『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー 作:こもれび
なぜここに一色が……
一色はついさっき、雪ノ下達と一緒にリレミトで脱出したはずだ……
眼前のクリスタルの中で、直立したまま一糸纏わぬ姿で眠るように浮かぶ一色を、混乱した頭で俺は見つめ続けた。
この空間がなんであるにせよ、今のカーディスを動かすための重要な場所であるということだけは認識できる。
あの強力な精霊たちもこのカーディスの口に吸いこまれていたしな。
そして、この目の前の赤いクリスタルは、ほぼ間違いなくフェルズの言っていた、ゴーレムの『核(コア)』だ。
だとしても、なぜその中に一色がいる?
いや、待て待て……その前に、この一色は本物なのか?
さっき確かに雪ノ下達は一色を助けた。そしてそれを俺はこの目で見た。
だが……
あの一色がもし偽物だとしたら……
もし、もしも雪ノ下の『モシャス』のような魔法で姿を変えた『何か』であったとしたなら……
そして……
それが、ルゼーブクラスの強敵であったとしたなら……
やばい!
雪ノ下や由比ヶ浜たちが危険だ!!
い、いや、ちょっと待て……
そ、そういう可能性もあるというだけのことだ。まずは落ち着け俺……
ここは何度も言うが、ファンタジーだ。
どんな不思議なことも、信じられないことも起こる世界だ。
かくいう俺だって、体を治すベホマや、何もない空間に、火や、雷や、爆発を起こす魔法を使いこなしているし、死体が生き返ったり、死んだまま生きているやつがいたりとか、本当に何でもありなんだ。
仮説として、ファンタジー要素も加味した上で、目の前の一色がどういう状況なのかを考えてみる必要があるだろう。
このクリスタルの中にまずどうやって入ったのかが一つ目。
さらに、見た感じ一色そのものに見えるが、はたして本当に肉体があるのか?というのが二つ目。
一つ目に関しては、天然の石のクリスタルに内包するためには、俺達の世界の常識で言えば、クリスタルの結晶化が進む最中に、その中に長い長い年月をかけて一色を保存しつつ周りをクリスタルで覆っていかなくてはならない。
ちょっと古い映画だが、スピルバーグ監督作品のジュラシックパークに出てきた、琥珀に閉じ込められた『蚊』みたいな感じか?あれを初めて観たときは、実際にその血液から恐竜作れちゃいそうだなとか、本気で思ったけど、まあ、どうでもいいな。
確か、クリスタルの形成には数万年の歳月が必要だったはずで、まず、そんな期間は懸けていないので、これでは不可能。
ならば、人工クリスタル!!
山梨県あたりでは確か結構作ってたはずだが、この世界で機械的にあのサイズのクリスタルを作ることが出来たとして、高温で熱した石を溶かしながらあの形に成形していく必要があるわけで、そんな熱に、レベル1のただの村人の一色に耐えられようはずもなく、これも没。火傷するってーの。
それでは、魔法で……となれば、あのクリスタルの中に入るには、『すり抜け』?『転移』?『置換』?みたいな方法になるんだろうが、どう考えても、あんなにぴったりと隙間なく収まるのは難しいんじゃなかろうかと思う。
ルーラとかじゃ絶対無理だし。
そもそも、まったく身動きしていないが、あれが一色だとしたら、生きているのか?
息できないし、ここからみる限り、表情が変わることもなにひとつないし……
ならば、二つ目だ。
あの一色は肉体がないのではないか?
映画を投影するように、あの中心に一色の映像を映しているだけかもしれない。ちょうど、スターウォーズの立体映像通信みたいにな。まあ、画像がぶれたりしてないのは、高解像度ですごい技術なのかもしれない、4Kテレビみたいな!!
それか、ファンタジーで良くあるのは、魂の分離。
つまり、さっき救助したほうが、肉体で、こっちは魂だけ残ってて……
だとすれば、そういうこともあるかもしれないが、目の前の一色は幽霊とか生き霊とかになるわけで、じゃあ、いったいどうやって助けたらいいんだ?
俺は死神の鎌とか持ってねーぞ……
とかなんとか、俺はそのとき思考の渦にはまっていました。
× × ×
まさかこのカーディスをここまで追い込むとはな……
まったくもって予想外だった。
このオラリオにここまで強い魂を持ったヒューマンがいたとはな……
まったく……手間が省ける……くくく……
だが、好き勝手やらせるのもここまでだ……
貴様のその魂を喰らってやる。
そう、俺の望みを叶えるために……
深紅のクリスタルの前に呆然と佇む白ローブに黒いマスク姿の男。
そして、奈落へと次々に落下していく床の一角、すでに消滅した床のあった場所、深淵の縁に、その影は立っていた。
影はその虚空に立ち、ユラユラとその姿を揺らしながら空中を歩きながら白ローブの男へと近づいた。
男はまったくその影に気がつかない。
影は男のすぐそば、もうそのゆらめく靄を伸ばせば届きそうなほどの距離へと近づいて声を発した。
「くくく……その娘を助けたいのか?貴様の返答次第では助けてやっても良いぞ、くくく……」
ゆらめく影は、白ローブの男にそう声をかけた。
だが……
返事がない。無視されたようだ。
「ん?聞こえなかったようだな……ならばもう一度言おう。このままこの場から立ち去るのならば、その娘をすぐに解放してやろう、どうだ?」
だが、貴様がカーディスから離れた直後に、空間ごと、消し飛ばしてやるがな……くくく……
影はもう一度男を注視した。
男は……
返事がない。再び無視されたようだ。
「って、おぅい!!聞け!、俺の話を聞け!!このデカルチャーーズゥ!!」
「んあ?ちょっと待てよ、こっちは今悩んでんだからよ。そもそもこのクリスタルってなんでできてんだ?プラスチック?エポキシ?FRPとかなら、一色の形で型を抜けば、ドンピシャで成型して短時間に固まるから、ぴったり入れるのも可能だし……でも、この量となると相当高いだろうしな……この世界に模型店とかあるのか?でもこの感じ、やっぱり本物のクリスタルなのかなー、ガラスのような気もするし、アクリルだったらやっぱり熱が……ん?」
白ローブの男が徐にその顔をあげる。その視線の先には揺らめく黒い影のような存在。
と、その目があった瞬間。
「っだーーーー!?な、なんだお前は?気持ち悪い、『あやしいかげ』か?」
と、飛びしさったその姿を見つつ、影はしばらく身動き出来なくなる。
「俺と取引を……ま、まあ、もういい。私はシェード……このカーディスに取り込まれし闇の精霊が一。貴様がすぐにここから立ち去るというのなら、あのクリスタルの中の娘を返してやると言っているのだ、デカルチャーズ。我々にはもはやこの娘は必要ない。このカーディスの体のみが必要なのだ。それと、これ以上の破壊を我々も望まぬ。貴様が手を引くのならば、我々はこの地底深くで再び静かに眠りにつくだろう。さあ、どうする?返答を!!」
強い口調でそう宣う黒い影は、今の条件に満足しきりであった。
いったいどこに好き好んで邪神と戦い続けようなどと考える者がいようか。
そう、これでこの男の戦う意味は消滅する。もとより、この娘を助けに来たと言っていたのだしな。そして、この神がもはや脅威でなくなる可能性もある。
ここに至るまで、私でも操ることが不可能なレベルの破壊魔法をくらい続けているのだ。まあ、通常であれば今生きているわけはないのだが……
その恐怖を身をもって理解しているこの男はきっとこう思うに違いない。
「今は戦うべきではない」と。
そう、それが自然だ。
水は高きから低きに流れるもの……
邪神と戦い倒すという厳しい条件と、戦いを避けて目的を達成するという楽な条件の二つが提示されたのだ。おのずと答えは決まってくる。
シェードはその揺らいだ外観のうちでほくそ笑んでいた。
確定した事案ほど、嬉しいことはないのだから……
白ローブの男はその視線をシェードから、クリスタルの内に浮かぶ少女へと移した。
クリスタルはくるくるとゆっくりと回転し、男はその少女の裸体の全身を、くまなく見ている。その背中には、最初に確認した通りの、神聖文字(ヒエログリフ)で描かれたステータスもしっかりと刻まれている。
くくく……どんなに注意して確認しようが、その娘はあの娘とほぼ同じだ。
この俺が骨格から体毛から何から何まで同じように成型したのだからな。ヒューマンの貴様にその微細な違いなど判別できようはずがない。
「おい、俺がここから去ったら、この娘を助けると言ったな?なら、さっき俺の仲間が連れ出したあの娘はなんなんだ?」
その問いに、シェードは即答した。
「あれは単なる木偶だ。人に似せたゴーレムだ。あの儀式の生け贄のかわりに、あのダークエルフが用意したただの肉人形だ」
「そうか……だったら、ここには、お前たち精霊と、あのダークエルフと、この少女しかいなかったわけだな。間違いないか?」
静かに念を押してくる白ローブの男へ、もう一息と感じたシェードは大きく頷く。
「その通りだ」
「そうか……なら……」
男はゆっくりとその視線をシェードへと向けた。
よし、これでこの忌々しいデカルチャーズともおさらばだ。
とにかく、早くこいつを殺して儀式の続きを……
内心で次のプランを考え進めていたシェードへ向かって、男は呟いた。
「……なら……、死ね……『ルゼーブ』。ライデイン!!」
瞬間、男のつきだした右手から青白く輝いた雷撃が鋭い槍となって飛び出し、影……シェードの体を刺し貫いた。
「な、なに……?ご、ごぶぁ……」
電撃に貫通されたその影は、その身に纏った黒いもやを散らす。
そして、その中から現れ出でたのは、その腹に大穴を開けた、長身痩躯の銀髪のダークエルフ。
その腹と口から大量の鮮血を吐き出しながら、必死に立ち上がる。
そんな中、辺りの景色は一変する。
床の崩落が進んだ巨大な空間ではなく、四方を真っ赤な肉のような壁で囲まれ、床と天井に大穴のある生々しい生物の体内へと変わる。だがひとつだけ変わらないもの……
その内に一色いろはの姿を内包した巨大なクリスタルのみがその部屋の中心で回転を続けていた。
そして、ルゼーブは口を開いた。
「な、なぜだ?なぜお前は躊躇いなく俺を撃った。お、お、俺の正体をどうやって見抜いた?それに……その娘を死なせてもいいのか?貴様には、ほ、他に選択肢はなかったはずだ!!」
腹の大穴を手で押さえるルゼーブはそう叫びながら、必死に回復魔法を使っていた。
その傷口の周囲に青く微かな光が輝いている。
白ローブの男はそんなルゼーブを見ながら話した。
「まあ、理由は色々あるんだが、とりあえず、この娘は偽物だとわかったからな」
「な、なに!?」
驚愕するルゼーブを見つつ、白ローブの男は続ける。
「それと『ルゼーブ』……お前だけは生かしておけないんだ。世界を滅ぼされちゃかなわねえしな。だから、殺すのは本当は嫌だが、ここで死んでもらう。だが、その前に……」
男はそういうと、右手をクリスタルへと向けた。
そして、その全身から、青と黄色の凄まじいスパークを発生させ、右手の先へとそのエネルギーを集め始める。
そのとき、クリスタルの中の少女が突然動き出した。
その全身を震わせ、涙を流して、男を見下ろしながら首を横にふる。その声は男に聞こえはしないが、助けをもとめているのだろう、何度も何度も口を動かしていた。
それを見ながら、男が呟く。
「ルゼーブ……お前……本当に趣味が悪いな……悪すぎだ……『ギガデイン』!!」
じゅもんを詠唱した瞬間、白ローブの男の手から、究極の神秘の稲妻がクリスタルへと放たれる。
その破壊の光は徐々に色を濃く染め始め、クリスタルの真っ赤な色をまるで吸出してでもいるかのようにその雷撃を紅く紅く染めていく。
そんな輝きの内から、得たいのしれない数々のそれらが沸きだしてきた。
形のないそれらは、時には口を形作り、時には目を形作り、何度も何度も成っては崩れを繰り返す。
バチバチという破壊の音がそれらの悲鳴を掻き消してしまっているのだろう……かつて精霊の王と呼ばれたその凄まじいまでの強大なマナの化身たちは、この白ローブの男の圧倒的な魔力の前にその身を滅ぼすこととなった。
そして……
その破壊の輝きはついに臨界に達し、飽和する。
刹那、クリスタルはあっけなく四散した。
うちに閉じ込められた少女の姿もろともに……いや、それだけではない。周囲の壁、天井、床、それらすべてを飲み込んで……
エネルギーの奔流は収まることなくその空間を席巻し、そして大爆発を巻き起こす。
そう、滅ぶことのないカーディスの肉体をその内側から完全なまでに破壊しながら……
かつてないほどの威力で放たれた男のその魔法の前に、ついにカーディスはその動きを止めることとなった。