『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー 作:こもれび
店の最奥の引き戸を開いた瞬間、由比ヶ浜と雪ノ下は凍りついたように固まってしまった。
その理由は簡単だ。そこに本来あってはならない空間が広がっていたのだから……
「え?え?これは……?」「な、なんで、ここに」
ぶつぶつと溢しながら、立ち尽くす二人の背中にポンと手を置いて、俺は二人を中へと誘った。
そして、その見慣れた長机へと連れていき、椅子を引いて彼女らの定位置へと座らせる。それから、俺も自分の定位置である、一番隅に腰を下ろした。
ふうと、息を吐いてからちらりと二人を見やれば、まだ呆然とした顔をしたままだ。
「「「………………」」」
あれ?なんで誰も喋りださねえんだよ。
俺か?こういう場合は俺から話さなきゃいけねえのか?
い、いや、なんというか、ここまでやって、ドッキリ大成功‼なのは間違いないのだが、改めてそれの説明をするところから始めるとか、マジ無理だろう。
というか、何この空気……
背筋にスーッと嫌な汗が流れるのを感じたその時、がらがらっと戸が開き、心臓が止まるほど驚いた。
と、そんな入り口を見て見れば、両手にケーキやらポットやらを持った小町が元気良く入ってくる。
「はーい、お待たせしましたー!『懐かしの奉仕部セット』でぇす!ケーキとクッキーは小町といろはさんで焼きましたー。紅茶は雪乃さんにお願いしますねー!ではでは、どうぞごゆっくりー」
がらがらぴしゃりと、素早く小町が出ていってしまう。
残されたのは、湯気が立ち上るポットと紅茶用の陶器。それと、綺麗に生クリームとフルーツでデコレートされたホールケーキが。その上には何かの焼き菓子のプレートがあり、そこにクリームで、『雪乃 結衣 好きになってくれてありがとう』と書いてある。……そう、俺が注文した通りに……
二人はそれを見ても、まだ微動だにしない。
ど、ど、どどどどどうしよう!?
やったか!?
やっちまったのか!?俺はまた!?
何この空気。
あの中学の時のクラスメイトに一度完全に叩き割られたグラスハートに、今再び亀裂が入り始めている感覚。
俺は緊張に体が強張っていくのを感じながら、俺がこの数週間で一生懸命に作りあげたこの『部屋』のことを考えていた。
この部屋は、もはや隠すまでもなく、あの『奉仕部』の部室そのものである。
確かに俺はこの部室の修繕を続けていたが、当然一人では出来るわけもなく、実はあのボールスさんたちリヴィア組の連中の力も借りていた。
ダンジョンの18階層に部室ごと転移してきてしまった関係上、部室はダンジョン内に残されたままになっていた。
俺にはそれが耐えられなかった。
この部室は俺にとって非常に大切なもの。ただのボッチでしかなかったこの俺が様々な出会いをして、かけがえのない存在へと変わっていった彼女たちと過ごしてきた思い出の場所。
それが放置されたままであれば、モンスターに破壊されるかもしれないし、いつか朽ち果ててしまうかもしれない。それは苦痛そのものだった。
だから少しずつだが、ダンジョンから帰還する際に一人で部室の備品をかき集めてはリレミトをして持ち帰り、一人ではどうしようもないものに関してはリヴィラの町の人たちに金を払って、地上まで運び出してもらったりもした。
同行していた由比ヶ浜たちを先に帰して俺が一人でこの作業を続けていたのには理由もある。
一つには、一時でも早く危険なダンジョンから彼女達を安全な地上へと帰らせたいと考えが確かにあったからだが、俺としては今日この日の為に、二人へのプレゼントとして隠しておきたいという思いが強かった。だからそう思いながらこの作業を続けてきたはずだが、実のところは……違っていたと思う。
ただ俺は照れ臭かったのだ。きっとこれが俺の本心だった。
この喫茶店の工事を進めるついでにこの部屋も改装を……という段になっても、俺は一色と小町を説き伏せて、この件は二人に内緒にし続けた。
工事は進めるが、部品全てが使えるわけではない。壊れたもの、失ったものもたくさんあった。
床はすべて元のままで張り直し、壁は新しい塗り壁となったが、そこにきちんと黒板は取り付けた。そして、つかっていなかった机や椅子は綺麗に清掃して、部室の後ろに山積みにした。
それから、この長机だ。運びあげるのは大変だったがこれがなければ始まらない。だから最優先で持ち帰ったのだ。
その他のものとしては、当然だが、電気は来てないのでコンセントも天井の蛍光灯もないし、落下して壊れた時計は修理ができないので今は動いておらずただの飾りとなっている。
窓の外にしても、そこには広いグラウンドが見えるわけでもなく、ただ隣の建物の外壁が見えるだけ。
それでも、俺は直したかった。
こいつらと一緒に居られたというあの時間をなくしたくなかったから。
「ふふ……」
静かな空間に誰かの微笑みが漏れる。
顔を上げて見てみれば口に手を当てて微笑む雪ノ下の顔。隣を見れば、由比ヶ浜もつられて笑い始めているし。
俺もつい笑ってしまいそうになったそのとき、正面の雪ノ下が笑みをたたえたまま……
「比企谷くん……ロマンチストすぎ」
「っ!?」
ふわあああああああああああああああああああああああああああ。
や、やっちまった、やっぱり失敗したー。
雪ノ下に呆れられちまったー‼
そ、そりゃそうだ、なにを俺はまた勘違いしてやらかしてんだー!
くっ、殺せ!一思いに殺せぇえ‼
くっころさんを招来しようと一人でがくがく震えているところに、いつの間に回ってきたのか、雪ノ下と由比ヶ浜が俺の背中に抱きついてきていた。二人は言う……
「八幡……とても嬉しいわ。こんな素敵なプレゼント、これ以上のものなんてないわ。本当にありがとう」
「ありがと、ヒッキー。あたし、すごく嬉しいよ。あたしたちとの思いでの場所を大事に思っていてくれて、直してくれて本当にありがとう」
言いながらぎゅうっと力を込めてくるふたり。
俺はそんなふたりの手に俺の手を重ねた。
「あ、ああ……俺の方こそ、本当にありがとうな。その……俺はずっとお前たちに何かを返したかったんだ。俺がそうだったように、お前たちもきっと奉仕部を大事に思っていると信じていた。だからこうした。これが正解なのかどうか、本当にわからないんだが、これが今の俺の精一杯なんだ」
「ヒッキー……」「八幡……」
すっと俺の前に移動した二人が、おもむろにその顔を俺へと近づけてきた。俺は、蕩けたような二人の頬へとそっと手を伸ばし……
雪ノ下に口づけをした。
由比ヶ浜に口づけをした。
そして……
「好きだ……。結衣が好きだ……、雪乃が好きだ……、二人のことが……、……大好きだ」
ぎゅっと二人を抱いて、自然とこぼれたその言葉。
生まれてはじめて、思いがすんなりと言葉に乗った。
後悔や恥ずかしさはうかばない。
ただ、ただ愛しく思うその気持ちのままに二人を抱いた。
「あ、あぁ……あたしも……大好きだよ……ひぐ……イ
ック……ふえぇぇ……ふえええん……」
「私もよ、八幡。貴方のことを心から愛しているわ」
窓の外が茜色に染まっている。
まるで、あの頃の奉仕部を思わせるこの景色のなかで、俺たちは言葉で気持ちを交わしあった。
それはとても大切な、あの日の続き。
二人ともを愛して行く と決めた俺の新しい第一歩。
俺はこのふたりを守り続けよう。
そう、心に固く誓った。
× × ×
あの後、俺たちはケーキや紅茶を楽しみながら、久しぶりの奉仕部の部室を堪能した。
出てくる会話は、あの部屋で解決し続けた数々の依頼と、それに纏わる多くのエピソード。結局は俺が二人に怒られたり、反省を促されたりとオチが着く話題ばかりだが、今の俺にはそれも心地良かった。
今なら確かに実感できる。
俺が欲しかったあの本物の関係の形がここに確かにあって、そして、それを俺は手に入れることができたのだと。
あのままもし、俺たちが異世界へ来ていなかったらどんな関係になっていたんだろう……ふいにそんな思いにかられながら、ひとりで、唯一俺がこの世界に持ち込めた一冊のカラフルな表紙のラノベをペラペラと捲りながら眺めていた。
いや、それはもう考えまい。
二人のことを意識し始めたのはなにもこの世界に来てからではない。
もっと前……
そう、もっとずうっと前から、俺は惹かれていたんだ……
この二人に……
その日の夜……
「はぁあ~~~~~~……」
ざぶんとホームの風呂に肩まで浸かった俺は、今日一日を振り返りながら、のんびりとくつろいだ。
そして、今日の俺のしでかしたこっぱずかしい演出を思い出しては今更になって何度も死にたくなる。
あいつらが良い方に解釈してくれたからよかったが、一歩間違えば、中学時代の黒歴史の再来となっていた。
と、それを思い、熱い風呂の中だというのに、一気に体温が下がる思いになる。
それにしても、あの後雪ノ下と由比ヶ浜に、『風呂上がりに私たちの部屋に来て』と言われたわけだが、なんの用なんだ?
ま、今までの俺なら、ひょっとしたらこのあとムフフな展開が!?とか期待に胸を膨らませて、後でこっぴどい目に遭うお決まりのパターンに入り込むとこだが、今日は違う。
なんというか、今日のデートでやりきった感があるしな。二人の気持ちもしっかりと受けとることができたし、俺もふたりに想いを伝えられたと思うし、なにより、今日はもうこれ以上黒歴史製造はしたくなかったし。
それに、ふたりとは何だかんだいつも一緒に寝たりしてたわけだしな。流石にこの期に及んで何かアプローチしてくるわけはないだろう。そのつもりなら、今までいくらでも機会はあったわけだしな。
ま、そういうことで、気にしないで行こうと思った俺は、体を拭いて、寝巻き用の甚平に着替えて浴室を出た。
「あ、先輩……」
「お、おう?」
出てすぐに、ばったり出くわしたのは、手に着替えとタオルを持った一色。
俺の顔を見るなり、真っ赤になってその着替えを後ろ手に隠した。
こりゃ、タイミング悪かったな。
「ふ、風呂か……?今誰も入ってないから、ゆっくりと入れ……って、おい」
いきなり一色がポスンと俺の胸におでこを押し付けてきた。
そしてそのまま動かなくなる。
お、おい、これじゃあ俺も動けないんだが。
どうしようか迷いつつ、一色に声をかける。
「あ、その……き、今日はサンキューな。お前のおかげで……いいデートに、なったよ」
聞いているのかいないのか、一色は動かず何も言わないままじっとしていた。でも、暫くしてから、ぽつりと、『ばーか』と、小声でこぼしたあとに、一色は急に跳ね上がるように顔を上げて、俺から離れた。そしてにこりと微笑む。
「お役に立てて、本当に良かったです。でも、口でお礼を言って終わりなんですか?」
「え?」
何を言ってるんだこいつ?と思うなか、突然俺の唇に柔らかい感触が……
さっきまで、見下ろしていたはずの一色の顔は拡大され、その小さな唇は俺のそれに吸い付いていた。
「ん~~~~!?」
動けず、抵抗もできない俺から、そのままスッと離れる一色。
そのまままたにこりと微笑む。
「お礼、ちゃーんと頂きましたよ。先輩って、本当に可愛いですね」
「こ、この、お、お前、今なにしたか……」
「分かってますよぉ、キスですよ、キス。先輩たちだって、いつもしてるじゃないですかぁ」
「い、いや、だってお前、き、キスは好きな奴とするもんだろうが」
「好きですよ。だからしました」
「へ?」
叱りつけてやろうとあれやこれや考えてた俺の前で、一色が理解できないことをのたまう。
だって、こいつは葉山が好きで、今もそうかは分からなかったが、だれか好きなやつがいたはずで、だから俺は……
でも、そんな一色は俺に……
一色はおかしそうに笑いながら上目使いで俺を見る。そして、
「私、先輩たちに憧れてました。お互いに想い合ってるのにそれをうまく伝えられないけど、それでもお互いを大事にしたいって頑張ってる姿を私は『素敵だな』って思ってました。いいな、そんな関係、私も欲しいな……って。でも、三人とも本当に不器用すぎますよ。三人とも踏み込もうとしたり、引き下がったり、見ていてイライラするんです。だから今日はお手伝いしました」
「お、おい……」
だからって、何も俺にキスしなくても……と、口から出掛けたところに、一色が人差し指を当ててきた。
「だ・か・ら……、今日のところはキスだけで我慢してあげます。このあと、お二人と大事なイベントもありますしね。私はまた今度でいいですよー。ではではー!」
きゃるんっと、ウインクした一色が俺に敬礼をしながら脱衣所へと入っていく。
「ったく……あざとすぎんだっつーの」
と、その俺の声に、いきなり脱衣所で上着を胸まで、がばりとまくり上げた一色が振り向きながら言った。
「そうですよぉ。それが私ですから!」
にこっと微笑んだ一色から俺は一目散に逃げだしたのだった。
× × ×
まったく一色のやつにまで……
俺はまだ唇にのこる、あいつの感触に困惑しつつ、まっすぐに雪ノ下達の部屋へ向かった。
「なにがイベントだよ。なにもあるわけねーだろうが」
先ほどの一色の意味ありげな言葉の数々。
正直、今は何をどう受け取って、読み解けばいいのか上手く頭が働いていなくて分からない。
一色が俺のことを好き?だと?
まさかな……。これもなにかの陽動かなんかか?
小町が一色になにか吹き込んだのか?でもそうだとしたらなぜだ?
それとも、雪ノ下や、由比ヶ浜が俺の気持ちを試そうと企てたハニートラップ……ってそんなわけないか、あいつらがそんなことの為に、大事な後輩の貞操をないがしろにするとは思えん。
ああ、ダメだ……やっぱり考えが上手くまとまらねえ。
そんなこんなで、モヤモヤしているうちに、気が付けばあいつらの部屋の前に着いていた。
まあ、どうせ何も起こりはしないしな。さっさと用件とやらを片づけて、今日はもう眠っちまおう。
俺はそう思いながらノックした。
「だ、誰?ひ、ヒッキー……?」
「ああ、そうだよ」
って、他に誰がいるってんだ?
中から恐る恐るといった感じで声があがり、それに答えつつ再度の応答を待つも、なんの返事もない。
暫く待って、おい、いい加減にしろよ……と声をかけようとしたそのとき、カチャリと扉が開いて、中から白い手が二本ニュッと伸びてきた。
え?
と思うまもなく、そのままその手に引っ張られ、俺はその部屋の内部に引きずり込まれた。
なんなんだよ……と、現状を確認しようとするのだが、部屋のなかは真っ暗で何も見えない。
さっき俺に返事をしたのは間違いなく由比ヶ浜だった。
ということは、今ここに由比ヶ浜はいるはずなんだが、なんで真っ暗にしてんだ?
やっぱり俺をハメようとでもしてんのか?
ハメられた無様な俺の姿を見て、楽しんじゃおうとかしてんのか?
くっそ、せっかく二人を信じられるようになった矢先だったていうのに、いきなりこの仕打ちはないだろう。
ようし、そっちがその気なら、俺だってただじゃやられないぞ。
そうは簡単にハメられないからな。
「おい、由比ヶ浜。それに雪ノ下もいるんだろ?悪い冗談はやめろよ。俺をハメてそんなに嬉しいのか?」
「は、ハメる!?」
暗闇で、ビクリと跳ねるような二つの影。よくは見えないが、そこにあいつらがいるようだ。
ここはとにかく正論だ。
ハマるときってのはとにかく相手に飲まれて、自分のペースを乱しちまった時だ。だから、こういうときは正攻法で攻めるのが正解だ。
そう構えた俺に、『闇』が答えた。
「そ、それは……そ、その答えを、どうしても言わなければいけないのかしら?」
「その声は雪ノ下だな?なにを開き直ってんだ、当たり前だろう?俺はお前らを信じてるんだ。なのに、これはいったいなんの仕打ちなんだよ」
「あ、あたしは!あ、あたしたちはただ……ヒッキーにいろいろお返しがしたいだけで……」
「はあ?お返し?そんなに俺に我慢してたのかよ。俺はいつだってお前らのこと思ってたんだぞ。それなのになにを今さら……」
また暗がりで跳ねたような、身をよじったような、二つの影が揺れた。
「ず、するいよヒッキー……。そ、それならもっと早くあたしたちに言ってくれれば良かったじゃん。それならヒッキーも我慢することなんてなかったのに……」
「ばっか、言えるかよ。俺は基本、お前らのことを自分の一部だと思ってんだ。お前らが嫌がることなんてしたくなかったし、絶対言いたくなかった」
「い、嫌なんて思ったことは一度もないわ。むしろ言って欲しかったのよ、私たちは」
「俺はな、雪ノ下。例えどんな酷いことでも、お前たちにされることなら、全部許したいんだ。今だってそうだ。お前たちになら、俺の全部をめちゃくちゃにされたってお前たちに優しくしてやれる自信がある」
「きゅぅ……」「んん……」
小さな声の後で、また影が動いた。
今度は二人がくっついたような、震えているような……
「ど、どうしよう……ゆきのん……あ、あたしもう、が、我慢できな……濡れちゃって……ぁん」
「そ、そうね、わ、私も……その……もう、限界……っん」
って、こいつらなにをしようとしてんだ。
まさか、この真っ暗闇のなかで、俺に水でもぶっかける気か!?
や、やめろよ、今風呂に入ったばっかなんだぞ。
「お、おい、だ、だから今はやめろよ、な?な?」
「もう、無理だよ、ヒッキー……」
「責任は……とってもらわないと……」
なんの責任だよー、と、慌てて真っ暗闇の中を手探りで出入り口のドアを探すのだが、空を切るばかりでまったく見つからない。
そうこうしているうちに、ヒタヒタとだんだんと二人が俺に近づいてきた。
うわわ……な、なんだ?いったいなにをしようってんだ?
そして……
「…………マナよ暗闇を照らせ、闇を払え……『ライト』‼、おお、比企谷八幡、元気そうだな。約束通り一緒に飲もうと酒を持ってきたのだが……なんだ?お楽しみ中だったのか?」
と、詠唱の直後に急に真昼のような明るさになり、声の主を見れば、酒の瓶を抱えた銀髪ボディコンダークエルフのピロテース……の身体を使っているカーラさん。
で、雪ノ下と由比ヶ浜の二人はといえば……
「うおっ!?お、お、お、お前ら、なんだその格好は!?」
「「きゃあああああああああああああああああ」」
そこには、スケスケの下着姿の、もはや大事な部分がまったく隠れていない二人のあられのない姿。必死に隠そうとしているが辺りが明るすぎる上に、遮蔽物のなにもない入り口付近だったため、もはやどう隠そうにも隠れることができない。
「ぶっぱぁあああああああああああっ!?」
俺は盛大に鼻血を吹きましたとも、あの腐女子が如く。
「ふむ……ずいぶんと楽しそうだな。では、このままここで飲むとしようか」
「だ、だめに決まってんだろうが!?」
まったく気にする様子のないカーラさん。
この人、確かロードス島戦記の段階でもはや人間やめてたんだよな。感覚がもはやおかしすぎだろう。長生きしすぎだっつーの。
部屋の隅のベッドの裏まで走って行って隠れた二人にも視線を向け、
「どうだ?貴女たちも一緒に飲まないか?」
とか聞いちゃってるし。
当然二人はぶんぶん首を横に振る。
っていうか、なにこの状況!?
また俺は盛大に勘違いしてたってのか?
そう思いつつ、さっきのあいつらとの会話を思い出して、次第と恥ずかしさと、いたたまれなさと、そのときのあいつらの姿を想像して……
「ぶばあああああああっ」
またもや大流血。
い、いかん、このままでは失血死してしまう。
「では、食堂でも借りて飲むとしようか」
と言った、カーラの声に、二人はベッドの影から腕だけをだして、バイバイをする。
くうぅぅぅっ……
お、俺ってやつは、なんでこうも間が悪いんだよ。
くっそ、めっちゃ『ハメ』られたかったぁ‼
こうして俺は無事に(?)雪ノ下たちの部屋から脱出して、そしてこの目の前の謎の存在、『カーラ』から、消えてしまった神イケロスとの関係や、シェールと漂流王の話、そして、この世界の根幹に関わる重要な話の数々を聞くことになるのだが、それはまた別のお話。
このオラリオに飛ばされ、もとの世界に帰る方法を探しながらも、俺たちは新たな居場所を手にいれることができた。そして、俺たちの絆も確かに深まったのだ。まあ、なにも進展しなかったとも言えるけどな。
ここで俺たちの物語はひとつの区切りを迎える。
だが、これで終わりでは決してない。
俺たちの前にはまだまだたくさんの試練が続いているのだ。それを乗り越えて、俺たちは必ず現世へと帰る。
そう、みんなと一緒に。
それを、俺は今、心から誓うのであった。
とか、そんな風にシリアスで自分を保ってた俺。カーラを連れて食堂へと向かう途中、風呂から出てきた一色が俺を認めてにこりと微笑んだ。
「あれ?先輩随分と早かったですね。私の時も早くても全然かまいませんからね」
「お願い、もうやめて‼」
× × ×
「それにしてもさ……意外だったよね。まさかあのアイズがアルゴノゥトくんにあんなにゾッコンになっちゃうなんてさ」
「チィッ‼」「ぐぬぅううう~」
「ちょっと、ベート、レフィーヤ、うっさい!」
「あ、す、すいません、ティオネさん」
「あはは……まあね、ティオネは団長のお尻さえ見守れればそれで満足なんだもんねー。他のことなんかどうでもいいもんねー」
「んなっ!?あ、あんた、一体そのことをだれから~……」
「んー、ガレスが言ってた」
「あんのくそじじいがぁ」
「あー、ほらほらそんな怖い顔してると、団長に愛想尽かされちゃうよ!アイズの事はいいとしても、団長に嫌われたらたまんないでしょ?あ、ほら、団長こっち見てるよ!」
「え!い、いやだ、だ、団長、な、なんでもないですからね」
「そんないきなり取り繕っても、ムダムダ~、ニシシ……」
「あ、あんたは~~~」
「あ、ほら、またコボルトの群れだよ。こんな上層で油断して怪我でもしたらそれこそ完全に捨てられちゃうねー」
「こんな雑魚に、負けるかぁああ!」
ダンジョンの上層にそんな気の抜けた怒号が飛び交う。
壁から次々に生れ落ちてくるのは、目を赤色に光らせた小型の犬のような外観のモンスター。二足二腕でこん棒のような武器を振り上げて襲い掛かってくる。
だが、彼らが相対した相手は非常に悪かった。
襲い来るその小型のモンスターを剣の一振りで両断し、数十匹のそのモンスターを悉く殲滅していく。
そう、軽口をたたき合う彼らは、このオラリオ屈指の強豪【ファミリア】、【ロキ・ファミリア】の精鋭を擁した、深層探索の主力メンバーであったのだ。
今回彼らは、この主力部隊を中核として、先遣隊と、後続補給部隊の三つに隊を分け、ダンジョンの深々層を目指し、ある目的の達成のために出発したところであった。
その目的とは……
「団長……?フィン、大丈夫?」
戦いが終わり、ティオネが愛しい団長へと視線を向けると、そこにはただ呆然とダンジョンの虚空を見つめるフィンの姿。
声を掛けられ、フィンは彼女に向き直る。
「ああ、大丈夫だ。さあ、行こうか」
「…………」
彼女には分かっていた。
わざと元気に振る舞おうとしているが、彼がずっと苦しみ続けて来ていたという事実を。共に戦った彼女だからこそわかるのだ。
オラリオの壁外で戦った、伝説級の炎の巨人との一戦。
あの戦いは彼らにとって苦い経験でしかない。
あの怪物にとどめを刺したのは3人の人物。
一人は我らが母であり姉である副団長のリヴェリア・リヨス・アールブ。
一人は新進気鋭の【ヘスティア・ファミリア】の冒険者、ベル・クラネル。
そしてもう一人は、聖者を名乗る、ワレラとかいう正体不明の男。
この戦いが如何に熾烈であったかは、戦闘後にレベルが7になったリヴェリアと、一気に2段階もアップしてしまったベル・クラネルを見ても明らかだ。
この戦い、もっとも長い時間あの巨人と戦い、そして、その足を止め続けた彼らは、その身体に深刻なダメージを受け続け、だがそれでも彼の巨人に対して攻撃を続けたのだ。
それがいかに無意味な行為であったのか、そのことを最も理解しているのは、彼ら……そして、最前線に出て戦った、団長のフィン・ディムナ自身であった。
彼らの奮戦のおかげで一人の死者を出すこともなく巨人を倒すことが出来たと、オラリオの多くの民衆は讃えてくれている。だが、実際はそうではない。
彼らは救われてしまったのだ。
死に瀕した彼らを、あの白装束の集団が、ベル・クラネルが助けたのだ。それは紛れもない事実で、戦闘後に途轍もなく高度な魔法の治療によって、彼らは完全回復し、何もなかったかのようにホームに帰還することが出来たのだ。
これ以上の屈辱はない。
少なくともティオネにとってはそうだった。
なにより悔しかったのは、フィンにその自分と同じ思いを抱かせてしまったこと。
オラリオ最強を自負し、どこの【ファミリア】よりも優れた存在であると信じて疑わなかった自分たちの自信の根幹が確かに揺らいだ瞬間であった。
だが、ティオネは信じていた。
自分たちは冒険者だ。冒険者の雪辱は冒険で晴らす。
それを理解していたからこそ、自分はフィンの為にこの命を捧げてでも彼に自信を取り戻させてみせると、そう決意できたのだ。
彼の夢……
『
そんな彼女の瞳に、彼へと迫る小さな影がはっきりと映った。
「あ、フィン……あぶな……」
シュパァッ
声を掛けるとほぼ同時に、彼の剣が宙を切り、そしてその小さな影を一刀のもとに切り捨てた。
「あ、コボルト?」
ティオネが近づいてみれば、彼に襲い掛かって来たのは、一匹の小さなコボルト。なぜ一匹だけで突然現れたのかは理解できなかったが、彼になんともないことを確認して、そういうこともあるだろうくらいに思うことにした。
それでも、彼女にもひとつ気がかりなことが……
そのコボルトは手にこん棒ではなく、白い複雑な彫刻の施された不思議な形のワンドを持っていたのだ。
フィンは、ゆっくりとまだ倒れたままになっているコボルトへと近づき、そしてその手に握られているワンドへと手を伸ばした。
そしてそれを手に取ると、そのままコボルトの死骸を踏みつぶす。
一瞬で黒い靄へと変わったコボルトに、思わずゾワリと身震いしたティオネだったが、振り向いてにこりと微笑んだフィンにホッと胸をなでおろし、安心して他のパーティと一緒に先に立って歩き出した。
拾いあげたワンドを静かに見つめるフィン。
彼のその眼に、暗く淀んだ死の輝きが灯ったことに、この場の誰一人として気が付く者はなかった。
「くくく……」
了