『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー 作:こもれび
「くくく……ふくくくく……」
俺たちの目の前でその口許を歪めて笑うのは、見た目は可愛らしい全裸の少女だが、その中身はあのくそ忌々しいルゼーブだ。
今度はなんだ?ルゼーブ+カーディスだから、ルゼーディスか?いやいや、この身体はルゼーブの身体が変化したものだから、ルゼーブでいいのか?
もうこの野郎、この短い間にころころ体を変えやがって、もうなんなのか訳わかんねえよ。
正直もうついていけない。
目の前のこいつは、なんというか……人じゃない……としか形容できないな。
裸の少女の容姿のルゼーブはふわりと浮かんで、地上10センチメートルほどのところで浮游したまま止まっている。そして、その腰までの長い髪ははためいているわけでもないのに左右に広がり、その全身は絶えず細かく赤い光の粒子が放出を続けている。イメージ的には……そう、きのこが胞子を飛ばすときのような……うん、言っててなんだが、よく分からんな。
そんな人間ばなれしたルゼーブは、俺を一瞥したあとに、ダークエルフの女へと近づく。そして、卑しい笑みを浮かべて囁きかけた。
「くくく……相も変わらず勤勉なことだ……まさかここまで追いかけてこようとはな……だが、遅い……遅かったのだよ!どうだ?どんな気分だ?おっと……そのままでは喋れんな……」
ルゼーブは、ひらりと右手を横に振る。
途端に鼻をつく異臭がしたかと思うと、俺たちを捕らえていた植物が一瞬でどろどろに腐って溶けた。
と、視線を再度やつらにむけたそのとき。
「【ライトニングボルト】!!」
ゼロ距離射撃!!
ダークエルフの女は魔力を練っていたのだろう、動けるようになるやいなや、右手をつきだしルゼーブの鼻先目掛けて大火力の光魔法を発射した。
この光線はさっきカーディスもつかったあの極太レーザーだが、あの規模とまではいかないまでも凄まじいエネルギーが小柄なカーディスの上半身を焼き続けている。
その余波を受けて、俺も身体を焼かれるが、すかさずホイミで回復。
正直、この熱量の中で生きていられる人間はまずいないだろう。そう、人間ならば……
「くっくっくっく……くふふふふふ……酷いではないか……せっかく話をしようと殺さないでやっているというのに、何もいきなり魔法をつかわなくても……」
光線の収束が収まり、煙の中から姿を現したそれは……
全く無傷のルゼーブ。その身体はおろか、広がる髪の毛一本でさえもダメージを負った感じがまるでない。
ただただ、卑しい笑みを称えたままで見下ろしているだけだった。
「そうか……貴様がこうも破れかぶれになるとは、ちと寂しいものもあるが致し方なし……かつての盟友として貴様に慈悲をかけてやるとしよう……苦しまずに殺してやる。死ね……灰色の……「ちょーっと待ったー」……ん?」
ルゼーブが手を翳そうとするそこへ俺が声をかけて割って入った。なにか言いかけていたが、なんて言おうとしたんだ?まあ、いい。
女ダークエルフとルゼーブは俺に視線を向ける。
そしてルゼーブはその動きを止めた。これでいい。
このままさっきの蔓のように、一瞬で腐って死ぬのは真っ平ごめんだからな。
ルゼーブは俺に向き直り、その紅い瞳を大きく開いて凝視してくる。その顔にはすでに笑顔はない。
やっべー、こいつマジでぶちきれてるな~、ここまでかなり煽っちまったし、もう油断はしないってか?
そう思った矢先に、ルゼーブのやつが左手の人差し指でおれを指した。
何をしたんだ?と思ったのもつかの間、突然俺の右足に激痛が!!
「ぐあああっ!!」
思わず悲鳴をあげてその場に倒れる。
いったい何が起きたのか……
と、痛む右足に視線をむけると、足の先からもうもうと煙があがり、そして靴がドロリと溶けたかと思うと、そこに見えるのは真っ白な俺の……『骨』!!
「ぐああぁあああああああ!!」
見た瞬間に頭が真っ白になり、激痛が絶え間なく脳に送られてくる。その痛みは足先から、かかと、くるぶしときて、今や脛に到達しようとしていた。
「くふふふ……さんざん煮え湯を飲まされたが、それもお仕舞いだデカルチャーズ。貴様には死ぬよりも苦しい地獄を味あわせてやる。うむ?そうだな……ちょうど足も腐っていることだしな……貴様を生きたまま虫にでも食わせてやろう……その四肢がすべて腐るそのまえに、ありとあらゆる虫どもにお前の身体を与えてやる。生きたまま全身を喰われる苦しみを味わうがいい!くくく……くはーっはっはっはっはははーーーー」
こ、このくそやろうが……
やっぱ、人間外見がどんなによくなっても大事なのはやっぱ中身だな……こいつはやっぱりくそだ……
腐食が止まった自分の足を見たあと、床に臥したフェルズやバーバリアンたちを見やる。
もうフェルズのこと、『骨め』って笑えねえな……
くっそ、このままじゃ、こいつらも死なせちまうじゃねえかよ……
この状況、いったいどうすりゃいい?
この野郎は言葉のとおり、『神』になっちまったんだろう……
ってことは、ルビス様……っていうより、神龍とかゾーマに近いのか?
この世界の神様はここまで強くねえはずだしな。
強い……
強いか……
『八幡くんは私よりずっと強いでしょ?』
不意に脳裏に、あのときのルビス様の言葉がよみがえる。
まあ、確かにレベルだけみれば強いんだろうな、俺は。
でも、くっそ、この身体だぞ。じゅもんはバンバン使えるたって、一発食らえば即死とか、それじゃ、俺はまるで……
あ……
俺は突然ひらめいたあることに、痛みも忘れて衝撃を受ける。
なんでこんな簡単なことに今まで気がつかなかったんだ……
そうか、そうだな……
もうそれしかないな……
俺は震える自分の肩を抱いて、這いずるようにやつへと近づきながら声を出す。後ろは振り返れないが、たぶん、俺の残った骨はバラバラになってその辺に落ちているんだろうな……
「おいルゼーブ……お前の勝ちだ。俺はおろかにもお前に歯向かっちまった。本当に悪かった。許してもらおうなんて思っちゃいない。だがな、ひとつだけ教えてほしい。お前は神になっていったい何をする気なんだ?世界を滅ぼすだけなら、お前ほどのやつならすでにやっているだろう。それに、不死になる必要もなかったはずだ。身体は交換が効くようだしな。だったら、なぜだ?なぜこうまでして、カーディスになった?」
ルゼーブは、再びダークエルフの女へ迫ろうとしていたが、俺の問いかけをきいてその視線を俺へと戻した。そして口をひらく。
「ふふふ……憐れだな、デカルチャーズ。死に瀕してようやく素直になったか……よかろう、教えてやる」
にやりと広角を上げたルゼーブは、その身体を俺へと近づける。俺は俺で這いながら奴のもとへ……
「この世界には神々が下降しているがな、あれはただの超越者(デウスデア)だ。本来の神ではない。そしてそんなゴミどもに俺は目はむけてなどいない。俺はな、この日を夢見ていたのだ。奴を越えるこの日を……!くくく……くはははは……教えてやる、俺の目的を!!この俺がしたいのは……そう、『神殺し』だ!!奴を殺し、世界の全てを終らせてやる。ひははははっははっははは……」
高らかに笑うやつを見ながら、俺は笑ってやった。
「なんだ、結局は私怨か……つまんねーやつ」
やつは俺を冷めた目で見下ろしてきた。
俺は、失った右足を引きずりながら、無理矢理に左足一本でよろけながら立ち上がろうとした。
すると、今度は左足に激痛が……
もう見るまでもないな……
バランスを崩した俺はルゼーブの腰辺りに抱きついて転ぶのを堪えた。
だが、今度は腕や、胸に激痛……
やつに触れている箇所すべての肉が煙を吹きながら腐り始めている。
「ぎゃああああああああああああああああ」
悲鳴をあげ、腐った両腕で必死にしがみつく俺に、ルゼーブのやつは憐れんだ感じで声をなげてくる。
「惨めだなデカルチャーズ。いくら魔力があるといっても所詮貴様は人間。神となった俺と戦えようはずがないというのに……」
「な、なーに……これでいいのさ……なあ、ところでお前が言った神って、いったい誰のことかわかんねーけど、それ、もう叶わねーからな……わりいけど」
「な、何を……きさま……?」
腐りゆくままに奴にめり込むように崩れていく俺の身体は、どんどん発熱していく。
その違和感にやつも気がついたのだろうがもう遅い。
「教えてやるよルゼーブ。この世界ではな、魔法を使うにはリスクが伴うんだ……ま、当然知ってるよな。なら、今俺が何をしようとしてるかも見当つくだろ?」
「き、貴様……は、放せ……放すんだ……、な、なんだ?なぜ力が入らない?ま、魔力もこめられない……なぜだ!?」
俺の身体を引き剥がそうとするルゼーブだが、それは叶わない。なぜならば……
「無駄だよルゼーブ。もうお前にだってわかってるはずだろ?今、この俺の周囲には【絶対消失魔法(ディスペルマジック)】が掛けられている。しかも超強力なやつだ。なにせ、お前が頼みにしたあの暗黒神が敷いていったんだからな」
「な、なんだと」
そう、俺が今いる場所。それはさっきイケロスが魔方陣に飲み込まれる寸前に放った、絶対領域呪文(卑猥なあれではない)だった。
通常の【ディスペルマジック】が魔法解除であるのに対し、このイケロスが仕掛けたものはマナの停止……つまり、神とはいえ、所詮はマナの結晶である。カーディスといえど、この結界のなかでは身動きひとつできない。
要は無限牢獄でカーディスを封じ込め続けていた術と同じようなものであるということ。
イケロスはあの間際、念話なのかなんなのか、この俺にそのことを伝えてきた。
だから俺は必死になってこの場所にやつを誘導したんだ。
だが……
そう、この術は完璧ではない。
やつの動きを止めておけるのはほんの僅かな時間。
この間にやつをなんとかしなくてはならない。
へへ……とんだとばっちりだ。
大体なんで俺なんだよ。
俺はただの高校生で、ほんのちょっと人間嫌いが強くてひねくれてただけじゃねーか。
それがなんの因果か、異世界でバンバン戦わされて、死にたくねーから色々と手をまわしてよ。
それでも、最後はいつもこれだ。
いてえし、くるしいし、泣き叫びたいけど、そんな余裕もねえし……
おまけに今回のこれはなんなんだよ。
両足が腐って、腕も腐って、多分顔も頭も……
これじゃ、もうゲームもできねえじゃねえか……
ま、それでも……
頭を過るのは笑顔の二人の顔。
そうだな……
あの二人をこんな目に遇わせなくて済んで……マジでよかったな……
ああ、ほんと……
良かった……
良か……
「…………………」
良いわけねえだろうが!!
いや……嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ……
死にたくねえ、死にたくなんかねえよ……ちくしょう……
まだ、なんにもしてねえし、何も出来てなんかいねえ。
やりたいことだって見つかってねえし、なりたいものも分からねえ。
なにより、俺のことを好きっていってくれたあいつらに、まだなにも返せてねえ。
チクショウ!チクショウ!チクショウ!
腐りゆく自分の身体を見ながら俺は自分自身に迫る死を感じ憤った。
そんな俺にルゼーブがささやく。
「くくく……悪あがきだな……。この俺の魔力が封じられているということは、この空間にいる貴様も同様ということだ。大方、体内で練れるだけ魔法を練って、解除の瞬間に暴発(イグニスファスト)を狙っているんだろうが、果たしてどうかな?ただの人間の貴様に、この俺を仕留めることが果たしてできるかな……くくく……くははははは……」
美しい容貌のその瞳を細め、ルゼーブは再び俺を嘲るように笑う。
「ああ……やってやるさ……てめえが瞬間移動(テレポート)しようが、飛んで逃げようがその前にな。俺の全魔力をぶちこんでてめえの魂まで消し飛ばしてやる」
今の俺は『核ミサイル』と一緒だ。対した防御力はないが、相当の破壊力だけはある。
魔力の量だけでいうなら雪ノ下達には及ばないが、それでもギガデインを数十発放てるだけのMP(マジックポイント)はあるんだ。
その全てを、一気に放出しさえすれば、やつを……きっと……
オラリオ版【メガンテ】ってとこだな……ははは……
身体の腐食は進み続ける。もはや抱きついている腕の肘から先は両方とも存在していない。俺の命もあと僅かだ……
そう思いながら、周囲に感じていた張りつめたような重い感覚……ディスペルマジックの効果が薄れていくのを感じた。
もう少し……
もう少しか……
そのとき、
「くはははははは!貴様の敗けだデカルチャーズ!わずかでも綻びがあれば、この程度の結界、簡単に抜け出せるわー。貴様は殺してやる!!いますぐに、全身を腐らせてなー!!」
そう言って俺の頭をわしづかみにしたルゼーブは俺を殺しにかかった。
頭部に、形容しがたい激痛が走る。
いや、もはや痛みなのかどうかさえ分からないレベルまできてしまっていた。当然失った手足のすべての感覚はない。
ここまでか……
だが、それでも俺は……
痛みの中で体内で練り続けてきたそれ。俺が今まで生き残るために、使い続けてきた最強じゅもん。
それの膨張を、溢れ出る魔力を確かに感じる。
俺はその膨れ上がる魔力をもはや指のない右腕をかかげて、にやけた顔のルゼーブ目掛けて伸ばし、そして……。
発声した……。
「ギガデ!!……」
速攻じゅもんである俺たちの魔法……通常ではありえない、魔法行使失敗。そう、それを無理矢理に出力を最大まで溜めた状態で引き起こす……
魔法を暴発させる!!
雪ノ下……
由比ヶ浜……
すまな……
× × ×