! ガールフレンドだよガールフレンド! キャッキャァ、どうしよう、どうしようか」

 

 うむ、今日もお団子さんは絶好調だ。カウンターの濁り目と俺を交互にぶんぶん首を振って見ているし。というか、あまりの勢いにもともと巨大な二つのあれがぶるんぶるんしてしまっているが……うっは、お客さんいっぱいなのだからもっと自重してくれよ、は、恥ずかしいぃ~~~。

 おもわず両手で顔を隠した俺に、弓ヶ浜と雪之宮の二人がこしょこしょと話しかけてきた。近い‼ いい匂い‼  は、恥ずかしい‼

 

「ねえ、ひ……だ、弾生君? この喫茶店って君に関係あるのかしら?」

「あそこの店員さんのお二人はひょっとして……」

 

 そう聞かれ、俺ははあっと思わずついてしまったため息を飲み込んでから答えた。

 

「ああ……俺の父ちゃんと母ちゃんだよ」

 

「「ええええええええええええええええええ!?」」

 

 はい、今日一番の『えええ』いただきました。

 

「お、お義母さん、若っ……それにお義父さんもめっちゃイケメンだし!」

 

 お、おおお女の子にお義母さん、お義父さんとか言われるとなんでこんなに発熱しちゃうんだろうか。

 でも、ま、そう反応するだろうな。だって母ちゃん若いし。俺から見てもとても三十代には見えないしな。どう見ても二十代、いや、下手したら十代と言っても通るかもしれない。

 おばあちゃんからして年齢不詳だからな。うちの女系の外見年齢はいったいどうなってやがるのか。

 父ちゃんは……息子の俺が言うのもなんだが、目が濁っている以外は正直ムカつくくらいのイケメンだ。しかもその目だってこだわってる職人っぽさが滲み出てる感じでかなり渋格好いい雰囲気だし。クッ……このトップカーストめ!

 

「それに平塚先生もお知り合いの様だけれどどんな関係なのかしら?」

 

 そう雪之宮に言われたが、正直その関係は良くわからない。

 カウンターで父ちゃんの淹れたコーヒーを旨そうに飲んでいるところをみるとやっぱり知り合いなんだろうな。

 そんなことを考えていたら、急に席に母ちゃんが現れた。

 

「やっはろー! みなさんこんにちは! ねえねえあなたたち。弾ちゃんとお付き合いしてくれてるの?」

 

「ぶっはぁっ!」

 

「も、もう、弾ちゃん汚い。ごめんねみんな」

 

「い、いえ……」

 

 なにいきなり言ってんだ母ちゃんは。思わず飲もうとしてた水を吹いちまったじゃないか。こいつらもこいつらで顔真っ赤になって小さくなっちまったし。

 

「あ、あのな母ちゃん。家に女子が来たからって何も『彼女』なわけないだろ」

 

 と言った瞬間目の前の席の二人がびくんと跳ねた。何やら『彼女』って箇所で反応したような

 母ちゃんはと言えば、にこにこしながら、

 

「ええ? だって弾ちゃんパパにそっくりだし、弾ちゃんを好きな子が何人もいたって不思議じゃないし、あのねパパも高校生の時モテモテだったんだよ。ママもパパに構って欲しかったけど全然来てくれなかったし」

 

 げふんげふんと、濁り目のマスターが噎せ込んでいるけどな……

 

「別に父ちゃんと母ちゃんのラブコメはどうでもいいんだよ」

 

「つまりは弾ちゃんとこの子達のラブコメが大事ってことだよね!」

 

「ちげーから!」

 

 母ちゃんマックススピードだな。正面をみれば二人がますます小さくなっているし。

 もうどうすりゃいいんだよー

 とか、思っていたら、目の前のテーブルに綺麗にデコレートされたケーキが3皿と、カプチーノが3つことりと置かれた。

 父ちゃんだ。

 

「こいつと仲良くしてくれてありがとうな。俺は弾生(だんじょう)の父親です」

「あ、ごめんねおそくなっちゃったけど、あたしは弾ちゃんのママです。みんなこれからも弾ちゃんを宜しくね」

「あ、はい。あ、あたしは弓ヶ浜弓美です」

「私は雪之宮雪穂です。今日は突然にすいません」

 

 言ってペコリと頭を下げる二人に、母ちゃんは別にいつきてもいいよと答えてる。

 と、やれやれ場が収まったかとおもいきや。

 

「で! どっちから告白したの! 弾ちゃん? それともあなたたち?」

 

「お、おい、結衣……食いつきすぎだ」

 

「ええ? だってパパ、気になるし」

 

 ほんと母ちゃん食いつき良すぎだよ。こんなんじゃ俺彼女出来ても連れてこれねーよ。本当に迷惑だよと思っていたら、弓ヶ浜が声を出した。

 

「あ、あの……えっと、今はまだそういう関係じゃないです、はい」

 

「そうなの?」

 

 だから俺を見るんじゃねえっつうの。しかもなんだよ、今の今はまだとかって、このままじゃ母ちゃんに弄られまくることになっちまう。

 頭を抱えたくなったそこへ言葉が続いた。

 

「あ、あたしたち……比企谷君に助けてもらったんです」

「私たちは彼に感謝しているんです」

 

「えっと……何があったのか……聞いてもいい?」

 

 そう言った母ちゃんに二人はあの事故の話をした。細部まで漏らさずに、俺の恥態もなにもかもつまびらかにしたままに。もう顔面が熱い、熱すぎる。

 

「もうやめてくれ!」

「弾ちゃんは座ってて」

 

 バンっとテーブルを叩いて立ち上がった俺だけど、頭を母ちゃんに押さえつけられてそのまままた座らされた。なんでこんなに強いんだよ。

 見れば父ちゃんと母ちゃんの二人が見つめあって微笑んでいるし。

 

「何を笑ってんだよ二人して気持ちわりい」

 

「ふふふ、弾ちゃんもやっぱりあたしたちの子供だなーって思って」

「そうだな」

 

 俺を見てにやつく二人。なんだか見透かされているようで非常に気分が悪い。

 と、母ちゃんが話始めた。

 

「実はね、あたしとパパも同じようなことがあって出会ったの。あたしのサブレ……その時に飼ってた犬の名前なんだけどね、道路に飛び出したところをパパが助けてくれて、でもそのままパパは車に跳ねられちゃったの」

 

 う、うおっ! マジか!

 ほとんど一緒じゃねえか。というか、それってあの事故の成功版……いや、失敗か? めっちゃかっこいいじゃねえかよ。なにやってんだよ父ちゃんは。イケメンかよ。

 

「じゃ、じゃあそれでお母さんとお父さんはお付き合いをはじめたんですか?」

 

 そう聞いた弓ヶ浜に母ちゃんが首を振る。

 

「ううん、そうじゃないの。あの頃はどうやって人と接していいかあたしもよくわからなくて、それにこの人ってば底抜けのひねくれものだったから、ちょっと誘ったくらいじゃどうにもならなかったの。それにモテてたしね。弾ちゃんと一緒で、ふふ」

 

「「も、モテねえし」」

 

 ぐっは、父ちゃんとハモっちまった。そんな照れた顔すんじゃねえよ父ちゃん。

 

「だからね、色々あったんだよ、いろんなことが。良いことばっかりじゃなくて、嫌なことも辛いこともいっぱいね。でも、あたしはずっと好きだったの。だから、今もこうして一緒にいるのかもね」

 

「のろけかよ……勘弁してくれ母ちゃん」

 

 ふふふと幸せそうに笑う母ちゃんと真っ赤になって厨房へと帰っていく父ちゃん。その先でニヤニヤしている平塚先生と思わず目があってしまった。マジで勘弁してくれ。

 

 それから母ちゃんが二人のそばによってサッとかがんだ。当然あのバインバインが大きく上下してる。二人も目が点だ。

 

「この子口下手だし、ちゅうにびょう? だし、ひねくれてるし、目付きも悪いけど……」

 

 おい、それ悪口のオンパレードじゃねえか。

 

「結構可愛くていい子なの。だからこれからも仲良くしてあげてね」

 

「「はい!」」

 

 大きく返事をした二人。

 なんか今日一番元気いいし。

 そんな母ちゃんに雪之宮が声をかけた。

 

「あの……こういう言い方は少し失礼かもしれませんけど、お母様のそのお腹……」

 

 となにか言いづらそうに言っていたが。

 は? 腹? なんのことだ? 見てみてもなにかよくわからんが……

 と、そこへ母ちゃんの爆弾発言が!

 

「あ? わかっちゃった? 流石女子ね。そうよ、今お腹に『赤ちゃん』がいるの」

 

「はあっ!?」

 

 思わず叫んでしまった。

 

「えっと、ヒッキー……弾生君は知らなかったの?」

 

「初耳だが……」

 

「えっとね、今3ヶ月。うふふ」

 

 うわー、思春期高校生の息子の前で何がうふふだよ、父ちゃん見ながらデレデレすんな、恥ずかしいいいいいいいいいい。

 再び顔を両手で覆ってうずくまった。

 

「あ、おめでとうございます」「おめでとうございます」

 

「ありがとう雪穂ちゃん、弓美ちゃん。でもまさかこの歳で4人目を授かるなんてあたしも思わなかったー」

 

「「4人目‼」」

 

 叫ぶ二人。当然か、この少子高齢化の時代で恥かきっ子をこさえてまで、なぜにそこまで大家族化を図っているのやら、うちの両親は。

 

「ちなみに一番上が弾ちゃんで、いま中学生の双子の娘達がいるのよ」

 

「「すごい‼」」

 

 そりゃそういう反応になるよな。

 こ、子供……子供か……いやその前に結婚、更年期……とか、なにやらカウンターの方から黒いもやもやした呟きが聞こえてきているが。

 はああ、本当にうちの母ちゃんは恥ずかしすぎる。父ちゃんラブがあからさますぎて、見ていて超恥ずかしい。もう勘弁してくれよと、水を飲みかけてたら。

 

「あ、弾ちゃん。告白は必ず弾ちゃんからするんだよ。わかった?」

 

「ぶふっ!!」

 

 当然また吹いちまった。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

「今日は悪かったな……その、うちの両親がいろいろと」

 

 少し暗くなってきた店の外で、鞄を手に持った弓ヶ浜と雪之宮の二人と平塚先生を見送る。

 

「ううん、なんかさ、急に来ちゃってこっちこそごめん」

「貴方のご両親が本当に素敵で驚いたわ。あなたが優しい理由がよくわかったわ」

 

「は? 俺が優しい? なんで?」

 

 微笑む二人の顔を見ながらそんな疑問を口にすると、弓ヶ浜が口を開いた。

 

「だって、あの時あたしのせいであんな事故に巻き込まれちゃったでしょ? 自転車も壊しちゃったし。でも、ヒッキーは『大丈夫?』って声をかけてくれて、あたしを責めなかったし。だからありがとう」

 

 あ、ヒッキー呼びは確定なのね。いや、いやいやいやそんなことはどうでも良くて、あの時は恥ずかしさのあまり動転しまくっていてなんて声を掛けたかだって記憶はないし、第一気なんてまったく使った記憶はないし。

 今度は雪之宮。

 

「貴方は私も責めなかった。どう考えても私が悪いのに、『自分で勝手に転んだだけだから』って、自転車の修理費も受け取ってくれなかった。わたし、わたしはすごく申し訳なくて、ずっと貴方に謝りたかったの。本当にごめんなさい」

 

 と急に頭を下げる雪之宮。

 いやいやいや、それこそさっさと逃げ出したいからあのときそんな事を言っただけだっての。そもそも雪之宮の車にまったくぶつかってないしな。壊れたのは俺の不注意以外の何ものでもない。だから謝られたって、俺は……

 

 二人を見ながら俺は考える。

 

『こいつらは別に俺を貶めようなんて思っていないのか?』

 

 わからん。

 本当にわからん。

 俺みたいな自分本位の人間にあえて近づこうなんて普通考えるわけがない。だって、今までずっとそうだったから

 俺はただの苛めの対象で、煽ってあわてふためく様を見て楽しむ対象でしかないはずだ。

 なんでだ。なんでここまで。

 でも、悪い気はしないな。むしろ、ずっとこんな風に会話できる相手が欲しかったから。

 まあ、いいか。ダメならその時だ。今は嘘か真か分からなくとも、出来てしまったこの二人との仮初めの関係を大事にしよう。同じ『部活仲間』なのだから。

 

「えーと、これから……宜しくな……『部活』で」

 

「うん!」「ええ!」

 

 微笑む二人が手を振って帰って行った。

 途中まで送ると言ったが、もう近くまで迎えが来ているからと遠慮されてしまったのだが。

 後に残された形の俺、と先生が店の壁に寄りかかってタバコを吸っていた。何をニヤニヤしてんだよと内心イラッとしたところで、店のドアがチリンチリンと鳴ってバカップル両親が姿を表した。

 

「あれ? 弾ちゃん送っていってあげなかったの?」

 

「ああ、迎えがきてるんだってさ」

 

「ふーん」

 

 気のない返事をしている母ちゃんだが、その顔はもうニマニマだ。なんなんだよ。

 

「比企谷、由比ヶ浜、今日は急に悪かったな。見ての通りの状況なんだが、この生徒は思った以上に害があってな、助かったよ」

 

 なに言ってんの? この人は。人の親捕まえて。

 そんな先生に、父ちゃんが頭を掻いて答えた。

 

「まあ、こいつは俺の高校時代にそっくりですからね、先生の苦労もよくわかりますよ」

 

 父ちゃんもかよ!

 

「でもでも、あんな可愛い子達が弾ちゃんのガールフレンドなんて、あたし超うれしいんだけど」

 

「べ、べべべべつにガールフレンド……とかじゃねえし」

 

「はあ、まだそんな事を言ってるのか君は。本当に父親にそっくりだな。あれだけ分かりやすい反応でもこうなってしまうとは」

 

 平塚先生が再び呆れた顔で俺を見る。だからもう放っておいてくれ!

 その時俺の肩を父ちゃんがぽんとたたいた。

 

「ま、先生は人のことを言う前に自分のことをだな……げぶぅおっ‼」

 

 うん、一瞬で父ちゃんがどこかに消えた。

 

「ふんっ……最近人を殴っていなかったから拳がなまってしまっていたな。感謝する。比企谷、女性に対しての口の聞き方を今一度学びたまえ」

 

「……ぁぃ」

 

 こえー! 超こえーし! なんなのこの先生。暴力反対。なんか母ちゃんがこしょこしょ耳打ちしてくる。え? 先生母ちゃん達の高校の時の担任だって? マジで? しかもその時アラサー? え? じゃあ、今は? うわわ、先生の目が超怖い! のーもあぼうりょく。美魔女万歳ぃぃぃぃぃぃぃぃ‼

 

「ふぅ、まったく。君たち親子には退屈させられないな」

 

 別に先生のためにひねくれてるわけじゃありませんけどね……

 おっと、もう下手なこと言えないよ。

 

「ねえ、弾ちゃん」

 

 急に母ちゃんが俺に話しかけてきた。

 なんだよと顔をあげてみれば、いきなり頭をわしゃわしゃ撫でられた。だからなんなんだよー。

 

「今はどうしていいか分かんないかもだけど、弾ちゃんの高校生活は弾ちゃんだけのものだからね。だから、後悔しないように色んな経験をしてね。応援してるから」

 

 優しい言葉が心に染みる。

 嫌なことがたくさんあった。逃げ出したくもなった。でもいつでもこの両親は俺を受け入れてくれたのだ。だから今俺はこうしてここにいられるのかもしれない。

 俺みたいなやつを優しいと言ってくれたあの二人。

 今まで女子にそんなことを言われたことなんかないから、どう反応していいか今だって全然わからない。でも、それも含めて、俺の『青春』なのかもな……

 うっわ、俺今なに考えてんだ! くっそ、もう全部母ちゃんのせいだ。その菩薩みたいな顔もうマジでやめてくれ。

 

「わかったよ。俺はあいつらとも仲良く……できるように頑張ってみる。奉仕部? だって、まだ良くわからねえけど色々やってみるよ。でもな、今まで俺がいろんな嫌な目にあってきたのは、父ちゃんと母ちゃんのつけたこの『弾生』って名前のせいなんだぞ! 普通に訓読みで『ヒキオ』とかっていわれて、ヒキニート扱いだったし、誰も『ダンジョウ』って呼んでくれなかったし!」

 

「いや、ちょっと待て弾生。お前の名前はそもそも、己の信念を貫いて織田信長と戦った戦国武将の『松永弾正久秀』からとったわけでだな……」

 

「いやいや、だからその人日本史史上最悪の部類の悪人の名前じゃんか。裏切り者の代名詞だろ?」

 

「あほか、そりゃ勝てば官軍だからの歴史のせいだろ? 信長を利用してでも自分の私利私欲を満たそうと考えていたまさにエリートボッチのパイオニアだぞ。お前にたくましくなって欲しかった俺と結衣の思いがわからねえのか」

 

「俺別にエリートボッチ目指してねえし。それに松永弾正って日本人で初めてエロ本持ってた奴じゃねえかよ。おかげで俺は中学時代に、『ひきこもりエロリスト』の二つ名までもらっちまったんだぞ!」

 

「うう……同情する」

 

 いや、ちょっと平塚先生ガチで泣くのやめてくれませんかね。

 

「そもそも俺の名前『弾正』じゃなくて『弾生』じゃねえか! どうしてその漢字になったのか、きちんとした理由があるなら納得してやるからちゃんと説明してくれよ!」

 

「あ、それな。結衣が役所に届ける時に、うっかり出生届に『弾生』って書き間違えて……う、うおっ……だ、弾生暴れるな、別に悪い名前じゃねえし、いいじゃねーか。あ、そういや俺も高校時代にヒキオって呼ばれてたことあるし、金髪縦ロールの女王様に、な? 一緒だって、一緒一緒」

 

「ただまー! あれあれあれ~、お兄ちゃんが泣いてる! ぷーくすくす。大の男がみっともないよ」

「Si。男はもっと堂々としているべき。いい加減自分がオタクなのを認めるべき。兄の描いたアロエちゃんのデザインはまさにジャスティス!」

 

「うわあああああああああああああああああああああ……」

 

 こんなんで青春……

 

 できるかあああああああああああああ!!

 

 夕闇に染まるその景色のなかで、やっぱり母ちゃんが優しく微笑んでいた。

 ってか、全部の原因は母ちゃんだったんじゃねえか‼

 

 

 




妹ちゃん紹介コーナー!

比企谷絆(きずな) 中学2年
比企谷美鳩(みはと) 中学2年

とある凍傷さんとかいう作家さんの、とあるぬるま湯シリーズとかいう作品を読むと、可愛い可愛いこの子たちに出会えますよ。砂糖の海で甘え死ぬことになると思いますけどもwww
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