『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー   作:こもれび

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(2)雪ノ下雪乃は彼女に想いを届ける

 ズル休み二日目。今日も雨。

 

 今日はきちんと着替えて、机に向かっている。

 ただひたすらに問題を解き続けることで、少しだけど気を紛らわすことが出来ている気がする。

 でも、食事はまったく喉を通らないでいた。

 流石に心配したママが、おかゆや、栄養補助剤なんかを持ってきてくれるんだけど、水を飲んだだけでも酷い吐き気に襲われてとてもじゃないけど食べられなかった。

 自分でもこのままじゃダメだ……食べなきゃ死んじゃう……ってわかってはいるけど、体がうけつけてくれない。

 仕方ないから、病院に行って点滴してもらわなきゃ……なんて、今朝軽くママと会話した内容を反芻して、じゃあお昼から病院に行こうかなとか考えていた。

 

 そんな時、ドアの外側から声が掛けられた。

 

「由比ヶ浜さん? 入るわね」

 

「え? え?」

 

 かちゃりと音がして開いたドアの先には、彼女が立っていた。

 

 黒の総武高校の制服に身を包んだ黒髪の美少女。

 あたしの一番の親友で……

 あたしが今一番会いたくなかった一人……

 

「ゆ、ゆきのん……なんで?」

 

 自分の声が上擦っているのが分かる。震えてる。

 どうしよう……

 怖い……

 

 彼女の優し気な瞳を見た途端に、頑張って忘れていたあの時の光景が眼前に蘇ってきた。

 そして、またもや繰り返し、彼の愛の告白が呪詛となってあたしを襲いはじめる。

 

 あたしは何もしゃべれないまま……震えながらゆきのんを見上げていた。

 

 彼女は、そんなあたしを見ながら、ポケットに手を差し入れながら近づく。そして言った。

 

「やっぱり何かあったのね。ほら、涙をぬぐいなさい。貴女の綺麗な顔が台無しよ」

 

 ゆきのんがおもむろに白いハンカチであたしの頬をそっと拭う。

 どうやら、また涙を溢れるままにしていたみたい。優しく微笑む彼女の表情は本当に穏やかで、あたしのことを心配してくれているんだっていうことがはっきり分かった。

 でも……

 来て欲しくなかったな……

 

 あたしがそう思いながらじっと見つめているとゆきのんがポツリとこぼした。

 

「そんなに不思議そうな顔をしないでくれるかしら?急にいなくなった貴女のことを心配するのは当然のことなのだし、電話もメールも繋がらなければ何かあったと思うのが普通でしょ?」

 

 言われて枕もとの携帯を見てみれば、この前置いたときのまま。もはや着信を知らせるランプすら消えている。

 

「あ、あ、ご、ごめんね? ゆきのん……あはは、あ、あたしってば、すっかり充電するの忘れちゃって……」

 

「無理しなくていいわ、由比ヶ浜さん。大丈夫よ、楽にして。私はあくまでお見舞いに来ただけなのだから……それに……」

 

 ゆきのんはあたしの手をそっと両手で包んだ。

 綺麗な手……

 優しい手……

 大好きな手……

 

「その……と、友達が……親友が苦しんでいるのに、なにも出来ないのはとても辛いことだから……私で良ければ力になりたいの」

 

 物寂しげな表情で、私を見つめるゆきのんの瞳は、涙で潤んでいた。

 

 ああ……

 ゆきのんは、やっぱり優しいんだ……

 

 知ってたよ。ずっと前から……

 いつだって、ゆきのんは真剣だっただけ……

 どんな苦しい問題があっても、全力で解決したいっていつも一番真剣に悩んでた。

 そして、いつもあたしたちを一番に考えてくれてた……

 ゆきのん……

 

 

 でもね……今はその言葉が一番苦しいの……ごめんね……

 

 

 本当にごめんね……

 

 

 我慢しようと必死に耐えていたのに、溢れ出ようとする涙を押し止めることは出来なかった。 

 

 彼女のせいじゃない、彼女が悪いんじゃない……

 そんなことは分かってる、知ってる。

 誰のせいでもない。

 彼女は心からあたしを心配してくれてるだけ。

 それもわかってるのに……

 

 苦しい……

 切ない……

 逃げ出したい……

 

 こんなあたしを見て困惑してるゆきのんに、大丈夫だよ、なんともないよって言ってあげたいのに言葉がでない。

 

 ヒッキーの告白をどう思ったのか、なんて返事したのかを聞きたいと思ってる自分もいる。

 

 詰めよって問い詰めたいって乱暴な気持ちもある。

 

 

 でも、そんなことしたくない。

 

 

 だって、全部あたしの心の問題だから……

 

 あたしはゆきのんが好き。

 

 ヒッキーが好き。

 

 二人が好き。

 

 ゆきのんとはずっと親友でいたいと思ってた。

 

 ヒッキーとは恋人になりたかった。

 

 二人とずっと一緒に居たかった。

 

 これは全部あたしの中のこと……あたしの願い、想い、夢……そう、全部あたしの自分勝手なわがままな気持ちでしかないんだ。

 

 それを押し付けることなんて絶対できないよ。

 

 

 声の出ないあたしを、不安そうに見つめながら、ゆきのんは色々話してくれた。

 一昨日、約束したのにあたしが部室に現れなくて心配したということ。

 連絡もとれないままでずっと不安だったということ。

 教室まで迎えにきてもあたしが休んでしまっていて、それを平塚先生に相談したのだということ。

 そして、最後に……

 

「あなたは比企谷君に会ったのかしら?」

 

「え?」

 

 唐突に出たヒッキーの名前に、あたしは殴られたような衝撃を受けた。

 どうして、あたしがヒッキーに会えるの?

 

「なんで?」

 

「え?」

 

 突然声を荒げたあたしに、ゆきのんが驚いた顔に変わる。

 あたしは、急に沸き上がった激情に我を失って、ゆきのんに詰め寄ってしまった。

 

「なんでゆきのんがそんなこと聞くの? あたしヒッキーになんて会えない。会えるわけないよ。こんな……こんな気持ちのままで、どんな顔して会えばいいの? 無理だよ……あたしには……もう……笑顔も作れないし、相づちもうてないし、ヒッキーのつまらないギャグに突っ込むのだって、澄ました顔で本を読むヒッキーをながめるのだって、一緒に並んで歩くのだって、マッカン飲みながらウンチク語るのを聞くのだって、わざわざ自転車を押してあたしをバス停まで送ってくれたり、なんだかんだって一緒に修学旅行もまわってくれたり、ちゃんと約束もしてないのにあたしとハニトー食べてくれたり、断られるんじゃないかって怖いのを我慢して誘った花火大会も一緒に行ってくれたし、あたしの作った美味しくないクッキーを食べてくれたし、あたしのサブレを命懸けで守ってくれたし――――」

 

 会いたい……。

 

 会いたいよ……。

 

 ヒッキーに会いたい……。

 

 会っても、もう元通りになんてならないことを理解しつつも、それでもあたしは彼に会いたくてたまらなかった。

 

「由比ヶ浜さん……」

 

「え?」

 

 止めどなく溢れる言葉と感情の波の中、微笑んだゆきのんが優しく呼び掛けてくれた。

 

 でも、そんな穏やかな表情に反して、彼女の口からこぼれた言葉は、あたし心に突き刺さった。

 

 

「そう……貴女も……好きということね」

 

 

 

 え、あたしも……って……じゃ、じゃあ、ゆきのんも……

 

 聞いて、全身を雷が貫いたように衝撃が走る。

 

 そ、そんな……

 

 そんな……

 

 足元が再び崩れ落ちていくような錯覚を覚えて、あたしは床にへたりこんだ。

 それをゆきのんが慌てて支えようと抱きつく感触があったけど、もうそれを理解出来なかった。

 

 ひょっとしたら……

 

 もしかしたら……

 

 ゆきのんはヒッキーの告白を断ったんじゃないか……

 

 そんな僅かな可能性にあたしはしがみついていたのかもしれない。

 もし、そうだとしたら、まだヒッキーに好きになって貰えるチャンスがあるかも……

 なんて、自分本位で身勝手な想いが心の隅の方にまだきっとあったんだ。

 

 なんて……

 

 なんて、ズルい……

 

 なんて酷い事思ってたんだろう……あたしは……

 

「ひ、ひぐっ……ふぐぅ……ふぇえ……うえぇ……えっくぅ……えぅ……えうぅ……うわああああん…………わああああああああああああ………」

 

「ゆ、由比ヶ浜さん……!?」

 

 あたしは泣いた。

 恥も外聞もなく、全てを晒して泣いてしまった。

 

 恋に破れて、自分を見失って……

 それでもあたしは優しくしてくれるママ達に甘えて、悲劇のヒロインを気取ってたんだ。

 きっと幸せになれる。このまま待ってればきっと良い方に向かう。

 そんなことをどこかで期待してた……きっとそう……そうなんだ……あたしはいつまで経ってもズルいままだったんだ。

 

 もう……

 

 もう……むりだよ……

 

 もう……普通になんて出来ないよ……

 

 激しい絶望の中で、ゆきのんに抱き締められていることに気がつく。

 不思議と嫌な感じはしなかった。

 

 あたしはやっぱりゆきのんが好きなんだ。これだけ傷ついても、これだけ絶望しても、あたしにとってかけがえのない人なんだ。

 

 だから……

 

 これで終わりにしよう……

 

 ゆきのんに酷いことを言ってしまう前に、ゆきのんにサヨナラを言おう。

 

 ゆきのんを傷つけちゃう前に……

 

 あたしは自分の嗚咽をグッと堪えて、抱き締めてくれているゆきのんの身体を少し離して、ゆっくり語った。

 

「ごめんね、ゆきのん……あたし、あたしね……」

 

「待って……」

 

「え?」

 

 ゆきのんがまたあたしの声を遮る。そして後ろを振り返って床に置いてあった鞄を引き寄せて、中から小さな青い板を取り出した。

 それを掌にのせてあたしに見せるように差し出しながら囁く。

 

「貴女がどうしてそこまで追い詰められているのか分からないのだけれど、大方比企谷くんがまた何かをやらかした結果なのだということは察しがつくわ」

 

「え、あ、あの……あのね?」

 

「それとも、それも含めて全部私の勘違いだったのかしら?貴女は比企谷くんのこと、やっぱりなんとも思ってなんて…………」

 

 その言葉が引き金だった。

 ずっとあたしの中で燻っていた思いに一気に火がついて膨れ上がる

 そして、ゆきのんにむかって叫んでいた。

 

「好きだよ…………好きに決まってる。大好きだよ……ひっきーのこと、ずっと、ずっと、ずーっと好きだった、ヒッキーのことずっと思ってた。いつだってヒッキーを見てたし、いつだってヒッキーのこと考えてた。ヒッキーが嬉しそうにすればあたしも嬉しかったし、ヒッキーが辛そうにしてればあたしも辛かった。ヒッキーが他の女の子と仲良くしてればモヤモヤしたし、ヒッキーに話かけられたら、それだけで胸がときめいて…………ヒッキーのことを思うだけで夜も眠れなくなって、ヒッキーを見るだけで、心がウキウキしたの……それくらい好きなの……好き……だったの……。だから……だから、もう、もうやめてよ。もうこれ以上傷つきたくないよ……お、お願いだからぁ……」

 

 喉をついて溢れ出るのはヒッキーへの想い。

 でもそれは目の前の彼女にとっては毒にしかならないもの……。

 彼が彼女を好きで、彼女も彼を好きなら、そこにあたしが入り込む余地なんてない。

 それだから、こんなことを言ってしまう前に逃げ出したかったのに……

 

 両手で涙を拭うあたしに、ゆきのんが再び抱きつく。そして彼女は優しくあたしの頭を撫でながら言った。

 

「大丈夫……大丈夫よ由比ヶ浜さん。貴女は何も悪くないし、心配することもないわ。きっと彼のことだから、思わせ振りなことをして、貴女に余計な不安をかけ続けていたのでしょうね。まったく、だからあれほど早く言いなさいと言ったのに……」

 

 え? なに?

 ゆきのんは何を言ってるの?

 何を言おうとしてるの?

 

「比企谷君なりに、気は使っていたのでしょうけど、由比ヶ浜さんがこんな状況になってしまってはなんの意味もないわね。もう隠しても意味はないでしょうし、そんなことをして余計に貴女に負担をかけることになってはもう意味がないわ」

 

 な、なんのこと?

 まさか、もっと怖いことを言おうとしてるの……?

 や、やめてよ……聞きたくなんかないよ……

 

 ゆきのんは、穏やかな口調のまま続けた。

 

「これから貴女にとって最善だと思うことをします。これは私の一存ではあるのだけれど、もし、不満があるのならば、文句は比企谷君に言ってね。けれど、どちらにしても貴女は比企谷君とはきちんと話をすべきだとは思うわ」

 

 あたしは、目の前の彼女の言葉を全く理解できないまま、彼女に髪を撫でられるのに身を任せたままでいた。

 暫く撫でられて、だいぶ嗚咽の収まったあたしの眼前に、ゆきのんは再びさっきの青い板を差し出して、あたしに声をかけた。

 

「由比ヶ浜さん……貴女のパソコンを貸していただけないかしら?」

 

 

   ×   ×   ×

 

 

『……使えばいいのかしら? ボタンが多くて……』

 

『ほら、貸してみろ……えーと、っと、ととっ……』

 

『せ、せんぱいっ! それ生徒会の備品のハンディカムなんですから、大事に扱ってくださいよ!』

 

『す、すまん……た、多分だいじょうぶだ、ほれ』

 

『そう?それなら良いのだけれど……身の回りの世話を全部妹さんに依存している貴方の言うことだからいまいち信用はできないのだけれど……ねえ、ヒモヶ谷君?』

 

『おい、ヒモ(専業主夫)なめんな、養ってもらうために、最善のご機嫌伺いのスキルもってんだからな』

 

『その割りにはいつも小町の好きなアイス間違えるけどねー! おにいちゃん!』

 

『んぐ……そ、そりゃあれだ、ハゲーンダッツさんが特売コーナーにいないのがいけねえんだ。あれマジで財政圧迫しすぎだ』

 

『お兄さん、それかっちょわりいッス! やっぱ男ならビシッと気前いい方がいいッス』

 

『なんでお前がここにいるんだよ、タイキック。小町に貢ぐだけ貢いでとっとと帰れ。あ、俺抹茶味希望な』

 

『大志ッス、俺も部員スよ。貢ぐってなんスか? それになんで、お兄さんのまで買わなきゃいけないンスか?』

 

『あ、大志君、小町はバニラね!』

 

『あ、わたしは~ストロベリーたべたいなー』

 

『おい、一色。お前、後輩にまであざとく振る舞ってンじゃねーよ』

 

『いーじゃないですか、先輩。私だってもう立派な奉仕部部員ですよ。次期部長候補ですよぉ』

 

『次期部長様が、後輩の部員にたかってんじゃねーよ。そもそもお前生徒会長だろうが』

 

『いいッス!お兄さん! 大丈夫ッス。俺、男として、女子には尽くしまくるッスから!』

 

『誰もお前の心配なんかしてねーよ。というか、俺に話しかけんな』

 

『うう……ひ、酷いッス……ねーちゃんに言いつけるッス』

 

『いや、やめて! ごめん、マジごめん』

 

『うへぇ、お兄ちゃん、カッコ悪すぎ』

 

『ホントですよぉ、これで今から一世一代の告白しようとしてんですから、意味わかんないですよ。本当に大丈夫なんですか? 先輩?』

 

『そもそも一人で告白できる自信ないから、手伝ってくれとか、余計ハードル上がってるのに気がついてないとか、お兄ちゃんホントに大丈夫?』

 

『だから、さっき言ったろうが。俺はアイツの想いを今までずっと蔑ろにし続けてきた。分かってない振りとか、いったいどんな難聴系だよ。俺は自分に自信がないだけで、なんとかしたいとはずっと思ってたんだよ。でも一人じゃ絶対どもるし、逃げたくなる上に、泣き出しちゃうまである』

 

『それ自信満々に言うことじゃないよ、お兄ちゃん』

 

『まあ、だから私達全員の前で宣言するということなのね。言いたいことは分かるのだけれど、それなら、ここに彼女を呼んで直接言えばすむ話ではないの?わざわざビデオレターになどせずに……私が口をはさむことではないのだけれど……やっぱり直接言われたほうが……』

 

『まあ、それはそうなんだが……あいつ……多分逃げると思うんだよ……俺と一緒で……それに……この動画を誕生日のプレゼントにしたくてな……』

 

『プレゼントですか? だったら直接言葉で伝えるだけでもプレゼントになりますよ、先輩』

 

『それな、当日は俺の口でもしっかり言うつもりだ。ビデオ見た後なら、俺もあいつも、もう逃げ場はないしな』

 

『あいかわらずメンドクサイナー、お兄ちゃんはぁ……まあ、でも、そこまで自分のこと分かってて、頑張ろうって思えるようになったんだから、大した進歩だねぇ。小町はぁ、お兄ちゃんのこと応援するからね。頑張ってね、お兄ちゃん』

 

『おう。頑張るよ』

 

『そろそろいいかしら? あんまりのんびりしていると、彼女が戻ってきてしまうわよ』

 

『それはそれで、なかなか見ものなんですけどねぇ。人の告白現場ってぇ、なんかワクワクしますし……先輩達ってお子ちゃまレベルだと思いますし』

 

『おい、一色。それは言い過ぎだ。だいたい小学校高学年レベルだ』

 

『マジッスか? そうやって言い切れるお兄さん、尊敬するッス!』

 

『茶番はその辺りにしてくれないかしら? そろそろ待ち疲れているのだけれど』

 

『お、おう……すまん』

 

『あれ? 雪ノ下先輩が手に持って撮影するんですか? 三脚ありますよ?』

 

『いえ、これは私の役目だわ……だって二人は……、私の親友だもの……』

 

『ああ、頼む。雪ノ下』

 

『さあ、私を彼女だと思って、想いの丈を吐き出しなさい』

 

『そ、そりゃ、ちょっとぞっとしねえな。お前はお前だ、あいつじゃねえ』

 

『そ、そうね、失言だったわ。では言い換えましょう。私が見届けさせてもらうわ。あなたの……本気を……ね』

 

『…………おう! 宜しくな。で、いつ話し始めりゃいいんだ?』

 

『あら?さっきからずっと撮影したままなのだけれど?』

 

『って、おま……! ま、まあ、いいか、じゃ、じゃあ始めるぞ……』

 

『ふぅーーーーーー……』

 

『あー、由比ヶ浜……た、誕生日おめでとう……。お、俺はお前に伝えたいことがあって、今日はこのビデオを撮ってる』

 

『お前と会ってからもう1年以上……いや、初めて会ったのは入学式の日か……俺は気を失ってたから、はっきりとは覚えてねえんだ……悪い』

 

『俺は人付き合いが苦手だ。もう、それは言うまでもないことだが、仲良くなれる奴が優秀で、友達いない奴はくずだ、みたいな世間の慣習がイヤでイヤで堪らなかった。だからぼっちになるのも仕方なかった。俺にとって世界は俺一人だけのもので、俺一人で完結していたんだ』

 

『ぼっちの世界は気楽だ。なににも縛られず、何にも煩わされない。自分が良ければそれで全て終わりだ。何も悩む必要なんかない。だから俺はずっとそうしてきた。そうすることで、俺は俺自身を守ってきたんだ』

 

『だけどな、そんな完璧な俺の世界に強引に割って入ってきた奴がいた。そいつは、出会うなり俺に最悪なニックネームをつけて、しかも馴れ馴れしくしてきやがった』

 

『正直最初はなんだこいつ、ふざけんな、って思ったよ。なぜって、この世界で絶対俺と相容れないタイプに見えたからだ。俺にとって女子は基本、男を見下すもの、男を誘惑するもの、男を手玉に取るもの3種類しかいないと思っていた』

 

『でも、そいつは、最初こそそういう風に見えたが、そうじゃなかった。そっけない風を装いながら気をつかうし、友達付き合いは上手そうに見えて無理してるし』

 

『そんで、なによりそいつは、俺のことをいつも気にかけてくれてた。こんななんの取り柄もない、面白くもない偏屈な俺をだ。普通じゃないって、思ったよ』

 

『それに、そいつはいつも誰よりも真剣だった。雪ノ下と二人でこんな訳のわからない部活を始めさせられたが、もしそいつがいなければ、この部は等の昔に破綻してたよ。間違いない、断言できる』

 

『そいつが一番のがんばり屋だから、俺はなんとかしてやりたいって、思うようになったんだ。雪ノ下だって、ほとんど一緒だろう……自分に出来ない筈がない、負けたくないとか意固地に思うだけじゃ、こんなに沢山の依頼、こなせやしねえよ』

 

『もう一度断言する。この部があるのはお前のおかげだ。お前がいたから、俺は、俺達はここに居られるんだ。感謝してる……ありがとうな』

 

『それと、謝らなくちゃならない。お前の気持ち………………』

 

『知ってたよ……わかってた……ずっとな……………でも』

 

『俺はずっと分からないふりを続けていた』

 

『怖かったんだ、俺は。お前に確認をしたあとどうなるのか……。実は俺が、お前の思っているより、ずっと無価値でどうしようもない男だと分かってしまった時、お前は何処かへ行ってしまうんじゃないか……てな』

 

『情けない話しだが、これは本音だ。ぼっちを自称して、世の中を斜めに見て、リア充どもを小バカにしていた筈の俺が、いつの間にか、この場所を、この関係をなにより大切に思うようになったんだ』

 

『壊したくなかった。守りたかった。そして、失いたくなかった……………………………………なにより、お前を…………』

 

『いつも視界の隅でお前を追っていた。いつもお前の声を探していた。いつもお前のことを考えてた』

 

『こんな気持ちになるなんて、夢にも思わなかった。だけどな、ずっとお前を見ていて、ずっとお前と一緒にいて、俺は考えを変えた』

 

『守るために何もしないんじゃなく、得るために変えて行こうってな。全部お前が教えてくれたことなんだよ。だから……』

 

『これは、俺の第一歩だ…………由比ヶ浜』

 

『俺は……いや、俺も欲しい……本物の関係が。俺ももう待たない。俺から掴みに行く。だから、聞いてくれ、俺の想いを……』

 

『ふぅーーーーーー』

 

『………………………………』

 

『ゆ、由比ヶ浜…………』

 

『………………………………』

 

『俺は……』

 

『………………………………』

 

『………………………………』

 

『お前がス…………』

 

 

 

 プツッ

 

 

   ×   ×   ×

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