『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー 作:こもれび
「ね、ねえ、ヒッキー……これって……『デート』だよね……」
「は、はあ?」
由比ヶ浜にそう言われた俺は、思わず素っ頓狂な声で反応してしまう。
目の前では、ちゃっちゃっと中華鍋を振う白いコック服姿のお兄さん達が、ずらりと、横にならんで大量の料理を作っている。時分は昼時……ほぼ満席の店内で、俺と由比ヶ浜は並んでカウンターに座っていた。
ここは、幹線道路沿いのとある24時間営業の中華レストラン。開けっ広げなキッチンは、大きな中華コンロが実に6台も並んでいて、それぞれに一人ずつ調理人の人がついている。目の前で立ち上る火柱に圧倒されつつも、素早い手つきで料理を作るその様は、まさに圧巻だ。満員の店内は人のざわめきが響き、厨房からも鍋を振る音や、オーダーを確認する声が飛び交い、賑やかこの上ない。しかも、中華料理特有の香ばしい良い匂い。ほんと、空腹を刺激される。
今日は休日なのだが、たまたま数学の補修で学校に来てみれば、なんと、俺の他にもう一人……俺が唯一(というか、他にクラスで知り合いらしい知り合いもいないからなのだが)アホ認定している由比ヶ浜も居た訳だ。
で、午前中二人で追試のような物を受けたのだが、はっきり言って、二人とも赤点。頭を抱えた先生が、午後に特別授業をすると言いだした。午前中で帰れるものと思っていた俺は、当然弁当もないし、購買も今日は開いてないから調達もできない。仕方ないから外食……ってことになるんだが、それは由比ヶ浜も同じだったようで、自然な成り行きで二人して校外に食べに出て……なんとなく中華が食べたくてこの店に来た訳だ。
注文して、水を出してもらった直後、突然前述のような突拍子もないことを言った由比ヶ浜だったが、俺をチラリと横目に見た後に、視線を落としてなんだかモジモジしだした。
「あのなあ……デートっちゃそうなんだろうけど、飯食いに一緒に来ただけだろうが。第一、こんなに満席で、賑やかな店でデートって、ふつう発想しないんじゃないか?」
「あ、あはは……そ、そうだよね! な、なに言ってんのかな、あたしって……あはは……」
冷たくあしらった俺に、由比ヶ浜が顔を赤くしてそう答える。ったく、なんでこんなこと言うかね……なんにも言わなきゃ意識なんてしなかったのに。第一……チャーハンと餃子頼んでデートもなんもないだろ。
俺のそんな思考を遮るように、恰幅の良いおばちゃんが、こんもりと丸く盛られたチャーハンを二つ手に持って現れた。
「はいー! チャーハン二つね、はい、スープ。それと、餃子4個入り1枚ね。ご注文はこれで良い?」
その言葉に、俺達はコクコク頷いた。頼んでまだ5分も経ってない。流石中華料理は早いな。
「いただきまーす!」
由比ヶ浜が正面で手をパチンと合わせてそう言うと、レンゲを手に持ってチャーハンを食べ始めた。俺はここのチャーハンが気に入ってる。なんと今時珍しく刻んだナルトが入ってる。味付けも、中華だしたっぷりの濃い味でまさに昔ながら。
しかも、安いと来てる。由比ヶ浜も多分気に入ったんだろう……美味いとも、何とも言わずにもしゃもしゃ食べてる。そう、本当に美味いときって、別に旨いだなんだ言わないで食べちゃうもんだよね。
あと、この店は、この手作りの大きな餃子が本当に美味い! 肉とにんにくたっぷりなんで、本当は人と会う時は遠慮しないとまずいんだろうけど、今日はまあ、俺とコイツしかいないしな。それに二人して食ってれば匂いも気にならないし。そう思い頼んだのだが……
「ねえ、ヒッキー、あたしには大きくて、餃子2個も食べられないよ……あたしの分も食べてくれないかな?」
隣の席で由比ヶ浜が俺に上目遣いでそう聞いて来る。
「お。おお…仕方ねえな食ってやるよ……って、は? な、なにやってんだ、お前?」
見ると、由比ヶ浜が餃子を自分の箸でつまんで、たれをつけたかと思うと、そのまま俺の口に運んできた。所謂『あーん』って奴だ。
「え?あたし、自分のとこのタレに置いちゃったからさ……ヒッキーに直接食べてもらおうと思って…」
「い、いや……自分で取れるから。ほら、そのまま、持ってろよ、俺の箸で取るから……」
「ダメだよ! それじゃ『箸渡し』になっちゃって、縁起わるいよ。いいから、このまま食べちゃってよ!」
想いの他、強気にそう言ってきた由比ヶ浜に押され気味になった俺は、なんだが面倒くさくなって、そのまま口を大きく開けた。そこへ……由比ヶ浜が餃子をねじ込んでくる……うっ……デカくてきつい! ちなみに俺は由比ヶ浜の箸には口をつけていない。その前に奪い取っていたのだが。
もっきゅ、もっきゅ食べる俺を見ながら、由比ヶ浜がえへへと笑う。そして……
「間接キスだね」
「ぶふっ……!」
突然ニコリとそう囁いた由比ヶ浜の言葉に、思わず食べてたものを吹きそうになった……。
ちょ、お、お前な……気をつけて食べてたのお前も見てたろう? そんなこと言われたら、好きになっちゃうだろうが。勘弁してくれよ、まったく。
あいも変わらず、ニコニコしながら、チャーハンを食べてる由比ヶ浜に俺は猛烈に意趣返しをしたくなった。
まったく、こんな悪戯をもう出来ないようにしてやる。よーし……悶えるくらいな嫌がらせをしてやろう。
俺はおもむろに、自分で使っていたレンゲでチャーハンをごっそり掬うとそれを持ち上げて、由比ヶ浜の眼前に運んだ。そして…
「あー、由比ヶ浜……餃子のお礼だ。おれのチャーハンをやるよ。ほれ」
きょとんとして、その俺の差し出したレンゲのチャーハンに視線を向ける由比ヶ浜を、俺は内心ニヤニヤしながら見ていた。くくく……まあ、これで、コイツはキモイを連発して俺から逃げるだろ…
ぱくぅッ
またもや唐突に行動に出た由比ヶ浜に、俺は仰天する。いきなり口を大きく開いたかと思ったら、俺の差し出したレンゲにかぶりついたのだ。
えええー!ちょ、お、お前…何してんだー……!
由比ヶ浜は、その俺のレンゲを、もくもくと口の中で動かして、上唇で残った米粒をこそぐようにしてか
ら、ちゅぽんっ……とそれから口を放した。それから、にへらと笑って俺を見る。
「な、なにしてんだー、お、おま……」
俺のその言葉に悪びれもせずにただ、『ありがと』とだけ返す由比ヶ浜……俺は、綺麗に舐めとられたそのレンゲをただ見つめていた。そんな俺を見て……
「あれ? ヒッキー、もう食べないの?」
横から不思議そうにそう声をかけてくる、由比ヶ浜。で、できるわけねーだろ!
「ちょっと……すいません……レンゲを……」
俺は新しいレンゲを貰おうと、店員に声を掛けようとすると……
目の前で一部始終を見ていたさっきのぽちゃっとしたおばちゃんが……
「あー、若いっていいねー」
横目で俺達をニヤニヤとした目つきで見ながら、そう呟いてるし……あの……れんげを……
それ以上、話を聞いてくれない店員にがっくり肩を落としつつ、更に、隣で幸せそうにチャーハンを頬張る由比ヶ浜を見つつ、俺は……
そのレンゲで、残りのチャーハンを食べた……
◇
「あー……美味しかったねー!」
満足そうな顔の由比ヶ浜が、俺と並びながらそう話す。なんで、コイツはこんなに平気なんだよ…
俺はさっきの出来事を思い出し、一人赤面する。まさか、他人の…それもじょ、女子の舐めたレンゲで、チャーハンを食べることになるとは…
ま、まさか、コイツはこういうの平気なのか? そう言えば、さっき躊躇なく『間接キス』どうのとか言ってたしな…こいつ、キスとか平気なのか? ひょっとして経験してんのか……
そう思った途端に、隣で微笑みながら俺と歩く由比ヶ浜の唇が、妙に艶めかしく感じられてしまった。
く、くそう……なんで、こんなに意識しちまうんだよ、俺は! 俺だけに向けてるわけねーじゃねーか、コイツはトップカーストだぞ!多分、欧米並みにキスの習慣もあるんだよ、きっと…でも、なんだ…なんで、こんなにモヤモヤするんだよ……
「どうしたの、ヒッキー?」
ひとり身もだえて、頭を掻きまくっていた俺に、不意に由比ヶ浜が声を掛けてくる。その言葉に、顔をあげると、まるでアップで迫ってくるように、由比ヶ浜の唇が目に飛び込んできた…だから、俺は慌てて視線をそらした。
その俺の行動に、なぜか由比ヶ浜がさらに追及してくる。
「なに? ほんとどうしたの、ヒッキー? お腹痛くなっちゃったの? ねえ……」
そう言って俺を覗きこむ由比ヶ浜…ちょ、ち、近いって…こいつの唇を意識しまくっている今の俺はまともに、顔を見れない。だが…
がしっと、両手で俺の頬を掴んだ由比ヶ浜が、顔を背けようとする俺の行動を阻んだ。目を逸らせなくなった俺は、全力で抑えつけてくる由比ヶ浜の顔を正面から見ることになる。その瞳は何かを訴えるように俺の目に注がれ、その顔は上気したように真っ赤になっていた。
な、な、なんで、そんなに顔を近づけるんだよ…このままじゃ…キス…
ま、まさか…
こいつ、キスしようとしてんのか? 俺に? な、なんでだ? ま、まさか、本当に俺の事好きなのか? い、いや、ちょっと待て、今まで何回その勘違いをおかしてきた。で、何回痛い目見てきたと思ってんだ…少しは大人になれ……
いや……でも待てよ……さっきの食事中のこいつのことば……コイツの行動……どれをとっても、俺に好意があるようにしか見えなかった。っていうか、どう見てもアプローチだろ……なら……ならなんだ? どうすればいい?
今のこの状況はどう考えても不自然。俺の顔に、こんなに顔を近づける理由ってなんだ?
キス……キスか……やっぱりキスなのか……
お、お、お、俺だって…キ、キスは興味あるさ。だって男の子だもん!
でも、まさか、流石に、女子の方からファーストキスを奪われるのは、断固として阻止したい……なら……なら……どうする? 今の状況を全て整理した最適解、それは……
……………よし!!
ぶちゅうぅ
「んん~!!」
俺は両手で正面にまわった由比ヶ浜の頭に手をまわすと、そのまま由比ヶ浜の唇に、俺の唇を押し当てた。そしてそのまま暫く由比ヶ浜を見ていると、最初は真っ赤になって、目を見開いていたが、次第にその目をトロンとさせて、そのうちに完全に瞼を閉じた。
俺の両頬を掴んでいた手は、一旦放し、今度は俺の背中に腕をまわす。そして、そのまま俺達はお互い抱き合ってキスを続けた。
暫くそのまま抱き合ってた俺達だったが、ふと由比ヶ浜が俺の背中をポンポンとタップした。そして、それに合わせて唇を放す。
「ぷはーー……はあ、はあ……」
急に赤い顔のまま、呼吸を荒げた。
「ど、どうした……?」
「ご、ごめんねヒッキー……で、でも、いつ息継ぎしていいのか分かんなくて……」
「は? あ? ああ……鼻で息すればいいんじゃねえか? ってお前、ひょっとして初めてなのか?」
「あ、当たり前でしょ! でも、そ、そっか……そか……じゃあ、もう一回……」
そう言って再び由比ヶ浜が俺に抱き付いて唇を重ねてくる。今度はさっきと違い、お互いの唇を舐めるように舌を這わせて……そのうちに、お互いの舌と舌が触れる……俺達はそのまま深く深く、お互いの舌を絡ませた。
暫くして、ふと視線を周りに向けると、何人かの通行人が赤い顔をして、俺達を見つめていた。俺はそれに気づくと、由比ヶ浜の両肩を掴んで、ぐいっと引き離した。
「や、やん……」
切なそうな瞳を俺にむけたまま、まだキスしたりないといった表情の由比ヶ浜が俺を見ている。俺はそんな由比ヶ浜の耳元に、現状をサラッと伝えると……
一瞬びくりと肩を震わせた由比ヶ浜が、顔をあげることも出来なくなって、俺の腕に抱き付いてきてしまった。俺はとにかく気まずくなって、そんな由比ヶ浜を抱きかかえたまま、速足でその場所を後にした。
◇
「えへへ……ヒッキー好きだよ……」
観衆の視線から逃れようと急いだ俺達は。なんとか学校の正門を潜った。その途端に、由比ヶ浜がそう口にする。まったく…本当に恥ずかしかった。あんなところでキスなんて要求しやがって。
俺の非難の視線もなんのその……由比ヶ浜はまったく悪びれもせずに、校内にも関わらずまた俺の腕に抱き付いて来る。
「お、おい……学校の中だぞ……ちょっとは離れろよ」
「いいじゃん別に……それに、今日は休みだよ。生徒なんてほとんどいないよ」
「そりゃそうかもしれないが、恥じらいってもんがだな……」
「だいじょうーぶだよー……でも、びっくりしたぁ。ヒッキーが急にき、キスしてくるから……」
「は? そ、それは、お前の方だろうが……俺に顔近づけて来やがって……」
「え? あ、あれは、ヒッキーが赤い顔してたし、具合悪いのかなって思って……はっ!?」
俺達はお互いに顔を見合わせた。どうやら、二人して重大な勘違いをしていたのかもしれない。驚愕の表情で俺を見つめる由比ヶ浜に俺はなんて声をかけていいのか、分からない。ただ……
もう……後戻りできないよな……
俺は静かにもう一度覚悟を決めた。
「あ、あのな……由比ヶ浜。順番変わっちゃったけど……あの……お、おれと付き合わないか?」
その俺の言葉に…とてとてと近づいて来た由比ヶ浜が…
「う、うん……もちろんだよ!」
にっこりと微笑んで、俺に再び抱き付いて来た。
その後の補修は、はっきり言って全く何も頭に入ってこなかった。なぜなら、先生の前にいる俺達は、午前中とは違い机をピッタリつけて並んで座っていたからだ。で、教壇に立つ先生からは見えない机の下で、俺と由比ヶ浜はずっと手を握りあっていた。
その結果……
「はあ……また……追試か……」
全く覚えきれていない俺達二人に、もう次はないと最後通告をしつつ、先生が再度の追試を宣言したのだ。これで落としたら、マジで進級出来ないだろう…はあ…内心、かなり焦りながらも、俺に腕を絡ませて歩く由比ヶ浜はニコニコと嬉しそうなままだ。
「お前な……進級できないかもしれないんだぞ。もうちょっと危機感をだな……」
「へへ……ヒッキーだーい好き」
もうさっきからそればっかりだな。
俺は俺を好きだと言ってくれるこいつを見ながら考える。勘違いから始まる恋もある……どっかの本で読んだこともあったな…きっかけなんてなんでもいいのかもしれない。怖がって逃げてばかりの俺だったけど、まさかこんな所でもまたやっちまうとは…もし、拒絶されてたらどうだったんだか……いや、別に変わりはしないか。
俺は俺か……今は……
俺を好きになってくれたコイツに一生懸命応えよう。
「とりあえず由比ヶ浜……まずは勉強だ! 一緒にやるぞ!」
俺のその言葉に満面の笑みを浮かべる由比ヶ浜がさらに強く抱き付いて来た。
うう……これは、まじでやばいかも……
俺は一抹の不安を感じつつも、必ず進級してやるぞと覚悟を決めた。
「ずっと一緒だよ!ヒッキー!」
了
『勘違い』というお題で即興で書いた過去作です。
なんだか珍しく二人でいちゃいちゃするだけの話になってしまいました。
にんにく臭くても、なんかいい匂いしてそうですね、二人とも(笑)