『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー   作:こもれび

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高校3年生になった八幡たちのストーリーです。


【ラヴ・レター】
(1)そして、由比ヶ浜結衣は全てを失った……


 高校3年生になってもう2ヶ月が過ぎた。

 やっぱり去年までとは空気が違う気がする。学校の授業も殆どが午前中までで、終わってすぐに予備校とか塾に向かう人も多いし、校内に残って自習をする友達もいる。

 勉強がそんなに得意ではないあたしにだって、このどこかピリピリとした緊張感は伝わってきてるし、やらなきゃ、頑張らなきゃっていう焦りとか、不安もたくさん持ってる。

 だから、いつもなら、それに負けないようにって、机の前で問題をたくさん解いてるんだけど、今日は特別。今日はそんなことは考えないで心を弾ませて楽しんだ。

 

 大好きな彼と一緒に!

 

「わあ、楽しかったねー、ヒッキー! いっぱい歌えた? 満足した?」

 

「お前な……全然マイク放さなかったくせによく言うな。ま、まあ、楽しかったな。後、ハニトー旨かった」

 

「うん!えとさ、でもさ、こうやって二人だけでカラオケから出てくるって、なんか、あたしたち……こ、恋人みたいだよね?」

 

 耳とか頬が痛いくらい熱くなってるのを感じる。きっと今あたし変な顔してる。きっとそう。

 ヒッキー、どんな反応してくれるのかな……

 ちらりと横目に見ると、彼は顔を真っ赤にして口ごもってるし。

 

「……………」

 

「ちょ、ちょっと……な、なんか言ってよぉ」

 

「い、いや、まあ、今日はな……雪ノ下の奴も来れなかったし……その、男女二人でいれば、そういう風に見えなくもない……かもしれないような気もするまである……い、言わずもがな」

 

 思いっきりどもってるし……ふふ……その反応……嬉しい。

 

「そ、うだよね。うん、そう、見えなくもない……と、思う。うん」

 

「……だな」

 

 そして、会話は途切れる。

 もともとヒッキーはそんなに会話上手じゃないし、今はあたしと同じですごく緊張してるんだと思う。

 だって、口ではあたしも恋人してるみたいなんて、言えるけど、今は胸が張り裂けそうなくらい、心臓の音が大きくなってるんだから。

 

 あたしの名前は由比ヶ浜結衣。高校3年生。今日は大好きな彼、ヒッキー……比企谷八幡君とカラオケデートしてる。

 あ、ええと、実はまだつきあってはいません。あたしが一方的に好きになってるだけ。だから、これもホントはデートじゃなくて……

 あれ?男の子と二人で出掛ければもうそれデートだよね?はわわ……

 

 ふと視線に気がつくと、ヒッキーがあたしに向かって声を掛けてきてくれた。

 

「そ、そういや……もうじき誕生日……だったな……お前の、その……、な、なんか欲しいモンとか……あるか?」

 

「え?」

 

 あ、お、覚えててくれたんだ。嬉しい!超嬉しい!

 あ、でも……去年もワザワザ可愛いプレゼントくれたし、お金使わせちゃうのはなんかちょっと……悪いかも……

 あたしは、ヒッキーと二人で居られればそれが一番幸せなんだよ! って大きな声で言えたらいいのに……えへへ……

 

「お、おい、なにニヤついてるんだ? ど、どうなんだよ、なんかないのか?」

 

「あ、えと、えと、あの、あのね? うん、大丈夫、いらないよ。気にしなくていいよ」

 

 だって、本当に申し訳ないもの。あたしがオネダリしたら、きっとヒッキー無理してでもそれを買ってきちゃうだろうし……優しいから。だからこれでいい。うん!

 そう考えて納得していたら、ヒッキーの視線を感じた。そっと見上げてみたら、そこには困惑した感じの表情のヒッキーの顔。

 

「どうしたの? 大丈夫?」

 

「あ、ああ……大丈夫だ、なんともない……、それよかお前……た、誕生日の日は、予定……誰かと予定あったりするのか?」

 

 そう言われてあたしは素直に答える。

 

「ううん。ないよ。去年と同じ……かな」

 

「そ、そうか……い、いや、雪ノ下のやつも気にしていたから……」

 

 その言葉に一瞬硬直してしまう。それで、聞かなくてもいいのに、つい聞いてしまった。

 

「また、ゆきのんと二人だけで何かしてるの?」

 

 言ってしまってから後悔する。胸の奥の方がチクリと痛んだ。

 ヒッキーは、少し口ごもってから呟く。

 

「ま、まあ、別にいいだろ」

 

 駅に向かって歩く道すがら、そんな話をしていたら、急にヒッキーに触れたくなった。

 彼があたしのことを気にしてくれてる。それだけで幸せなはずなのに、あたしの知らないところの彼を考えたら、それだけで寂しさに襲われる。こんな思いすること自体ズルいって、もう知っているのに……

 あたしのすぐ隣を歩くヒッキー。

 その距離は以前とやっぱり変わらない。近すぎず、遠すぎず……。付き合ってると思われないギリギリの距離。

 でも、少し手を伸ばせば、彼の手に届く距離……。

 ズボンのポケットに手を入れた彼は、小指だけを外に覗かせていた。 

 あたしはそっとヒッキーに手を伸ばす。

 自然に……流れるように……さりげない風を装って……

 

 ぴ、ぴと……

 

 あたしの左手の小指が、ヒッキーの右手の小指に触れた。

 ほんのりヒッキーの体温を感じて、体の芯が熱くなる。

 気づいてるよね……さ、さわってるんだもん……

 

 でも、

 

 彼は何も言わない。

 

 あたしも恥ずかしくて、顔を合わせられないけど、きっとヒッキーも緊張した顔してるんだと思う。

 

 彼の手に触れるくらい、きっと簡単なことなんだ。クラスの友達も、付き合ってる彼と腕を組んだりしてるみたいだし、進んでる子はもっと先まで……うわわわわ……それはまだ、まだだよ、結衣。

 だからいい。今はこれで。

 

 小指と小指をただ触れさせただけのままで、あたしたちは言葉もなく歩いた。

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 三年生に進級して一番嬉かったことは、再びヒッキーとクラスが一緒だったこと。

 優美子や姫菜は隣のクラスになったし、みんな受験勉強でいそがしくて、去年みたいな仲良しグループで遊ぶことはもう無くなった。

 だから今のあたしの一番の楽しみは彼を見ること。

 彼は3年になってもそんなに変わってない。

 クラスメイトに自分から話しかけたりしないし、休み時間はいつも机に突っ伏してる。たまに、あたしが声を掛けるときだけ少し嫌そうな感じで受け答えをしてくれるだけ。

 うん、分かってるんだ。ヒッキーはあたしが周りから変な目で見られないように、ワザとそうしてるってこと。だからあたしも無理に大はしゃぎしたり、しつこくしたりはしない。でも、これは悲しい。

 あたしにとって一番大事な人が、自分のことをそこまで卑下しているのが堪らなく辛いし悔しい。きっとそうしなくちゃなんないような辛い思いを今まで繰り返ししてきたんだと思う。彼が優しくて思いやりのある人だってことを、あたしは誰よりも知っているつもり。だから、自分から距離をとるなら、あたしもそれで我慢する。ヒッキーがみんなの中で辛い思いをしないように、あたしも頑張る。そう決めたんだ。

 

 でも……

 

 できれば、ヒッキーともっと一緒にいたいな。もっとお話もしたいし、一緒にお出かけとかもしたい。

 そんなことを夢想しながら、放課後になれば、部活でもう少し彼のそばに近づける……それを楽しみにしながら、今日も彼の横顔を覗きみていた。

 

 

 リーン…………ゴーン………………

 

 

「では、今日はここまで」

 

 終業のベルが鳴り響き、先生のその声を合図にクラスのみんなが荷物を抱えて立ち上がる。彼もゆっくりとした手つきでいつものように鞄を手にしていたので、あたしも急いで支度をした。

 今日もほんの少しだけど、彼と一緒に歩ける。

 それが今のあたしの何よりの楽しみ。

 

 あたしとヒッキーの所属している部活、『奉仕部』は現国の平塚先生が顧問をしている不思議な部活で、生徒たちの悩みの解決の手助けをする活動をしている。

 部長は、あたしの一番の親友で、女のあたしから見ても羨ましいくらいに可愛い、ゆきのんこと、雪ノ下雪乃。

 最初こそゆきのんはあたしに、顔に似合わないキツイことを言ったり、ヒッキーには今でも毒舌で話したりもしているけど、自分にも人にも厳しく当たってた。でも一緒にいろんな活動をしているうちに、彼女が誰よりも真剣に生きて頂きまするんだってあたしは感じるようになった。それは、あたしなんかじゃ絶対真似はできないし、凄いことだって今でも思ってる。

 

 でも……

 

 きっと彼女は誰よりも寂しがりやなんだろうな……そう思うようになった。

 誰よりも強くて、なんでも出来て、みんなも憧れるそんな人。でも、実際のゆきのんはいつも不安を抱えていて、戸惑ったり、悩んだりしてる。それが分かったから、あたしは彼女の支えにもなれればって、そういう存在になりたいなって思うようになったんだ。

 

 ヒッキーとゆきのん……

 

 今のあたしにとって、なくてはならない無二の存在。二人があたしの全て……

 だからあたしは、二人の全部が欲しかった。

 二人との絆の証し……

 あたしにとって、奉仕部はかけがえのない物になっていた。

 

 特別棟の3階までのわずかな時間。此のときばかりは、ヒッキーとの二人だけで恋人気分でいられる。

 今日も、その甘い一時を想像して心を弾ませながら、廊下に出たヒッキーを追った。

 

「ヒッキー、部活行こ!」

 

「お、おう……ん?」

 

 いつも通りに恥ずかしそうな表情になったヒッキーは、その後、あたしの背後を見て表情を強ばらせた。

 振り返ると、うちのクラスの女子の友達。

 

「あ、由比ヶ浜さん? 今日当番でしょ? 早く平塚先生のとこに行かないと怒られちゃうよ」

 

「あー! いっけなーい、忘れてたぁ」

 

「もう、忘れちゃだめだよ。じゃあね」

 

「あ、うん、ありがと、……バイバイー!」

 

 その子にお礼を言ってヒッキーを見ると、もう先に歩き出している。いつも通りなんだけど、ムッとなったあたしは彼の背中に鞄を叩きつけた。

 

「イテッ!」

 

「なんで先いくし!」

 

「い、いや、だってお前用があるんだろ?だったら、部活いけねえじゃねえか」

 

「うう……そ、そうだけどさ、ちょっと待っててくれたっていいじゃん」

 

「お前な……なんで女子同士が話してるのを側で見てなきゃいけないんだよ。俺ストーカーみてえだろ」

 

「そ、そんなことないし! じゃ、じゃあヒッキーはあたしと一緒にいるとこ見られるの嫌なの?」

 

 そんなこと言うつもりなんかなかったのに、責めるような言葉がつい口を衝いてしまう。こんな意地悪な質問をすれば、絶対ヒッキーは嫌な気持ちになるってわかってるのに。

 

「べ、別に……俺は……」

 

「…………………」

 

 二人そろって押し黙る。せっかく二人きりなのに、沈黙が辛い。それに、どうしたって今は一緒に行けないし。

 

「ご、ごめん、あたし先生のとこ行ってくるね。だから先に行ってて。終わったらすぐ行くから」

 

「お、おう。わかった……」

 

「じゃあ、またね」

 

「またな」

 

 頭を掻いて答えるヒッキーを見ながら、あたしは小走りに反対方向に駆けた。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 結論から言えば、平塚先生はいなかった。

 職員室まで行ってみたけど、姿がなくて、他の先生に聞いたら、どうやら今日は研修会があって朝から外出していたみたい。

 肩透かしを食らった感じで、あたしは奉仕部の部室へ急いでむかった。

 こんなことなら、もっと早く連絡してくれてれば良かったのに。そうすれば、ヒッキーと二人で手を繋いだり出来たかもしれなかったのに……

 なんて、当番をすっかり忘れていた自分のことは棚にあげて、部室でヒッキーとゆきのんに、この事話さなきゃ、平塚先生はやっぱだらしないね、とか言っちゃおーとか考えて、それに同調してくれるだろう二人の笑顔を思って一人ニヤケる。

 

 ふと、窓の外に目を向けると、真っ黒い雲が低く幾重にも重なっているのが見えた。

 あ、雨が降りそう……

 いけない、傘忘れちゃったな……

 

 陽の光を遮られた廊下の先は、暗く澱んでいるようだった。

 

 一気に階段を駆け上って部室の前に出る。そして扉を勢いよく開こうと手をかけたその時、中から話し声が聞こえてきた。

 引き戸も少し隙間があってきちんと閉まっていない。この棟は殆ど人が居なくて静かなため、戸が少しでも開いていれば結構廊下にまで音が響く。

 また、いつもみたいに、ヒッキーとゆきのんが難しいことで言い合いをしているのかな?なんて思いつつ、あたしはそっと戸の隙間から中を覗きみた。この時……

 

 覗き見たりなんかしなければ、きっと……

 

 あんなことになったりしなかった……

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 戸の隙間から見えるのは、こちらに背を向けて立っている背の高い男性。

 スラッとしてるけど、結構肩幅もあって、こうやってたつ姿は本当にカッコいいと思う。なんで、いつも拗ねた感じで猫背で逃げるようなことするんだろう?

 あたしにとっては世界で一番カッコイイ人なのに……

 そんな彼……ヒッキーは、背筋を伸ばして向こうを見ながら、でも、何も声を出さずに立ち尽くしている。

 

 あれ? おかしいな、話し声が聞こえたと思ったのに……

 

 そんな動かないヒッキーの背中越しに、その向こう側に人影があった。

 ヒッキーに向かい合うように立つ彼女は、蛍光灯の光に煌めく長い黒髪を風に揺らしながらその華奢な体は悠然としていた。

 顔は見えないけど、その佇まいをあたしが見間違えるはずがない。

 

 ゆきのんだ……

 

 でも、なんで?

 なんで、黙って見つめ合ってるの?

 

 その疑問は、次のヒッキーの一言で明らかになる。あたしにとって、最悪の形で……。

 

 

 

 

 

 

「お前が好きだ」

 

 

 

 

 

 

 え?

 なんて?

 

 

 

 一瞬にしてあたしの世界から音と色が消えた。

 真っ白いその空間には、向かい合う彼と彼女だけがたたずんでいる。その姿は信じられないくらい遠くにあって、なんの会話をしているのか、どんな仕草をしているのか、目を開いて、耳でちゃんと聞いているはずなのに、まったく情報が入ってこない。

 ううん、考えることができない。

 

 ただ……

 堪えようのない、喪失感に指先が、足が、心が、身体全体が蝕まれていく。

 

 あたし……

 あたしは……

 

 目の前で起きたことが理解出来ない。解りたくない。信じたくない。どうして、どうしてなの? なんで?

 

 なんでゆきのんなの?

 

 痛い……

 

 突然鈍器で叩かれたような強い衝撃をうける。 

 それが、あたし自身の錯覚なんだと理解したとき、ひどい耳鳴りなのか甲高い音が頭に響いていて、立っていられないほどにふらついてしまう。

 

 く、苦しい……

 

 心臓の拍動が早鐘のように内側からあたしを叩き続け、そして喉の奥に綿を詰め込まれたかのように、急に息が苦しくなる。必死に肺に酸素を取り込もうとするのに、呼吸がうまくできない。

 

 き、気持ち悪い……よぉ……

 

 そして、お腹の奥の方を何かに握りつぶされているような不快感。込み上げてくる激しい吐き気に自分で口を押さえた。

 

 イヤ……

 

 イヤだよ……

 

 頬を打つ熱い筋が自分の泪だと気がついたとき、ふいにさっきの光景が思い起こされた。

 頭の中を駆け巡るのは彼の声……

 

”お前が好きだ”

 

 ずっと聞きたかった、その言葉。

 今まで、何度も何度もその言葉を想像し、憧れて、夢焦がれてきた。

 そしてようやくに聞くことができたその言葉。

 

”お前が好きだ”

 

 でもそれは、あたしが夢見たものとは違ってた。

 彼の言葉に乗せたその想い。

 その行き先はあたしじゃなかった。

 

”お前が好きだ”

 

 そう、あたしじゃなかった。

 あたし……

 あたしは……

 

”お前が好きだ”

”お前が好きだ”

”お前が好きだ”

”お前が好きだ”

”お前が好きだ”

”お前が……”

”お前が……”

”お前が……”

”お前が……”

…………

…………

 

”好きだ”

 

 

 

 

 

――――――――雪ノ下……

 

 

 

 

 

「いやあああああああああああああああぁ…………」

 

 自分の絶叫で我に返る。

 身体中を何かが叩いている。

 それが、大粒の雨だと気がつくまで暫く時間がかかった……

 あたしは鞄を肩に担いだまま、人気のない路地の壁にもたれてぺたんと座りこんでいた。

 見上げればそこにはよく見知った自分の住んでいるマンションが……

 どうやってここまで来たのか……まったく覚えてない。

 

 足元に視線を落とすと、転んでしまったのか、スカートも制服も泥にまみれていて、膝は擦りむいて血が雨に滲んでいた。

 

 あ?あたし、上履きのままだ……

 

 泥水で薄汚れてしまった元は白かった上履きを眺めながら、呆然とし続けた。 

 

 さっきまで全身を蝕んでいた荒んだ心を隠してくれているような感覚。ひたすらに叩きつけるこの滝のような雨が、あたしの苦しみを全て覆い隠してくれているような気がした。

 でも……

 

 思い出されるのは、あの時の彼の言霊……

 そして、あたしに優しい二人の笑顔……

 

「ふぐっ……、ふぇ……、んくっ……ふぇぇぇ……」

 

 わけもわからずに込み上げてきた嗚咽に、胸が苦しくなる。でも、それに耐えられるほどの力はもうなかった。

 あたしは両手で胸の真ん中をキツくキツく押さえつけて立ち上がる。強く押せば押すほどに、もうひとつの痛みを忘れることが出来るような気がした。

 そして、暗く沈みこんだ周囲の景色の中、豪雨に霞んだ自分の家を目指して、一人身体を縮めてゆっくりと歩んだ。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

「ねえ、結衣~? お昼、結衣の好きなもの作ってあげよっか~? なにがいい~?」

 

 部屋の扉越しにママの声が聞こえた。

 あたしは、着替えもしないでパジャマのままベッドに横たわっている。

 最初は聞こえない振りをして黙っていようとも思ったけど、ママがあたしの事をすごく心配してくれてるのよく分かってるから、返事はした。

 

「……いらない……」

 

 我ながら酷い答え……これなら言わない方が何倍もマシだよ。

 でも、仕方ない……

 だって今は何も食べたくないんだもの……

 

「……そう……わかった!でも、ダイエットはほどほどにね~、うふふ」

 

 ママは明るくそう言ってリビングへ帰って行った。

 こうやって接してくれるママが本当に好き。

 あたしの気持ちもなにもかも全部お見通しなんだと思う。でも、それが嫌じゃない。

 この世界で一番のあたしの理解者はやっぱりママなんだな……

 そう思った瞬間、また涙が溢れた。

 

「ふぐっ……ひぐっ……」

 

 あたしの夢、あたしの理想、あたしがなりたかったもの……

 

 あたしは……

 

 あたしは……

 

 あたしは……

 

 あたしは…………

 

 

 

 

 

 

 

”あたしは彼の一番になりたかった”

 

 

 

 

 

 止めどなく流れる涙は、倒れ伏しているベッドのシーツの上に、再びシミを作った。

 堪えていたはずの嗚咽はいつの間にか叫び声に変わっていた。

 悲しい、苦しい、寂しい……

 今、あたしの心をそんな想いが次々に駆け抜ける。

 思い出せば出すほどに、胸が締め付けられて、心が抉られる。

 なによりあたしを苦しめるのは、優しい二人の笑顔。

 この世界でなにより大切だと思っていた二人……その二人を同時に失ってしまった喪失感に、あたしは耐えることが出来なかった。

 枕元の窓からは、強い雨音が響いている。

 昨日から降り続く雨は一向にやむ気配がない。もっともテレビの天気予報も携帯も放置したままのあたしには、この雨がいつ上がるかなんて想像もつかないけど。

 悲しみで動けないあたしは、今日学校を休んだ。

 

  

 

 昨日、びしょ濡れで家に入ったあたしを、ママは一目見てそのままキツく抱き締めてくれた。

 傘も刺さないで、鞄の中までびしょ濡れにして、上履きのままで……

 絶対怒られると思った。

 でも、ママは怒るどころか、一緒に泣いてくれたんだ。

 それが堪らなく嬉しかった。

 

 お風呂に入ってからは良く覚えていない。

 雨のせいで身体は冷えきっていて、力を使い果たしてしまったんだと思う。温かいお湯に浸かったとたんに、全身の力が抜けて、次に気がついたときは真っ暗な部屋で布団にくるまっていた。

 柔らかな布団に抱かれていることに安堵して、そして、泣いた。

 ひとしきり泣いてから、チカチカと枕元で点灯していたあたしのガラケーを眺めて、恐る恐るそれを手にした。

 あのずぶ濡れでも、壊れなかったんだ……と驚きながら、開いた先の着信欄には、案の定彼の名前が……

 それも、1回や2回じゃない。何回もコールした後があった。そして、当然メールも……

 

 ボタンを押せばすぐに彼のメッセージを読める。今まで、いつも待ち望んでいた彼からの言葉の数々……彼の短いメッセージに胸を弾ませていた日々……

 きっと、急にいなくなったあたしを心配してくれて書いたメッセージだと、あたしには分かっていた。そして、その文章がきっと優しいものだということも……

 でも……

 メッセージを開くボタンを押す指が震える。

 読むことを心が拒絶している。

 待ち望んで、恋い焦がれていたはずの彼の言葉が、今はなにより恐ろしかった。

 

 ふと、あの後彼と彼女はどうなったんだろうと気になった。

 彼女は彼の告白を受け入れたのかな……

 二人は付き合うことになったのかな……

 

 あたしにとって、二人は大事な存在。それはこれからもずっと変わることはないはず。

 彼と彼女がただ、恋人になったっていうだけのこと……そこに、あたしが一緒にいればいいだけ……今までと何も変わらないよ。何も……

 

 ただ……

 

 悲しい……

 

 すごく悲しい……

 

 二人のことが凄く好きなのに、嫌いになんてなれないのに、一緒に居たいのに、それを思うと苦しくて悲しくて切なくなる。

 

 また、涙がこぼれた。

 

 あたしはずっと彼が好きだった。彼のために何かしたくて、彼と一緒にいたくて、あたしは奉仕部に入った。

 動機は不純だと思う。

 好きな人と一緒にいたいからってだけで、部活をするなんて、本気で部活をやってる人からすれば絶対許せないことだと思う。

 彼女はそんなこと一度もあたしに言わなかったけど、ひょっとしたら、ずっとそう思ってたのかもしれない。

 あたしのいないところで、彼とはそういう話をしてたのかもしれないな。

 もしそうなら、あたしが居て凄く嫌だったろうな……

 

 あはは……

 

 だったら、あたしもういらない子だ……

 

 再び熱い滴が頬を伝う。

 もともとあたしには二人と一緒にいる資格なんてなかったんだ。

 二人はあたしと違って、頭も良いし、なんでも知ってるし、それに最初から仲も良かった。

 いつも二人で楽しそうに言い合いをしてるし、そこにあたしが入れる隙間はなかった。

 

 うん……

 わかってた……

 ずっと……わかってたんだ……

 彼がずっと誰を見続けていたかを……

 そして、彼女が、誰を一番必要にしていたかを……

 

 溢れる泪で視界が薄れた頃……

 あたしは、ケイタイを静かに畳んで、そっと元の場所へ戻した。

 それから、泣き叫びたい気持ちを抑えこむように、頭から布団を被って……一晩中咽び泣いた。

 

 

   ×   ×   ×

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