『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー   作:こもれび

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(49)進撃の巨人みたいな

 全身を深紅に染めたその巨大な人影は、地の底から沸き上がるような唸り声を漏らす。その声のあまりの恐ろしさに遠く、オラリオの中心街にいたもの達までもが震え上がった。

 そう、オラリオの市民達は恐怖した。

 空へと駆け上る雷に、大地を揺るがす強震に。

 そしてこの声に。

 改めて思い至ったのだ、自分達が、最悪の災厄に今見舞われているという事実を。

 その時、咆哮を聞いた多くの者がそれを見た。

 市壁のその向こう、天を突くように立ち上るその深紅の焔を……

 ダンジョンではない、この地上で、しかも、あり得ないほどの威圧をもって現れた絶対者の存在の気配を。

 人々は感じた。

 そして確信する。

 これから恐怖の時が始まるのだ……と。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

「リヴェリア、あれはなんだ?……リヴェリア……リヴェリア?」

 

 小人族(パルゥム)の青年にそう声を掛けられても、ハイエルフの王女は返事をしなかった。

 いや、決して知らなかった為に言葉を発っせなかったのではない。出来なかったのだ。

 今の彼が望む返答を、自分は持ち合わせていなかったのだから。

 パルゥムの青年……フィンの聞きたいこと……それは、目の前のこの恐怖の存在に対し、如何にして対処すれば良いのかということ。そんなことは数多くの修羅場を共に乗り越えてきた朋友の彼女にわからないはずはない。

 だが……

 眼前の存在は違うのだ。

 数々の激戦。

 ダンジョンの深層において、迷宮の孤王(モンスター・レックス)を屠り、残虐で凶悪なモンスターの群れを相手に一歩も引かずに闘い続けた彼女達は、常に死と隣り合わせであった。

 しかし、それを覆し、捩じ伏せ、そして生き残り続けた。

 その原動力は、野心であり、義侠心であり、生への渇望であった。

 倒し、勝利し、帰還した。

 だがそれは、自らがその身を投じたダンジョンの中においてこその話。

 普通であれば自らの常識の通用するこの場所……凶悪なモンスターなど出現するべくもない安全地帯とも言えるこの地上。

 ここで遭遇してしまった未知なる存在……その存在に対して自分達のささやかな自信など何の意味もないことを直感的に理解した。

 いや、長い年月を生き、そして、己が種族を引き継いだ身のリヴェリアだけははっきり理解していた。

 伝え聞いた恐怖の伝承としての存在……それが、今目の前にある。

 

 深き森のハイエルフにのみ伝わる伝承……

 

『終末の巨人の眷族にして、破壊の亞精霊』

 

 原初の世界より存在した最強種、『竜種』をも降したという、『巨人族』の『四王』が一。

 その伝承に謳われる深紅の炎の巨人こそが、目の前に聳え立つこの禍々しい気配を放つ存在……あれこそが『炎の巨人(ファイアジャイアント)』に違いない。

 リヴェリアは確信をもって、そう判じた。

 

 だが、だからこそ、リヴェリアは何も口にできない。

 

 なぜなら、太古の巨人族の復活こそが、この世の終焉の始まりであると知っていたから……真っ黒な絶望に彼女は取り込まれてしまっていた。

 

 愕然とし、もはや生気のない顔でそれを見上げるリヴェリアの正面にフィンは立つ。

 そして、おもむろに、その白く透き通った美麗な頬に痛烈な拳を叩き込んだ。

 

 あまりの衝撃に頭から弾き飛ばされるリヴェリア。その様子を、周囲の仲間達は驚嘆して見守る。

 それはリヴェリア自身も同じであり、殴られた頬の痛みよりも、突然のフィンの豹変に驚きのあまり目を見開いてしまった。

 そんな異様な雰囲気の中、フィンが静かに言い放つ。

 

「リヴェリア、お前はあの魔法陣をすぐに消しにかかれ」

 

「え?」

 

「聞こえなかったのか?お前の役目はあの魔法陣を消滅させることだ。このまま、あんな化け物がもっと湧き出てこられても困る。急いで当たれ」

 

「は、はいっ」

 

 鋭い視線で指示を出すフィンに思わず勢いよく彼女は返事をする。それを聞いたフィンはアイズとベートへと目を向ける。

 

「アイズ、ベート。お前たち二人はリヴェリアを守れ。近寄る敵を一掃しろ」

 

「……うん」「わぁったよ」

 

 そして、残りの3人を見る。

 

「ガレス、ティオナ、ティオネ。俺達はあのデカ物を狩るぞ。容赦はするな」

 

「ほう……狩るときたか。言いおるわい」

「う、うん、分かった……わ、フィン。私頑張ります!」

「お~お~、恋する乙女だね~。でも今の団長には効かないと思うけど?」

「あんた、ぶっ殺すよ」

「あ、本性でちゃった」

 

 拳を振り上げて喧嘩を始める双子。場の雰囲気が弛緩したかに見えたその時、目の前の敵はすでに動き始めていた。

 まるで巨大な城のような足を持ち上げて歩み始める。

 向かう先は……

 

 オラリオ……

 

 彼の炎の巨人は全身に炎のエネルギーを纏ったまま、市の外壁を目指す。

 

 そんな圧倒的な存在に、彼らは立ち向かっていった。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

「おお、おお、スゲーぞ!【重傑(エルガレム)】のやつ、あのデカブツのパンチを正面で受けきったぞ」

 

「やるなー……でも、俺が見たいのは【怒蛇(ヨルムガンド)】のティオネちゃんの跳躍だな。プルンプルンのおぱーいがたまらん」

 

「いや、その双子でいくならやっぱ【大切断(アマゾン)】だろう?ちっぱいで、大双刃振り回すとこなんてもう……」

 

「いやいやいや、それなら……」

 

 市壁の上に群がるたくさんの人影。

 その超越した美の化身達は言わずと知れた地上に降りた神たち。

 オラリオの外で繰り広げられるこの騒ぎをいち早く聞き付け、冒険者よりも早くこの一等席である市壁の上に陣取ったのだ。

 そしてどうでもいい話題で盛り上がりながら、眼下で深紅の巨人と闘うオラリオ最強の【ロキ・ファミリア】の死闘を嬉々として見物していた。

 広大な荒野には巨大な大穴と抉れた地表、そして無数のアンデットの残骸とそれを踏みしめて屹立する超巨大なモンスター。その足元で、小さくまるでアリの様に駆け回る最強の戦士たちの雄姿はまさに最高のエンターテイメントと言えた。

 神はやはり娯楽に飢えているのだ。

 ダンジョン内への侵入を不可とされている以上、このオラリオにおいて最高のショーともいえる『バトル』に関しては、身近であってもなかなかお目にかかることが出来ない。

 神々は喜んでいた。

 自身がもっとも見たかったものを間近に見ることができて……

 

 だが。

 

「君たちは随分と余裕なようだな?」

 

「ん?何がだ?」

 

「あれ、お前は?」

 

 まさに高みの見物を決め込んでいる神々の脇に、一人の男神が歩み寄ってそう呟いた。

 男はその目深に被った帽子を上げ、目の前の戦闘に視線を向ける。

 

 荒野をバトルフィールドにして、【ロキ・ファミリア】の精鋭たちは縦横無尽に駆け巡り、その巨大な『敵』に死力を尽くして挑んでいる。

 直近で観たとしたならば、その爆風を伴った斬撃や、相手の身体を駆け上りながら繰り出す攻撃の強烈さに、目をまわしてしまうことだろう。

 だが、今回は分が悪すぎた。

 あまりにも質量が違いすぎるのだ。

 ドラゴンの硬皮でさえも両断する彼らの剣戟は、巨人の分厚い筋肉に阻まれ、オラリオ最強と謳われる魔導士の渾身の大破壊魔法でさえも、その体表に傷をつける程度のダメージ。

 しかも、相手は巨大であっても決して鈍重ではなく、まるで拳闘士の様にその剛腕を振るい続ける。

 その一踏みは大地を揺るがし、その腕の一薙ぎは突風を巻き起こした。

 戦況はもはや決している。

 優劣がどう等と言える次元の戦いでは決してない。

 押され、消耗し、吹き飛ばされてなお立ち上がる彼らは、圧倒的な暴力の前でさえ屈さずに相手に挑み続る。

 

 そんな彼らを援護しようと、市壁の上ではすでに大勢の魔法使いたちによる呪文の詠唱が始まっている。

 そして、櫓に据え付けられた『大型弩砲(バリスタ)』には次々に長槍が装填されていく。

 

 集団戦闘に向いてはいない冒険者ではあるが、近寄る巨人に対して皆一致団結して一斉に攻撃を仕掛ける。

 魔法はその頭部を中心に炸裂し、長槍は上半身の複数個所に殺到した。

 しかし……

 

 炎攻撃無効の上に、超耐久。

 やはり圧倒的な存在であるこの巨人に対しては然して効果があったとは言えなかった。

 

 巨人は攻撃を続ける冒険者のいるオラリオの壁に向けて、絶大な威嚇(ハウル)を放った。

 そのあまりの威圧の恐怖に、低レベルの冒険者たちはたちまちに卒倒してしまう。

 

 それでも、冒険者たちは絶えず攻撃を続けていた。

 

 羽帽子を手に持ち直した男神は、再び周りにいる神々にむかって声を掛けた。

 

「ひょっとして君たちはあのモンスターがダンジョンから出てきたとでも思っているのか?」

 

「え?」「それどういう……」

 

 神々は、その男神の皮肉めいた言葉と、何か諦めたような目の色にぞわりと身体を震わせた。

 モンスターはダンジョンから生み出される。

 これはこの世界の真理であり真実だ。

 なぜならば、世界はそうなる様に創られているから。

 どの神もそれを疑ってなどいないし、疑問にも感じていない。

 そして、それだからこそ、彼らは気楽でいられるのだ。そう、このダンジョンのモンスターであれば、彼らが頼みとする子供たちの手に負えるのだから。しかし……

 

 そうでない存在……

 

「おい、ヘルメス……ま、まさかあのモンスターは、あれなのか?」

「どうすんだよ、やばいじゃん」

「お、おい、逃げようぜ」

「どこに逃げればいいんだよ」

「とりあえず、他の国にかくまってもらって」

 

 急に慌てふためき始めた神々に、羽帽子の神、ヘルメスは巨人を見ながら呟いた。

 

「もう遅いだろ。カーディスが蘇ったらしい。となれば、あの炎の巨人はあれの眷属だ」

 

「マジかよ……」「し、死にたくねえ」

 

 一気に蒼白になった神々は言葉なくその場に崩れた。

 そう、絶望は誰にでも等しく訪れる。

 それは、神も人も変わらない。

 

 神は死なない……?

 

 いや、そんなことはないさ。

 

 世界が無くなれば、神だって消えてしまうのさ。

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