『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー   作:こもれび

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八結というか八雪……です?
よくわからないお話になっています。


【ユキ・トキ】
(1)彼女のいない世界で……


『あたしね、ゆきのんのことは待つことにしたの。ゆきのんは多分、話そう、近づこうってしてるから……だから、待つの。でも……』

 

『待っててもどうしようもない人は待たない』

 

 そりゃあ、そんなやつ待ってても仕方ない……

 

『ううん。違うの。待たないで……』

 

『こっちから行くの!』

 

 俺を見て、太陽の様に明るく微笑んだ彼女が本当に眩しくて、俺は何も言えなかった。

 直前まで雪ノ下のことを考えていた自責の念からなのか、それとも、俺の心の弱さがそうさせたのか、そんなことはわかりはしない……

 多分その両方だったのだろう。

 俺は口を開くことができなかった。

 あまりに真っ直ぐに、あまりに自然に俺を見つめる彼女のことを直視することもできず、そして、そんな彼女に惹かれている自分に気がついて……

 

 絶望する。

 

 あり得ない。

 そんなわけがない。

 高鳴る胸の鼓動が全てを物語っていたのに俺は……

 

 俺はその時……

 

 彼女になにも言わないまま別れてしまった。

 

 

 それが……

 

 

 どんな痛みや苦しみよりも、俺を蝕み続けることになるとも気が付かないままに……

 

 

   ×   ×   ×

 

 

「よーし、じゃあこれから修学旅行の班を決めるぞ」

 

 先生のその言葉を受けて、一斉に教室がざわめき始める。みんな思い思いのグループを作り、そして楽しそうに会話を始める。

 そう、いつも通りのこと。そして、そんな流れで次に始まること、それは……

 

「なんだ? 比企谷は溢れてるのか? おーい、誰か比企谷も班にいれてやれ」

 

「ヒキガヤ? 誰、それ?」

 

「そんな人いた?」

 

「あれ?あんな人クラスにいたっけ?」

 

 おかしくはない。

 そう、何もおかしいことなんかない。

 友達もいない、コミュニケーション能力も欠如している目付きの悪い物静かな男子の扱いなど、所詮そんなものだ。

 中学までの俺にとってはなんの違和感もない日常。

 グループを作ることが出来ないまま、黙っていれば、こうやって立たされ、衆人環視に晒される。

 普通の神経の持ち主ならば、一瞬にして焼き切れて絶望してもおかしくない状況。

 だが俺にとってはなんてことはない。

 痛みには耐えられる。

 苦しみにだって耐えられる。

 ずっとそうしてきた。

 そう……俺はかつて、ずっとそうしてきていたのだ。

 

 ただ……この胸がチクリと痛むこの感覚は……

 

 きっと、変わってしまった俺の心がそうさせているだけ。

 そう……

 俺は本当のぼっちだったあの頃のことを忘れているだけだ。

 

「誰かいないのか? 仕方ないな……あー、戸塚? お前の班少ないみたいだから、比企谷も入れてやれ。よし、これで全員だな。なら、これから班行動の計画を相談して……」

 

 戸塚……

 

 不安げな眼差しを俺に向けるのは、まるで少女のように可憐で小柄な男子。

 俺は彼を驚かさないように近づいた。

 

「あ、あー、宜しく頼むわ……戸塚……さん」

 

「こ、こちらこそ、うん! 宜しくね、比企谷君!」

 

「あ、俺のことは、はちま……い、いや、なんでもない、忘れてくれ」

 

「え? あ、う、うん」

 

 気遣わしげに俺を見ながら、俺にも話しかけてくれる戸塚のその思いやりが身に染みる。戸塚はやっぱり戸塚だ。いつだって優しくしてくれるし、いつだってそうしてくれるだろう。

 だからこそ、俺はもう一度関係を築かなくてはならないのだ。

 

「ちょっとぉ、姫菜? あーし、ここに行きたいんだけどぉ、勝手に決めるなし。ねぇ、はやとぉ、一緒にこのお寺いこぉうよぉ」

 

「ははは、優美子がそうしたいなら、そうしようか。姫菜もみんなもそれでいいかな?」

 

「バッチグーでショー。はやと君が決めたんなら、もうそれで良いでショー」

 

「おいおい、戸部、テンション高すぎ、隼人くん引いてるし」

 

「っべーーーー!?」

 

「まあまあみんな、うちのグループには女子が二人いるんだから、女子優先で考えてあげようよ」

 

「さっすが、隼人くん! 冴えてるわぁ」

 

「じゃあさ、ここにも行こうよぉ。暗闇で芽生える、戸部っちと隼人くんの禁断の愛!! とべはやっ!! ぶっはーーーーーー!!」

 

「ちょ、ちょっと姫菜? 擬態しろし!」

 

「ははは……」

 

 なんとはなしに、俺はその会話の方へと顔を向けていた。

 普段あれほどまでに嫌悪していた、トップカーストに居座るあのグループを見ながら、でも、仲良さそうに談笑している彼らの反応に俺は胸を締め付けられる。

 

「どうしたの比企谷君? やっぱり葉山くんたちのグループが良かったの?」

 

 振り返れば、そこには不安そうな戸塚の顔。俺は小さく首を横に振って答えた。

 

「なんでもないよ。わりぃ」

 

 そして、俺はよく知らない他のメンバーに混ざって、修学旅行のプランを話合った。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 放課後、教室を出てすぐの廊下の柱の陰に立って、ぼーっと天井を見上げる。ここに立っていれば、あの日常が戻ってくるような気がしたから。

 そう、でもそれは気がしただけ。

 

 何も変わらず、何も起きず、時間だけが進んでいく。

 

 俺は、暫くしてから、一人で特別棟の3階を目指して歩んだ。

 

 放課後の特別棟は人が少ない。

 誰に会うでもなく、なにもないままに3階の奉仕部の部室にたどり着く。

 見上げれば、何も表示されていないままの白い表札。

 俺は引き戸の取手に手をかけて、深く深呼吸をした。

 このまま開けていいものかどうか……

 昨日の今日で、俺はいったいどんな顔をすればいいのか……

 俺は沈うつな気持ちのまま、そっと引き戸を開いた。

 

「あら?よく顔を出せたわね。一応挨拶はしてあげるわ、こんにちは、ヒス谷君」

 

「ああ、昨日は悪かった……雪ノ下」

 

「友人でもない貴方に呼び捨てにされたくはないわね。”さん”をつけて頂けないかしら?」

 

「そ、そうか……悪かったよ、雪ノ下……さん」

 

「結構よ。それで、今日はいったいなんの用なのかしら?まさか、またあの訳のわからない戯言を繰り返しにきたのかしら?それなら、さっさと帰って……」

 

 澄ましたままの雪ノ下が俺に視線も寄越さずに、手元の本を見ながらそう話しを続ける。

 俺はそんな彼女に向かって、なるべく冷静さを保ちながら話した。

 

「そうじゃない。今日……ここに居させて欲しいんだ。お前の邪魔はしない。だから、頼む。それに、俺はまだ部員だったはずだろ?」

 

 俺のその言葉に、一瞬だけくぐもった視線を俺に向けた雪ノ下は、そしてすぐに視線を戻す。

 

「好きになさい。私に何かしないのなら何も言わないであげるわ」

 

「ああ、助かる」

 

 俺はゆっくりと、その何もない部室へ足を踏み入れた。

 

 部屋の中には、窓辺に椅子を置いて、そこに座って本を読む雪ノ下の姿があるだけ。

 

 長机も、俺達の椅子も、紅茶用の机もない、なにもない。

 俺が初めて雪ノ下に出会った時のまま。

 昨日、時間を止めたようなこの部室を見た時、俺は沸き上がる感情を抑えることが出来なかった。

 まったく……

 本当に俺はどうしようもないな……

 こんな八つ当たりをされれば、雪ノ下が気持ち悪がるのも当たり前だ。

 

 俺は後ろの椅子の山から一つそれを取ると、それを定位置に置いて腰をかけた。そして、鞄から読みかけのラノベを取り出すと、それを開いて、ひたすらに読むふりを続けた。

 

 何もない日常……

 色も、音も、何もかも、俺は全てを失った喪失感を味わっていた。

 ひょっとしたら、単に俺の頭がおかしいだけじゃないのか……

 俺の頭が作り出した妄想と、現実との区別をつけられないでいるだけじゃないのか……

 悩み、呻き、絶叫し、そして怒り狂った。

 理性を保てず、発狂してしまいそうになったその時……

 そんな俺を現実に引き戻してくれたのは、やっぱり『彼女』だった……

 

 

 コンコン

 

 

「どうぞ」

 

 ノックが聞こえて、顔を上げて見れば、開いたドアの先に居たのは葉山と戸部の二人。

 そして彼らはゆっくり入ってきた。

 

「やあ」

 

「なにかしら?」

 

「いやあ、ちょっと相談があって……」

 

 そう言っている葉山のとなりで戸部が首を横に振りながらこぼす。

 

「やっぱないわぁ……こんなよく知らない人たちに相談するなんてぇ……」

 

「おい、頼みにきたのは俺達だろう?そういう言い方は悪いだろ」

 

「でもでもぉ、こんな風でも俺にもプライドがあるでしょぉ!だから、話すのもなんか嫌な感じでしょぉ」

 

「あら? 話すこともろくに出来ない状態で相談に来るなんて失礼にもほどがあるのではないかしら? なんでも全て与えてもらえると思っているその性根、許しがたいわ。早々にお引き取りいただいて結構よ」

 

 侮蔑の念の籠った眼差しで戸部たちを見据えた雪ノ下が痛烈なひとことを浴びせる。

 

 それを聞いた葉山は困った感じで戸部に言う。

 

「ま、まあ、俺達が悪いな。戸部、出直そう。俺達だけで解決すべきだ」

 

「い、いやもう後には引けないでしょう、これ……あ、あの、実は俺さ……」

 

 

 雪ノ下の強烈な視線を受け物怖じしつつも言ったその戸部の依頼の内容は、彼らと同じグループの海老名さんへの告白のサポートだった。

 雪ノ下はそれを一刀両断。

 その程度のことで人を頼ること自体が許せないと、物凄い剣幕で二人を追い返した。

 もともと、俺も雪ノ下も色恋に関して詳しいわけもなく、当然その手の依頼をこなせるとも思えない。

 

 思えないのだが……

 

 あいつなら、どうしたかな……

 

 不意に頭に浮かんだ明るい笑顔に、俺はポケットに入れていた携帯を取り出す。そして、その画面を開こうとしたその時……

 

 ドンっ……

 

 肩に何かがぶつかった感触のあと、その衝撃で手からこぼれた携帯が床に落ちた。

 かちゃあんと、甲高い音を立てたその携帯はそのままくるくると回って床を滑る。

 俺は慌ててそれに駆け寄って拾いあげると同時に湧き上がる激情をそのままに、顔を上げた。そこには、少し怯えた表情の雪ノ下が……

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 その震えた声で、ハッと我に返る。

 まさに俺が今しようとしたそれ。それは、昨日、この場で雪ノ下に対してしてしまったそれとまさに同じであったから……

 雪ノ下を見れば、なんてことはない。俺の横を通ろうとしたその時に、ちょうど俺が動いて、そこにぶつかってしまったというだけのこと。悪気も何もないのは明白だった。

 俺は深く息を吐いてから、雪ノ下に言った。

 

「いや、いいんだ……俺の方こそ、怯えさせて悪かった……もうこれ以上今日はここにいれなさそうだ。もう帰るよ」

 

 手にした携帯は別に壊れてはいなかった。

 俺はそれをポケットに戻し、そして鞄を担いで、椅子を元の場所に戻した。

 

 そしてもう一度雪ノ下に視線を向けたとき、彼女が言った。

 

「なんと言えばいいのか……よく分からないのだけど、貴方……変わったわ」

 

 その言葉に、俺は胸が再び締め付けられる。

 そして、何も言わなければいいのに、またもや言葉がこみあげてきてしまった。

 

「変わったのは……お前の方だよ……雪ノ下……」

 

 それだけ言って、俺は部室を出た。

 涙は見せまい。

 それだけは絶対に。

 こみあげる嗚咽を必死にこらえ、俺は家路についた。

 

 変わってしまったこの場所、変わってしまった雪ノ下、そして、変わってしまったこの世界。

 

 だが……

 

 そんな世界でも俺が正気でいられるその理由。

 

 それは……

 

 俺はさっきの携帯をもう一度開く。そして、こんな『今』になっても残り続けるそれ……画面に写るその着信メールを見つめた。

 

 

 

 

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FROME ☆★ゆい★☆ 

 

TITLE (*^▽^)/★*☆♪

 

 

やっはろー♪ヒッキー♪

 

 

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「……どこに行っちまったんだよ……由比ヶ浜……」

 

 

 返信することも叶わないその携帯の画面は、何も答えてくれなかった。

 

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