『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー 作:こもれび
その日はあっという間にきた。
スキー旅行当日。俺と由比ヶ浜と雪ノ下は着替えのつまった旅行バックを抱えて、3人で武蔵野線に乗っていた。
この線は東京の府中本町から、千葉の西船橋まで、間に埼玉県を通るというルートの長大な路線であり、このまま乗っていけば千葉に帰れるという素敵な路線。
だが、今日はそこに向かっているわけではない。
俺たちが向かうのはJR練馬駅だ。そこで戸塚たちと合流することになっている。
新秋津で降りて、秋津で西武線に乗り換え。そこからまた少し先のひばりヶ丘でまた乗り換え。そして俺たちは練馬に到着した。
「えーと、どこにいるんだ?」
「んとね、駅の南口側にいるって……あ、あれじゃないかな?」
由比ヶ浜に言われてそっちを見れば、道路脇に路駐している大きなオレンジのミニバン。
遠目だが、確かにその運転席に戸塚の姿があった。
俺たちは急ぎ足でその車へと近づいた。
「やっはろー、さいちゃん!」
「やっはろ、由比ヶ浜さん、雪ノ下さん。それに、八幡も」
にこりと微笑んだ戸塚に最後に名前を呼んでもらえて、ほっとひと安心。もし無視されたら、このまま心配停止で逝くまであったな。
「よお、戸塚。会いたくて会いたくてもう我慢の限界だったよ」
「やだなあ八幡、冗談ばっかり」
あははと笑う戸塚、マジ、天使!
「遅いではないか三人衆。我はもうまちくたびれておったぞ」
「もう、遅いですよー本当に。でもなんで財津先輩までいるんですか?先輩がくるからって私も来たのに、聞いてないんですけどぉ」
車の後部座席が開いて中から顔を出したのは材木座と一色の二人。
この二人がペアでいるとかマジで異様すぎるな。というか、キレてる一色の隣でなんでお前そんなに嬉しそうなの材木座。
「あ、ごめんねいろはちゃん。あたしが出るのに時間かかっちゃって、バスに乗り遅れちゃったの」
「まあ、そうなんだが、そんなに遅れてないし、メールもしたろ? 勘弁してくれよ」
「うう、別に怒ってはいないんですけどね。なんか、お二人本当に仲が良さそうで……複雑……ぶつぶつ……」
俺と由比ヶ浜を見ながら一色の奴がなんかジト目送ってきやがる。何考えてんだこいつは。
「それにしても素敵な車ね、戸塚さん。あなたの車なの?」
「ありがとう雪ノ下さん。ううん、お父さんのなんだよ。今日はスキーだからこれを借りてきたんだ。冬タイヤだし、スキーのマウントもあるからね」
言われてみれば、車の上に、スキーキャリアーがあって、そこにスキーの板とスノーボードが積まれている。
それは誰のものかと尋ねれば、どうやら戸塚と一色の物のようだ。それで聞いてもいないのに、『戸塚さんに家まで迎えに来てもらったんですよー。こういう甲斐性のある男の人って本当に憧れますー』とか一色がほざいてやがるが。
「なにお前、スキーできるのか?」
「失礼ですね、先輩は。こう見えて私結構得意なんですよ。子供の頃からやってますしね。あ、でも今回はボードです。最近はボードの方が楽しいですしね。先輩も一緒にどうですか?」
「戸塚はどっちなんだ?」
「僕はスキーだけだよ」
「じゃあ、俺もスキーだな」
「きーっ! なんでその一言でそっちに行くんですかー、なんですかー、そんなに戸塚さんが好きなんですかー」
うん、その通りだけど?
とは言わなかった。うん。だって当たり前だし。
そんなギャーギャー喚く一色は放っておいて、俺たちも車に荷物を積んだ。そして車に乗る。
3列シートに二人ずつ収まってもゆったりした広さ。そして大量の荷物があったというのに、すべて最後部のトランク部分に収納されてしまった。
これがミニバンというやつか。いったいどこが『ミニ』なんだか。
で、早速運転する戸塚の隣の助手席にいこうとしたのだが、そこにはいつでも運転を変わってもらえるように材木座に座らせるのだという。なに、材木座。いつの間に免許とったんだよ。こんなことなら、俺も取れば良かった。
こうして俺は最後列に由比ヶ浜と座り、そして女子たちが楽しそうにおしゃべりしているのを聞きながら、一路雪国へと向かうこととなった。
× × ×
トンネルを抜けたら、そこは雪国だった……
とはならなかった。
関越トンネルを越えたのだが、周囲にちらほら雪は積もっているものの、どう見ても軽く積もって溶けました。みたいな状況。周りの山を見ても、山頂の辺りが少し白くなっているばかりで、下の方は普通の山林。
斜面が真っ白く見えるのはどれもスキー場とのことで、どうやら人工降雪機で無理矢理ゲレンデを作っているのだという。
戸塚いわく、大分以前は12月でもかなりの積雪だったようだが、最近ではもっと寒い1月ごろになってやっと少し積もる程度なのだと。
それでもスキー場は運営しないといけないわけだから、人工降雪機は必需品というわけだな。
なんというか、往年の人気スポーツの今を見たようで少し切なくなった。
ま、そうはいっても人気スポーツだし、この近くならもっと高所にある苗場スキー場とかその辺はかなり雪も深いらしい。今回そこに行くわけではないが。
越後湯沢で高速を降りて、しばらく一般道を走る。
そして、目的地のスキー場の入り口へたどり着いた。
戸塚の運転は非常に優しくてほとんど揺れも感じない、超快適だった。
「さあ、着いたよ。まだ宿には入れないんだけど、オーナーのおじさんに着替えだけでも部屋をつかえないか聞いてくるね」
「あ、私も行きますー」
と、車から戸塚と一色の二人が降りて、駐車場の向かいにある、レストラン風の建物へと入っていった。
2階建てになっていて、見るからに上の方は客室のようなつくりの窓になっているから、ここが例のペンションに間違いはなさそうだ。
そして、そこから視線を動かして、坂の上の方を見れば、土産物屋やスキーのレンタルショップのような店がたくさん並んでいて、それが切れるともう真っ白いゲレンデとリフト乗り場が目にはいった。
「すごくゲレンデが近いのね」
「わあ、ねえ見て、真っ白だよー。みんなたのしそー」
俺と同じ方向を向いて雪ノ下と由比ヶ浜が声を上げた。
「この距離なら、すぐに宿に帰れて最高だな」
「もう、すぐに帰る話するし。せっかくきたんだからいっぱい一緒に楽しもうよ」
頬を膨らませた由比ヶ浜がそう迫る。
近い……っていうか、近いから、いつもより。
俺はまたのけ反っていたのだろう、由比ヶ浜はすぐに身を引いた。
ぷいっと顔を背けた由比ヶ浜を見つつ、俺はまた一人考えた。
やっぱり、きちんと言わないとな……由比ヶ浜……。
「部屋にもう入っても大丈夫だって」
運転席に乗り込んできた戸塚の言葉が車内に響いた。
× × ×
「わー、すごくひろーい」
「じゃあ、女子はこっちの部屋にする?どっちも同じ間取りなんだけどね」
その戸塚の声を聞きながら俺たちはそのひろい和室の部屋を見て驚いた。
とにかく広いしすごく綺麗な部屋だ。
床の間と、中庭みたいな縁側には備え付けの露天風呂まである。正直ここまでとは思わなかった。
正面から見たときの一見古ぼけた印象の洋食レストランぽい外観からはまったく想像できない内部の洗練さ。
部屋数は少ないが、これは相当な宿だ。
「なあ戸塚、ここ相当高いんじゃないか?」
俺がそう聞くと、
「ううん、大丈夫だよ。ここはおじさんが半分は趣味でやっているようなペンションだしね。自分が冬の間滑りたいからってだけでここを経営しているようなもんだから、今回はかなり安くしてもらえたんだよ。僕も10年ぶりくらいで会ったんだけどね。ちなみにおじさん某IT企業の社長だから」
IT企業の社長が冬の間にスキー場でペンションやってんじゃねえよ、と思わずツッコミたくなったが、さっき会った感じ、柔和な山男って印象だったし、きっと自由人なんだろうな。でもそういう好き勝手やっている生活はちょっとうらやましい。ま、一人で料理したりとか、掃除したりとか、せっせと働いているのには共感できないが。
とりあえず男部屋に荷物を置いてさっそくスキーウェアに着替え。
うん、恥ずかしそうに着替える戸塚、やっぱ可愛いぞ!
あ、材木座は、そのたるんだ腹をなんとかすべきだな。糖尿になるぞ。
と、着替えて廊下に出てみたら、
「あ?」
「え?」
そこに立っている由比ヶ浜の姿に思わず絶句。
そこにはピンクのスキーウェアに身を包んだ、お団子ヘアーさん。別に変な恰好とかそういうわけではない。ないが、その服は、まさに俺が着ているフェニックスの色違い。
「お、おま……そのウェア……」
「あ、ち、ちがくて……その、た、たまたま、そう、たまたま気に入ったのがこれだったの。ね、似合うでしょ」
「似合うでしょって、そりゃ……」
似合っているに決まってる。
なにせお前だ。
その辺の女子と比べたって、段違いに可愛いんだ、撮影用の衣装だって言われたって信じられる。
でも、そうか。あの時俺を店から追い出したのはこれを買うためだったのか。
由比ヶ浜は上目遣いで俺を見る。そして、
「やっぱり、ダメ……かな……?」
「いや、せっかく買ったんだし着ればいいだろ……その……似合っているし……」
「あ……うん、ありがと」
お団子をぽふぽふ触った由比ヶ浜が照れた感じで向こうを向く。
そんな俺達のところに部屋から出てきた一色が、愕然とした顔で『なんでペアルックなんですかー』と叫んだのは当然のことだったと思う。
× × ×
今回のこのメンバーの中で全くの初心者は俺と由比ヶ浜の二人だけ。材木座が滑れるのは意外だったが、雪ノ下は相当に上手いようだ。なにせ大抵のことは一回のチャレンジで出来るようになる天才だからな。ま、どうせ体力はないのだが。
ということで、今日はスキースクールに二人で入ることにした。
なにせ完全な素人だ。リフトに乗るどころか、雪の上を歩くのだっておぼつかない。
そんな俺達は借りたスキーを担いでゲレンデへ、そこで戸塚・材木座ペアと、雪ノ下・一色ペアに別れた連中がリフトに乗るのを見送り、そそくさとゲレンデ入口のスキー教室に向かった。
どんなことをするんだろうか? と不安に思いつつ建物に入ったが、中には女性が一人しかいなかった。彼女は座って手元のスマホを見続けている。どうやらこの人が教官のようだが、ずいぶんと若いな……
そう思っていると由比ヶ浜が声をかけた。
「あー、あの、スキー教室をお願いしたいんですけど」
そんな俺の声にびくりと反応した彼女はその顔を跳ね上げた。と、同時に俺は驚いた。だってその顔は……
「あっ! はいっ! ごめんなさい、気が付きませんでした……って、あれ? ひ、ひ、比企谷さんっ!? え、うそ、なんで」
あわあわと口をぱくぱくさせるその人は、いつも大学で俺を助けてくれる優しい人。そう……
「小……元さん?」
『小諸だよ-‼』と絶叫が室内に響き渡った。
【次回、『比企谷八幡は変わらない』】