『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー 作:こもれび
俺達の眼前に聳えるカーディスは、捥がれた肩からまるで鮮血のような真っ赤な光の粒子を垂らしつつ、しかし、先ほどまでの震えは収まり、その眼を細めて、俺達を悠然と見下ろしていた。
その瞳の色に俺は戦慄する。
明らかに知性の光を宿していたから……
先ほどの無数の光の槍の攻撃をまたしても、くもシールドで防いだバーバリアン(+俺とフェルズ)だったが、さっきのはマジでヤバかった。
カーディスの巨体のその後ろに、後光のように円形に光の輪が出来たと思ったら、その円のそこかしこから、光の槍が突き出てきたのだ。
なにこれ、『王の財』なの?お前はギルガメッシュか!?というか、規模がデカすぎだ。
いったいどこの世界に、アリに向かってガトリング砲かます奴がいるんだよ。ちょっとは考えろよ。
と、ぼやいたところで状況は何も変わるわけもなく、なんとか助かったことを喜ぼうとはしたのだが……
明らかに状況は悪化している。
確かに俺達は、カーディスの左腕を切り落とし、その切断面からありったけの魔力を込めて『ギガデイン』を何発も何発もたたき込んだ。
さすがにこれは効果があったらしく、もがき苦しんでいたように見えたし、全身から火花が散って黒煙も上がっていたから、ひょっとしたらこれで倒せんるんじゃないか?と、淡い期待を抱いたのも束の間、その後、急に動きの良くなったカーディスが俺達に襲い掛かってきちまった。
まあ、即座に逃げられたけど、これはちょっときついか……
俺は不気味に静かにたたずむカーディスを見上げながら言った。
「なあ、今さらだけど、逃げちまおうか?」
「はあ?は、八幡くん、何を言ってるんだ!?そ、そんなことは……」
俺の言葉にフェルズが驚いた声。だが、その後、俺の意を汲んだのだろう。うつむいてしまう。
俺たちの第一目的は一色の救助であり、それは雪ノ下たちがリレミトで脱出したことですでに達成されている。
その後の俺の行動はといえば、ただの時間稼ぎであり、あわよくばあのダークエルフをふん縛ってやりたいなあくらいには思ってたけど、まさか、魂が入っていないとはいえ、カーディスと戦うはめになるとは思わなかったしな。
だが、まあ、それでもな……
俯いちまったフェルズは何も喋らない。
そして、何も行動に移せない。
当然だ。
フェルズの使う魔法は、残念ながらあの邪神には通用しない。
そして、剣での攻撃も……
今このとき、オラリオのどんな凄腕の冒険者であっても、このカーディスと相対するのは厳しいということを、身を持って戦っている俺とフェルズは理解してしまった。
なにせあの全力ギガデインを何発も直接身体の中に食らわせたのに、まだ動ける……というより、さっきより凶悪になった感じだし。
こいつは本気の本気で化け物だ。
明らかにゾーマとか地獄の帝王クラスのな……
あの連中をとーちゃん抜きで倒すことなんて、俺には到底できない話だし。
そんな怪物を目の前にして、逃げる選択をしたとしても、仕方がないことだと、フェルズは思っているのかもしれない。
そんなフェルズが意を決したように俺の顔を見た。
「八幡くん、下ろしてくれ。君たちが逃げる時間を稼ぐ。それと、逃げ延びたならすぐにギルドへこのことを知らせてくれ。神ウラノスならきっとなんとかできる……あ、痛い!!」
俺はペラペラとしゃべるフェルズの白骨の頭にチョップを叩き込んだ。
まったくこいつは……
「お前な……そんなこと言われて、はいじゃあさよならとか、できるわけねえだろ。なにお前、天然策士なの?」
「い、いや、私は別にそんな気は……私はすでに不死身だ。多少はなんとかできると思う……」
「そりゃ別にいいけど、摺り胡麻みてえにサラサラにされたらもうどうしようもねえだろうが。まったく、仕方ねえな……。」
「え?」
「付き合ってやるよ。めっちゃ怖いが、あの邪神をぶっとばすぞ」
「は、八幡君……」
なにお前俺をぼーっと見つめるんだよ、気持ち悪い……っていうか目、ないし。
その時……
突然カーディスがその身体を動かした。
右足を大きく振り上げる。
うん……巨大な化け物とはいえ、もとはスタイル抜群の女神様。真っ裸で足を大きく振り上げられると、真下から見上げる俺たちにはかなり刺激的な情景が……
とかなんとかドキドキしていたら、その右足が俺たち目掛けて一気に踏み込まれてきた。
それをバーバリアンが慌てて飛び退いて避ける。
俺たちが跳んだその場所はカーディスの足を中心に陥没し、巨大なクレーターを形作った。
俺たちはその破壊の衝撃をもろに受け、さらに後方へと飛ばされる。
そして、カーディスはその苦悶に満ちていた表情を緩め、さらにその口許に笑みを浮かべた。
その光景に驚いたその時、甲高い声が辺りにこだました。
『愚かで矮小な者共よ……ワタ……俺は貴様らを擂り潰してその腸を……精霊の名において罰を与え……コロス、コロス、コロス、コロス……今こそ死の鉄槌を……ォォォォォォォォォォォォォォォ……』
空気を裂くような、悲鳴のようなそのカーディスの『声』を聞き、身の毛のよだつその感覚に身体が震えた。
そして、絶叫をあげつつ、カーディスは明らかな意思を持ったまま、俺たちに向かってその残された右腕を降り下ろしてきた。
バーバリアンは再び全力で跳躍……今度は、突っ込んでくるカーディスにたいして、その足元をすり抜けるように前方に向かった。
カーディスは、先程までの緩慢な動きがまるで嘘のように、その身駆を急反転、そして、膝をついて前かがみになり、こちらに顔を向けて呪文を詠唱……
『……【ライトニング・ボルトォォォォォォォォ】……』
その直後に、カーディスの口に光が集まりだし、みるみる膨れ上がるその光球がバチバチと飽和を始めたその瞬間、一直線に俺たちにその光の筋が襲いかかった。
バーバリアンはそれをくもシールドで受け止めようとするが……
これはダメだ!!
「ギガデイン!!」
その光に向けて、俺自身の最大攻撃呪文を放つ……が、光は俺の電撃の嵐を貫通する勢いで押し寄せ、そして拡散しつつ、その光が周囲の地面や壁をえぐり始めた。
【ライトニング・ボルト】はたしか貫通魔法だ。
とてもじゃないが物理的に受け止めることなんて出来はしない。
ギガデインの方が出力が高いとは思うが、いかんせん向こうは光子砲……簡単に言えば、コナミのグラディウスのレーザーみたいなやつだ。
あんなの食らったら即死だよ。
「ぐっ……」
ギガデインで散らしているとはいえ、幾条かの光線が俺達を掠る。
このままではいずれ焼け死ぬ。
ふと、カーディスの足元を見ると、そこにはついさっきまでカーディスが埋もれていた深い穴が……カーディスはその縁にいた。
俺は一か八かで呪文を詠唱。
「イオラ」
その邪神の足元を一気に爆発させた。
すると、見事にその地につけた右膝の地面が陥没、そのまま少しではあるがカーディスは体勢を崩し、光魔法の射線がずれた。そして、その巨体を傾けて停止する。
「いまだ!あの岩の割れ目に逃げ込め」
俺のその言葉に、バーバリアンは身を翻して、がれきに紛れつつ一気に壁の割れ目へと進入した。
遠目にはまだカーディスが足を取られてもがいている。
少しだが、身を隠すことに成功したようだ。
落ち着てみてみれば、全身から汗を吹き出して、肩で息をしているバーバリアン。エンチャントで強化しているとはいえ、流石に超重量のアストロン状態の2匹を持ったまま飛んだり跳ねたりしているわけだ。そりゃ、無理もくるな。
俺はひとまずバーバリアンの治癒を行う。そんな俺にフェルズが話しかけてきた。
「は、八幡くん、あれは、取り込まれた精霊の意識が統合され始めているのではないか?」
その呟きに意味がわからずに俺は思わず聞き返した。
「はあ?そりゃどういうことだよ。分かりやすく言えよ」
「い、いや、私も完全に把握してはいないのだが、通常『ゴーレム』は行動を命じる為に、マナを注入した疑似魂……『核(コア)』を中心につくりあげる。だが、あの邪神は、ただのマナではなく、マナの化身とも言うべき精霊を、しかも複数種の異なる力の化身を取り込んで莫大なそのエネルギーでもって、あの身体を動かし、魔法を使っているようだ」
「だから、それがどうしたってんだよ」
「ただでなくともそれぞれがとてつもない力を秘めた精霊だ。そんな精霊を封じることのできる器など、私は知らないが、あのカーディスの体のどこかに、その『核(コア)』となる精霊を封じた器が存在しているはずなのだ。そして、たぶんだが、先程の君の強力な魔法攻撃でその『核(コア)』は損傷したのではないかと考えている。つまりだ……」
「…………?」
「つまり、『核(コア)』が損傷したことで、それぞれの精霊の束縛が解け、使役から解放されたのだ。しかも我々を敵と見定めたことで、様々な精霊の意思が統一されて攻撃を始めたのだと……」
「まあ、それはいいんだが、だったらどうすりゃいいってんだよ」
フェルズは少し俯いてから答えた。
「もう一度、君の魔法をカーディスへと叩き込もう。君の魔法のあの威力なら、カーディスの『核(コア)』の所在が分からずとも破壊できるはずだ。それさえ破壊すれば精霊の力が邪神に流れることはなくなるはずだ」
そのフェルズの提案に俺も考えてみる。
さっき宣言したとおり、逃げるのは今はなしだ。だから取りうる最善の手段で戦う必要が出てくる。
だとすれば、フェルズの提案もありってことになるわけだ。
なんだかんだ、こいつは状況をきちんと見れているしな。
ったく、いったいどうしちまったんだかな、俺は……
俺みたいなへなちょこに、あんな怪物倒せるわけねえだろが……
だが、まあ、それでもここで倒しておかねえと、まずこの巨女神がダミープラグで地上で暴れまくるわけで、しかも、ルゼーブのやつがカーディスを何らかの方法で降臨させちまえば、その時点でオラリオ全域に常時ザラキが降り注ぐ。下手すれば世界中でだ。
ひょっとしたら、『終末の巨人』が本気で出てくるかもしれねえ。
そんなことになったら、どこに逃げようにも、この星はおろか、他の世界もヤバイ。
はあ……どんな貧乏くじだよ。
なんで、こんなタイミングで世界の命運を背負って戦わなきゃなんねえんだよ、この俺が!
しかもなんの前触れもなしにだぞ!
こういうのって、準備万端で、仲間とか装備とかしっかり揃えて、やり残したことないか確認してから、いざ勝負になるんじゃねえの?
唐突すぎなんだよ。
ったく……
なんでこんな時にとーちゃんいねーんだよ。
はあ、と、いない奴の話をしても始まらねえか。とにかく今できることをやるしかない。
「よしフェルズ。もう一度アストロン・アタックだ。次でカーディスを仕留めるぞ」
「あ、ああ、了解した」
俺は冷や汗が垂れるのをそのままに、汗で湿った手のひらでバーバリアンの頭をそっとなでた。