『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー   作:こもれび

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(2)雪ノ下雪乃は微笑みを浮かべる

「はあ、やっと着いた。ありがとねヒッキー、買い物付き合ってくれて」

 

「おお……気にすんな。旅行の道具、俺も必要だったしな」

 

「えへへ」

 

 ジャケットとマフラーでもこもこになった由比ヶ浜と二人で自転車から降りて、駐輪場へと向かう。由比ヶ浜はオレンジのママチャリ。俺は最近買ったロードバイクだ。正直買い物にこれをつかうのはどうかとも思うが、今はこれしか足がないから仕方ない。

 二人で自転車に鍵をかけてから、その駅に併設されたデパートへと向かった。

 店内はいつも以上の人通り。

 12月ということもあって、クリスマスソングが流れ、赤や緑で装飾されたそれぞれのテナントは非常に華やかだ。

 暖房も効いているから二人で上着を脱いで駅の改札の方へと向かう。

 

「あ、いた」

 

「ん、どこだ」

 

 歩きながらそう囁いた由比ヶ浜に聞き返しながら、どこにいるのか視線を泳がすが俺にはすぐには見つけられない。歩きつつ、次第と由比ヶ浜が進む方を凝視したところで、ようやくその人影を俺も認識できた。

 彼女は白のカーディガンに紺のスカート姿で、ストッキングを履いた足にはファーのついた白のブーツ、長い黒髪の上には白い帽子を被っていた。

 その姿を確認した俺たちは、その改札前の柱に寄り掛かっている人物の元へとまっすぐに向かった。

 

「やっはろー! ゆきのーん!」

 

「こんにちは、由比ヶ浜さん。それと、比企谷君……は、相変わらずな貧相な顔ね」

 

「っておい、いきなりそうやって人の顔のことディスるの止めてもらえませんかね。一応これでも身だしなみには気を使ってるもんで」

 

「あら、私が言っているのはあなたが生まれ持ってしまった残念な部分のみよ。誰もあなたのその服装にケチをつけたりなんかはしないわ。素敵な装いよ、本当に。由比ヶ浜さんのセンスがいいのね」

 

「えへへ~。それほどでも~」

 

「今さらりと、俺の個性完全否定しちゃったからね、お前。ま、まあ、服に関しては本当に助かってるんだが」

 

 ふふんと、満足げに腕を組んだ雪ノ下と照れて身を捩る由比ヶ浜。

 まったく、こいつらは何年たっても変わらねえし。

 確かに服装は由比ヶ浜のおかげでだいぶマシになったと思う。

 なぜって、俺の部屋に遊びにくるごとに流行りのファッションの記事なんかを持ってきて、俺のパソコンで勝手にその服を探して俺に色々アドバイスをくれるようになったからだ。

 下手したらその場であまぞーんさんに注文しちゃったりするし。

 でも、別に高い服を買ったりしてるわけではないから構わないんだけどものな。

 基本ネット通販も一山いくらのものしか買わないし、普段着なんかはUのマークのついてるあそこに二人で買いに行ったりしてるしな。大学生の懐具合からすれば、これが丁度いい。

 ちなみに今日の俺の格好は、Vネックのグレーのニットに、黒のメルトンナーバルジャケット、白のスラックスで足元はベージュのスクエアトゥチャッカブーツとかいうもこもこの靴。こんな格好俺一人じゃ絶対チョイスできない。

 それと由比ヶ浜はといえば、白のムートンのジャケットの下は、桃色のセーターにスキニージーンズといった装いで、めっちゃ足が長く見えるし。こいつどんどんセンスが良くなってる気がする。周りの連中も赤い顔してチラチラ見てるし。

 

「ごめんねゆきのん。待ったんじゃない?」

 

「いいえ、ちょうど電車を降りたところだったのよ。だからなにも問題ないわ」

 

「そっか、良かった。じゃさ、行こうよ」

 

「ええ」

 

 そう言って雪ノ下と腕を組んで由比ヶ浜が歩き出す。

 本当に嬉しそうだな。

 俺も、自分のポケットに腕を突っ込んで二人のあとをつけるように歩き出した。

 これじゃあ不審者だな。

 そんなことを思いつつ、スポーツ用品店へとエスカレーターで向かった。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 同じアパートに住んでいる由比ヶ浜とはほぼ毎日会っているわけだが、雪ノ下に会うのは久々だ。

 といっても住まいがそんなに離れているわけではない。彼女が住んでいるのは俺達のアパートからするとちょうど2㎞ほど離れた駅前のマンション。

 だから、会おうと思えばこいつとも実はいつでも会える。

 え?お前同じ大学に進学した知り合いはいないはずじゃなかったかって?

 ああ、その通り。

 俺の通う三流文系大学に進学した知ってるやつは一人もいない。

 だが、ここは八王子。大学のメッカだ。

 うちの大学じゃなくても大学はたくさんある。

 俺の大学は山の上にあるわけなんだが、その隣の山にも大学があって、実はそこに由比ヶ浜が通っている。

 そして、その由比ヶ浜の大学の山の更に隣の山の、構内に森を残したかのような作りの巨大な校舎の大学に雪ノ下が通っているわけだ。まったくどんな偶然なんだか。

 ちなみに、俺達のこの3つの大学から、もう少し街道を上った先の小高い丘の上の大学には一色が通っているが、一色は一人暮らしをさせてもらえず、千葉から通っている。片道2時間半とかいったいどんな拷問だ。そもそも東京から見たら、実家が東京よりにあった俺達三人よりも、完全な千葉駅寄りのあいつの方がよっぽど遠いのにな。娘の一人暮らしが心配だったってことだろうが。

 

 というわけで、総武高校を卒業して別れ別れになると思っていた俺だったが、結果としては同じ駅を利用して、同じエリアで生活して、こうやって同じ店で買い物をするという、ある意味高校の頃よりも身近でいる機会が増えた。

 これで戸塚も近ければいうことはないのだがなー、と思いつつも、戸塚も都心の大学に通っているので会おうと思えばそんなに苦も無くあうことはできるのだ。材木座が戸塚と同じ大学ということに関しては全く納得はいかなかったが。

 

「ねえねえゆきのん。この猫のパジャマ、超かわいいよー」

 

「これ、いただくわ」

 

「って、決めるの早っ!! もうちょっと、見てみれば?」

 

「由比ヶ浜さん、こういうのは出会いなのよ。見てこの子。この助けを求めるような瞳を。絶対買わないわけにはいかないわ」

 

 と言いつつ、雪ノ下が抱えていくのは猫の顔のついた着ぐるみパジャマ。

 それお前の幻聴だからね。いや、まあ確かに超愛くるしい顔してるけど、それお前が着て寝るんだよな?そうしたらその顔見えねえだろうが。まさかそのパジャマ、スキーツアーに持ってきて、『にゃー』とか鳴いたりなんかしねえだろうな。もうなんかこいつ、進学してから趣味に歯止めが効かなくなってきてる気がするな。

 そんなこんなで寄り道しながら向かうのはスポーツ用品店。

 今回のスキーツアーには少なくとも俺達3人はいく予定なんだが、3人ともスキーウェアを持ってはいなかったから、今日はそれを買いに来た。

 一応ウェアもレンタルできるとは言ってたけどな、板は借りようと思うけど流石に他人の着たウェアはちょっとな……ってわけだ。後はサングラスとかの小物とかもな。

 

 店はやはりシーズンということもあって、店頭にスノーボードとスキーを大量に並べて、さらにウェア類もところせましと並べて展示販売中だった。

 俺達は早速店内を物色。

 と、なぜか一番最初に俺のウェアを二人が選び始めやがった。

 あれやこれや持ってきて、俺は着せ替え人形状態。

 何を着たって、もとの顔は変わんねえんだから……と思いつつも、にこにこ笑顔で俺に感想を聞いてくる由比ヶ浜に、どれでもいいよとは流石に言えなかった。

 しばらく着たり脱いだりを繰り返した結果、俺のウェアはphoenixの青に決定。あ、ズボンは黒ね。全然関係ないが、phoenixを今までずっとポ二ックスと読んでいたのはここだけの秘密だ。

 

「あー、サンキューな。じゃあ、次は由比ヶ浜の奴を選ぶか……」

 

「あ、あたしはいいよ。ひ、一人で選ぶし。ヒッキーは疲れたでしょ?お店の前にベンチがあるからそこで休んでて。はい100円」

 

 これでジュースでも飲んでろってか?ってか今時100円じゃ缶ジュースだって買えない……と、思っていたら、ベンチ横の自動販売機に100円のミネラルウォーターが。

 

「…………」

 

 チャリんとお金を入れて、買いましたとも。

 ベンチにすわり、ふうっと息を吐く。

 そして水を口に運んだところで、雪ノ下が俺の正面に立った。

 

「お前は買い終わったのか?」

 

「ええ、だいたいは目星をつけたわ。この後試着して決めようとは思うのだけれど」

 

「まあ、お前もセンスいいわけじゃねえんだから、由比ヶ浜と一緒に決めた方がいいぞ」

 

 放っとくとまた猫かパンさんのウェアを買っちまいそうだしな。

 てっきりこの俺のセリフに毒舌が返ってくると思っていたのだが、見ればふふふと静かに笑っているし。

 

「そうね。そうするわ。私も自分のセンスがおかしいことは自覚しているもの」

 

「そうか。でもお前があっさりこうやって認めるとは思いもしなかったが」

 

「ええ、私も少しは成長したのよ、比企谷君。いつもいつも噛みついてばかりでは疲れてしまうもの」

 

 だったら基本噛みつかない仕様に変更して欲しいものですけどね、少なくとも俺に対してだけは。

 穏やかな表情の雪ノ下は俺を見下ろしながら、突然それを聞いてきた。

 

「比企谷君、あなた、由比ヶ浜さんのことどう思っているの」

 

「唐突だな」

 

「そんなことはないと思うのだけど、むしろ今更でしょう。彼女の思いにあなたが気が付いていないなんて、私は思っていないわ」

 

 珍しく雪ノ下が強い口調で俺に言ってきたので、俺は内心を隠してとぼけた。

 

「なんのことだよ」

 

 言ってから後悔。

 雪ノ下は真剣に俺に話を振ったんだ。

 それが分かったのに、勝手にこんな抵抗の言葉が口をついてしまったのだ。

 

「いや、すまん」

 

「ふう……やっぱりあなたらしいというべきかしらね。これでは由比ヶ浜さんが可哀そうだわ」

 

 ため息を吐きながら雪ノ下がそうこぼす。

 でも俺には上手く返すことなんて出来そうにない。だから素直に今思っていることを言うことにした。

 

「俺は人の気持ちどころか、自分の想いすら良く分かってねえ。でもな、このままでいいなんて考えてはいねえよ」

 

 雪ノ下は微笑みを俺に向けて、そっと囁いた。

 

「そう……なら良かった。でも、早くしてあげて。待つのは本当にくるしいことだから」

 

「なんだ?実感籠っているけど、お前こういう経験したことあんのか?」

 

「わたし?そうね、私だって恋愛くらいしているわ。丁度今ね。まだ片思いなのだけれど」

 

「え?お前が?意外だな」

 

 雪ノ下のいきなりの『好きな人いる』発言に度肝を抜かれたが、でもべつにおかしくはないか。もう二十歳だしな。好きな奴、気になるやつの一人や二人いても全然問題ない。

 

「ふふ、そうね。私もそう思うわ。でも仕方ないじゃない。好きになってしまったのだもの」

 

「そうか。そういうもんなのか。ならお前はどうすんだ? こ、告白……とか、すんのか?」

 

「いいえ、今はしないわ。だってその人は今、別の女性のことを気にしているのだもの。そんなところを攻めようなんて思ったりはしない。でも、もしもその人が、私のことをその娘より少しでも気にかけてくれるようになったとしたなら、その時は私から声をかけてみようと思っているの」

 

「お前がなぁ……ああ、俺は応援するよ。お前がうまくいくようにな」

 

 雪ノ下は俺をじっと見つめてきて、穏やかに答えた。

 

「ええ、ありがとう。でも、絶対その日は来ない。私はそう信じているわ。さてと、私もウェアを買ってくるわね。あなたも他に必要な小物を見てまわりなさい。由比ヶ浜さんのために何か選んであげたらいいと思うわ」

 

 なぜか晴れやかな顔になった雪ノ下がそう言って店内に戻っていった。そして、そちらに顔を向けたとき、店の奥でウェアを笑顔で抱えていた由比ヶ浜と目があった。すると、途端にそのウェアを背中に隠して、手を振りながらさらに奥へと消えていく。

 そんな彼女を見送りながら俺はそっと決意したのだ。

 

”『彼女』に、必ず俺の想いを伝えよう”

 

 と……。

 

【次回、『戸塚彩加の誘い』】

 

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