『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー   作:こもれび

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(28)このままで本当にいいのか?

 『神の宴』から一夜開けて、その翌朝、僕はホームで神様に【ステイタス】更新をしてもらった。

 

ベル・クラネル

レベル:2

力:C:635→C645

耐久:D590→C658

器用:C627

敏捷:B741

魔力:D529

幸運:I0

 

《魔法》

【ファイアボルト】

・速攻魔法

 

《スキル》

英雄願望(アルゴノゥト)

能動的行動(アクティブアクション)に対するチャージ実行権

 

 耐久がかなり上がってる……。

 

 着替えて、迷宮(ダンジョン)に向かう装備を整えながら、僕はもらった用紙を眺めて、傷が完全に癒えた肩を押さえつけた。

 前回のステータス更新から、自分にふりかかった出来事といえば、あの焔蜂亭での戦いとも呼べないあの出来事だけ。

 あのとき、僕は襲い来る殺意の固まりに為すすべもなく蹂躙され、この肩を煌めく銀の刃で貫かれた。

 反撃はおろか、逃げることすら叶わないあの状況で、僕はあの殺気に満ちた赤い瞳に見据えられ、そして、死を体感した。

 

「大丈夫かい?ベルくん?」

 

「え?」

 

 急に背後から神様の声が聞こえ、慌てて振りかえる。

 

「どうしたんだい?顔色が真っ青じゃないか」

 

 言われて自分を見てみれば、冷や汗をかきながら肩を抱いて全身を強張らせていたみたいだ。

 指先が震えるのを、もう片方の手で押さえ付けた。

 おかしいな、昨日はなんともなかったのに……

 

「だ、だいじょうぶですよ、神様」

 

 僕のその言葉に、ずずいと顔を近づけてきた神様が言う。

 

「そうかい?ボクは君が心配だよ。あんな変態のアポロンにまでちょっかいだされて……あ、でも、ボクとあの変態は本当になんでもないからね!天界であのバカが言い寄ってきただけだから!そこんとこは、ぜーーーーったいに間違えないようにしておくれよ!」

 

「は、はい……神様……はは……」

 

 言いながら、震えがおさまったボクは、装備の入った収納バッグを背負って、神様と一緒にホームから出ようとしていた。

 

 まさか昨日の【宴】で、あんな因縁をつけられるとは夢にも思わなかったけど、こんな弱小【ファミリア】の僕たちが、戦争遊戯(ウォー・ゲーム)を宣戦布告されるなんて……

 僕たちはとにかく用心して行動することにしたわけで……この先、どんな嫌がらせを受けるかもわからないから今日もこうやって神様と一緒に行動している。

 

「ベルくん、気を付けておくれよ。流石に昨日の今日で何かしてくるってことはないと思うけど、アポロン達はこじつけてちょっかいかけてくるかもしれない」

 

「は、はい……」

 

 神様にそう忠告されて、僕は慎重に教会の隠し部屋からの階段を上った。

 そして、上りきり、祭壇の間に出て、奇妙な感覚を覚えた。

 

 ……魔力?

 

 屋内に、微かに魔法行使の際の出力の余波を感じる。それを不審に思いながらも、一気に廃墟の協会を飛び出して、絶句。

 

 周囲の建物の、屋根や、屋上に無数の人影がたたずんでいた。

 【アポロン・ファミリア】……

 防具に刻まれた太陽のエンブレムを見てそう悟る。

 その各々の手には、弓や杖や……そして、剣が握られていた。

 

「う……う、あ……」

 

 朝日に煌めくその白刃の数々を見た途端に、全身の力が抜けてしまう。

 思い出されるのは激しい肩の痛みと、殺意の微笑を浮かべたあの狂喜の瞳……

 

 か、神様を守らなきゃ……

 

 頭ではそう分かっているのに、体が言うことを効かない。震えてまったく動かなくなった自分の足は、まるでそこに根が生えてしまったかのように完全に固まってしまっていた。

 眼前では杖を振り上げ、弓を引き絞る襲撃者の姿が……

 

 か、神さま……に、逃げて……

 

 心で必死にそう叫んだその瞬間……

 

 大音響の炸裂音とともに、目の前が真っ赤な色に染まった。

 

   ×   ×   ×

 

 

 相次ぐ轟音に、発生する衝撃波。

 魔法と爆薬が加えられた矢が教会に着弾したのは明らかだった。

 

 でも……

 

「ベルくーーーーん!!」

 

 そんな爆音の中を神さまが駆け寄って僕に抱きついた。

 そして背中にしっかりと掴まるのがわかったけれど、それよりもなによりも、今僕が目にしている光景に言葉が出なかった。

 

 僕の目の前には真っ白いローブに桃色のマスクの黒の長髪を靡かせた女性が右手を突きだして立っている。

 爆風の魔法もそのすべてが、彼女の前で全て弾かれていた。

 

「だいじょうぶ?動けるかしら?」

 

 女性が僕にそう声をかける。それを聞きながら、足に力を込めると、さっきまでの震えがまるで嘘のように動くようになっていた。

 僕がコクリと頷くと、彼女は微笑んで、また正面に向き直った。そして言う。

 

「これから爆発が起きるから、そうしたらバベルに向かって真っ直ぐ走りなさい」

 

 そして、彼女は何事かを呟いた。

 

 途端に、周囲の空間全体が軋んだような甲高い音を上げ始める。

 そして次の瞬間……

 

 さっき、教会を吹き飛ばした魔法とは比べ物にならないほどの激しい炸裂音と、閃光が僕達の周囲全体で巻き上がった。

 凄まじい爆風がチリや埃を巻き上げ、周囲の視界を遮る。

 

「けほっ、けほっ……なんなんだい、これは……」

 

 僕の背中でそう言った神さまの手を掴んで、僕は一気に走り出した。

 ふと、さっきの女性のいた方に目を向けると、そこにすでに人影はなく、ただ……爆煙が漂っているだけ。

 

 そして、走りながら、開けてきた煙の幕の向こう側を見やって、息を呑んだ。

 僕達のいたところからどこまでだろうか……少なくとも半径50M程度はそこにあったはずの全ての建物が消し飛んでしまっていたのだ。当然だけど、さっきまで周囲の建物にいた襲撃者の姿もまったく見えない。

 僕は、その瓦礫すら存在しない更地の中を天高く聳えるバベルを目指して走った。

 

「ひ、怯むなー、追えーーー!」

 

 遠くから微かにそんな声が聞こえてくる。

 

 振り返る余裕もないままに走る僕は、パタパタと足をもつれさえている神さまを抱き上げて、一気に加速。

 背後から、弓矢が放たれる空気を裂くような音を聞きながらも、そのまま走り抜けた。

 

 でも、そうは簡単に逃がしてはもらえなかった。更地を越え、崩落した瓦礫の山が転がる辺りまできたとき、その山の上から複数の人影が飛び降りてきた。

 

「君に恨みはないけど、ここで降伏することを勧めるよ。仲間になっちゃう子に、できれば手荒な真似はしたくないんだけど」

 

 聞いたことがあるなと思ったその声の主は、僕たちに【宴】の招待状をくれたダフネさんだった。隣には戦闘服に身をつつんだカサンドラさんもいる。

 

「お、おことわりします」

 

 僕は抱えた神さまを強く抱きながら、足を踏ん張ってそう答えた。

 ダフネさんは、首をよこに振りながら溜め息を吐く。

 

「はあ……じゃあ、仕方ないね。……かかれ!」

 

 その号令を待っていたとばかりに、周囲にいた他の団員が一斉に抜刀。

 

 それを見た途端、再び体が硬直する。

 

「ほらほらどうした?リトルルーキー……早く逃げないと、本当に切り刻んじゃうよ」

 

 その言葉で頭が真っ白になった。

 

 こわい……

 

 

 こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい……

 

 怖い!!

 

「べ、ベルくん?」

 

 渦巻く恐怖に再び竦んでしまった僕に神さまが声をかけてきた。

 でも、逃げなきゃと思いつつも体が動いてくれない。

 

「か、かみさま……」

 

 僕は呼んだ。どうしようもなくて、助けてほしくて。

 

 その時……

 

「なんだなんだ?」

「喧嘩か?」

「なにやってんだ?」

 

 複数の声が近くから聞こえてきた。

 見れば、大勢の完全武装の冒険者のひとだかりが……

 

「な、なんだこいつら……どこから湧いてきた?」

 

 目の前のダフネさんが目を見開いている。

 近くにいる【アポロン・ファミリア】の連中も同様に焦り顔。

 そんなこの場にいる僕たちに、声が掛けられた。

 

「あんたたちも怪我してんなら、治してやるぞー」

 

 そう言われて顔を向ければ、そこには真っ白なローブにマスクをつけた二人の人影。

 さっき僕たちを助けてくれた黒髪の女性とほぼ同じ姿だ。

 その二人を先頭に、こちらに近づいてくるのは、ギルドでも有名なレベル3以上の高レベルの冒険者ばかり。

 その集団に、ダフネさん達はササっとその身を翻した。

 

「い、いくよ。引き上げるよ!」

 

 言って、そのまま全員一気に走り去った。

 

 その場に取り残された僕らは、その集団に囲まれた。

 

「おい、こいつリトルルーキーじゃねえか?あの【アポロン・ファミリア】とウォー・ゲームするって連中じゃねえか?」

 

「そうだそうだ、俺、昨日の【宴】で確かに見たぞ」

 

「おう、お前、早速因縁吹っ掛けられてんのかよ」

 

 囲まれて、やんややんやと話題の的にされ、僕たちは言葉もなく、その場で動けなくなった。そんな僕に、さっきの白ローブの一人が近づいてきて、そして、何かの魔法を唱えた。

 僕の全身を青白い輝きが包み、すると全身を蝕んでいた倦怠感や苦しさが少し和らいだように感じた。

 

「これで大丈夫かな……。回復魔法を使ったから少しは元気になると思うよ」

 

 青いマスクをしたその白ローブの女性がそう言った隣で、もう一人の黒いマスクの男性が僕を見下ろしながらいった。

 

「あんたらの【戦争遊戯(ウォー・ゲーム)】への参加はもう辞退できない。だから、これからすぐにでもあいつらのホームに行って売られた喧嘩を買ってこい」

 

「何を勝手なことを言っているんだい?そんなことをしてボクたちになんのメリットがあるっていうんだ」

 

 その男性の高圧的な物言いに、腕の中の神さまが怒った様子でそう反論する。

 でも、その男性はマスク越しに冷たい視線をボクに送り続けた。

 

「メリット?そんなもんはないだろ」

 

「はぁ?」

 

 神さまはその男性の言葉に瞬間キョトンとなった。そして、そのあとすぐさま、

 

「な、なんだい、その言いぐさは!?ちょっと失礼じゃないか、君はー!」

 

 プンスカ暴れながら怒る神さまにその人は言う。

 

「メリットはないが、あのアポロンってやつがどんだけしつこいかは良く知ってるんじゃないですか?あの神に目をつけられた美男美女はほぼ全て眷族になってますよ。逃げてるだけじゃ解決はないと思いますけどね。それと、お前……」

 

 うっ……と唸ってしまった神さまの次に、その男性が僕を見据えた。

 

「お前、このままでいいのか、弱いままで本当にいいのか……いつまでも守って貰うままで、いいのかよ?」

 

 その途端に、ドクンと体が震えた。

 

 思い出すのはあの憧憬……

 

 凛としてたたずみ、恐怖や迷いを超越した立ち姿で、まるで伝説の勇者のように剣を振るう、金髪の美の剣士。

 

 あの姿に憧れ、焦がれ、追い付きたいと夢想してきた。

 

 でも、それだけだ……

 

 僕はいつも守られてばかり……

 何度も救われ、助けられ、守られてきた。

 

『だいじょうぶ?』

 

 彼女はいつもそう僕に声をかける。

 

 いやだ。

 

 こんなのはいやだ。

 

 僕は守られるだけなんていやだ。

 

 追い付きたい、並びたい、彼女を……

 

 

 越えたい!!

 

 

 僕がそう思ったその時、神さまが言った。

 

「ふう~やれやれだぜ、ベルくん。君もやっぱり男の子だね。そんな目をされたら、ボクも駄目とはもういえないじゃないか」

 

 そう言って立ち上がると、彼女は僕の手を引いて元気良く歩きだした。

 

「よしっ!なら、これからアポロンのところに殴り込みだぁ!いくぜぇ、野郎共!!」

 

「「「「「おおおおおおおお!!」」」」」

 

 神さまが腕を突き上げてそう叫ぶのに、一斉に周りにいた冒険者たちが雄叫びを上げた。

 

「よし、オレらも付いてってやるぜ、リトルルーキー」

 

「ゲヘへ、レベル2一人で、喧嘩かよ。こりゃ見物だぜぇ」

 

 口々にそう言いながら、みんなで堂々と歩いて、【アポロン・ファミリア】のホームへと向かった。

 このあと、途中からさらに多くの冒険者が合流して大所帯になったボクらは、彼らのホームでこの大喧嘩を買った。

 そこには、すでにたくさんの他の【ファミリア】の神々の姿もあり、そして、この特大のイベントはオラリオ全体がすぐさま知ることとなった。

 

 ここに戦争遊戯(ウォー・ゲーム)の開催が正式に決定した。

 

 この時、僕を助けてくれた、白い装束のあの3人の姿はもうなかった。

 

 

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