『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー 作:こもれび
「ヒキタニ君! いや、ヒキタニさん! オナシャス!!」
「は?」
何がどう流れてこうなったのか、まったく不明だが、どうもこの茶髪のチャラ男が、どこかの姫様だか、雛様に告白をしたいらしい。というか誰だこいつ? 馴れ馴れしく俺に笑顔を向けてきているのだが、どこかで見たような気もするが、俺には覚えがない上に、そもそも俺ヒキタニじゃないからな、失礼にもほどがあるから!
同卓の女子二人はといえば、雪ノ下部長は不服そうな顔をしているものの、例の正体不明のお団子さんは随分と乗り気で雪ノ下をゆすりながら助けてあげよぅよーと、まるでスーパーで駄々をこねる女児のように頼み込んでいるし。
あ、それ100%雪ノ下部長がブチ切れる展開だ!
こいつは自分に対してだけでなく人にもかなり厳しい事に定評があるのだ。だからすぐにキレて罵倒して……
そう思っていたのだが、なにやらお団子さんに説得されてしまい、困惑顔で俺を見てくるし。
というか、お団子さんも、あのチャラ男も、もう一人のイケメンマスクも俺を見ていやがるし。
いや、なんで俺を見るんだよ。見るんじゃねえよ、き、緊張しちゃうだろ!?
当然一言も話せない俺なわけだが、連中があまりにも熱い眼差しを送ってくるもんで身動きできないでいると、俺をヒキタニさん呼ばわりしたあいつが、ずいと顔を寄せてきて言った。
「ほらヒキタニ君? 俺ら一緒に千葉村で花火した仲じゃん? マジオナシャス!」
もう一度ウインクしてきたんだが、いったいこいつは何を言ってるんだ?
『千葉村』だぁ? んなもんあるか、千葉にあるのは村じゃなくて『千葉市』だっつーの。
というか、何やら熱い視線を感じて、あのお団子さんを見て見れば、なぜか頬を朱に染めて、俺と目が合った途端に逸らされた。
え? なにこれ?
なんでこいつあんな反応してんだ?
単にこのチャラ男が、千葉村だか、花火だかの話をしただけじゃねえかよ?
ええい、くそっ! 本気で意味が分からねえ。
いったいこれは何の茶番なんだよ?
こんな知らねえ連中に、さも仲良しのような感じの気軽さで声を掛けられなけりゃならねえんだよ。俺に関わんじゃねえよっ‼ くそっ!
結局その後、俺は一言も発さずにこの話し合いのような寸劇は終了。どうもあのチャラ男が告白するのを俺達が手伝う云々な感じでまとまったらしく……というか、このお団子……『由比ヶ浜』というらしいのだが、勝手にどんどん話を進めてくれた挙句、修学旅行の京都で告白までの筋道を手伝うことに決めてしまった。
てっきり何かの依頼人かと思っていたのだが、こいつも部員であるらしい。いったいいつ入部したのやら。
まったく俺に相談もなしになんてことを……などとは全く思わない。
俺にとっては誰がどんな活動をしていたとしても、それらは本当にどうでも良い話しであったのだから。
その後、男たちが消えた後に、なにやら眼鏡をかけた得体の知れない女が現れ、ひとりで喚き散らしながら、ちらちら俺に意味ありげに視線を送ってきたりしていたわけだが、俺は当然それに気が付かない振りを断行した。
当然だ。ちょっとでも反応しようものなら、俺が相手出来ると思い込んで、更に踏み込んだ会話を仕掛けてきやがるかもしれないと思ったし。
いずれにしてもだ。こんなに賑やかな部室は初めてだ。いつもは静まり返って本のページをぺらりぺらりと捲る音だけが響いていたはずのあの部室は、今やどこぞのイケイケサークルばりに人が集まってさも楽しそうな雰囲気を醸していた。これはマジで非常事態だ。
だというのに、この部のもう一人の存在……雪ノ下部長はそれに何を言うでもなく、むしろこの状況で当たり前だとでもいうような感じで事態を受け容れてしまっているふうだったし。
「はぁ」
俺は全く理解できていなかったが、この変わってしまった現状をとりあえず受け入れるしかないかと思い始めていた。だがどのように思考していいのか方向性も定まらない。
少なくとも、俺のあの穏やかな孤独のひと時は完全に消滅してしまったことは間違いないようだったが。
完全下校時刻が近づき、部長様の『今日はここまでにしましょう』という言葉をきっかけに俺は部室を出た。
そしていつも自転車を置いている駐輪場へと向かいながら今日の出来事を再度思い返していた。
確かに朝から異変はあったのだ。
いつも通り登校してみれば、なにやら周囲の女子達の視線が突き刺さってくるようにも感じた。身に覚えはまったくなかったが、過去にもこのような経験はあったし、多分、どこぞの誰かが俺のあらぬ噂を吹聴したりしたのだろう、俺が女を泣かせただとか、俺が暴言を吐いただとかな。
この極めて紳士であることを心掛けている俺が、そんなことをするわけがないというのに、集団というものは本当に恐ろしい、根も葉もないところに大木を植えてしまうのだからな。とはいえ、それだけのことだろうとは思った。
つぎに、クラスへ入ってみれば、席が変わっていた。これもまあ同じような理由だろう。俺は当然スルーして何もなかったように位置を変えられたその自分の机にサッと座る。ふっ! こんな対応の取れる俺、超クール!
そして、しばらくして驚愕の事件が起きた。突如小柄で超キュートな女子が俺へと話しかけてきて、こともあろうに修学旅行で同じ班になろうよなどと言ってきたのだ。しかも、名前呼び捨てで、俺を『八幡』って‼
だ、だが、俺はこれにも動じなかった。
過去にも、誹謗中傷や暴力を振るわれた後に、こうやって女子に声を掛けられた経験はあったからだ。基本ハニートラップでひょいひょいついて行ったが最期、再びもの笑いのネタにされることになるのだが、中には本当に罪悪感から俺へと謝ろうとしてくれるやつもいて、そんな時はしばらく仲が良い状態を維持できるのだが、時間とともに当たりがきつくなり、最後はやはり、『キモイからもう話しかけないで』と言われて終わる。
つまり、この目の前の彼女は、クラスのみんなが俺への嫌がらせに興じることへの罪悪感からこうやって声をかけてきているだけで、その正体は決して好意では……ない!
ふう、危なかった。ここはやはり紳士モードでいかなければ。
と、彼女に笑顔で応じて俺は紳士を気取ったりしたのだった。
そう……いろいろ異変はあったのだ。嫌われ者の俺は確かに安定の嫌われ者だったというだけのことだ。
だが、最後のあれは異常すぎる。キングオブ異常といえる。
訳の分からない集団に囲まれて、なにか親し気に俺にも声を掛けて来ていたし、いったいあいつらはどういうつもりなんだ?
それにあのお団子の由比ヶ浜だ。
今日、あの部室の中にあって、あいつが一番俺に声を掛け続けていた。
それに、何やら視線も熱い感じだったし。
俺、あいつに会ったこともないはずだが、これはあれか? 過去に何かあいつと関わったことでもあったのか?
そもそも一番反応してたのはあの、確か戸部とかいうチャラ男が千葉村だかの話をした時だ。あのとき、目が合ってはっきり言って超可愛いい反応していたしな、あれはいったいなんだ? 恋愛ゲームのフラグ立っちゃったみたいな感じに見えた俺、ちょっとキモすぎるな、我ながら。
というか、千葉村? はて……いろいろ考えて思い起こしてみれば、どこかで聞いたような気もするが……なんだっけ? えーと、えーと……
「ヒッキー」
急に背後からそんな声が聞こえて思わず振り返った。
その声はあの由比ヶ浜。そういえば、今日ずっとこの言葉を連呼していたが、まさかこれ俺のニックネームか?
『比企谷』だから『ヒッキー』なのか? いやだよこんなヒキニートみたいな称号。
俺は孤独を愛するナイスガイだが、引きこもりでもニートでもなんでもねえよ。ちゃんと世間様には対応してんだから!
「ヒッキー」
駆け寄りながら由比ヶ浜は再び俺へと言った。そして近くまできて、少し息を切らせながら俺へと微笑みかけてきた。彼女の息遣いに合わせてなにやら甘い香りが漂ってくるような気がしたが、ヤバい超ドキドキする。
「な、なんですか?」
「あ、あのね? 今日ヒッキーいつもと少し違ってたから、なんかあったかなって思って、少し心配になって……」
鞄を片手に息を切らせながらそう言う彼女の言葉に俺は首を傾げた。
いや、いつもも何も、俺はそもそもこいつとは初対面。というより、今日のメンバーは雪ノ下以外は全員初対面だ。
まあ、同じ学校だから、近くにはいつもいたのだろうが、俺から関わる気は一切なかったのだからわかるわけがない。つまりこいつは普段から俺を見続けていたやつってことか。なに、ストーカー?
「い、いや、大丈夫……だ。俺はいつも通りだ」
とりあえずそう言うと、彼女はさも安心したとでもいうようにホッと安堵した。
「そっかぁ、良かった。またあたしヒッキーに嫌な事しちゃったかなって、少し不安だったんだ。ねえ、ヒッキー? さっきさ、トベっちが千葉村の花火のこと話したときさ、ちらっとあたしを見てたでしょ? ひょっとしてさ、あの時の『約束』を思い出してくれてたのかな? とか……? あ、あはははははは、な、なに言ってんだろうね、あたしってば」
そんなことを言いながら真っ赤になった顔を手でパタパタと仰ぐ由比ヶ浜。俺はそんな彼女に思わず見惚れてしまっていたことに気が付いて、慌てて顔をそむけた。
「あ、あの、変なこと急に言ってごめんねヒッキー。じゃあ、あたし帰るから。トベっちの応援頑張ろうね。じゃあね」
彼女はそう言って再び小走りに正門の方へと駆けていく。
俺はただ……
小さく彼女へとむかって片手を上げたのだった。
『約束』……?