『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー 作:こもれび
大学生になった八幡たちの物語。
(1)大学生八幡
「ヒッキー……あのね……、あ、あたしさ……、ヒッキーのこと……」
卒業式を間近に控えたあの日……
奉仕部の部室で雪ノ下が来るのを待っていた俺と由比ヶ浜は、奉仕部での2年間のことを色々話していた。
そう、色々なこと。
俺達3人の出会いから、受けた様々な相談や依頼、それに、そんななかで度々すれ違ってきてしまった俺たちの関係……
苦しんで、乗り越えた本当に色々なことを、俺も由比ヶ浜も晴れやかな表情で、笑顔で話すことが出来た。
こんなぼっちで自分のことしか考えられなかった俺が、女子とこんな風に話せるようになるなんて、この部活に入るまでには思いもつかなかったことだ。
目の前の由比ヶ浜は、本当に嬉しそうで、楽しそうで、それになにより……
微笑む彼女をボーっと見てしまい、そして、彼女と目が合い気まずくなってお互い視線を逸らす。
どれだけ一緒にいても、どれだけ時間を重ねても、やっぱり俺は自分に自信はない。
俺は今どんなやつなんだ?
俺はどうなりたかったんだ?
俺にとって、由比ヶ浜はどんな存在なんだ?
一緒にいて楽しい。それに、安心できる。
俺が求め続けた人との関係の形が、この奉仕部には確かにあった。だが……
それももう終わりだ。
卒業すれば、みんな別々の道を進むことになる。
この部のこの関係も……
ここまでなんだ……
深くため息を吐いた俺の前で、由比ヶ浜が俺を見ていた。
「あのね、ヒッキー。あたしね奉仕部大好きだった。だからね、ずっと、ずーっとこのままでいたいなって思ってたの」
「そりゃ無理だ」
「そ、そんなの分かってるけど……でも、やっぱりさ、あたしこのままさよならなんて嫌だよ。やっぱり自分の気持ちに嘘はつけない。今しなかったら、きっとずっと後悔する。だから……、あ、あたし、こんなの絶対ズルいってわかってるけど……これだけは、どうしても……聞いて欲しいの……」
「え?」
由比ヶ浜を見れば、頬を真っ赤に染めて、俺を見つめ続けている。
俺はそんな彼女にどんな顔を向ければいいのか、どんな気持ちでいればいいのか全然分からず、ただ茫然としていた。
由比ヶ浜は意を決したように立ち上がり、そして、
「ヒッキー……あのね……、あ、あたしさ……、ヒッキーのこと……」
ガラガラ……
「あら? 待っていてくれたの? ごめんなさい遅くなって」
「ゆ、ゆきのん……」
「…………」
戸が開いて雪ノ下が入ってくると、由比ヶ浜は悲しそうな顔のままでそっと椅子に腰を下ろした。
そして、それからあの続きを言うことはついになかった。
その時……
俺は何も口に出せず……
何もできなかった。
由比ヶ浜が俺に向けたあの眼差しが、まるで魚の小骨のように俺の中に残り続けていた。
俺の気持ちを、俺自身でさえ満足に理解できずにいたがために、この苦しみをひたすらに受け続けることになることだけを俺はその時理解した。
それから、しばらくして……
俺達は卒業したんだ。
× × ×
「ひ、比企谷さん? く、クリスマスは、な、何か予定あるの……かな?」
「は?」
午後の講義が終わった時、席を立った俺に話しかけてくるセミロングの茶髪の小柄な女子。
えーと、確か同じ学科の……
「小森さん?」
「こ、
そう、小諸さんだった。
この人、何気に一人でいる俺に声かけてくれるんだよな。
臨時の日雇いのバイト紹介してくれたりとか、結構同じ選択科目も受けてるから、提出物とか課題とかいろいろ教えてくれたり助かるんだよなー。
俺みたいなぼっちに話しかけてくれるなんて、本当にいい人だ。うん。きっとダメな奴見るとほっとけない委員長タイプなんだな。
「あ、悪い。んで、なんだって?」
「だ、だから、クリスマス……クリスマスに、その……もし良かったら……」
「わりい、クリスマス予定入ってるんだ。だからバイトとか無理だから。それじゃ」
「あ、違……ま、ま……」「
んぐ!!
あのあの、女子の皆さん? 聞こえていますからね?
これだから、イケイケJDは……。童貞バカにしないでくださいね? 俺みたいな聖人のおかげで、街の性犯罪は抑えられてんだからね。うん、なんかだんだん悲しくなってきたから、もうすぐに帰ってやる。
後ろにいる女子達を振り返らずに、俺はまっすぐに講堂を出て帰路に着いた。
講義棟を出ると、強い北風が俺を凪ぐ。その冷たさに、思わず襟を立てて、寒さをしのごうとした。
正門までの道すがら、そこかしこの街路樹からは、すっかり紅葉が終わった後の乾いた葉がちらちらと舞い降りてきている。それをぼうっと眺めながら、俺はクリスマスの予定の事を考えていた。
「スキーか……」
そう、スキーだ。
正直俺は今までスキーなんぞやったこともない。
そもそも雪自体が珍しい温暖な千葉にあって、わざわざ寒い雪国まで出かけて、スキーと称する肉体疲労必至のスポーツに興じるなぞ、頭の悪い阿呆のすることだとずっと嘲っていた俺であるが、今回ついに誘われてしまった。
いや、ただ誘われただけなら当然断るに決まっているが、そこはそれ断れない理由があるのだ。
それは……
俺は、自分のスマホのメールを開いた。
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FROME 大天使戸塚
TITLE REいつも癒しをありがとうm(__)m
やあ八幡、元気だった?
今度一緒にスキーに行かない?
親戚のペンションが越後湯沢にあってね、安くしてくれるから一緒に行きたいなあって思って(^^♪
同窓会も兼ねてね、他にも声かけてみるから…………
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「ふふふふ……」
おっといけないいけない。つい顔に出てしまったか……
近くを通りすぎた女子が俺に怪訝な顔を向けていたので、スマホを離して目にキッと力を込める。
そう、戸塚のこのラブコールは何をおいても優先しなくてはならない。
たとえそれが俺にとって未知のスキー旅行というカテゴリーであったとしてもだ。
スキーだから、戸塚のこと、「好きー」とか言っても許されるんじゃなかろうか?
おお!! これはなかなかいいアイデア。オヤジ臭いとかそういうことは気にしない!
きっとまためくるめくの素敵な夜が……
お風呂とかお風呂とかお風呂とか――!!
どうしよう!! どうしちゃおう!!
そんな益体もないことを次々に頭に浮かべながら、俺は自分の気分を盛り上げていく。
そして、そんなことで頭をいっぱいにしながら、そのメールの最後を今日もそっと読んだ。
…………
PS.由比ヶ浜さんも来るからね!だから八幡も絶対来てね(#^.^#)
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「スキー……楽しみだなぁ」
正門に向かって坂を下りながら俺は独り言ちた。
× × ×
高校を卒業した俺は、東京の八王子の私立大学へと進学した。
当初の予定通りと言えばそうなんだが、正直、なぜこうまでしてこの大学に来たのか、その理由が俺にもよくわからなくなっていた。
学費が安い? 親元を離れたかったから? 就職に有利だから?
最初は色んな理由付けをしてここを選んだのは確かだ。
だが、それがホントに最大の理由なのかと聞かれれば、『否』とすぐに今の俺なら否定できる。
なぜって、そんな思いを持ちながら大学に通ってなんていないからだ。
総武高からこの大学に進学した知り合いはひとりもいない。俺はここで、再びただのボッチとなった。
当然だ。
誰が好き好んで自分から友人を作ろうなどと思うものか。
独り暮らしで、自由気ままで、大学と家の往復にのみ気を払っておけば、あとは全て自分の時間。ゲームをしようがラノベを読もうが、何をしようとも、文句をいう奴は一人もいない。当然必要以上にバイトもしないし、面倒な部活なんて絶対入らない。
煩わしいことを一切廃して生活する俺はまさに完璧だ。
ビバ、独り暮らし! ビバ、フリーダム!!
「やっぱ、独り暮らしはいいわー」
いつも通り自転車で結構急な細い道を登って、坂の途中の自宅のアパートへ戻り、ベッドの上にごろんと寝転ぶ。
8畳の部屋にキッチンがあって、それほど古くもないこの部屋はまさに俺の城だ。
煩わしいことは何もない。
そう、なにひとつないのだ。
あの高校での奉仕部にいた時とはまるで違う毎日。
依頼があれば、とにかく否応もなく駆り出され、なにもなければないで、3人でただ適当なおしゃべりをした日々。
そんなあの頃、面倒なことをずっと煩わしいと思い嫌い続けていたというのに、今はそれが無性に懐かしい……
「はあ……」
大きく息を吐いてから勢いよく起き上がった。
そして、もろもろの思いを振り払おうと首をふり、そして、パンと両手で頬を叩いた。
「さてと、支度でもしますかね」
俺はクローゼットからボストンバックを取り出して、週末のスキー旅行の用意を始めようとした。
ふと視線を壁に向ければ、そこにはいつか3人で撮影したあの写真が。
その中央には笑顔の彼女……
「由比ヶ浜……」
ぴんぽーーーーん
急なチャイムに飛び跳ねて、慌てて玄関へとむかい扉を開ける。
するとそこには……
「やっはろー! ヒッキー!」
立っていたのは当然こいつ。薄手のセーターにスカート姿で、サンダル履きのままでそこにいた。
寒いせいだろう、体を抱くようにしてガタガタ震えているし。
「お前、寒いならもっと上着とかちゃんと着てこいよ」
「ええ? だって、この距離だよ? わざわざ上着なんか着ないよ!! っていうか、本当に寒いから中に入れて」
「お、おう、じゃあ、入れ。でも俺も今帰ってきたとこだから、暖房もまだつけてないぞ」
「じゃあさ、あたしがストーブ点けてあげるね。ヒッキーのとこの灯油ストーブ本当に暖かいから好きー。えへへ」
といいながら、台所でやかんに水を容れつつ、勝手に部屋の真ん中に鎮座している古い灯油ストーブの網をはずし始める。
なんでこんなことするかと言えば、着火用の石がダメになっているようで、マッチで点ける必要があるからだ。
由比ヶ浜は、さささっと火を点けるとその上に、水を容れたやかんを置いて、さらにその脇にアルミホイルにくるんだ細長いものを2個ちょこんと載せる。
「って、お前またイモ持ってきたのか? それくらい自分の部屋で焼けよ」
「いいじゃん、これくらい。こういうのはね、遠赤外線でじっくり焼いた方が美味しいんだよー。ヒッキーのストーブが一番なの」
「いや、上に乗せたらあんまり関係ないんじゃ……。だったら、お前も買えばいいじゃねえか。ほら、野猿街道沿いに中古家電の店いっぱいあるんだからよ」
「ええ? これでいいじゃん。じゃあ、ヒッキーが一緒に買いに行ってくれる?それなら考える」
「ぐっ……お前、この大荷物をチャリで俺に運ばせる気だな?」
「あ、バレちゃったー? あはは……はぁ、あったかいねえ」
「俺、これからゲームすっからな。邪魔すんなよ」
「え? なにやるの? F〇15? 気持ち悪いのじゃなかったら、あたしもやりたい」
「俺が一人用以外のゲーム持ってるわけねーだろうが……まあ。イモ持ってきてくれたし、後でちょっとだけな」
「やた!じゃあ、あたし、コーヒー淹れてくるね」
「おう、サンキュー」
パタパタと台所に向かう由比ヶ浜の足音を聞きつつ、俺はP〇4の電源を入れる。
そして、ストーブのおかげで温くなってきた体を座椅子に寄りかからせて力を抜いた。
はあー、あったけえなあ……
え? お前ボッチじゃないのかって?
いや、俺は間違いなくボッチだ。まあ、大学では。
それに、家でだって基本ボッチなわけだが、近くに知っている女が住んでいるというだけの話だ。別に付き合っているわけでもねえしな。
煩わしいことは何もない。あるのは、気安い人間関係だけ。
そう、今台所で鼻唄を歌っている由比ヶ浜は、俺のおとなりさん。
俺達は同じアパートで生活しているのだった。
【次回、『雪ノ下雪乃は微笑みを浮かべる』】