『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー 作:こもれび
一色が用意してくれたのは、純和食。まさかここでサンマの塩焼きを食べられるとは思わなかったが、このサンマはどうしたんだ?と聞いたら、なにかもごもご口ごもっていたな。
え?これサンマじゃないの?
深く追求しちゃだめなんだろうな。旨かったから良しとするけど……。
と、まあ、久々の和食にホッとした俺は食後の紅茶を味わいつつ、その場の全員を見回して先程の会話の続きをしたわけだが、どうもあの地下でのことはある程度フェルズから聞いていたようだ。だが、肝心のルゼーブ戦の最終局面……俺が全身をどろどろに腐らせながら戦ったあの時のことは、カーラも話していないとのことでそこから話すことになった。
「まあ、なんとなくわかってると思うが、俺はあの時、カーディスの腐蝕効果で全身が腐って、死ぬ寸前だったんだ。しかも、その身体で自爆しようとしてた。お、おい怒るなって……あの時はもうあれしかなかったんだよ……。まあ、ふつうなら死んでたわけだが、実はあのとき乱入者がいて状況が変わったんだよ」
「乱入者?」
テーブルを拭きながら俺を見る雪ノ下に俺は答えた。
「ああ、乱入者だ。それも二人な」
そう、二人。
それも、超よく知っている二人だ。
まさかあそこで、あのタイミングで現れるとは夢にも思わなかったが……しかも、いきなりアレだったし。
ぶるりと身体を震わせた俺を見て、雪ノ下と由比ヶ浜の二人はなんとなく察したようだ。
俺はあの時の出来事をひとつひとつ思い出していく。
そして、それと同時に体感した恐怖に身が竦んだままで、ひとつため息を吐いた。
あんまり思い出したくない記憶なんだがな……
「じゃあ、話すぞ。邪神より恐ろしかったとーちゃんと平塚先生の話をな」
× × ×
「死ね、デカルチャーズ。くはははは」
体内で膨張し続けた俺の魔力は、いよいよ飽和の時を迎えようとしていた。
カーディスとなったルゼーブに鷲掴みにされた頭部は多分頭蓋骨が剥き出しにでもなっていたのだろう。自分の腐り落ちてきた肉に視界が歪む。
全身を支配するのは死への恐怖。
自爆を選択した俺だが、極度の激痛と悔しさと怖さとで、もはや意識を保つのは限界だった。
そのとき。
「ふしゅるるるるるるる~~~」
「ん?なんだ……」
奇怪な音が聞こえ、ルゼーブがそちらを振り向くのを感じた。そして次の瞬間、俺はどさりと地面に転がった。
そう転がった。ルゼーブの腕に捕まれたままで。
俺は状況を把握しようと目を開けると、さっきまで俺の頭に指を食い込ませていた腕が、完全に上腕で切断されて地面に転がっていた。
「き、きさま、何者だ!?」
慌てるルゼーブの声。俺は肘から先のない自分の腕を無理やり地面に押し当てて、顔を上に向けようと動いていた。だが起き上がろうともがく俺は、腹にとてつもない衝撃を突然に受けた。
あまりの強烈さに声も出ない。
そのまま宙を回転しながら、俺は飛んだ。
まったく状況は掴めなかったが、すでに臨界を超えていた俺は絶望した。このままでは犬死にだ。だが、次の瞬間、俺は逞しく鍛え上げられた筋肉の身体に抱き抱えられていた。そして、その主は唐突に俺にむかってじゅもんを唱える。
「『マホトラ』」
え?
急速に失われていく俺の魔法力。
あれだけ膨張し、あれだけ大爆発を引き起こそうとしていた俺の身体のエネルギーがあっという間に吸いだされてしまった。
もはや自爆は完全に解除。
そして、ほとんど身動きできなくなった俺が、辛うじて開くことが出来た目の先にいた存在、それは。
「と、とーちゃん」
「よお、八幡。そんなんなってまでよく頑張ったなぁ。後はオラ達にまかしとけ」
「お、おせーんだよ」
ニカっと笑うとーちゃんに俺は精一杯の文句を口にした。
同時に安堵に全身を支配されいよいよ動けなくなった。
そんな俺を抱えてとーちゃんは歩く。そして行き着いた先に居たのは、床に身を伏せていたダークエルフの女。
そいつにむかって、とーちゃんは声を掛けた。
「こんだけ身体がボロボロだと、オラの回復じゅもんでも無理なんだ。なあ、おめえは治せねえか?」
その問いかけに、ダークエルフの女は少し間を置いてから答える。
「今の私には治癒魔法は使うことはできない。だが、欠損した手足などはなんとか復元できるとは思うが……」
「なら、大丈夫だな。八幡もベホマはつかえっし、おめえが治したら後は自分でなんとかできんだろ、ほれ」
何をいい加減な、他人事だと思ってと、心の内でぼやいていたら、とーちゃんが懐から小さな指輪のようなものを取り出して俺の胸の上に置いた。これは確か……
「『祈りの指輪』だ。オラがぜーんぶ吸い取っちまったから、今はからっからだろ?これでMP回復すんだぞ。うし!なら、オラはいっちょ、あいつをやっつけてくっか!『ベホイミ』!」
とーちゃんは俺にベホイミだけをかけて振り返る。当然完治などしないが、少しだけ痛みが和らぐ。
指の無い今の俺に、このアイテムをどう使えばいいってんだよ。
そんな俺の心の叫びもむなしく、とーちゃんは俺をダークエルフに預けて、ルゼーブへ向けて歩いて行った。
× × ×
「うるるるるるるる~」
カーディスの正面で対峙しているのは恐ろしい形相の白い鬼の面を被ったほぼ裸体の美女。
この人の正体なんて一発で分かった。
そう、平塚先生だ。
まるでスーパーモデルのようなスラリと伸びた肢体に身に付けているのは白の煽情的なビキニだけ。そしてその顔には長い黒髪を振り乱す鬼の面。もう一見してお化け顔の痴女そのものだ。
だが、その手には金色に輝く鋭い鉤爪が。
ドラクエの世界で、この『しんぴのビキニ』と『おうごんのつめ』が如何に優秀な装備であるかはよく分かってはいるが、まさかつい先日まで普通の教員だった平塚先生が……いや、鉄拳に関しては一日の長があったかもだけどもな、あの邪神カーディスとなったルゼーブの腕を一撃で切断するとは……あの身体、触っただけで腐っちゃうんだよ?俺みたいに。
なのに、なんのダメージも無い感じで、平然としてるし。
つまり、さっきいきなり現れて、ルゼーブの腕をぶった切って、その後俺を蹴り飛ばしたのは、この状態【こんらん】の平塚先生というわけだ。
助かったというかなんというか、はあ。
「『万能なるマナよ……』」
動けない俺がボーっと平塚先生を見ていたその直近で、俺を抱いたままのダークエルフの女が呪文の詠唱に入った。そして、何かの魔法を完成させるとそっと俺を地面におろした。
「あんた、今なにしたんだ?」
その俺の問いかけに、彼女はびくりと驚いた顔になる。
「そんな死にかけの状態でまだ喋れるのか、恐ろしいな、君は」
「いや、めっちゃ痛ぇし、死ぬほど苦しいけど。なんていうか一番痛かったとき程の感覚がねえってだけだ。だから、辛うじてって感じだな」
本当に不思議なんだが両手両足が腐り落ちて、神経から筋肉からなにから何まで喪っているってのに、出血もほとんどねえし、悶え苦しむほどの強烈な痛みもない。さっきのとーちゃんのベホイミでなんとかなったとも思えねえし。
『痛覚耐性』みたいなアビリティでも得ちまったか?
はっきり言って、じゃなきゃこの芋虫状態で意識あるわけねえしな。
ダークエルフの女は顎に手を当てて俺を舐めるように見た。
「ふむ……そういうこともあるのか……」
「それで、あんたは何やったんだ?治癒魔法はつかえねえんだろ?」
「ああ、使えない。だが、君の身体をなるべく元に戻そうと、今君自身の腐った肉体を使って再構成させているところだ。まだ腐り落ちたばかりで新鮮だしな」
「はあ?」
腐ってんのにどこが新鮮なんだ!?とは聞いてはいけないのだろうな。
俺は気になって、向けられる範囲で自分の欠損した腕を眺めていると、その腕のさきになにかピンク色の生臭い虫のようなものがどんどん集まってくるのが見えた。
ぬわああ!こ、このやろう、俺を虫に食わせようと……あれ……。
よく見てみれば、それは虫ではなく動く肉片とかどぶ色になったスライムのような液体だった。それが、白い骨にまとわりつくように、勝手に動いて集まってきている。
え?あれひょっとして俺の肉か!?うげぇ?ち、ちょ、吐きそうなんだが。
そんな俺の様子を見ながら、ダークエルフの女が言う。
「『
「って、『
「さあ?」
「は?さあって……」
無表情にそう言い放つダークエルフ。
くっそ、人の体だと思っていいかげんなことを~~
彼女はなにも表情を変えずに続けた。
「生きた人間の身体でゴーレムを作ったことなどそもそも経験がない。それに、ゴーレムで精製した身体が治癒魔法で元通りになるかなんて、どうなるか未知に決まっている。だが、何もしないよりはマシであろう?」
マシだろうって、お前な……
無表情に多数の術式を展開させ続けるダークエルフに俺は何も言いはしなかったが。
少なくとも手足がないよりあった方が良いに決まってる。あのとーちゃんがベホマじゃ治せないって匙を投げたわけだし、もうこれにすがるしかない。いろいろ思うところはあるがな。
で、俺は、さっきとーちゃんが胸の上においた、『祈りの指輪』を見る。
このアイテムは使ったことないんだが、確か指に嵌めて祈ればMPが回復したはずだ。
今の俺はとーちゃんの『マホトラ』で魔力を完全に吸い付くされてベホマは使えないから、こいつで回復する必要があるんだが……指に嵌めなくても使えるのか?
俺はとりあえず、指輪を見つめながら、回復させてくれ回復させてくれと繰り返し祈ってみた。
すると……
指輪は金色に輝きはじめ、そしてその光が俺の胸にも移り、少しずつ魔力の回復を感じることができた。
おお!回復できるじゃねえか、回復!回復!
繰り返し念じ、輝きが増す指輪をダークエルフの女が驚いた表情で見つめている。
「そ、その指輪はマナの結晶なのか!?こ、こんな宝物見たのは、わ、私も初めて…………、あっ……!?ああああああっ!?」
パリン
わなわなとダークエルフの女が祈りの指輪に触れようとしたその時、指輪の宝石にひびが入り、音を立てて砕けちった。
あ、いけね、調子に乗って使いすちまったか。
彼女は砕け、色の変わったその石を拾い上げて俺を睨んできた。ちょっと涙目はいってるな、そんなに欲しかったのかよ。
「あ……その指輪、良かったら差し上げますよ(モトモト俺のじゃねえし、どうせもう使えないけど)」
「そ、そうか……では有りがたく貰っておこう。」
言って彼女はその指輪と石片をそそくさと胸に閉まった。
そして再び俺を見る。
「さてと、施術は完了したぞ。どんな具合だ?」
「へ?」
言われて慌てて自分の手足を見る。
そこには確かにどす黒い色をしているが、腕と足がついていた。だが、当然感覚はまったくない。
このまま無理やり動かして、どろっともげるのが嫌すぎて、俺はじっとしたまま、じゅもんを詠唱した。
「『ベホマ』!…………、ぐ、ぐあああああああ!」
突然襲いかかってくる強烈な痛み。
全身に裁縫用の針を刺されたかのような、恐怖の痛みに悶絶する。
な、なんなんだよこれは。
さっきの腐り落ちる時の方がよっぽど痛くねえじゃねえか。
どれくらいの時間苦しんだのか、いや、一瞬だったのかもしれないが、俺はダークエルフの女のぽつりとこぼした言葉で我に返った。
「ふむ……、上手くいったようだな」
「ぐぐぅ……」
次第と痛みの感覚が和らぐのに合わせて、意識がはっきりしてくる。
眼前には満足げなダークエルフの女の美しい顔。
そして、あらためて見た自分の手足は、血色もよくなにか凄くツヤツヤしている。
って、なんでこんなにエステ後のオカマみたいな足になってんだよ?きもちわりぃ。
俺は二度三度と指や、足を動かし、そしてそっと起き上がった。
そして特に支障がないのを確認してからダークエルフを見た。
「ありがとうな、助かった」
「ああ、気にするな。それにしても素晴らしい治癒魔法だな」
「そうか?なら今度教えてやるよ」
まあ、覚えられんのか不明だが。
ダークエルフの女はもう全て終わったとばかりに立ち上がり、そして正面を向く。
俺もつられてそちらを見た。
そこには、床一面に魔方陣が大量に現れ、そのひとつひとつから、重装備の骨の怪物が次々に沸き出していた。
銀に輝くヘルムに鎧、手には四角い巨大な盾、そして長尺のハルバードが握られている。
「な……に……?
ダークエルフは驚愕に顔を歪める。
竜牙兵っていえば、ロードス島戦記に出てきたバカみたいに強いガイコツ兵じゃねえか。
あれがそうなのか?
なんだよ、骨の癖になんであんなに頑丈そうな装備してんだよ。
はっきり言って、あの鎧兜は無用だろう。どうせ痛みも感じるわけないだろうし、切っても砕いても平気に攻撃できるんだろうし。
そんな過剰装備の大群の中心には、切られた腕も元通りの裸体の少女姿の……カーディスとなったルゼーブが。
対して、それと向かい合うのは、白い鬼の面から奇怪な声を漏らして黄金の爪を光らせる平塚先生と、そして、漆黒の頭髪を逆立て、全身から怒りのオーラを放った朱色のぬののふくを纏った、精悍な男……
その男……とーちゃんは静かにつぶやいた。
「おめえは絶対ゆるさねえぞ」
両の拳を握りしめたとーちゃんたちに向けて、にやけたルゼーブが腕を振り上げて竜牙兵達へ命じた。
「やつらを殺せ」
竜牙兵達が一斉に襲いかかる。
そして、ここから…………
戦いとも呼べない蹂躙が始まったのだった。
えと、蹂躙されたのがどちらかなんて、言うまでもないよね。