『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー 作:こもれび
「えへー」「ふふー」
指に嵌めた指輪をうっとり眺める二人は、俺に寄り掛かりながら歩く……って、これ本当に歩きにくい。めっちゃ人の視線感じるし、恥ずかしいし。
そんな状態でさあバベルを出ようとした俺達に声が掛けられた。
「よお、八幡の旦那。なんだなんだ、今日は随分と羨ましいことしてんじゃねえかよ」
顔を向けてみれば、大きな風呂敷包みを背中に担いだ、着流しを着た赤髪の鍛冶師、ヴェルフ・クロッゾがそこにいた。
パッと離れた二人と一緒に立ち止まってヴェルフに答える。
「お前には関係ねえだろ」
「おーおーつれねえなー。まあ、俺はあんたには一生頭が上がらねえからな、へへ。それよか、礼がまだだったな。あの時、雷神の剣を貸してくれて本当にありがとうな。おかげで、俺も鍛冶師として一歩踏み出せた気がするしよ」
言って少し照れたように笑いながら鼻をこする。
「まー、あれだ。俺は貸しただけだし、別に例はいらねえよ。
その言葉に笑みを強くしたヴェルフが俺の肩を抱いてバンバン背中を叩いてきた。っていうか痛い。
「嬉しいこと言ってくれんじゃねえか。そうだ、これを旦那にやるよ。俺の新作の手甲と甲掛なんだが、薄くて少し柔らかく作ってあるからな、動きやすいぜ。でも頑丈だからな。命の斬撃も防げるって代物だ」
渡されたそれは真っ黒な手と足に履かせるタイプのプロテクター。腕全体と足全体を覆うような造りのそれは関節部分などが多重構造になっているようで、隙間はないが、その装甲板が重なりあう様に動くらしい。
「いいのか?これ薄く作ってあるけど、ミスリルだろ?高いんじゃないのか?」
そう軽くて丈夫なミスリルは、鉄よりも加工がしやすく、だがその防具としての耐久性は非常に高く堅牢だ。なにせあのベル君愛用の
その俺の疑問に、ヴェルフはなんでもないといった感じで手を振りながら答える。
「別にかまわねえよ。材料のミスリルはヘファイストス様からあの魔剣の完成祝いでただでもらったもんだし、どうせ店に並べたっていつも通りなかなか売れやしねえよ。それに俺だって旦那に使ってもらえるなら作った甲斐もあったってもんだしな。今その『
「え?あるまじろ?」
「ああ、あるまじろ」
う、うん。ヴェルフのネーミングセンスは突っ込んじゃだめだったな、確か。うわぁ、しっかり手甲にもなにか彫り込んでやがる。これ絶対”あるまじろ”って彫っただろ。
にこにこ微笑むヴェルフはその残りの大荷物をかかえて、どうやらバベルの中にある【ヘファイストス・ファミリア】の店に防具関係を売りに向かったようだな。
シュタッと手を上げたヴェルフは鼻歌を歌いながらバベルの中へと消えて行った。
ヴェルフ……お前の武具があんまり売れないのは、そのネーミングのせいだと思うぞ……
とは、言ってやらなかったが。
「ヴェルフさん……いっぱい売れるといいね」
「ああ、そうだな」
その”あるまじろ”を抱えたまま、俺たちはもう一度バベルを振り返った。
× × ×
「ヒッキー、次はどこへ行くの?」
由比ヶ浜にそう聞かれ、俺は先に立って東方向のメインストリートを歩きながら言った。
「まあ、千葉なら京成ローザとかで映画ってとこなんだろうが、ここにはねえからな。だから、まあ、デートで定番のあの公園っぽいとこへ行こうと思ってる」
「デートで定番の公園?どこかしら?あなたにそんな知識があったことに、まず驚いているのだけれど」
「まあ、あれだ。小町の受け売りってやつだ」
「あ、納得」
そう、『デートといえば?』などと聞かれたところで、経験のないこの俺が答えられようはずがない。だが、そこは我が妹小町、伊達にティーン雑誌を読みまくってはいなかった。
本人にその経験がなくても、いや、本当に経験ないよね?か、彼氏いないよね?お兄ちゃんほんとに泣いちゃうよ?ぐすん。
いやいや、逸れたな。小町の豊富な知識のおかげで、俺はそれっぽいデートスポットをチョイスできたように思う。
その行先とは……
東メインストリートをひたすら進んで行くと、遠くに
ここは俺達のホームからも近いわけだけど、実は最近、この闘技場のすぐそばに、新しく大きなある公園が作られた。
「ヒッキー、ここって……」
「ああ、そうか。お前らはまだ来たことなかったっけかな。ほら、これ入場チケット」
「「え?」」
俺はポケットに入れていた細長い羊皮紙を3枚取り出してそれを二人にも渡した。
その紙に書いてある文字を見て、由比ヶ浜は首をかしげ、ジッと眺めていた雪ノ下はハッと顔を上げて俺に怪訝な眼差しを送ってきた。って、雪ノ下、お前ひょっとして読めるのか?
「これは、貴方の仕業で間違いないわね。まったく、すること自体は至極素晴らしいことなのに、どうしてこう自分の趣味を前面に出してしまうのかしら」
「いや、俺は悪くない。俺に名前を決めろと言ってきた神ガネーシャが悪い」
「え?え?なんのこと?ねえ、ヒッキー、ゆきのん、これなんのチケットなの?」
俺と雪ノ下を交互に見やる由比ヶ浜。
俺はその背中をそっと押して、闘技場のすぐ横、もともとは神殿かなにかだったのだろう、その大きなホールのある建物を目指して進んだ。
その白い建物の前には大勢の人の行列が。
そして、その入り口には、このチケットと同じ文字が大きく掲げられており、その建物から出てきた人たちは、男性も女性も、老人も子供たちも一様に興奮した顔をしている。
「はい、こちら最後尾でーす。横入りは禁止ですよー。それから立ち止まってのご観覧はお控えくださーい」
何かのプレートを抱えて叫んでいるのは、多分【ガネーシャ・ファミリア】の冒険者だろう。なかなか堂に入っていて、ディスティニーランドでも働いてました!と言われても遜色ない感じだ。
そんな最後尾に俺達も並ぶ。
そしてゆっくりゆっくりと進んで、チケットを渡してその建物に入ると……
『ブモォオオオオオオオオオ!!』
『キシャアアアアアアアアア!!』
『キュルキュル~~~~~~!!』
現れ出たのは巨大な体躯を誇ったダンジョン深層の凶悪なモンスター……の振りをしているバーバリアンと、デフォルミス・スパイダーとサンダー・スネイクの
「えーーーーー!?バリちゃんたちなの~~!?」
「ばっか、由比ヶ浜、声がでけえ‼」
なに、バリちゃんて?あ、バーバリアンだから、バリちゃんか。じゃあ、サンダー・スネイクはサンちゃんで、デフォルミス・スパイダーは、ルミちゃんか!?なんかルミルミがめっちゃ怒りそうだな。
そんな三匹は、分厚い透明なクリスタルの高い壁に囲まれた部屋に、それぞれ分かれて、手に鞭や盾を構えた【ガネーシャ・ファミリア】の
そう、ここは『動物園』ならぬ、『モンスター園』なのだ。
ちなみにこの園の正式な名前は……
『チバシモンスターコウエン』。
いや、だって、名前つけろって言われたから、動物園と言えば、『千葉市動物公園』に決まってるわけで、千葉都市モノレールでも行けるしな……そんな話をしてたらこれが正式名称になっちまったんだよ。ここ千葉市じゃねえのに。
そりゃ雪ノ下も呆れるわけだ。だって、こっちの
「ちょ、ちょっと、ちょっとヒッキー!?あれじゃあ、バリちゃんたちが可哀そうだよ。なんで見世物になってるの?なんとかしてあげてよ」
半泣きになった由比ヶ浜が俺にそう詰め寄ってくるが、まあこれを見れば仕方ないわな。どう見てもバーバリアン達が痛めつけられているようにしか見えないし。
俺は由比ヶ浜の耳元にそっと顔を近づけて教えてやった。
「大丈夫だ。これはあくまで演技だから。このあと、すぐにあいつらに会わせてやるよ」
「え?」
停まることのできない俺達は前の人について、そのまま館内をぐるりと回ってそとに出た。
そして、その建物の裏口へまわり、そこに立っているもう顔見知りになった【ガネーシャ・ファミリア】の第一級冒険者に声をかけて中へと入れてもらった。
「俺がガネーシャだ!よく来たな、比企谷八幡。俺はいつでも君のことを歓迎しているぞ!」
「おっと……」
入った途端に、目の前で真っ赤な象の鼻のついたお面を被って、サムスピのタムタム風な変なポーズで仁王立ちしているのは、このオラリオでも一番多くの冒険者を擁した、最大派閥の【ファミリア】の主神、神ガネーシャその人であった。
むん、ほむん、はむんとか唸りながら、妙なポーズを決めまくっているが、この人はいったい何がしたいんだか?
「あー、雪ノ下、由比ヶ浜、紹介するわ。この人がゼノスの保護に一番尽力している神様のガネーシャ様だ」
「あ、由比ヶ浜結衣です。こんにちは」「雪ノ下雪乃です。よろしくお願いします」
「ふっむ。由比ヶ浜結衣さんに雪ノ下雪乃さん。こちらこそ、どうぞよろしくぅぅう!」
暑苦しくババッと、手を差し出してきたガネーシャ様と二人は恐る恐る握手を交わす。
俺はその脇からガネーシャ様に声を掛けた。
「そんで、あとどれくらいなんすか?」
「午後の
と、なぜかいきなりマントもないのに、マントを払うような仕草をしてそのまま表に出て行ってしまった。
と、表にいたさっきの高レベル冒険者がいきなり大声。
「あ、が、ガネーシャ……あ、あんた、また勝手にふらふらと出歩きやがってー」
「ふあはははは!気にするでない!俺はまったく気にしない!」
「いや、俺達は気にするんだよー、ってこのやろー」
「ふはははははははははははは……」
と、声が次第に小さくなるのを聞きながら、俺達は武器などが整然と並んでいるその警備員の詰所のような場所にポツンと取り残された。
この武器は見方によっては暴れたモンスターの迎撃用に用意してあるようにも見えるが、実のところは逆で、ここに居るゼノス達を襲撃者から守るためのものなのであった。
なにせここにはゼノス以外のモンスターが来る予定はないからな。
「どうなっているのかしら?なぜここの人たちはこんなに気安いの?」
「それはあれだ。さっき会ったガネーシャ様がすべての神様の中で一番ゼノスの保護を頑張っているからだよ。もうかなり前から神ウラノスと協力関係だったみたいでな、ゼノスを市民が受け入れられやすいようにと、モンスターの調教とか、モンスターフィリアとか、そんなことを色々やって『人と共存できるモンスター』の居場所づくりを進めてたんだよ」
「「ええ!?」」
まあ、驚くのも無理はない。
この世界の神様達は良くも悪くも神様で、人と同じような感覚を持ってはいない。だから、人と同じように考えられるのだから、共存を~というようにゼノス達を観たりはしないのだ。
多くの神の神意は、それが面白いか?それが自分の飢えを満たせるのか?そこに終始してしまう。
神ガネーシャや、神ウラノスのように、ゼノスの存在自体を守りたいと考えられる神の方が少数派だと、現状彼らは思っているし、実際にそうなのだろう。
もし存在を知ったとして、面白そうならゼノスを殲滅するのも辞さない神は多いと思われる今、このことを大っぴらにはやはりできない。だからこそのこの施設だ。
暫くすると、女性の団員が俺達を呼びに来てくれた。
詰め所を出るとそこは広い中庭になっていて、四方は高い壁に囲まれているが、その中央には小さな池とその周りが芝と花で覆われている空間になっていた。
俺達はその中庭をつっきり、反対側の壁面の扉を開けて中に入った。すると……
「あ、バリちゃん‼」
「ぶもっ‼」
見ればそこには大きなタオルで汗を拭っているバーバリアンと、たらいに用意された水を飲むデフォルミス・スパイダーとサンダー・スネイクの3匹が。
由比ヶ浜はまっすぐに走ってバーバリアンに抱き着いた。
バーバリアンも嬉しそうに由比ヶ浜を抱き上げてるし。
「あれ?お前らいつの間に仲良くなったんだ?由比ヶ浜、お前こいつら苦手じゃなかったっけ?」
「もう、いつの話をしてるの、ヒッキー。一緒に冒険したでしょ、あたしたち。そしたら、もう仲間に決まってるじゃん。ねえー」
「ぶもー」
そうだそうだと言わんばかりの勢いで頷き合う一人と一匹。
うーん、そういうもんなのかな?
「それにしても綺麗な部屋ね、大きなベッドみたいなのもあるし、ソファーだとか絨毯とか、本棚まであるし。ここは?」
「あー、雪ノ下。ここはな、こいつらの部屋だ」
「え?」
「きゅらきゅら~」「きしゃしゃー」
さっきまで水を飲んでいたこいつらも近づいてきて、俺にすりすりとその身体をこすりつけてきた。
「まあ、姿はモンスターだし、まったく人間と同じってわけにはいかないが、こいつらが地上でやりたいことをなるべく叶えてやってるわけさ。ま、そうは言っても自由に外出は出来ないからな。外はあの中庭で我慢してもらって、部屋では好きにくつろげるようにしてある。デカい風呂もあるみたいだし、飯はさっきの団員の連中が色々用意してくれてるらしい。はっきり言って、その辺の冒険者より、よっぽどいい暮らしぶりだろうよ。だけど、ただってわけにはいかないから、ああやってショーみたいなことを定期的にやってるわけだ。入場料も取れるし、そのうち慣れてきたら、子供に手を振ってやってもいいかもしれない。金を稼ぎながら、触れ合えるモンスターを目指してもらってるんだよ……って、どした?お前ら」
俺が説明していると、雪ノ下と由比ヶ浜があんぐり口を開けて俺を黙って見つめているし。やめて!恥ずかしいから!
「あ、あ、ご、ごめんねヒッキー。な、なんかヒッキーが今すっごくかっこよく見えちゃって」
「そ、そうね。まさかこんな細かい配慮をしていたなんて思っていなかったから、本当に驚いてしまって……こういうのギャップ萌えというのかしら」
いや、絶対それちがうと思うぞ雪ノ下。
「ま、まあなんだ。とにかくいきなり仲良くなんてのは無理なんだよ。アンみたいに人間に近い姿とかなら、ごり押しも出来るけど、みんながみんなそうじゃねえからな。でも、ここだって安全ってわけでもない。モンスターが居るからって襲撃されるかもしれねえし、どんなトラブルがあるか分からない。だから、地下に脱出のための抜け穴も用意してある。まあ、これが俺が神ウラノスとかヘルメス様に提案していた全部だよ。いわゆる『バケ〇でごはん』作戦ってやつだ」
「あ、そのまんが知ってる!あれでしょ?ペンギンとかが動物園で普段は見世物として人前に出てきて、でも閉園後は自分の部屋で人間みたいに生活してるってやつ」
「まったくその通り。良く知ってたな」
「えへへ」
兎にも角にも優先すべきはゼノス達の身の安全。正直アンと同様に今ではルビス様の恩恵を受けているから、その辺の中級冒険者程度ではまったく歯が立たないレベルの強さを持っている3匹ではあるが、その力で人間を襲わせるわけにはいかない。まず第一に優先すべきは人を襲わないイメージを作ること。そして、ここの安全を確保しておくこと。
クリスタルに囲まれた行動展示用の部屋は他にまだ5つほどあり、そこにはまだモンスターが入っていない。まあ、まだ他のゼノスと接触できていないからなのだが、いずれはそこにも入ってもらう計画だ。
でも、多少広い施設だとは言っても、とてもじゃないけどダンジョン内の全てのゼノスをここで収容することはできない。いずれはゼノス達の暮らせる集落の設立を目指す必要があるわけだけどな。まだまだ問題は山積みだ。
しばらくここでゼノス達と一緒にくつろいだあと、俺達はこの施設を出た。
正直【ガネーシャ・ファミリア】の人たちがこんなにもゼノス保護に協力的だとは夢にも思わなかった。と、いっても全員がそうというわけでもないんだろうな。ここに居る連中は別としても、どうしてもモンスターの存在を受け容れらないやつはいるはずだしな。まあ、今は何も起きないことを祈るしかないわけだが。
× × ×
「さて、じゃあ次はメシにしようか」
「やたっ!どこに連れていってくれるの~?」
「あー、それはあれだ。着いてからのお楽しみだ」
と言って二人を引き連れて、その場所へと来てみれば、なんだかものすごく不服そうな顔になってしまっている。
なんとなくこうなる予感もあったのだが、そもそも俺に期待するのが間違いなんだよ。
「ねえ、ヒッキー。あたし別にここが嫌なんてこれっぽっちも思ってないんだけど、なんかね?ここってデートで来る場所じゃなくない?」
「私もここを否定する気はサラサラないのだけれど、どうしてもここじゃないといけない理由があるのなら聞いてみたいのだけれど」
おお、二人とも結構はっきりと言ってくれるな。
ま、仕方ないか、なにせここは……
「おお ぼうけんしゃよ! しんでしまうとは なさけない…。
そなたに もういちど きかいを あたえよう。
ふたたび このようなことが ないようにな。 では ゆけ! ぼうけんしゃよ!あ、復活のお代の全財産の半分はもうもらっちゃったからね。じゃあ、がんばってね!はい、次のひとー」
「え、ええええ!?ちょ、ちょっと神様、そりゃないっすよ」
と、なにやら俺達の入ろうとしている建物の端に造られた教会からそんな会話が聞こえてくる。
入口を見れば、長蛇の列が出来ており、町人風の人や冒険者、商人みたいな人たちまでいる。
うーん、やっぱりあのサービスを始めたのは間違いだったのではなかろうか……
俺達3人はその長蛇の列の脇をすり抜けて、一路協会の中央へと向かった。
そこには赤い絨毯をしいた台の上に立つ、僧侶帽を被った白ローブの幼女の姿が。
「あの、ルビス様?マジで『生き返り』のサービス始めちゃったんすか?」
「あ、八幡君!そうなんだよ、みんなすごーく信心深くてね、どうしてもルビス教に入りたいんだってー。これは私も頑張らねば―」
あ、いや、それ多分、死んだときに生き返らせてもらえるから入信しているだけで、みんな損得勘定して来てるだけだと思いますよ。
まあ、ルビス様がいいなら別にいいんですけどね。どのみちのこの世界でルビス様に文句を言う人は居ないのでしょうし。
見ているそばから、いったいどうやって現れるのか、教会の中に次々に棺が転送されてくる。
入信希望の人たちはといえば、手に手に大量の金貨を抱えて、それをルビス様に渡しながらどうか死んだら生き返らせてくださいと拝んでいる始末だ。
ルビス様はお布施を受け取っては後ろの宝箱に放り投げ、跪いている信者の人の額に手を翳して『祝福』みたいな光を放っては、今度は棺の中の死体を生き返らせていく。そしてやはり持ち金の半分を勝手に抜いては宝箱に放りなげる。なんていうか、新興宗教の悪徳教祖のうさんくさい奇跡のデモンストレーションを観させられている気分だ。リアル奇跡なのがマジで問題なのだが。
それでもルビス様は喜んでいるようだし、このままでもいいかと無理矢理納得することにした俺達は、そそくさと表に逃げだしたのだった。
「ふう、なんていうか、ルビス様に関しては放っておこうな」
俺の言葉に二人もうんうん頷いている。
天文学的な金額の借金もあることだしな、ルビス様にも頑張って稼いでもらおう。
さて、では今日のデートの仕上げと行こうか。
俺はさっきの位置まで戻ってきて、その『お店』の入り口を見上げた。
そこに書いてある文字、それは……
『喫茶ぬるま湯』
そう、俺達がやってきたのはつい最近やっとオープンにこぎつけた、俺達のホーム一階の喫茶店。
今は一色と小町の二人が切り盛りをしてくれていて、提供しているメニューは小町の小料理と、一色の焼いたケーキ。それと、なんとこの世界初のコーヒーを出している。これが大ヒットで、連日足しげく通う客が増えてきているのだ。
そう、コーヒー……
実は俺達がわざわざダンジョン中層まで潜って取りに行っていたものとは、まさにそのコーヒーの原料の豆であった。この豆の存在はリヴィラの街のボールスさんに聞いて知っていたし、現物の豆も貰っていた。
煮ても焼いてもそんなにおいしくはないけど、食料の乏しいダンジョンでは貴重な食べ物だと、なんの気まぐれか俺はそれを譲られた。ただ、貰ったところでそれで料理をしようなどとは思うことはなかったのだが、一階の広間をレストランにしてしまおうとあれやこれややっている時に、たまたま鍋に入れておいたこの豆を鍋ごと外の焼却場で誤って焼いてしまった。だが、そのとき、その鍋から漂ってきた香しい匂いに気が付き、慌ててみてみればなんとコーヒー豆が出来ていたのである。
マックスコーヒー命の俺にとって、ここでコーヒーが飲めるというなら是が非でも飲めるようにしたい。と一念発起。お店は喫茶店にし、大事なコーヒー豆は定期的に採集することに決めた。
あとはみんなで試行錯誤を繰り返しながら、旨いコーヒーを目指して作り方を完成させたのだ。
これが大ヒット。
近所の人たちにも受け容れられたことで、日に日に売り上げも伸びてきている。それが今のこのホームの現状だ。
二人が怪訝な顔をするのも当然だった。なにせ自分達の家に帰ってきてしまったのだからな。
でも、ただ食事をしたいからってだけでここに来たわけではない。実はあることを俺は準備していたのだから。
「いらっしゃいませー!出口はそちらでーす。回れ右しておかえりくださーい」
「って、お約束なことしてんじゃねーよ、小町」
「えー?だって、なんかこのお店にいると、そんな漫才したくなるんだもん」
なんだろうこの感じ。まったく違和感がない不思議。
「いらっしゃいませー先輩方、ようこそ喫茶ぬるま湯へ」
「おお、サンキューな」
にこりと微笑む一色があいさつしながら何か料理を続けている。
店内はほぼ満席で大分忙しそうだが。
「んで、お兄ちゃん、ご注文はバスター3つと、小町のブルマでいいかな?」
「いや、死んじゃう甘さの殺人ワッフルは今日はいらないし、それとそうやって略すな、いかがわしい。ブルーマウンテンだろう?って、そもそも、豆ブルーマウンテンじゃないし」
ダンジョン産だし!それに由比ヶ浜たちに小町のブルマとか、マジで俺がそんな趣向持ってそうに思われて洒落にならんから、俺が怒られちゃうから。
「あのなあ、分かってんだからそう茶化すなよ」
「えへへ、分かってるってー。冗談だよ冗談。はい三名様ごあんなーい」
言って小町が先に立って歩き始める。
その後についていく俺達だが、由比ヶ浜たちは少し不思議そうな顔になってる。
「ねえヒッキー?あっちは客席じゃないでしょ、どうして向こうにいくの?」
由比ヶ浜の疑問はもっともだ。
入口を入って左側がカウンター件厨房になっていて、そこで一色が料理やらコーヒーやらをせっせと作っている。そして右手側はといえば、窓に面したところにテーブル席がずらりと並んでいて、近所の人たちが食事をしているわけだし。
俺たちはそのさらに奥に向かって歩く。そこは特に使用目的が決まっていない部屋があり、その扉の前に立ってもまだ二人は首を傾げたままだ。
そんな俺達を見ながら小町がにこりと微笑んだ。
「ではみなさんどうぞごゆっくり~」