『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー 作:こもれび
「小町ちゃん、いろはちゃん、大丈夫?」
「う、うん」「はい」
「こまこまといろははアンがマモるよ」
「ありがとね、アンちゃん」
白ローブに身を包んだ二人のマスクの女性の後ろには、やはり同じような白いローブの少女と、二人の異邦人。
彼らは、崩落したダンジョンの大穴を大きく迂回するように避難をしながら、溢れ出るモンスターと戦い続けていた。
と言っても戦闘できるのは白ローブの3人だけ。
湧き出る骨の兵隊と、幽霊の大群を前にして、殲滅魔法を放ち続けてはいるが、ひたすらに後退を余儀なくされていた。
「きりがないわね。このままではジリ貧だわ」
周囲に接近する竜牙兵の相手をするのは、バイキルトとピオリムで身体を強化したアン。持ち前の鋭い足の鉤爪で低空を飛翔しながら痛烈な攻撃を仕掛け続ける。
そんな彼女を雪ノ下と由比ヶ浜が援護しつつ、全員で少しずつ後退を続けながら、でも、目の前の地中からとめどなく溢れ出るバンシーだけは対処しなくてはならない。
あの亡霊が街へと進めば、たちまちに人々は死んでしまう予感が彼女達にはあったからだ。
そして、そんな彼女達の眼前で盛り上がる様に現れ出でたそれ……竜牙兵たちを押しのけるように出現したのは超巨大な人の姿をしたものだった。
身の丈はいかほどか……先ほど地下で見た半身を地中に埋めた女神像ほどか……もしくは、奈良の大仏が立ち上がったらこれくらいだろうか……などと、考える中を、彼の巨人は、全身から焔を立ち上らせながら、彼女たちのいる場所とは反対、オラリオの外壁に向かって歩み始めていた。
「ゆきのんは、まだ平気?ニフラム!!」
「ええ、魔法力に余裕はあるわ。でも、早めになんとかしないと……イオラ!!」
二人の少女はローブをはためかせながら魔法の詠唱を続ける。
だが、終わることなく現れ続けるモンスターの所為でここから離れるわけにもいかず、精神的な疲労を蓄積していった。そんななか……
「あ、あれはなんですか?」
背後の少女、一色いろはが目の前のモンスターの群れを見てそう声を漏らしたのに二人は気が付き顔を上げた。
竜牙兵の群れの只中にもうもうと砂煙が上がっている。
良くは見えないが、何か、煌めく刃のようなものがちらちら見えた。
「誰かこちらに向かっているようね」
「あ、あれ、さっきの【ロキ・ファミリア】の人たちじゃないかな?」
「す、すごいわね。魔法も使わずに剣で切り伏せているわ」
次第と近づく刃の音に、彼女たちはその主の姿を見とめて瞠目した。
並居るガイコツ兵達を切り捨てながら進んでくるのは二人の剣士と一人の魔導士。
この3人には見覚えがあった。
魔導士は先ほど呪文で魔法壁を展開し守ってくれた人物。
金髪の女剣士はそのときその場にいた人。
そして、男性の剣士は……
ついさっき同じように一緒に居たが、先日も確かに出会っていた。
そう、あの焔蜂亭で。
激しい戦闘ではあるが、彼らが非常に強い存在であるということだけは理解した。
だが、彼女たちは一つだけ見誤っていた。彼らは魔法を使っている。
それぞれの武器に纏わらせるようにして。
「おい、おまえらっ!!」
「「え?」」
急にその男の剣士……狼人の男に声を掛けられて、ふたりはびくりと身体を震わせる。
まさか、こちらを切りに来たわけではないだろうと思いつつも、その剣の素早さ、鋭さに身震いしてしまっていた。
そんな様子を知ってか知らずか、狼人の男は言葉を続けた。
「おい!デカルチャーズの女ども。今からこの魔法陣をぶち壊す。手伝え!」
「え?あ、はい!」
とりあえずホッとした二人。
お互いに顔を見合わせたあと、彼らにむかって、右手を突き出した。
「スクルト」
「ピオリム」
「バイキルト」
「ベホマラー」
「バイキルト」
「お、おい……何しやがった……、か、身体が軽ぃ、剣も……、傷が……?」
「……っ!?何……した……の……?」
立て続けに魔法を連続で詠唱することで、彼ら3人を光が包む。
そして、見違えるよう動くようになった身体をしげしげと見つめる彼らに、白ローブの彼女たちは言った。
「身体強化の魔法をかけました。これで戦いやすくなったと思うわ」
「傷も治したよ。それで、何をするんですか?」
近づく竜牙兵達を、いともたやすく両断していく二人の剣士。
そんな彼らの間で、淡緑色のローブを羽織ったエルフの美女が、その手に持った杖を大地に突き刺して魔力を籠め始めながら言葉を発した。
「今からこの魔法陣の効果を消失させる。そなたたちもこの場を守る手伝いをしてくれ」
「は、はい」「わかりました」
「ちっ」
返事をしてそのエルフを取り囲むように移動した二人は、向かってくるバンシーと竜牙兵に向かってじゅもんを唱え続ける。
エルフの魔導士は魔力をその身から放出させながら、朗々と呪文の詠唱を始めた。
周囲の赤い魔法陣の光を上書するかのように、蒼の輝きが生まれ、あちらこちらの地面から天に向かってそれが立ち昇り始める。
エルフの女性は目を瞑ったまま、その額に汗をした。
狼人の青年も剣を振るい続けてはいたが、少し離れた場所で、二人の少女を守る様に飛翔して戦う白ローブの存在を見て、思わず舌打ちを鳴らす。
もはやその姿はどう見てもモンスターのそれ。
そうまでして人のために戦うモンスターの姿に、彼は憤りにも似た何かを確かに感じていた。
それが彼のこれまでのモンスターへの感じていたそれとは明らかに違っていたがために困惑したのだ。
だが、今はそれをうまく言葉にはできない。ただ、戦うことでこの場を切り抜ける。
狼人・ベートは無心となって剣を振り続けた。
× × ×
”身体が軽い”
大地を蹴り、眼前の骨のモンスターに向けて跳躍……
”あ……行き過ぎ”
思った以上の速度で肉薄してしまい、危うく通り過ぎそうになったところで、感覚的に下半身を捻り急減速、それと同時に、振り向こうとし始めたモンスターの首の付け根に、その右手の刃を滑りこませた。
サク
まるで紙でも切ったかのような感触……
その直後に、金属製のヘルメットを被ったその頭部は勢いのままに弾け飛ぶ。
それでもなお、その首のない胴体は彼女に向かってハルバードを振り下ろしてくる。
”遅い”
先ほどまで見切るのにやっとだった斬撃も、今はその軌道まではっきりと視認できるほどの余裕が出来ていた。
その刃を躱し、その胴体と両椀部を一気に切断する。
そしてとどめとばかりに腰部の骨も一撃のもとに破壊した。
この間、1秒もかかっていない。
彼女はこの軽くなった身体で飛ぶように移動しながら、次々に竜牙兵達を屠っていった。
”行ける”
手ごたえなく切り捨てていけるこの感覚。漸くにもダンジョン内のモンスターの如く倒せるようになったことで、彼女の中に微かに余裕が生まれたのだ。
そう、そのとき、彼女、アイズ・ヴァレンシュタインは見た。見てしまった。
巨大な深紅の巨人に蹂躙され、動かなくなった、自分の家族たちの姿を。
「……っ!!」
巨人の踏みしめた足の下には、必死の形相で潰されるのに耐えるガレスの姿。
その傍らには、フィンとティオナとティオネの、横たわって動かなくなっている姿が。
レベル6の超人的な視力が彼女にそれを見せてしまった。
激情が彼女の中を駆け巡る。そして、考えるよりも早く、動いてしまった。
「おい、アイズ!待て」
制止しようと声をかけてくるベートの声を無視し、彼女は一気に加速して巨人へと走った。
「邪魔……」
行く手を阻む竜牙兵達を凪ぎ払いながら彼女は疾駆する。
今までに感じたこともないような強烈な万能感に彼女は酔いしれていたのかもしれない。
自分であれば彼らを助けられると、その身を迷わず躍らせた。
ガレスは片膝をついて今にも力尽きそうな状況。
このままではその場の全員が踏みつぶされてしまう。
そして、巨人はとどめを刺すべく、その足を一旦大きく持ち上げた……
「ガレス!!」
あっという間に距離を詰めたアイズはその隙を見逃さなかった。
足を持ち上げたその一瞬の間に、その場の四人を自分でも信じられないほどの膂力で担ぎ上げ、一気に脱出。
その後方に、巨大な足が踏み込まれ、爆風にも似た強烈な突風にその身をふきとばされた。
アイズは気を失った4人を置いて立ち上がる。
そして、ここに来るまでの途中で失った剣の代わりに、フィンの直刀を拾いあげて一気に跳躍した。
目標は巨人の頭部。
この超巨大なモンスターがもし生物なのだとしたらその頭部を破壊するのが一番の方法であると、彼女は直観的にそう判断をくだしたのだ。
今の自分にならできる。
漲る万能感に、彼女は迷わずにその刃を巨人の足の急所へと叩き込んだ。
切り裂いたのは人でいうところの太ももの大動脈。
人間であれば致命傷足り得る傷をそこにつけることには成功した。だが、そこからは一滴の血も流れ出ることはなかった。
「くっ……」
ならばと彼女は脊椎、心臓、首と、その身体を駆け上りながら刃を振るい続けた。
だが、やはり効果はない。
そして、その時彼女は直近で、それを見た。
なんの意思も、なんの感慨も現わさない、まさに無表情の巨人の顔を。
その茫漠としたうつろな瞳に彼女は初めて恐怖した。
人に似た外観がその恐怖をさらに強めたのだろう。
なんの感情もないその表情に、彼女は次の行動が遅れてしまった。
その時、痛烈な痛みが全身を駆け抜けた。飛び上がった彼女にむけて、巨人の剛拳が振るわれたのだ。
体中の骨という骨がひしゃげる感覚を味わいつつ、彼女は空中へと投げ出された。
”あ……れ?私……もう……終わ……り?”
なかなか開かない瞳を必死に開いたその先には先ほどと同様の無表情の巨人の顔。
だが、その存在は、こちらへと向かって歩み始めているのが分かった。
”ああそうか、私にとどめを刺そうとしているのか。でも……良かった。それならフィンたちを助けられるね……最後まで訓練つきあってあげられなくて、ごめんね……ベル……”
飛ばされているその刹那の時間……
彼女はついさっきまで一緒に剣の訓練をしていた男の子のことを考えていた。
弱くて、泣き虫で、臆病で……
でも、いつも真剣で、必死で、頑張り屋で……
そんな彼のことを、彼女は……
不思議と恐怖を感じてはいなかった。
誰かを守れて、誰かのために何かをできていたのだと思えたことで、彼女は心の安息を得ていた。ただ自分の目的を達成できなかったことだけが心残り。
死の間際、彼女は一筋の涙を流す。
遠い記憶の彼方にある二人の人物の優しい笑顔。
彼女の唯一の心残り。
”ごめんね……お……”
「アイズさーーーーーーーん」
急に体を何かに包まれた。身体は激痛の所為で何も感じない。でも……
その温かさに、心が震えた。
そして再び衝撃が走る。
大地へと墜落したのではなく、これは着地……?
「もう大丈夫ですよ」
「べ……ル……?」
「ハイ!」
必死に目を開けると、そこにはあの白髪赤目の男の子の顔が。冷や汗をかいて、でも、必死に笑顔を作っていた。
その表情に心が揺れてしまう。でも、次の瞬間、全身を懸ける死の予感にぞわりと肌が泡立った。
「だ、ダメ……君じゃ無理だよ……逃げて……」
彼の力量を思い出して、慌ててそう声を掛ける。
でも、彼は笑顔を絶やさない。
「あはは……そうですね。多分僕じゃ無理です」
「だったら、早く……」
「でも……ここで逃げたら、男じゃないですから……」
「……っ!?」
「120秒……」
「え?」
リンリン……
鈴の音がアイズの耳に確かに聞こえてきていた。
ベルは彼女を大地に寝かせると、その右腕を巨人へ向けて突き出した。
その腕は青く光り輝いている。鈴の音はそこから聞こえてくるようにアイズは感じた。
二人へと向かう巨人の全身には、まだオラリオの壁に陣取る魔法使い達からの魔法攻撃が続いている。
散発的な爆発がその頭部を中心に巻き起こっているが、それに巨人はまったく動じていない。
アイズはすでに知っていた。
この巨人には炎は効かないということを。
その全身から立ち昇る焔はまさに炎そのものであるし、先ほどからの火炎魔法の数々はこの巨人になんの有効打も与えていなかったからだ。
そして、彼、ベル・クラネルが行おうとしているのは、多分魔法行使。でも、彼が使える魔法はただひとつ……。
アイズはもう一度彼にさけんだ。
「だ、だめだよ。君の魔法は効かない。まだ動けるなら君だけ逃げて」
その言葉にベルはちらりとだけ笑顔を彼女に向けた。
「ここぞというときにカッコつけられなかったら、男じゃないって……あはは、昔教わったんですよ。だから大丈夫です……180秒」
壁からの魔法攻撃に一時足を止めた巨人であったが、ふたたびこちらへと近づきそして、いよいよ眼前へと迫っていた。
アイズは動けない自分に歯噛みした。その時……
「なにお前……、イケメンすぎだな。これだからハーレム系主人公は……」
「あら?どの口がそれを言うのかしら?あなたも相当イケメンなことをやってきたようなのだけれど」
「本当だよ、あたし達がどれだけ心配したかわかってんの?」
「あー、はいはい、分かってる分かってる」
場違いな会話が聞こえはじめ、ちらりと視線を向ければ、そこには白ローブの魔導士の姿。先ほどの二人にさらにもう一人加わっている。そしてその脇にはリヴェリアとベートの姿も。
リヴェリアは膝をついて横たわるアイズへと手をかざした。
「魔法陣は消滅させた。あちらのモンスターも一掃したぞ。まったく無茶をしおって……本当に困った娘だ」
優しくそう言われて、アイズはまた一筋涙をこぼした。
だが、何も言い出すことができないうちに、リヴェリアは立ち上がってしまった。そして彼女は杖を振り上げた。
「『極寒の凍てつく大気よ……永久凍土の王コキュートスよ……』」
彼女は再び魔力を放ちながら呪文の詠唱を始めた。
そして、白ローブの男が、右手を突き出したままでいるベルに歩みより、そして言った。
「手伝ってやるよ、ベルく……クラネル。おもいっきりぶちかましてやれよ」
「あ、あなたは……」
ちらりと横目に見たベルは、右手をまっすぐに巨人へむけて構える白ローブの男の表情に妙な安心感を得、そして心に活力が湧くのを感じた。
リンリン……リンリン……
鈴の音がいよいよ大きくなる
240秒!!
そして彼は渾身の魔法を放ったのだった。
「『ファイア・ボルトォォォォォォォォォォォォ!!』」
× × ×
その時、オラリオの外壁に居たすべてのものは見た。
煌めく凄まじい電撃に全身を焼かれながら、足元からの猛烈な吹雪にその身を白く凍結させながら、そして、超巨大な炎の柱にのみこまれ、粉々に砕けていった巨人の姿を。
この日、突如として起きたこの異変は、この巨人の破壊を最後に、幕を閉じた。
だが……、世界の終焉がすぐそこにあったという事実を知る者は、驚くほど少ない。