『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー   作:こもれび

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円盤特典小説『another』の最後、『r』の後のお話になりますね。

anotherは完結済みですが非売品ですので読むのは困難かもしれませんね。当作は既読前提となります。ですのでカップリングは……
お察しくださいね(笑)


『r-after』ふたりぼっちの始まり

「待たないで、……こっちから行くの」

 

 ゆっくりとそう呟く彼女の瞳は、潤みながら花火の輝きを写している。

 華やかに彩られた美しいイルミネーションも、自身の内に眠る憧憬を呼び覚ますはずのメロディーも、今の俺には何も届かない。

 ただ、眼前にたたずむ彼女だけが、世界のすべてだった。

 

「だから、こんども……。ううん、何度も言うの! あたしから!」

 

「そうか…」

 

「うん、そう」

 

 俺にはそんな彼女の想いに答えてやれる自信なんてまったくない。どんなに言葉を濁そうとも、いい訳をしようとも、きっと彼女は今のように笑顔ですべてを許してくれて、そして俺を受け入れてくれるのだろう。

 だから……

 

 だからこそ、中途半端に取り繕った言葉や、仕草で彼女の思いを壊したくなんて、汚したくなんてない。

 俺は……今の彼女に伝えるべきふさわしい言葉を持ち合わせていないのだから。

 

 だから、これが精一杯だ。

 

 なにより、俺の本心を裏切らないために。

 

 彼女と交わした約束の指切り……

 俺は、その指を離さないままに彼女と手を繋いだ。

 彼女との絆を確かめるように……

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 そんな夢のような、夢の国の出来事が確かにありました。

 だが、だからと言って、死に戻ったスバルくんの如くすべてを前向きにひた走れるわけでもないわけで……あれ、痛い、超痛いし。

 ま、まあ、だからそれで俺がどう変わるものでもないわけで、俺の周りも変わらないわけで……

 

「ねえねえ、ヒッキー、このお店さ、ケーキ超おいしーんだって! あたし行ってみたいなー」

 

 あ、ここに如実に変わってしまった人いましたね……

 

 俺は2年F組の自分の席に座っていたわけだが、この僅かな休み時間に入った瞬間に、彼女……由比ヶ浜結衣が走りよって来たわけだ。

 

「な、なあ、もう少し、小声でお願いします」

 

「え、えー? いーじゃん。あたしそんなの気にしないし」

 

「い、いや、俺が気にするんだよ。よ、よし……なら、ちょっとこっちこい」

 

「え? あ……。う、うん……」

 

 慌てて、由比ヶ浜を連れて廊下に出る。もうこれだけで、全身から変な水が駄々漏れになってる感じだ。なにせ、クラスの連中の視線が痛い、痛すぎる。

 ただでなくても、俺をクソミソに思ってる奴しかいないここで目立とうものなら、アウトリベット並みに、叩きまくられちまうに決まってるし。

 というか、すでに目立ちまくりだ。

 かたや、学年屈指の容姿と美貌を誇る美少女。

 かたや、万年ボッチのうえ、いろいろやらかした学年の嫌われもの。

 水面下を行くイ号潜水艦の如く、しのびよって、なにもしないで帰っていくのがモットーのこの俺にはハードルが高すぎるっつーの。うん、ダメ戦争、絶対。ビバ! ピースフル。

 

 階段をかけ上がって、屋上に続くその踊り場の陰まできて、やっと安心して、由比ヶ浜を見た。

 なんか、すごい真っ赤な顔して俺を見上げてくるんだが……

 

「ヒッキーって、大胆だ……」

 

「へ?」

 

 ぽしょりとそう言われて、ふと見下ろすと、しっかり由比ヶ浜と手を繋いだままだった。

 

「うわわ……す、すまん……」

 

 慌てて放そうとするのだが、なぜか由比ヶ浜がぎゅっと力を込めてくる。

 

「は、はなさいでよ……おねがい……」

 

 頬を赤らめたまま、由比ヶ浜は俺にずずいと近づいてくる。もうすっかり馴染みになってしまった甘いシャンプーの香りと、彼女の手の温かさに脳が痺れる。

 そして、急激に全ての俺のポリシーをなげうって、感情のままに動きたくなる衝動をその発現の一歩手前で引きとどめた。

 そして、冷静に状況を分析、整理、確認してから、手を繋ぎなおして、彼女を引き寄せる。

 

「わわっ……も、もう……、ど、どうしちゃったの、ヒッキー」

 

「い、いや、だってはなさいでって言ったのお前だし」

 

「そ、そうだけどさ……さっきまで嫌そうだったのに……う、ううん。な、なんでもない、あ、ありがと」

 

 そう言った由比ヶ浜は、ポスンと俺の胸に顔を埋めてきた……

 

 って!

 

 手、繋いでる。

 お団子頭が俺の胸にポスん。

 体ほぼ密着。

 ここ、屋上階段の踊り場。

 

 あ、あれ? お、おかしいな。ど、どうしてこうなった?

 これ、人が見たら、イチャコラしているバカップルにしか見えないんじゃないの?

 や、やばい、どうしよう、これ、ふじゅんいせ~こ~ゆーなんじゃ~ないの~?

 

 いかん、混乱して、脳が先祖がえりして、ちはやふるの百人一首読みみたいになっちまった。

 

「ゆ、ゆひぎゃひゃみゃ? げふんげふんっ! ちょ、ちょっとす、座ろうか!」

 

「へ? う、うん」

 

 由比ヶ浜の頭を離したあと、踊り場の階段に二人で腰を下ろす。でも、なんとなく、寂寥感に晒されて、手は放せない。由比ヶ浜も同じだったようで指で俺の掌をこすりがらなんだかモジモジしているし……。くっ……、き、きもちい……くすぐったい。

 

「な、なあ。シーでも言ったけど、今の俺にはお前にきちんと気持ちを伝えられないんだ」

 

「うん」

 

「こんな経験したことなんて今までホントになかったし、俺のアイデンティティーとも違うし……」

 

「うん?」

 

「むしろ、キャラ崩壊したまである。だって、俺だぞ? 考えてもみろよ。ぼっちで、ひねくれてて、シスコンで、アニメオタクで……」

 

「そんなに難しく考えなくていいと思うんだけど……」

 

「い、いや、だからな……俺みたいな気持ち悪い男と一緒にいたら、お前だってきっと白い目で見られるし、三浦達にもバカにされるだろうし、これから友達だってできないかもだし、それに……」

 

「ヒッキー……」

 

「え……」

 

「ここ……あたし達しかいないよ?」

 

「お、おう?」

 

「だからさ、言い訳しないでいいよ。あたしヒッキーと一緒にいたいだけだし」

 

「す、すまん」

 

「あと、謝んないでいいし」

 

「お、おう」

 

 手を握ったままにこりと微笑んでそう言う由比ヶ浜は、目を合わせていられないほど、本当に綺麗だった。

 

 何度も頭を過ってきた疑問。

 

 俺なんかで本当に良いのか?

 

 俺には人に誇れるようなことは何一つない。ちょっと顔がよくて、国語が学年3位で、運動もそこそこできるなんて自慢したこともあったり、なかったり……いや、あったな、間違いなく。や、闇の底に沈めたい……くっ、殺……

 でも、そんなことを由比ヶ浜に言おうなんて気はサラサラ起きないし、じゃあ、何を支えにすればいいのかってことが分からない。

 

「俺のどこが……」

 

 そう言いかけて口をつぐむ。

 お、俺はいったい何を言おうとしてんだよ?みろよ、由比ヶ浜のこの顔。目が点になっちまってんぞ。メガンテじゃないし、女神転生でもない!

 どんだけ自意識過剰なんだよ、俺。そもそも女子に……、つきあってもいない女子に聞くことじゃないだろう。

 ばーか、ばーか、ばーか、ばーか!!

 くあああっ、し、死にたい……死にたいよぉ……

 

「全部だよ……全部……す、す……」

 

「え?」

 

 突然言われて、顔を向けてみれば、そこには顔を真っ赤にして、必死に唇をすぼめて続きを言おうとする由比ヶ浜が……

 

 ああ、そうなのだ。やはりバカだ、俺……

 

 勘違いとか、恥ずかしいとか、由比ヶ浜がきらわれるとか、友人関係がーとか、そんなくだらないことばっかり気にして、本当に見なきゃいけないもの全然見てなかった。

 俺は由比ヶ浜が傷つくところを見たくないなどと思いながら、本当は俺自身が傷つくのが怖かったのだ……

 なにがエリートぼっちだ。

 人の気持ちの機微がわかって初めてのエリートじゃねえか。

 だったら、俺が等の昔に出した答えが間違ってるわけねえじゃねえか。

 だからもう……

 

 怖くない。

 

 俺は、必死に続きを言おうとする由比ヶ浜の唇に、自分の唇を押しあてた。

 

 見えるのは驚きに見開かれた由比ヶ浜の大きな瞳。

 でも、決して離れようとはしない。

 こういう時って、目を瞑った方がいいのかな……

 などと……予想外に冷静な自分もいて、でも、心臓は破裂するんじゃないかってくらい、大きな音を立て続ける。

 どれくらいそうしていただろう……

 不意に由比ヶ浜が、ぐらりと揺れて、俺に向かって倒れ込んできた。

 

「お、おい?」

 

 そして、にへらっと笑って、俺に抱きついてくる。

 

「えへへ……やっぱりヒッキー……大胆だ」

 

「お、お前が、か、可愛いのがいけないんだよ」

 

 精一杯の意趣返し。ぜんぜん返せてないけどな。

 でも、今まで感じたことがないくらい、俺の胸は満ち足りていた。

 この娘を大事にしたい。

 心からそう思った。

 

「あ、あのう……邪魔しちゃってごめんね、八幡」

 

 急に階下から天上のベルのごときソプラノが奏でられて……というか、びっくりしてその声の方に二人で目を向けると、そこには天使……いや、戸塚が!

 顔を赤く染めて、もじもじとしてるし。

 

 と、戸塚ー! ち、違うんだ戸塚ーって、全然違わないからいいんだけどー!

 

「あ、あのね?もう授業始まったから、早く来た方がいいよ。みんなもう先に戻ったから」

 

「お、おう……さ、サンキューな戸塚……って、みんなって!?」

 

 戸塚は赤くなった頬を両手で押さえながら話すって、かわいいなそれ!

 

「あ、ご、ゴメン。クラスの殆どの人が気になってさっきまでそこで……えーと、じゃ、じゃあ、ボクも先にいくね」

 

「う……あ……」

 

 もはや何も言葉なし。真っ赤な由比ヶ浜と目を合わせて、二人して息を飲む。

 とりあえず、考えうる最悪の状況。

 一瞬脳裏をかすめたのは、あの折本さんちのかおりちゃんとの一件。あのときの絶望具合ったら半端なかったなー、なんて思ってたら……

 

『ちゅっ』

 

 由比ヶ浜が突然俺にキス!

 

「なっ!? お、お前……」

 

「よし! 元気もらった! 行こ、ヒッキー……えへへ」

 

「なんでそんなに元気なんだよ」

 

「えー? だってー」

 

 にこりと微笑んだ由比ヶ浜が言う。

 

「ヒッキーと一緒なら、どんなことでも平気だよ」

 

「んな!?」

 

 あっけらかんと言われて、俺も二の句が出ない。

 でも一つだけ分かること。

 それは、多分、一人でみんなの標的にされるより、全然痛みは少ないんだろうなっていうことだ。

 俺も……

 お前と一緒なら、どんな辛いこともこえられそうだよ……

 

「え? なんか言った?」

 

「い、いや、別に……」

 

 まだ、そんなこと言えないな……今の俺の度胸じゃ……

 

「そういえばさ、あたし、まだ言って貰ってないんだけど」

 

「えーと……な、なんのことだぁ?」

 

「ぶー、はぐらかすしぃ。人の初めて奪ったくせに」

 

「ほ、ほら、早くいこうぜ」

 

「こらー、ちゃんと言えー」

 

 そう言いながら、由比ヶ浜は全然怒っていない。俺だって嫌な気持ちは全然ない。

 変化は一瞬だ。俺も、由比ヶ浜も、そしてまわりも全部。

 この先なにが待ってるのか、考えたくもないが、俺もそろそろ覚悟を決めないといけないみたいだな。

 何故って、ずっと繋いだままのこの愛らしい手が俺に話続けているから。

 

『がんばって』

 

ってな。

 

 

 

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